新米審神者の生存戦略   作:職員M

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第5話

「歩兵部隊は揃ったぜ! 大将!」

「宜しい。常に鍛錬を怠るな」

「歌仙兼定?だっけ? 茶淹れてやろうか?」

「……お言葉に甘えよう」

 

 私と兼定との間を行ったり来たりする薬研藤四郎は、実に面倒見のいい性格をしているようだった。部隊編成には正にうってつけの人材、いや武器と呼称した方が良いだろうか。いやはや、刀と言っても彼らもまた人の姿をし、私とのコミュニケーションを可能としている。最低限の尊厳を保っている以上はこちらも人として接するべき。

 

 休日の真っ昼間、暇にかまけて端末をいじっていた私の思考を遮ったのは、青天の霹靂とも言うべきこんのすけの言葉。

 

『山田様。これから政府より山田様の「教育係」が参ります!』

「教育係だと?」

『はい! 審神者の作法や戦場での立ち回りなど……』

「必要最低限は弁えているつもりだが?」

『お気を悪くされたら申し訳ありません。政府からの伝令ですので』

 

 ふむ、お上が寄越したというのならば邪険にするわけにもいかない。今や私も半国家公務員の一員なのだから、伝令はスムーズに受領すべきだ。

「ならば問題ない。必要な事項を確認させてくれ」

『結城という者が参ります。あとは結城に説明を受けていただければ』

「了解した」

 

 こんのすけからの伝令を受け取ると、私は軽く部屋の掃除と珈琲を沸かしておく。珈琲が飲めないというのならば水で我慢してもらう他ない。社内のメールを処理したり、刀剣達のやり取りを眺めていると、漸くマンションのインターフォンが鳴る。出てみると、まだ若年と言っても過言ではない女性が映った。髪を一つに束ね、眼鏡をかけている。その奥の瞳にはただ仕事をこなす為の冷静さを感じさせた。

 

「はい」

「結城です」

「お話は伺っております。どうぞ中へ」

 

 直ぐ様受領すると結城を中に入れる為に解錠。一分と経たずに玄関のインターフォンが鳴らされる。

 

「どうぞ」

 開口一番にそう告げると、結城は軽く会釈をした他に何も告げずに私の部屋へと入ってきた。無駄を嫌うタイプらしいという点では非常に好感が持てる。

 早速リビングに案内し、珈琲を差し出すと同時に本題を切り出す。

 

「こんのすけが須らく説明してくれる手筈では?」

「人同士でないと共有できない情報もあります。特に機密事項に関しては」

「なるほど。では最初に私に着いていただいた横山さんは?」

「彼は任に堪えないと判断しました。貴方様に真名を隠すように事前に伝達することに失敗した事実には目を瞑るわけにはいきませんので」

 最初の案内の時か。存外にシビアなようだ。

 

「至急とはいえ交代人員があるとは、後方部員に関しては政府もかなり余裕を持っているようですね」

「余裕? ふっ……」

 横山からの急遽の交代に当然の疑問を挟むと、結城は何故か自虐的な笑みを浮かべる。

 

「当局の人員不足が顕在化して久しいですよ。無論最前線も、後方も」

「では、結城さんは?」

「私は対歴史修正主義者軍統括部。"元"審神者です」

 

 ほほう、と思わず私も軽く衝撃を受け、珈琲と共に胃に流し込む。

 

「大先輩が味方に付いたのでは、頼もしいですな」

「言っておきますが、貴方が見た景色以上の情報は期待しないでください」

「というと?」

「貴方の提出した報告書は全審神者の中でも最も優秀と言わざるを得ません。まともな説明も無いのにいきなり現地の戦場に飛ばされて実戦を経験した審神者は、大抵の場合酷く混乱した形にならない報告書を寄越してくるものです。あれほどの形にまでなるのは相当経験を積んでから、というのが我々の通常の見方です」

 

 まぁ、無理も無かろう。

 

「適性があったのでしょうかね。私は見たがままに報告したまでですが」

「それがある意味、私がここに来た理由にもなります」

 

 なるほど。0から新人を教育するつもりが過程をいくつかすっ飛ばした為にもっと上の方から直接管理することに決めた、と。

 

「話はよく分かりました。それで本音のところは?」

 

 先程から直截に物を言いながらも、どこか上辺だけの態度を取っていた相手に、私は一歩踏み込む。すると結城は私にとっては意外な言葉を返してきた。

 

