試し斬りをダンジョンで行うのは間違っているだろうか   作:アマルガム

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ぶっ潰して弐

 モウモウと立ち込める土煙。50階層の一部を包み込んでしまいそうな程の規模は、そのまま爆発の破壊力を表しているかのようだ。

 

「・・・危な」

 

 だが、土煙が晴れたら晴れたで非現実な光景が広がっていた。

 

 剣、それも一般的な両刃の剣だ。

 刃の幅が、成人二人を縦に並べたレベルで巨大な点を差し引けば単なるブロードソードに過ぎない。

 

 そんな剣が一振り、モンスターとロキ・ファミリアを分けるようにして横たわっていたのだ。

 これにより爆発は阻まれ、衝撃も強靭な鋼によって防がれていた。

 

「無事?」

「ああ、何とか君のお陰でね」

 

 剣を造り出した張本人である、ティーズは少し顔を蒼くしながら背後のフィンへと問うていた。

 武具創造は強力だ。文字通り、武具ならば何でも創造できるのだから。

 ただ、こんな巨人でも振るいそうなバカデカイ剣を創造するのは、流石に体への負荷がデカイらしい。

 剣を消し、ティーズはポーチから予め椿に貰っていた精神力を回復するポーションを一本取りだし飲み干した。

 この深層に来るまでに、ポーションを何本か消費している為にポーチには少し空きが見えた。

 

「あれ、どうする?」

「こっちとしても、下手な手は出せないからね。アイズ!」

 

 フィンが呼んだのは、金髪の妖精だ。

 アイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオ屈指の女性剣士である。

 

「君の魔法なら、モンスターとの相性も良い筈だからね」

「分かった」

 

 アイズは、愛剣デスペレードを抜きモンスターへと駆けていく。

 彼女が突撃することは、当然ながら周りが荒れた。

 しかし、フィンはそれを一声で治める。

 

「心配しなくても、アイズは一人じゃないよ」

 

 フィンが指を指すのは、先程まで鍛冶師が居た場所だ。

 彼の姿は完全に消えていた。

 

 

 ■■■■

 

 

 剣姫アイズ・ヴァレンシュタイン。

 彼女を知る者達は、一様に似たような印象や感想を持っている事が多い。

 

 抜き身の剣

 

 ただひたすらに強さを求めるその姿は、まるで鞘を失った妖刀の様なのだ。

 その刀身は、切る対象を求め切り続ける度に本人も傷を負っていく。

 それでも厭わないのだから、質が悪い。

 その性質を読み取った相手のとる動きは大きく二つ。

 避けるか、構うか。

 

 そして彼女の周りには、後者が多かった。

 

 

 ■■■■

 

 

 迫り来る豪腕。紙一重で躱して、剣を振るう。

 アイズの剣には、不壊属性という特性が付与されている。

 これは、文字通り武器が壊れなくなるというもの。ただ、切れ味などは落ちるため出鱈目に振るい続ければ、鉄の棒と何ら変わらなくなってしまう。

 そして、彼女の剣には風が纏わされていた。

 

 風の付与魔法エアリアル。攻防一体であり、単文詠唱故に使い勝手もよく、燃費も良い。

 つまり、継戦能力が高く応用が利く。

 

 今も、モンスターを切りつけた際に吹き出した酸を風が吹き飛ばし、刀身を守っていた。

 鋭い剣撃は、容易に硬質とは言えないモンスターの肉体を切り刻んでいく。

 

 このまま行けば、数分も経たずにモンスターを殺せることだろう。

 

「───────っ!?」

 

 このまま行けば、だが。

 反射的にアイズは、その場を飛び退いていた。間を置かずに、彼女の立っていた地面が砕かれる。

 

「2体目・・・・・」

 

 そう、2体目。無傷な個体と、傷だらけの個体。それが横ならび。

 分が悪くなった。単純に強さが二倍、とは言えないまでも攻撃を食らう可能性や広範囲攻撃の密度は二倍に近い、もしくはそれ以上の可能性を秘めている。

 

 だが、彼女は引こうとしなかった。

 というのも、アイズのレベルは現在5であるのだが、どうにもここ最近伸び悩んでいたのだ。

 このレベル値での限界、頭打ち。強くなるにはレベルアップするしかない。

 そして、レベルアップするには偉業をたてねばならないのだ。

 その功績が神に認められ、冒険者ははじめてレベルアップすることが出来る。

 

 冒険者は冒険してはならない。しかし、偉業を立てるには冒険せねばならない。

 

 ジレンマだ。何より、その行いが確実に功績として認められるかは、また別の話である。

 

「・・・・・」

 

 アイズは、剣を握り直した。

 彼女に引く気はやはり無い。むしろ、これを倒せればレベルアップするかもしれない、という期待があるために引く選択肢は採れなかったのだ。

 

 だが、問題がある。相手の攻撃手段が単純な物理攻撃だけではない点だ。

 

