イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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大分、遅くなりましたが新年あけましておめでとうございます。

年末年始の仕事も漸く落ち着いたので、次の話を投稿します。

今年も拙作を宜しくお願い致します。




第42話 未知との遭遇

 

 

 エイヴァーシャー大森林――法国南部にある巨大な密林地帯である。

 

 大森林の中には強大な力を持ったエルフ王率いるエルフ国があり、関係の悪化した法国と戦争中である為なのか、常に張り詰めた空気が漂っている。

 

 更にここ最近は大森林に住まう魔物達が凶暴化しており、本来なら生息していないような凶悪な魔物達も出没する為、例え凄腕の冒険者であっても足を踏み入れることを憚る程の危険地帯となっていた。

 

 

「――フッ!」

 

 

 そんなエイヴァーシャー大森林の一角で、一人の男が(ましら)の如く樹木を跳び回り、四方八方から襲い掛かって来る魔物達を無力化していく。

 

 討伐ではなく無力化――四肢を捥がれ動けなくなった魔物や、背骨を砕かれ虫の息の魔獣が無造作に地面に転がっている。

 

 中には難度80を超える危険な魔物も居たが、木々を跳び回る男にとっては単なる獲物に過ぎなかった。

 

 

「――ギガントバジリスクですか」

 

 

 そんな言葉と共に繰り出された槍の一撃で、堅牢な鱗に包まれた魔獣の肉体は穿たれ、大きな風穴が空いた。

 

 全てを石化させる魔性の瞳は、男を視認することすら出来ずに潰され、視界を奪われてしまう。

 

 飛び散った猛毒の血飛沫も男には効かない。何故なら状態異常対策の魔道具を装備しているからである。   

 

 

「……グォォオォ」

 

 

 人外級の実力を持ち、優れた装備を纏った狩人。

 

 絶対的な強者の存在に恐れ慄いた魔獣は、悲鳴にも似た咆哮を上げ、必死に逃げようともがくがそれは無駄な抵抗に終わる。

 

 

「――逃がさん」

 

 

 顔に刺青を施した男の繰り出す鎖が魔獣の身体に絡みつき、身動きを完全に封じてしまったのだ。

 

 まるで獲物を絞め殺す蛇のように蠢めいた鎖は、怪しい煌めきを放ちながら捕らえた魔獣の生命力を吸い取っていく。

 

 それに比例する形で拘束する力は強くなり、堅牢な鱗を砕きながら魔獣の身体に食い込んでいく。

 

 

 拘束してから数秒後、何かが圧し折れる音と共に魔獣の首があらぬ方向へと捻じ曲がる。

 

 一体で街一つを滅ぼすと言われている凶悪な魔獣は、二人の人間に出会い頭に駆逐されてしまったのだ。

 

 

「ヒュ~、相変わらず見事な拘束術だなボーマルシェ。流石『神領縛鎖』の二つ名を持つだけはあるぜ」

 

 

 そんな風に軽口を叩きながらも、周辺に転がっていた瀕死の魔物達にトドメを刺すのは大柄な男である。

 

 筋骨隆々とした体躯に、異様に発達した腕はまるで丸太のようだ。

 

 両腕に装着した巨大な盾を鈍器代わりに、魔物の頭を叩き潰していく。

 

 一見、誰でも出来る単純作業に思えるが、堅牢な魔物の頭部を一撃で砕くことの出来る腕力こそ、その大男が常人を逸脱した存在であることの証明であった。

 

 

「まぁ、殆ど隊長が始末したようなものだがな。……それよりも盾役のお前が後方待機で何もしないのはどうなんだ?」

 

「あの程度の魔物なら、隊長にもお前にも援護は必要ねぇだろ? それにこうやって魔物も始末して、己に与えられた役割はしっかり全うしてるしな」

 

「……『巨盾万壁』の名が泣くぞセドラン」

 

 

 そのおざなりな返答に、鎖を操っていた男――ボーマルシェは、呆れたように溜息を洩らしながらも、足元で蠢いていた魔物を鎖で絞め殺す。

 

 一方で盾の男――セドランはそんな批難の視線をサラリと受け流し、再び雑草を踏み潰すように魔物達を圧殺していった。

 

 死屍累々といった状況下で、流れ作業のように魔物を殺し続ける二人組は、傍から見れば異様かもしれないが、隣で彼らを見守っている隊長は満足そうに頷いている。  

 

