イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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墓地北区画編投稿。
あとはカジットとのやり取りで、死の螺旋騒動は終結かなぁ。


そして本編を全体的に修正

モンスター名や種族レベルは全てルビ振りに変更

暗黒魔粘体⇒暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)

ゴブリン⇒小鬼(ゴブリン)


その他にも細々とした部分を加筆&修正しました。
 




第32話 生者VS死者:後編

 

 

 エ・ランテルの共同墓地北区画は、南区画よりも防衛戦での重要度が高い。

 

 何故なら貧民街しかない南区画とは違い、北区画には住宅街や薬品店などの都市を維持するための主要施設が揃っているからだ。

 

 都市長であるパナソレイも、そのことは重々に理解している為、エ・ランテルに招集したミスリル級冒険者チームである『クラルグラ』『天狼』『虹』を全て北区画の防衛に回したのだが――それでも冒険者達は南区画以上の苦戦を強いられていた。

 

 北区画も動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)が溢れかえっている部分は同じであったのだが、明らかに出現している魔物の質が南区画よりも高いのだ。

 

 遠距離から冒険者達を射殺す骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)

 

 低位の魔法を行使出来る骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)

 

 それらがアンデッドの群に紛れ込んでおり、骸骨(スケルトン)しかいないと油断して挑んだ冒険者達に甚大な被害を与えているのだ。

 

 加えて百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)黄光の屍(ワイト)といった並の冒険者では討伐出来ない強敵が途切れることなく襲い掛かる。

 

 最早、戦線が崩壊するのも時間の問題だろう。

 

 

「隊列を崩すんじゃねぇ!単独で行動すると狙い撃ちにされるぞっ!」

 

 

 そんな戦場で下級冒険者達を率いながら応戦するのは、ミスリル級冒険者のイグヴァルジである。

 

 イグヴァルジの得意とする武器は短剣であるが、間合いが短く、アンデッドに刺突や斬撃は効果が薄い為使用出来ない。

 

 故に彼は棍棒のような長物の殴打武器を用いて、迫りくるアンデッド達を討伐していた。

 

 皮肉にも幼少期に棒切れを振り回していた経験が、この場面で役立っているのだ。

 

 

(クソッ、こんな量のアンデッドは自然発生じゃ絶対あり得ねぇ!裏で糸を引いてる奴が居やがるッ!)

 

 

 イグヴァルジは目の前に居た骸骨(スケルトン)の頭蓋骨を砕きながら思う。

 

 自然発生ではあり得ぬアンデッドの大量出現。

 

 その動きは統率されており、個々の集まりではなく軍隊として機能している。

 

 十中八九、秘密結社ズーラーノーンがこの事件に絡んでおり、アンデッド達は共同墓地の中心部にある霊廟から湧き出しているであろうと予想出来る。

 

 だが、予想出来たところでそれを阻止することは出来ない。何故なら行く手を無数のアンデッド達によって遮られているからだ。

 

 しかもこのアンデッド達には知性のようなものまで備わっており、通常のアンデッドではあり得ない動きで冒険者達を攻め立てるのだ。

 

 あるものは身を斬られながらも、冒険者の足に絡みついて身動きを封じ、捨て身の妨害を行う。

 

 あるものは百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)などの強力なアンデッドの背後に潜み、攻撃によって負傷した冒険者を追撃して確実に仕留めていく。

 

 

 そんなアンデッドの猛攻に追い詰められた一人の冒険者が懇願するように叫ぶ。

 

 

「もう駄目だっ、俺達も北門から逃げようっ!」 

 

 

 その方が自分達の生き延びる可能性は遥かに高いのだから。

 

 そんな彼の魅惑的な提案に、賛同して逃亡しようとする冒険者達に怒声が飛んだ。

 

 

「馬鹿野郎がっ、てめぇらそれでも冒険者かっ!

手足が動くなら最後まで戦えやっ!手柄立てて成り上がろうって気概はねぇのかッ!?

