イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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大変お待たせしました!

漸く話の内容が纏まったので、41話投稿させていただきます。




第41話 星に願うは

 

 

 共同墓地での事件から約3週間が経過し、城塞都市エ・ランテルは完全に復興した。

 

 大破していた東西南北の正門はより堅牢なものに変わり、骨の竜(スケリドル・ドラゴン)対策なのか、据え置き式の大型投石器が設置された。

 

 事件の発生源となった共同墓地に関しても、警備体制が大幅に見直されることとなり。今後は神官達による墓地の浄化作業も定期的に行われるらしい。

 

 

 神官と言えば、気になるのが二分化された神殿勢力の行く末である。

 

 ルプーの神官としての能力の高さに目をつけ、理不尽な勧誘を行った神殿勢力はエ・ランテルの民衆から大顰蹙を買ってしまった。

 

 結果として、神殿の在り方に不信感を抱いた大勢の神官達がストライキを起こした訳だが、その際に問題となったのが神殿を脱退した神官達の扱いである。

 

 脱退した神官達はルプーの行動に感銘を受け、格安で民衆に治癒魔法を施すようになった訳だが、基本的に王国での治療行為は神殿の管轄であり、個人が営利目的で治療を施すことは御法度となっている。

 

 王国の法に準ずるならば、勝手に治療行為を施す神官達を犯罪者として裁かねばならないのだが、事の発端は神殿が行った理不尽な恐喝行為である。

 

 彼らを罪人として裁くには大義名分がない上に、ストライキの規模も大きい為、王国が暴動を抑えようと動けば更なる問題に発展する可能性もある。

 

 帝国との戦も控えているのに、戦の要となる城塞都市エ・ランテルで内乱を起こされては本末転倒だ。

 

 だからこそ彼らの扱いには王国側も頭を悩ませていたのだが、そんな時に動いたのがエ・ランテルの都市長であるパナソレイである。

 

 

 パナソレイはエ・ランテルに神殿に属しない治療院を設立し、その施設でのみ彼らが自由に治療活動が出来るようにしてはどうだろうかと王に提案した。

 

 そうすることにより民衆の留飲も下がり、離反した神官達を国が管理するという名目を保つことが出来るからだ。

 

 本来なら治療行為の独占価値が下がることを恐れ、神殿勢力が即介入してくるような案件であるが、生憎そういった輩の殆どがデミウルゴスに牧場送りにされていた為、神殿勢力は碌な根回しが出来なかった。

 

 結果的としてパナソレイの提案は国王に承認され、神殿に属しない新たな医療団体が生まれることになり、彼らはパナソレイの管理する治療院で市民に治療を施したり、共同墓地の浄化作業を行うようになったのである。

 

 

(……ホント、此処の都市長は見た目に反して抜け目がないというか、有能だよなぁ)

 

 

 当然、パナソレイがこの提案を通した理由は単なる慈善活動ではない。

 

 格安で治療を施せる治療院を設立することにより、エ・ランテルの治安を向上させると共に、外部からの市民の移住を狙っているのだ。

 

 移住する市民が増えれば税収も増え、人が増えれば物流も潤う。

 

 それらの利益により治療院の維持管理費は十分に賄えるし、余剰分を都市の発展資金に回すことが出来る。

 

 国王であるランポッサⅢ世としても、エ・ランテルが発展するのは望ましい展開だろう。

 

 何故なら今のリ・エスティーゼ王国は貴族派閥と王族派閥に二分化しており、王族の立ち位置は極めて危うく、少しでも貴族派閥より優位に立たなければならないからだ。

 

 エ・ランテルは王族の管理する領地である為、発展することで国庫は潤い、国王の権力も高まる上に国民からの支持というおまけまでついてくる。

 

 更に移住してくるのは、他の領地で圧政を強いられてきた者達なので、必然的に懐を肥やす為に必要以上の重税を課してきた貴族達は領民達が離反して税収が少なくなり、それに比例して発言力も弱まるだろう。 

 

 王族派閥の権威を高めながらも、貴族派閥を牽制出来る。 

 

 だからこそ国王や王族派閥のレエブン候等を筆頭に、パナソレイの行動は擁護されているのだ。

 

 

 また格安で治療を施せる環境が整ったことで、冒険者達が活動しやすくなったという部分も大きい。

 

 冒険者とは荒事の多い仕事であり、必然的に生傷が絶えない危険な職務である。

 

