今、僕の目の前には跪いた双子がいて、まさに忍びの地図を僕に託そうとしている。
タイムリープした?
しかも前回と同じ場面に戻った?
今まで何回もタイムリープをしてきたが、同じ場面にもどったことはない。
どこかで選択を誤ったのか?それに、さっき死んだのはシリウス・ブラックだ。僕はあいつを助けたいなんて思ってないぞ。
落ち着け、さっきの世界のことをしっかり考えるんだ。
シリウス・ブラックを殺したあの禿げた男は一体何だったんだ。最初はシリウス・ブラックを捕まえに来た闇払いかなんかだと思っていたが、言っていたことを考えるとどう考えても闇の陣営だった。ハリー殺そうとしたし。
だとすると、なぜシリウス・ブラックと争っていたんだ?仲間割れか?
そう言えば聞いたことがある。シリウス・ブラックは闇の陣営から恨まれているって。シリウス・ブラックが例のあの人にハリーのことを教えたせいであの人は死んだ。つまり、間接的に闇の陣営衰退のきっかけを作ったやつだから、あいつは死喰い人たちに命を狙われている。だから望んでアズカバンに入ってるって。
多分あのハゲも闇の陣営で、何かミスを犯したんだろう。それを取り返すためにハリーを殺しにきたが、そこでシリウス・ブラックを発見した。そこで彼は過去の恨みを晴らす為に殺害を決行した。
うん。辻褄は合うな。
もしかしたら、今年最初の世界では、僕の知らないところで、あいつがハリーを殺したんじゃないか?だから目の前で誰も人が死んでなかったのに、タイムリープしたとか。
バックビークの死を見ても戻らなかったし、やっぱり動物の死だと戻らないって考えるのが妥当だろう。
だとしたら、ハリーは今年、2人から命を狙われてることになるな。
そこまできたら、ハリーに忍びの地図を渡すべきなんじゃないか?
忍びの地図は最高の自衛アイテムだ。ホグワーツにいる人の情報が手に取るように分かる。たとえ潜んでいたとしても、透明になっていたとしても地図上には反映される。極論をいえば、常にこれを見ながら歩いていれば、危険人物に急に襲われることはない。
そしてなにより、ここに戻ってきたということは、やっぱり忍びの地図がキーアイテムなんだろう。今年最初の世界ではこれを僕がなくしたから、二回目の世界のときにこの時間に戻ってきたのかと思っていたけど、多分それは間違いだ。
ここで僕が受け取る事自体が間違いなんだ。ハリーに渡すように促すべきだ。なんで戻ったのかはわからないが、戻ったことにはきっと意味があるはず。ここで正しい選択をすればきっといい未来になるはずだ。
「その地図、僕より持つのにふさわしい奴がいるよ」
地図はハリーに渡った。
わざわざあんな仰々しい準備をしてまで僕に託そうとしてくれた双子には、受け取りを断って申し訳ないと思ったが、2人はハリーにならこの地図を託せると笑顔で首肯してくれた。
だが結局、前回と同じような使い方をすることになった。つまり、それを用いてこっそりホグズミード村にいったり、夜中徘徊したりだ。
常日頃からいたずらをしまくり、フィルチから逃げてる双子と違い、僕たちは基本的には後ろめたいことはないから常備する必要はないのだ。
使い方に関して前回と違うことは、ハリーが一人で地図をみることが多いということだろう。前回は僕が管理していたので、基本的にハリーが一人で使うことはなかった。シリウス・ブラックが校内に潜んでいるとするなら、ハリーはすぐに見つけてしまうだろう。
そのままあのハゲの名前でも見つけてくれればいいんだけどな。名前わからないけど。
そしてあれよあれよと言う間に、一回目の世界で僕が地図をなくし、二回目の世界でスキャバーズを誘拐された日がきた。今度はどんな変化があるかと思いきや、寝込みをシリウス・ブラックに襲われた。
正確には、ベッドのカーテンを引き裂かれただけだが、僕が思わず大声を出していなかったら、本当に殺されていたのかもしれない。さすがに命の危険を感じ、しばらく心臓の鼓動が速まったままだった。
まさかいくらなんでも僕を直接襲おうとするなんて思わないだろう。だが、今にして思えば、ハリーと間違えたのかもしれない。同じ部屋だし、ベッドにはカーテンがかかっていて外からでは、誰が寝てるのか分からないようになってるからね。
ここまできて確信した。忍びの地図を盗んだのも、スキャバーズを盗んだのもあいつだ。でも、一体どうして?