そのつもりで此処(エ・ランテル)に来たんだろうがっ!!」 

 

「「――っ!」」

 

 

 イグヴァルジの叱咤は、下級冒険者としてエ・ランテルで燻っていたならず者達の心に響いた。

 

 活躍の機会すら訪れず、どうにもならぬ現実から逃げるように酒に溺れる日々。

 

 そんな最中で起こった未曽有の大災害。

 此処で名を挙げずに、いつ名を挙げるというのだろうか。

 

 逃げ腰であった冒険者達が再び武器を握りしめ、雄叫びと共にアンデッドに斬りかかる。

 

 何としてもこの難局を乗り切り、冒険者として大成してみせるのだという彼らの生き足掻く力は、命を持たぬアンデッド達を押し返した。

 

 

「――チッ!」

 

 

 そんな冒険者達の火付け役となったイグヴァルジは、渋い表情を浮かべながらモヤモヤとした感情を誤魔化すように舌打ちする。

 

 彼が苛立っている理由は単純明快である。

 

 己の言葉一つで、経験の浅い冒険者達を死地へと送りこんでしまったからだ。

 

 

「ハハハッ、大した役者ぶりだぜイグヴァルジ」

 

「全くだな、退路など()うの昔にないのだから」

 

 

 そんな彼に並ぶように武器を構えるのは、同じミスリル級冒険者のベロテとモックナックであった

 

 彼らはベテラン冒険者である。

 駆け出し冒険者と違って常に最悪を想定して動く為、この戦いの最中も情報収集は怠らなかった。

 

 そんな彼らが仲間から齎された凶報が、エ・ランテルの東西南北にある正門が襲撃され、退路が塞がれてしまったというものであった。

 

 そして破壊された正門付近で滞空したまま動かぬ4体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 

 何故動かぬかは明白である。

 彼らは獲物を檻から逃さぬ看守の役割を果たしているのだ。

 

 もし崩れた外壁をよじ登って外に出ようと目論んでも、そんな逃亡者は骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の餌食となるだろう。

 

 死の恐怖に囚われた下級冒険者達が逃げ出してしまえば、戦力は激減してアンデッドを食い止めることが出来なくなっていた。

 

 そして逃げ出した者達も退路はないという事実に気付き、そんな冒険者達の姿を見た民衆は恐慌状態に陥っていたはずだ。 

 

 

 ペロテとモックナックはイグヴァルジの啖呵を、無用な混乱や被害を避けるファインプレーと捉えていたが、当人は皮肉交じりに口元を吊り上げながら呟いた。

 

 

「……へっ、何が役者だ。俺は()()()()()を言ったまでだぜ」 

 

 

 イグヴァルジは痛い程に理解している。

 例えエ・ランテルから逃げ延びたところで、敗走した冒険者達には碌な未来など残されていないということを。

 

 彼らは冒険者組合から特命という形で、大金と引き換えにアンデッド討伐の依頼を受けたのだ。

 

 そんな依頼を放り出し、エ・ランテルを見捨てた冒険者など組合側が許容するはずがない。 

 

 冒険者としての資格は剥奪され、後ろ盾のないワーカーに身を落とすのは目に見えているし。ワーカーになってからも、負け犬の汚名は生涯ついて回ることになる。

 

 そうなれば碌な仕事にありつけず、乞食と変わらぬ生活を強いられることになるだろう。

 

 

(……そんな人生、死んだも同じじゃねぇか)

 

 

 だからエ・ランテルの冒険者達は、この未曽有の大災害から逃げることは出来ない。

 

 この戦いを終わらせる為に、一体でも多くのアンデッドを討伐するしかなかった。

 

 だからこそ彼らに言ったのだ。

 逃げて場をかき乱して死ぬぐらいなら、戦って少しでも役立ってから死ねと。

 

 

 イグヴァルジは苦虫を嚙み潰したような気分で、死地に送り出した冒険者達を眺める。

 

