漸くエ・ランテル共同墓地での騒ぎも終わったぁぁあああ゛っ!
当初1話で終わらせるはずだった話なのに、色々書き加えている内に4話も使う破目になってしまった。(文字数に換算したら52,000字越えという凄まじい量に……)
我ながら無駄に長くなってしまったと猛省しております。もっとコンパクトに文章を纏める力が欲しいです。
地面に転がった掌サイズの球体から、くぐもった声が聞こえてくる。
『――嗚呼、貴方こそ長年探し求めた死の象徴。
偉大なる死の王よ、是非ともその末席に私を加えて頂けないでしょうか?』
そんな言葉と共にアインズさんに従属の意志を示したのは、『死の宝珠』と呼ばれる
怪しげな輝きを放つ宝珠は言葉巧みにアインズさんを褒め称え、如何に彼に取り入ろうかと画策しているのだ。
そんな宝珠を見た俺は、素直な感想を抱いた。
(……何というか胡散臭いなぁ)
アインズさんの力に感服しているのは事実なのだろう。彼を褒め称える内容もそういった部分に傾倒していることから察することが出来る。
しかし相手への敬意がまるで感じられず、上辺だけを取り繕った薄っぺらい言葉にしか聞こえない。
虎視眈々と騙す機会を伺う詐欺師に似た執着心や悪意が見え隠れしているのだ。
配下に加わりたいという言葉も建前であり、本来の目的はアインズさんの保有する力を何らかの形で利用することなのだろう。
そんな宝珠のどす黒い思惑を感じ取ったのか、アインズさんが念話で語り掛けてくる。
『……何だか怪しいですね。イチグンさんはどう思いますか?』
『虚実を織り交ぜて、此方を誑かそうとしている気配を感じます』
原作でも登場した『死の宝珠』であるが、どのような考えで行動しているのか、どういった経緯でカジットの手に渡ったかは不明なままであった。
しかし、一貫してアインズさんに取り入ろうとする姿勢だけは同じなので、彼の傘下に入ることで何らかの利益を得られることは確かなのだろう。
安全を選ぶなら破壊一択なのだが、気になることがあったので宝珠に尋ねてみる。
「あのアンデッド達は全てお前が召喚したのか?」
『ご明察の通りです。あのカジットという男が私を介して召喚使役しました』
成程、やはり『叡者の額冠』は用いずにこの現象を引き起こしたらしい。
だとしたらアインズさんが手にしている魔剣も、宝珠によって生み出された魔物ということになるのだろう。
万を超えるアンデッドの使役に、ユグドラシルには存在しない魔物を召喚出来る。
更にそれらの召喚使役にはMPを用いず、負のエネルギーで代用するという特異性。
上記の情報からユグドラシル産のアイテムでないことは理解出来たが、現地で生み出された魔道具にしては効果が破格だ。下手をすれば
此方の反応に手応えを感じたのか、宝珠は続けて語る。
『――もし死の王が私を使用すれば、更なる強大な軍勢を使役することも可能でしょう』
「――ほう、それは実に興味深い話だな」
そんな言葉に興味を抱いたアインズさんは、地面に転がっている宝珠に対し鑑定魔法を用いるが、次の瞬間には盛大に溜息を吐きながら残念そうに呟いた。
「……効果は
『……ご、塵アイテム』
期待外れだと言わんばかりのアインズさんの態度に、強いショックを受けたのか宝珠は激しく点滅を繰り返す。
一方で俺は、そんなやり取りを見て違和感を覚えてしまう。
(……本当にそれだけの効果しか宿していないのか?)
