そして今回はさすデミ回。
デミウルゴスの深読みが炸裂します。
あまりの深読みで1万2千文字近く逝ってしまった……コンパクトに文章まとめたつもりなのにぃ!
……もしかしたら前編後編で分けた方が良いのだろうか?
そして誤字修正機能便利だぁ!
あと誤字修正して下さる方ありがとぅ!
見直してるつもりでも、何かしらミス字入力があるので気付いた方ご指摘お願いいたします。
ナザリック第9階層に存在する落ち着いた雰囲気のカクテルバー。
其処では異色の組み合わせによる飲み会が行われていた。
「成程、ではぶくぶく茶釜様は、現実世界で絵物語に声を吹き込む仕事をされていたのですね」
「オオ、声ヲ創造スルトハ。
『エロゲー声優』トハ奥ガ深イ。生命創造ノ造物主デモ在ラレルノダナ」
「ハハハッ、ある意味逆かもなぁ。
俺なんて命の素を何百回も搾り取られて無駄打ちしてたし」
そんな風に品のない会話を交わしているのは、第七階層守護者のデミウルゴスに、第五階層守護者のコキュートス。
そして賓客として招かれたイチグンである。
彼らが此処で盃を交わす切っ掛けとなったのは、大食堂での交流会が発端であった。
途中までは和やかな雰囲気であったにも関わらず、最後に現れた料理長イチオシの一品料理によりSAN値が下がり、大勢の配下達の前で吐瀉物を撒き散らすという大失態をやらかしたイチグン。
彼は素直に自分の失態を皆に謝罪し、人間の肉体に憑依したせいで、自分の価値観も少し変わってしまったようだと説明。
その上で、この身体の持ち主の知人であった者が食材として出て来た為、気分が悪くなって吐き戻してしまったのだと、微妙に真実を誤魔化しながら
そんなイチグンの言い分に焦ったのが、原因となった料理を提供した料理長達と、料理を注文したルプスレギナ・エントマの二人組である。
知らなかったとは言え、アインズの賓客として招かれた相手に不愉快な思いをさせてしまった。
それだけでも厳罰モノなのに、先程自らの失態をフォローして能力を売り込んでくれた恩人に対し。恩を返すどころか、仇で返してしまったのだから。
そんな心境で怯える配下達に対し、イチグンは怒りを露わにすることなく、この一件は自分の失態であり、一切の非を配下達に問わないことを公言。
その上で折角提供された料理を吐き戻してしまったことを深く謝罪し、料理長達の料理人としての面子まで守ってくれたのだ。
その寛大なる処置に、配下達のイチグンに対する評価は鰻登り。
エントマやルプスレギナの厚い信頼を獲得することに繋がった。
実際のところはイチグンがナザリックの食卓に並ぶことを恐れ、配下達の逆鱗に触れぬよう、言葉を慎重に選びつつ弁明したに過ぎないのだが、そのような真実は一切関係ない。
過程がどうであれ、ナザリックの住民達から、アインズの賓客であるという理由以外の信頼を勝ち取ったのだから。
大食堂での食事会が終わった後、副料理長のピッキーが詫びと感謝の意味も込めて、自らが趣味と実益も兼ねて経営しているカクテルバーにイチグンを招待。
その好意に甘え、アインズとの会話を終えたイチグンがバーに向かうと。常連客であるデミウルゴスとコキュートスがその場に現れた。
ピッキーは当初、バーを貸し切りにしてもてなすつもりだった為、階層守護者である二人に対して失礼だと思いながらも、日を改めて来店して貰うように頭を下げた。
しかし、主賓であるイチグンから『酒は皆で楽しんだ方が良い』と言われ、このような異色の組み合わせで酒を飲むことになったのだ。
バーの客はデミウルゴス・コキュートス・イチグンの三人のみ。
後は世話役として傍で控えているシクススと、バーテンダーのピッキーしかこの場に居ない。
薄暗い空間に調和したシックなインテリア。惜しみなく並ぶ高価な酒に、それを提供する一流のバーテンダー。
ある種の品格すら感じさせる厳かな空間であるが、其処に一人でも品のない酔っ払いが居れば台無しである。
「イチグン様、酔い覚ましのポーションを飲まれますか?」
「大丈夫ぅ~、No Problemぅ、無問題ィ!
