イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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遅れましたが、第二章最終話投稿です!

ちょっと不穏な成分をぶち込みましたが、前半のシクスス成分で癒されてください。





第37話 ナザリック・ワーカーホリック

 ナザリック地下第9階層にあるロイヤルスイート。

 

 至高の存在のみに許された贅の限りを尽くした其処は、この世の楽園かと思えるほどの素晴らしい造りとなっている。

 

 全部で41室存在するロイヤルスイートは、それぞれの部屋に巨大な浴室、バーカウンター、ピアノが置かれたリビング、主寝室、客用寝室、専用料理人が料理するためのキッチン、ドレスルームが備わっている。

 

 立派な箱庭付きの一軒家が丸々収まる程の部屋は、当然一人で使うには広すぎる為、管理するのも大変であるが、其処に関しても抜かりはない。

 

 何故ならそれぞれの部屋を、ナザリックに存在する一般メイド達が毎日管理しているからだ。

 

 彼女達は至高の41人に仕える存在として創造された為、唯一ナザリックに残ったアインズに仕えることを至上の喜びとしている。

 

 日替わりで務めるアインズへの奉仕を『アインズ様当番』と称し、その日の業務内容で一喜一憂する程の酔狂っぷりである。

 

  

 しかし、そんな一般メイド達の中にも一人だけ異質な存在が居た。

 

 それはイチグンの専属メイドとして働くことになったシクススである。

 

 

 シクススはデミウルゴスからの提案で、イチグンの傍仕えとして働くことを承諾した。

 

 何故ならそれがナザリックの繁栄へと繋がるからである。

 

 アインズに直接奉仕する機会はなくなり、場合によってはイチグンとの間に子を成す可能性もあった為、他の一般メイド達からは同情されたが、シクススに迷いは一切なかった。

 

 全てはアインズ・ウール・ゴウンの為に。

 

 例えどれ程理不尽な命令を受けても、ナザリックの為ならば彼女は喜んで身を捧げるつもりであったのだ。

 

 

 しかしいざ蓋を開けてみると、そんな覚悟は徒労であったと思い知らされる。

 

 イチグンは一切の下心なくシクススに接し、優しい主として彼女を気遣ってくれた。

 

 イチグンの知恵や知識はナザリックに大いなる利益を齎し、種族の垣根を越えて配下達の心を掴んで見せた。

 

 

 更にアインズとイチグンの仲が良好である為、イチグンの専属として働くシクススは、必然的にアインズと関わる機会も多くなる。

 

 彼らが冒険者となってからはその傾向がより顕著になり、アインズ様当番なのに一回も当人と顔を合わせることが出来ないと嘆くメイド達が多い中、シクススはほぼ毎日の頻度でアインズと顔を合わせていた。

 

 一般メイド達の中で不遇職だと思われていたイチグンの傍仕えは、今や一番の花形職として注目されているのである。

 

 

「イチグン様、紅茶です」

 

「ああ、ありがとうシクスス」

 

 

 そんなシクススは、今日も主の傍らに控え、細々とした部分にまで気を配りながら世話を焼く。

 

 至れり尽くせりで傅く美人メイドの姿は、並の男ならば即篭絡され、堕落してしまう程の破壊力を秘めているが、生憎とイチグンは倒錯した性癖の持ち主(ロリータ・コンプレックス)である。

 

 トラウマも相俟って、主従関係以上の仲に発展することなく今を迎えている。

 

 

「…………」

 

 

 しかし今朝のイチグンの反応は違った。

 まるで嘗め回すようにシクススの臀部を眺めているのだ。

 

 イチグンの視線を敏感に感じ取ったシクススは、頬を赤く染めながらもイチグンに尋ねる。

 

 

「あ、あのぉ、どうされましたかイチグン様?」

 

「あっ、いや、うん……何でもないよシクスス」

 

 

 気まずそうに視線を逸らしたイチグンは、何かを誤魔化すようにシクススに本日の予定を尋ねた。

 

 その命を受けたシクススは、敏腕秘書の如くイチグンのスケジュールを諳んじる。

 

 

「本日のイチグン様の予定は、午前中はコキュートス様の実践訓練、アウラ様との偽ナザリック建造についての打ち合わせ、デミウルゴス様からゲヘナ計画について相談をしたいとの要請もあります。

 

午後の予定に関しては、冒険者としての広告活動、カルネ村の復興支援、パンドラズ・アクター様と共同開発した魔道具の検証実験、アインズ様との談合が控えております」

 

 

 そんな言葉と共に、予定がびっしりと書き込まれた紙を渡されたイチグンは、思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。

 

 その仕事量は膨大にして過密。

 内容も優先度が高く、代役の利かない重要なものばかりである。

 

 

(……あれぇ、俺はナザリックでの隠居生活を望んだはずなのに可笑しいなぁ?)