 中には今日冒険者登録をしたばかりの銅級冒険者も居たが、そんな者達も等しくアンデッドの餌食となり、恐怖と絶望を抱きながら死んでいった。

 

 

「――糞ったれがっ!」

 

 

 そんな冒険者の屍に喰らいついていた動死体(ゾンビ)を、怒声と共に蹴り飛ばすイグヴァルジ。

 

 夢半ばで命途絶えた者達に、嘗ての自分の姿を重ね見てしまい。生き足掻く姿を無様だと死者達に嘲笑われた気がしたからだ。

 

 

 終わりの見えない命懸けの徒労行為に疲弊する冒険者達。

 

 そんな彼らの前に、更なる絶望を告げる存在が現れた。 

 

 

「――骨の竜(スケリトル・ドラゴン)かッ」

 

 

 何処か含みのある様子で、その名を呟いたイグヴァルジ。

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は、魔法の効かぬ巨体と飛翔能力を保有するアンデッドである。

 

 下級冒険者達には荷が重すぎる相手であり、ミスリル級の冒険者でも苦戦を強いられる相手である。

 

 

「お前ら俺を援護しろっ!」

 

「「イグヴァルジ!?」」

 

 

 そんな強敵を前にして、イグヴァルジは駆けた。

 

 普段の彼らしからぬ勇猛果敢な突撃に、仲間達は慌てて強化魔法を施すと、彼のサポートに回る形で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と対峙する。 

 

 一見無謀にも思える特攻であったが、そんな行動にも意図があった。

 

 此処で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に闇雲に暴れられてしまえば、冒険者側の受ける被害は甚大になる。

 

 下級冒険者は太刀打ち出来ない相手。

 無用な犠牲が増えるぐらいならば、突出した戦力――ミスリル級冒険者であるイグヴァルジ達が少人数で戦った方が浮いた人手を防衛に回すことが出来る。

 

 そもそも敵は飛翔能力を兼ね備えているのだ。

 もし空へと逃げられてしまえば手が出せなくなり、常に頭上を警戒しながら戦わねばならなくなる。

 

 戦闘を長引かせるのは悪手。

 迅速に始末して被害の拡大を防がなければならないのである。 

 

 

(――こいつは絶対に俺が倒すッ!)

 

 

 そんな合理的な判断とは裏腹に、イグヴァルジの心は怒りとは別種の熱に浮かされていた。

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は、駆け出し時代のイグヴァルジがカッツェ平原で遭遇したことのあるアンデッドであり、敗走を強いられた因縁の相手でもある。

 

 その敗走がきっかけで挫折を味わった彼にとって、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はトラウマの化身であると同時に、冒険者として乗り越えるべき大きな障壁でもあった。

 

 

 故に彼は冒険者としての意地と誇りを賭した戦いに臨んだ。

 

 嘗て倒せなかった強敵を討伐することで、己の存在価値を証明したかったのである。

 

 

「グオオオオッ!」

 

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が咆哮と共に、イグヴァルジに向かって鋭い爪を振り下ろす。

 

 しかし、イグヴァルジは身軽な猿の如くその攻撃を躱し、棒高跳びの要領で駆け出した勢いのままに跳躍――骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の背中へと騎乗した。

 

 目の前から敵が消え失せたことに視線を彷徨わせる骨の竜(スケリトル・ドラゴン)であったが、それより早くイグヴァルジは動いた。

 

 

「はっ、間抜けが遅ぇよっ!」

 

 

 腰元のポーチからポーションの入った小瓶を取り出したイグヴァルジは、それを骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の両翼へと投擲する。

 

 硝子が砕け散る音と共にポーションが散布され、骨で出来た翼が煙を上げながら溶けていく。

 

 アンデッドにとって上質なポーションは、硫酸に匹敵するほどの劇薬である。

 

 ボロボロの翼を羽搏かせて空に舞い上がろうとするが、それを阻害するようにイグヴァルジが翼を構成している骨を手に持った棍棒で砕いていく。

 

 

「グォオオオオ!!」

 

 

