「久しぶりじゃの、ロン。そして、ご苦労じゃった。そして、君はかつて無い勇気を見せてくれた。わしは君を誇りに思う」
ダンブルドアが優しく言った。
僕はタイムリープをした。間違いない。だが、ダンブルドアの発言はまるでタイムリープしてきた僕に向けられたように思えた。
「そうじゃ。わしは君が未来から来た君であるということを理解しておる。そして、一体誰の死で戻ってきたのかも、大方予想はついておる」
僕は起き上がった。というか、自分が横になっているということに今気がついた。視界いっぱいに広がる見覚えのある天井から、ここが校長室であるということはわかってはいたが、ダンブルドアの発言に衝撃をうけたせいで、他のことを考えていられなかったのだ。
「なぜ、僕がタイムリープしてきたってわかったんですか?」
「わしは、未来で君がセブルス・スネイプの死を見たときにここに戻ってくるよう、そして戻ってきたことにわしが気がつけるよう色々と細工をしていたのでな。まずはその話をしよう」
起き上がって少し背中を鳴らした僕はダンブルドアの話に耳を傾けた。
「今は君が6年生になる前の夏休みじゃ。わしが君をここに呼び出し、眠りの魔法をかけたのを覚えておるかの?君はその眠っている自分に戻ってきたのじゃ。
なぜセブルスの死とわかったかというのは簡単じゃ。今日がセブルスにとっての分岐点だからじゃ。セブルスが誰かに殺されるとしたら、それはヴォルデモートで、理由はわしの杖欲しさしかないと思うとった。セブルスは前線には出んじゃろうし、またへまもしないじゃろうからな。そしてわしは今日、セブルスにわしを殺すようにお願いをするつもりじゃった。だから、セブルスの死を見た君が戻ってくるならば、きっとこのポイントじゃろうと思ったのじゃ。まあ今年のうちにいくつかそういった、戻ってこれるポイントを作ろうと思っておったのじゃが、最初の一個目で成功して何よりじゃ。
そして、わしが君の帰還に気がつけるように、この部屋に君の魔力の質を計測する魔法をかけている。タイムリープをすると魂がすり減り魔法耐性が弱まるという話はすでにここから少し先のわしが君にしていると思うが、それをリアルタイムで調べるためじゃ」
つまり、ダンブルドアは僕のタイムリープを予期していたのか。やろうと思ってできることではない。さすが今世紀最強の魔法使いだ。
「そうだったんですね。それで、そんなに準備してまで未来の僕をここに呼んだということは、僕は未来の話をすればいいんですか?」
「そうじゃ。それが目的の1つじゃ。他にもあるが、まずはそれから片付けよう。話してみてくれ」
僕は話した。
ダンブルドアは1年後にスネイプに殺されて死ぬということ。
ハリーは無事分霊箱を破壊し続け、残りはナギニとハリーだけだということ。
そして、スネイプが杖の忠誠心のために例のあの人に殺されたということ。
ダンブルドアは特に驚きも、悲しみもせずに、ただ真顔で僕の話を聞き続けた。
「なるほど、全体としては非常に良い方向に動いておる。ヴォルデモートは間違いなく、死に近づいている」
僕は力強くうなずいた。これは僕にとって、今までで最良のタイムリープかもしれない。敵を倒すに十分な知識があり、仲間もみんな生きている。マッドアイも、リーマスも、そしてフレッドも。
「君をここに呼んだ理由は3つある。1つ目は君の力の真実を伝えようと思ったのじゃ」
僕は思わぬ言葉に驚いた。戻った来たこの時間でそれを言われる意味がわからなかった。力の真実がわかっていたのなら、
「僕の力の真実、ってどういうことですか」
「去年、君がわしに3つの言葉を届けてくれたのを覚えておるか?分霊箱、なめくじ、そして槍じゃ。分霊箱とは言わずもがな。なめくじ、つまりスラッグとはスラグホーン先生の暗喩じゃ。彼の記憶に鍵があるということを伝えたかったのじゃろう。そして3つ目、槍、これは君のことじゃ」
それを聞いてもいまいちピンと来なかった。槍が僕と言われても、わからないものはわからない。
