試し斬りをダンジョンで行うのは間違っているだろうか   作:アマルガム

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怒っちゃって六

「ほな、遠征帰還を祝って乾杯やーーー!!」

 

 そんな挨拶と共に辺りから、グラスがぶつかり合う音と歓声が上がった。

 豊饒の女主人。オラリオでも可愛らしさと美しさを兼ね備えた女性店員が多く、人気の店だ。

 

「……………」

 

 砂でも食ってんのか、と突っ込みたくなるほどに無表情で骨付き肉を咀嚼するのは、ヘファイストス・ファミリア所属のティーズ・クロケットである。

 彼の周りに酒はない。ただ、皿が積まれていくのみ。

 

「お代わりです、ティーズさん」

「ん」

 

 山盛りの肉の皿をもって現れたのは、エルフの店員。

 

「旺盛ですね」

「ん」

「美味しいですか?」

「ん」

 

 黙々と肉を貪るティーズ。その口の周りは肉の油でベッタベタに汚れていた。

 

「ティーズさん」

「ん?」

「汚れています」

「むぐぅ…………」

 

 店員、リュー・リオンは布巾を取り出すと彼の口の周りを拭い始める。

 

「貴方も子供ではないんですから」

「ん」

 

 注意をしながらも、リューはティーズの世話を焼く。

 

 周りでは、ロキ・ファミリアの面々が思い思いに騒いでいた。

 

「ささっ、こちらをどうぞ団長」

「あ、ああ、ありがとうティオネ。ところで、こんなに僕に飲ませてどうする気かな?」

「他意なんてありませんよ。あ、ほら、また空になってますから」

「ガレスーーーーっ!!ウチと飲み比べで勝負やー!」

「おう、掛かってこい!返り討ちにしてくれるわ!」

「当然勝負やからな!これで勝った方は、リヴェリアのおっぱいを好きにしてエエ権利を贈呈やーーーー!!!」

「「「なにぃいいいいいい!?」」」

 

 男性陣総立ちである。

 酒の勢いもあるが、それ以上にハイエルフであるリヴェリアの魅力が凄まじい故の結果であった。

 

「リ、リヴェリア様………」

「好きに言わせておけ」

 

 酔っぱらいほどマトモに相手するだけ無駄な相手は居ない。

 リヴェリアは果実酒の入ったグラスを持って辺りを少し見渡した。

 酒が入っているせいか、どいつもこいつもハイテンションだ。

 

 そんな中で、温度差で陽炎でも見えそうなほど静かな席がある。

 傍らに重ねられた皿が30枚を越えたティーズの席だ。

 

 元々大人しい気質であることと、酒を飲まないため騒ぐことがない。

 傍らには、時折肉を追加してくるリューと喧騒から逃げてきたアイズの姿があった。

 

「美味しい?」

「ん」

「私も、食べて良い?」

「ん」

 

 横並びになって頬を膨らませて肉とサラダを食らう二人。

 どちらも表情は変わらないがかなりの早さで食べていた。

 というか、喧騒の中央を眺めながら無表情でそれぞれの皿を食べている二人というのは存外シュールな絵面だ。

 

「…………ふっ、思ったよりも仲が良いか」

 

 二人の関係性を少なからず知っているリヴェリアは、安堵したように果実酒を煽った。

 過保護なのは、彼女も理解している。しかし、やはり心配なものは心配なのだ。

 

 宴会も佳境、酒がかなり回ってくると人は気が大きくなるというものだ。

 

「ああ、そうだアイズ!あの話してやれよ!」

 

 一際大声を上げて話を振ったのは、酒によって頬に赤みの差した狼人ベート・ローガであった。

 話を振られた側のアイズは、分からなかったらしく、サラダを食べながら首をかしげる。

 

 そこから彼が語ったのは、ミノタウロスに追われた冒険者の話。

 最後には、アイズがミノタウロスを仕留めその血で真っ赤に染まり、そして大声を上げて逃げた話であった。

 

 酒に酔った面々からすれば笑い話かもしれないが、当人からすれば堪ったものではない。

 

 笑っている周りに対して、アイズは少し不愉快そうに眉をひそめるものの、それは誰にも気づかれない。

 だが、そこで隣から服の袖を引かれた。

 

「アイズ」

「…………なに?」

「あの話、何が面白いんだ?」

 

 首をかしげるティーズには、ベートの話の面白さがわからなかったらしい。

 そも、ミノタウロスはレベル2相当のモンスター。そして、上層の中でも地上に近い場所は初心者等しか居ないような場所だ。

 であるならば、逃げてもおかしくない。むしろ逃げねばならない。

 第一、恩恵を貰った初っ端から化け物みたいに強い者など居ないのだ。

 自身の命を守るために逃げた相手を笑えるほど、ティーズは天狗ではなかった。

 

「分からない」

「ふーん……………変なの」

 

 初心忘れるべからず。

 冒険者にありがちな事だが、レベルが上がればそれだけ一人で出来ることも増えるため、万能感が出てくる。

 その万能感はそのまま傲りに繋がるのだ。

 

「それじゃあよぉ、アイズ。つがいにするなら、あのガキと俺、どっちがいい?」

 

 どうやら、相当に酔っているらしい。

 常の傲慢な態度と相俟って中々の爆弾発言をかましていた。

 

「……………私は、そんなことを言うベートさんとはお断りです」

「だぁーーーはっはっは!!フラられとる!」

 