 今まで旗揚げした多くの冒険者達が依頼で負った手傷を癒せず引退したり、莫大な治療費を請求されて借金地獄に陥ったりしていたのだが、そういったリスクは大幅に軽減された。

 

 下級冒険者達が活動し易い下地が生まれたことで、貧困に喘ぐぐらいならと冒険者として旗揚げする若者達が増えたという訳だ。

 

 先の戦いで多くの下級冒険者達を失ってしまったが、同時に多くの下級冒険者達が生まれるきっかけをつくったのである。

 

 

(共同墓地の事件で冒険者達が大成した噂なんかも、大いに影響しているんだろうけどな)

 

 

 銅級からオリハルコン級に昇級した冥府の番犬を筆頭に、エ・ランテルの冒険者達の動向は他国から注目されている為、今が成り上がるチャンスだと思うものは多いのだろう。

 

 そんなエ・ランテルの冒険者においても、成長が目覚ましいチームと言えば、白金級となった漆黒の剣である。

 

 共同墓地で獅子奮迅の活躍を見せたことにより、漆黒の剣は他の冒険者達からも一目置かれる存在となり、ルクルットは『聖弓』。ペテルは『炎刃』。ダインは『守人』の二つ名で呼ばれるようになった。

 

 知名度が高まったことにより、高額な報酬の指名依頼も頻繁に入るようになったと四人は喜んでおり、現在は商人の護衛任務などを熟しながら王国各地に赴き、行方不明のツアレを探しているらしい。

 

 

 一方でオリハルコン級になったイグヴァルジは、冒険者として請け負う仕事を減らし、空いた時間で己を鍛え直しているようだ。

 

 短剣を中心とした近接戦闘技術を学び直し、カッツェ平原などでアンデッドを討伐することにより着実にレベルを上げているらしい。

 

 

 本人は冒険者としての実力は頭打ちである等と語っていたが、ここ最近の彼の成長は目覚ましいものがある。

 

 俺も一度訓練に誘われ、その際にイグヴァルジと模擬戦闘を行ったのだが正直驚いた。

 

 何故なら彼は、この短期間で武技〈青竜牙突き〉と武技〈疾風走破〉を習得し、それらを完璧に使いこなしていたからだ。

 

 この二つはかなり高度な武技であり、才あるものでも習得が困難だと言われている代物である。

 

 直線距離を一瞬で駆け抜ける武技〈疾風走破〉と、刺突攻撃に雷撃を付与する武技〈青竜牙突き〉を併用することで、イグヴァルジは高威力の一撃離脱攻撃が可能になった。

 

 これには組合長のアインザックも驚き、名実共にオリハルコン級に相応しい冒険者となったとイグヴァルジの成長を喜んでいた。

 

 そんな彼についた二つ名が『雷迅』のイグヴァルジ。

 

 最近では冒険者となった若者達に、冒険者のイロハを教えているらしく、頼りになる兄貴分として慕われているとのこと。

 

 

 大悪魔ヤルダバオトによる権力者の粛清。

 神殿から独立した治療院の設立。

 都市の働き手である冒険者の活性化。

 

 

 そういった様々な事象が複雑に絡み合った上で、今のエ・ランテルの好景気が成り立っているのである。

 

 

「あっ、この串焼き美味しそうっすね」

 

「へぇ、こっちにも林檎飴みたいな屋台菓子はあるのか」

 

 

 そして現在、俺とルプーはそんなエ・ランテルの街中を適当に散歩していた。

 

 日が暮れかけていても路上は行商人達の露店で賑わっており、商品を買い求める客達の喧騒で活気づいている。

 

 ズラリとテントが立ち並ぶ光景は祭の屋台を連想させるが、露店で売っているものに武器や防具が混じっている辺り、ファンタジーであると再認識させられる。

 

 それらを吟味して購入していく冒険者達もチラホラ居る辺り、行商人達にとっては今が商機なのだろう。

 

 呼び込みも活発で、あの手この手で自らの商品をアピールしてくる。

 

 

「其処の仮面の旦那。お連れの美人さんにアクセサリーはどうだい?」

 

 

 そんな露店を巡っていると、筋骨隆々とした強面の行商人に呼び止められてしまった。

 

 如何にも武器商人といった容姿であるが、彼が販売しているのは女性向けの貴金属である。

 

 値はそこそこ張るものの、品質は他の露店と比べて良質である。

 