 

 

 そんなことを考えながらも、イチグンは特に苦言を呈することなく了承し、ティーカップに残った紅茶を啜る。

 

 いざとなれば『生命維持の指輪』(リング・オブ・サステナンス)を使えばよいかなどと考える辺り、彼は根っからの仕事中毒者(ワーカーホリック)と言えるだろう。

 

 

 いつものように執務机に置かれた大量の書類に目を通しながら、手早く処理していくイチグン。  

 

 しかし、淀みなく動いていた彼の手はピタリと止まってしまう。

 

 先ほどから気になることがあり、業務に集中出来ないのだ。

 

 

「……ところでシクススさんや。一つだけ聞いてもいいかな?」

 

「はい、何でしょうかイチグン様?」

 

 

 不思議そうに首を傾げるシクススであったが、イチグンとしては今置かれている状況にこそ首を傾げたい気分であった。

 

 

「――何でシクススは猫耳をつけてるんだ?」

 

 

 そう、イチグンは先ほどから気になって仕方がなかった。

 

 専属メイドのシクススが、朝一番から猫耳と尻尾を生やした状態で働いているのだから。

 

 揺れ動く猫耳と尻尾を視界の端で捉える度に、イチグンの集中力は乱れてしまう。

 

 メイド服姿も相俟って、秋葉原の喫茶店に居るような錯覚に陥ってしまったからだ。

 

 

「イチグン様は小動物の中でも犬や猫が好きだと言われてましたから」

 

 

 そんな質問に対して、シクススは満面の笑みを浮かべながら答える。

 

 動物好きのイチグンの好みに合わせて、自らの恰好もより相応しいものに変えるべきだと指摘され、自分なりに考えた結果この形に落ち着いたらしい。

 

 

(……シクススって割と天然入ってるよなぁ)

 

 

 態々魔道具を用いてまで再現度に拘る辺り、生真面目な彼女らしいなと和むイチグンであったが、ふと疑問に思ってしまう。

 

 一体、どこでそんな魔道具を手に入れたのだろうかと。

 

 

「指導していただいたシャルティア様より、この魔道具を授かりました」

 

「ゴフォッ!?」

  

 

 その答えを聞いた瞬間、飲みかけの紅茶が噴水のようにイチグンの口から噴き出した。

 

 原作知識のあるイチグンは、Web版のシャルティアがアルシェを捕らえた際に、性奴隷として調教していたことを思い出す。

 

 その過程で猫の尻尾を模した大人の玩具を使っていたという描写もあったが、よもやシクススも同じ目に遭っているのではないだろうかという不安が頭を過ったのである。

 

 

「だ、大丈夫ですかイチグン様!?」

 

「あ、あぁ。大丈夫だシクスス」

 

 

 慌てて駆け寄ってくるシクススに大丈夫だと答えながらも、さりげなく尻尾の付け根を確認するイチグン。

 

 尻尾は尾骶骨の真上辺りから生えており、至って健全な魔道具だったという事実にホッと胸を撫で下す。

 

 流石のシャルティアも、身内に対しては節度を弁えているらしい。 

 

 

(……しかし凄いな。まるで本物みたいだ)

 

 

 肩の荷が下りたイチグンは、改めてシクススの腰元から生えている尻尾を観察する。

 

 シクススの金髪に合わせるような黄金色の毛並みが、揺れ動く度に室内の照明を反射してキラキラと輝いていた。

 

 フリフリと可愛らしく舞い躍る尻尾を見ている内に、イチグンの中に触ってみたいという欲望が湧き上がってくる。

 

 だが幾ら魔道具で造り出した模造品とは言え、シクススの身体から生えている尻尾に触るのはセクハラである。

 

 そんな葛藤を抱きながら、未練がましく尻尾を眺めていたイチグンであったが、そんな様子を傍らで見ていたシクススは盛大に勘違いしてしまった。

 

 

(……うぅ、凄く見られてます)

 

 

 自らの下半身に集中する視線に、ワキワキと臀部付近で蠢く指先。

 

