イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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大分遅れてしまって申し訳ありません。

何とか本日中に上げることが出来ました……OTZ

話の展開を道筋立てて説明するのが、思ったよりも難産でした。


第35話 英雄の悪巧み

 

 

 共同墓地での事件解決後、エ・ランテルには様々な変化が訪れた。

 

 まず都市の復興作業であるが、此方は概ね解決している。というのも被害を受けた箇所が、共同墓地や正門付近などに限定されており、都市の主要施設や一般市民へ被害が少なかったからだ。

 

 事件の翌日には東西南北の流通を妨げていた瓦礫は撤去され、エ・ランテルは元の活気を取り戻した。破壊された設備なども、大幅な改修を加えた上で近日中に復旧する見通しが立っているらしい。

 

 防衛戦により大量の戦死者が発生したが、こちらに関してもある程度緩和することが出来た。

 

 ルプーが信仰系の位階魔法を強化出来る異能(タレント)を持っているという設定で、冒険者達を無償で蘇生させたのだ。 

 

 これにより、デスペナルティに耐えられなかった者や、アンデッド化している者を除き戦死者が復活。彼らは冥府の番犬に恩義を感じているので、今後は俺達の活躍を宣伝する広告塔や情報源として働いてくれるだろう。

 

 

 今回の事件で活躍した冒険者達には組合を通して多額の報酬が支払われ、冒険者達の懐が潤ったことによりエ・ランテルに好景気が訪れ、未だ復興作業中にも関わらず、人や金の出入りが激しくなるという経済現象も起こった。

 

 エ・ランテルの被害は甚大であったが、結果だけを見るなら、それ以上の利益を生み出す切っ掛けを作り出したのである。

 

 今、エ・ランテルで話題になっているのは、凄惨な事件があったという悲壮感溢れる空気ではない。健闘した冒険者達を称える声と、英雄が誕生したという活気に満ち溢れていた。

 

 

 此度の活躍で英雄と崇められた冥府の番犬は、銅級からオリハルコン級にランクアップし、エ・ランテルでは知らぬものは居ないと言われるぐらいに有名になった。

 

 民衆からの評価も上々であり、理想的な英雄像を定着させながらも、冒険者としての地位を向上させることが出来た。

 

 魔導国建国の為の下地づくりも、当初の計画よりも順調に進んでいると言えるだろう。

 

 

「……でも、それ以上の問題も抱えてるんだよなぁ」

 

 

 エ・ランテルの高級宿屋『黄金の輝き亭』の一室で、俺は独り言を呟きながら盛大な溜息を吐く。

 

 物事が大きく変化したのは事実であるが、全てが良い方向へと動いた訳ではない。

 

 余りにも派手に動き過ぎたために、様々な勢力に目をつけられてしまったのだ。

 

 

 最初に接触して来たのが、人々を癒す神殿勢力であった。俺達のチームからルプーを引き抜こうと干渉して来たのである。

 

 数千のアンデッドを塵に還し、部位欠損すら癒すことの出来る治癒魔法に加え、集団蘇生魔法を扱える信仰系の魔法詠唱者。

 

 神殿側からすれば、そんな希少な人材は喉から手が出る程に欲しいだろう。

 

 破格の条件でルプーを勧誘するが、当の本人は(にべ)も無く一蹴。

 

 勧誘の効果が薄いと判断した神殿勢力は何をとち狂ったのか、今度は脅迫という手段を用いてルプーを囲い込もうと目論んだのである。 

 

 基本的にこの国の治療行為は神殿の領分である為、冒険者が民衆に無償で治療を施す行為はご法度とされている。

 

 件の事件で行った治療行為は法に反した行いであると、ルプーに対し多額の賠償金の支払いを要求。もし賠償金を支払いたくないならば、神殿の神官として働くようにと脅して来たのである。

 

 

 そんな神殿側の勝手な言い分にぶち切れたのがアインズさん――だけでなくルプーが癒した冒険者や神官達である。

 

 冒険者が煽動する形でエ・ランテルの市民が反旗を翻し、今後神殿にお布施を一切支払わないと公言。

 

 ルプーに感化された神官達が神殿を脱退し、格安で市民に治療を施し始めたのである。

 