 

 店主の話を聞けば、昔はエ・ランテルで白金冒険者として活躍していたらしいが、結婚し子供も生まれたことで危険な冒険稼業から足を洗い、妻の実家が経営していた装飾店の細工師となったらしい。

 

 この機会に稼ごうと行商がてらエ・ランテルに訪れたのだが結果は不発。

 

 全く売れずに困っていたところに、偶々裕福そうな俺達が通りかかった為、声を掛けたらしい。

 

 

「地元のエ・レエブルじゃ人気があって、それなりに売れたんだがなぁ」

 

「――普段は店主の奥さんと娘さんが店を回してるんですよね?」

 

「嗚呼、自分で言うのもなんだが妻も娘もかなりの器量よしでな。商品造りに集中出来るように店の運営は任せてくれなんて健気なことを言ってくれるんだぜ」

 

「――そうなんですか、いい家族ですね」

 

「おうよっ、俺の自慢の妻に娘さっ!」

 

 

 そういってニヤリと笑う店主に対し、俺は曖昧な笑みで答える。

 

 

(多分売れないのは、この店主が売り子だからだろうなぁ)

 

 

 そして彼の妻と娘もそれを理解しているからこそ、彼に店番を任せないのだろう。

 

 どう控えめに言っても悪人面だし、下手に関わると商品を押し売りされるのではないかと警戒される始末。

 

 その証拠に露店の商品を興味深そうに眺めていた女性客は、店主の顔を見ると同時に表情を強張らせ、足早にその場を去っていった。

 

 人は見た目ではないというが、見た目は重要な指標であると突きつけられる残酷な光景である。

 

 

「――んっ?」

 

 

 そんな強面の店主に勧められるまま商品を眺めていると、豪華なケースに保管された指輪などのアクセサリーが目に入る。

 

 其処に収納された商品は、他の装飾品とは桁違いの価格で販売されており、その全てに魔力が宿っていた。

 

 

「此処では魔道具も取り扱っているんですか?」

 

「おっ、中々見る目があるじゃねぇか仮面の旦那。エ・ランテルは冒険者達が集まるから売れるかもしれねぇと思ってな」

 

 

 そう言って素早さが僅かに向上する腕輪や、魔力が回復し易くなる髪飾りなどを紹介する店主。

 

 二人とも冒険者として活躍するつもりなら、買っておいて損はないと勧めてくる。

 

 そんな店主の熱心な売り込みに対し、隣に居たルプーは造り笑顔を浮かべながら言葉を返す。

 

 

「――へぇ~、凄いっすねぇ」

 

「おっ、嬢ちゃんもこの魔道具の有用性が理解出来るかっ?」

 

「はい、もうホント凄いっすよ!……こんな粗大塵を自信満々に販売してるところとか特に

 

 

 ボソリと店主に聞こえぬ程の小声で、酷評を下すルプー。

 

 この界隈で手に入る魔道具にしては上質なものかもしれないが、彼女にとっては商品に値しないガラクタである。

 

 何故なら紹介された魔道具よりも、宝物殿に捨て置かれている魔道具の方が良質な効果を宿しているからだ。

 

 

(……まぁ、例え効果が微妙だとしても、蒐集家のアインズさんへの土産にはなるかな?)

 

 

 そんな軽い気持ちで鑑定魔法を使い、陳列された魔道具を観察していたのだが。とある指輪を鑑定した瞬間、俺は思わず真顔になった。

 

 

「――マジかよ」

 

 

 そんな言葉を呟いた俺は、見間違いではないだろうかと再度鑑定魔法を使用する。

 

 

 『流れ星の指輪(シューティングスター):装備者の願いを3回だけ叶えてくれると言われている不思議な力の宿った指輪。(残り使用回数1回)』

 

 

 ――成程、どうやら見間違いなどではないらしい。

 

 何故か超希少な課金アイテムである『流れ星の指輪』(シューティングスター)が、捨て値同然の価格で販売されているのである。

 

 俺は上擦りそうになる声を必死で抑えながらも、露店の店主に尋ねてみる。

     

 

「随分と綺麗な指輪ですけど、此方はどんな効果を宿した魔道具なんですか?」

 

「嗚呼、その指輪ねぇ……実は俺も良く判んねぇんだよなぁ。何らかの魔道具であることだけは確かだな」

 

 

 聞けば鑑定魔法を用いても効果が判らず、装着しても何の効能も実感出来ないから観賞用としての価値しかないとのこと。

 

 この世界で一般的な低位の鑑定魔法では、このアイテムに秘められた効能を調べることが出来なかったのだろう。

 

 一体何処でこの指輪を入手したのかそれとなく探りを入れてみれば、二ヵ月程前にエ・ランテルを訪れた際、風変りな恰好の女冒険者が路銀の足しにしたいと売り払ったそうだ。

 

 

(……もしかしてクレマンティーヌか?)