今までのことを考えると、シリウス・ブラックのなかでのハリーの優先度が低い気がした。地図があったらそれを持って帰り、スキャバーズがいたらそれを連れ去ろうとする。そのどちらのシチュエーションでもハリーはそこにいたにも関わらずだ。
シリウス・ブラックは、一体何を考えてるんだ?
ちなみに、僕はその後しばらく、シリウス・ブラックに襲われた話をみんなにするだけマシーンと化していた。今までこんなにみんなが僕の話を聞いてくれたことは無いので、少しだけ気持ちが良かった。
また、それからしばらくして、ハリーは不審な人物の名前を見つけた。ピーター・ペティグリューだ。だが、ペティグリュー自体を見つけることは出来なかった。地図上ですれ違っても、現実では人っ子一人通らなかったのだ。
ピーターはすでに死んでいるはずだ。シリウス・ブラックが彼の殺人の罪で投獄されたのだから。地図にもミスがあるのかと、少しばかり信用性が下がったな。
ルーピン先生に地図を没収されてしまったので、もう探しようはないが、もしかしたらこのペティグリューの存在がシリウス・ブラックについて何か鍵を持っているのかもしれない。
念のためペティグリューについて調べてみようかな。
スキャバーズについてだが、前回に引き続き、いや、前回以上にぼくは守った。何度も彼が痩せて弱っていくところを見ているうちに、次第に情が湧いてきたのだ。常にカバンやポケットの中に入れ、なるべく安心できる環境を作ってあげ、持ち運ぶようにした。
だが、それでもクルックシャンクスはスキャバーズを狙うのだ。前回のことから、クルックシャンクスがシリウス・ブラックとつながっていることはわかっていた。相手が悪の手先だということを免罪符に、僕はスキャバーズを守るために多少手荒なことをすることもあった。
今まで以上にハーマイオニーにクルックシャンクスを遠ざけるように口を酸っぱくして言っているのに、それでも何も対処しようとしない。あの猫のスキャバーズに対する執着は明らかに異常だ。やはり、シリウス・ブラックに何か言われているに違いない。
そんな折に、シーツにスキャバーズの血が付着しているのを見つけ、その近くに猫の毛が落ちていたのだ。僕はカンカンに怒った。
だから言ったんだ。何度も何度も、あの猫を閉じ込めるように言ったし、そうでなくとも何らかの対処をお願いしてた。なのにハーマイオニーは何もしなかった。その度に口論になっていたが、頑固な彼女には何を言っても無駄だった。ほんとうにムカつく。
スキャバーズの死の瞬間を見れなかった以上、ぼくはもうあいつを救える可能性はない。
僕とハーマイオニーの友情はもう終わりだ。
バックビークの敗訴が決まった日、僕はハーマイオニーと仲直りをした。今までの強情っぷりが嘘のように彼女が泣いて謝ってきたのだ。
そういえば、今回はあまりバックビークの裁判について関わってこなかったな。
忘れていたというのもあるが、僕達が何をしてもバックビークを救うことはできないんだろうなっていう諦めがあったのだ。タイムリープが起きなかった理由ももしかしたらそれなのかもしれない。でも、彼女は一人で裁判に勝つために頑張っていたのだろう。勉強があるにもかかわらず。
スキャバーズのことは残念だったが、彼もどのみち寿命が近かっただろう。せめて苦しまずに死ねていることを祈ろう。
……そういえば、この時間軸でも期末試験を受けなきゃいけないのか。
その後しっかりとテストは受けたが、出来は思っていたより良くはなかった。問題自体は前回の世界とおなじもののはずなのだが、時間が経っているからか、テストの前までに問題を思い出せなかったのだ。
