試し斬りをダンジョンで行うのは間違っているだろうか   作:アマルガム

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喧嘩しちゃった九

 怪物祭。

 オラリオが町をあげて皆が楽しむ祭だ。

 

「……………」

「ほれ、そんな顔をするなティーズ。折角の祭、楽しまねばな」

 

 椿に手を引かれるティーズは、無表情が若干むくれていた。

 今日は、自室から出たくなかったのだ。

 周りを見渡せば、活気に満ち溢れた町並みと、出店をひやかす人々の波がある。

 

「………………」

 

 いつぞやの人酔いを思い出して、彼の顔に青が差した。

 

 どうして、出掛けているのか。

 発起人は、ヘファイストスだ。

 というのも、ティーズは一度工房に籠ると最短一週間は出てこない。

 だが、煮詰まった今回は珍しくも数日で出てきたのだ。

 そのまま籠らせるのを良しとせず、彼女は一計を案じた。

 

 結果、椿が再び工房に籠ろうとしたティーズを引きずり出してここまで来た。

 

「ほれ、ティーズ。お主の好きな所に行こうではないか。今日は、手前の奢りだぞ?」

「ホー――――――――――」

「――――――――――ム、以外な。折角の主神様の計らい、無駄にするものではない」

「ぐぬ……………」

 

 趣味の無いティーズにとって、好きな所、というのは難しい。

 飲食に興味無く、雑貨も興味が無い。

 かといって、他人の武具を見ると、ダメ出しの一つもしたくなってしまい、最悪打ち直したくなってしまう。

 

 余談だが、それが原因でギルドの支給品が一部改善されていたりする。

 

 さて、趣味無し、好奇心希薄なティーズは、辺りを見渡した。

 改めて見渡せば、周囲には様々な出店が立ち並んでいる。

 飲食系のみならず、工芸品や遺跡などから出土した品。宝石や衣類、家具等。

 その種類は多岐にわたっている。

 

 単純に見て回るだけでも目移りし、一日過ごせるそんなラインナップ。

 

「とりあえず、何か食べる」

「あい分かった。ならば、あの店はどうだ?」

 

 

 ■■■■

 

 

 祭のメインイベント、モンスターの調教。

 このモンスターは、ダンジョンから連れてこられたモノ達だ。

 それこそ、上層や中層ギリギリの所から連れてくる比較的弱く、祭の主催者であるガネーシャ・ファミリアでも鎮圧できるようなモノばかり。

 だが、それも場合による。

 

「フフッ、いい子ね」

 

 暗闇に響く蠱惑的な声。

 周りには、目が虚ろとなりどこか虚空を見つめる冒険者達の姿。

 一人の女神が、モンスターの前にたっていた。

 

「ある子を探してきてほしいのよ。透明なあの子を、ね?」

 

 その美貌は、モンスターすらも魅了し虜にしてしまう。

 

「もう一人は、貴方達じゃ無理ね。――――――――――オッタル」

「ここに」

 

 女神は、従者を呼び出した。

 

「事態は混乱するわ。乗じて餌を撒いて誘き寄せなさい」

「かしこまりました」

 

 従者は影に消え、女神の微笑が闇に浮かぶ。

 

 

 ■■■■

 

 

「やれやれ、とんだ外出になってしまったなぁ」

「…………とりあえず、戦う?」

「ふむ。そう、だな。…………………いや、手分けするか。手前は避難誘導を優先しよう。ティーズ、お主はモンスターを狩りつつ元凶を押さえるべきだろうな」

「了解」

 

 辺りから巻き起こる悲鳴とモンスターの雄叫び。

 それらを聞きながら、ティーズと椿の二人は同時に駆け出した。

 

 祭を回っていた二人であったのだが、そこで事件が起きたのだ。

 モンスターの脱走。数体のモンスターが町に解き放たれていた。

 

 当然ながら、非戦闘員にはそれらは脅威。

 であるからこそ、ギルド職員達は目についた冒険者達に応援を要請していた。

 

