イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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次で死の螺旋騒動は終わると書いたが――アレは嘘だ。


……遅れてしまって申し訳ありませんOTZ

色々書き加えていく内にどう考えても一話で完結出来るような内容では無くなってしまいました。

なので二分割させていただきますが、あと少しだけエ・ランテル異変にお付き合いくださいませ。




第33話 カジットと賢者の石

 

 

 エ・ランテル共同墓地の中心部。

 薄暗い霊廟の中で、骸骨のような出で立ちの男が腹立たしそうに叫んでいた。

 

 

「――ふざけるなっ!!」

 

 

 秘密結社ズーラーノーンの十二高弟の一人。カジット・デイル・バダンテールは激怒していた。

 

 何故なら自らの野望を叶える為の計画が、全てご破算になってしまったからである。

 

 

 今でこそ巨大犯罪組織の幹部に席を置くカジットであるが、その出自はスレイン法国の長閑な村の母子家庭に生まれた平凡な村民であった。

 

 母子家庭故に貧しい生活を強いられることもあったが、優しい母親に育てられたカジットは慎ましいながらも幸せな幼少期を過ごした。

 

 そんな彼の人生が大きく変わったのが、大切な母親の死を間近で目撃した時である。

 

 カジットが遊びに出掛けて家に戻ると、母親は床に倒れており冷たい屍となっていた。

 

 死因は脳梗塞であり、発見が早ければ救えたかもしれない命であった。

 

 

 カジットは母親の死を嘆き、己の不甲斐なさを悔やんだ。

 

 

 もし、自分が早く帰宅していれば、大切な母親を失わずにすんだかもしれない。

 

 もし、自分に金や力があれば、蘇生魔法を用いて母親を復活させることが出来たのに。

 

 

 そんな想いがカジットを突き動かし、母親を蘇らせるという目的の為に、信仰系の魔法を扱える神官になるという道を選ばせた。

 

 才能のあったカジットは若くして高位の神官に成り上がり、スレイン法国でもそれなりの地位を手に入れたのだが、そんな彼に受け入れがたい非情な現実が待ち受けていた。

 

 母親を蘇らせる手段が存在しないのだ。

 

 一般的な蘇生魔法として知られている《死者復活/レイズデッド》には、幾つか発動するにあたって条件があった。

 

 

 まず第一に蘇生出来る相手は強者に限る。

 普通の人間を蘇生させようとすると、レベルダウンの負荷に耐え切れずに肉体が灰となり、魂が消滅してしまうのだ。

 

 肉体の損傷具合も蘇生の成功率に影響する。

 元となる肉体が生命維持困難なレベルで損壊していると、下位の蘇生魔法で復活させることが出来ないのだ。

 

 それに加えて、死後経過した時間というものも重要視される。

 

 魔道具や魔法で保存処理を施さなかった死体は、一週間程度で魂と肉体の親和性が失われてしまい。肉体との繋がりが消えた魂は輪廻の輪に還るのだと、死を司る神であるスルシャーナが記録を残していたのだ。

 

 

 それを知ったカジットは絶望した。

 

 彼の母親の肉体は既に消失しており、死後数年以上の時間が経過していたからである。

 

 信仰系の魔法では母親を蘇らせることが出来ないと悟ったカジットは、様々な可能性を模索し、死霊系統の魔術なども修めたが、思うような成果をあげることが出来ずに鬱憤とした思いを抱えたまま燻っていた。

 

 そんな時に出逢ったのが、法国の神殿に封印されていた『死の宝珠』という知性ある魔道具である。

 

 

 宝珠はカジットに言った。

 自らの本来の力を用いれば、母親を蘇らせることは可能であると。

 

 それはカジットにとって、余りにも甘美で魅力的な魔の誘惑であった。

 

 母親への未練を断ち切れなかった彼は、祖国を裏切って封印を解き放ち、『死の宝珠』を盗み出した。

 

 その後も宝珠に導かれるようにズーラーノーンの幹部となり、数多の罪を重ねながら負のエネルギーの回収に奔走し続けるカジットであったが、彼は致命的な事実に気付いてしまったのだ。

 

 

 ――足りないのだ。

 母親を復活させるために必要な負のエネルギーが。もっと多くの死や苦痛をこの世にばら撒く必要がある。

 

 ――まるで足りないのだ。

 人間である自分には寿命があり、そう遠くない未来に死が訪れるだろう。それらの計画を成就させる為には莫大な時間が必要である。

 