「南さんの持つ部隊の現状を確認したいのです。この目で」

「構いませんが、報告書と変わりませんよ?」

「それが重要なのです」

 

 報告書通りかどうか確認する?それは私自身こ信頼性が低いということだろうか?しかしそれは他の審神者も同じこと。私だけ報告書と相違ないか確認されるのは些か不快ではあったが、確認したがっているのは現状上司と言わざるを得ない存在。大人しく端末を手渡す。

 

 

「ん? 誰だ大将? この人」

「君は、なんというか雅だね……主よりもずっと」

 結城の姿を確認した刀剣達が、次々と口にしているが、結城はそれを相手にせず素早く端末を操作すると、目を皿のようにして情報を確認していく。

 

 

「損害軽微どころか無傷……歌仙兼定率いる一部隊で三個小隊撃滅……?」

 なんてことはない、ただの戦果報告だ。先日兼定と挙げた初陣。政府にも間違いなく損耗報告は行っていた。……流石に無傷という点までは報告していなかったが。

 

「ですから申し上げた通りですが……」

「嘘でしょ……。元戦略参謀でもない限りこんな戦果は……」

 困惑しきりの私に、絶句する様子を隠し切れない結城女史。さてどう声をかけたものか。

 

「確認が済んだのであればそろそろ……」

「二部隊」

「はい?」

 

 私の声を遮るかのように、端末をスリープ状態にした結城は言う。

 

「貴方に二部隊分の刀剣指揮権を付与します。これは私の名を以て現時点で発行します」

「と言いますと?」

「貴方の部隊指揮力は本物と判断します。これまで部隊を指揮した経験は?」

 

 あるわけが無い。

 

「既にご存知の通りかと思いますが、私は一企業の総務部を経験していたのみで」

 人事部にもいたことはあるが。

 

「なら天性の才能ね。しっかりと活かすべきかと」

「評価いただき光栄です」

「何故、損耗を出さなかったの?」

 

 急に睨み付けるようにして、結城は私を見る。

 私はゆっくりと珈琲を飲みながら答える。

 

「何故も何も、人的資源を消耗しては戦争も糞も無いでしょう」

「人的資源、ですって?」

 こくりと頷いて肯定を示す。

「刀剣男士は単なる道具としての武器ではありません。私の指示をそれぞれ独自の解釈で咀嚼し、実行に移している。これは人権を有していると言っても過言ではありませんよ」

「面白い解釈ですね。他の審神者は戦場へ飛ばされた混乱と自分の命を優先するあまり刀剣男士達を何振も消耗させてきましたよ」

「それこそ甘い考えだ」

 

 それ程にまで審神者の質というのは低いのか。下手をしたら同僚になるやもしれぬ他の審神者の実力の一端を知った私は落胆を隠せない。

 

「戦争で勝つ為にはまず統率力こそが第一です。その為には部下、ここでは刀剣男士達からの信頼を得る必要があります。無闇矢鱈に盾にされてはされる方も溜まったものではないでしょう?」

 半分実体験ながら私は言う。然り、と結城も頷く。

 

「故に私の戦場では損耗など論外。如何に相手に不利な動きをさせるか、その為のタイミングを伺うか、敵対時に先手を取るかを最優先した結果がこれです」

「なるほどね……」

 

 結城は何かしら考え込んでいたが、珈琲を飲み干すとすぐに立ち上がった。

 

「先程付与した権限の他に、貴方を役に立たせる方法を検討してきます」

「随分とまた直接的な表現ですね」

 思わず苦笑を浮かべてしまうほどには逼迫した結城の表情。

「それ程の余裕が当局にはありませんので。私はこれで失礼します。珈琲ごちそうさまでした」

「結城さんですよね。これから宜しくお願い致します」

「こちらこそ」

 

 軽く挨拶をすると、結城は直ぐに出ていってしまった。実に短時間であったのだが、せっかくならば先輩審神者としての作法とかもっと色々教えてほしかったところだ。

 

 

「状況は悪くなるばかり、か……」

 先程の結城の表情の変化。政府の急遽対応。我が戦果への驚愕。碌でもないことには間違いがない。急に権限を持たされることには良い事などないのだ。

 

「せめて楽に戦いたいものだな……」

「俺っちがいるから安心しろって! 大将!」

 元気良く応える藤四郎に思わず微笑みで返す。

「あぁ、期待しているぞ。次の戦場でな」


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