試し斬りをダンジョンで行うのは間違っているだろうか   作:アマルガム

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日常的な五

 北東メインストリート。

 ヘファイストス・ファミリアの工房もある工業系が集まった地区だ。

 

「あら、お帰りティーズ。早かったわね」

「ん」

 

 ファミリアのホームに顔を出したティーズを出迎えたのは、ヘファイストスであった。

 

「・・・・・ねぇ、ティーズ?」

「ん?」

「武器は?」

「やった」

「また、ただで渡したの?誰にかしら?」

 

 笑顔で詰め寄ってくるヘファイストス。だが、その目は笑っていなかった。

 

「前にも言ったわよね?貴方の武器は、そう簡単に渡しちゃいけないって」

「ん」

「それじゃあどうして、渡したのかしら?」

「困ってたから」

 

 ヘファイストスは神だ。目の前の眷属が嘘をついていないことは分かる。

 そして、ティーズの気性も知っているためそれが切羽詰まった状態であったことも容易に想像がついていた。

 

「それで?誰に渡したの?」

「フィンたち」

「ロキ・ファミリアね。そんなに深く潜ったの?」

「ん。50階層ぐらいまで」

「・・・・・はぁ」

 

 案の定の発言に、ヘファイストスはため息をついた。

 そして、眷属の頭を優しく撫でる。

 彼女の表情に、ティーズはロキに言われたことを思い出していた。

 

「・・・・・愛」

「ん?」

「・・・・・やっぱり分からん」

 

 思われることは、分かる。だが、理解はできない。

 

「おお!ティーズ、戻っておったか!」

「・・・椿」

「手前は、先程まで工房に居ったのだ。人肌が恋しいゆえに暫しこのままだな」

 

 ホームにやって来たのは椿。彼女はティーズを背後から抱き締めると、彼の頭の上に顎をおいた。

 

「ふふっ、あなた達見てると本当に姉弟みたいね」

 

 ヘファイストスが言うように、二人には共通点が多い。

 褐色の肌、黒髪、ガーネットのような瞳。鍛冶師であることや、冒険者として強い事。

 違うとすれば、無表情鉄面皮がデフォルトのティーズと、呵々大笑と表情豊かな椿ではみられる表情が違うことぐらいか。

 

「それにしても、お前の表情は動かんなぁ」

 

 椿は、ティーズ頬を撫でながら、どこか憂いの浮かんだ表情でそう呟く。

 呟かれた側のティーズは首をかしげて、椿を見上げた。

 

「ほれ、手前がお前を笑わせてみせようではないか」

 

 見上げてくるティーズの頬をつまんで上に引き上げる。

 

「─────────────あっはっは!かわいいな、ティーズ!お主は、やはり面白いぞ!」

「?・・・・・??」

 

 ワシャワシャと犬でも撫でるように、椿はティーズの頬を捏ねまくる。

 バンダナを着けているため、髪の毛がボサボサにはならないものの、椿のレベルは5。

 実は、けっこう危ない所なのだが、ティーズのレベルは6だ。首がポロリ等にはならない。

 

「ああ、そういえば、ティーズ。ロキ・ファミリアには代金を貰わなかったのよね?」

「・・・・ん」

「それじゃあ、対価は何を貰ったのかしら」

「宴会。呼びに来るって」

「ほう、ロキ・ファミリアの宴か。となると、豊穣の女主人か」

「ロキの許可は貰ったのね。楽しんできなさい」

「ん」

 

 椿に頬を捏ね回され、ヘファイストスに頭を撫でられる。

 分からずとも、やっぱり彼は、愛されているのであった。

 

 

 ■■■■

 

 

 オラリオには、様々なファミリアのみならず多くの商店も存在している。

 

「・・・・ジャガ丸くん」

「おお!ティーズ君じゃないか!」

 

 北のメインストリートに在る、とある出店。

 店番をするのは、幼い面持ちでありながら体つきは、男性垂涎モノというアンバランスな女神であった。

 白い服に、青い紐という奇抜な格好だ。

 

「何味が良いんだい?」

「しょうゆ」

「新商品の小豆クリームは──────」

「しお」

「甘いの苦手だったっけ?」

「あんまり、好きじゃない」

 

 女神、ヘスティアはヘファイストスの神友だ。少し前まで、ヘファイストス・ファミリアのホームに住んでいた。

 

「・・・・・?」

 

