試し斬りをダンジョンで行うのは間違っているだろうか 作:アマルガム
ランクアップ。それは、冒険者として一つ上の高みへと昇ることを意味している。
だが、それは同時に肉体の全てが上がり力加減やら何やらが利かなくなることにも繋がっていた。
「む・・・・・」
割れてしまった金槌の頭を見ながら、ティーズは頭をかく。
ランクアップすると、毎度のようにやらかしてしまうのだ。
いや、ティーズとて力加減を気にしてはいる。しかし、その加減と注意をもってしても、それを上回るのがランクアップによる身体能力の上昇であった。
「新しい素材が要る、か。超硬金属の質が良いもの。若しくは、最硬精製金属」
どちらも、第一等級武装や不壊属性付与の武器に扱われる素材だ。
基本的に、鍛冶師は冒険者に依頼として素材の回収を頼む。
だが、ティーズや椿のように自力でダンジョンに潜ることが可能な者たちは、その括りではなかった。
因みに、鎚の素材候補である超硬金属は一応ダンジョンで見つかるが、後者の最硬精製金属は、合金であるため素材を集めねばならない。
どっちみち、行かねばならないのは中層や深層だ。そうなると、何日もダンジョンに潜ることになる。
必須なのは、素材用のバックパック。そして、精神力回復ポーション。
更に、食糧。水。どちらも無ければ、長くは籠れない。
これが、ロキ・ファミリア等であれば、数日の準備が必要となるが、ティーズは一人であり、慣れているため数時間と掛からず、準備を終えていた。
炉の火を落とし工房を出ると、扉に掛けていたプレートをひっくり返した。
少し前に椿に贈られたモノだ。
『外出中』
これはティーズが試し斬り等でダンジョンに籠る際に、誰にも言わずに向かうことが多いため。
デフォルメされた文字に、金槌が二本交差するようなデザインのプレートだ。
それを見て、ティーズは一度うなずき、お気にのローブを翻して廊下を歩むのだった。
■■■■
超硬金属。最初に得られるとすれば、ミノタウロスからのドロップアイテムだろうか。
彼らの角には、微量ながらその成分が含まれており、質は劣るものの鍛えれば、良い武器の素材となるだろう。
「む……………」
ドロップアイテムである角を見ながら、ティーズは唸る。
やはり、質、量共に悪く、少ない。
かといってそこらに捨て置くわけにもいかず、握り砕いた。
普通は無理だが、彼はレベル7だ。既存の冒険者の範疇には収まらない。
とりあえず、目指すは30階層以下だろう。
本来ならば、ソロでそこまで進むのは自殺行為だ。だが、彼はレベルが5の時点でそこまで一人で潜っていた。
冒険者というのは、レベルが上がれば雑になっていくのが常だ。
一人で出来ることも増えていき、成り立ての頃には複数人でかからねばならない相手にも勝てるようになる。
結果として、力任せに武器を振るい動き回り、その体捌きには無駄しかない。
対して、ティーズは違う。彼の場合は、一人で潜り、一人で進むために体の使い方が違った。
第一、ソロなのだから力尽きればそれでお仕舞い。体力にものを言わせて、猛進し続ければ、間違いなくスタミナ切れで力尽きる。
下層に行くほどに魔物は強くなるのだから、前半で力を使いきる訳にもいかない。
更に往復分の体力、荷物の重量、戦闘で消費する精神力等々。
全てを管理し配分する。その過程で、身体の効率のよい使い方を覚えたのが彼だ。
レベルが上がっても、それは変わらない。
むしろ、効率よく体を動かすため長い間ダンジョンに潜っていられる。
この技能を身に付けているのは、恐らく今のところティーズと、彼と同じくソロで潜ることの多いオッタルであろう。
「えっと…………」
手製のマップを手に、ティーズは周囲をキョロキョロと見回す。
ダンジョンの構造は、下層に行くほど広くなる。
それ故に、冒険者はある程度マップなどを自作して迷わないようにするのが通例だ。
道に迷って体力が尽き、そこをモンスターに襲われる事も少なくないため、命を守る上で大事なことなのだ。
彼のマップは、細部までは書かれていない。大雑把に通路などが書かれ、採れる鉱石や素材となる植物などの群生地や鉱脈が丸に囲まれ、線が引かれてピックアップされているのみだ。
「…………………ん?」
不意に、彼の耳が騒がしい音を拾った。
そちらへと目を向けると、より鮮明に音が聞こえ始める。
人間の五感で一番に情報を集めるのが視力だ。そして、目を向ける、という行為はそのまま、意識を向ける、という行為に等しい。
その声は、聞き慣れた相手だ。人数は6人。足運びから、相当な手練れ。
「――――あ!ティーズだ!」
「……ティオナ?」
現れるのは、ロキ・ファミリアの面々。フィンにリヴェリア、ティオナとティオネ、更にアイズにレフィーヤの6人だ。
ティーズに声を掛けてきたティオナの手には、いつぞやのハルバードが握られていた。
「………何してる?」
「ティオナとアイズの借金返済よ」
「……借金?」
「アイズは代剣を壊しちゃったのよ。ティオナは、大双刃の代金ね」
「あー……」
ティオネの説明に、ティーズは頷いた。
冒険者は、言っては悪いが武器の扱いが雑な者が居る。鍛冶師泣かせのティオナもそうであるし、武器に魔法を付与するアイズも、不壊属性でなければ剣がもたないことも屡々。
「まあ、中層に暫く潜れば大丈夫な筈よ。ティーズは?また素材集めかしら?」
「ん。鎚が壊れた」
彼からすれば、話の流れから自然な話題だ。
しかし、周囲からすればそれは違う。
何度も言うが、ロキ・ファミリアとはまあまあ長い付き合いなのだ。そして彼らは、ティーズが鎚を壊す理由を知っていた。
代表して、フィンが口を開いた。
「……ティーズ。君は、ランクアップしたのかい?」
「……ん」
短い肯定。だが、それで十分とも言える。
彼が嘘をつかないことを知っているからこそ、それで十分だ。
レベル7。今まではオッタルしか到達していなかった領域に、もう一人が加わった。
このニュースは、直ぐにでもオラリオ中に広がることだろう。
そこでフィンはもう一つ思い出す。彼は、少し前に椿から、ティーズがランクアップ前に全力の一品を作り上げることを聞いていた。
彼ほどの鍛冶師が精魂込めて鍛え上げる武器は、いったいどれ程のモノなのか。そして、振るえばどうなのか、値を付ければどうなるのか。
専属契約を結べれば、ファミリアとしても安泰だ。椿に加えて、ティーズとも結べればヘファイストス・ファミリアのツートップが助力してくれる形となる。
そんな彼の内心はさておき、ランクアップしたティーズに向けて熱い視線を送ってくる少女が居る。
「ティーズ」
「………ん?」
「どうやったら、ランクアップ出来た?」
「……半年前に、バロールと戦った後」
「!」
49階層の階層主。レベルが5のアイズでは、数を誇るフォモールまでならば倒せるが、レベル7相当の階層主は無理だ。
だが、彼の言葉は彼女にある種の確信を持たせることとなる。
というのも、ティーズは単騎での階層主撃破数がオラリオでも屈指の数となっている。
特にレベル3以降のランクアップは全て階層主撃破によるものだ。
単騎で階層主を屠る事。それがランクアップへの近道。
だが、それは同時に死への片道切符になりかねない。
階層主は、所謂レイドボスのようなモノだ。であるならば、余程力の差がある場合以外、徒党を組むことは当然だろう。
「………………もっと、強く」
その呟きは、誰にも聞かれることはない。