 当然、神殿は大慌てでそんな暴動を治めようと動くが、賄賂により協力を仰いでいた貴族達はデミウルゴスが金ごと攫って牧場送りにした為、裏工作すら出来ないまま被害は拡大。

 

 結果として神殿は大金を失う破目になり、ルプーを女神の生まれ変わりとして仰ぐ『女神派』と、従来の『神殿派』に二分化されてしまったのだ。

 

 

 神殿の他にも接触してきた巨大勢力が、隣国のバハルス帝国である。

 

 事件が解決した数日後には、近衛騎士のレイナースが使者として訪れ、帝国の騎士として働かないかと勧誘して来たのだ。

 

 正直、コレは予想の範疇内であった。

 有能なジルクニフがエ・ランテルで起こった騒ぎを聞いて動かぬ訳がない。寧ろ死の騎士(デス・ナイト)の噂を嗅ぎつけ、フールーダが飛び出してくるのではないかと懸念していたぐらいである。

 

 レイナースから聞いた話によると、ジルクニフが意図的に情報を伏せており、フールーダが暴走しないように配慮しているとのこと。

 

 流石ジルクニフ、その判断は実に正しい。

 もしフールーダがアインズさんの下を訪れたら、土下座からのペロペロ行為でドン引きされ、帝国のイメージは地に堕ちていただろう。  

 

 近衛騎士のレイナースが使者として派遣されたのは、帝国側の誠意を示すという意味合いもあるが、何よりも彼女自身が俺達と関わることを望んだからである。

 

 レイナースは元々貴族の令嬢であったが、魔物との戦闘で顔の右半分が呪われてしまい、その傷を癒す手段を見つける為にジルクニフの下で働いているという経歴を持っている。

 

 故に希代の信仰系魔法の使い手と噂されているルプーならば、自らの顔の傷を癒せるのではないかと考え、エ・ランテルを訪れたのである。

 

 だが、そんなレイナースに対してルプーが取った行動は最悪なものであった。

 

 

「いや~、悪いけど無理っす。その手傷は呪詛で出来たものっすから私には癒せないっすよ?」

 

 

 ルプーは己の嗜虐心を満たす為に、レイナースの手傷は治せないと嘘をついたのである。

 

 床に蹲って号泣しているレイナースを、ニヤニヤと楽しそうに眺めるルプー。

 

 そんな場面に偶然出くわした俺は、ルプーを躾けながらも厄介な事態になったと頭を悩ませた。

 

 

 バハルス帝国との橋渡しとなる人物と交友を築く切っ掛けを、自ら断ち切ってしまったからである。

 

 それは今後の計画に、大きな悪影響を及ぼすことになるだろう。

 

 機転を利かせて最悪の事態を防ぐことは出来たのだが、その過程でレイナースに足をペロペロされるという訳の判らない状況に陥り、それを目撃したアインズさんに『そういう趣味でしたか』とドン引きされる破目になった。

 

 誤解ですアインズさん。

 俺は健全なロリコンなんだ。

 

 紆余曲折あったものの、レイナースが俺達の仲間に加わり、定期的に帝国の情報を仕入れながら、ジルクニフとの関係を取り持ってくれる手筈となった。

 

 結果オーライと言えるかもしれないが、このような綱渡りの交渉は二度と御免である。

 

 

(……あれ?よくよく思い返してみると、俺の人生自体が綱渡りの連続なのでは?)

 

 

 まるで仕組まれたかのように、悪意の往復ビンタを喰らい続けている気がする。

 

 そんな風にこの世の真理を悟って黄昏れていると、ドアをノックする音と共に世話係の使用人が現れた。

 

 冥府の番犬に用事があると、冒険者組合の長であるアインザックさんが受付で待機しているらしい。

 

 

「……やれやれ、またなのか」

 

 

 組合長自らが使者として動いた地点で、きな臭い匂いがプンプンする。

 

 冥府の番犬でしか対処出来ない案件を持ち込まれた、若しくは冥府の番犬に関わる問題に組合側が巻き込まれたと考えるのが妥当だろう。

 

 神殿か、貴族か、帝国か、王国か――はたまた不気味なほどに何の干渉もしてこない法国だろうか。

 

 どちらにしても厄介事の種を持ち込まないで欲しいとげんなりした気分で会合に臨むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者組合に向かう道中、アインザックさんの口から俺達の下を訪れた目的が語られた。