 ジャガ丸くんの準備をしているヘスティアを見て、ティーズはあることに気が付いた。

 というのも、ファミリアに居候していた際には見られなかったやる気に満ちていたのだ。

 

「ヘスティア様、楽しそう」

「ふぇ?そうかい?」

「ん。良い顔してる」

 

 受け取ったジャガ丸くんを無表情で頬張るティーズに対して、ヘスティアは頬を掻いた。

 幼い少女のような見た目(一部違うが)である彼女だがやはり神であり、長い時を過ごしてきた存在だ。生娘のようには騒がない。

 

「君は、意外に人を見てるよね」

「?」

「君みたいな眷属が居てくれて、ヘファイストスは幸せだって事さ」

「幸せ・・・・」

 

 ヘスティアは竈などの女神と同時に、孤児の保護者だ。彼女にとって、子供はその全てが分け隔てなく接する相手となる。

 そんな中で、能面少年のティーズの様な子供は、彼女にとって心配の種でもあるのだ。

 

 閑話休題

 

 この出店は、北のメインストリートにあるが同じ区画には、ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館もある。

 そして、このファミリアには生粋のジャガ丸くん好きの少女が居た。

 

「ジャガ丸くん、ください」

「いらっしゃい!何味にするのかな?」

「小豆クリーム味でお願いします」

 

 やって来たのは金髪の妖精。

 彼女は、先程ティーズの頼まなかった味を頼み、彼へと歩み寄っていた。

 

「さっきぶり」

「ん」

 

 モゴモゴと咀嚼する彼に答える言葉は発せないために、頷きとくぐもった肯定が返ってくる。

 流石にアイズも間が悪いと思ったのか黙っていた。

 少し経って、ティーズが口を開く。

 

「甘いの好きなんだな」

「うん。ティーズは、嫌い?」

「あんまり」

 

 無表情×無表情の会話なんてこんなものであり、淡々と互いの思ったことを伝え合う。

 

「どこか行くの?」

「ん」

「ついていっても良い?」

「・・・・なんで?」

 

 両者同時に首をかしげた。

 ティーズとしては、何故アイズがついてこようとするのか分からない。

 アイズとしては、何故自分がこんなことを言い出したのか分からない。

 互いが互いに、自分の状況に対して首をかしげれば、その傍らから吹き出す音が聞こえた。

 

 見れば、ヘスティアが口許を押さえてプルプルと震えているではないか。

 

「ヘスティア様?」

「・・・・あ、ああ、ごめんね。君達が、あまりにも似てるから、つい」

 

 確かに、彼女の言うようにティーズとアイズは似ているところがあった。

 主に、コミュニケーション能力の弱さや無表情な所など。

 特に、対人能力に難有りの部分は相当似通っている。

 

「ティーズ君、友達は大切にすべきだよ?」

 

 笑いを収めたヘスティアはそうアドバイスを行う。

 返ってくるのは、首かしげであった。

 

 

 ■■■■

 

 

 オラリオの有名人というのは、町を歩くだけで注目を集めるものである。

 

「おい、『剣姫』が男つれて歩いてるぜ」

「マジかよ。うわ、マジだ」

「誰だ、アイツ」

「お前、潜りかよ!知らないのか?この町、どころか世界でも有数の鍛冶師だぞ!?」

「はぁ?んなもん、ヘファイストス・ファミリアの『単眼の巨師』だろ」

「バッカ、あの人よりもレベルは上って話だ」

 

 下っ端冒険者達が騒ぐ先にいるのは、金髪の妖精と褐色の鍛冶狂い。

 剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインと『錬鉄童子(ブラックスミス)』ティーズ・クロケットその人である。

 

 前者は、有名だが、意外にもティーズに関しては知られていない。

 理由は単純に、彼の武器が出回ることが少なく、彼自身も表立っては目立たないから。

 

 故に知る人ぞ知る名工のようになっていた。

 そして知っている者にとって、彼の武器は失敗作でも高値で取り引きされる。

 酷いときなど100ヴァリスの剣が裏では、その十万倍で取引されたこともあったほど。

 

 閑話休題

 

 二人が歩いているのは、西のメインストリートだ。

 といっても、そこらの商店に用はなく、メインストリートも外れの方まで来てしまっているのだが。

 しかも、路地に入り込んで周りの空気は少し湿っている気がしなくもない。

 

「・・・・」

 