 振るわれる腕。同時に蒔かれる鱗粉。

 合計8本の腕から蒔かれる鱗粉は、先程までとは量が違いすぎた。

 まるで視界を埋める津波のように、アイズへと向けて押し寄せてきたのだ。

 

 ここで彼女は、自身の失策を悟る。

 というのも、範囲攻撃持ち相手に横並びを許す、というのが間違いだった。

 

 巻き起こる爆発。その衝撃と威力は、先程までとは比べ物にならない。

 

「“吹き荒れろ”(テンペスト)・・・・・!」

 

 風を増して、とるのは防御の体勢。

 ただ、この規模の爆発だと防御を抜かれずとも吹き飛ばされることは必定だ。

 

 迫る爆発。抉れる床。熱い風が、アイズの頬を撫でた。

 

「──────壁剣」

 

 直後、爆発とアイズの間に鋼の壁が現れる。

 爆発が、辺りを埋めつくし、衝撃が床を抉っていく。

 舞い上がった粉塵が収まれば、悲惨な光景がそこには広がっていた。

 

 抉れた床。焼け焦げた臭い。

 そんな状況で、一ヶ所だけ無傷な所があった。

 

 黒く煤のついた鋼の壁。その後ろは無傷な床が広がっていたのだ。

 十字架のような柄と鍔が一体化した持ち手がつけられた大剣。刀身の幅は人一人が後ろに回って前から見えない程度。

 長さは柄も含めて二メートルと少し、といったところか。

 

「アイズ」

 

 そんな地面に突き立った大剣の鍔に軽やかに降りてきたのは、ティーズであった。

 右手で柄頭を掴み、膝を曲げた体勢で大剣の鍔上でバランスをとっている。

 

「無茶。お前の風でもあれは無理」

「・・・・・何で来たの?」

「オレ、ロキ・ファミリアじゃないから。フィンの命令、聞く必要無い」

 

 剣から降りてきたティーズに対して、アイズは珍しくも若干の棘がある。

 彼女とて、あのまま爆発を受ければどうなるか想像できない訳ではない。

 だからこれは、気持ちの問題。

 自分一人で倒したかったという感情の発露であった。

 

 その棘に対して、ティーズは特に気にした様子はない。

 彼としては、2体目が出現したからこそ割り込んだのだ。もしも1体だけだったならば傍観を決め込んでいたことだろう。

 

「アイズ、どっち?」

「・・・・」

 

 ティーズが問えば、アイズは傷のある方へと突っ込んでいった。

 それを見送ったティーズは、大剣の刺さった部分を蹴り地面から抜く。

 彼自身が小柄故にかその大剣は、見た目以上の大きさと威圧感を放っていた。

 

「・・・・・行くよ」

 

 大剣に刀の時のような光が灯り、ティーズはソレを肩に担ぐ。

 そして、駆け出した。

 

 

 ■■■■

 

 

 斬る、突く、捌く、防ぐ。

 剣が体の一部であるかのように、アイズは目まぐるしい攻防の果てに、モンスターを打倒せんと駆けていた。

 酸を防ぎ、鱗粉を吹き飛ばして、彼女の剣は確実にモンスターを死へと推し進めていく。

 

「“吹き荒れろ”・・・・・!」

 

 ここでアイズは、決めにかかる。さっさと仕留め、無傷の今はティーズが相手しているであろうモンスターへと向かうためだ。

 

 吹き荒れる風が一点に収束し、風が剣の刀身を包み込む。

 

「リル・ラファーガ!!」

 

 放つは、踏み込みからの渾身の一突き。風が螺旋を描いてその威力を底上げし、アイズは一矢へと変貌しモンスターを突き抜けるのだ。

 

 暴風が吹き荒れ、モンスターの巨体に風穴がぶち抜かれる。

 酸も、迎撃に向けられた鱗粉も、風の螺旋には無意味でありモンスターはアッサリとこと切れた。

 

 魔石と呼ばれる、核が潰され灰へと還っていくモンスターを見送りアイズは、もうひとつの戦いへと目を向ける。

 そして、息を飲んだ。

 

 肉叩き様のハンマーを見たことがあるだろうか。

 重みがあり、肉を柔らかくするために叩くあのハンマーである。

 

「よっこいせ」

 

 そんな気の抜けた声とは裏腹に、文字通り小山のような大きさの、ハンマーは振り下ろされていた。

 重量による速度と、レベル6の膂力から発揮される破壊力。

 

 ハンマーヘッドは、余裕をもってモンスターを叩き潰していた。

 隕石の衝突とも見紛う破壊跡。

 ハンマーが消えれば、その下には酸で溶けた痕と、粉砕され下が若干見えている床の無惨な有り様が広がっている。

 

 技も魔法もない。いや、魔法ではあるのだがその結果は、超質量による脳筋粉砕戦法。

 

 だが、間違ってはいない。圧倒的な力というのは、それだけで十分すぎる強さがあるのだ。

 その前では、稚拙な策略や賢しらな計略など何の障害にも成りはしない。

 

「帰ろう」

 

 ティーズにそう言われるまで、アイズはじっとその光景を見つめ続けるのだった。


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