 

 

 店主から聞いた冒険者の風貌は、ニグンの記憶にあるクレマンティーヌそのものであった。

 

 法国の秘宝を盗み出した彼女は、何らかの事情で手放さなければいけなくなり、この指輪を手放したと考えるのが妥当だろう。

 

 だとしたらクレマンティーヌは法国の宝物庫に侵入し、番外席次が護っていた秘宝を複数個盗み出したのか。

 

 もしそうだとするならば、それは捨て置けない問題である。

 

 

「――成程、貴重な情報ありがとうございます。謝礼という訳ではありませんが、このケースにある品物は全て買い取らせて頂きます」

 

「マジかよッ!?」

 

 

 強面の店主は目を剥き出しにして驚くが、此方としては貴重な情報に加えて、『流れ星の指輪』(シューティングスター)まで手に入たのだから万々歳である。

 

 露店で商品を購入した俺は、露天商とのやりとりをアインズさんと共有し、クレマンティーヌの存在を警戒するように配下達に指示を出して貰った。

 

 その際に入手した『流れ星の指輪』(シューティングスター)の扱いに関しても話題に挙がったのだが、アインズさんから一言。

 

 

『イチグンさんが手に入れたんですから、自分で使えば良いじゃないですか』

 

 

 余りにもあっさりとした物言いだったので、俺が悪用する可能性もあるぞと指摘すると、そもそも悪用するつもりなら指輪の存在を自ら明かすような真似はしないだろうという最もな正論が返ってきた。

 

 確かに悪用するつもりはないし、その信頼は非常に有難いのだが、指輪の扱いに困る状況である。

 

 この指輪に願うことなど今はないし、そんな指輪を常に持ち歩くのも、配下達に在らぬ誤解を与えそうで億劫である。

 

 故に俺は指輪をパンドラに預け、宝物殿の最深部で保管して貰うことにした。

 

 これで此方には指輪を悪用する意志はないと証明出来るし、いざという時の保険として使うことも出来るだろう。

 

 過度な幸運は身を亡ぼすということを、俺はこれまでの人生経験で嫌という程に理解しているからな。

 

 

「――だからこそ、今訪れている幸運が恐ろしい」

    

 

 ここ最近続いている幸運は嵐の前の静けさで、いつか壮絶な揺り返しがあるのではないかと邪推してしまうのだ。

 

 願わくばこのまま平穏な日々が続きますようにと、夜空に煌めく流れ星に祈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土の都崩壊を切っ掛けに、スレイン法国の情勢は悪化の一途を辿っていた。

 

 数十万人規模の死者が出たことによる深刻な人材不足に陥り、生活基盤を失った難民達を保護しなければならない。

 

 おまけに土の都は法国で消費する農作物の大半を賄っていた食糧生産都市であった為、食糧の供給が滞るという二次災害まで発生する始末。

 

 そんな法国を追い打ちするかの如く、クレマンティーヌの裏切りにより貴重な秘宝の数々が国外に流出。エルフ国の刺客による法国領土への奇襲攻撃も未だに続いている。

 

 何とかそんな状況を打開しようと、法国は精鋭部隊である六色聖典を動かすが、一度乱された秩序は容易には戻らない。

 

 ――それどころか、更なる問題が発生してしまったのだ。 

 

 

「……エイヴァーシャー大森林に異変ですか?」

 

「……はい、魔物達が人間の居住区を荒らし回っているそうです」

 

 

 漆黒聖典を率いる若き隊長は、その報告を聞いて思わず眉を顰めた。

 

 エイヴァーシャー大森林は、神都の南にある広大な密林地帯であり、数多の魔物達が徘徊している危険地帯である。

 

 普段は魔物除けの呪いが施された柵で大森林と法国領土を区切ることにより、魔物達の侵入を防いでいたのだが、ここ最近はそんな魔物除けの柵を超えて暴れる魔物達が増加しており、森林周辺にある人里に甚大な被害が出ている。