   

「どうやら『ぱわーれべりんぐ』は順調のようですね」

 

 

 法国からの特命により、エイヴァーシャー大森林の調査に向かった漆黒聖典の三人組は、道中で襲い掛かって来る敵を討伐しながら、異常の発生元と思われる森の最深部を目指していた。 

 

 今回の任務の主な目的は異変の調査と解決であるが、それと同時に行われているのが、漆黒聖典の戦闘員であるセドランとボーマルシェの戦線復帰措置である。

 

 現在の二人は土の都の戦いによるデスペナルティで大幅に力を落としており、本来の能力を十全に発揮出来ない状態であった。

 

 故に法国の上層部は、古より伝わる儀式『ぱわーれべりんぐ』を行うことにより、二人の失った力を取り戻そうと目論んだのである。

 

 

 その成果は上々であり、セドランとボーマルシェの力は復活前と遜色ない状態に戻っていた。

 

 二人の戦線復帰は隊長にとっても喜ばしいことであるが、決して手放しで喜んで良い状況ではなかった。

 

 それは他の二人も同じなのか、魔物達の屍を眺めながら感想を口にする。

 

 

「……しかし、改めて見ると異様な光景だぜ。何処から現れたってぐらいに大量の魔物や魔獣が湧き出てくるなぁ」

 

「……それだけならまだいいが、本来なら森林に生息していない魔物が多すぎるし、異様な行動をとっている」

 

 

 魔物達の出没する数もそうだが、それ以上に問題なのが生態系を無視した行動である。

 

 本来ならアベリオン丘陵の荒野を徘徊しているギガントバジリスクが数体出現し、その他にも多種多様な魔物達が共闘して三人に襲い掛かって来るのだ。

 

 凶暴化した魔物達ならば、共食いしても可笑しくないような状況。

 

 にも関わらず魔物達は互いを脅かすことなく共存し、特定の領域に侵入した者にのみに攻撃を仕掛けてくる。

 

 明らかに魔物達の動きは統率されており、裏で糸を引く黒幕が存在しているのだ。

 

 

「いずれにしても自然発生という線は薄そうですね」

 

 

 これまでの情報を下に考察し、一番黒幕の可能性が高いのがエルフ王である。

 

 エイヴァーシャー大森林に拠点を構えながらも、エルフ国には被害が及んでいない。

 

 となれば法国への奇襲攻撃の一環として、エイヴァーシャー大森林周辺の魔物を利用したと考えるのが妥当なのだが、そう考えると違和感がある。

 

 

「もしエルフ王が黒幕だとするなら、道中に転がっていたエルフ達の死体が理解出来ないな」

 

「幾ら下半身で物事を考えるような狂王でも、態々自分の兵を無駄死にさせたりはしねぇだろ」

 

 

 ボーマルシェとセドランの言葉に、隊長も頷いて同意を示す。

 

 此処に来るまでの道中には、魔物達だけでなく無惨に食い散らかされたエルフの死体も転がっていた。

 

 魔物達はエルフ国に侵攻を仕掛けないものの、エルフ達の味方というではないのだ。

 

 森の深部へ侵入した者達は問答無用で攻撃し、其処にエルフと人の区別はない。

 

 もしエルフ王が裏で糸を引いていたとするならば、余りにも破滅的で杜撰な作戦である。

 

 

「だとすれば、ヤルダバオトの仕業か?」

 

「……民衆の間で噂されている土の都を崩壊に導いた大悪魔ですか」 

 

 

 ボーマルシェの挙げた名前に、隊長はピクリと眉を顰める。

 

 土の都の襲撃直後に、魔物の凶暴化が起こったのだから関連性がないとは言い切れない。

 

 策謀の一環として定期的に法国を襲い、エイヴァーシャー大森林の深部に秘匿したいものがあるから魔物達を操って侵入者を排除していると考えれば辻褄は合うだろう。

 

 ――だが、その仮説を隊長は否定する。

 

 

「……その可能性は限りなく低いでしょうね」

 

 

 もし大悪魔ヤルダバオトが関わっているとするならば、エイヴァーシャー大森林に出没する敵が余りにも()()()()

 

 土の都を襲った魔物達は、どれも天災クラスの魔物であった。

 

 人外級の実力を持つ隊長自身も大将格の魔物と争い、敗北するという苦い経験を味わっている。

 

 だからこそ、この程度の魔物を侵入者対策に宛がうのは在り得ないと言い切れた。

 

 

(……だとすれば一体何が狙いなんでしょうか?)