 飛べなくなった骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は、背に乗ったイグヴァルジを振り払おうともがくが、イグヴァルジが背から振り落とされることはなかった。

 

 イグヴァルジは【野伏】(レンジャー)【森の追跡者】(フォレストストーカー)といった職業を取得している。

 

 本来得意とするのは森林などでの偵察任務や奇襲である為、このような平地での乱戦は彼の不得意な分野である。

 

 しかし、それらの職業が齎す恩恵によって、イグヴァルジの敏捷性は大幅に高まっていた。

 

 足場の悪い森の中を疾走出来る脚力や、不安定な樹木の上を跳び回ることの出来る体幹。

 

 ミスリル級冒険者の中でも、頭抜けた身軽さを持つことが彼の強みなのだ。

 

 

「これでも喰らえっ!」

 

「敵の動きは止めたぞイグヴァルジ、やれっ!」

 

 

 イグヴァルジにより骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が翻弄されている隙に、彼の仲間達が追撃を加える。

 

 破城槌で前足を砕き、持っていたロープでその身を拘束して身動きを封じる。

 

 仲間達の声に反応して、武器を構えたイグヴァルジは背中から跳躍。

 

 全体重を乗せながら敵の眉間に棍棒を突き立て、己の得意とする武技を発動させた。

 

 

「――武技〈穿撃〉ッ!」

 

 

 本来なら短剣の突きで用いる武技であったが、得物が違っても発動は出来る。

 

 そして刺突攻撃の威力を高める武技は、棍棒を用いたことで殴打攻撃の威力を高める武技に成り代わった。

 

 殴打攻撃に脆い骨の肉体を持つ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は、急所である眉間を砕かれ灰となる。

 

 

「――はっ、ざまぁみやがれっ!!」

 

 

 己の殻を打ち破った男は、押し寄せてくる死者の群に中指を突き立てながら吼えた。

 

 冒険者として生き足掻いた半生が、決して無駄ではないのだと死者達に知らしめたのだ。

 

 

「「うぉおおおおおおっ!!」」

 

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)をあっという間に討伐したイグヴァルジに、周りの冒険者達も大いに沸き立つ。

 

 彼に負けるものかと己を鼓舞し、勇猛果敢に敵を打ち倒すもの。

 

 お互いに死角をカバーしながら、アンデッドと対峙する冒険者達。

 

 戦況は未だ不利なまま変わらない。

 しかし彼らの纏う雰囲気は大きく変化した。

 

 生きることを諦めた死兵や、死の恐怖に怯える弱者は居ない。

 

 皆がこの地獄のような戦場で最後まで足掻き、戦い抜くという決意をその瞳に宿していた。

 

 そして、そんな決意を齎したのは、紛れもなくイグヴァルジの蛮勇であったのだ。

 

 

「…………」

 

 

 冒険者達の劇的な変化を目の当たりにしたイグヴァルジは、ポカンと呆けた表情を浮かべる。

 

 そして口角を吊り上げ、何処か可笑しそうに笑いながら呟いた。

 

 

「――クククッ、今更かよ」

 

「どうしたんだイグヴァルジ?」

 

「……いや、何でもねぇよ」

 

 

 遥か昔に捨て去った、叶うはずがないと諦めた夢。

 

 それが今、手を伸ばせば届きそうな場所まで舞い降りてきたのだから。

 

 目の前に押し寄せてくるアンデッドの群を見て、思わずイグヴァルジは好戦的な笑みを浮かべる。

 

 此処が自らの運命を変える戦場であると理解したからだ。

 

 

「――いくぜ、野郎共ッ!奴らを地獄に送り返してやれっ!」

 

「「おうっ!!」」

 

 

 イグヴァルジの号令と共に、冒険者達が一糸乱れぬ連携でアンデッドの群を押し返す。

 

 命あるからこそ人は死を恐れるが、心あるからこそ人は強くなれる。

 

 冒険者達の生への希望や執着心は、死の恐怖や苦痛を凌駕し、彼らに普段以上の実力を発揮させた。

 