「君の時間移動の力はロンギヌスの槍という聖槍に由来しておる。この槍はかつてキリストという偉大なる魔法使いが処刑された際にその死を確認するために刺したものじゃ。そして、刺されたキリストは復活した。この逸話からロンギヌスの槍には2つの相反する力が宿った。復活と殺しの力じゃ。この力が君に宿っておる。復活の力によって君の身近で起こった死をなかったことにし、殺しの力によって君の魂は殺人を犯したのと同様にすり減っていくことになったのじゃ。フォークスが君を嫌いなのは、君が生き死にを超越できる力を持っていることを、不死鳥としてはあまり好かんからじゃろう」
僕はにわかに信じられなかった。いくらなんでも突拍子もなさ過ぎる。魔法使いを刺したくらいじゃ槍にそんな力なんて宿らないだろう。もしそれが本当に宿ったとしても謎はある。
「でも、なんでそれが僕なんかに宿ったんですか?名前がロンだからですか?そんな馬鹿な。そんな人探せばいくらでもいますよ」
「実はそんな馬鹿げた理由なんじゃ。君はアーサー王伝説という物語を知っておるか?」
どこかで聞いたような気がする。でも思い出せなかった。パパから聞いたのかな。僕は首を傾げた。
すると、ダンブルドアは僕がわかってないことを察し、話を続けた。
「アーサー王とは今から1500年ほど前に実在していた英雄じゃ。そして君の父親の名前もアーサーじゃ。そしてアーサー王の妃であるジネブラと円卓の騎士であるパーシヴァルも君の家族に同名のものがおるの。ジニーとパーシーじゃ。彼らの本名はそれと同一じゃろ?そして物語にはロンゴミニアド、通称ロンの槍という聖槍が登場する。そしてこの槍はロンギヌスの槍と同一のものと考えられてる。つまり、君の家族の名前が魔法的意味を持ち、君にロンギヌスの槍の力を与えたのじゃ。今はあまり使用されないが、古代の魔法は杖ではなく儀式によって発動されていた。それに近い条件が君の家族の中で偶然起こってしまったのじゃ」
僕はそれを聞いて1つ思い出した。2年生のとき、正史でなくなった世界で、トム・リドルが僕の家族とアーサー王伝説の人物の名前が同じであるということに触れていた。
「でも、いくらなんでも、名前だけでそんなことになるものなんですか?」
僕はまだ、彼の仮説を受け入れられなかった。ダンブルドアに対しては、疑問を残すと後々痛い目を見るのがこちらだとわかっていたので、質問を続けた。
そうだ、やはり名前だけで力を得れることには疑問が残る。マイケルやピーターのような、キリストに仕えていた使徒の名前を持つ人はこの世に何人もいる。家族内にそれらの名前を持つ人だっているだろう。ダンブルドアの理屈なら彼らには使徒の力が宿るのではないか。
「なる可能性も否定できないが、限りなく低いじゃろう。じゃが、君の家にはもう一つ、この儀式を完成させてしまう要素があったのだ。血じゃ。聖28一族の1つであるウィーズリー家はポッター家、ゴーント家と同じく、ペベレル家の家系なのじゃ。君は三人兄弟の物語に出てくる長男、アンチオクの子孫なのじゃ。彼もかつて実在し、現在は物語としての人物じゃ。名前が血と結びつき、君は偶然にも槍の力を体に宿してしまったのだ」
僕が、ペベレル家の末裔……?
あの、三兄弟の?
僕は開いた口が塞がらなかった。ダンブルドアの熱弁はちゃんと聞いていたけど、驚きの連続すぎて頭がすでにパンクしかけていた。
「少なくとも、君がペベレル家の末裔であることは疑いようがない。わしは君が5年生のとき、非常に申し訳ないが、DAを利用して自分が自由に動ける時間を確保させてもろうた。その時間で君からもらったヒントをもとに調べさせてもらった。
力を使うたびにすり減る魂、人の死でしか戻れないこと、戻った時間で適切な行動を取れば死を避けることができること、君と君の家族の名前、そしてそれを持つものの死を見ていないこと。これらの要素を結びつけたとき、君が槍の力をもっていると考えることは何ら不思議な事ではない」
「確かに、聖28一族のうち、2つがペベレル家の家系だし、僕の家もペベレルの子孫だとしてもおかしくはない……。でも、だからなんだって言うんですか?力の正体がわかったとして、一体何が変わるっていうんですか?」
僕はとりあえず、その、ロンギヌスの槍の力については納得することにした。ありえないと切り捨てることはできても、何故ありえないのか、槍の力じゃないとしたらなんなのか、僕には説明できなかった。それにそろそろ次に進んでもいいと思ったのだ。