 このように熱の篭った視線を向けられたことのなかったシクススは大いに戸惑う。

 

 今、自分は異性として求められているのだと認識してしまったのだ。

 

 

「……あぅ」

 

 

 部屋の片隅に置かれている大きなベッドが視界に入り、シクススは気恥ずかしさから俯いてしまう。

 

 心臓の動悸は早まり、全身が茹で上がったかのように赤く染まる。

 

 様子を伺うように顔を上げるとイチグンと視線が交錯し、シクススは極度の緊張からコクリと喉を鳴らした。

 

 

「――触ってもいいかなシクスス?」

 

 

 何処か真剣な眼差しでそう呟いたイチグンに、シクススは小さく頷きながら消え入るような声で答える。 

 

 

「ど、どうぞ。気が済むまでご堪能下さい」

 

 

 そういってギュッと目を瞑ったまま、スカートをたくし上げようとするシクススであったが、それよりも早くイチグンの手は揺れ動く尻尾を掴んでいた。

 

 

「ひゃうん!?」

 

 

 背中を擽られるような感覚に、思わず身を震わせて硬直するシクスス。

 

 魔道具により生やされた尻尾は、優しく撫でられる感触も伝えてしまう。

 

 

「おおっ、モフモフだな」

 

 

 一方でイチグンは、その滑らかな尻尾の手触りに感動していた。

 

 嘗て愛でてきたどの尻尾よりも、心地良く手に馴染んでくるのだ。

 

 モフモフに魅了されたイチグンは、今度はシクススの頭部に生えている猫耳に手を伸ばし、シクススもそれを受け入れてされるがままに大人しくしている。

 

 一通り尻尾と猫耳を愛でたイチグンは、満足気な様子でシクススから離れた。

 

 

「ありがとうシクスス。存分に堪能させて貰ったよ」

 

「……えっ?」

 

 

 その言葉を聞いたシクススは、唖然とした様子で声を上げる。

 

 『堪能するのはこれからなのでは?』という疑問を抱いてしまったからだ。

 

 困惑するシクススであったが、冷静に今までのやり取りを思い返してみると真実が見えてくる。

 

 

(……もしかしてイチグン様は、ただ尻尾と耳に触ってみたかっただけのでは?)

 

 

 己の抱いた考えが勘違いであったことに気付いたシクススは、更に頬を赤く染めて小刻みに身体を震わせる。

 

 メイドとして仕える身でありながら、何と浅ましい考えを抱いてしまったのだろうか。

 

 忠誠心と羞恥心の狭間で悶え苦しんだ彼女は、行き場のない燻った感情を声にして吐き出した。

 

 

「うっ、うにゃぁあああっ!?」

 

「シ、シクススッ!?」

 

 

 尻尾と耳をピーンと立てながら唐突に叫んだシクススに、そんな彼女の心情が理解できずにオロオロと困惑するイチグン。

 

 こうしてナザリックでの慌ただしい一日が幕を開けるのであった。

 

 

 

 

 

◆  

 

 

 

 

 最近、ナザリック地下大墳墓9階層に新たな施設が追加された。

 

 それは『魔法科学研究室』である。

 

 

 この研究室が創られた目的は、文字通り魔法と科学の研究の為である。

 

 此処では位階魔法の仕様研究と共に、現代科学の知識を用いた魔道具の開発に勤しんでおり、魔法と科学を融和させた新技術の確立に日夜励んでいる。

 

 設立して日は浅いものの、既に小型通信機などの成果物を作り出しており、ナザリックにとっても重要な施設であると認識され始めた。

 

 この研究室を運営管理するのはシズであるが、その補佐として魔道具の造詣に深いパンドラが補佐につき、二人に不足している現代科学の知識をイチグンが提供している。

 

 そして本日はとある重大な検証実験が行われる為、嘗てない程の緊迫感が研究室を包んでいた。

 

 

「……いよいよですねイチグン様」

 

「ああ、そうだなパンドラ」

 

 

 研究室に居るのはイチグンとパンドラの二人のみ。そして目の前には大量の鉱物や水晶のようなものが置かれている。

 

 これらは全て武器や防具を作り出す為の素材とデータクリスタルであり、この世界では入手不可能な消耗品である。

 

 何故このようなものが目の前に置かれているかと問われれば、理由は一つしかない。

 

 ギルド武器に並ぶ――否、ギルド武器を超える武装を作り出す為である。

 

 

(……失敗したら目の前のデータクリスタルは塵アイテムに成り下がる)