 不仲な冒険者達もこの土壇場で連携をとり、互いが互いをフォローしあう。

 

 個々で動いていた冒険者達は群となり、嘗てない程の一体感でアンデッドを駆逐していく。

 

 劣勢は拮抗になり、拮抗は優勢になる。

 

 劣勢から戦況を立て直した冒険者達の快進撃は見事というより他ないだろう。

 

 ――だがそんな彼らの奮闘すら、圧倒的な脅威の前には無意味となる。

 

 

「……嘘、だろ?」

 

 

 冒険者の一人が剣を取りこぼし、その場に膝から崩れ落ちる。

 

 墓地の上空より現われたのは、4体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)であった。

 

 更に一際大きな骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の背には、盾と剣を携えた骸の騎士――死の騎士(デス・ナイト)まで騎乗していたのだ。

 

 一向に溜まらぬ負のエネルギーに痺れを切らしたカジットが、先ずは障壁となる冒険者達を排除しようとエ・ランテルの東西南北に待機させていた5体のアンデッドを墓地の北区画に向かわせたのである。

 

 

「「グオオオオオッ!」」

 

 

 僅かに残った希望すら摘み取るような、亡者達の無慈悲な咆哮が墓地に谺する。

 

 

 ――其処からは正しく阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

 

 

 前方から押し寄せるアンデッドを相手にしながら、上空より襲撃してくる骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を警戒しなければならない。

 

 連携が取れなくなり、散漫とした動きになる冒険者達。

 

 其処を切り崩すのは一騎無双の死の騎士(デス・ナイト)である。

 

 

「グォオオオオッ!!」

 

 

 死の騎士(デス・ナイト)がフランベルジュを振るう度に、数人の冒険者達が防具ごと切り裂かれる。

 

 死の騎士(デス・ナイト)の切り殺した冒険者達が従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に変わり、そんな従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)が強大な敵となって冒険者達を脅かす。

 

 

「――――ッ」

 

 

 イグヴァルジはそんな惨劇を目の当たりにして言葉を失った。

 

 嘗て酒を飲み交わした者達が従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に成り代わり、可愛がっていた下級冒険者達を喰い殺しているではないか。

 

 

 そんな救いのない現実に、イグヴァルジはキレた。

 

 

「――糞野郎がぁああああっ!!」

 

 

 唐突に現れ、全てを奪い取っていく目の前の存在が許せなかった。

 

 理不尽な現実に抗っていた者達を、雑草のように刈り取った魔物が憎かった。

 

 沸々と煮えたぎるような憤怒の感情を抱きながら死の騎士(デス・ナイト)に立ち向かうイグヴァルジであったが、そんな彼の決死の攻撃は下らないと言わんばかりに一蹴されることになる。

 

 

「グォオオオオッ!!」

 

 

 威嚇の咆哮と共に振るわれる左腕。

 群がっていた冒険者達を蹴散らす目的で行われた大盾による薙ぎ払い。

 

 そんな無造作な動作が齎した被害は甚大であった。

 

 金属が拉げ、肉が潰れる音と共に、物言わぬ肉塊となる数人の冒険者達。   

 

 死の騎士(デス・ナイト)に接近していたイグヴァルジは、そんな冒険者の亡骸に巻き込まれる形で宙を舞った。

 

 

「――がはっ!?」

 

 

 その衝撃により握りしめていた棍棒は圧し折れ、頑強な鎧に罅が入る。

 

 地面に激突する寸前で受け身をとったイグヴァルジであったが、左腕に罅が入り使い物にならなくなった。

 

 揺れる視界の中でイグヴァルジが見たのは、死の騎士(デス・ナイト)によって、周辺に居た冒険者達が斬殺される光景であった。

 

 

「……このぉ……バケモンがッ」

 

 

 悪態をつきながら力なく立ち上がるイグヴァルジであったが、その頃には前後左右を従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に囲まれていた。

 

