イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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いよいよ第二章もクライマックスに突入。

ラスボスであるカジットには、強敵に相応しい演出を!(※人はそれを死亡フラグと呼ぶ)

 

 


第30話 動き出す死の気配

 

 

 チーム『冥府の番犬』(ケルベロス)が旗揚げされてから一週間が経過。

 

 初依頼で森の賢王を従えて帰還するというファーストインパクトもあり、冒険者としての名声は鰻登りである。

 

 銅級冒険者であるにも関わらず大量の指名依頼が入り、危険な依頼を難無く熟すため冒険者としての信頼度も高まり、高額の報酬も手に入るという好循環が生まれた。

 

 今日も今日とて依頼された魔物を討伐し、エ・ランテルへと帰還。

 

 冒険者組合にて依頼主のサインがされた書類を受付嬢に手渡しながら、魔物の討伐証明部位を引き渡す。

 

 

「ギガントバジリスクの討伐完了しました」

 

「えっ、昨日受けた依頼がもう終わったんですか!?……目的地に向かうだけでも、往復で三日間は掛かると思うのですが」

 

「私とルプーは《飛行/フライ》が使用出来ますからね。《浮遊板/フローティング・ボード》で荷物を運べば、馬車で長距離を移動する手間も省けますので」

 

「な、なるほど」

 

 

 そういうと納得したように頷き、今回の依頼完了の手続きを行う受付嬢。

 

 異様な仕事の速さに驚いているようだが、その気になれば1日どころか数分で終わる仕事である。

 

 アインズさんの《転移門/ゲート》を用いれば移動に掛かる時間はゼロ。ギガントバジリスクもワンパンで撃破出来たので然程苦労していない。

 

 寧ろ余りにも早すぎると何か不正を行っているのではと探りを入れられると思ったので、依頼を早々に終わらせた俺達は一度ナザリックへと帰還し、メイド達に甲斐甲斐しく世話をされながら、本日の昼過ぎまでゆっくり休暇を満喫していたぐらいである。

 

 他の冒険者が知れば、血の涙を流して羨むような労働環境だろう。

 

 並の銅級冒険者が半年かけて稼ぐような大金を、ワンパンで稼いでしまったのだから。

 

 

(……そしてハムスケを従えてみたけど、やはり異能の効果は発動しなかったな)

 

 

 魔法的な繋がりによる主従関係が結ばれなければ、ニグンの眷属強化の異能は発動しないということだろう。

 

 俺がテイマー系統の職業を取得すれば、ハムスケを異能の効果で強化出来るかもしれないが、生憎と此方のLvはカンストであるし、今の職業構成も使い勝手が良いため、態々職業を取得し直すメリットを感じない。

 

 それよりもハムスケに騎乗獣としての職業レベルを取得して貰う方が、遥かに効率が良いだろう。

 

 

 ザイトルクワエ探索の過程で出会ったピニスンも、正式にナザリックの配下として受け入れることになった。

 

 最初こそ誘拐紛いの強引な勧誘に戸惑い、これからの生活に不安を覚えていたピニスンであったが。いざ第6階層に拠点を移すとその住み心地の良さに惚れ込み、ナザリックの配下として働くことを快諾。

 

 現在は木の妖精特有の魔法を用いて植物の栽培や畑の管理を行っており、穀物や果実の供給源が出来たと料理長達はご満悦であった。

 

 稲穂の品種改良などもピスニンに頼んであるので、将来的にはカルネ村に水田を設け、稲作農耕を広めるつもりである。

 

 そしてゆくゆくはカルネ村の特産品として販売し、各地に米食を普及させていく。

 

 生粋の日本人である俺はパンよりも白米が好きだし、この世界にも米を普及させて異世界特有の米を使った郷土料理なども味わってみたいのだ。

 

 

(……現地の活動資金に関しても、当面は問題なしだな)

 

 

 指名依頼による高収入もあるし、デミウルゴスも別方面で金を搔き集めているようなので、いざという時には工面して貰えば良い。

 

 問題は現地の通貨ではなく、ユグドラシルの通貨だ。

 

 ナザリック地下大墳墓はギルド拠点なので、当然維持費が発生するし、それらを支払う為にユグドラシル金貨は必須となる訳だが……そのユグドラシル金貨を手に入れる手段は限られている。