 

 

 イチグンの仮説を元に考えられた突拍子もない提案。

 

 貴重なユグドラシル産を溝に捨てることになるやもしれない行為に、若干尻ごんでしまうが今更あとには引けない。

 

 何としてもこの検証実験を成功させると意気込んだイチグンは、隣に佇むパンドラに話し掛ける。

 

 

「……じゃあパンドラ、頼んだぞ」

 

 

 その言葉に答えるように小さく頷いたパンドラは、二重の影(ドッペル・ゲンガー)の能力で姿形を変えていく。

 

 パンドラが化けた姿は、二足歩行の巨大な蟹のような異形種である。

 

 至高の41人の一人であり、ギルド内で鍛冶師として活躍していた『あまのまひとつ』に化けた彼は、その状態で目の前に置かれたデータクリスタルを用いて特殊効果の宿った剣を作り出す。

 

 

「出来ました。これがミスリルを素材として造り出した剣です。データクリスタルは『斬撃強化』を組み込んであります」

 

「……成程な」

  

 

 確かめるように剣を手に取ったイチグンは、そのまま近くに置かれた木材で試し切りを行う。

 

 木材は豆腐のような脆さであっけなく切断される。

 

 予め造ってあった何の付与もされていないミスリルの剣とは切れ味が段違いであることから、データクリスタルの効力が発揮されていることが良く判る

 

 

「ミスリル程度の素材では、このぐらいの付与が関の山ですね」

 

「それは元より承知の上だし、次の実験結果が重要だな」

 

「はい、それではもう一度作らせていただきます」

 

 

 そういってパンドラは再びミスリルの剣を作り出し、同じように『斬撃強化』のデータクリスタルを用いた。

 

 本来であれば武具を作る際に、受け皿となる(武器)を作った上で、その器に収まる範囲の内容物(データクリスタル)を入れるというのが定石である。

 

 受け皿を広げる為には、希少な素材を用いるか巨大な武器を作るかの二択しかない。

 

 だが希少な素材は入手困難であり、必要な量を揃えることが出来ない。

 

 入手し易い素材で巨大な器を作ったところで、超重量の巨大な武器になってしまう為、結局は戦闘で使えない代物となってしまう。

 

 

 しかし、パンドラは()()()この定石を無視し、大量のミスリルを消費して全長10mはありそうな巨大なミスリルの剣を造り、其処に限界値までデータクリスタルを付与した。

 

 『刺突強化』『身体能力向上』『魔力向上』『発火能力』『二重斬撃』

 

 巨大な剣にデータクリスタルが付与されたことで魔化されるが、それは最早武器というよりは単なる金属の塊にしか見えない。

 

 

「……やっぱり、このままでは武器として使えないな」

 

 

 柄の部分を握り締めて持ち上げようと試みるも、イチグンの怪力を以てしても超重量の剣は持ち上げるのが限界であり、手足のように振り回すことは不可能だと言い切れる。

 

 つまりこのミスリルの剣は、武器として使い物にならないガラクタと言えるだろう。

 

 

「……よし」

 

 

 だがイチグンにとって、此処までの結果は予定調和であった。

 

 懐から『変装の腕輪・極』(へんそうのうでわ・きわみ)を取り出したイチグンは腕に装着し、その状態で巨大な剣の柄を掴む。

 

 すると金属の塊は縮小しながら形状を変化させ、床に転がっている二本のミスリルの剣と全く同じ外装になった。

 

 手頃なサイズに縮小した剣を軽々と持ち上げたイチグンは、再び近くに置かれた木材に向かって剣を振るう。

 

 すると木材は綺麗に四分割され、その切り口が勢いよく燃え上がる。

 

 ミスリルの剣に付与された『発火能力』と『二重斬撃』が発動したのである。  

 

 

「おぉっ!?実験は成功ですねっ!!」

 

「ハハハッ、何でも思いつきも試してみるもんだなぁ」

 

 

 実験の大成功に喜びはしゃぐパンドラを見て、イチグンも強張っていた表情を綻ばせる。

 

 今この瞬間、ギルド武器以上の装備を作りだす手段が確立されたのである。

 

 

 きっかけはイチグンの閃きであった。

 

 『変装の腕輪・極』(へんそうのうでわ・きわみ)を使用した際、それまで装着していた全身鎧の重みが消えて材質は変化したのに、防御性能は一切損なわれなかった。

 

