健全な組織において、指示命令系統が明確かつ出した指示がスムーズに下にまで伝達することは最重要である。
「兼定! 左翼より新手だ。己の名に恥じぬ仕事をせよ」
「直ちに!」
指示を出してからわずか十数秒後、我が相棒は敵方を文字通り粉砕する。いつもと変わらぬ成果に満足を覚え、先程新手が現れた左翼方向へと進軍を開始。
「この戦場は抑えられる! 行くぞ!!」
応ッ!という呼応の声を背に受け、私はまた馬を進めた。
「そういえば、国もまた組織だったな……」
ふと天を仰ぎ見ながら呟いた独り言は誰にも聞こえる事はない。なにせ、私がこのような状況に追い込まれてしまったのはつい最近のことなのだ。
『適合者選出のお知らせ』
政府より届いたこのふざけたタイトルをした封書は、何かの嫌味なのか赤い紙で書かれていた。中身を見なければ良かったと今でも思う次第だ。
「南様ですね?」
会社に急遽有給の申請を出し、部下に対し手短に引継ぎを行っていたところに、黒い高級車から出てきた車と同じ色の服を着た役人が出迎えてくれた。直ぐ様肯定し乗車する。
車に揺られること一時間。この間珈琲を2回御馳走になった。やはり政府御用達の車には一般市場では手に入りにくい豆が乗せられているらしかった。
「お待ちしておりましたよ。私は横山と申します。どうぞどうぞ、お掛けください」
何十畳あるか分からないほどの大部屋に通されると、そこには重役らしき人間が待ち構えていた。一瞥しただけでこの赤紙を寄越した人間と分かる。ソファに促されるままに着席すると、私はすぐに本題に入る。
「一体何の御用です? それなりに善良な市民としてこれまで過ごして来たつもりですが」
「ご冗談を。そういう要件であれば警察を寄越せば済む話です。まずはこちらを」
渡された分厚い資料には表紙に『極秘』と書かれている。政府が所有する極秘資料を高々一般企業に勤務している私ごときに開示するわけがない。資料を捲ると同時に横山は話し出す。
「AIによる全国民への適合調査の結果、南さんが適合と判断されました。是非ともお受け戴きたいのですが……先に熟読の方をお願い申し上げます」
言われずとも契約書の類は熟読に限る。しかしそれをわざわざ"進言"するというのは、政府の人間とは思いにくい。大概、自分達の都合の良い方向へと持っていくのが役人のやり方だ。
『歴史修正主義者による侵略行為と対抗策』
しかしそれも一瞬で頭の片隅に追いやる。資料に目を戻すと、一頁目から意味の分からない言葉が並んでいたのだ。
「歴史修正主義者? 概念的な話でしょうか?」
「いえ、残念ながら"物理的"な話です」
「失礼ですが、話が見えません」
これが日本国と銘打たれた資料で無ければ、鼻で笑いながらシュレッダーにかけていたところだ。
「仰る通りかと思います。ですが現在、我が国は危機に陥っております。このままでは全国民……いや、全人類が危ない」
「物理的な話とは?」
「資料の三頁目に書いております」
素早く読み込む。が、いまいち要領を得ない。
「歴史修正主義者達が時間遡行軍を率いて各時系列への戦場に参戦、勝敗を覆し歴史を修正する……ですか?」
「はい……。現在の日本国並びに世界に対する致命的な改変は起きていませんが、これも時間の問題です。我々は今観測することしかできません」
「歴史が修正されると……?」
「最悪、今の世界が崩壊します。全く別の日本、あるいは世界へと書き換えられるでしょう」
「どうするんです? 観測するだけではこの敵勢力のなすがままでは?」
「そこで、貴方様なのです!」
横山はそこで真っ直ぐに私を見た。
「南様の適合性、それは"無機物を励起し、時を操る能力"です」
「…………私に?」
「ええ、他の適合者にも依頼しているところですが、なんせ絶望的に人手不足です」
それはそうだろう。そのような異能力者が跳梁跋扈しているとも思いにくいし思いたくもない。
「では、現在打てる対策というのは……」