 

 ならば人で在ることを辞めれば良い。

 

 人の肉体を捨て、強大なアンデッドに転生することで寿命を克服できる。

 

 人を超越した力と、永遠に等しい時間があれば計画を成就させることが出来るだろう。

 

 

 狂気の沙汰ともいうべき執念により、約5年の準備期間を経て『死の螺旋』は発動された。

 

 

 大量のアンデッドによりエ・ランテルの生者達を蹂躙し、その死と苦痛によって更なる負のエネルギーを入手する。そして自らを強大なアンデッドへと転生させる儀式を行う手筈であった。

 

 

 それなのに結果は大失敗。

 

 無数のアンデッド達は討伐されたのか気配が途切れてしまい、召喚の為に使用した負のエネルギーが丸々無駄となってしまった。

 

 そして敵の侵入を防ぐための防波堤として霊廟の周りに設置していた強大なアンデッド達が、今も尚凄まじい勢いで消滅している。

 

 つまり万を超えるアンデッドの群を討伐した強大なナニかが、カジットの下へと這い寄って来ているのだ。

 

 

(クソッ、こんな事態は想定外だッ!)

 

 

 間近に迫った脅威に撤退を強いられるカジットであったが、彼は敢えて敵を迎え撃つ決断を下した。

 

 敵の戦力は未知数であるが、カジットもまた奥の手を隠し持っている。

 

 強大な敵を殺すことが出来れば、失った負のエネルギーを補填出来るかもしれないし、その死体を利用して強大なアンデッドを造り出せる。

 

 そもそも撤退を選んだところで、今後もそんな脅威が自分達の前に立ち塞がって儀式を妨害する可能性があるのだ。

 

 

 故に今ここで始末するという訳である。

 

 

「――止む無しか」

 

 

 決意を固めたカジットは、傍に控えていた死の騎士(デス・ナイト)を一瞥した後、儀式用の祭壇に飾られた黒い剣を触媒に魔法を発動。

 

 『死の宝珠』に蓄えていた負のエネルギーを全て使用し、とある魔物を召喚するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しばかり派手に動き過ぎた。

 

 唐突に発生したアンデッド大量発生事件を解決する為に、エ・ランテルへと舞い戻った俺達は即座に北区画と南区画のアンデッドを殲滅。

 

 隠してきた実力を大々的に宣伝する結果となってしまったが、致し方のない状況であった。あのまま放置していれば、エ・ランテルは確実に死都となっていただろうしな。

 

 当初とは計画が大幅にズレてしまった為、様々な問題が発生するだろうが、小難しいことを考えるのは後回しだ。

 

 

「まずはこの事件を解決しないとな」

 

 

 そんな決意を抱きながらもアインズさんと共に薄暗い墓地を駆け、無数のアンデッドを薙ぎ倒しながら中央にある霊廟を目指す。

 

 霊廟へと近づくにつれて魔物の質が変わり、より凶悪な魔物が敵の侵攻を妨げる壁のように配置されている。

 

 上空には非実体化して物理攻撃の効かない死霊(レイズ)が漂い、集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)が道を塞ぎ、高い再生能力を保有する血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)が暴れ回る。

 

 トドメと言わんばかりに麻痺攻撃を持つ食屍鬼(グール)の群。完全に敵の侵攻を遅延し、妨害することを目的とした防衛布陣である。

 

 よほど霊廟に近づかせたくないらしいな。

 

 

「ぶっちゃけ、この面子がアンデッドの群に加わってたら確実に戦線崩壊してたよなぁ」

 

 

 対抗できるとしたら『蒼の薔薇』みたいなアダマンタイト級冒険者チームぐらいだろうか?

 

 何故、それだけの戦力を保有しておきながら、分散してしまうのだろうかと疑問に思ったが、アインズさんがサラリと答えた。

 

 

「リスクを減らしたかったからじゃないですか?