『死の宝珠』の効果が、アンデッドの使役強化のみなどあり得ないのだ。
原作でアインズさんが鑑定を行った時は、アンデッドを使役する効果や、召喚魔法を数種類回数限定で使用出来る効果が備わっていた。
原作の宝珠よりも効果が劣化しているし、負のエネルギーを蓄積する云々といった効果に関してもまるで触れられていないのである。
つまり鑑定魔法などでは測ることの出来ない、未知の能力を隠し持っているということになるのだ。
今までの出来事を踏まえ、俺はとある仮説に辿り着いた。
「……ちょっと試して貰いたいことがあるんですけど、お願いできますかアインズさん?」
「何ですかイチグンさん?」
「〈絶望のオーラⅠ〉を使ってみてください」
「……はい?」
そのお願いに対し、意味不明と言わんばかりに首を傾げるアインズさん。
〈絶望のオーラⅠ〉は微弱な負のオーラを拡散し、範囲内に居る相手を恐怖状態に陥れるスキルである。
敵の居ないこの場で使用する必要性はないし、そもそも上位互換のスキルがある為、使うにしても他のスキルの方が有用だと思っているのだろう。
だが狙いはそこではない。
広範囲に微弱な負のオーラを拡散するという設定が重要なのだ。
カジットとの会話から、『死の宝珠』は負のエネルギーを吸収し、蓄積した負のエネルギーを用いて魔物を召喚使役出来る効果を保有しているのは確実だ。
それなのに鑑定の結果では、アンデッドの使役強化という効果しか保有していなかったのだ。
ならばその理由は一つしかないだろう。
「――〈絶望のオーラⅠ〉」
アインズさんがスキルを用いたことにより、黒い靄のようなものが発生する。
本来ならアインズさんを起点に、黒い靄が周囲に拡散するはずなのだが――今回は違った。
黒い靄が地面に転がっていた『死の宝珠』に吸い込まれるように消えていったのだ。
『おっ、おっ、おっ!』
黒い靄を吸い込んだ宝珠は、歓喜の悲鳴を上げながらプルプルと小刻みに痙攣。まるで極上の料理を口にした人喰い蟻の王様のような反応である。
快楽の入り混じった野太い宝珠の声を強制的に聞かされ、不愉快な気分になったのかアインズさんがボソリと呟く。
「……キモイなコイツ。此処で破壊しておくか?」
「……凄く共感できるけどやめたげて」
危うく魔法で破壊しそうになったアインズさんを諫めて、再度宝珠を鑑定するように促す。
渋々宝珠を鑑定したアインズさんは、驚いたように目を赤く輝かせた。
「……アイテムの効能が変わっているな。アンデッドを召喚出来る能力が追加され、効果もより強力なものに変化している」
やはりそうか。
死の宝珠は蓄えた負のエネルギーの残量により、効果の変動するタイプのアイテムであったのだ。
要はバッテリー切れのスマホと同じである。本来の効果を発揮するためにはある程度のエネルギーが必要で、消耗したエネルギーは外部からの供給でしか賄えないのだ。
だから今回の騒動で蓄えた負のエネルギーが空になった宝珠の効能は劣化したという訳である。再度負のエネルギーを蓄えれば破格の効能を秘めた魔道具になるだろう。
それを察したアインズさんは、神妙な様子で呟いた。
「……なるほど前言撤回だ。ガラクタなどではなく、その名に相応しい効能を秘めた魔道具だということは理解出来た」
『――オオッ、私の価値を理解していただけましたか死の王よッ!』
その言葉に嬉しそうに反応する宝珠であったが、アインズさんの続く言葉は冷ややかであった。
「だが、解せんな――何故其処まで私に仕えることに固執する?私は貴様達の計画を台無しにした敵だぞ?」
敵対者であったはずの者に、傅くことに何の抵抗も無いのか。
