ハリー・ポッターと野望の少女   作:ウルトラ長男

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(*´ω`*)皆様こんばんわ。
今回は遂に賢者の石争奪戦に入ります。
また、閲覧前に一つ注意を。
今まで何だかんだでミラベルは大人しくしていました。
皆様から「全然大人しくしてない!」と言われていましたが、あれでまだ大人しくしていたのだという事を、今回の話で知るでしょう。
つまり今回はミラベル本性発揮回でもあります。

では、ハリポタ二次創作史上恐らく最も主役に相応しくない主役を見たい方はどうぞお進み下さい。


第11話 宣戦布告

 生徒全員が寝静まっている深夜の2時。

 校内に隠された賢者の石を護る為に奮闘しているのはわずか11歳の少年少女だ。

 石を狙う闇の帝王の、その復活の野望を阻む為に彼らは幼いながらに危険の渦中に飛び込んでいるのである。

 3頭犬を眠らせ、悪魔の罠を突破し、無数の鍵の中から本物を探し当て。

 ハリーの親友はチェスの部屋を超える為自ら犠牲となり、ハーマイオニーは炎に囲まれながらも冷静な思考を失わずにハリーを先へと進ませた。

 そしてハリーもまた、先に闇の帝王が待っているかもしれないという恐怖に耐え、たったの一人で奥へと踏み込んだのだ。

 全ては石を闇の帝王から護るため。

 だが彼らは知らない。その戦いを全て、一匹の鼠が見ていたという事を。

 隠し扉を開けてからずっと、鼠が彼らの後を尾行していたことを、彼らは知らなかった。

 

「……そろそろか……」

 

 ハリー達を監視している鼠が見たものはそのまま伝言ゲームの要領で校内のネズミ達を伝わり、ミラベルのペットであるピョートルへと伝達される。

 そしてその状況をミラベルが読み取る。これが彼女が一年かけて築き上げた鼠のネットワークだ。

 無論……当たり前の事だがミラベルは鼠の言葉などわからない。

 しかしこの世界には「開心術」という相手の思考や記憶を読み取る便利な魔法が存在している。

 それを用いればピョートルの思考を読んでハリー達の現状を把握する事など容易い事だった。

 

「ピョートル、付近にダンブルドアは?」

「キキッ」

「まだいないか……なら、今のうちに準備だけはさせてもらおう」

 

 『知識』通りならばダンブルドアはハリーが石を得た頃に城に帰還してしまう。

 だがそれでは意味が無い。せめて自分が石を手に入れるまでの間は待ってもらわなくては困るのだ。

 

「ピョートル、校内の鼠を総動員してダンブルドアの足を止めろ。城門をバリケードで封鎖し、ピーブズにも声をかけろ。

必要なら私が悪戯専門店で買って来た道具をいくら使っても構わん」

「キキッ!」

「よし、行け」

 

 ピョートルをダンブルドア妨害に回し、ミラベルは席を立つ。

 足止めは鼠に任せたが、こちらでもある程度の小細工をしておいた方がいいだろう。

 何せ相手は今世紀最大の魔法使い。警戒しすぎて困る事はない。

 “姿くらまし”でその場を離脱し、“姿現し”で4階廊下の前へと一瞬で移動した彼女はドアを開けて中へと踏み込んでいく。

 そして中からドアを閉め、杖を向けた。

 

コロポータス(扉よくっつけ)

 

 閉門呪文を放ち、扉を完全に固定する。

 当然ダンブルドアならばすぐに解除魔法をかけるだろうが、これはほんの序章に過ぎない。

 

「グルルルル……」

「3頭犬か……貴様にも役立ってもらうぞ」

 

 涎を垂らしミラベルへと噛み付こうとするケルベロスを前にまずは横笛を取り出す。

 そして静かに、流麗な音色を響かせて3頭犬を黙らせた。

 この犬の弱点は音楽だ。故に音楽さえ聞かせてしまえばこうして静かになり、やがては眠りに落ちる。

 その無防備な瞬間を狙い、素早く杖を鼻先へと向けた。

 