俺、全然酔っぱらってないかりゃシクシュシュ。
俺、酔わせたら大したもんだよぉ~!ひっくっ」
「……えっと。はい、判りました」
典型的な酔っ払いの台詞を真に受けて、差し出したポーションを引っ込めるシクスス。
当初は酒による失態を恐れ、控え目に飲んでいたイチグンだったが、そんな頑なな態度も数分が限界だった。
元居た世界では味わったことのないような美味い酒と、聞き手に徹して相槌を打つデミウルゴスとコキュートスの存在に、ついつい気分が良くなって酒が進む。
更に傍に控えていたシクススが、酔い覚ましのポーションを持っていたというのも、酒のペースに拍車を掛ける要因であった。
気分が悪くなったら酔いを醒ませば良いだけだと油断したイチグンは、差し出される酒を勧められるがままに煽り泥酔状態。
挙句の果てに酔っ払い特有の根拠のない自信で、シクススが差し出したポーションの服用を拒否し、今のへべれけな状態に陥っているのだった。
「おお、流石イチグン様は豪気な性格通り酒にもお強い。――ピッキー、イチグン様に私のオススメを」
「『デーモン・スピリタス』ですか?
かなりアルコール度数が高いですが大丈夫でしょうか」
「イチグン様なら大丈夫でしょう」
「ウム、ソノ通リダ」
無論、デミウルゴスは彼が酔っ払っていることなど百も承知だが、気分良く酔っているからこそ聞ける話もあるだろうと、徐々に会話を誘導し、自らの知らない情報の獲得に努める。
コキュートスは実直である為、裏など無いが。友であるデミウルゴスがそういうならと便乗。
絶妙のタイミングでおだてる二人組に、イチグンはますます機嫌が良くなり口が軽くなる。
イチグンの口から語られる未知の情報は、NPCである二人にとって正しく宝の山であった。
彼らの想像もしないような科学技術に、それを流用した都市開発や情報管理技術。
今まで謎に満ちていた至高の41人の会話も、彼が配下達にも判るような例えを挙げながら解説してくれる。
いつの間にかバーテンダーであるピッキーや、傍に控えているシクススも興味津々で聞き耳を立てていた。
「成程、科学技術とは思った以上に素晴らしいですね。魔法とはまた違った形で世界の法則に介入する技術。故に相手が幾ら魔法的な対策を施していようがまるで無意味。
特に情報管理に使用出来る携帯端末機は、ナザリックにも即導入すべきですね」
「開発はシズに任せたらぁ?
「成程、それは名案です。貴重なご意見感謝します」
こうして酒の席での他愛無い雑談から、ナザリックの地に本来存在しないはずの科学開発部門の部署が生まれ、その責任者にシズ・デルタが大抜擢されることになった。
デミウルゴスは酒を煽りながらも、心の中でイチグンに惜しみない賞賛の拍手を送る。
(……やはりイチグン様は素晴らしい叡智を持つ御方だ。特定の分野に関しては、アインズ様すら上回るかもしれない)
現代科学の恩恵を知らぬデミウルゴスには、イチグンの発想・機転・知識は、それ程に飛躍的で神懸ったものであった。
今まで魔法的な視点でしか見ていなかった為に解決出来なかった問題も、科学的な技術でカバー出来る見込みが出来た。
更に科学技術でカバーしきれない問題は魔法で補えるので、効率よくナザリックを強化出来るのだ。
そんな科学技術に関する話の中でも、軍務に携わるデミウルゴスが特に興味を示したのは、核兵器に関する話である。
比較的簡単に開発出来る上に、威力は超位魔法以上。
コレを量産して敵国を死滅させればあっという間に世界を掌握し、この世界を至高の主に献上出来るだろう。
そんな風に目論んでいたデミウルゴスだが、次に続くイチグンの言葉で釘を刺される。
「ただし核爆弾、テメェは駄目だ。
土壌を汚染し、大気を穢す。そんな世界に価値はない。ブループラネットさんが激怒するぞ。自然と共存するエコを心掛けるんだ」
「……ハッ、肝に銘じておきます」
危うく実行するところであったと、冷や汗を流すデミウルゴス。科学技術の軍事利用は極力控えようと心に誓うのであった。
そんなデミウルゴスとは裏腹に、陽気に酒を煽りながらナザリックを讃えるイチグン。
「科学と魔法の融合ぅ!ロマンだよなぁ!