 つまり本来の機能を維持したまま、物体の姿・形・重量を変化させることが出来るのである。

 

 

 強力な武器を作る際に、データクリスタルを詰め込める限界値というのは重要な指標になってくる。

 

 ギルド武器が強力な効果を宿している理由は、通常では不可能な大容量のデータを詰め込めるからだ。

 

 大きな器を用意してデータクリスタルを詰め込んでも良いのだが、大きな器に大量のデータクリスタルを詰め込むとペナルティにより、武器の重量が大幅に増加してしまい、武器として取り扱うことが難しくなる為、ユグドラシルでは愚行とされていた。

 

 しかし、此処はユグドラシルの法則に縛られない現実世界である。

 巨大な器を作り出し、其処にデータクリスタルを組み込んだ後に適正サイズの武器に形状変化させてやれば良いだけだ。

 

 1つの希少素材に10個のデータクリスタルを搭載した武器も、10個の素材に1個ずつデータクリスタルを搭載した武器も効果は同じなのだから。

 

 

(……尤も、無制限に強化出来るって訳じゃなさそうだけどな)

 

 

 『変装の腕輪・極』(へんそうのうでわ・きわみ)のアイテム仕様上、元のサイズの10分の1以下には出来ない上に、器となる素材も量が限られている為、安易に武器を作成することは出来ない。

 

 つまり、一つの武器に対して付与できるデータクリスタルの搭載容量を最大10倍まで増加させることが出来る代わりに、器を作る為の素材は10倍消費するということだ。

 

 ユグドラシル産のデータクリスタルや素材を手に入れる手段のない今では、中々に厳しいデメリットと言えるだろう。

 

 

「それでもメリットは大きいと思うけどな」

 

「ええっ、正しくその通りッ!これなら神器級の装備も比較的簡単に作れる上に、ギルド武器に匹敵しうる凶悪な武器も作れるでしょうっ!」

 

 

 イチグンの言葉を肯定しながらも、内から溢れ出る歓喜の感情を抑えられぬパンドラはオーバーリアクションで舞い踊る。

 

 それほどまでにイチグンのアイディアは画期的であり、莫大な利益をナザリックに齎す実験であったのだ。

 

 パンドラはそんな成果を生み出したイチグンに心の底から賞賛の拍手を送った。

  

 

(……まさか『変装の腕輪・極』(へんそうのうでわ・きわみ)にこれだけの価値を見出すとは、思いもしませんでしたね)

 

 

 ここ最近の急激な技術革新は、その根幹に全てイチグンが関わっている。

 

 シズ・デルタの造りだした魔法科学製品の数々も、元を辿ればイチグンの柔軟な発想が切っ掛けであった。

 

 『変装の腕輪・極』(へんそうのうでわ・きわみ)が科学製品すら精巧に再現してくれるという特性を利用し、イチグンの元いた世界で使用していたノートパソコンや携帯電話などの持ち運べる小物を()()()として再現。

 

 それをシズが分解して解明したことにより、魔法科学製品の開発が飛躍的に進んだのである。

 

 そしてシズが完成させた魔法科学製品により、仕事が効率化され、魔法では解決できぬ問題を科学の力で解決に導くことが出来た。

 

 その上で冒険者としてアインズの活動をサポートし、魔導国建国の草案まで作り上げてしまったのだから鬼才としか言いようがないだろう。 

 

 

(……賞賛されて然るべき功績。……なのにイチグン様は自分に対する評価が低すぎる)

 

 

 事あるごとに自分は凡人であると嘯き、自らの手柄を尤もらしい理由をつけて配下達に譲渡する。

 

 多くを望まない姿は謙虚で崇高とも言えるが、その根底には自虐に等しい自己犠牲の精神が呪いの如くこびりついているのをパンドラは感じ取っていた。 

 

 

(……だからこそ危うい)

 

 

 身を削った自己犠牲の果てに待ち受けているのは破滅である。

 

 もし親友であるイチグンが破滅を迎えれば、アインズは絶望し孤独に苛まれ、心を閉ざしてしまうだろうという確信があった。

 

 

 願わくばそんな不幸な未来は訪れないで欲しいと願うパンドラであったが、そんな儚い願いは無慈悲にも手折られることになるのであった。

 

 

 

 

 

 




コキュートスとデミウルゴスも出したかったけど、出せなかったよぉ。

※ギルド武器とかデータクリスタルの解釈云々に関しては、完全に私の独断と偏見でございます。

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