 

 ナザリックには大量のユグドラシル金貨があるので、何事もなければ数百年はギルドを維持することが出来るだろうが、それはあくまで必要最低限の支出に抑えた場合である。

 

 NPCの復活費用や傭兵NPCを召喚使役する費用、外敵の侵入を阻む罠を発動させる経費などを考えると、幾ら余力があるとは言えど有限なユグドラシル金貨では心もとない。

 

 つまり大量のユグドラシル金貨を安定して量産する手段の確立が必要なのだ。

 

 

 一応何通りかその方法を考案して実験してみたのだが、どれも芳しい成果は得られない。

 

 例えば、ユグドラシル金貨の模造品を量産してギルド拠点の維持費に充てる方法。

 

 ユグドラシル金貨を構成している金属の含有比率を確認し、贋金を鋳造してみたのだが、それらは金貨として認められずに弾かれてしまった。

 

 おそらく何らかの方法で本物と贋物が判別されており、正規の方法で入手した金貨でなければ、どれほど精巧な贋金でも通貨としては成り立たないのだろう。

 

 

 原作と同じようにエクスチェンジ・ボックスを用いて金貨を獲得すれば良いのではと思うかもしれないが、話はそう単純ではない。

 

 エクスチェンジ・ボックスは効率が悪く、この世界にあるものを入れても大した価値にならないのだ。

 

 例えば金貨10枚を造れるぐらいの原材料を入れても金貨が5枚しか払い出されないし、大量の小麦袋をぶち込んで漸く金貨1枚が払い出される。

 

 しかもこれらはギルメンで商人系スキルを極めている『音改』に化けたパンドラがエクスチェンジ・ボックスを使用した際の査定額だ。

 

 商人系スキルを用いない換金は、この査定額が三割程度になってしまう。

 

 これでは将来的に資源が枯渇し、金貨の供給が追い付かなくなるのが目に見えている。

 

 そもそも多忙なパンドラが、常に換金作業に追われるような状況は出来るだけ避けねばならないのだ。 

 

 

 デミウルゴスが牧場を経営したいと提案したのも、こういった部分が大きい。

 

 回復魔法を用いることで、恒久的に()()()()()()()()()を量産し続け、スクロールの材料とし、余剰分をエクスチェンジ・ボックスにてユグドラシル金貨に変えるサイクルをつくる。

 

 実際に捕虜を用いて実験してみたところ、人間の皮はアイテムとして査定され、そこそこの金になったらしい。

 

 つまり一定数の人間を確保してしまえば、下位スクロールやギルド拠点維持に必要なユグドラシル金貨の安定供給が可能となるのだ。

 

 

(……でもそれは、それだけの犠牲を強いるということにも繋がる)

 

 

 安定供給に必要となる捕虜の数は、デミウルゴスが計算したところ約5万人程度。しかも()()()()()という言葉が頭につく。

 

 それだけの犠牲者が、ナザリック地下大墳墓という組織を維持するのに必要となるのだ。

 

 相手を悪人や敵対者に限定したとはいえ、人間の俺としては『はい、そうですか』とあっさり納得出来るような問題ではない。

 

 故に別の方法で大量のユグドラシル金貨を確保する方法はないのだろうかと画策している訳である。

 

 そんな風に頭を悩ませていると、背後から声を掛けてくる冒険者が居た。

 

 

「おはようございますイチグンさん」

 

「おや、ニニャさんでしたか。おはようございます」

 

 

 漆黒の剣の魔法詠唱者であるニニャが満面の笑顔を浮かべながら話し掛けてきたので、俺も仮面の下で笑みを浮かべながらペコリと会釈する。

 

 あの依頼以降、漆黒の剣の面子とは非常に友好的な関係を築いており、その中でもニニャとは特に仲良くなった。

 

 というのも、アインズさんがニニャの言動に恩義を感じたらしく、その恩返しの一環としてツアレの探索や漆黒の剣の冒険者活動を全面的に支援しようと水面下で動いているのだ。

 

 その兼ね合いでニニャとは個人的に関わる機会が増えたという訳である。

 