普通ならば計画を破綻させた自分達に恨みを抱いても可笑しくないはずなのに、即座に恭順の姿勢を見せるのは理由があるにしても怪しいのだ。
そんな問いかけに対し、宝珠は淡々と答える。
『――この出来事は私の本意ではありません故、別に死の螺旋が失策に終わろうがどうでも良いのです』
「……何だとっ、それは一体どういうことだ!?」
その言葉を聞いて反応したのは、アインズさんではなく蹲っていたカジットであった。
カジットの目的は死の螺旋によるアンデッドへの転生であり、蓄えた負のエネルギーを用いた母親の蘇生である。
その為に宝珠に唆されて引き起こした事件なのに、当の宝珠は己の目的を果たすには不必要な失策であると切り捨てたのだ。
『私の目的はただ一つ。今は失った本来の形を取り戻すこと』
その為には大量の負のエネルギーが必要であり、それを実現するための死の螺旋であった。
しかし、そんな手段を用いずとも絶大な負のエネルギーを供給出来る存在が現れたのだ。
だからカジットの願いを叶える必要もないし、死の螺旋が不発に終わろうとも問題ないと。
そんな言い分を聞いたカジットは、唖然とした様子で地面に転がった宝珠を眺めるが。宝珠は一切気にすることなく自らの有用性をアインズさんにアピールする。
『もし死の王が望むのであれば、その魔剣以上の魔物を召喚し御身に仕えさせます。万を超えるアンデッドの群で各国を蹂躙しその領地を御身に捧げましょう』
「……ふむ」
そんな宝珠の言葉に悩むような仕草で顎に手を置いたアインズさんは、何処か試すような口調で宝珠に問いかける。
「……成程、お前の言い分は良く分かった。しかし、それを行うには少しばかり問題があるのではないか?」
『――問題とは?』
そんな宝珠の質問に対し、アインズさんは地面に座ったまま動かぬカジットを指差しながら言った。
「既に貴様は其処に居る男の所有物として登録されているではないか。これでは私が新たな所有者になることは出来ぬだろう?」
『――成程、そのような
そんな言葉と共に宝珠は眩い紫色の光を放つ。するとその光を浴びたカジットに変化が訪れた。
「うぐっ、あ゛ぁあああ!?」
墓地全体に響き渡るような、断末魔にも似た絶望の悲鳴。
皮膚が裂ける程の力で頭部を掻き毟り、葛藤するように呻き苦しみながら血の涙を流し続けるカジット。
嗚咽交じりの悲鳴が途切れたかと思えば、次の瞬間には
毒物や状態異常による異変ではない。
おそらく宝珠がカジットに所有権を放棄させたことにより起こった副作用なのだろう。
一人の男を破滅に陥れた宝珠は、新たなる犠牲者を誘うかのように爛々と光輝く。
『死の王よ、余計な柵を捨て去りました――我が力の全てを御身に捧げます』
「成程な、貴様の気持ちは良く判った――ならばその力を
そんな言葉と共に、淡く輝く宝珠に手を伸ばすアインズさん。
伸ばした掌に宝珠が収まる――はずもなく、そのまま結界魔法により宝珠は厳重に隔離された。
結界により宝珠は外界との繋がりを完全に断たれ、負のエネルギーを取り込むことすら出来なくなる。
漸く自らの置かれた立場を理解した宝珠は、慌てた様子でアインズさんに尋ねる。
『な、何故ですか死の王よッ!私を所有物と認めたのではないのですかッ!?』
「違うな、私はお前を利用すると言ったのだ」
元々の所有者を簡単に裏切るような存在を、アインズさんが受け入れるはずがない。
カジットに対する反応は、宝珠の扱いを見極める為の試金石であり、その結果『死の宝珠』は害となりうる存在であると判断されたのだ。
しかし、信用には値しないが、その力だけは利用価値がある。
だから何らかの形でその力だけを利用出来ないかと考え、壊さずに厳重に保管しているだけだ。
