機動戦士ガンダムY’s   作:もみもみじ

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第一話:幸せ

 昔、一つの戦争が終わった。長く続いた戦争は、様々な被害を残していった。食料問題を筆頭に、人口の低下、特に戦災孤児の増加が大きな問題となった。

 戦後の地球は荒れ果てていたが、戦時のMS(モビルスーツ)などが健在で、復興には手間がかからなかった。しかし、それと共に、紛争にMSが使用される機会が増え、政治的に収拾がつかない問題が増えていった。

 そして遂に、反乱軍が生まれてしまった。彼らはA・GAIN(エイゲイン)と名乗り、地球の政治を治めていた地球共同連邦へ攻撃を仕掛けた。勿論のこと、地球共同連邦は抵抗した。軍隊を行使し、戦いすらを治めようとした。 しかし、戦いは日々激化する一方。遂には、全面戦争までに発展した。

 

 

 

 

「南方、アーキ・サイト部隊全滅。部隊からの通信による、新型機は未確認」

「アーキ・セイバー部隊、増援部隊として移動開始」

 様々なアナウンスが聞こえてくる指令室の、その隣にあるMS調整室にその男はいた。その男は場違いな雰囲気をかもし出しており、ラフな格好でMSを調整している調整員達を見ていた。

 そんな彼に、調整員の一人が申し訳なさそうに頭を下げながら、

 

「すみません。新型MSの完成、まだなんです」

 

 と、ため息混じりで言った。それに対し男は、

 

「いいぞ、いいぞ。出撃時に使えればいいからな」

 

 と、調整員の背中を叩きながらそう返した。顔には笑み。少なくとも、厳格な印象はない感じだ。

 しかし、ふと男は真剣な顔になった。

 

「こいつ……Y’sだったな。Y’sには、特徴となる新機能、新兵器が搭載される予定らしいが、どうなんだ?」

 

 それを聞いた調整員は、手に持っていた複数の資料から4枚ほど取り出して、男に見せた。

 

「基本装備のビームライフル、ビームサーベルに、右手に搭載されている、レールガンを応用発展させた兵器、ビームグィフト。あと、本機の名前の由来となっている、予知成長型人工知能、Y’sシステムも搭載していますね」

「ふぬ……」

 

 男の顔は真剣なまま目を閉じた。そして、目をつぶりながら口を開く。

 

「Y’sシステムとは、どういう物なんだ?」

 

 すると、調整員は彼の側にまで行って、小さな声で説明し始めた。

 

「ここだけの話、Y’sシステムはまだ未完成なんですよ。機能的には問題ないんですが、人工知能が……」

「もういい。大体把握したさ」

 

 男は調整員に資料を渡し、笑みを浮かべた。調整員は不思議に感じたが、何も言わなかった。

 

「じゃ、そのY’sというやらに会いますか」

 

 男がそう言うと、調整員も頷いて、彼を誘導していった。

 

 

 

 

「ちょっとは見せてくれたってはいいだろ!」

「ダメだって。部外者は、立入禁止!!」

 

 男たちが向かった先に、何やら揉め事をしている二人がいた。一人は調整員であるのが解るが、もう一人は、ボロボロの服を着た少年だった。と言っても、十代半ばぐらいで、その目には明確な意思を持っていた。

 

「どうした?」

 

 男を連れてきた調整員が、揉めている調整員に話し掛ける。揉めている調整員は、面倒臭そうに少年を抑えながら応える。

 

「こいつ、Y’sを見たいらしいんだが、許可なく見学させるわけにはいかない、と言ってるのに帰ってくれないんだ」

「いいだろ! こっちは、何の楽しみもなく生きてんだ、少しの楽しみぐらい、楽しませろよ!」

 

 男はそれを聞き、彼が戦災孤児だということに気がついた。この近辺には、街がない。あっても、この間の戦いで廃墟と化した街しかない。そこから来たというなら、追い返す意味もないのではないだろうか。

 彼は元より、子供には甘かった。それは彼自身でも解っていたことであり、親しくしていた戦友にも言われていた。

 