二つ合わせて魔法科学ぅ。いずれナザリックは魔法と科学を制するのだぁ!」
「オオッ、何ト素晴ラシイッ!実ニ良キ未来デスナッ!」
プシューと興奮したように冷気を吐き出すコキュートス。
デミウルゴスもそんな彼の姿を好ましく思い、裏表のない笑みを浮かべる。
酒の席であるが故に、普段は言わないであろう本音が漏れ、嘘偽りなくナザリックの発展を望んでいることが判ったからだ。
「微力ながらこの私も、この地に蔓延る有象無象を制圧し、至高にして完璧なるアインズ様に、世界という名の宝石箱を捧げてみせます」
だからこそデミウルゴスも、己の本心を包み隠さず語ったのだが、その瞬間にイチグンの陽気な態度は一変。
何処か物悲しさを含んだ、儚げな表情で呟く。
「……アインズさんは完璧な存在なんかじゃないよ」
その言葉が紡がれた瞬間、バーに重苦しい静寂が訪れた。
・・・・・・
「……今、何とおっしゃりましたかイチグン様?」
数秒程の静寂の後、最初に言葉を発したのはデミウルゴスであった。
沸々と煮えたぎるような怒りと、一体何故だという困惑の感情。
アレほどまでにナザリックを褒め讃えていた彼の口から、許し難い発言が聞こえたからだ。
聞き間違いであってくれと思うデミウルゴスの気持ちに反し、イチグンは残っていた酒を飲み下すと淡々と語る。
「アインズさんは完璧じゃないと言ったんだ。
それどころかそこら辺にいる人間と何ら変わらない。――至って普通の存在なんだよ」
「――貴様ッ、ソレ以上ノ侮辱ハ許サンゾッ!」
その言葉にコキュートスは激怒する。
無意識に動いた副腕がバーカウンターの一部を砕き、握っていたワイングラスが一瞬で凍結する。
隣に居たデミウルゴスも額に青筋を浮かべ、持っていたショットグラスをドロドロに溶かしていた。
直ぐに隣に居る人間を八つ裂きにしなかったのは、辛うじて理性が残り、賓客としてナザリックに招かれた男を直情的な判断で殺すのを否としたからだ。
故にデミウルゴスはニコリと黒い笑みを浮かべながら、威圧するように言葉を紡ぐ
「『アインズ様がそこら辺の
私もついそんな質の悪い冗談に踊らされて、
そう言って釘を刺すデミウルゴスに対し、イチグンは苦笑するように答える。
「……冗談か。俺の今の言葉は紛れもない本心だ。存在すらしない悪の魔王を崇め奉ることこそ、俺には質の悪い冗談にしか思えんな。
盲目的な忠誠心など、逝かれた宗教と何ら変わらん」
「――ッ!!」
場を穏便に治めようとしたデミウルゴスの牽制は、鋭い言葉の刃で切り返された。
自らの敬愛する主を、これ以上ない程に馬鹿にされた。それは忠義に厚い彼らにとっては何よりも許し難い大罪である。
自らの曇りなき忠誠心を、逝かれた宗教などと虚仮にされた。それは階層守護者である二人の誇りを踏み躙る
デミウルゴスは大罪を犯した罪人に対し、丁寧な口調ながらも殺意を剥き出しにして問いかける。
「……貴方とは仲良く出来ると思っていたのですが、どうやら私の見込み違いだったようですね」
そんな殺意を真正面から受け止めても、イチグンはまるで揺らがない。
感情の起伏を感じさせぬ虚ろな瞳で、猛る階層守護者達をどこかぼんやりと眺めているだけであった。
デミウルゴスの最終通告は沈黙で返された。
つまり自らの敬愛する至高の主を軽んじている。ナザリックへの謀反の可能性があるという意味であった。
莫大な力を保有していた過去はあっても、今は力なき人間に過ぎない。
何れ力を取り戻すかもしれないが、今の彼を捻り潰すなど二人には造作もないことだ。
そしてそのような危険人物を放置しておくほど、階層守護者達は甘い存在ではない。