簡潔にいうなら、宝珠はアインズさんにとって然して重要ではない実験素材に過ぎないのだ。
『…………』
そんな真意を聞かされた宝珠は、無言になり爛々とした輝きも消え失せる。
自らに訪れるであろう悲惨な運命を理解したのだろう。……まぁ、自業自得であるので同情は一切出来んけどな。
「……さてと、とりあえず事後処理をしますかイチグンさん」
「そうですね」
その後、倒れていた面子を手頃な縄で拘束し、事件の首謀者としてエ・ランテルの組合に突き出すことにした。
カジットだけは元々宝珠を所有していた人物であり、秘密結社ズーラーノーンの幹部という立場なので情報源としてナザリックで身柄を確保するとのこと。
乱雑に《転移門/ゲート》に投げ入れられる姿をご愁傷様と見送っていると、服の裾をクイクイと引っ張る存在が居た。
「ん、どうしたんだ?」
プルンとその身を震わせるのは、愛らしくも凶悪な我が眷属。
影の中から這い出てきたネメシスは、ある一点を凝視したまま『欲しい』と訴えかけてくる。
視線の先には、先ほどアインズさんが確保した『死の宝珠』がある。
どうやらアレを欲しているらしい。
『な、何だその魔物は……お、おいそれ以上近寄るなッ!そこの人間ッ、召喚主ならこの魔物を私から遠ざけろッ!』
じわりじわりと擦り寄るネメシスに、何故か怯えた様子で点滅しながら震える宝珠。
どうやら宝珠にとって、ネメシスは天敵のような存在らしい。
そんな宝珠のなりふり構わぬ必死な姿を見て、アインズさんが良からぬ企みを思いついたのか、邪悪な嘲笑を浮かべながら言った。
「……そういえば、私は戦利品として魔剣を手に入れましたけど、イチグンさんは何も手に入れてないですよね?」
「……まぁ、そうですね」
「報酬の折半は、良好なチームプレイの基本ですよね」
そういって結界によって封印処理の施された『死の宝珠』を手渡してくるアインズさん。
どうやらこの宝珠の処遇は俺に一任されてしまったらしい。
「……ふむ」
下を見ると物欲しそうに金色の瞳を潤ませながら、触腕を伸ばしてくるネメシス。
透明な箱に隔離されているのは、無数のアンデッドを召喚した元凶である死の宝珠。
この騒ぎはカジットを誑かし、宝珠が引き起こしたようなものである。
ならばそれ相応の報いを受けて然るべきではないだろうか。
『……待て人間、考え直せ。それは何の益も齎さぬ愚かな行いだ。後悔することになるぞ?』
此方の意図を察したのか、宝珠は見苦しく震えながら命乞いをするが、まるで心に響かない戯言である。
「それは此方の台詞だ。自らの行いを悔い改めてくれ」
そんな言葉と共に、アインズさんの施した結界を解除。バリンと硝子が砕け散るような音と共に、中に入っていた宝珠が重力に導かれるままに落下。
真下に居たネメシスに捕食されるのであった。
『死の宝珠』
嘗てスレイン法国の闇の神殿で管理されていた呪われた秘宝であり、使用者を破滅に誘う曰く付きの魔道具であると言い伝えられて来た。
しかし真実は微妙に異なる。
死の宝珠は魔道具などではなく、とある魔物の成れの果ての姿であったのだ。
六大神が現れるまでこの地を支配していた強大な力を持つ竜王の一体であり、不浄と死を司る不吉な存在であった。
自らの趣味と実益も兼ね、人間種・亜人種・異形種を家畜のように飼育し、それらの命を気紛れに弄び、無惨に奪うことを何よりの娯楽としていた
突如、この世界に現われた6人のユグドラシルプレイヤー達は、弱者が虐げられている状況を良しとせず、この世界に存在しない不可思議な力で虐げられていた種族を保護し、瞬く間に巨大国家を築いてしまったのだ。
当然、その過程で傲慢な竜王達と揉めることになり、あらゆる種族を虐げる