もしエ・ランテルに特化した戦力が居たとするなら、今の私達みたいに騒ぎの発生源だと思われる霊廟に向かうでしょうし」

 

「――拠点の守りを厚くするのは当然の判断だと」

 

 

 アダマンタイト級の戦力が居たと仮定し、他の冒険者達と連携を取られると非常に厄介だ。

 

 故にそういった戦力は中央に誘導し、万全の布陣で迎え撃つという訳か。

 

 

 それにしても悪手だと思うんだけどなぁ。

 

 もし俺が相手の立場なら、初手で強力な魔物を召喚し、玉砕覚悟で敵陣に突っ込ませるだろう。

 

 敵陣を搔き乱した後に、アンデッドの大群を投入する方がエ・ランテルの侵攻は早く進み、最終的な損害も少なくて済むからだ。

 

 

 しかし、【死霊魔術師】(ネクロマンサー)の職業を極めているアインズさんの見解はまるで違った。

 

 

「――いえ、恐らくは逆だと思います。

大量の雑魚を捨て駒として使った方が遥かに()()()()()()()()()

 

 

 彼曰く、下位アンデッドを作成する魔法と中位アンデッドを作成する魔法ではMP消費に大きな格差があるとのこと。

 

 アインズさんはスキルを用いている為、MPを消費せずに召喚しているが。もし位階魔法を使って召喚する場合、下位アンデッド数十体分のMP消費で、漸く中位アンデッドが1体召喚出来るらしい。

 

 

 しかもこれはプレイヤーが使用した場合の話である。原住民が召喚魔法を使用した場合、どれほどのMPを消費するのかは不明確だ。

 

 中位アンデッドを召喚する為には、下位アンデッドとは比べ物にならないMPを消耗する可能性だって少なからずある。

 

 

「負のエネルギーがどういったものを指し示しているのかは不明ですけど、ユグドラシルでいうところのMPや経験値の代用品なんじゃないですかね」  

 

「――なるほど」

 

 

 十中八九、この騒動を起こしたのはカジットである。

 

 となれば彼は、所有している『死の宝珠』を用いてこの現象を引き起こしたのだろう。

 

 

(つまり『死の宝珠』は負のエネルギーを蓄え、任意のタイミングで使用できる蓄電池のような役割を持っているのか?)

 

 

 そう考えると、この不自然な戦力配置にも説明がつく。 

 

 ユグドラシルの召喚魔法は、召喚時にMPを消費し、召喚モンスターを一定時間使役出来る。

 

 しかし魔法やスキルを用いて、時間経過の前に召喚解除することも可能なのだ。

 

 もし、そうなった場合はどうなるのか?

 召喚時に消費したMPが、術者に還元されるのである。

 

 大量のMPを消費して召喚した魔物が討伐されてしまえば、その分のMPは無駄になってしまう。

 

 しかし、その魔物が残っていれば、召喚解除してMPに還元することが可能なのだ。

 

 

 だからこそ摩耗しても大して痛手のない下位アンデッドを冒険者達にぶつけたのだろう。 

 

 後方に控えた戦力はいざという時の備えであり、疲弊した冒険者達にトドメを刺す鬼札でもあったのだ。

 

 

「それに此処は広大な墓地ですからね。()()にも困らないでしょうし」

  

 

 既に判明していることだが、人間の死体などの触媒を用いた召喚モンスターは、時間が経過しても消えない。

 

 それだけでなく、召喚時に支払うコストも軽減されることが判ったのだ。

 

 そしてコストの軽減は、より上質な触媒ほど効果が高まる――つまりアンデッド召喚の場合は高Lvの死体である程に効果は高まるという訳である。

 

 

「だから多くの冒険者達が集い、巨大な墓地のあるエ・ランテルに拠点を構えたのか」

 

「そう考えるのが妥当ですね」

 

 

 もし儀式が成功すれば、大量の負のエネルギーと同時に上質な触媒(死体)も手に入る。

 

 それらを利用してアンデッドを召喚すれば、消滅することのない不死の軍勢が完成する。

 

 そして、そんな戦力を用いて周辺国家を襲撃し、再び同じ手順を繰り返す。

 

 エ・ランテルは立地的にも他国の侵攻に適した場所にあるので、その被害は疫病のように広がるだろう。

 

 まさに無限ループ。

 死の螺旋とはよく言ったものだ。

 

 

(――いやいや、ちょっと待てよ。そもそもこんな大惨事を引き起こせる負のエネルギーをどうやって搔き集めたんだ?)