「……成程、それが貴方の答えですか」
「……残念ダ」
デミウルゴスはスッと椅子から立ち上がって、掌に宿った劫火をイチグンの目前に翳す。
コキュートスも何処からともなく巨大な氷の刀を取り出し、目の前の罪人の首を刎ねんと構える。
正に今、二人が動き出そうとしたその瞬間。
そんな彼らに対して思わぬ横槍が入った。
「……一体何の真似かな。シクスス?」
「……ソノ手ヲ離セ。ピッキー」
彼の後ろで控えていたシクススが、イチグンを護るように両手を広げ、デミウルゴスの前に立ったのだ。
バーテンダーとして働いていたピッキーも、その触手のような腕を伸ばして、武器を持ったコキュートスの手首を掴む。
「……イチグン様は無意味に他者を侮辱する方ではありません。この発言には何か意味があるはずです」
「……あくまで此処は酒を飲んで語らう場所。
武器を収めて席について頂けませんかコキュートス様」
守護者に逆らう恐怖に震えながらも、気丈に言い返すシクススに、普段通りの口調ながらも、手を添えたまま離そうとしないピッキー。
「「……」」
互いが睨みあったのは数秒ばかり。
意外にも先に折れたのは、階層守護者のデミウルゴスとコキュートスであった。
「……マスター、一番オススメの酒を頼むよ」
「……私モダ」
二人は内側から湧き上がる憤怒の感情を吐き出すように深呼吸すると、殺気を収めて静かに自分の席へと舞い戻る。
「畏まりました」
そんな言葉にピッキーはコクリと頷き、同じカクテルを三つ用意してバーカウンターの上に並べた。
「此方、オリジナルカクテル『ナザリック』でございます」
カクテルグラスに入った色とりどりの酒。
全部で十層に別れたそれは、ナザリック地下大墳墓を表していた。
それを受け取ったイチグンは嬉しそうに表情を緩め、口に含まずにカクテルグラスをジッと眺める。
「雪のような白に、燃え盛る炎の赤……玉石混交で綺麗だ。あらゆる種族が混じり合い調和するナザリックそのものだな。この全てを支えるグラスは、さしずめアインズさんと言ったところか」
「……随分と詩的な表現ですね」
「……悪クナイ例エダ」
そのあっけらかんとした態度と、ナザリックへの誉め言葉に、階層守護者の二人は毒気を抜かれ、心の中に渦巻いていた怒りが霧散していく。
冷静に考え判断してみると、態々友好的に接していた相手に喧嘩を売るような真似をするなど、何か裏があるとしか思えないのだ。
だからこそ二人はその言葉の裏を探ろうと思考を巡らせる。
何故、彼はあのような発言をしたのだろうかと。
ゆっくりとカクテルを飲み干したイチグンは、その疑問に答えるように静かに語りだす。
「――アインズさんは、今でこそ強大な力を持つ
「ッ、そんな馬鹿なっ!?」
デミウルゴスは在り得ないと言わんばかりに即座に反応するが、イチグンの続けて語る内容に対し、否定する材料が見当たらなかった。
あれだけ敬愛するアインズが住んでいた現実世界を、自分達はまるで知らず、アインズの出自が不鮮明であった事。
アンデッドの素材は元を正せば人間であり、アインズも元々は
異形種で人間に敵対する立場のアンデッドであるにも関わらず、人間に対しても寛大な慈悲を見せる事。
全てアインズが人間であったことを前提に考えれば、辻褄があってしまうのだ。
「俺が見た未来では、アインズさんが失敗して、些細なことで落ち込みながらも、何とか挽回しようと必死で足掻いていたよ」
決してミスをしない完璧な存在などではない。
配下達が思うような完全無欠の魔王ではないのだとイチグンは語る。