 アイズは、少し前を歩く少年の背を見つめる。

 自分の目指す強さ、という指標にて常に前を行くのが彼だ。

 最初の出会いは、年が近いこともありヘファイストスとロキが一計をこうじた結果だった。

 ファミリアが違うために頻繁に顔を合わせることこそ無かったが、それでもダンジョンに潜り始めれば何度か顔合わせはあった。

 

 最初のレベルアップは、冒険者となった一年後。

 世界最速の記録を二人同時に叩き出した。

 そしてここから二人の道は本格的に別れたとも言える。

 アイズは、冒険者として。ティーズは、鍛冶師として。それぞれの師の元で腕を磨いてきた。

 

 違ったのは、師の数か。そして、方針。

 

 座学よりも実地を主とし、自作武器の性能を確かめるためにダンジョンに潜っていたティーズと、何かと過保護で三人掛りで止められていたアイズ。

 

 最初の差は、レベルが4に上がった頃か。そこからレベルが上がる際に同時に、とはならなかった。

 今でも過保護に止められるアイズと、大分放任されているティーズ。

 この二人では、レベルの上がり方に差があるのは明らかであったのだ。

 

 今では常に追い掛ける状況。

 

「着いた」

 

 アイズの思考が飛んでいると、急にティーズは立ち止まって呟く。

 

「ナァーザ、居る?」

「あら、ティーズさん。素材もってきてくれた?」

「ん」

 

 扉を開けて中に入れば薬独特の匂いが立ち込めた店内に一人の女性が居た。

 彼女、ナァーザ・エリスイスに対してティーズは腰に着けていたサイドポーチから有るものを取り出し手渡した。

 

「ブルーハーブ?」

「ん。冒険者依頼」

 

 アイズが呟き、ティーズが肯定する。

 渡されたのは、群青の色合いをした草っ葉であった。

 ブルーハーブと呼ばれるこれは、様々な薬剤に応用でき、医療系のファミリアでも重宝されている。

 

「それにしても、物好きですねティーズさん。ディアンケヒト・ファミリアならばもっと高く買い取ってくれるでしょう?」

 

 ハーブを受け取ったナァーザは、報酬を手渡しながらそんな憎まれ口を叩いてくる。

 ムッとするような物言いだが、憎まれ口を受け流したティーズには効きはしない。

 渡された小銭の入った袋をサイドポーチに収める。

 

 ナァーザが憎まれ口を叩いたのには訳があるのだ。

 そもそも彼女の所属する、ミアハ・ファミリアはナァーザ一人しか団員がいない零細ファミリアだ。

 更にある理由から、莫大な借金が有り報酬など雀の涙にも劣る額しか払えない。

 

 ブルーハーブはダンジョン中層と深層の境い目附近にしか生育していない故に単価が高いのだ。

 でありながら、彼女達がティーズに払っているのは子供のお小遣いにも劣る額。

 そんな金額では、普通ならば誰も受けるどころかギルドに通報されかねない様な事なのだ。

 でありながら、ティーズという少年は好き好んで、ミアハ・ファミリアの冒険者依頼をこなしていた。

 

 一度、ナァーザは聞いてみたのだ。何故、こんなことをするのかと。

 ティーズは、少し考えて、ヘファイストスの友神だから、と答えた。

 

 そもそも、彼にとって損得勘定があまり意味をなさない。打算やら何やらに一番遠いのがティーズ・クロケットなのだから。

 

「次の依頼は?」

「そうですね。では、ハーブ各種を採ってきてもらいましょうか」

「ん、分かった」

 

 そんな裏事情を知らないアイズが眉をひそめる先で、新たな契約は結ばれていく。

 そこに在るのは、金銭によるモノではなく、信頼による繋り。

 話は纏り、二人は店を出た。

 

「・・・・・良いの?」

「ん?」

「報酬」

「良い。ヘファイストス様も椿も知ってるから」

 

 嘘をつけない男が隠し事を出来る筈もない。

 最初は、アイズのように二人からも良い反応は返ってこなかった。

 しかし、それも最初の何度かのみ。

 

「なんで?」

「・・・・」

「報酬、少ないし」

「別に報酬ほしくてやってないから」

 

 やりたいからやっているだけ。そこには、それ以上はない。

 

「じゃあ、何で?」

「・・・・」

「ねえ」

 

 黄昏の館につくその時まで、アイズに服の裾を摘ままれティーズが質問されまくるのは、余談である。


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