インペリオ(従え)!」

「!?」

 

 呪文をかけた相手を意のままに操る、禁じられた洗脳魔法! 人間に使えば即アズカバン行きの呪文を、何の遠慮もなく少女は行使する。

 これを用いて行うのは、言うまでもなくダンブルドアへの攻撃だ。

 だがこれだけでは音楽という最大の弱点が残ってしまうので、ミラベルは更に魔法を重ねた。

 

マフリアート!(耳塞ぎ)

 

 相手の耳に常に不快な雑音を響かせる嫌がらせの魔法をかける。

 これでもう3頭犬の耳には雑音以外何も聞こえない。

 音楽など鳴らしたところで雑音に消されてしまうのがオチだ。

 即ち、もうこの3頭犬に弱点は存在しない。いかにダンブルドアでもこいつを大人しくさせるのは骨が折れる事だろう。

 

サーペンソーティア(蛇よ出よ)! エイビス(鳥よ)! オパグノ(襲え)!」

 

 続けて杖から床を埋め尽くす程の蛇の群れと、天井を埋め尽くす鳥の群れを呼び出し、守りを固めさせる。

 もしダンブルドアがあのドアを開けたが最後、3頭犬と蛇と鳥の同時攻撃を受けるというわけだ。

 例えホグワーツの教師が入ったとしても突破出来ないであろう鉄壁の布陣、それを築き上げて尚ミラベルに油断はない。

 恐らくこれで稼げる時間は精々20分……いや、10分かそこら。

 だが、クィレルを倒して石を奪うだけならば十分にお釣りが来る!

 

「さて……そろそろポッターが石を手に入れた頃だろう」

 

 一言呟き、即座に姿くらまし。

 一瞬でその場から転移して賢者の石が隠されている奥の部屋へと移動した。

 

*

 

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 

 最奥の部屋の中では、恐ろしい叫び声が木霊していた。

 その叫びを聞けばほとんどの魔法使いは恐怖に縛られて動けなくなり、あるいは我先にと逃げ出す事だろう。

 何せそれはかつて魔法界全土にその名を知らしめた恐怖の帝王、ヴォルデモートの雄叫びなのだから。

 だがハリーは逃げなかった。

 ヴォルデモートの依代となっている魔法使い……クィレルの腕にしがみつき、彼に石が渡らないように必死に抵抗していたのだ。

 実力差は明白だ。ハリーでは絶対にクィレルには勝てない。

 しかしその差を埋める『何か』がハリーを守っていた。一体いかなる力が働いているのか、クィレルはハリーに触れることが出来なかったのだ。

 触れれば皮膚が溶け、肉が焼け、底知れぬ激痛が脳髄を焼き尽くす。

 それを知ったハリーは彼の腕に飛びつき、こうして痛みを与え続ける事で彼を止めていたのだ。

 

「殺せ! 何をしている愚か者! 小僧一人だぞ!」

 

 ヴォルデモートの叫びがクィレルの後頭部から、絶え間なく響く。

 クィレルの頭の後ろにはヴォルデモートの恐ろしい顔が寄生しており、怒声を上げ続けているのだ。

 その声を聞きながら、ハリーは必死に意識を繋ぎとめる。

 額の傷が信じられないほど痛み、視界が暗く染まっていく。

 それでも手を放さなかったのはこの学校が大好きだからだ……そこにいる皆が大好きだったからだ。

 ヴォルデモートが復活してしまえば、もう学校どころではない。何もかもが潰されてしまう。

 友人のハーマイオニーも、ロンも。厳しくも優しい先生達も、グリフィンドールの皆も、ハグリッドも。

 何もかもが失われてしまう。

 そんな事は許せない。ここはもう、自分にとって家のようなものなのだ。壊させてなるものか。

 その思いだけが、11歳の少年を奮い立たせている全てだった。

 

 だがやがて意識は沈んでいき、何も見えなくなる。

 クィレルの悲鳴もヴォルデモートの叫びも聞こえなくなり、あらゆる物がまどろみの中に消えていく。

 ……その意識を失う、その最後の一瞬。

 ハリーは確かに聞いた気がした。

 

 ――鈴の鳴るような、高い少女の声を。

 

 金の閃光が迸り、クィレルへと直撃する。

 その威力は一撃で彼を吹き飛ばし、ハリーから大きく引き離した。

 この全身が痺れる攻撃をクィレルは知っている。ユニコーンの血を吸う為に訪れたあの森で一度受けている!