その後、強敵を打ち倒したユグドラシルプレイヤー達は『六大神』として弱者達に崇められ、この地に束の間の平穏と秩序を齎したのである。
だが敗北した
竜王は死の間際に
竜王の心臓は紫色の宝珠となり、その宝珠は意思を持つ魔道具となる。
これが後の人々に災いと力を齎す『死の宝珠』の誕生秘話である。
数多の人々の手に渡りながら負のエネルギーを蓄え、復活に備えていた宝珠であったが、無作為に死をばら撒いていた為、破滅を齎す魔性の石であると六大神の子孫たちに目をつけられてしまったのだ。
嘗ては世界中から恐れられた
絶大な力を宿しているとはいえ、それ単体では意味を成さぬ魔道具に過ぎないのだ。
宿主を失った宝珠はスレイン法国に確保され、蓄えていた負のエネルギーを全て奪われた後に、闇の神殿の地下深くに封印されることになった。
長年の幽閉生活で、
今の自分は弱者であり、嘗ての力を取り戻す為には暴力以外で負のエネルギーを集める方法を考えなければならないと。
そうして数百年の時が流れ、カジットの手に渡った宝珠は人の感情を利用することを覚えた。
カジットの願望は母親の復活。
その為に生涯を捧げるつもりであったが、そんな彼の覚悟を宝珠は愚かだと嘲笑った。
何故なら彼の母親を復活させることは、絶対に不可能であるからだ。
消しゴムで消した絵が戻らないように、消滅した魂は二度と元には戻せない。
それを知りながらも、宝珠は母親を復活させるために必要な行為だと嘯き、数多の屍を築きながら負のエネルギーを集め続けた。
宝珠は僅かに扱える
罪悪感は欲望に塗り潰され、カジットの人間性は少しずつ蝕まれ変容していく。
負のエネルギーを効率よく集めさせるために、カジットから睡眠という生理的欲求を奪い取った。
碌な休息も取らぬまま負のエネルギーを集め続けるカジットは、まるで骸骨のようにやせ細り衰えていく。
従順な手駒を用いて、順調に自らの復活に必要となる負のエネルギーを蓄える宝珠であったが、そんな宝珠にも一つだけ大きな誤算があった。
それは封印されている間に、八欲王の手によって世界の法則が捻じ曲げられてしまったということだ。
必然的に復活に必要となる負のエネルギーも増え、想定していたよりも多く手間と時間が掛かる。
大衆の目を掻い潜って、それらを成し得ることは不可能に近かった。
だからこそ宝珠は、『死の螺旋』という壮大な計画を立てた。
都市一つを儀式の祭壇とし、多くの生贄を捧げることで莫大な負のエネルギーを確保する。
そしてその過程で生まれた死体を用いて、不死者の軍隊を形成し各国を侵略することで負の連鎖を生み出し、己の糧として利用する。
カジットを強力なアンデッドに転生させるのも、自らの復活の為に必要不可欠な措置であった。
上質な触媒を用いた召喚は、召喚に必要となる負のエネルギーを軽減し、この世に召喚した肉体を繋ぎとめる為の楔となる。
アンデッドとなったカジットを触媒に、
そんな事とは知らぬカジットは数年掛かりで準備を行い、遂に死の螺旋を発動させた。
あとはカジットをアンデッドに転生させ、負のエネルギーが溜まった頃合いを見計らい、母親を復活させる儀式だと嘯いて本来の肉体を取り戻せば良いだけだ。
しかし、そんな宝珠の目論見は、名も知らぬ新人冒険者の手によって破綻することになる。
生み出したアンデッドの悉くを破壊され、切り札となる魔物まで懐柔されてしまったのだ。
長い年月を掛けて蓄えた負のエネルギーは空となり、所有者であるカジットの命運はその冒険者達に委ねられた。
そんな事実に苛立ちを隠せぬ宝珠であったが、漆黒の戦士の正体を知り、己の考えがガラリと変わった。
(クククッ、何たる僥倖ッ!実に素晴らしいではないかッ!)