 

 

 原作のカジットはンフィーに『叡者の額冠』という法国の秘宝を使わせて、大規模なアンデッド召喚を行ったが、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)二体でドヤ顔するのが限界であった。

 

 なのにルプーからの報告を踏まえると、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を六体同時召喚。

 

 それどころか死の騎士(デス・ナイト)を二体も使役しているのだから意味不明である。

 

 そんな大量の負のエネルギーを、短期間で集められるような手段など無いはず――あ゛っ。

 

 

(……よく考えたらあるじゃねぇか)

 

 

 アインズさんの意図せぬ反撃によって起こった法国の蹂躙劇。

 

 凶悪なアンデッドが湯水の如く湧き出し、数十万人単位の死者が発生したと聞いた。

 

 そんな場所ならば、さぞ負のエネルギーも満ち溢れているだろう。

 

 

(――嗚呼、どうか嘘だと言ってくれ)

 

 

 予期せぬトラブルに見せかけた、最悪のマッチポンプである。

 

 元手となった負のエネルギーは、全てアインズさんが供給したようなものだ。

 

 これこそ正に死の螺旋と呼ぶべき現象ではないだろうか。

 

 

「どうしましたイチグンさん?」

 

「……いえ、何でもありませんよ」

 

 

 アインズさんに返答しながら、襲ってきた食屍鬼(グール)の群を一蹴する。

 

 最早悩んでいる時間すら惜しい。

 

 一刻も早くこの事件を解決せねばと墓地の中心部に駆けると、霊廟の出入口に怪しげなローブの集団が屯っているのを発見した。

 

 11人の漆黒のローブを纏った集団に囲まれているのは、赤茶色のローブを纏った骸骨のような男である。

 

 カジット・デイル・バダンテール。

 秘密結社ズーラーノーンの12高弟の一人であり、この騒ぎの元凶である。

 

 

「――貴様らか。儂の計画を台無しにした愚か者共は」

 

 

 静かだが、隠し切れない殺意を込めて恨み節を吐き捨てるカジット。

 

 不毛の頭頂部には無数の青筋が浮かんでおり、血走った目を零れ落ちんばかりに見開いた。

 

 

 そんなカジットの問いかけに対し、アインズさんは肩を竦めながらおどけた様子で応える。

 

 

「はて、一体何のことかな?

私達は此処に来るまでに邪魔な障害物を払っただけにすぎんのだが?」

 

 

 ……煽りおるな、この骸骨。

 その挑発的な台詞に、カジットの殺気が強まり、額に更なる青筋が刻まれた。

 

 しかし次の瞬間には、何かに気付いたのか辺りを見回し、ニタリと邪悪な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「――クククッ、強がりも其処までくれば役者よのぉ!」

 

「……強がりとは何だ?」

 

 

 カジットの言葉の意味が判らず、暫し悩んだ末に首を傾げながら尋ねるアインズさん。

 

 そんな彼の反応を見て、カジットの弟子達は鬼の首を討ち取ったかように語りだした。   

 

「クククッ、惚けても無駄だ。此処に来るまでに随分摩耗したようだな――仲間達を」

 

「フフフッ、あのアンデッドの群を食い破る為に一体何人が犠牲になったのやら」

 

「ハハハッ、たった2人で俺達12人に勝てると思っているのか?」

 

 

 俺達を見下し、嘲笑うような下卑た笑い声が墓地に響き渡る。

 

 嗚呼、そういうことか。

 彼らは此処に来るまでに多くの犠牲を出しながらやって来たのだと勘違いしているんだな。

 

 残念ながら俺達二人で道中のアンデッドは全て始末したし、当然此方側の被害はゼロである。

 

 余りにも見当違いな推察に呆れたのか、アインズさんは溜息交じりに呟いた。

 

 

「……やれやれ、勘違いも甚だしいな。陳腐な常識に縛られた軽率な行動は身の破滅を招くぞ。

――そもそも1()2()()ではなく6()()の間違いだろ?」  

 

「「――――っ!?」」

 

 

 その瞬間、ピクリと眉を歪めるカジット。

 

 傍に居た5人の高弟達も驚いたように身を強張らせ、そんな彼らの背後に佇む仮面をつけた6人組は、人ならざる者特有の気配を纏う。

 

 頭部を覆い隠していた仮面を取り払うと、その下にあったのは木乃伊のように干乾びた貌。

 

 ズーラーノーンの構成員の内、半数は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)であったのだ。

 

 

 おそらく人間であると誤認させ、俺達の不意を突こうと目論んだのだろうが、スキルの恩恵でアンデッドの気配に敏感なアインズさんには一切通用しない。

 

 見抜かれたカジットは、忌々しそうに舌打ちしながらも告げる。

 

 

「……どうやら観察眼は優れているようだが、些か自信過剰で危機感が欠如しているようだな。

――自分達が死なないとでも、本気で思っているのか?」

  