 そして、その攻撃を放つ恐ろしい黄金の少女を知っている!

 

「やあクィレル先生。ポッターには随分手こずったようじゃないか」

「ミ……ミラベル・ベレスフォード……」

 

 それは、一年生でありながら自分を圧倒した恐ろしき少女だ。

 何の躊躇もなく許されざる呪文を発動しようとするような、本当に11歳かと疑いたくなる存在だ。

 その恐ろしき金色の少女が今、再び己の前に立ちはだかっている!

 クィレルは知らず一歩後退しており、額には嫌な汗が流れていた。

 その不甲斐ない手下を無視し、ミラベルはヴォルデモートへと声をかける。

 

「初めまして、ヴォルデモート。なかなか素敵な格好だな?」

「……ハリー・ポッターの仲間か……またも邪魔をしに来るとは……」

「仲間? 私が?」

 

 ヴォルデモートの口から出た見当違いな言葉に笑い、ミラベルはくつくつと喉を鳴らす。

 確かにハリーは石を手に入れるに当たって実に有用な協力者であった。

 こちらからも情報を提供したし、一度は助けてもやった。

 そういう意味では仲間に見えない事もないだろう。

 

「そうだな……ポッターは実に役に立ってくれた。

仕掛けを全て突破し、貴様を引きずり出して石も手に入れてくれた。

だがそれだけだ。最早その小僧に用はない」

「……助けに来たわけでは、ないのか?」

「無論だ。そいつがどうなろうが私の知った事か。

私の目的は最初から賢者の石なのだからな」

 

 見る物を底冷えさせるような笑みを浮かべたまま、ミラベルが懐から杖を取り出す。

 それに合わせてクィレルがまた一歩下がり、距離を空けた。

 

「なるほど……ならば俺に付くといい」

「……ほう?」

「お前は優れた魔女だ。そして純血の家系でもある。

俺につけば賢者の石の恩恵をお前にも与えてやろう。……悪い話ではあるまい?」

「…………」

 

 ヴォルデモートの勧誘に、ミラベルは何も答えない。

 その沈黙を手応えありと判断したのか、ヴォルデモートは言葉を続ける。

 

「それだけの才能を潰すのは惜しい。俺の部下になればお前は更に強くなれるだろう」

「…………」

「お前は優れた死喰い人になる。このクィレルなどよりも余程、この帝王の配下に相応しい」

「…………フ……」

「どうだ? いかにお前が小娘といえど、この誘いを断る理由はあるまい」

「…………フフフ……ククッ……ククククク……」

 

 ヴォルデモートの誘いに、ミラベルは小さく笑い声をあげる。

 だがその声は除々に大きくなっていき、やがて耐え切れないとばかりに決壊を迎えた。

 あろう事か少女は、魔法界で恐れられる闇の帝王を前にしてゲラゲラと、室内に響くほどの大声で高笑いをし始めたのだ。

 

「アーッハッハッハッハッハッハッハッハ!! ハーハハハハハハハハハッ!!」

 

 未だかつて、闇の帝王にこんな無礼を働いた者などいただろうか?

 傲岸不遜というにも度が過ぎている。

 「何が可笑しい!?」とヴォルデモートが叫ぶ事でようやく嘲笑がやみ、ミラベルは視線をヴォルデモートに合わせた。

 

「フフ……可笑しいさヴォルデモート。貴様は全く理解していない。

私が最終的に求めているのは賢者の石などではない。もっと別の物なのだという事を」

「何……?」

「教えてやろう。私が賢者の石以上に欲する物……それはな……」

 

 ミラベルの笑みが凶暴なものへと変化し、犬歯を剥き出しにする。

 来る!