 

 しかも普段は単独行動を好むような魔物が群で行動し、人里に被害を齎すと何かに導かれるように森へと帰還するのだ。   

 

  

 明らかに不自然であり、野生の魔物の生態から逸脱した行動である。

 

 何者かが裏で魔物達を操り、法国を脅かそうとしていると考える方が妥当だろう。

 

 法国の瓦解を目論むエルフ王の陰謀か、災厄の魔神の復活を望む大悪魔ヤルダバオトの策謀か、はたまた意図の読めぬ魔導王の計略だろうか。 

 

 裏で糸を引く者の正体は気になるが、やるべきことはどちらにしても変わらない。

 

 魔物達を討伐しなければ、被害は拡大する一方なのだから。

 

 こうして隊長に報告が入ったのも、捨て置けぬ問題であり、速やかに解決出来る人材が彼しかいないからだろう。

 

 

「――判りました。神官長達には私がエイヴァーシャー大森林に向かう旨を伝えておいて下さい」

 

 

 そういって隊長は椅子から立ち上がり、傍に立てかけられていたみすぼらしい槍を手に取る。

 

 つい今しがた任務を終えたばかりだというのに、碌な休憩も取らぬままエイヴァーシャー大森林に向かおうとしているのだろう。

 

 

「――ッ!」

 

 

 そんな隊長の姿を見て悲痛な表情を浮べたは、この凶報を告げた年若い女性である。

 

 露出の多い衣装を身に纏い、頭には魔女が被るような帽子を身に着けた青髪の少女――漆黒聖典第十一席次『占星千里』は、喉から絞り出すようにその言葉を紡いだ。

 

 

「……エイヴァーシャー大森林には、行かない方が……良い……です」

 

 

 服の裾をギュッと握りしめながら、隊長に忠告する占星千里。

 

 彼女の直感が、エイヴァーシャー大森林は危険であると警鐘を鳴らしているのだ。

 

 

「貴方が警戒するほどの凶事が起こり得るという訳ですか」

 

「…………」

 

 

 そんな隊長の問いかけに対し、無言のままコクリと頷く占星千里。

 

 その瞬間、隊長はスッと目を細め、一体自分はどう動くべきだろうかと思い悩んだ。

 

 

 何の根拠もない直感を理由に任務を放棄するなど許されないことだが、こと占星千里に限っては話が別だ。

 

 彼女は漆黒聖典の中でも稀有な存在であり、後方支援能力に特化した【占術士】(せんじゅつし)である。

 

 遥か遠くの出来事を見通す千里眼に加え、得意とする占術で敵の襲撃を予知し、起こり得る未来の可能性を予測する。

 

 土の都で起こった事件の際も、襲撃を受ける前に占星千里が異変に気付き、漆黒聖典が動いたことにより被害を最小限に抑えられたのだ。

 

 

 更に占星千里は、自らの保有する異能(タレント)により、視認した人物のその日の運勢を判断することが出来る。

 

 良い未来が訪れそうな場合は、その者の身体は光輝いて視えるが。逆に悪い未来が訪れそうな場合は、その者を包み込むような黒い靄を幻視する。

 

 そんな彼女が異能を用いて視た隊長は、どす黒い靄に覆われており、彼を待つ未来が不吉なものであることを暗示していた。

 

 

 だからこそ占星千里は彼の身を案じ、自ら死地に赴くべきではないと告げたのである。

 

 

「エイヴァーシャー大森林の魔物討伐は、殲滅任務を得意とする火滅聖典に任せるべきです」

 

 

 そういって隊長を神都に引き留めようとする占星千里であったが、当の本人は首を横に振り否と答えた。

 

 

「――いえ、やはりエイヴァーシャー大森林には私が行くべきでしょう」

 

 

 火滅聖典は殲滅戦に秀でた精鋭部隊であるが、漆黒聖典のように飛び抜けた戦力を保有している訳ではない。

 

 常人より秀でた者達が各々の役割を理解し、完璧な連携を行うことで成果を上げているのだ。

 

 土の都の事件により指揮官を失い、チームが再編成されたばかりの火滅聖典には荷が重すぎる任務だろう。

 

 

 加えて言うなら、クレマンティーヌの行方を追っていた火滅聖典と風花聖典の隊員達が失踪し、人材不足に拍車が掛かっている。

 