 

 

 黒幕の正体は委細不明であり、敵の目的すら判らない。

 

 先行きの見えない状況に焦燥感を抱きながら、眉間に皺を寄せる隊長であったが、そんな彼を諫めるようにセドランは呟く。

 

 

「ったく、ま~た隊長は小難しいことを考えてんなぁ。どちらにしても俺達がやることは変わらねぇだろうが」

 

「……」

 

 

 セドランの核心を突いた言葉に、隊長は冷静さを取り戻した。

 

 全く以て彼の言う通りだ。この状況を放置すれば、法国の情勢はますます悪化するだろう。

 

 法国という防波堤を失えば、人類は瞬く間に淘汰されてしまう。それは人類繁栄を掲げる法国の理念に反し、避けるべき最悪の未来である。

 

 黒幕の有無に関わらず、この異変は解決しなければならない。

 

 ならば黒幕の存在を暴くことより、現状を改善することに注力すべきだろう。

 

 

「……確かにその通りですね。どうやら変に考え過ぎてしまったようです」

 

 

 漆黒聖典を率いる立場ではあるが、隊長の実年齢は成人にすら満たない青年だ。

 

 年相応に感情に振り回されることもあるし、経験の浅さから判断を誤ることもある。

 

 そんな時に陰ながら支えてくれるのが、人生経験豊富で物怖じしないセドランであった。

 

 外見とは裏腹に人の感情の機微に敏感であり、今回も隊長の抱いている焦燥感を察して声を掛けたのだ。

 

 

 隊長は自らの融通の利かなさに失笑しながらも、支えてくれる仲間達の存在に感謝する。

 

 しかし、そんな感謝の気持ちも、セドランの余計なアドバイスにより霧散することとなった。

 

 

「まっ、隊長は生真面目過ぎるから、一皮剥ける為にも男を磨いてみたらどうだ?」

 

「男磨きですか?」

 

「おう、男を磨くならお薦めの場所があるぜ。この任務が終わったら一緒に行ってみるか?」

 

 

 そう言って巨大な拳を握り締め、人差し指と中指の間から親指を覗かせるセドラン。

 

 その揶揄うよう物言いが理解できずに首を傾げる隊長であったが、隣で二人のやり取りを見ていたボーマルシェが呆れたように呟いた。

 

 

「――隊長、セドランの言う男磨きは女遊びの事だ。大方、娼館にでも連れて行こうとしたんだろう」

 

「――嗚呼、そういうことですか」

 

 

 ボーマルシェの言葉を聞いた瞬間、隊長の瞳は冷ややかなものに成り代わる。

 

 セドランは何かと気が利き有能な男だが、エルフ王に負けず劣らずの好色家でもあった。

 

 高給取りの漆黒聖典隊員であるにも関わらず常に素寒貧なのは、休暇の度に高級娼館に入り浸っているからである。

 

 自宅にも見目麗しいエルフの奴隷達を侍らせている為、漆黒聖典に所属する女性達からは白い目で睨まれ、警戒されている。

 

 部隊の風紀を乱すセドランの女好きは、隊長の悩みの種の一つでもあった。

 

 

「……今が国の命運を賭した重要な任務中であることを理解してますかセドラン?」

 

 

 色欲に溺れた発言をするなど言語道断であると隊長は諫めるが、セドランは飄々とした態度で語る。

 

 

「男なら女を囲うのも甲斐性だろ?そもそも法国の上層部が推奨してるじゃねぇか」

 

「……嗚呼、そうでしたね」

 

 

 セドランの切り替えしに、隊長はやり切れない思いを抱きながら盛大に溜息を吐いた。

 

 事実、セドランの言うように法国では強者による一夫多妻が推奨されている。

 

 その理由は優秀な血統をより多く後世に残し、人類繁栄の礎とする為だ。

 

 

 神人として覚醒した隊長もその対象であり、際限なく訪れる見合い話にはうんざりしていた。

 

 彼が任務に没頭するのは、そういった柵から逃れる為でもあるのだ。 

 

 

「……まぁセドランを擁護する訳ではないが、妻を娶ることはそう悪い話でもないぞ?」

 

 