アインズだって悩みもするし、喜びもする。
だからこそ配下達とすれ違い、判らないことだってあるのだと。
「そんなアインズさんは、現実世界では常に一人で孤独だった。
そんな孤独を埋めてくれる場所がナザリック地下大墳墓であり、至高の41人だったんだよ」
誰もが知っている栄光の思い出。
このナザリック地下大墳墓を創り上げた41人の偉大なる創造主達。
1500人にも及ぶ侵入者を迎撃した防衛戦は、ナザリックの配下達にとって決して色褪せることのない伝説となっている。
それを率いるアインズこそ彼らを導く絶対的な支配者であり、決して輝きを失う事のない、天に輝く太陽そのものであった。
「――だが、そんなナザリックも時が経つにつれ、一人、また一人と仲間達が居なくなり、遂に彼は一人になった。……この広い墳墓で現実世界と同じく孤独に過ごしたんだ」
己の過去と重ね合わせるような寂しい独白。
空のグラスを眺めながら失笑するイチグンに対し、コキュートスは堪え切れなくなって吠えた。
「何故ダッ!?アインズ様ハ決シテ孤独ナドデハナカッタッ!!
私ガ、私達配下ガ常ニアインズ様ニ付キ従ッテイタハズダ!!」
孤独を感じれば、皆が付き従いアインズを讃えた。なのに何故、自らの主が孤独に過ごしたなどと言われるのか意味が判らない。
そんな混乱と悲哀の渦中に居るコキュートスに対し、イチグンは残酷な真実を突きつける。
「……本当にそうなのか?
君達はアインズさんに話し掛けられた時、ちゃんと会話が成立していたか?
ナザリックの外で活動するアインズさんを、何故追いかけようとしなかったんだ?」
「――――ッ」
その言葉を聞いたコキュートスは、頭が真っ白になった。
自分の記憶では、主に話し掛けられても沈黙で返答していた。
会話は常に一方的であり、配下同士の意志疎通は出来ても、配下と主の間での意思疎通が出来なかった。
それどころか、特定の言葉でなければ創造主の命すら実行せずに無視していたし。主が配下すら連れずに外に赴くのを、当たり前であると認識していた。
まるで無理矢理事実を捻じ曲げられ、存在しなかったものを、然もあるもののように造られた不自然さ。
その悍ましい違和感に、コキュートスは気が付いてしまったのだ。
「馬鹿ナッ!!チガウッ!!コンナノハ私デハナイッ!!」
「……頼むから落ち着いてくれコキュートス。私も同じ気持ちなのだから」
コキュートスだけでなく、デミウルゴスもその話を聞いて憔悴している。
それほどまでに衝撃的で、目を背けたくなるような真実であったからだ。
そんな荒ぶる階層守護者達の心を落ち着かせるように、イチグンは柔らかな口調で二人に問いかける。
「……仕方ないさ。それがユグドラシルのルールだった。今はアインズさんに自分の意志で仕えることが出来るんだから問題はないだろう?」
その問いかけに対し、デミウルゴスとコキュートスは落ち着きを取り戻し、コクリと静かに頷いた。
そうだ、何の問題もない。
至高の主に仕えることこそ、自分達の存在意義であり全てである。
ならばより近くで仕えることが出来るようになった今の状況を喜ぶべきだ。
そんな些末な真実よりも問題であるのは、従えるべき配下達の存在しないナザリック地下大墳墓で、敬愛する主が長い年月を1人きりで過ごしたという事実である。
「……きっと寂しかっただろうな。アインズさんは」
ギルド拠点を維持する為に、一人外の世界で淡々と金を集める日々。
返事は返ってこないと知りつつも、つい配下達に話し掛けてしまうぐらいには人恋しさに飢えていた。
だからこそ異世界に転移し、仲間の面影を残す配下達が、自分の意志を持って動き回っていたのが嬉しかった。