 何の根拠もなくクィレルはそう思い、咄嗟に予備の杖を構えた。

 その彼の目の前へと、かつての時と同じように突然ミラベルが現れる。

 

「――貴様の命だ!」

「!」

 

 70センチを超える吸血樹で作られた杖を薙ぎ払い、クィレルの腹を殴り飛ばす。

 そのまま流れるように杖を向け、呪文を宣言した。

 

ディフィンド!(裂けよ)

「セクタムセンプラ! 切り裂け!」

 

 二つの斬撃呪文がぶつかり、互いを打ち消し合う。

 続けて第2撃!

 今度はクィレルの方が早い!

 

「アグアメンティ! 水よ!」

グレイシアス(氷河よ)!」

 

 クィレルの放った水の魔法に対し、ミラベルが氷結呪文をかけて凍らせる。

 更に凍った水を杖で叩き割り、氷の散弾としてクィレルへと叩き返した。

 まさかの呪文逆用にクィレルが動揺し、一呼吸遅れる。

 その隙を見逃すミラベルではない!

 

エクスペリアームス!(武器よ去れ)

 

 杖の先から赤い閃光が迸り、クィレルの杖を奪い取る。

 最も初歩的な攻撃呪文ではあるが、この呪文はその使い易さと効率のよさから重宝されている。

 特に魔法使い同士の戦いにおいて杖を奪うというのは実に有効極まる。決まりさえすれば8割方勝利が確定するのだ。

 武器を失ったクィレルへ、トドメの一撃を与えるべくミラベルが袖から杖を“もう一本”取り出した。

 それはあの森での戦いの時彼女に奪われたクィレル本来の杖だ。

 今使っている杖など、その辺の魔法使いから強奪したであろう間に合わせに過ぎない。

 

「忘れ物を届けに来たぞ、クィレル先生」

「や、やめ……」

「受け取れ……プライオア・インカンタートッ!(直前呪文)

 

 杖が最後に使った魔法を再現する直前呪文!

 クィレルの杖が使った一番新しい魔法はあの時と変わらず磔呪文のままだ。

 即ち、許されざる呪文に登録されている苦痛の魔法! それがクィレルの身体に命中し、全身の神経を切り刻む!

 

「あああああアアア゙ア゙アア゙アあああ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!」

「ハーッハハハハハハハッ! いい声だなクィレル先生! 届けた甲斐があるというものだ!」

 

 痛みでのたうち回る元教師を床に倒し、その後頭部を……すなわち、ヴォルデモートを踏み躙る。

 グリグリと執拗に、誰もが恐れる闇の王を道端のゴミのように!

 悔しさに歪むその顔がたまらない。屈辱に塗れたその形相を見ていると倒錯した快楽すら覚えてしまう。

 誰もが怯え、名前を呼ぶ事すら憚られる男を今、自分は踏み躙っているのだ!

 

「そらそらそら! どうだヴォルデモート? 私のような小娘の靴を舐めさせられる気分は!?」

「ぐ、こ、むすめェ……!」

「ククク……貴様の時代はもう終わっているのだ、ヴォルデモート。

世界は新たな道へと進み、旧き純血の思想は排除される。そこに貴様の居場所は存在しない」

 

 本音を言えばもう少し怨嗟の声を聞きながらヴォルデモートを嬲ってやりたい気分なのだが、あまり遊んでばかりもいられない。

 あまり時間をかけすぎるとダンブルドアが来てしまうからだ。

 ならば、と早いところ用事を済ませてしまう為にミラベルは杖を振り上げ、そして宣言する。

 

「その屈辱と共に魂に刻み込め! 我が名はミラベル・ベレスフォード!