 

 そういって杖を掲げるカジット。

 

 彼に呼応するかのように、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が魔力を練り上げ、攻撃態勢に移行する。

 

 そんな状況にも関わらず、アインズさんは武器を地面に突き刺し、まるで彼らの攻撃を歓迎するかの如く、無防備に両手を広げながら言った。

 

 

「――当然だろう」

 

 

 そんな言葉と同時に、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達は魔法を発動する。

 

 紫電・氷水・風刃・火炎・石礫・強酸。

 様々な種類の魔法がアインズさんのみをピンポイントで狙い撃った。

 

 しかし、彼はパッシブスキルの〈上位魔法無効化Ⅲ〉〈上位物理無効化Ⅲ〉を保有しており、Lv60以下のデータ量を持つ魔法攻撃・物理攻撃を遮断してしまう。 

  

 そしてこの世界には、これ等のスキルを無視して彼にダメージを与えることの出来る存在は数えるぐらいしか存在しない。

 

 つまりアインズさんは、常時ほぼ無敵状態なのである。

 

 

「――もう攻撃は終わりかな?」

 

 

 土煙を払いながら現れたアインズさんに、カジットは言葉を失い絶句する。

 

 過剰とも言えるような魔法攻撃を無抵抗で受け入れ、無傷のまま自分達の前に佇んでいるのだから。

 

 そんな事実に恐れを抱いた高弟達が、矢継ぎ早に魔法を唱える。

 

 

「《睡眠/スリープ》ッ!」

 

「《人間種魅了/チャームパーソン》ッ!」

 

「《麻痺/パラライズ》ッ!」

 

「《毒/ポイズン》ッ!」

 

「《盲目化/ブラインドネス》ッ!」

 

 

 状態異常を齎す魔法を雨霰の如く連続行使。だが、無意味な徒労行為である。

 

 彼の種族はアンデッドである為、種族特性で状態異常や精神異常を無効化してしまうからだ。

 

 

「――気は済んだかな?」

 

 

 平然とした様子でそう尋ねる漆黒の剣士の姿を見て、漸く魔法が一切効いていないという事実を理解したのか、顔面蒼白となって恐慌状態に陥る高弟達。

 

 動揺が走ったタイミングで、此方も攻撃を仕掛ける。

 

 

「――武技〈六光連斬〉」

 

 

 槍による計六ヶ所への同時刺突攻撃。

 

 それに武技〈空斬〉を絡めることにより6つの鎌鼬が発生し、槍の間合いの外に居た死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の首を同時に刎ね飛ばす。

 

 頭部の消失した死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達は、空気に溶け込むように霧散した。

 

 

「《集団睡眠/マス・スリープ》」

 

 

 そして追撃の魔法により、相手を眠らせて無力化する。

 

 魔法を喰らった高弟達は、唐突な睡魔に襲われてパタンと糸の切れた操り人形のように地面に倒れた。

 

 

 仲間達が倒れ、孤立したカジットはワナワナと震えながら叫ぶ。

 

 

「い、一体何をしたッ!状態異常への対策は完璧だったはずだッ!?」

 

「さぁね、種明かしをする程馬鹿じゃないさ」

 

 

 ズーラーノーンは規模の大きな犯罪組織である。そういった状態異常への対策となる魔道具は常時保有していたのだろう。

 

 だが残念なことに、俺の持つ異能はそれらの障害を全て貫通する。

 

 だから低位の位階魔法でも、スキル魔法による防御や魔道具による加護を無視し、本来の効果を発揮させることが出来るのだ。

 

 

(……逆に何でカジットには魔法が効かなかったのか気になるけどな)

 

 

 当初は全員眠らせて無力化した上で拘束するつもりだったのだが、何故かカジットにだけは魔法が効かなかった。

 

 一体どういう絡繰りで防いだのか気になるところだが、それは当人から聞き出せば良いだろう。

 

 そんな考えを抱きながらもカジットを確保しようとしたのだが、どうやら俺は彼の執念深さを甘く見ていたらしい。

 

 

「こんなところで儂の野望が潰えて堪るかッ!」

 

 

 この絶望的な状況の中でも未だに勝利を諦めていないのか、瞳をギラつかせながら『死の宝珠』を掲げるカジット。

 

 そんな彼に応えるように、霊廟の中から鎧を纏った屈強なアンデッドが現れた。

 