ナザリック地下大墳墓は、決して過去の遺物などではない。
今も尚、輝きは失われずに其処に在るのだと。
「だから彼は君達のことを、我が子のように大切に思っているし。君達を失望させない為に、理想の魔王を演じ続けるだろう。
――例え己の感情を殺すことになったとしてもだ」
「「――――ッ!?」」
イチグンの言葉を聞いた4人の配下達は、心臓を鷲掴みにされるような恐怖を覚えた。
自らの勝手な崇拝や忠誠心が、敬愛する主の人格を破壊すると言い渡されたのだ。
勝手にアインズを評価し、そうであると決めつけ理想の姿を押し付ける。
それは最も理解とはかけ離れた在り方である。
それでは本当の意味で、アインズを支える配下には成り得ない。彼の弱さを全て受け入れた上で、至高の主として認めてあげて欲しい。
イチグンはボロボロと大粒の涙を流しながらそう語ったのだ。
「――俺の大切にしていたものは、あの日全て消えてしまった。
でも、アインズさんにはナザリックがある。慕ってくれる配下達が居る。ナザリックこそが彼の心の拠り所なんだ。
でもそんなナザリックを守る為に、彼が心を無くしたら意味がないだろ。偽り続ける彼の姿こそが、君達の望む主の姿だと言うのならそんなものは糞喰らえだ。
――だから頼む。アインズさんを理想の魔王なんかにしないでくれ」
そう言い終えたイチグンは、バタンと机に突っ伏すように崩れ落ちる。
トロンとしていた瞳は閉じられ、暫くするとスースーと心地良さそうな寝息が聞こえて来た。
「「……」」
とり残された配下達は、皆無言で俯いていた。
配下達の心の中では様々な感情が渦巻いていたが、たった一つだけ皆が同じ思いを抱いていた。
それは自分自身への純粋な怒りである。
何一つとして主の気持ちなど判っていなかった。いや、判ろうとすることを完全に放棄していた。
ただ至高の主に尽くせることに狂喜して盲目的になり、その盲目的な忠誠がアインズの心を壊してしまうところだった。
「……今日ほど自分の無能さに苛立ちを覚えた日はない。死して尚、償えぬ程の大罪を背負うところだったよ」
デミウルゴスは、自らの腕に鋭い爪を喰い込ませながら苦悶の表情を浮かべる。
一歩間違えれば、真意を確かめる前にイチグンを殺していた。アインズを盲目的に崇拝し、その心を壊すところであった。
大罪人は彼ではなく、浅はかな自分自身だったのだと。
「……スマン、ソシテ感謝スル。シクスス、ピッキー」
コキュートスも同じ気持ちなのか、拳を砕けんばかりに力強く握り締めながら、二人の部下に対して深く頭を下げた。
ピッキーはペコリと会釈し、新たな酒を用意し。シクススは悲しそうな表情を浮かべながら、首を横に振って自らの罪を告白する。
「……私もイチグン様とアインズ様の会話を聞いていなければ、きっとお二人と同じような対応をしていましたから」
シクススは瞳を潤ませながらも淡々と語った。
偶然聞いてしまった、アインズとイチグンの会話の全てを。
イチグンがユグドラシルとは違う世界で、アインズと同じようにギルド長として活躍していたこと。
誰も居なくなったギルド拠点を一人で防衛し、何れ戻って来るだろうと仲間達の帰還を信じて、気の遠くなるような年月を孤独に苛まれながら過ごしたこと。
「……嗚呼」
デミウルゴスの宝石のような瞳からツゥーと涙が零れ落ちる。その物悲しい彼の姿に、アインズの姿を重ね見てしまったからだ。
まるで写し鏡のように同じ境遇を持つ支配者達であったが、彼らの間には決定的な違いがあった。
アインズには救いがあり、イチグンには救いがなかったのだ。