本番のテストを見たときに「ああ、なんかやったような気がする。でも気がするだけだ」となった。ホグワーツではテストの答え合わせの授業みたいなものが無いので、前回できなかった問題は結局できないまま終了した。こうして、2回目というアドバンテージを有効活用出来ないまま、期末試験を終えたのだった。
時は経過し、6月。
ハリーとハーマイオニーの活躍で、シリウス・ブラックを巡る事件はひとまず終りを迎えた。
僕は今は医務室にいる。
叫びの屋敷から出たところで、ペティグリューに呪文を駆けられて気を失っていたらしい。幸いなことに、後遺症は残らないがそれでも一晩入院することになった。
事の顛末はハリーとハーマイオニーから聞いた。
どうやら2人は逆転時計を使って過去に行き、シリウスとバックビークを救い出したようだ。ペティグリューには逃げられたが、死ぬはずだった無実のものを救えたことに達成感を覚えていた。
僕はその話を聞いたとき、2人とは違った感情を持っていた。
激しい後悔と絶望するほどの無力感。
僕はこの一年を丸3回も繰り返した。
今思えば、その中の情報を組み立てれば、シリウスが無実でスキャバーズがペティグリューであるという答えにたどり着くことも出来た。
にも関わらず僕は的はずれなことばかりをして、挙句の果てには、スキャバーズを全力で守ってしまった。
ぼくは結局何もわからないまま三年間を惰性で過ごしていしまったのだ。
最大の後悔は、
「タイムリープなんてしなければ、もっといい結末を迎えられたかもしれない…」
──今年一回目のタイムリープを起こしてしまったことである。
今回の時間軸においてシリウスが無罪にならないことは、ペティグリューがいないこととスネイプに捕まったことが原因だ。
一回目のときは、シリウスがスキャバーズを殺してタイムリープが起きたのだろうが、それをしなかったら、シリウスは無罪を証明出来た上で社会復帰出来てたかもしれない。
というのも、動物もどきが動物の状態で死ぬとヒトの状態に戻る可能性や、戻らなかったとしても、その遺体を調べたら動物もどきであることがわかるという可能性も考えられるからだ。本当にそうなのかは知らないが、ないとはいいきれないだろう。
そしてスネイプ。ハリーらの話によると、彼はハリーたちがシリウスに錯乱の呪文を掛けられていたと証言しているらしい。その嘘によって、僕達の証言は何の有効性も持たなくなってしまった。
そうでなくとも、スネイプはシリウスとは犬猿の中だ。彼がシリウス逮捕に関わる以上、あらゆる手を使ってでも彼を死刑にもっていくだろう。
ペティグリューの存在の証明とスネイプの逮捕不参加、最初の時間軸ならば、そのどちらも達成できていた。
僕は間違った世界を作ってしまったのだ。
医務室のベッドの上で横にはなっていたが、全く眠れる気はしなかった。目を閉じると、後悔と自責に押しつぶされそうになるからだ。僕はベッドから抜け出し、そろそろと医務室をでた。どこに行くでもないが、じっとしていたくなかったのだ。
だが、そこで意外な人物と遭遇した。
「ほっほ、ミスターウィーズリー。怪我人がベッドを抜け出すのは感心せんのう」
ダンブルドアが、まるでずっとそこにいたかのように待ち構えていたのだ。
「ダンブルドア先生、どうしてここに?」
僕は静かな声を出したつもりだったが、思ったよりも声が響いてしまった。誰も起きていない夜中の城という静かな状況がそうさせたのだろう。
「君らが眠れているか、確認しにきたのじゃよ。ほれ、君たちはベッドを抜ける天才じゃからの」
冗談めかすようにそういった。それが本当なのか嘘なのかは僕には判断できない。僕は、ハリーたちから話を聞いてから、ずっと気になっていたことを恐る恐る聞いた。答え次第では僕の後悔は更に大きく膨らむと思う。
「ダンブルドア先生、シリウスはどうなるのでしょうか」