 

 

「……本当に冒険者プレートの授与だけなんですよね?」

 

「誓って事実だ。今回の目的は冥府の番犬に完成したオリハルコンプレートを授けること。それ以外に他意はない」

 

 

 唐突に組合長が現れたので、どんな問題が起こるのだろうかと身構えていたのだが拍子抜けである。

 

 何のことはない、冒険者プレートの授与式があるから組合に顔を出して欲しいという要請だったのだ。

 

 銅級からオリハルコン級への昇格は前代未聞であり、様々な理由からプレートの授与が後回しにされていたのだが、漸く正式な許可が下りたので本日オリハルコンプレートを授けるとのこと。

 

 その際に冒険者を集めた立食会も行う手筈になっているので、主賓として参加できないかとのことだった。

 

 

「本来なら前もって連絡しておくべきなのだが、君達は何かと忙しい身分だし、宿に不在の場合が多いからな」

 

 

 だから立食会の開かれる直前で声を掛け、プレートの授与式を共に行おうと考えたらしい。

 

 もし立食会に参加出来なくとも、後日組合でプレートだけ手渡すことも出来るということだったが、他の冒険者と交流を深める良い機会だと思ったので立食会に参加することにした。

 

 

「てっきり厄介な問題が起こったから、何だかんだ理由をつけて押し付けにきたのかと思いましたよ」

 

「随分と辛辣な意見だなイチグン殿。私はそんなに信用出来ない人物かな?」

 

「信用はしていますが、裏は無いかと穿った見方はせざるを得ないですね」

 

「……ハハハッ、実に手厳しい意見だな」

 

 

 そういって何かを誤魔化すように苦笑いしながら視線を逸らすアインザックさん。

 

 一見強面の肉体派に見える彼だが、癖の強い冒険者達を纏め上げている存在なだけあって中々の策士であり、油断ならない部分もある。

 

 具体的にいうなら、高級娼館にアインズさんと俺を誘い、娼婦との間に子を成させることで、俺達の身柄をエ・ランテルに縛り付けようとしたのである。

 

 酒と共に一服盛られ、自然な流れで娼館に誘いだした時は、その手際の良さに関心したものだ。都市長・娼婦・酒場の店主まで抱き込んでいたのだから、その根回しや人脈の広さも侮れない。

 

 最終的に一服盛られたことを指摘すると、しどろもどろになってゲロったので、詫びとして『黄金の輝き亭』の一室を半永久的に無償提供して貰うことで話がついた。

 

 向こうとしても俺達にエ・ランテルに残って欲しいし、俺達はエ・ランテルでの活動拠点の維持費を支払わずに済む。互いの利害関係が一致したWin-Winの関係といえるだろう。

 

 俺達の部屋代を自腹で支払うことになったアインザックさんは、涙を流しながら喜んでくれた。

 

 

 そんなアインザックさんはおどけた様子から一転し、真剣な表情で尋ねてくる。

 

 

「ところであの一件以来、神殿側の動きはどうだ?」

 

「静観といった感じですね。下手に抑え込むと内部分裂するし、此方の保有戦力的にも手を出せないといった感じです」

 

 

 何人か暗殺者は差し向けられたが、それらは全て処理している。今頃その死体はナザリックで有効活用されているだろう。

 

 

「全く、欲に目が眩んだ神官共が厄介な騒ぎを引き起こしてくれたものだ。そんな有様では真っ先に大悪魔ヤルダバオトとやらにつけ狙われるぞ」

 

「……ハハハッ、そうですね」

 

 

 実際つけ狙われてます。

 一部の欲に目が眩んだ神官や有権貴族がデミウルゴスに攫われ、王国の指揮系統が混乱しているみたいです。

 

 予めヤルダバオトの噂を漆黒の剣が流していたため、民衆も突然の集団失踪に驚くことなく、悪魔に攫われるほどの悪人だったのだろう、因果応報であると順応している様子。

 

 今のところヤルダバオトを崇めるような狂信者も現れていないので、上手く民衆を煽動することが出来ているといえるだろう。

 

 

 そんな会話の最中、アインザックさんは申し訳なさそうに表情を歪めながら呟く。

 

 

「……済まなかったな。私達の力不足で君達には様々な迷惑を掛けた」

 