 あのハムスケを引き連れたエ・ランテル凱旋で、名が広く知られることになったのは冥府の番犬だけではない。

 

 同伴していた漆黒の剣も名が知られることになり、指名依頼が入るようになったらしい。

 

 そのおかげでまともな依頼を受けることが出来ないという状況からも脱し、冒険稼業も順風満帆であるとのこと。

 

 そんな彼女の首に掛かるのは金色のプレート。

 先日行われた昇級試験により、漆黒の剣の面々は見事にランクアップを果たすことが出来たらしい。

 

 

「おめでとうございます。漆黒の剣の皆さんの活躍が身を結んだ結果ですね」

 

「……アハハッ、そういって頂けるのは嬉しいのですが。実際にはイチグンさんの口添えや、魔導王様から授かった武器の力が大きいと思いますけど」

 

 

 そんな吉報を祝福すれば、ニニャは畏まった様子で頭を下げる。

 

 ニニャの手には何の変哲もなさそうな木の杖が握られているが、実は王国の至宝に匹敵するほどの価値を持つ魔道具である。

 

 薬草採取の依頼を終えてカルネ村から離れる際、漆黒の剣にはヤルダバオトの脅威を流布する伝令役(メッセンジャー)として活躍して貰う謝礼という名目で、魔導王経由で魔化された武器を手渡してある。

 

 漆黒の剣の武器は消耗することを前提としている為か、同じ銀級冒険者の持つ武器と比肩してもかなり粗悪なものであった。

 

 なのでヤルダバオトの脅威に備えてなどと適当な理由をでっち上げて、アインズさんは彼らに新たな武器を授けたのである。

 

 そのおかげで漆黒の剣の戦力は飛躍的に向上したという訳だ。

 

 

「流石、魔術を極めた魔導王様が授けて下さった杖というべきでしょうか。この杖を扱うようになってから凄く調子が良いんですよ」

 

「――ハハハッ、それは良かったです」

 

 

 貰った杖を使うようになってから新たな魔法を次々と取得し、よりチームに貢献できるようになったと嬉々として語るニニャ。

 

 そんな話を聞いた俺は、思わず仮面の下で引き攣った笑みを浮かべてしまう。

 

 アインズさんにはあまりにも価値の高い武器を渡すと、余計な問題を引き起こしかねないからと上級程度に留めるようにアドバイスしたのに、バレなきゃ問題ないとでも言わんばかりに隠蔽工作を施した遺産級(レガシー)の装備を四人に渡したのだ。

 

 ニニャに関しては、彼女の持つ異能の効果検証も踏まえているので、成長促進効果のある杖を渡している。

 

 その成果は上々のようで、彼女は僅か数日の内に新たな魔法を三つも取得したらしい。

 

 

(……ニニャの持つ『魔法適正』の異能に関しても、想像していたものとはまるで効果が違ったしな)

 

 

 彼女の持つ異能の齎す効果は、1レベル毎に3つ取得することが出来る位階魔法を、6つ覚えることが出来るというものであった。

 

 つまり成長促進効果を持つ異能ではなく、所有者の潜在能力を強化する類の異能であったのだ。

 

 ユグドラシルでも魔法詠唱者の取得できる位階魔法の上限は限られており、Lv100の魔法詠唱者が300種類。課金アイテムを使用して400種類の魔法を行使できる。

 

 アインズさんは特殊な儀式を行うことで使用できる魔法の上限を増やし、700種類以上の魔法が扱えるみたいだが、それは稀有な事例である。

 

 ニニャがもしLv100になれば、600種類の魔法を習得。課金アイテムを用いれば800種類の位階魔法を扱える魔法詠唱者が誕生するのだ。 

 

 扱える魔法の数が増えるということは、其処から派生する上位の位階魔法も幅広く扱えることになる。

 

 普通なら同時習得することの出来ない魔法を扱えるのだから、戦力が増強されるのは必然である。

 

 魔法狂いの宮廷魔術師が知れば、ペロペロ事案間違いなしの破格の才能を持った魔法詠唱者なのだ。

 

 

 そんな希少な異能を持つものだから、アインズさんの中では更にニニャという人物の評価が高まった。

 

 だから今の内に恩を売って、将来的に魔導国で働いて貰おうと目論んでいるのである。

 