 

「……死の騎士(デス・ナイト)か?」

 

 

 思わず疑問形になってしまう。

 

 現れたアンデッドは死の騎士(デス・ナイト)に酷似していたが、本来左手に保有しているはずの巨大な盾が存在しないのだ。

 

 代わりに左手にあるのは、歪な形状をした漆黒の剣である。

 

 刀身は薄く曲がりくねり、先端が複数に分枝しており、とてもじゃないが切断には適さない造りになっている。

 

 

 何より特徴的なのが、剣の付け根にある巨大な眼球である。

 

 意思を持つ生命体のようにギョロリと俺達を睨んでいるではないか。

 

 無数の触手が柄から生え、アンデッドの左腕に絡みつくように一体化している。

 

 まるで宿主に寄生しているかのようだ。

 

 

「――奴らを殺せ、死の騎士(デス・ナイト)よッ!」

 

 

 カジットの言葉と共に、死の騎士(デス・ナイト)は咆哮を上げて動き出す。

 

 一直線に俺の下へと駆け、その左腕に絡みついた禍々しい剣を振り回す。

 

 

(――早いな)

 

 

 普通の死の騎士(デス・ナイト)とは比べ物にならぬ速度。

 

 だが技術のない一撃である為、躱すのは容易であった。

 

 剣筋を見切って紙一重で避けたのだが、何とその剣は躱したと同時に此方の頭を貫くように()()()()()()()()()()()。 

 

 

「うおっ!?」

 

 

 余りにも変則的な攻撃に慌てて回避。

 飛び退くように距離をとる。

 

 伸びた剣の軌道上にはアインズさんがおり、不意打ちに近い形で腹部を深々と()()()()

 

 

「ぐっ!?」

 

「アインズさん!?」

 

 

 魔法で創造した模造品とはいえ、アダマンタイト以上の硬度を持つ鎧を砕いた。

 

 それ以前にアインズさんの保有する防御スキルを突破し、ダメージを与えたのである。

 

 予想外の強敵の出現に驚いていると、カジットは余裕を取り戻したのか嬉々とした様子で語りだす。

 

 

「クククッ、流石の貴様らもこの魔剣を装備した死の騎士(デス・ナイト)には敵わぬようだなッ!」

 

「……魔剣だと?」

 

「カカカッ、冥土の土産として教えてやろうッ!

それは単なる剣ではない、魔剣獣(ソーディアン)と呼ばれる意思を持った魔獣だッ!」

 

 

 かの十三英雄のメンバーが所有していたと言われている四本の魔剣。

 

 その内の一本である『魔剣ネクロス』を触媒として生み出した魔物が、死の騎士(デス・ナイト)の腕に絡みついた魔物の正体らしい。

 

 本来備えていた武具の性能に加え、知性を持った魔剣獣(ソーディアン)が変則的な攻撃で敵を翻弄する。

 

 その上、魔剣獣(ソーディアン)の種族特性により、装備した者に様々な特殊効果を与えることが出来るらしい。

 

 攻撃を仕掛けてくる死の騎士(デス・ナイト)の動きは、プレアデスに匹敵するだろう。

 

 威力だけならば、武器の性能も相俟ってそれ以上だな。

 

 

 そんな死の騎士(デス・ナイト)魔剣獣(ソーディアン)による猛攻を受けた俺は、舌打ちしながらカジットに尋ねる。

 

 

「――クソッ、何故そんな強力な武器を最初から使用しなかったッ!」   

 

「……本来はこんなもの召喚する余裕はなかったが、背に腹は代えられん。貴様らは間違いなく今後の計画の邪魔になるからここで排除しようと決心したまでよ」

 

 

 貴重な魔剣を触媒にし、死の騎士(デス・ナイト)以上の負のエネルギーを消耗して召喚する魔物。

 

 触媒を用いた召喚は召喚解除も出来なくなるので、再び膨大な負のエネルギーを集めなければならない。

 

 カジット自身が魔剣を使用しないのも、魔剣獣(ソーディアン)を装備すると精神を蝕まれて肉体を乗っ取られてしまうからだ。

 

 故に精神異常を無効化出来るアンデッドの死の騎士(デス・ナイト)に装備させているという訳である。

 

 

 想像以上に種明かししてくれたカジットは、上機嫌に嗤いながら此方を煽る。

 

 

「武器を奪って利用してやろうとでも考えたか?残念だったな、その剣は貴様に扱える代物ではないぞッ!」

 