無尽蔵に湧き出る負のエネルギー。
嘗て戦った死の神スルシャーナすらも凌駕する強大なアンデッド。
そんな存在を利用すれば、手っ取り早く負のエネルギーを集めることが出来るし、己の肉体も容易に召喚することが出来るだろう。
『――嗚呼、貴方こそ長年探し求めた死の象徴。
偉大なる死の王よ、是非ともその末席に私を加えて頂けないでしょうか?』
だからこそ宝珠はアインズを前にして傅く。自らの有用性を示すことで、アインズの所有物になり、復活に必要となるエネルギーを手に入れようと目論んだ。
そして、機を見計らいアインズを触媒としてこの世界に顕現し、この地に再び絶望と死を振り撒くのだと。
しかし、そんな宝珠の狙いは出鼻から挫かれることとなる。
「……効果は
『……ご、塵アイテム』
鑑定魔法が使えたアインズは、宝珠に秘められた効果を見て落胆し、興味を失ってしまったのである。
宝珠は名目上魔道具という扱いになっているが、実際には竜王の亡骸である。
負のエネルギーを吸収することで魔力に変換したり、
道具に秘められた効果のみを調べる鑑定魔法では、真価を推し量ることは出来なかったのだ。
千載一遇の機会を逃しそうになり焦る宝珠であったが、其処で絶妙なフォローが入る。
アインズの傍に居たイチグンが宝珠の特性を見抜き、破格の効果を宿した魔道具であることを説明したのである。
「……なるほど前言撤回だ。ガラクタなどではなく、その名に相応しい効能を秘めた魔道具だということは理解出来た」
『――オオッ、私の価値を理解していただけましたか死の王よッ!』
宝珠は歓喜の声を上げながらも、自らの真価を理解させたイチグンのファインプレーを内心で褒め称える。
『自らが復活した暁には世界を半分くれてやろう』と柄にもなく感謝する宝珠であったが、有用性を示したとしても慎重なアインズは宝珠に関心を持っただけであった。
「だが、解せんな――何故其処まで私に仕えることに固執する?私は貴様達の計画を台無しにした敵だぞ?」
『……』
そんなアインズの質問に対し、宝珠は無言となる。
此処での応答が自らの運命を分ける分岐点であると理解したからだ。
(……上辺だけの言葉を取り繕うことなら幾らでも出来る。しかし、それは下策だろう)
先ほども自らの保有する能力の一部を言い当てて見せた。何らかの方法で相手が会話に探りを入れている可能性もある。
嘘を交えて話すことで不信感を抱かせるのは最悪のパターンだ。そうなれば交渉の余地すら与えられず、危険物として破壊されるかもしれないのだから。
故に宝珠は核心には触れずとも、真実のみで説き伏せることにした。
『――この出来事は私の本意ではありません故、別に死の螺旋が失策に終わろうがどうでも良いのです』
そう、死の螺旋は宝珠の本意ではない。
本来ならこんな手段を用いずとも復活出来るはずであった。
死の螺旋は復活に必要となる負のエネルギーを集める為の手段であり、他に効率の良い手段があるならばそれに頼る必要性は皆無なのだ。
『私の目的はただ一つ。今は失った本来の形を取り戻すこと』
その為ならば、幾万の屍を積み上げても構わない。あらゆる種族が絶望と苦悩の渦中に陥ろうが関係ない。
それらは全て己の復活の為の礎となり、己が復活した後の糧となるのだから。
『もし死の王が望むのであれば、その魔剣以上の魔物を召喚し御身に仕えさせます。万を超えるアンデッドの群で各国を蹂躙しその領地を御身に捧げましょう』
畳みかけるように宝珠は自らを売り込む。
此処でアインズの眼鏡に適うことが出来れば、自らの計画は大きく躍進するのだ。手下として働くことも厭わないつもりである。
そんな宝珠の執念が伝わったのか、アインズは何かを見定めるかのように囁く。
「……成程、お前の言い分は良く分かった。しかし、それを行うには少しばかり問題があるのではないか?」
『――問題とは?』
「既に貴様は其処に居る男の所有物として登録されているではないか。これでは私が新たな所有者になることは出来ぬだろう?」
その言葉を聞いた宝珠は、拍子抜けした。
確かに所有者は未だにカジットのままであり、このままではアインズが宝珠を使用することが出来ないだろう。
『――成程、そのような
宝珠は迷うことなくカジットとの繋がりを絶ち切った。
繋がりが切れたことでカジットは宝珠の支配下から解き放たれ、正常な人間としての感性を取り戻した。
「うぐっ、あ゛ぁあああ!?」
正気に戻ったカジットは、己のこれまでに積み上げた罪過を受け止めきれずに呻き苦しむ。
血の涙を流しながら絶叫したカジットは、精神的にも肉体的にも疲弊し、気絶するように深い眠りについた。
数年ぶりの安息を彼は手に入れたのである。
『死の王よ、余計な柵を捨て去りました――我が力の全てを御身に捧げます』
嘗ての所有者を切り捨て、新たなる所有者に忠誠を示す宝珠。
カジットの様子をまるで気に留めることなく傅いたその姿を見て、アインズは怜悧な感情の宿った声で呟く。
「成程な、貴様の気持ちは良く判った――ならばその力を
新たなる所有者を手に入れたと歓喜する宝珠であったが、その感情は直ぐに霧散する。
アインズが宝珠を手に取ることなく、結界魔法にて封印処理を施したからだ。
何故このような事態に陥ったのか分からぬ宝珠は、困惑の感情を宿したままアインズに尋ねる。
『な、何故ですか死の王よッ!私を所有物と認めたのではないのですかッ!?』
「違うな、私はお前を利用すると言ったのだ」
アインズは元来仲間思いの心優しい人間だ。
そんな彼が、あっさりと所有者を裏切った宝珠に対して好感を抱くはずがない。寧ろ不愉快に思い、直ぐにでも破壊したい衝動に駆り立てられたぐらいである。
それでも破壊しなかったのは、アンデッド特有の冷静な思考により、破壊しても利益を見出せないと判断したからだ。
宝珠は致命的なまでに取るべき対応を間違えたのである。
(クソッ、判断を誤ったかッ!)