「残念ながら、今まで通りじゃろう。ピーター・ペティグリューが逃げおおせた以上、彼の無罪を証明するにたる証拠はどこにもない。シリウスはこれからも、脱獄囚として扱われることになるじゃろう」
ダンブルドアが一呼吸おいて続けた。
「じゃが、以前までとは違うこともある。それは、君たちが彼の無罪を知っているということじゃ。自らを信じてくれているものがいるということが彼にとって大きな力となる」
ダンブルドアは朗らかな顔で、諭すように言った。おそらく僕がこのあと言おうとしていることがわかっているのだろう。だが、それでも、僕はきかなくてはならない。シリウスがこのまま逃げ続けなきゃいけない身となってしまったことは、僕に責任がある。
「もう一度逆転時計を使って、シリウスを助けることはできないのでしょうか?」
今回、結局僕は誰かが死ぬところを一度も見ていない。タイムリープができないのだ。ダンブルドアは両目を静かに閉じ、何かを考えた後、再び目を開け、口を開いた。
「おそらく無理じゃろう。逆転時計は過去を変えるアイテムではなく、過去を追体験するアイテムじゃ。その逆転時計を使う前に経験した事実は変えることができん。つまり、ピーター・ペティグリューが逃げたという事実は決して揺るがないんじゃ」
過去を変えることは出来ない?
どういうことだ。僕は今まで何度も過去を変えてきてるぞ。僕のタイムリープとは違うってことなのか?それに過去を追体験するって表現もなんかよくわからない。
てっきり逆転時計も自分のタイムリープみたいなものだと思っていた僕は、思い切ってダンブルドアに聞いてみた。
「逆転時計ってそもそもどういうものなんですか?過去に戻るっていうのは、自分の精神みたいなものを過去の自分に憑依させるってことなんですか?」
「大まかにいうと、逆転時計とは、現在と過去の使用者と、その人が身につけている逆転時計の存在を起点にして任意の時間に体ごと移動することができるものじゃ。どういうことかというと、その逆転時計が持つ、それが作られてから現在に至るまでの記憶と、使用者が生まれてから現在に至るまでの記憶が重なる部分になら、好きに戻れるということじゃ。まぁそれ以外の時間に飛ぶことも理論上できるが、成功することは稀じゃろう。また、一度過去に戻ってから、元の時代に戻ることもできる。その場合は過去ではなく、その時代からしたら未来に行くことになるのじゃが」
ここまではよいかの、とダンブルドアが僕に問いかけた。理解できてるのかできていないのかすら自分でわからなかったが、とにかく、僕のタイムリープとは仕組みが違うようだ。
僕は静かに首を縦に振った。
「ふむ。そして、一番の特性じゃが、逆転時計では経験した過去は変えることは出来ない。なぜなら、今ワシ達が生きている“時間”は一本道じゃからじゃ。枝分かれはせん。もし今から過去に戻って何か行動しても、
「ナルホド。アリガトウゴザイマス」
頭のはてなマークが増えるだけ増えて終わってしまった。
「うむ。わしの君の知識の糧になれて満足じゃ。今日はもう寝るといい。君たちの一晩の冒険に13歳の体はいささか堪えただろう」
ダンブルドアはそう言って僕をベッドまで連れて行った。僕は渋々ベッドに入り込んだが、頭が冴えて眠れる気がしなかった。
だが、先程と違い──ダンブルドアがいるからか──少し安心感はあった。寝る気配のない僕を見かねてダンブルドアは僕に眠りの魔法をかけてくれた。すると、どこからともなく眠気がやってきた。
今なら安心して眠れそうな気がすると、僕は目をつむった。
まぶたの裏の後悔と自責を抱えながら、僕はゆっくりと眠りについた。
正史との相違点
・なし
ただし、逆転時計の機能や仕組みはこの小説独自のもので、公式情報ではないです。