 そんな中、残った火滅聖典の隊員達が魔物達により死傷すれば、更に法国の情勢は悪化するだろう。

 

 だからこそ突出した戦力である隊長が動き、速やかに問題を解決するのだ。

 

 

「それに私に訪れる不運は、大森林に向かうことで起こるものではなく、神都に留まることで起こるものかもしれませんよ?」

 

「そ、それは……そう、だけどっ」

 

  

 隊長の言葉を否定しきれず、俯いてしまう占星千里。

 

 彼女の異能は幸不幸を判別するだけであり、どういった幸運や不運が訪れるかはまるで判らない。

 

 些細な出来事が切っ掛けで不運は幸運に転ずるし、逆もまた然り。

 

 あくまで指標の一つでしかなく、確定した未来を予言する類の力ではないのだ。

 

 

「ですが貴方のおかげで不用意の事態に備えることが出来ます」

 

 

 補佐として復活魔法で蘇生した巨盾万壁と神領縛鎖を連れて行くし、非常時に備えて神都に転移するスクロールも用意する。

 

 自分でも手に負えない状況であったなら直ぐに撤退すると約束し、隊長はその場を去っていった。

 

 そんな隊長の背中を見送りながら、占星千里は物悲しそうに呟く。

 

 

「――こうなる事は分かっていたのに、私は貴方を止められなかった」

 

 

 短い付き合いではあるが、占星千里は隊長の人柄を理解していた。

 

 良くも悪くも実直な男である為、例え我が身に火の粉が降りかかろうとも、人類の繁栄を願って最善を尽くすのだ。

 

 

 そんな彼の生き方を尊敬しながらも、占星千里は言いようのない劣等感と焦燥感に苛まれていた。

 

 何故、自分は彼の横に並び立ち、共に戦うことが出来ないのだろうか。

 

 何故、愛する者を危険と知りながら、死地に送り出さねばならないのだろうかと。 

 

 

 占星千里はその秀でた探索能力を買われ、漆黒聖典に勧誘された平民の少女である。

 

 半ば強引に特殊部隊の諜報員として働くことになった彼女は、息が詰まりそうな生活を強いられることになった。

 

 平民と貴族の違いに苦しみ、神官達の無茶ぶりに疲弊し、優秀な血を残す為に子を成せと迫ってくる法国貴族達に嫌悪感を抱く日々。

 

 血の繋がった両親は、大金と引き換えに彼女の身柄を国に引き渡し、親権を放棄した裏切り者だ。

 

 

 信頼出来る人物はおらず、帰るべき居場所すらない。

 

 そんな彼女を助けてくれたのが、漆黒聖典の隊長である。

  

 

 塞ぎ込む占星千里に話し掛け、時には悪意から彼女を庇い、陰ながらその活躍をフォローする。

 

 そんな隊長の働きかけもあり、占星千里は孤立することなく組織に馴染み、その力を十全に発揮して、漆黒聖典第十一席次という居場所を手に入れた。

 

 

 そんな過去もあり、隊長に恋心を抱いている占星千里は、本当に彼を任務に送り出して良かったのだろうかと苦悩しているのだ。

 

 

「……ハァ~」

 

 

 鬱蒼とした気分を紛らわすように溜息を吐いた占星千里は、部屋の窓を開け放ち、夜空を彩る星々を眺める。

 

 夜の暗闇を照らし導くような星の運河を、光の帯が駆け抜けていく。

 

 視界の片隅に流れ星を見つけた占星千里は、静かに手を組んで星に祈った。

 

 

「――隊長。どうか無事に帰って来て下さい」

 

 

 そんな儚い祈りと共に、夜空に消えていく流れ星。

 

 星に願うも、その願いは叶わない――漆黒聖典第一席次隊長は、エイヴァーシャー大森林を境に姿を晦ますのであった。

 

 

 

 

 

 

 




占星千里の異能設定に関しては、完全なるオリジナルです。

土の都崩壊の際も、日課となっている千里眼での偵察の際、土の都の住人達全員に黒い靄が漂っていたので、土の都で何かヤバイことが起きるのではと漆黒聖典が動いた感じです。

そしてクレマンティーヌがばら撒いた秘宝の一部がイチグンに回収されましたが、まだまだ他にもばら撒かれた秘宝やマジックアイテムは存在しており、その影響によって原作崩壊が進む予定となっております。



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