封印された宝珠は、また幽閉されるのだろうかと失意の感情に囚われながらも、何とか巻き返す手段は無いかと悩むが妙案は浮かばない。
そして、そんな宝珠に更なる絶望が訪れる。
(……ッ、何だ
目の前の人間の影から湧き上がるように生まれた黒い
その姿を見た宝珠は悍ましい気配を感じ取って戦慄する――あの存在は自らの魂を蝕む存在であると直感的に理解したのだ。
アレに囚われてしまえば、遺骸に封じ込めた自我は侵食され、意志を持たぬただの道具に成り下がるだろう。
つまり己という存在が消滅してしまうのだ。
それは宝珠にとって事実上の死である。
『……お、おいそれ以上近寄るなッ!そこの人間ッ、召喚主ならこの魔物を私から遠ざけろッ!』
故に宝珠はそんな脅威を遠ざけようと我武者羅に暴れ叫ぶ。
煩わしいと思っていた結界が宝珠の身を護る最後の砦であり、伸ばされる黒い触手は宝珠を脅かす死そのものである。必死になるのも当然だろう。
しかし、そんな宝珠の過剰反応は逆効果にしかならなかった。
その反応を見たアインズは、ニタリと死神のような嘲笑を浮かべながら、わざとらしく呟いた。
「……そういえば、私は戦利品として魔剣を手に入れましたけど、イチグンさんは何も手に入れてないですよね?」
「……まぁ、そうですね」
「報酬の折半は、良好なチームプレイの基本ですよね」
そんな言葉と共にアインズは『死の宝珠』を、戦利品としてイチグンに手渡した。
つまり宝珠の命運はイチグンという男の采配に託されたのである。
「……ふむ」
不気味な仮面越しに宝珠とネメシスを交互に観察するイチグン。
不穏な気配を察知した宝珠は、焦燥感を隠しながらも目の前の人間に訴えかけた。
『……待て人間、考え直せ。それは何の益も齎さぬ愚かな行いだ。後悔することになるぞ?』
人間とは欲望に弱い生き物である。そして目の前の男は自らの価値を理解している。
交渉の余地さえ作ることが出来れば、最悪の状況を回避できると考えたのである。
――だが、そんな宝珠の思惑はものの見事に外れてしまった。
「それは此方の台詞だ。自らの行いを悔い改めてくれ」
交渉の余地すら与えて貰えず、身を護っていた最後の砦は素手でバキリと砕かれる。
砕かれた結界の破片と共に、地面に落下する宝珠。それを待ち構えていたのは、深淵の闇を思わせる黒い
絡みつく触腕と共に、遺骸の中に封じ込めていた
希薄になっていく己という存在に、足掻くように激しく点滅を繰り返す宝珠であったが、その光は少しずつ緩やかになり、やがて蝋燭の炎を吹き消すようにフッと掻き消えてしまう。
嘗て数多の屍を築いた
次回はエ・ランテルでの後日談。
そしてナザリックでの話を2話ぐらいやってから、新しい章に突入する予定でございます。