手酷い言葉と共に裏切り、誰一人として戻らなかった仲間達。
それでもたった一人残った配下の為に、滅びゆく世界に残ることを決断したイチグン。
そして世界が終焉を迎えたと同時に、彼の築き上げた全ては消えた。
吸血鬼としての莫大な力も、共に孤独を歩んだ大切な配下も、目も眩むような金銀財宝も、世界を揺るがす程の力を秘めた道具や武器も。
地位や名誉や嘗ての思い出の残滓すら、全て綺麗に消え去ってしまったのだ。
「……だからイチグン様は、アインズ様が羨ましいと言っておりました。失ってしまった自分には取り戻せない全てが此処にあるから。
そんなナザリックが羨ましくて堪らないのだと」
「「……」」
それを聞いた他の三人は、言葉を発することが出来なかった。
その時のイチグンの心境を考え、掛けるべき慰めの言葉が見つからなかったからだ。
語り終えたシクススはペコリと小さく一礼をした後、バーカウンターに突っ伏しているイチグンを慈しむように両腕で抱え上げて、その場を後にした。
「「……」」
残された階層守護者の二人は、ピッキーから差し出される酒を淡々と煽る。
今日だけは酒に酔いしれて、愚痴を零したかった。自らの犯した罪を嘆きたくて。
今だけは酒に酔いしれて、至高の主以外の存在を讃えたかった。悲しくも誇り高い、もう一人の支配者を。
「……偉大ナ御方ダ。力ヲ失ッタ人ノ身デ在リナガラ、我ラ守護者達ニ屈スルコトナク、教エ導イテクレタ――モシヤ、コノ未来スラ視通シテイタノダロウカ?」
「……いえ、それは無いでしょう」
デミウルゴスは
そしてそんなデミウルゴスは、イチグンの話を聞いた時に多少の違和感こそあったものの、嘘や悪意はないと判断していた。
だからこそ彼は、最初からイチグンに対して好意的であり、ナザリックの勢力として取り込もうと動いた。
嘘偽りのない言葉だからこそ、先程のイチグンの言葉はデミウルゴスの心に響いたのだ。
「でもあの御方はたった一つだけ嘘をつかれた。
余りにも優しくて、残酷な真実を隠した嘘をね」
「……ソノ嘘トハ?」
「――ハハハッ、本当に私達にとっては認めがたい事実さ。『アインズ様の未来が読めなかった』という嘘だよ」
デミウルゴスが違和感を感じたのは、イチグンが自分が先に起こり得る出来事を垣間見ることが出来る。――そう語った時であった。
その力が使えないと言う部分は紛れもない真実だったのに、『力不足でアインズの未来を見通せなかった』と語った所は、嘘と真実が絶妙に織り交ぜられていたのだ。
先の会話で、イチグンが未来を見通す力を保有していた事実は確認済み。
故にデミウルゴスは、そんな嘘を織り交ぜる意味が判らなかった。
だが今の会話を聞いたからこそ判る。
彼はアインズの未来を見通していたのだ。
――始まりから終わりに至るまで、全てを余すことなくだ。
「つまり、それがどういう意味か判るかい?」
「マサカッ!?」
「……そう、誠に度し難く許し難いことだが、アインズ様がこの世から消滅していた未来も在ったということだよ」
死を超越した不死者の王。
たった一人この地に残った至高の存在であるアインズがこの世から消える。
不滅のアンデッドである以上、寿命や病気などの自然死は在り得ない。ならば誰かに殺されたと考えるのが妥当である。
「もしアインズ様が滅びるとするなら、要因は何になる?」
現地の戦力を踏まえると、ナザリックとの戦力差は絶望的なまでに開いている。
自らの主が、この世界の者達によって滅ぼされるなどまずあり得ないだろう。
ならばこの地にやって来た他のプレイヤーだろうか?