「まぁ、いいじゃないか」

 

 その男の言葉に、二人の調整員が一瞬反論しようとしたが、彼がそのY’sの本パイロットであることを思い出し、言うのを止めた。その二人を見て、男は少年に、

 

「見ていいぞ」

 

 と、一言だけ言った。すると少年は目を輝かせ、Y’sの空色に塗られたボディを下から見ていく。

 調整員は呆れて、二人共自分の持ち場に戻っていった。そして、少年と男とY’sが残った。

 

「こいつ、動くのか?」

 

 少年が、唐突に聞いてきた。男は、返答に困った顔をしたが、すぐに笑みを浮かべて、

 

「動かなくはねーよ。まっ、まだ俺も動かしたことはないけどな」

 

 と、正直に応えた。

 少年は残念そうに、そっか、と言った。

 

「お前、名前なんて言うんだ?」

 

 男は、ふと少年の名前を聞きたくなった。理由は特にない。だが、とりあえず聞きたくなったのだ。

 少年は、Y’sを見ながら、呟いた。

 

「ケイ・コルト」

 

 そこから、少年と男の関係が始まった。

 

 

 

 

 その日から、コルトは男の元へ来るようになった。そして、Y’sを見ながら会話をする。その内容は、様々なものだった。

 

「こいつには人工知能が搭載されていてな。こいつの名前がY’sってから、この機体名称もY’sってなったらしいぜ」

「こいつは今、動いてんのか?」

「いや、まだらしい。実践投入時に、許可が下りるそうだ」

「許可が下りないと、使えないんだな」

「そうだ。ひでぇだろ。専用機なのに、上からの許可なしじゃ使えないんだぜ」

 

 ある時は、搭載されている人工知能、Y’sの話を。

 

「お前。どこ住んでたんだ?」

「中立国、アーケスだよ。今や、ただの廃墟だけどな」

「あそこか……。あそこには行ったことはなかったな」

「行ったこと?」

「俺、昔はこれでも旅人だったんだぜ。MSがまだ運搬用にしか使用されていない時代からな」

「歳、いくつだよ」

「38だな」

「独り身か」

「へんっ! 子供に心配されるほど、何も考えていねーわけじゃねーよ」

「…………」

「おい、黙るなよ。てか、そんな目で見んなよ!!」

 

 ある時は、互いの過去の話を。

 

「俺。将来、MS乗りになりたいんだ」

「ほぉ~。んで、どうしたいんだ?」

「どうしたい、か……。そっから先は、何も考えてないな……」

「ノープランは失敗の元だぞ。先を見ろ、先を」

「戦災孤児に、未来を見ろと?」

「あぁ、見ろ。今は暗くても、いつか明るくなるときが来る」

「……カッコイイことを言ってるつもりだろうけど、微妙だからな」

「おいおい。励ましぐらい、正直に受け取れよ……」

「まぁ、受け取っておくよ」

 

 またある時は、未来の話をした。

 

「そういえば」

 

 コルトがふと、何か気になったようで、男の目を真っ直ぐに見つめながら聞いた。

 

「あんたは昔、どんな未来を見てたんだ?」

 

 その質問に、男は生えている髭を弄くりながら、真剣に考える。男にしては珍しく、長い時間考えていた。

 

「そうだな……。みんなが幸せになってほしかったんじゃねーかな」

「テキトーだな」

 

 コルトは苦笑いを浮かべる。しかし男は、真剣になっていた表情を崩さなかった。

 

「ノープランだった。だから俺は、昔見た夢の逆の立場に立っている」

 

 その言葉の真意を、コルトは理解できなかった。それは、男の今の状況を理解できていなかったからだ。彼が思い描いた未来。みんなが幸せになる未来は、彼自身が壊していると言っても過言ではないからだ。

 

「お前は、幸せになれよ」

 

 男は、コルトの頭を撫でながらそう呟いた。少年は、気を悪くしたのか、頭を振って男の手を払った。

 

 

 

 