 そんなことを考えながら苦々しい表情を浮かべる隊長に対し、声を掛けたのはボーマルシェであった。

 

 ボーマルシェは見た目に反して愛妻家であり、お見合い結婚した妻との間に子を設けて幸せな家庭を築いている。

 

 普段は言葉数の少ない彼も、愛する家族の話となれば饒舌になる。

 

 どうやら彼の一人娘には魔法詠唱者として飛び抜けた才があるらしく、僅か10歳で第三位階魔法を使えるようになったのだと自慢げに語った。

 

 

「へぇ~、それだけの才能があるなら、今すぐにでも漆黒聖典に勧誘だな」

 

――ふざけたことを抜かすな塵が。こんな危険な職場に勧誘するなど舐めているのか?あと娘に不用意に近づけば、その股間についた汚物を叩き潰すぞ

 

「……お、おぅ……すまん」

 

 

 悪鬼羅刹のようなボーマルシェの形相に、思わず平謝りするセドラン。

 

 ボーマルシェは愛妻家であると同時に、重度の親馬鹿でもあったのだ。

 

 セドランの冗談に過剰反応してしまったボーマルシェは、自分を宥めるように咳払いをした後、隊長に話し掛ける。

 

 

「――コホン。まぁ俺の話はいいとして、隊長には気になる異性は居ないのか?」

 

「き、気になる異性ですか」

 

 

 その話題が挙がった瞬間、隊長に動揺が走り視線が泳ぐ。

 

 気になる異性は――勿論、居る。

 というより、つい最近になって己の抱いていた恋心を自覚したというべきか。

 

 隊長の反応を見たセドランは、我、確証を得たと言わんばかりに下卑た笑みを浮かべながら言った。

 

 

「隊長の気になる相手は第十一席次――占星千里だろ?」

 

 

 この任務に赴く前にも真夜中に密会していたようだし、占星千里の反応を見ても隊長に好意を抱いているのは判る。

 

 隊長自身も何かと占星千里の事を気に掛けていたし、任務などを通じて男女の仲に発展したと考えれば不自然ではないだろう。

 

 奥手そうに見えて、案外ヤることはヤっていたのか――息子の成長を見守る父親のような心境で、隊長の股間を眺めるセドランであったが、そんな考えは根本から否定されることになる。

 

 

「……何故、そこで占星千里の名が出てくるのですか?」 

 

「……んんっ、違うのか?」

 

 

 心底不思議そうに首を傾げる隊長の姿を見て、セドランは自らの推察が外れたことを理解する。

 

 隊長にとって占星千里は大切な部下であるが、それ以上の感情は抱いていない。

 

 そもそも占星千里が法国貴族に見合いを迫られ、軽い男性不審に陥ってることを知っている為、必要以上に近づくことを避けていたぐらいである。

 

 

「最近は彼女も心を開いてくれるようになり、部屋に招かれることも多くなりましたけどね」

 

「……お、おう。そりゃあ良かったな隊長」

 

 

 部隊を率いる者としての務めを果たせたと嬉しそうに語る隊長を尻目に、セドランは引き攣った愛想笑いを浮かべて受け流す。

 

 真夜中に女性が寝室に招く意味など一つしかないだろうと隊長の鈍さに呆れつつも、空回る占星千里の恋路を憐れんだ。

 

 

「……なら第七席次か第四席次のどちらかか?」

 

 

 隊長が恋心を抱いている相手が気になったのか、ボーマルシェも踏み込んだ質問をしてくる。

 

 長年の付き合いで、隊長が外見だけで女性を選ぶような男でないことは重々に理解しているし、それならば顔を合わせる機会の多い漆黒聖典の女性隊員が有力候補だろうと考えたのだ。

 

 

 第七席次は嘗て隊長に命を救われたことがあり、本人の前ではつれない態度をとるものの、裏では占星千里に負けないぐらい隊長を溺愛している様子。

 

 六大神の文化を研究している神官の話では、そういった女性のことを総じて『つんでれ』と呼ぶらしい。

 

 

 第四席次は言い寄って来る貴族達をあしらう為に、男に興味がないフリをしていたらいつの間にか二十代後半に差し掛かり、このままでは婚期を逃しそうだと焦っている。

 

 最近は優良物件の隊長を色仕掛けで篭絡しようと必死であり、その結果として色欲に濁った豚貴族が言い寄って来るという悪循環が生まれていた。

 