 

 そんな即物的な思惑も絡み、俺とパンドラは一芝居打つことになった。

 

 彼女が冒険者となった生い立ちを魔導王に説明し、仲間を探索する過程でニニャの姉であるツアレを探して貰えないだろうかと願い出た。

 

 そうすることでツアレを大々的に探す為の大義名分が出来るのだ。 

 

 

 ツアレ探索を約束した魔導王の粋な計らいに、原作のネイアに匹敵するほどの崇拝を捧げるニニャ。

 

 魔導王との接点をつくった俺も涙ながらに感謝されてしまい、そんな彼女の反応に酷い罪悪感を覚えた。

 

 予定調和であったなどとは、最早口が裂けても言えないだろう。

 

 

 ニニャはそんな魔導王を称えながらも、嬉しそうに近況報告をする。

 

 魔導王との謁見を経て、チーム内の絆が深まり、より高度な連携がとれるようになって、依頼をスムーズにこなせるようになったと。

 

 

「……仲間達には、()の秘密を受け入れて貰えましたからね」

 

 

 そういって柔らかな笑みを浮かべるニニャ。

 

 彼女が仲間達に明かした秘密とは、自分の性別が女であるという事実である。 

 

 ツアレを探索する過程で、姉の情報を提供することになったのだが、その際に避けては通れぬのが姉との関係性である。

 

 姉との家族関係は姉弟ではなく姉妹だ。

 

 ニニャという名前も、姉であるツアレニーニャの存在を忘れぬ為の偽名である。

 

 そんな真実を漆黒の剣の面々と仲違いすることも覚悟の上で公言したニニャであったが、そもそもペテル達は最初からニニャの偽名や性別には気付いていたとのこと。

 

 だからこそ男性との接触を避け、素肌を晒そうとしないニニャの態度を不審に思わず。寧ろ周囲にバレそうになった時は陰ながらフォローを入れていたらしい。

 

 ニニャがその秘密を自ら明かすまでは、極力その話題には触れずにチームとして活動する。

 

 それがペテル・ダイン・ルクルットがニニャに秘密にしていた嘘であった。

 

 そんな話を聞かされたニニャは、拍子抜けしながらも仲間に恵まれた自らの境遇を喜んだ。

 

 故にニニャの性別が女であることは、漆黒の剣や冥府の番犬には周知の事実となっているのだ。

 

 

「「…………」」

 

 

 話題が切れた俺達は互いに無言となり、受付の近くにあった長椅子に横並びに座る。

 

ニニャは周囲の様子を窺うように視線を彷徨わせたかと思えば、両手をもじもじと太腿付近で擦り合わせながら頬を赤くして踞ったまま小刻みに震える。

 

 そんなニニャの反応を不審に思った俺は、つい彼女に尋ねてしまう。

 

 

「……どうしましたニニャさん?」

 

「――あ、あのっ、イチグンさんは今お暇でしょうかっ!?」

 

「は、はいっ!?」

 

 

 妙に気迫の篭った問いかけと共にグイッと急接近してくるニニャに、思わず後ずさりながら曖昧な返事を返す俺。

 

 もし暇なら先日の礼も兼ねて、近くの飲食店で一緒に食事でもどうかと誘われた。

 

 実入りの良い依頼を熟した後らしいので、そこそこ値の張る食事を奢ってくれるとの事。

 

 

(……アインズさんは別の依頼を受けてエ・ランテルから離れているってことになってるしな)

 

 

 今は夕食時であり腹も減っているし、特段やることもないからその提案自体は凄く有難いのだが……。

 

 

(……ニニャの反応が何か怖いんだが?)