「君の力を抑えることができるかもしれない」
なるほど、と口をついた。確かにそれもそうだ。僕の力が伝承と儀式に基づいているとわかった以上、逆に伝承を利用すれば力をよりコントロールできるかもしれない。
「わしは、君の力を抑えるある方法をひらめいた。じゃが、確証はない。じゃが、成功すれば君はタイムリープの力を自分でコントロールできるか、もしかしたら、失うかもしれない。でも少なくとも君の魂は守られる」
「それはどんな方法なんですか?」
僕はつばを飲み込んだ。僕はこれから年を重ねるに連れ、より多くの人の死に触れるだろう。少なくとも、例のあの人との戦争がある。下手したら、僕の魂はそこですり減り過ぎてなくなってしまうかもしれない。コントロールするすべを知る必要がある。
「自分の血族にローズと名前をつけるのだ。ウィンチェスター城にアーサー王伝説に登場する円卓があるのじゃが、あるものがそれをテューダー・ローズで塗り替えてしまった。つまり、円卓というアーサー王伝説の代名詞を別のものに塗り換えたんじゃ。その伝承を利用して、君の血族にローズと名前を付け、君の力を上塗りするのじゃ。わしに考えられる方法はこれしかなかった」
それを聞いて少しがっかりした。血族って言っても、僕に新しい弟か妹ができる可能性なんて流石にもう無いだろう。
いや、ダンブルドアが言ってるのはそうじゃないか。
「僕は自分の子供に、ローズと名前をつければいいのですね?」
「そうじゃ。じゃが成功するかはわからない。きみは他にもあらゆる方法を探さねばならないのだ」
これからの課題の量に少し辟易としたが、希望もまた見えてきた。僕はこれからも魔法界で生きることができるかもしれない。
「君にこの話をしなかったのは、理由がある。君はこの話を聞いたことで自分の力に自覚を持ってしまった。そうなると、その力はますます強くなるじゃろう。
力が強くなることで君は
じゃが、デメリットも考えられる。君はもしかしたら、誰かの死を見た際に、魂だけ大昔に飛ばされてしまうかもしれない。力が、見た死の遠因を拡大解釈してのう。極端な話、『この人が死んだのははるか昔に人類が誕生したからだ』となる可能性だってある。それに自分の魂も今まで以上に削ることになるかもしれないのじゃ。
だから、わしはこのことを話すのをギリギリまで待ったのじゃ。そして遠い昔に魂が戻ることを阻止する方法も考えてある。それは今から、君を逆転時計で未来に送り返すことじゃ」
「未来に戻るって、そんなことできるんですか?」
「可能じゃ。ロン、君は灯消しライターを持っておるかね?」
僕はうなずき、ポケットから灯消しライターを取り出そうとした。しかし、ポケットの中には何もない。この時間ではまだ持っていなかったことに気が付いた。
「うむ、さすが未来のわしじゃ。わしが昔君に逆転時計について講義をしたときのことは覚えておるか?」
「はい、先生。逆転時計は所有者の記憶と、時計が持つ記憶の重なる部分に自由に移動できるアイテムだということですね」
ダンブルドアは満足そうにうなずいた。
「そのとおりじゃ。そして、ライターには人と場所を記憶する力が宿っておる。そして、このライターの記憶機構は逆転時計と同じ構造なのじゃ。わしは未来のライターにある記憶と君の記憶を利用して、擬似的な逆転時計を作り出し、君を未来に送り返すことができる。勿論、君の魂だけをの。君の体自体は未来を経験していないのでな、未来には送れんのじゃ」
「……未来に戻った僕はどうなるのですか?」
僕はダンブルドアをにらみながら、少し棘をもたせて聞いた。
彼は僕に過去を変えさせない気なのか?でも一体なぜ?この時間からやり直せば、全部うまくいくのに。
「セブルスの死んだ時間の少し前くらいに戻るじゃろう。そしてそれ以前の過去は固定されてしまう。君は戻った未来より以前にはもう戻れないのじゃ。そして最後のお願いじゃ。戻った未来で、セブルスを殺してやってほしいのじゃ」
「なんでスネイプ先生を殺さないといけないんですか?!」
ここまではとりあえず最後まで話を聞こうとまっていたが、流石にここは流さない。それにいま、過去を固定するといったか?
