試し斬りをダンジョンで行うのは間違っているだろうか   作:アマルガム

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出会っちゃって八

 鍛冶師にとって、持てる技術の全てが財産である。

 火入れのタイミング、温度、鎚で叩く回数、力加減、鋼を冷ますために必要な水の温度。

 挙げだせばキリがないほどに多く、その一つ一つが鍛冶師によって差がある。

 

「…………………ッ!」

 

 何度も何度も甲高い金属音が工房に鳴り響く。

 赤く燃え盛る炉の中で、赤熱した鉄を見ながらティーズは鎚を振るう。

 一際強く鎚が振り下ろされ、直ぐに水の蒸発する音が工房に染み渡っていく。

 

「………………」

 

 一瞬で、鋼は熱を奪われ赤熱した状態から、輝きを放つ剣の刀身が持ち上げられた。

 茎を鋏で挟んだ状態で何度も刀身を眺め、ティーズは目を細める。

 見るからに一級品の出来栄えだ。

 完全に、鋼が冷めたことを確認し彼は傍らに用意していた、黒塗りのシンプルな柄へと茎を差し込み、目釘でそれを固定した。

 柄の刃側にあるデッパリが鍔を兼ねており、あまり接近戦に向く形状ではない。

 

「………………うーん」

 

 片手で何度か振るってみるが、しっくりこないらしく、ティーズは首をかしげた。

 両刃の剣ではあるが、綺麗に断ち切るタイプの剣だ。

 その手の武器は、確りと刃筋を立てねば力を発揮できない。

 そして、刀身が真っ直ぐであり、寸分の狂いもなく持ち主の技量を反映できるバランスが必須。

 彼の感覚の話しになるが、何とも振った際に刀身が微かにブレた気がしたのだ。

 気のせいかもしれないし、柄が合っていないだけ、ということもある。

 ティーズもそう考え、直ぐに柄を外し茎を握って何度か振るってみた。

 

「………………鋼が歪んだ、かな」

 

 やはり感じる違和感に、ティーズの落胆は隠せない。心なしか、いつもの無表情にも翳りがみえた。

 売り物には、なる。ソレこそ、バベルのヘファイストス・ファミリアが保有する店舗にて最上ランクが付けられることだろう。

 だが、それはティーズにとっては複雑なもの。

 彼としては、一ミリの瑕疵もない武具を冒険者に使ってほしいのだ。

 これは、鍛冶師になってからの矜持でもある。

 

 常に、“今”よりも良いモノを。

 

 通常の冒険者と違って鍛冶師はレベルが高ければ良い武器や防具を造れる訳ではない。

 確かにレベルが高ければ良い素材や、希少な素材に手を出せるかもしれない。

 しかし、それらを使って相応の武器や防具を造るというのは、二流と言っていい。そんな事ならば、素材をそのまま武器として振るう方が金もかからず、時間も削減できる。

 素材を生かし殺さず、最大限その良さを引き出すこと。これが必須だ。

 

 レベルが上がれば力も増すがその分、加減にも最大限の注意が必要。

 その為か、故意にレベルを上げない鍛冶師も居た。発展アビリティである鍛冶さえあれば様々な武器は打てるからだ。

 というか、実地に赴く鍛冶師自体が多くない。

 基本は、他の冒険者に委託して素材を集めるか、専属契約を結ぶかだ。

 因みに後者は、冒険者から持ちかける場合と、鍛冶師から持ちかける場合がある。

 

 そして、ティーズはどちらもやらない変り者。

 ぶっちゃけ、専属契約を結んだ方が何かと良い。

 まず、鍛冶師としての基準が作りやすい。これによって、際限無く良いモノを求めて、自分の才能に絶望する、ということが起きにくくなるからだ。

 そして、二人三脚である事から腐りにくい。契約相手を高みに登らせようと常に努力するため、上達が早くなる。

 

 ティーズはそんな相手に出会ったことがない。

 周りに目を向けていなかった訳ではないが、鍛冶と試し斬りばかりしていて、いつの間にかレベル6。

 この段階になると、契約相手を探すだけでも一苦労だ。

 

「…………………ふぅ」

 

 炉の火を落とし、ティーズは柄をはめ直した剣を腰に下げて部屋を出た。

 

 

 ■■■■

 

 

 怪物祭。年に一度の祭典にして、人々が楽しみにしている祭だ。

 数日後に祭典を控えた今日この頃は、祭に向けての準備で騒がしい限りである。

 

「……………うーん、酔った」

 