 

 

 飢えた肉食獣のような鋭い眼光。

 獲物を巣に絡めとる女郎蜘蛛のような、どす黒い思惑が入り混じった危うい気配。

 

 何故かそんなニニャの姿が、アインズさんに迫るアルベドとダブついて見えてしまった。

 

 

(……まぁ、気のせいだろう)

 

 

 最近心労が絶えない状況が続いた為、変に気が立っているだけだと自分自身に言い聞かせる。

 

 ニニャに誘われるままに夕食を共にしようとした俺であったが、そんなタイミングでシクススから《伝言/メッセージ》が入った。

 

 

『イチグン様、今お忙しいでしょうか?』

 

『……いや、大丈夫だ。何かあったのかシクスス?』 

 

『パンドラ様とシズ様に依頼していた魔道具が完成したようなのですが、どうしましょうか?』

 

『おっ、遂に完成したのか』

 

 

 前々から依頼していた配下達との情報伝達が随時可能となる《伝言/メッセージ》の代用品となる魔道具。

 

 魔法技術と科学技術を併用した携帯端末の試作品が完成したのだ。

 

 この魔道具があるだけで情報戦は格段に有利になるし、遠方を探索している配下達からも迅速に情報を仕入れることが出来る。 

 

 僥倖であると言わんばかりにナザリックに帰還する旨を伝え、序に夕食も用意して貰うようにシクススに頼んでおいた。

 

 

「すみませんニニャさん。急用を思い出したので、今回は遠慮させて貰います」

 

「……あぅ、そうですか」

 

「また機会があれば、漆黒の剣と冥府の番犬のメンバー同伴で食事を楽しみましょう」

 

「――アハハ、ソウデスネ」

 

 

 何処か物言いたげな表情を浮かべたまま強張るニニャに別れを告げると、人気のない場所でギルドの指輪を用いてナザリックへと転移する。

 

 

 ――その数時間後、エ・ランテルでは嘗てない程のアンデッドによる大災害が発生するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城塞都市エ・ランテルの西側に存在する、広大な敷地に設けられた共同墓地。

 

 其処ではアンデッドの発生を警戒し、常駐している警備兵達が交代制で墓地を巡回しながらアンデッドを間引いている。

 

 ここ最近、そんな共同墓地の奥地で隠し部屋が見つかり、秘密結社ズーラーノーンが最近まで活動していたと思われる痕跡が残っていた為、共同墓地を管理していた警備兵達の風当たりは厳しくなっていた。

 

 警備兵達が都市長から与えられていた仕事の中には、墓地に問題がないことを確認する警邏も含まれていた。

 

 それなのに蓋を開けてみれば、墓地の地下には秘密結社ズーラーノーンのアジトが造られており、アンデッドの間引き作業も滞っていたのだから。

 

 そんな事実を知った都市長により、警備兵達の給料は減俸され、墓地内の警邏強化の目的で金級冒険者が深夜の墓地を巡回するようになったのだ。

 

 そんなやるせない現実に不貞腐れた警備兵の一人は、安酒を煽りながらふらふらとアンデッドのように墓地を徘徊する。

  

 

「けっ、やってられっかよっ!」

 

 

 そういって男は、持っていた空の酒瓶を近くにあった墓標に叩きつける。

 

 甲高い音が周囲に響き渡るが、それに寄り付くようなアンデッドは現れない。

 

 何故なら周辺一帯のアンデッドは、都市長が派遣した冒険者達の手によって綺麗に一掃されてしまったからだ。

 

 

 共同墓地の警備は一定の給金が支払われるものの、その額は雀の涙ほどの微々たるもの。節制すれば生活していける程度の金しか稼げないのだ。

 

 墓地を徘徊しているアンデッドを討伐することによって得られる歩合制の支給金こそが、警備兵達のメインの収入源となる。

 

 それなのに貴重な収入源は冒険者に奪われてしまい、自分達は異変に気付くことが出来なかった無能であると小馬鹿にされ、酒の(さかな)にされる。

 

 それが我慢ならなかった男は、墓場の遺体を掘り起こしてアンデッドの討伐部位と偽り冒険者組合に提出。

 

 手っ取り早く収入を得ようと目論んだのだが、そんなお粗末な偽装工作は魔法組合の者達によってあっさりと看破されてしまい、その刑罰として三日間の無償奉仕を言い渡されたのだ。

 

 故に雀の涙ほどの給金すら得ることが出来ず、犯罪者の烙印を押された男は、思い通りにならない人生に苛立っているという訳である。

 

 

「……ハァ、ついてないぜ」

 

 

 自らの不遇を嘆く男であったが、彼が本当に己の不運を自覚したのは、この日、この場所で、とある者達と遭遇してしまった時であった。

 

 

「……なんだありゃ?」

 