「娼館の件については、宿代の支払いを肩代わりして貰ってますから不問にしますよ」

 

「……そっちじゃない、()()の件についてだ」

 

 

 無論、判ってる。

 本来なら俺達の活躍はアダマンタイトに昇格しても可笑しくないような活躍であった。

 

 しかし、神殿が動いたことで冒険者組合に圧力がかかり、俺達のアダマンタイト級昇格は見送られてしまったのである。

 

 それに関しては仕方がないと考えているし、そもそもアインザックさんが裏で色々と手を尽くしてくれていたことを知っているので、感謝の言葉しかない。

 

 アインザックさんが動かなければ、オリハルコン級どころか昇格なしという判断が下される可能性もあったのだから。

 

 

「そもそも銅級からオリハルコン級へ一気に昇格させるのも、他の冒険者達の暴動を招く可能性がありますからね」

 

 

 冒険者として登録して1ヵ月にも満たない新入りが銅級からオリハルコン級に段飛ばしでランクアップ。

 

 長年コツコツと実績を積み上げてきた冒険者達は当然面白くないだろうし、過度の評価は顰蹙を買う切っ掛けとなる可能性がある。

 

 しかし、アインザックさんは首を横に振りながら答える。

 

 

「いや、その心配は杞憂だろう。冒険者達の()()はこの昇格は当然の処置だと納得している」

 

 

 そういう割には表情は冴えず、呆れ交じりの溜息を吐くアインザックさん。

 

 大半はということは、納得していない冒険者達もいるということだろうか?

 

 そんな考えを抱きながら冒険者組合の扉を潜ると、怒声と共に冥府の番犬を蔑む声が聞こえてきた。

 

 

「納得いかねぇっ!冥府の番犬がオリハルコン級なんて、俺は絶対に認めねぇぞ!!」

 

 

 そんな怒声と共に手に持った木製のジョッキをテーブルに叩きつけたのは、引き締まった肉体を持つ壮年の男であった。

 

 首に下がったプレートは俺達が貰う予定であるオリハルコンプレート。

 

 おそらく今回の事件で活躍し、昇格したミスリル級冒険者達の中の一人なのだろう。

 

 酔っ払っているのか頬が赤らんでおり、不機嫌そうに酒を煽っている辺り相当フラストレーションが溜まっているらしい。

 

 周りの冒険者達も苦笑交じりで、そんな彼の愚痴を聞いていた。

 

 

(……まぁ、そりゃそうなるよな)

 

 

 例えるなら入社したばかりの新入社員が、偶々良い成果を上げたからとベテラン社員と同じ職位につくようなものだ。

 

 今まで積み上げたものが大きければ大きい程に、そのショックは計り知れないものとなる。

 

 気まずさから回れ右して帰りたくなるが、次に彼が叫んだ言葉で思わず硬直してしまった。

 

 

「何で冥府の番犬がアダマンタイト級じゃねぇんだよ!!アインザックの大馬鹿野郎がっ!!」

 

「――え゛っ?」

 

 

 あれ、俺の聞き間違いだろうか?

 まるで冥府の番犬がアダマンタイト級にならなかったことを惜しんでいるような発言ではないか。

 

 俺達が段飛ばしでオリハルコンに昇格したことを妬んでたんじゃなかったのか。

 

 そんな疑問に答えるかのように、隣に居たアインザックさんがボソリと呟く。

 

 

「……ハァ、あの男は元ミスリル級冒険者のイグヴァルジというんだが、お前さん達の活躍に助けられ感銘を受けてな。何故、冥府の番犬をアダマンタイト級に昇格させないんだと組合に文句を言ってくるんだ」

 

 

 イグヴァルジと言えば、原作でアインズさんに敵愾心を見せ、マーレにボコられた小悪党であった。

 

 一体どういった心境の変化でこうなったのだと思ったが、よくよく見ると、あの騒ぎで死の騎士(デス・ナイト)相手に臆することなく勇敢に立ち向かった冒険者ではないか。

 

 全然原作と人柄が違うじゃねぇかと思いながらも、確かに恩義を感じても可笑しくない状況だと納得出来た。 

 

 そんなイグヴァルジの言葉に感化された冒険者達が、オリハルコンではなくアダマンタイトこそ冥府の番犬に相応しいと騒ぎ立て、連日冒険者組合に抗議文や嘆願書が送られてくるようになり、ちょっとした問題になっているらしい。