 その状況では、固まって動くことは得策ではない。

 椿と別れたティーズは、町中を走っていた。

 先程から獣にでも睨まれたかのように背筋に氷柱でも突っ込まれたかのような悪寒を覚える。

 

「………………っ」

 

 路地を何本か進み、気付けば町の外れまでやって来た頃、彼は唐突にその場を飛び退いた。

 

「やはり、いい反応だな」

「……………また、お前か」

 

 ティーズは、振り返った先に立っていた男を視界の端に収めた時点で剣を造って構えていた。

 その先にいるのは、既に剣を抜いた体勢のオッタル。

 全身からは、覇気が溢れておりいつぞやの夜の邂逅とは雰囲気が違う。

 

「構えろ」

 

 言葉は短く端的に。

 伝える内容は、最低限に。

 

 次の瞬間、ティーズの目の前には鬼が居た。

 

「ッ!!」

 

 巻き起こる土煙と、衝撃が三階建ての建物よりも更に上まで駆け抜けていく。

 

「――――――――――穿槍」

 

 立ち上る土煙を巻き込むようにして突き出されるのは先端が4つに分かれ凶悪な見た目の槍であった。

 その槍は、穂先のみならず鉤のようになった刃が柄の中程まで付けられており、それが回転しながら突き出されたのだ。

 

「ずいぶんと、凶悪だな」

「…………………だったら見逃せ」

 

 土煙が晴れれば、少し距離をとったオッタルと彼と向き合う形で中程から刀身の折れた剣と凶悪な見た目の槍を携え、頭から血を流したティーズが現れる。

 オッタルの一撃により、造った剣は一瞬の拮抗の末に折られていた。

 咄嗟に、身を翻して躱したもののスレスレで擦った結果、血が流れる。

 

「………………」

 

 槍を地面に突き立て、消し。剣の残骸を放り投げて消す。

 新たに造り出したのは、折れず曲がらずよく斬れる、を体現する日本刀だ。

 

 構えは、霞。刃を空へと向け、切っ先を下げることにより、受け流しを主とする。

 

 守勢だ。完全な待ちの体勢。

 狙いは、後の先によるカウンター。ぶっちゃけた話、ティーズはオッタルに突っ込んで先手がとれるとは思えなかった故の選択だ。

 

 レベルの差は、それだけデカイ。焼け石に水、と言っても過言ではない。

 

「無駄だ」

 

 やはり一瞬。ティーズの目の前にオッタルが現れ、大上段から振り下ろしが放たれていた。

 だが、今回は違う。

 鋼がぶつかった瞬間、火花が走った。

 

「………………む」

 

 オッタルは違和感を感じる。

 振るった大剣が横に滑ったのだ。

 瞬間、銀閃が上から下へと放たれていた。

 受け流しの勢いそのままに、刀を振り上げ振り下ろした一撃は、半身引かれたことにより、表面を薄く傷をつけるに留まっていた。

 

「シッ」

 

 振り下ろした刀を突き上げるように、下から上へと放つ。

 ガキリ、と大剣の刀身に刀が突き立てられた。

 火花が散る。

 

「――――――――――潰斬」

 

 ティーズは、刀から左手を放しその手に切っ先が角張り斬ることに特化した鉈のような大剣を出現させ、横薙ぎに振るっていた。

 オッタルが剣を持つのは、右腕だ。そして振るわれたのは、彼から見て右側から。

 普通は、止めること叶わず真っ二つだ。

 

「……………」

「見事なモノだ。――――――――――――――――だが、足りんな」

 

 一瞬で大剣が左手に持ち変えられ、右肘と右膝で挟むようにして大剣は止められていた。

 

「………………………ふんっ」

 

 オッタルは、挟んだ肘と膝に力を込め直しまるで飴細工のように大剣を砕いてしまった。

 砕ける大剣。しかし、ティーズは既に次の手へと移行している。

 剣が砕かれた時点で、柄からは手を放しており、直ぐに短刀を造り出して突きを放っていた。

 

 そこで改めて距離が離れる。

 ゾワリと首筋に鳥肌が立った為に、ティーズがその場から飛び退いたのだ。

 

「良い勘だ」

 