 

 警備兵の男が視線を向けた先には、石造りの神殿のような建物があった。

 

 エ・ランテルの共同墓地の中央にある死者の魂を鎮める目的で建造された霊廟である。

 

 あの霊廟は隠し部屋が見つかって、何者かがごく最近まで活動していた痕跡があると騒がれた場所である。

 

 だからこそ、その場所は金級冒険者が交代制で見張っているはずなのだが、そんな冒険者の姿がどこにも見られないのである。

 

 代わりに居たのはローブを纏った怪しげな集団である。

 

 髑髏を思わせる赤茶色のローブを纏った男が、手に黒い石ころを握りしめて魔法陣の中央に佇み、その男を囲むように漆黒のローブを纏った5人組がこの世の全てを恨み憎むような呪詛を紡ぐ。

 

 

「グオォオオオ!」

 

 

 すると魔法陣に置かれていた黒い塊がグネグネと蠢き、醜悪な姿の不死者となって現世に顕現した。

 

 

(なっ、ア、アンデッドッ!?)

 

 

 その光景を見た警備兵の男は即座に墓地の物陰に隠れ、漏れそうになる悲鳴を堪えるように口元を手で覆い隠す。

 

 よく見れば魔法陣の近くに転がっている黒い塊は血塗れの死体であり、その死体は見覚えのある顔触れであった。

 

 この周辺の警邏を担当していた警備兵や冒険者達。その成れの果てである。

 

 

(――ッ、嘘だろオイ!?)

 

 

 そんな凄惨な光景を目撃した男は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 腕っぷしに自信のある自分を赤子のようにあしらう金級冒険者達が、あの漆黒のローブの男達に敗れ去り、物言わぬ死体となって地面に転がっているのだから。

 

 にわかには信じがたい出来事であるが、警備兵の男はそんなことを可能とする集団を知っている。

 

 あの霊廟に拠点を作っていたと噂され、民衆に未だに恐れられている存在。

 

 死者を生み出し、それらを自在に操ることが可能だと言われている秘密結社ズーラーノーンである。

 

 ズーラーノーンの構成員である漆黒のローブを纏った男の一人が、魔法陣の中央に佇む赤茶色のローブの男に話し掛ける。

 

 

「やはり強者を触媒とした方が、効率よくアンデッドを生み出せるようですねカジット様」

 

「――触媒のある方がアンデッド召喚の精度が高まり、負のエネルギーの消耗も少なくなる」

 

「素体の強さは関係あるのでしょうか?」

 

「――強い素体をアンデッド生成の触媒に使う程、より強力な死者が生まれ易い。また鮮度も重要だ、時間の経過と共に死体に留まる怨念――負のエネルギーとの親和性は低くなるからな」

 

「故に『死の螺旋』を引き起こす為には、大量の死者と生者が集うこの地が相応しいということですね?」

 

「――クククッ、その通りだ」

 

「例えアダマンタイト級の冒険者が現れたとしても、カジット様が召喚した()()()()()()()()()により一蹴出来ますからね」

 

「……それでも油断は禁物、念には念を入れる必要がある。この儀式は万に一つも失敗出来んからのう」

 

 

 教鞭を振るう教師の如く、自らの高弟に語り掛けるカジット。

 

 彼が腕を振るうと、生み出された死者が命令に従うかの如く霊廟の奥へと消えていく。

 

 霊廟の周辺には無数の穴が開いており、その痕跡はどんどん広まっている。

 

 地面を掘り起こし甦った骸骨(スケルトン)が、何かに導かれるように霊廟の奥へと収納されているのだ。

 

 

(ヤバイ、ヤバイッ、ヤバイッ!!)