 そして彼の目の前に立ち塞がっているのは、どうあがいても敵わぬ怪物である骸の騎士である。

 

 死の騎士(デス・ナイト)は、立ち上がったイグヴァルジを追撃することなく醜悪な笑みを浮かべながら観察していた。

 

 アンデッドの種族特性や高い知性を与えられた影響なのか――この個体は目の前の人間が醜く生き足掻く様を眺めることにより嗜虐心を満たし、愚かな存在であると嘲笑っていたのだ。

 

 つまりイグヴァルジは敵とは見做されておらず、嗜虐欲求を満たす為の玩具として生かされていたのである。

 

 

「……畜生が」

 

 

 それを直感的に理解したイグヴァルジは、走馬灯のように己の人生を振り返って思う。 

 

(――嗚呼、判ってたさ。俺は決して英雄にはなれねぇ)

 

 

 頭打ちとなった実力に、頭抜けた才能も持っておらず。せいぜいが器用貧乏。

 

 それでも意地汚く足掻いて見せたが、圧倒的な才能を前にして心が折れた。

 

 オリハルコンの壁は厚いし、アダマンタイトなど夢のまた夢。

 

 そんな冒険者の世界で頂点まで成り上がろうとするなど到底不可能な話だったのだ。

 

 

 それなのに場の空気に絆され、分不相応の夢を見てしまった。

 

 理想を追い求め、現実を顧みず、挙句の果てに死地に踏み込んだ。 

 

 滑稽な道化師のような己の生き様に、苦笑するしかなかった。

 

 

(――だけど、それでも、俺は冒険者だ)

 

 

 ただの農民として搾取され惨めな人生を送るよりは、よほど華々しい人生だったではないか。

 

 ならば惨めに泣き喚いて死ぬのだけは御免である。

 

 せめて最後ぐらいは夢に殉じて、冒険者らしく死んでやろうじゃないかと彼は笑った。

 

 

 そんな彼の反応に不愉快そうに顔を歪める死の騎士(デス・ナイト)

 

 好戦的な笑みを浮かべたイグヴァルジは、腰元の短剣を抜き放って叫ぶ。

 

 

「冒険者を舐めんじゃねぇぞ、この亡者共がっ!!」

 

 

 そんな言葉と共に決死の覚悟で突撃するイグヴァルジであったが、そんな彼を追い越すように黒い影が横切った。

 

 

「――良く吠えた。後は俺達に任せてくれ」

 

 

 すれ違い様にそんな台詞を呟きながら、死の騎士(デス・ナイト)へと突進する仮面の男。

 

 そして右手に握りしめた禍々しい朱槍を、閃光の如き速度で突き出した。

 

 

「武技〈穿撃〉」

 

 

 その一撃は巨大な盾を貫き、堅牢な鎧を纏った死の騎士(デス・ナイト)の上半身を粉々に吹き飛ばした。

 

 あらゆる攻撃を一度だけ耐えるという特殊技能すら無効化され、何が起こったかも判らぬまま灰となって消滅する死の騎士(デス・ナイト)

 

 舞い上がる灰を振り払うように槍を薙いだイチグンは、威厳ある声で死者達に告げる。

 

 

「――貴様達は全員纏めて、冥府の番犬が喰い殺してやろう」

 

 

 四方を無数のアンデッドに囲まれた絶体絶命の状況下。

 

 威風堂々と槍を構えるその姿は、正しく英雄に相応しい後ろ姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊滅寸前の冒険者達の前に現われたのは、怪しげな仮面を被った槍使いである。

 

 登場と同時に矢の如く宙を駆け、そのまま戦場の最前線に躍り出たかと思えば、ミスリル級冒険者すら歯が立たぬ死の騎士(デス・ナイト)を一撃で討伐してみせたのだ。

 

 

「――ハハハッ、マジかよ」

 

 

 最前線を護っていたモックナックはそんな存在を前にして苦笑いを浮かべてしまう。

 