 オッタルの右手が短刀による突きで狙われた位置に置かれていた。

 仮に、突きを放てば手首を掴まれ握り潰されていた事だろう。

 

「…………………」

 

 レベル差が横たわっている。仮に同レベルならばもう少しマシだったろう。

 この差を埋めるには、小手先の技と手札の多さに依存するしかない。

 

 だが、場所が悪すぎた。

 ここはオラリオの町外れとはいえ、町の中であることには変わり無い。

 それ故に、大規模な創造が出来ず、大規模破壊可能な武器創造も出来ずにいたのだ。

 

「“鋼の音、万里に木霊しその身を示せ”」

 

 刀を手放し、完全詠唱で造り出すのは漆黒の刃を持つ両刃の剣。

 

「――――――――――黒剣(くろのつるぎ)」

「魔剣か」

「…………………」

 

 オッタルの答えを否定し、ティーズは剣を持つ右手首を左手で掴んで中段に剣を構える。

 

 そして、消えた。

 

「―――――――――――ほう」

 

 正面。フェイントの小細工なしに、ティーズはオッタルへと斬りかかっていた。

 感嘆の声を漏らしたオッタルだが。この瞬間に、初めて鉄面皮が動いた。

 

 何と、ティーズの剣がオッタルの大剣に切れ込みを浅くだが刻んでいたのだ。

 ギリギリと火花を散らすが、その度に徐々に徐々に、剣が大剣へと押し進められていく。

 

 種明かし、というわけではないが、彼の黒剣は一種の魔剣だ。

 効果は、造り出すだけで内在魔力の六割を持っていかれ、握って振るってる間は断続的に、そして一定量の魔力を吸い続けるというもの。

 その代わり、圧倒的な切れ味、強度、破壊力を誇る。

 

「―――――――――――ハッ!」

 

 珍しく、気合いの籠った掛け声と共に、更に踏み込むティーズ。

 その一振りによって、大剣は半ばより断たれてしまい、オッタルにも鮮血が舞った。

 

「…………………………ここまでやるとはな」

「ッ、ハァ……………!」

 

 薄皮一枚程度とはいえ、オッタルが血を流したのは随分と久しかった。

 とはいえ、ティーズも満身創痍だ。頭から流れる血は止まらず、消費した精神力もかなりのものになる。

 今にも精神疲弊で倒れそうな程だ。

 

 しかし、鍛えられた鋼は折れることはない。

 その瞳からは炎も消えてはいなかった。

 

「――――――――――見事だ」

 

 オッタルは、背に負った予備の剣を抜き膝をつくティーズの前に立った。

 そして、振り上げ―――――――――――――――

 

「オッタル」

 

 甘い声によって、その動きは止められた。

 そちらへと目を向ければ、彼の敬愛する主神が傍らに猫人を侍らせて立っているではないか。

 

「戻るわ」

「……………………しかし」

「いいのよ。彼はそのままにしておきなさい」

 

 フレイヤの言葉に、オッタルは少し固まり、剣を納めると、断ち切られた大剣の残骸を回収し、彼女の斜め後ろの定位置へと向かった。

 

 それを確認することなく、フレイヤは熱に浮かされたような目をティーズへと向ける。

 彼の魂も気に入っているが、彼が本気で創造した武器も好みであったのだ。

 その一振りな魔剣は彼女のお眼鏡にかなったようである。

 

「フフッ、貴方の魂がもっと燃え上がることを期待してるわよ、ティーズ」

「…………………」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべたフレイヤが従者二人を引き連れて帰ることを確認し、ティーズは漸く剣を消した。

 大きく息を吐き出し、大の字で仰向けに横になる。

 

 正直、ヤバかった、というのが感想だ。

 あの剣は切り札の1つだった。

 大剣を折ったあの瞬間、そのままオッタルを断ち切るつもりで振るっていた。

 しかし、寸前で体を引かれて薄皮一枚を切れたのみ。

 

「初めて、か……………………」

 

 切り札切って、倒せない。その事実は、ほんの少しだけ彼の中に新たな感情を呼び起こそうとしていた。

 

 それは―――――――――――


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