 

 色恋沙汰に関しては鈍い隊長だ。

 もし二人のどちらかに想いを寄せているならば、陰ながらフォローしようと考えたボーマルシェであったが、そんな彼の目論見も外れてしまう。

 

 

「……ハァ~、違いますよ。そもそも私は二人には嫌われてますから」

 

「……何故そうなるんだ?」

 

 

 理解不能であると言わんばかりにボーマルシェは困惑したが、その理由を聞かされ驚愕することとなる。

 

 

 第七席次はつれない態度が仇となり、普通に嫌われているのだと隊長に誤解されたまま擦れ違っていた。

 

 出来るだけ不快にさせぬようにと、意図的に彼女を避けていたら何故か激怒されたと隊長は不思議そうに語る。

 

 

 第四席次は職務が忙しく良い婚姻相手が見つからないなどと遠回しなアピールをするせいで、隊長が負担を掛けて恨まれているとのだと勘違い。

 

 罪滅ぼしとして出来るだけ良い縁談をと動いた結果、未婚の彼女に豚貴族達が群がるようになったのである。

 

 

(……何とも恐ろしいな。痴情の縺れで漆黒聖典が内部崩壊するぞ)

 

 

 隊長の異性に対する鈍感さに、ボーマルシェは戦慄した。

 

 セドランとはまた違ったベクトルで、女にとっての敵と言えるだろう。 

 

 

(……しかし、そうなると隊長の想い人とは一体誰なんだ?)

 

 

 交流する機会が多いのは漆黒聖典に所属する女性陣――つまり三人しか居ない。

 

 厳密に言うなら四人居るのだが、それだけは絶対に無いと言い切れる。

 

 何故なら隊長は、彼女の理不尽な暴力に晒される一番の被害者であるからだ。

 

 

「ハハハッ、もしかしたら片想いの相手は番外席次だったりしてな」

 

「セドラン、流石にそれはあり得んだ……ろ?」

 

 

 即座にセドランの妄言を否定しようとするボーマルシェであったが、隊長の反応を見て言葉が詰まる。

 

 番外席次の名前を出した瞬間、隊長は頬を紅く染め、気まずそうに視線を逸らしているではないか。

 

 言った張本人であるセドランも、予想外の反応であると言わんばかりに真顔になる。

 

 

「……おいおい、正気かよ隊長。馬の小便ぶっかけられた奴に惚れたのか?」

 

「……何か問題がありますか?」

 

「……割と問題だらけだと思うがな」

 

 

 彼女の強さに憧れを抱き、それが恋心に転じたようだが、何故、数多くの選択肢の中から番外席次を選んでしまったのだろうかと二人は思った。

 

 彼女の暴虐不尽な振る舞いは漆黒聖典の中では有名な話だし、婚姻する相手の条件として自分より強い男を求めていることも知られている。

 

 つまり番外席次に求婚する行為は、ストレス解消用の肉人形(サンドバッグ)になる事と同義。

 

 自ら死地に赴くとは、狂気の沙汰としか思えぬ恋路である。 

 

 

「……隊長さんよぉ、考え直した方が無難だぜ。見てくれは餓鬼で色気もねぇし胸も無ぇ。中身はカイレの婆さんより年上。人の両腕を気まぐれで捥ぎ取るような性格破綻者だしな」

 

「……年相応の精神的な余裕など皆無で、思い通りにならないと癇癪を起し暴れ回る。戦闘以外は一切出来ないのも致命的だ。そんな相手と家庭を築けば、待ち受ける未来は地獄でしかないぞ?」

 

 

 酷い言い様であるが、紛うことなき事実である。

 

 二人は隊長の事を思って忠告しているのだが、片想いの相手を虚仮にされれば面白くはない。

 

 隊長は爽やかな笑みを浮かべながら一言。

 

 

「――成程、二人の考えは良く判りました。今の台詞は一言一句違わずに彼女に伝えておきますよ」

 

「おい、ソレ洒落にならねぇよっ!?」

 

「……後生だ、頼むから止めてくれ」

 

 

 折角蘇ったばかりだと言うのに、再び死に戻ってしまうではないか。

 

 自らの失言を取り下げて謝罪する二人に対し、隊長はこれ以上語ることはないと言わんばかりに話を切り上げ、真剣な表情を浮かべる。

 

 