「この適合者、即ち"審神者"による時間遡行軍の殲滅です」
「なるほど……」
「やって頂けませんか? 我が国、そしてこの世界の為に!!」
「……お断りしたい」
「なぜです?」
当たり前だ。敵勢力とやらと対立する。これは完全に戦闘行為となる。つまりこれまでの生活と比較して死のリスクが極大化するということだ。適材適所、餅は餅屋に任せるべき。
「この歳で前線に立つのは難しい。仕事もありますし」
「……では、もし現在の状況が悪化し、時間遡行軍及び歴史修正主義者による本国への侵略行為が達成された場合、貴方様も私も文字通り消える事になりますが、よろしいですね?」
「……どういうことです?」
「当たり前じゃありませんか。歴史を変える。それはつまり、産まれるべき人間が産まれず、本来あり得ない人間がこの世に誕生する。大きな歴史の脈はどこまでも受け継がれて行くのです。つまりーーー」
そこで一旦区切り、再び横山は語気を強める。
「貴方も決して他人事ではないということですよ」
私を説得するのに、これ以上の言葉を聞いたことは今まで無かったのであった。
「ところで、この国家業務に対する私への報酬は?」
重要な話はまだ続く。私は生存に一切の妥協をしない。しかし何も手を打たずとも存在が消される可能性があるのならば、何かしら動くべきだ。サイコロは振れるのならば振るべき。経済学の大前提だ。しかしそれとは別に私への個人的なモチベーションの為に報酬の話もまた、同程度には妥協もしないのだ。
「今後生活に一切困らないほどの資産を提供します」
「免税は?」
「その資産の引渡しに対する所得税、贈与税には目を瞑りましょう。」
「……できれば住民税もまけてもらえると有り難いのですが」
私の言葉に横山はニヤリと笑う。
「南様、貴方が成功すれば今後もこの国で生活することになります。その辺りはご勘弁を」
「言ってみただけです」
存外融通が利くようだ。つまり国家が融通を利かせている。良い兆候とは言えない。それ程の危機が正に目の前に迫っているということだろう。絶望的に人員不足の企業にいる人事部長ですらここまで太っ腹にはなれるまい。
「現在の仕事を継続することは国家機密に抵触しますか?」
「いえ、そこは口出しできかねますので、続けたければどうぞ。無論、一切の口外は禁止措置を取らせていただきますが」
規制もそれほど。ならば乗らない手はないだろう。
……と、ここまで考えてから、ビジネスマンとしての私が脳内で舌なめずりを始めた。
「ところで横山さん。私の情報を調べ尽くしたということは、私の業務内容もよくご存知のはずですが」
「左様ですね」
「私は国内インフラ整備の民間企業です。競合相手が審神者とやらにいないのであれば……」
「それ以上は不要です。手配致しましょう」
言論封殺による逃亡。それはさせない。
私は大きくリアクションを取りつつ言う。
「驚きました。それでは『今後国内事業において入札を当社に優先していただく』と言うことでよろしいでしょうか?」
「……貴方も悪い人だ。録音されているのですよ?」
「万一の保険ですよ。それ程のリスクは背負わされるのです。リスクに見合った対価は戴かねば」
「分かりました。それも契約に含めましょう」
横山がそう断言したことで、私は心の中でガッツポーズを取る。仕事を継続できるのであれば総務部長であれ営業活動はせねば。これで社長への絶好の手土産も準備ができた。有給に目くじらを立てられるどころか昇進すら見えてくる。
「それでは、任命契約といきましょうか」
審神者としての業務はこれまでとは大きく異なることだろう。だが、やらねばやられるのだ。ビジネスにおいては資本主義経済に基づく血を流さない戦争であったが、今後は血を流す実際の戦争に巻き込まれることになる。歴史修正主義者とやら、どれほど戦争が好きなのだろうか?現代人としての知識を教育してやらねばならんな……。
そんな事を考えながら、私は四杯目の珈琲を飲み干したのだった。