 

 アインザックさんが言葉を濁した理由が、今漸く理解出来た。

 

 

(……成程、確かにこれは悩みの種だな) 

 

 

 連日こんな調子で冒険者達に問いつめられれば、流石にアインザックさんも辟易するだろう。 

 

 そもそも、アインザックさんにどうこう出来る問題ではないのだ。

 

 アダマンタイト級は文字通り冒険者としての到達点なので、今回の一件が無くとも厳しい査定を突破しなければならないので、銅級からアダマンタイト級に昇格というのは難しいだろう。

 

 今回オリハルコンの階級が与えられたのも、アインザックさんの独断で与えられる冒険者達の階級が自分と同じオリハルコン級までだからだ。

 

 そんな事実を彼らに説明したところで、効果は薄いかもしれないけど。最悪体の良い嘘で逃げたと思われかねないし。

 

 

「……あ゛っ、もしかしてこの騒ぎを治める為に俺を此処に呼んだんですか?」

 

「…………」

 

 

 そんな俺の問いに対し、視線をスッと逸らすことで応えるアインザックさん。

 

 騒ぎの原因となっている冥府の番犬のメンバーがアインザックさんを擁護すれば、この騒ぎも収束するだろう。

 

 何がプレートの授与だけで他意はないだ。とんだ曲者の狸親父である。

 

 やはり彼の発言には裏が無いか探りを入れる必要があるなと警戒しながらも、騒ぐ冒険者達を眺めていると、酒を煽っていたイグヴァルジと目が合った。

 

 

「――ッ、イチグンさん!直接話す機会がなくて中々礼が言えませんでしたけど、あの時は助けて頂いてありがとうございますッ!」

 

 

 そういってキラキラと瞳を輝かせながら、頭を下げてくるイグヴァルジ。

 

 誰だこいつはと突っ込みたくなるレベルのキャラ崩壊である。

 

 違和感でゲシュタルト崩壊しそうになったので、何とか敬語は止めてもらうように頼み込む。

 

 ついでにアダマンタイト級に昇格出来なかったことは然して気にしていないので、組合にこれ以上迷惑を掛けないように諫めておいた。

 

 

「――へぇ、元は農村の出身だったのか」

 

「農民としてこのまま腐っちまうより、一旗揚げてやろうと小銭握り締めて冒険者の仲間入りっすよ。今思えば、我ながら無謀だなと呆れる笑い話でさぁ」

 

 

 その過程でイグヴァルジと交流を深めることになり、酒を飲み交わしながら彼が冒険者になった経緯や、今まで冒険者として燻っていた過去を語られた。

 

 俺と同じように仲間だと思っていた者達から手酷く裏切られたことがあり、その過程で冒険者としての夢を抱けなくなったこと。

 

 いつの間にか嫌いだった貴族のように、冒険者としての地位に固執する存在になり、夢を抱いた冒険者達を邪険に扱うようになったこと。

 

 ハムスケを連れて凱旋した俺達を羨望の眼差しで眺めながら、妬み憎んだこともあるらしい。

 

 包み隠すことなく、自分という人間がどういった存在なのか、イグヴァルジは語ってくれた。

 

 

「でも、旦那の活躍を見て、そんな下らないことに拘ってる自分が酷くちっぽけな存在に思えちまったんですよ。だから俺ももう一度やり直してみることにしました。いつか旦那に負けないぐらいの英雄になってみせまさぁ!」

 

 

 そういって笑うイグヴァルジの表情は憑き物が落ちたかのように晴れやかであった。

 

 そんな彼の話を聞きながら、俺はちょっとした自己嫌悪に陥っていた。

 

 

(……阿保だな俺は、原作の知識があるからと穿った先入観に囚われてた)

 

 

 彼は物語の住人などではなく、今此処に生きる人なのだ。

 

 其処に至るまでに築き上げたものもあるし、様々な出来事を通じて成長している可能性もあったはずだ。

 

 それを蔑ろにするような真似は、彼らに対する冒涜だろう。

 

 

「あっ、イチグンさんも立食会に参加したんですねっ!」

 

 

 そんなことを考えていると、本来歩むべきはずだった未来を大きく変えたもう一人の冒険者が現れた。

 