 そうやって、彼らは少しずつ関係を深めていった。調整員達は、外部からやって来る少年に好印象は持てなかったが、男があまりにも可愛がるため、それ以上の追及はしなかった。

 しかし、男が教えているY’sに関しての情報については我慢ならなかったようで、何度も何度も彼にそれに関する会議が行われた。

元々、ガンダムという新型機でもあり、人工知能とパイロットの併用の初導入機でもあるのだ。こんなものが、敵側にバレてしまったら、たまったものではないのだ。

しかし、彼自身の答弁の筋が通っていることと、戦災孤児の配慮を考えていたこの区域の担当者がそれに乗ったため、軍法裁判までには至らなかった。

 そういうこともあり、コルトはいつも通り彼の元にやって来た。

が、とある日、コルトはいつもとおかしい状況に気がついた。

 

(……こんなに酷かったか?)

 

コルトは外壁を見て呟いた。元々、立地条件が悪かったりしたのでガタが来ていたと感じていたが、しかし、ここまで酷くなかったはずだ。特に彼の場合、毎日来ているので、小さな変化は判る。

 コルトは、嫌な気がしてきたので急いで彼の元に向かった。しかし、入ろうとした瞬間、謎の砲撃によって壁が壊され、瓦礫が落ちてくる。

 

「くそっ!」

 

 彼は一旦退き、別方向から内部へ入る。いつもなら、悪態をついてくる調整員たちが、誰一人いない。そして、先ほどの砲撃。

 

(緊急事態、ってことか?)

 

 コルトは思わず舌打ちしてしまう。戦災孤児である彼にとって、ここは家とは呼べないにしろ、大事な場所には変わりなかった。何より、自分のわがままを通してくれた、あの男が大丈夫か心配であった。

 

「おっさん!」

 

 コルトは、大声であの男を呼びながら走る。だが、反応はない。彼はとりあえず、Y’sがいる場所へ向かった。

 

「くっ……」

 

 道中、調整員だったであろう人たちが、血を出して死んでいる姿を何度も見かけた。宙に手を伸ばし死んでいった者、人の手を握って死んでいった者、大切な機械を守るように覆いかぶさり死んでいった者……。種類は様々で、どれも惨い死に方をしていた。

 

(畜生……)

 

 彼は、死んだ人の群れの中を走るのは初めてではない。昔、彼が被災した時も同じ状況に陥った。周りは死人だらけ。色は血の赤だらけ。

 

「くそっ……!」

 

 あの時のことを思い出してか、彼は悪態をつく。だが、逃げ回っていたあの時と違い、今は目標となる人がいる。

 

「おっさん!!」

 

 せめて、あの人だけでも……

 彼はそう思いながら、建物の内部を走る。幸い、大きな瓦礫が少なかった。

 そして、あのスカイブルーの配色の機体を見つける。

 

「おっさんっ!」

 

 そして、その機体の目の前に彼を見つけた。Y’sの正式パイロットであるあの男をだ。

 しかし、その姿は……

 

「おっ……さん……」

 

 下半身が引きちぎられていた。地面には大量の血が、その先を見ると、瓦礫に埋もれた彼の下半身があった。

 男はコルトを見つけると、苦しい顔をしながらも笑顔を見せた。

 

「おぅ、コルト……。俺、やべぇわ」

 

 口から血が出る。だが、彼は笑みを崩さなかった。

 

「まともにY’sも見れねぇ……。こりゃ、MSパイロット、引退だな」

「そんな冗談……言えんなら……大丈夫、だよな……?」

 

 コルトの目から、大粒の涙が垂れる。嗚咽も出てきた。男は、それを血まみれでも手で拭う。

 

「泣くなよ……。お前は……MSパイロットに……なるんだろ?」

「あぁ。なるよ。なってやるよ! だから、あんたは生きてくれよ! 俺に教えてくれよ……」

 

 コルトの口から、これまで言わなかった心の内が出てくる。彼の頭に、男との思い出が次々と現れ、流れるように消えていく。

 男は、そんな彼を見て、何かを決心したかのような顔で、途切れ途切れになりつつも彼に伝える。

 