可能性は無くもないが、ナザリックの総戦力を以てすれば迎撃も駆逐も容易いはずだ。
故にデミウルゴスは辿り着いた。
それだけは絶対に在り得ないと思っていた答えに。
「……アインズ様を殺したのは、恐らく私達配下だ」
そのデミウルゴスの言葉には、妙な説得力があった。
アインズを傷つけることの出来る存在など、この世界には配下もしくは自分自身しかいない。
配下がアインズを傷つけるなど論外であるが、もしアインズの心を配下達が知らぬ内に追い詰め。死に救いを求めてアインズが自殺を図ったとしたなら?
それは何よりも悍ましく最悪の未来である。
自らの仕えるべき主を、自らの愚行で失ってしまうのだから。
仕える者の居なくなった世界など、最早何の価値も見出せないだろう。
つまり、ナザリックは内部崩壊するのだ。
だからこそ、そんな未来を垣間視たイチグンは運命を変えようとした。
自らの命を賭してでも、守護者達の考えを改めさせようと啖呵を切ったのだ。
そう熱く語るデミウルゴスに、コキュートスは疑問を抱く。
「……何故イチグン様ハ、直接我々ニソウ忠告シナカッタノダ?ソウスレバ、コノヨウナスレ違イナド生マレナカッタハズダ」
「では、逆に質問しましょうコキュートス。
素直にそう言われて、『はい、判りました』などと信じましたか?」
「ッ!?」
そう言われたコキュートスはハッと気づく。
信じなかった。
否、信じようとしなかっただろう。
自らの敬愛する至高の主を、自らが手にかけるなどあってはならない謀反。
寧ろ激怒し、自らの忠義を疑われたと相手に激しい殺意を抱いたはずだ。
そうなれば最早、聞く耳など持てない。
間違いなくコキュートスは、彼の敵対者となっていただろう。
「……だからこそイチグン様は、愚かな我々の認識を変える為に、自らの命を賭けたのです。
未来も見えない暗闇の中、場合によっては殺されると知りながらも」
「……オオオオオッ!」
コキュートスはその気高くも勇ましい心と、慈愛に満ち溢れた行動に吠えた。
その在り方は形が違えど、コキュートスの目指す武士そのもの。
余りにも偉大な存在に、コキュートスの鼓動は熱く脈打ち、敬意の感情が溢れ出て、地を揺るがすような咆哮となったのだ。
「そんなイチグン様の心意気に対して、私達は誠意と働きを以て答えなければ不義理だとは思わないかい?」
「無論ダッ!」
「あの御方が、新たなる至高の御方としてナザリックに永住し。名実共にアインズ様の親友となられたら、実に素晴らしいとは思わないかい?」
「オオッ!」
コキュートスとデミウルゴスは、その心踊る未来予想図を思い描いて頬が緩んだ。
イチグンという男に心酔した二人組は、新たなる酒で満たされたグラスを手に取り、示し合わせたように互いの器を重ね音を奏でる。
「ナザリックに栄光あれ」
「ナザリックニ栄光アレ」
チンッと澄んだ音がバーに流れ、炎の
こうして階層守護者達の長い夜は更けていくのであった。
イチグン「――あれ?俺もしかして酔っ払って死に掛けた?」
酒は飲んでも呑まれるべからず。
尚、イチグンの記憶は酒に酔っていた為、前後不覚になって朧げである。
デミウルゴスとコキュートスは酒ではなく、雰囲気に酔っていた模様。