「……みたいだな」

 

「クククッ、掠り傷一つでも負えば終わりだ。この剣で作られた傷は癒すことが出来ない。そこに転がっている死骸の仲間入りだぞっ!」

 

「……へぇ」

 

「貴様達の屍を用いれば、死の騎士(デス・ナイト)すら凌駕するアンデッドの召喚も不可能ではないだろうからなッ!ハハハッ、貴様らがこの世界に死を齎す存在になるのだっ!」

 

「……そうか」

 

 

 壊れたラジカセのように嗤うカジットに対し、多少の哀れみを抱きながらも俺はボソリと呟く。

 

 

「……みたいですけど、どうしますモモンさん?」

 

「――フフフッ、欲しいな()()

 

 

 ムクリと何事もなく起き上がったアインズさんに対し、カジットの高笑いはピタリと止まる。

 

 腹部に空いた大穴は消えており、いつの間にか鎧も元通りになっていた。

 

 

「ば、馬鹿なっ!?お前は腹部を貫かれて死んだはずだっ!」

 

「嗚呼、アレ演技だから。あの程度の攻撃などダメージにすらならんさ。

態と攻撃を喰らい、間抜けな敵から情報を引き出すのは戦いの常套手段だからな」

 

 

 いや、サラリと嘘つくなや。

 攻撃を喰らったのは態とじゃなくて油断してたからだろうが。しかも結構ダメージ受けてたし。

 

 不意打ちによるダメージを利用して、敵から情報を引き出そうとする強かさは感心するが、そもそもこんな回りくどいことをしなくても、彼の召喚した魔物を倒してカジットを尋問すれば終わりである。

 

 

 敢えてそれをしなかったのは、ユグドラシルに存在しない魔物が、アインズさんのコレクター魂に火をつけたからだ。

 

 魔剣獣(ソーディアン)はユグドラシルには存在しないモンスターである。

 

 魔物を倒してしまえば塵一つ残さず消えてしまう可能性もあるし、この世に一体しか存在しないハムスケのような希少種かもしれない。

 

 故にアインズさんから武器を破壊することを禁じられた俺は、態と苦戦したフリをしながら魔剣の性能を確かめつつ、その情報をカジットから聞き出したという訳である。

 

 

「あ、あり得んッ!嘘に決まっているッ!」

 

 

 そんな話を聞かされたカジットは、命懸けの戦いの最中、そんな思惑で動く者など居ないと叫ぶが、それを証明するかの如くアインズさんが動き出した。

 

 

「――とりあえず、この死の騎士(デス・ナイト)は邪魔だな」

 

 

 そんな言葉と共に、死の騎士(デス・ナイト)に急接近したアインズさんは、魔剣ネクロスの絡みついていた左腕を力任せに捥ぎ取った。

 

 

「グォオオオオッ!?」

 

 

 唐突に左腕を失った死の騎士(デス・ナイト)は、困惑の入り混じった咆哮を上げる。

 

 一方でアインズさんは、魔剣に絡みついていた左腕を塵のように投げ捨て、魔剣ネクロスを装備。

 

 一瞬だけ魔剣の触手が肉体を侵食しようと蠢いたが、何かを察知したのか直ぐに萎れて大人しくなる。

 

 

「――オオッ、実に素晴らしいなコレはッ!

性能も優れているが、何より自らが意思を持ち攻撃する部分が気に入ったぞ」

 

 

 そういって満足そうに頷くアインズさん。

 

 目の前に棒立ちとなっている死の騎士(デス・ナイト)を一瞥すると、入手したばかりの魔剣を横薙ぎに振るった。

 

 呼応するように魔剣の形状が変化し、刀身が鞭のようにしなりながら伸び、生き物のように蠢きながら無数の鋭い刃に枝分かれする。

 

 斬撃を受けた死の騎士(デス・ナイト)は、賽の目状に細切れとなり、その破片は灰となって地面に崩れ落ちた。

 

 

「ふむ、良い切れ味だな――何、お前も元の主より私の方が気に入ったのか?