 漆黒の剣の魔法詠唱者であるニニャは、嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。

 

 彼女もまたイグヴァルジと同じく、凄惨な死を遂げることなく、今回の戦いで冒険者として大きく名を馳せた人物である。

 

 その首元に輝くのは、白金級を示すプレート。

 

 今回の防衛戦での功績が認められ、ミスリル級冒険者チームのクラルグラ、虹、天狼はオリハルコン級に。漆黒の剣は金級から白金級にランクアップしたのだ。

 

 きっとこれからも漆黒の剣は順調に経験を積み、いつしか蒼の薔薇に並ぶような冒険者になるだろう。

 

 原作から乖離する現実に不安を覚える日々であったが、このように助かった命があると、自らの行動も無駄ではなかったと思えて救われる。

 

 

(……だからこそ、何としてもニニャの姉は救出したい)

 

 

 彼女の最終目標は冒険者として大成することではなく、姉であるツアレとの再会である。

 

 デミウルゴスに頼んで、王都にある違法娼館には即座に干渉したのだが、残念なことにツアレの存在を確認することは出来なかった。

 

 ニグレド辺りに頼んで探りを入れようにも、名前しか知らない存在は流石に探知出来ない。

 

 つまり人海戦術で虱潰しに探すより他に手段はないのである。

 

 下手をすれば王都には居ないかもしれないし、虐待の末に死んでしまい、この世には居ないかもしれない。

 

 だが、そんなもしの可能性を考えるぐらいなら、少しでも尽力する方がマシである。

 

 

 そんな思惑を抱きながら、今後の展望にツアレの探索を含めた計画を練り込み、英雄とは程遠い悪巧みを思い描くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国にある土の都。

 嘗ては美しい景観を誇ったその都市も今は見るも無残な状況になっている。

 

 あちこちに瓦礫が散らばり、飛び散った血痕がどす黒い斑模様となり、呪詛の如く地面を彩る。

 

 

「……どうしたものか」

 

 

 そんな廃都を眺めながら、土の都を管理する神官長レイモン・ザーグ・ローランサンは眉間に皺を寄せて悩んでいた。

 

 法国の民に広がっている与太話を本当に信じて良いのかを迷っているのである。

 

 

 今回土の都で起こった事件は大悪魔ヤルダバオトによって齎された出来事であり、件の大悪魔は邪悪な魂を集め、善良な命を生贄に捧げることで破滅の化身を召喚しようとしているのだと噂されているのである。

 

 普段なら何を馬鹿なと一蹴するところであるが、それが根拠のない噂だと断言できない理由があるのだ。

 

 

 法国から少し離れたエ・ランテルの共同墓地でも似たような事件が発生し、それを解決に導いた英雄が大悪魔ヤルダバオトの存在を仄めかし、民衆に警戒を促しているのである。

 

 万を超えるアンデッドをたった3人で圧倒し、死の騎士(デス・ナイト)と思われるアンデッドを赤子の手を捻るかの如く討伐する冒険者登録したばかりの新人冒険者。

 

 彼らは魔導国という国から転移実験の事故によりこの地にやって来たと言われており、宿敵である大悪魔を倒す為に各地に散らばった仲間を探しながら奔走しているのだという。

 

 もしそれが本当ならば、直ぐにでも英雄達の下に赴き、法国の実情を伝え、大悪魔ヤルダバオトを討伐するための協力体制を築くべきである。

 

 大悪魔の行動原理や野望は、人類救済を掲げる法国にとって害でしかないのだから。

 

 

 だが、法国はそんな英雄達に接触することなく、監視すら最小限に抑えて静観の姿勢をとった。

 

 何故なら彼らの仲間だと言われている人物の中に、警戒すべき者の名前が挙がったからである。

 

 

 魔導王アインズ・ウール・ゴウン。

 

 土の都に無数の魔物を放った主犯格ではないかと疑われている謎の魔法詠唱者である。

 

 

 切っ掛けは王国の勢力を削ぐ為に行われた、陽光聖典によるガゼフ抹殺計画が発端であった。

 

 抹殺計画実行の最中、魔封じの水晶を使った形跡を確認した為、一体どんな異常事態が発生したのだと土の神殿で儀式を執り行い、《次元の目/プレイナーズ・アイ》を用いてニグンの動向を探った。