「――さてと、無駄話は此処までです。今は異変を解決する為に情報を集めることが先決でしょう」

 

 

 近くに敵の気配はなく、魔道具を用いて音が漏れぬように隠蔽しているとはいえ、此処は敵陣の真っ只中だ。

 

 油断なく周囲を観察し、いざという時に備えるべきだろう。

 

 三人はその後も魔物達を討伐しながら森の奥地へ向かい、遂に異変の発生源と思わしきものに遭遇する。

 

 

「……これは、石碑でしょうか?」

 

 

 森の一部が不自然に拓けており、其処には真っ黒な石碑のようなものが建てられていた。

 

 魔物達が石碑に群がるように屯っていたことからも判るように、異変の原因は石碑にあるのだろう。

 

 

「……駄目だな。この石碑がどういった用途で使われているのか調べることが出来ない」

 

 

 虫眼鏡のような道具を介し、石碑を観察したボーマルシェが首を横に振る。

 

 鑑定用の魔道具を用いても効果の判らぬ黒い石碑。

 

 このまま放置すれば面倒なことになるだろうが、破壊して良いものなのかも判断しかねる。

 

 

「……二人は周囲の警戒を頼む」

 

 

 このままジッとしていても埒が明かないと考えたのか、ボーマルシェは石碑に触れるが、石碑に手を触れた瞬間、彼の身体はその場から消え失せてしまった。

 

 

「なっ!?」

 

「ボーマルシェッ!!」

 

 

 セドランと隊長は驚きながらも石碑から距離を取り、互いに背中合わせになって周囲を警戒する。

 

 森の木々が風で揺れる音しか聞こえない大森林の深部。

 

 星明りで薄ぼんやりと照らされた森は不気味であり、まるで悪夢の中に迷い込んだかのような錯覚に陥ってしまう。

 

 

「「……」」

 

 

 ボーマルシェが消失してから数分程が経過し、状況は大きく動いた。

 

 鬱蒼と茂る木々をガサリガサリと掻き分けながら、得体の知れない何かが近づいてくるのだ。

 

 

「……おい、何か向こうから来るぞ隊長」

 

「……ええ、判ってます」

 

 

 セドランは両腕に装着した盾を構え、隊長は古ぼけた槍の切っ先を茂みの奥へと向ける。

 

 茂みが大きく揺れ動き、其処から現れたのは――意外な人物であった。

 

 

「……隊長か?」

 

「「……ボーマルシェ?」」

 

 

 先程黒い石碑に触れて消え失せたボーマルシェが、何故か森の奥から現れたのである。

 

 ボーマルシェの話によると、石碑に触れた後に見知らぬ場所に転移してしまったらしく、遠方に見える灯りを頼りに進んでみれば隊長とセドランに合流出来たとの事。

 

 

「……この石碑は転移の力が込められた魔道具ってことか」

 

「……恐らくはそうですね」

 

 

 稀少価値の高そうな魔道具であるが、隊長は回収せずにその場で破壊することにした。

 

 持ち運ぼうにも触れた瞬間に効果が発動するのでは持ち運べないし、この黒い石碑を介して、魔物が転送されているとするならば神都に持ち帰った瞬間、厄介なことになるかもしれない。

 

 故に隊長は手に持った槍を構えて、黒い石碑を破壊しようと試みるが、そんなタイミングで森の奥から新たな魔物が現れる。

 

 

「……何だありゃ?」

 

 

 その魔物を一言で言い表すなら触手であった。

 

 海星のようなシルエットが黒い触手で構成されており、身体の中央には赤い目玉が付いている。

 

 血走った目でギョロリと周囲を観察するその姿は、吐き気を催すような悍ましさがある。

 

 

 戦闘経験の豊富なセドランですら、このような異形の魔物は見たことがなかった。

 

 未知の魔物ということは攻撃方法や対処法も不明であり、その危険度は格段に跳ね上がる。

 

 

「……二人共、油断しないように気を付けてください」

 

 

 戦闘能力の高い隊長が二人を庇うように前に立ち、注意深く相手の出方を伺うが、そんな彼の警戒をすり抜けるようにして異変は起きた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 彼の持っていた槍が、後方から凄まじい力で引き抜かれてしまったのだ。

 

 背後からの奇襲に隊長は体制を崩し、その腕に握り締めていた槍を失い素手となる。

 

 そして隊長が握っていた槍を手にしたのは――彼の背後に控えていたボーマルシェであった。

 