 ロキが笑うと同時に周りも同時に笑い出す。

 この状況でいたたまれないのは、ベートだろう。

 彼の頬には、酒以外の赤みが差していた。

 

「ザコじゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ!」

 

 それゆえに、思わず叫んでしまっていた。

 すぐに店内のざわめきに声は飲まれたが――――――――

 

「ベルさん!?」

 

 一人の少年が店を飛び出してしまった。

 一瞬の静寂が訪れるものの、そこは酒場だ。直ぐに喧騒が舞い戻ってくる。

 

「あれ、さっきの話の?」

「………………うん」

 

 飛び出した少年の背を見て、落ち込んだアイズにティーズは問う。

 その答えに、彼は少し頭を回して考えた。

 

「……………ベートだってオレより弱い」

 

 この一言は、喧騒の中でも嫌に響いていた。

 どうやら、彼は考えた末にベートのザコ発言が少年を傷つけたと考えたらしい。

 因みに言うと、この場でティーズを相手できるのは同じくレベル6であるフィンやリヴェリア、ガレス位なのだ。

 後は酒場補正の、ミア位である。

 つまり、ティーズからすれば一部を除いて全員五十歩百歩の域を出ない。

 

「何が言いてえ?」

 

 席を立ったベートは、ジョッキを片手にティーズへと詰め寄った。

 

「俺を、ザコだって言いたいのか?」

「違う。けど、アイツが逃げたのは間違ってない」

「ハッ!ザコに肩入れか?」

「違う。勝てない相手と戦わないのは、生きる上で大切なこと」

 

 ティーズが立ち上り、ベートへと詰め寄った。

 身長差は、ベートが頭半分ほど高い。

 

「そいつは、ザコの生き方だ」

「違う。人は弱い。レベルなんて関係無い。死ぬときは、あっさり死ぬ」

 

 その論は、ベートには相容れない。

 彼にとっては、強者という矜持が全てだ。それ故に、弱い、と評されるのは受け入れられない。

 

「表に出やがれ。鍛冶師風情が…………!」

 

 だからか、地雷を踏んでしまった。

 酒と、一時の怒りによる精神の高揚。

 

「――――――――――分かった」

 

 ザワリ、と全身が粟立つような殺気。

 

「表に出ろ」

 

 

 ■■■■

 

 

 豊饒の女主人前のメインストリート。夜でありながら、そこには多くの人だかりが出来ていた。

 

「………………」

 

 その中央に向かい合って立つのは、ベートとティーズの二人。

 

「ぶっ潰してやるよ」

「ご託は良い。さっさと来い」

 

 ベートの粗野な様子はいつもの通りだが、ティーズは違う。

 いつもならばあり得ないほどの気配の鋭さ。

 完全に、怒らせてしまっている。それが、常の彼を知る者達には、ハッキリと理解できた。

 

「ぶっ潰す…………!」

 

 ベートは、まるでその場から掻き消えるように、姿を消した。

 彼の速度は、ロキ・ファミリアでも随一だ。

 少なくとも、第2級程度の冒険者では対処できない。

 人垣の中、ベートは縦横無尽に駆けていた。

 

「食らえや!!!」

 

 数秒後、彼はティーズの斜め後方に現れる。

 放つのは、跳び回し蹴りだ。後頭部を狙って振り―――――――――

 

「遅い」

「ゴッ!?」

 

 その前に、ティーズは振り返るとその顔面に拳を叩き込んでいた。

 一瞬だけ硬直し、ベートの体は大きく吹き飛ばされる。

 一撃必殺。

 ただの拳一発でレベル5の冒険者を、彼は倒して見せた。

 縦回転しながら、吹き飛んだベートは近くの家屋へと突っ込んでいく。

 

「………………」

 

 見送ったティーズは、握り込んでいた拳を解いた。

 

 彼は、珍しくも怒ったのだ。それも、激怒と言っても過言ではない。

 顔はいつも通りの無表情であった。だが、その内側では、炎が揺れていたのだ。

 

 強靭な鋼の中に、劫火を内包した魂。それが一際強く燃え上がっていた。

 

「いやー、相変わらず強いなぁティーズ。まさか、ベートの速さを初見で対処するやなんて」

「……………ごめんなさい、ロキ様。騒ぎを大きくしてしまって」

「別に構わへんよ。ウチらも無礼講やったけど荒れとったからな。お灸にはちょうどエエやろ」

「そう、ですか………………失礼します」

 

 話もそこそこに、ティーズは頭を下げると、幾らか入った袋をその場に置いて去っていってしまう。

 

「やっぱ、ティーズは強いなぁ。ホンマにレベル6なんやろか」

「確かに、僕らでも目で追うのが厳しいベートのスピードに完全に合わせてたからね」

「至ったんやろうか」

 

 ロキの言う至ったというのは、現世界最高峰であるレベル7という極致の事。

 現在は一人のみ、その頂きに立っている。

 

「さて、ね。ただ、もしもの時には、なるべく敵対したくはないかな」

「それは団長としてかいな」

「いや、友人として、かな」

 

 

 ■■■■

 

 

「お久しぶり。良い夜ね」

「…………………」

「フフッ、そんなに身構えないでちょうだい。別に取って食いはしないわよ。ただ――――――――――――」

 

 その背に白銀の月を背負い、女神は笑む。

 

「私のものに、なりなさい。ティーズ・クロケット」


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