 人混みとも言える状況で、ダンジョンに行く際のバックパックを下ろしてきたティーズは人酔いしたせいか、青い顔をしていた。

 ダンジョンとホームの行ったり来たりばかりをしているせいか、この類いは苦手らしい。

 疲れたように、人混みから外れると近くの噴水の縁へと腰掛けた。

 

 適当に歩き回っていた為か、いつの間にか噴水広場へとやって来ていたらしい。

 ダンジョンへの通り道に無意識でやって来る辺り職業病ではなかろうか。

 無表情でぼんやりと人混みを眺める彼は、端から見れば冒険に疲れた少年にもみえた。

 

「ちょっとそこのお兄さん」

 

 ポケーッと効果音でも付きそうなほどのんびりしているティーズに、不意に声をかけられた。

 

「…………………オレ?」

「はい。冒険者、ですよね?」

 

 立っていたのは、フードを目深に被った大きなリュックを背負った人物であった。

 

「リリは、サポーターなんです。どうですか?雇っていただければ荷物持ちでも何でもしますよ」

「サポーター………………」

 

 目の前の、声色からして少女に対して、ティーズは首をかしげ、顎を撫でる。

 基本ソロな彼には、サポーターという者達には世話になったことがない。

 無論、ロキ・ファミリア等にはサポーターが居るため存在は知っているが、まさか自分のもとに来るとは思ってもみなかった。

 

「うん、良いよ。行こうか」

 

 立ち上がったティーズ。

 今回、武器の試し斬り予定はなかったがサポーターを連れた冒険というものに興味が湧いたらしい。

 

 そんな背中を見ながら、サポーターである犬人、リリルカ・アーデの視線は彼の腰に提げられた剣へと向けられているのだった。

 

 

 ■■■■

 

 

「リリ、オレの後ろから出ないように」

「は、はひっ!?」

 

 今まさに、ハードアーマードを一太刀で切り伏せたティーズはいつもの通り、無表情でぼんやりしている。

 だが、彼の後ろで、ローブの裾を掴んだリリルカは気が気ではない。

 

 現在、十一階層。ノンストップでここまで真っ直ぐやって来ていたのだ。

 辺りには霧が立ち込めており、視界が悪く、周囲からはモンスターの唸り声が響いている。

 仮にここで離れてしまえば、一瞬で彼女は骨も残さず食い殺されるかもしれない。

 

 そんなサポーターの事情など知る吉もないティーズは、ズンズンと先へと進んでいく。

 霧に紛れるシルバーバックやオークなど歯牙にも掛けること無く切り捨てており、彼が高位の冒険者であることを如実に表していた。

 

「……………」

 

 ティーズは、剣を振るいながら、やはりその刀身の歪みが気になっているらしい。

 切れ味は、モンスターの硬い外殻や堅牢な骨を紙のように斬っている為にお察し。

 それ故にか、剣の歪みが気になってしかたがない。

 

 気づけば、12階層へと降りるための階段がある、部屋へとやって来ていた。

 直後、揺れと共に、霧の向こうから大きな影が現れる。

 

「インファント・ドラゴン……………!」

 

 リリルカがそう呼んだのは、小型の龍。

 その強さは、階層主の居ない上層で実質階層主であると呼ばれるレベル。

 稀少であり、滅多に遭遇できないレア種であった。

 

「………………」

 

 リリルカを守るように、立ちはだかったティーズは剣を構えた。

 

 彼としては、一太刀で倒せる相手。鬼門は、レアドロップだ。

 幸運の発展アビリティがあるとはいえ、物欲センサーは誰の前にも立ちはだかる。

 

「フッ…………」

 

 斬ッ、と振り下ろされる剣。

 4Mの巨体は、一刀の元に断ち切られ、霧が斬れ、更にその奥の壁にも深い亀裂が刻まれる。

 あんまりな光景に、リリルカの目が見開かれ、絶命したインファント・ドラゴンとティーズを交互に何度も視線を動かしていた。

 

 今回声をかけた相手が強いことは、彼女も理解していたつもりだった。

 しかし、ここまで隔絶した実力とは思ってもみなかったのだ。

 ここで、目的を果たそうとすれば、どうなるか火を見るよりも明らかであり、自然と彼女の頬を冷や汗が伝う。

 

「………………帰ろうか」

 

 運良く出たドロップアイテムを回収したティーズがそう切り出し、今回の探索はお開きとなった。

 

 余談だが、魔石換金の際に八割の報酬と多数のドロップアイテムを渡され目を白黒させたリリルカが居たとか、居なかったとか。


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