 

 その瞬間、地獄の底から湧き出る様に無数の魔物達が土の神殿に召喚された。

 

 召喚された魔物達はどれも桁違いの力を保有しており、漆黒聖典の番外席次の活躍により何とか事件は収束したが、土の都は半壊し、国家機能が麻痺しかけるほどの大打撃を受けてしまった。

 

 そんな最中、命からがら王国から舞い戻って来たのが、スレイン法国の兵士たちである。

 

 彼らはガゼフ抹殺の為に帝国兵に偽装して周辺の村を焼き討ちするという裏工作を行っており、その一環でカルネ村を襲ったのだが、その時に人智の及ばぬ化け物に遭遇してしまったのだ。

 

 謎の魔法詠唱者は死の騎士(デス・ナイト)を隷属させ、手足の如く使役して法国兵たちを返り討ちにしたのである。

 

 その後に起こった出来事は定かではないが、戦士長ガゼフが手傷を負いながらも生還し、逆に陽光聖典隊長ニグンは法国に戻ってこなかった。

 

 そしてカルネ村の復興作業を手伝っているという魔導王アインズ・ウール・ゴウンの存在。

 

 十中八九、偽装した法国兵たちが遭遇した謎の魔法詠唱者とは、魔導王アインズ・ウール・ゴウンなのだろう。

 

 

「ニグンはガゼフを討つ為にカルネ村を襲撃し、其処で魔導王と戦闘行為に発展した」

 

 

 そしてその出鱈目な力を目の当たりにして、切り札である魔封じの水晶を使ったのである。

 

 そう考えると陽光聖典が失踪した理由も、ガゼフが生還出来た理由にも全て説明がつくのだ。

 

 

「……そうなると、あの現象は全て魔導王が引き起こしたということになる」

 

 

 王国という遠く離れた地から法国に、凶悪な魔物を大量召喚する桁違いの魔法。

 

 普通ならばそんなことを可能とする存在は居ないと一蹴するが、法国の神官長という立場にいるレイモンは一つだけそんな存在に心当たりがあった。

 

 自分達の信仰する六大神や、嘗てこの世界を欲望の赴くままに蹂躙した八欲王。

 

 彼らはぷれいやーと呼ばれており、ユグドラシルという異世界からやって来た神々である。

 

 もし魔導王がぷれいやーであり、八欲王のような邪悪な存在ならば最悪だ。人類どころか世界が滅ぶだろう。

 

 

「……そんな魔導王と関わりを持つ英雄など怪しすぎる」

 

 

 魔導王と英雄は協力関係にあり、敵対勢力をあぶりだす為に大悪魔ヤルダバオトという都合の良い存在を生み出した可能性がある。

 

 もしかしたら六大神のように善の存在であり、今まで起こった出来事は全て大悪魔ヤルダバオトの計略であるとも考えられるが、そんな根拠のない希望的観測に法国の命運を預ける訳にはいかない。

 

 そして法国は土の都の魔物襲撃により大打撃を受けており、クレマンティーヌの裏切りにより秘宝も奪われ、敵を討伐するという強硬手段も取れない情勢である。

 

 故に遠巻きに観察するより他に取れる選択肢がない。過度な接触や監視は土の都の二の舞になる可能性が高いからだ。

 

 

「……だが疲弊した民衆が救いを求めているのも事実だ」

 

 

 そんな時に救いを齎す英雄が民衆の前に現れた。

 

 まさに悪魔の誘惑だ。その甘言に惑わされ思わず跪いて手を取りたくなるだろう。

 

 否、本当に英雄が現れ、嘗ての六大神のように無力な人間達に救いの手を差し伸べてくれているのだ。その存在を崇めぬ者こそ愚者である。

 

 そんな思考の迷宮に囚われ、答えを見出せなくなったレイモンは両手を組んで偶像()に祈りを捧げる。

 

 

「……偉大なる六大神よ、どうか我々をお導き下さい」

 

 

 彼の願いに答える神はおらず、凍える様に冷たい風が廃都となった土の都に吹き荒ぶのであった。

 

 

 

 

 




Q.法国が冥府の番犬に接触しない理由は?

A.魔導王との関わりがあり、すこぶる怪しいから。(イチグンとアインズは偽装した法国兵の存在を完全に見落としていました)

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