 一言でいうなら規格外。常識では測ることの出来ない凄まじい力を保有している槍使いだということは一目瞭然であった。

 

 それなのに首から下がる冒険者プレートは最下級の証である銅級なのだ。

 

 あまりにも不釣り合いな戦力に、最早彼は笑うしかなかった。

 

 

「――はっ?」

 

 

 だがそんな彼の苦笑いは、更なる衝撃の事実により凍り付く。

 

 何と槍使いだと思っていた男が、高度な魔法を行使したのである。

 

 

「《魔法効果範囲拡大化/ワイデンマジック》

《魔法距離延長化/ロングレンジマジック》

《魔法位階上昇化/ブーステッドマジック》

《集団重傷治癒/マス・ヘビーリカバー》」

 

 

 イチグンの発動させた広範囲回復魔法により、最前線で戦っていた冒険者達が癒され、彼らを襲っていたアンデッド達が灰となって消滅する。

 

 その場に残ったのは完全回復を果たした冒険者達。そして魔法を無効化する能力を保有していた1体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)であった。 

 

  

「……グォオオオオオッ!!」

 

 

 生き延びた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は、そんな脅威を排除しようと襲い掛かるが、背後から襲い掛かってくる魔物をイチグンは一瞥すらしない。

 

 何故なら頼もしい仲間が、彼のすぐ近くに控えているからである。

 

 

「――お前如き(スケリトル・ドラゴン)では彼を相手にするには力不足だな」

 

 

 全身鎧の大男がイチグンの背後に現われ、右手に持った大剣で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の身体を()()()()()()()()

 

 まるでモーゼの海割りの如く左右に二分割された骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の身体は、その剣圧に耐え切れずに中央部分から瓦解して弾け飛ぶ。

 

 そんな光景を間近で目撃した冒険者達は絶句する。

 

 一太刀で、しかも片手のみで巨大な骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を頭から尾まで両断したのだ。

 

 それだけでこの漆黒の剣士が、自分達とは次元の違う実力者であることが判るだろう。

 

 

 愕然としたまま動かぬ冒険者達を尻目に、モモンと背中合わせとなったイチグンは端的に告げる。

 

 

「モモンさんは前衛のフォローを。俺は上空を飛び回っている骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を始末します」

 

「了解した」

 

 

 了承の言葉と共に、漆黒の剣士モモンは残像を残しながらアンデッドの群に突撃。

 

 爆音と共に舞い上がる肉片や骨片。

 モモンの振るう二つの大剣がアンデッドを紙切れのように両断し、その風圧によって残骸が空に舞い上がっているのである。

 

 襲い掛かって来る百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)もボールのように蹴り飛ばして撃退。蹴り飛ばされた百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)はバラバラに砕けながら動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)を圧殺して道を切り拓く。

 

 

 無数のアンデッドという不条理な現実を、圧倒的な暴力という理不尽が塗り潰す。

 

 モモンの活躍により、僅か数十秒足らずで前方に居たアンデッドが駆逐され、冒険者達の劣勢が覆された。

 

 

「《R1.眷属召喚(サモン・サーヴァント)》」

 

 

 そんな蹂躙劇の傍らで、イチグンは眷属であるネメシスを召喚した。

 

 主の意図を瞬時に理解したネメシスは、体内に収納していた鈍器を取り出して装備。

 

 墓地を疾風の如く駆け回りながら、漆黒の剣士の打ち洩らしたアンデッド達を駆逐していく。

 

 

 イチグンが【混沌召喚士】(カオス・サマナー)の恩恵によって召喚したネメシスは、己の肉体の一部として扱われる。

 

 つまりネメシスが倒した敵はイチグンが倒したものと見做され、【凶騎士】(ベルセルク)のスキルである〈贄の刻印〉(にえのこくいん)の効果が発動するのだ。

 

 

「――〈跳躍〉(ホッパー)

 

 

 極限まで高まった物理攻撃力と素早さにより、弾丸のように射出されるイチグンの肉体。

 