 

「……おい、ボーマルシェ。何ふざけたことしてんだよ」

 

 

 唐突な仲間の裏切り行為に、セドランは殺気交じりに問いかけるが、そんな声など聞こえていないかのようにボーマルシェは懐からスクロールを取り出して使用する。

 

 

「《道具上位鑑定/オール・アプレイザル・マジックアイテム》」

 

 

 淡い光と共にスクロールが消失し、手に持った槍に秘められた効果を明らかにする。

 

 どんな強者でも跡形もなく抹消出来る世界秘宝『聖者殺しの槍』(ロンギヌス)

 

 そんな槍を手にしたボーマルシェは、口元を吊り上げるようにして嗤いだした。

 

 

『――クフッ、クフフッ、遂に手に入れたわ』

 

 

 口から漏れ出るその声は、ボーマルシェのものではなかった。

 

 年端もいかぬ少女のような無邪気さと、荒れ狂う獣のような邪悪さ。

 

 相反する二つが入り混じった歪な嗤い声が、暗い森の中で木霊する。

 

 

 此処に来て漸く、隊長は目の前の人物がボーマルシェではないことを悟った。

 

 

「……一体、何なんだお前は」

 

 

『……さぁ、私は誰でしょうね?』

 

 

 隊長の問いかけに対し、未知の怪物は嘲り笑うような台詞と共に正体を露わにする。

 

 肉体はボコボコと音を立てながら変形し、見上げる程の大きさに肥大化。

 

 黒い体毛に覆われたゴリラのような巨躯に、筋骨隆々とした腕が身体の左右に二本ずつ生えている。

 

 顔に該当するであろう部分は胴体に埋没しており、垂直に裂けた口には鋭い牙が並ぶ。

 

 黄色く濁った二つの瞳は、猫科の肉食動物のように瞳孔が縦に開いており、爛々と輝き異様な存在感を放っている。

 

 見慣れた仲間の姿が、瞬く間に異形の怪物に成り代わってしまったのだ。

 

 

「……ッ、化け物がッ!」

 

 

 隊長は瞬時に戦力差を理解し、目の前の怪物が番外席次に匹敵しうる強者だと悟る。

 

 即座にこの場から離脱しようと転移のスクロールを取り出すが、それよりも早く怪物が動き出した。

 

 

「――なっ!?」 

 

 

 巨体に見合わぬ速度で急接近した怪物は、擦れ違い様にセドランを攻撃。

 

 蠅でも追い払うような横薙ぎの一撃により、セドランの上半身は柘榴のように弾け飛ぶ。

 

 頑強な盾もをその衝撃を受け止めきれずに拉げ、武具としての役割を果たせなくなった。

 

 

「セドランッ!?」

 

 

 盾役に特化した仲間が一撃で屠られたことにより、僅かに硬直してしまう隊長。

 

 そんな致命的な隙を見逃すはずもなく、怪物は隊長の腹部に拳を叩き込んだ。

 

 

「ガフッ!?」

 

 

 力任せの陳腐な一撃であったが、桁違いの腕力で殴れば効果は絶大だ。

 

 隊長の身体がくの字に折れ曲がり、血反吐と共に夜空に舞い上がる。

 

 舞い上がった隊長の身体は重力に従い自然落下――落下地点には既に怪物が待ち構えており、固く握りしめた拳で渾身の一撃を繰り出す。

 

 

「……ぅあ゛っ」

 

 

 漏れ出るような悲鳴と共に、隊長の顔面に巨大な拳が衝突。

 

 ゴシャッという鈍い音と共に頭蓋骨が砕け散り、その中身が辺りに飛び散った。

 

 頭部を失った肉体はビクビクと痙攣し、数十秒後に動かなくなる。 

 

 拳に付着した肉片を眺めながら、怪物は面倒臭そうに呟いた。

 

 

『……人類の最高戦力にしては脆いわね。お陰で後始末が大変だわ』

 

 

 そんな言葉と共に怪物は触手のような魔物を操り、飛び散った死体や遺留品を回収してその場から消え失せる。

 

 エイヴァーシャー大森林で起こった異変は、隊長率いる漆黒聖典の失踪と共に終息するのであった。 

 

 

 

  

  

 

 

 






……謎の魔物の正体は一体誰なんだろうか?

ヒントは『大口ゴリラ』です。

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