「Y’s、に乗って……逃げろ。こ、こから、早く。お前に、口では教えたはずだ……」

「何でだよ。あれはあんたの機体だろっ! あんたが乗らねぇと、意味ねぇじゃねぇか!!」

「じゃ……言っておく……。ケイ……コルトっ!!」

 

 男の大声に、コルトの嗚咽が止まる。そして、彼は男の、パイロットとしての彼の顔を見た。

 

「今から……お前を、Y’sの本パイロットとして、任命するっ!」

 

 その顔には、幾度も戦場を駆け抜けてきた男のプライドがあった。最後に、男は、赤く染まった手を空に向けて伸ばす。

 

「コルト」

 

 その言葉には、全てのやるべきことを終えたことによる安堵が存在していた。

 

「なんでY’sが、スカイブルーなのか、教えてやる。俺はな、空が好きだった。空は無限だ。無限の可能性がある。誰もが、夢を見る。だから、俺はこいつを、空色に染めた……」

 

 男の言葉に、コルトは死期が近いことを悟った。だが、何も言わず、彼の話を聞く。

 

「コルト。お前は生きろ。そして、幸せを……掴め! 夢を叶えろっ! 俺が、できなかった分まで、な」

 

 彼はそう言う。同時に、手がだらしなく落ち、地に落ちる。

 

「じゃあな、コルト。幸せを、掴めよな……」

 

 そして。男の意識も消えた。心臓からの音は途絶え。熱がなくなり、目を閉じ、笑みを浮かべながら死んだ。

 コルトは黙ったまま、Y’sのコックピットまで歩く。そして、幸い壊れていなかった階段を上り、コックピットに乗り込んだ。

 しかし、Y’sは起動しない。

 

「Y’s」

 

 彼は呟く。

 

「俺は、託された。お前の本当のパイロットから。名も知らない、あの人からっ!」

 

 機械は沈黙している。だが、彼は、それでも続ける。

 

「幸せを掴めだとよ……。戦災孤児の俺に。戦災孤児の俺にっ!」

 

 幾つか、機械から光が漏れ、動き出す。だが、彼はそれでも続ける。

 

「最初の頃の俺だったらバカにしたかもしんねぇ……。でもよ、判ったんだよ。俺でも判ることだった。幸せになっていいんだって。何もかも失った俺に、あの人は希望をくれたんだ」

 

 メインモニターが起動し、視界が開ける。瓦礫で埋め尽くされた世界が見える。だが、彼はそれでも続ける。

 

「この間、帰る途中に聞いた話だけどよ、あの人、俺をMSパイロット訓練に参加申請をしてくれてたんだ。あの時のお礼、まだ言ってねぇ……。言えずに終わっちまった」

 

 そして最後に、メインモニターの下にあるマザーコンピュータから、緑色の髪をした少女のデータが現れる。そのデータは、まるで生きているように口を開き、彼に問いかける。

 

『アナタガ、私ノ操縦者、デスカ?』

 

 優しい、しかし機械のように冷たい声に、コルトは一度目を伏せ、そして見開いた。そこに、涙はない。あるのは、男が少年に残した、血のあとだけだ。

 

「あぁ、ワイズ! 俺は、人工知能搭載型M2、Y’sのパイロット、ケイ・コルトだっ! 行くぞ、あの人の意志と一緒にっ!!」

 

 彼は、横に設置されていたレバーを勢いよく引っ張った。Y’sが、背中のバーニアを噴射させ、一瞬宙に浮く。

 

「幸せを、掴むためにっ!!」

 

 別のレバーに握り替え、Y’sの体勢を整え、大地に立った。

 

 

 

 これが、ガンダムY’sとケイ・コルトの物語の始まりである。

 




【次回予告】

破壊された施設の中、コルトは空色のMSを駆る。
その先に見えるのは、A・GAINのMS、ホッペントと赤色のMSだった。
コルトは怒りと共に、操縦桿を強く握り、そして……

次回、機動戦士ガンダムY’s『赤色』
コルトは、それが何に見えるのか。

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