 衝撃から身を護る光の障壁を同時に展開したイチグンは、その勢いのまま骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に突進する。

 

 

「――グォオオオオ!?」

 

 

 轟音と共に砕け散る骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の身体。

 

そんな魔物を踏み台として、イチグンは更に宙を跳ねる。

 

 二体、三体と木っ端微塵に砕け散った残骸が、花火のように夜空を白く彩りながら地表に降り注ぐ。

 

 

 あまりにも幻想的な光景に、戦いの最中であることすら忘れ、天を見上げる冒険者達。

 

 天高く舞い上がったイチグンは、眼下に広がるアンデッドの大群を見据えながら広範囲殲滅魔法を発動した。

 

 

「《魔法最強化/マキシマイズマジック》

《魔法効果範囲拡大化/ワイデンマジック》

《魔法距離延長化/ロングレンジマジック》

《魔法誘導化/ホーミングマジック》

 

――R4:龍星群(ドラゴン・ダイヴ)

 

 

 本来であれば敵味方問わずダメージを与えてしまう無差別範囲攻撃が、ユグドラシルの魔法によって指向性を持たされ、技の有効射程や攻撃範囲も爆発的に底上げされる。

 

 光の帯は小さな龍となり、小さな龍は地表に舞い降りたと同時に小規模な爆発を伴って消滅する。

 

 イチグンの絨毯爆撃によって、北区画のアンデッド達の殆どが塵となって消え失せた。

 

 

「ギ、グギギギッ!」

 

 

 そんな攻撃による死滅を免れた百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)が、仲間達の無念を晴らすかの如く、一人でも多くの冒険者を道連れにせんと襲い掛かるが、そんな悪足掻きは無駄となる。

 

 

「ギッ――」

 

 

 断末魔と共に響き渡る轟音。

 

 滞空していたイチグンが隕石の如く落下し、生き残った百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)を踏み潰したのだ。

 

 

 原型も留めぬ程にぺしゃんこになった百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)

 

 そんな残骸を一瞥したイチグンは、共同墓地の中央に視線を向けて言った。

 

 

「……どうやらアンデッド達は中央にある霊廟から生まれているようだな。

――霊廟周辺に強力な結界が張ってあるし、一段と濃い負の気配が漂っている」

 

「――なるほど、ならば私達だけで行くしかないだろうな」

 

 

 そういってモモンとイチグンはエ・ランテルの墓地の中央へと向かう。

 

 そんな彼らに追従する冒険者や、無謀だと止める冒険者は居なかった。

 

 

 アンデッドの大群をたった二人で討伐した桁外れの実力者達。

 

 そんな彼らが危険であると断言するようなものが墓地の霊廟に待ち構えているのだ。

 

 自分達が帯同したところで、助太刀どころか足手纏いにしかならぬのは目に見えている。

 

 ならば此処で残ったアンデッド達を駆逐して、住民達に被害が及ばぬようにこの防衛拠点を守り抜くことこそが自分達の役割であると理解したのだ。

 

 

「…………」

 

 

 様々な出来事が立て続けに起こり、困惑と緊張に包まれる戦場の中。ミスリル級冒険者のベロテは剣を握りしめたまま立ち尽くす。

 

 未だに目の前で起こった出来事が信じられない彼は、譫言のようにボソリと呟いた。

 

 

「……俺達は夢でも見ているのか?」

 

 

 そんなベロテの呟きに反応し、静かに否定したのはイグヴァルジであった。

 

 

「――ハハハッ、チゲェよ馬鹿。伝説を目の当たりにしてんだよ」

 

 

 嘗て失ったはずの憧れが蘇り、イグヴァルジの瞳が少年のようにキラキラと輝く。

 

 

 それは永遠に語り継がれることになる、冥府の番犬の英雄譚の序章であった。

   

 

 




誰得のイグヴァルジ回でした。

何処の二次創作でも汚いイグヴァルジしかいなかったので、キレイなイグヴァルジを書いてみたかったんですっ!許してっ!

 

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