フフフッ、そうか。ならば今後は私の愛刀として使役してやろうではないか」

 

 

 試し切りの結果に満足したのか、物言わぬ魔剣と楽しそうに対話し始める骸骨。

 

 一度だけ致命傷を耐えるはずの死の騎士(デス・ナイト)が一振りで消滅したのは、一瞬で何十もの斬撃を叩き込まれたからだ――実に悍ましい攻撃である。

 

 

「――――」

 

 

 そんな光景を間近で見たカジットは、全ての感情が抜け落ちた顔で地面に膝をついた。

 

 目の前で切り札の魔剣を奪い取られ、それを使用していた死の騎士(デス・ナイト)を細切れにされたのだ。

 

 最早、どうあがいても勝ち目はないと理解したのだろう。

 

 

「……お前は……一体何者なんだ?」

 

 

 地に跪いたカジットは、縋るように漆黒の鎧に包まれた戦士を見上げる。 

 

 圧倒的な力で死の軍勢を蹂躙し、剰え精神を侵食して肉体を奪い取るはずの魔剣を手足のように使いこなしている超常の存在。

 

 その正体を知りたいと思うのは、人間として至極当然の反応だろう。

 

 

「私の正体が知りたいのか?

――ならば、教えてやろう」

 

 

 そんなカジットの質問に対し、アインズさんは魔法で構成した鎧を解除することで応えた。

 

 鎧の下から現れたのは漆黒のローブを纏った骸骨の肉体である。

 

 

「……あ、アンデッド?」

 

死の支配者(オーバーロード)さ。見ての通り本職は戦士などではなく、魔法詠唱者だがね」

 

 

 魔剣による精神支配が効かないのは当然だ。精神異常を無効化出来るアンデッドなのだから。

 

 魔剣が従順なのは、アンデッドによく似た種族である為、彼の持つ【死霊魔術師】(ネクロマンサー)の職業スキルにより使役されているからだ。

 

 

 人間ではなくアンデッド。

 

 戦士ではなく魔法詠唱者。

 

 驚愕の真実を知らされて、カジットの心は圧し折れてしまったのだろう。

 

 

「……クククッ、何とも皮肉な話だな。

アンデッドの騒ぎを治めたのが、他ならぬアンデッドだとはな――お前達が関わった地点で、既に儂の計画は破綻していたのだな」

 

 

 そういって失笑しながら脱力し、右手に握りしめた『死の宝玉』を地面に落とすカジット。

 

 どうやら彼に抵抗する気力は欠片も残っていないようである。

 

 

 主犯格は戦意喪失し、墓地を徘徊していたアンデッドの群も殆ど討伐した。

 

 エ・ランテルで起こった未曽有の人災は無事終結した――かに思えたが、此処で更なる異変が起きた。

 

 

『――嗚呼、貴方こそ長年探し求めた死の象徴。

偉大なる死の王よ、是非ともその末席に私を加えて頂けないでしょうか?』

 

 

 転がり落ちた『死の宝珠』が淡く輝き、アインズさんの配下にしてくれと懇願しはじめたのである。

 

 

 

 

 

 




 

オリジナルモンスター

魔剣獣(ソーディアン)

首無し騎士の親戚のようなモンスター。簡単にいうなら知性ある剣(インテリジェンス・ソード)です。

因みに魔剣ネクロスはLv50の魔物として召喚されました。

魔剣獣(ソーディアン)の種族スキルに、自身のステイタスを装備した者に反映させるというものがあります。

死の騎士(デス・ナイト)がLv50相当のステイタスを保有していたのは、魔剣獣(ソーディアン)のステイタスが反映されていたからであり、死の騎士(デス・ナイト)がバフでLv50相当の力を得ていた訳ではありません。

アインズのスキルを突破したのは、剃刀の刃のような防御スキル貫通効果を魔剣ネクロスが保有していたからです。


魔剣獣(ソーディアン)の優れたメリットは、種族・職業関係なしに装備出来るという部分。

つまり魔法詠唱者でも魔剣獣(ソーディアン)を装着すれば、Lv50相当の前衛として活躍することが出来るのです。任意のタイミングでステイタスを入れ替えることが出来るので上手く扱えば魔法の同時行使も可能。

だから手に入れたアインズさんはご満悦となりました。

弱点としては武器に体力バーがある為、下手に鍔迫り合いなどをすると体力が減ってしまいゼロになると壊れる為、普通の武器よりも必然的に脆くなってしまうこと。

所有者が居ないと本来の力を発揮出来ず、大幅に弱体化してしまう部分です

単独で行動する時は、昆虫のナナフシのような外見となり、触腕を使ってカサカサと機敏に動き回ります。

一応元ネタはあるのですが、何分古い漫画ですので分からない方もいらっしゃるかも。


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