 

 

 警備兵の男は、バクバクと脈動する心臓を抑え込むように胸に手を当てて踞る。

 

 『死の螺旋』『カッツェ平原の悪夢』という聞き覚えのない不吉な言葉。

 

 無数のアンデッドが霊廟に蠢いており、それをズーラーノーンと思われる怪しげな集団が操っているという事実。

 

 とても一介の警備兵には対処しきれない問題であり、自らの命が危険に晒されているという事実だけは無知な男にも痛いほどに理解出来た。

 

 直ぐにこの場から逃げ出し、この凶報を皆に伝えなければならない。

 

 だがそんな気持ちとは裏腹に、男の身体は金縛りにあったかのように動けない。

 

 嘗てない程の命の危険に晒され、その恐怖心が男の行動を縛り。

 

 小動物のような生存本能が、この場に留まり息を潜め、脅威が去るまで待機することを彼に選択させたのだ。

 

 

 頼むから自分の存在に気付かないでくれと身を縮めて祈る男。

 

 ――しかし、そんな男の願いを天が聞き届けることはなかった。

 

 

「……ところで――何故、生きた人間が躯に紛れて此処に居るのかな?

 

 

 そんな呟きと共にカジットが睨むのは、警備兵の男が隠れた巨大な墓石である。

 

 死者の気配を読むことに長けたカジットは、必然的に生者の気配にも敏感になった。

 

 大儀式の最中でも、近くに隠れ潜んだ男の居場所を特定することなど、カジットにとっては造作もない児戯である。

 

 

「――ッうあぁあああ゛っ!!」

 

 

 金縛りの解けた男は、悲鳴を上げながら我武者羅に走り出す。

 

 少しでも身を軽くするために、手に持ったメイズや盾をその場に放り投げて全力疾走する男であったが、そんな必死の逃亡劇を嘲笑うかのようにソレは現れた。

 

 

「――あ、うぁ」

 

 

 見たこともないようなアンデッドの登場に、男は悲鳴すら失い、その場にぺたんと座り込んだまま動かなくなった。

 

 右手に刃渡りだけで1.3m以上はあろうかというフランベルジュを握りしめ、男の身長以上のタワーシールドを左手に掲げた巨大な骸の騎士。 

 

 愚鈍そうな見た目とは裏腹に、疾風迅雷の如き速度で男の前に回り込むそのスピード。

 

 死の騎士(デスナイト)という規格外の存在を前にして、男は走ることを止めた。

 

 いくら無様に逃げようとも、この怪物からは逃れることが出来ないと悟ったからだ。

 

 

「……鬼ごっこは終わりのようだな」

 

 

 底なしの闇を思わせるような、暗く淀んだ声が男の耳を侵食する。

 

 悠然と男の下に歩み寄るのは、赤茶色のローブを纏った骸骨を思わせる外見の男である。

 

 ガタガタと死の恐怖に怯えながら失禁する男は、縋るような視線をカジットに向ける。

 

 

「た、助けt――」

 

 

 そんな男の命乞いは、最後まで言い終えることが出来ずに途切れた。 

   

 死の騎士が持っていた禍々しいフランベルジュの先端が、男の頭を貫いたからだ。

 

 死の騎士が持っていたフランベルジュをぐるんと捩じると、頭を貫かれた男は血の涙を流しながらの声にならぬ音を奏でる。

 

 

「……あっ……あっ……あっ」

 

 

 脳漿を掻き回された男の肢体は、ビクビクと痙攣した後に事切れて動かなくなった。

 

 そして力なく地面に崩れ落ちた遺体は、数秒ほどの間を置いて従者の動死体(スクワイア・ゾンビ )となって甦る。

 

そしてそんな従者の動死体(スクワイア・ゾンビ )から立ちのぼるのは、どす黒い煙のような靄である。

 

 男の生への執着、理不尽な死への怨念が負のエネルギーとなって具現化し、カジットの持っていた死の宝珠へと吸い込まれていく。

 

 負のエネルギーを吸収した死の宝珠は、怪しくも美しい紫色の燐光を纏った。

 

 

「――クククッ、遂に完成だ」

 

 

 そんな言葉と共に宝珠を天高く掲げ、死の螺旋を発動させるカジット。

 

 エ・ランテルの共同墓地に眠る死者達は一斉に目覚め、生者を蹂躙する不死者の軍隊に変貌する。

 

 

 城塞都市エ・ランテルに万を超える亡者が溢れかえり、生者と死者による伝説の戦いが幕を開けるのであった。

 

 

 

  

 

 




 
 
次回はアンデッドと冒険者達の戦い。
そしてカジット率いるズーラーノーンと冥府の番犬が激突!

……といっても割とあっさり決着がつきそうですけどね。


 

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