「セブルスを死なせてやることが、彼の二重スパイの条件じゃった。闇の帝王が死に、ハリーの無事が保証されたときに、わしがセブルスを殺してやるはずじゃったのだ。じゃが、わしは直に死ぬ。だからこそ、彼の死を前提とした計画を作ったのじゃ。ヴォルデモートが杖のためにセブルスを殺すことは、最初からわかっておったのじゃ」
ダンブルドアのその声は、平坦なままだった。
「君に嘘をついて申し訳なかった。セブルスの死を前提に作戦を組み込んだと知れば、君は反対するだろうと思ったのじゃ。でも、もし君が彼の死を見たら、絶対に救おうとするじゃろう。そして、もし見れなかったとしたら、君は心に傷を負い、一生後悔するじゃろう。だからこそ、セブルスの死を見たときにわしが直接その真相を話せる場所に君の戻ってくるポイントを置いたのじゃ」
ここまでの話を整理した時に、ダンブルドアがいかに残酷な事を言っているのかを僕は理解できてしまった。彼のやろうとしていることは、確かに正しいのかもしれないが、同時に間違ってもいる。
僕はダンブルドアが暗に示していることに対して感情を露わにした。
「僕に、そんな未来を選ばせるんですか!いま未来に戻っても、もう死んだ人は助からないんですよね!?フレッドも、トンクスも、ルーピン先生も!過去が固定されるってことはそういうことですよね?!僕の経験した今までの出来事はもう変えられなくなる。
それにスネイプ先生を見殺しにしなきゃいけないんですよね!?でも、ただ、ヴォルデモートは倒せるかもしれない!大きな善のために、いろんなことを犠牲にしろって言うんですね!」
ダンブルドアは僕の『大きな善のために』という言葉に若干たじろいだが、すぐに平静を取り戻した。
「そうじゃ。君のいた未来はわしの理想にかなり近い。君に変に改変させられて、その絶妙なバランスを崩させたくないのじゃ。わかってくれ、彼らの犠牲を無駄にはせん」
「でも、それでもこのまま未来をかえたら、もっと良くなるかもしれない!なんてったって、ダンブルドア先生がまだ生きてるんだ!きっと良くなる!」
「ダメじゃ。それで未来が悪い方向に傾いたらどうする?より多くの人間が死んだら?そんな世界で、もし過去に戻れなかったら?君はどう責任を取るつもりじゃ?そして、そもそも君に選択権は無い。わしが呪文を唱えたら、君は未来に戻るからの」
確かに、ダンブルドアの言う通り、僕に選択権はない。僕はどのみち、さっきまでの未来に戻るしか無いんだ。こんな終わり方なんてあんまりだ!
「ッッッ!」
床を思いっきり踏みつけた。そんなことをしても意味がないことはわかってはいた。
考えても考えても、今の状況を打開する方法は思いつかなかった。でも最後に、せめて、せめて確認したいことがある。
「先生、最後に、スネイプ先生と話させてください。あの人が今でも死にたがっているのか、それだけ確認したい」
振り絞った僕の言葉に、ダンブルドアは真顔のまま首肯した。
「セブルス、でてきてくれ」
「およびですかな、校長」
突然自分の背後にスネイプ先生が現れた。まるで最初からそこにいたようだ。流石に驚きのあまり弾けるように立ち上がった。スネイプの方はいつものように冷たい表情だった。
「セブルス、信じてもらえたかね?彼が未来から来たということに」
「ええ、まあ、一旦信じましょう。話が進まないのでな。ウィーズリー、我輩とリリー・ポッターのことは誰から聞いた?」
冷たいその眼に、僕は萎縮してしまった。だが、すぐに口をひらいた
「未来で、あなたが言っているのを聞きました」
「そうか」
スネイプはそういうと、僕の後ろから、壁の方にまで移動し、立ったままそこにもたれかかった。
「我輩は未来で、仕事をやりきっていたか?」
「はい、最後まで例のあの人に、ヴォルデモートに気づかれてませんでした」
「ポッターは生きているんだな」
「はい、ハリーは直にヴォルデモートを倒すと思います」
「我輩は、例のあの人に殺されたのだな」
「……はい」
「そうか」
気まずい沈黙が流れた。スネイプは必死に考えているのだろう。自分の命について。
「ウィーズリー、我輩を死なせてやってほしい。我輩は、もう、十分生きた。すでにこの世界に未練はない。これ以上、誰かに振り回されて生きたいとは、思わないだろう。リリーの元に、連れて行ってやってくれ」
その言葉に僕は奥歯を噛み締め、涙した。死なせてほしいという悲痛の声が、何よりの本心だとわかってしまったから。僕は振り絞るように、声を出した。
「……わかりました」
「では君を今から未来に戻す。今のお主なら、ナギニの守りも破れるだろう。あとは、最善を尽くしなさい。最後に、何か言うことはあるかな?」
僕は深呼吸をし、可能な限り、平坦な声で言った。
「ダンブルドア、あなたを恨みます」
セブルス・スネイプの死の瞬間、僕はそっと目を閉じた。
正史との相違点
・なし