貴様等旧き魔法使い共を排除し、新たな世界を築く者の名だ!」

 

 振り上げた杖から出てきたのは、黄金に輝く炎で形成された全長10メートルを越す怪物だ。

 美しくもおぞましい、胴体から伸びる9つの首。縦割れの瞳に、鋭い牙。

 神話の世界でヒュドラと呼ばれる竜の怪物だ。

 これは「悪霊の火」と呼ばれる最上位の攻撃魔法で、扱いには高い錬度と魔力を必要とする。

 もし未熟な者が扱えば炎を制御出来ず自滅してしまうかもしれない、そんな術者の実力を象徴するかのような魔法。それをミラベルは容易く放って見せた。

 そして、その怪物がクィレルへと飛びかかった!

 

「ああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! あ゙づい゙! あ゙づい゙い゙ーッ!!!」

 

 炎に後頭部を包まれたクィレルが悲鳴をあげ、転げまわるも炎は消えない。

 悪霊の炎は呪われた火炎。一度放ったからには相手を焼き尽くすか術者が消すまで決して消えることはない。

 だがクィレルよりも苦しいのはヴォルデモートだろう。何せ彼は顔を焼かれているのだから、その痛みは尋常なものではない。

 もはやその悲鳴は声にならず、ミラベルの高笑いだけが響き渡った。

 

「アーッハッハッハッハッハッハ!! どうだ、苦しいか!?

貴様には初めて味わう痛みだろうなあヴォルデモート! あーっははははははッ!」

 

 ヴォルデモートは(ミラベルは知らない事だが)分霊箱というものに魂を分割しているので決して死にはしない。

 だがそれでもこれは死にも勝る苦痛だ。

 その痛みから逃れるべくヴォルデモートはクィレルの身体を切り捨て、魂のみの存在となってその場を離れた。

 賢者の石の事は無念だが、引き際というのも肝心だ。

 この屈辱を胸に秘め、結局最後まで役に立たなかった部下に一言も告げることなく、ヴォルデモートは敗走した。

 帝王を名乗ってより二度目の、ハリーにやられた時以来の屈辱であった。

 攻撃対象をなくした事で悪霊の火が消失し、ミラベルが不思議そうに目を細める。

 

「……ん? ヴォルデモートが消えた……? ……逃げたか?」

「あ、あああ゙あ゙あ゙! そ、そんな、ご主人様! 私を置いてどこへ!?」

 

 ヴォルデモートは去り、後に残されたのは切り捨てられた哀れな男が一匹だけだ。

 彼は捨てられた犬のようにあちこちを見渡し、主を探している。

 この状況で、こんな恐ろしい少女と相対している時に見捨てられてしまってはもはや絶対に助からない。

 必死に主を探すそのその目はやがて己を見下ろすミラベルの視線と交差し、クィレルは恐怖で声をあげた。

 

「切り捨てられたか……哀れなものだな」

「ひっ!」

「まあ、せめてもの慈悲だ。これ以上は苦しませずに葬ってやるよ」

 

 杖を向けて再び悪霊の炎を出そうとするミラベルを前に、クィレルが咄嗟に取った行動……それは土下座だった。

 日本という国において最上位の敬意を示す所作と言われるそれを、クィレルは無意識のうちにやっていた。

 そして涙声混じりで、いっそ惨めなくらいに11歳の少女へと哀願する。

 

「こ、殺さないで! お願いします! 貴女に仕えます! 何でも言う事を聞きます!

雑用でも靴磨きでも構いません! だからどうか、命だけは!」

「……随分、奴隷根性が染み付いているようだな……。

まあ、元々ヴォルデモートの恐怖に屈して隷属したような男なら、こんな物なのかもしれんな」

 

 正直こんな男を配下にしたところでメリットはない。

 確かにそこそこ優秀だという事は認めよう。トロール使いの才もあるだろう。

 だが、この男はいずれ裏切るタイプだ。恐怖に屈して鞍替えした男などまた別の恐怖に襲われれば容易く主を変える。

 だがそこまで考えて、ミラベルは意地の悪い笑みを浮かべた。

 そうだ……こんな男にこそピッタリな、丁度いい魔法があったじゃないか。

 

「なるほど、では貴様はヴォルデモートに隷属しておきながら、今度は私の道具に成り下がると」

「は、はい! 道具でもペットでも構いません! 命だけは……」

「よかろう。ならば私に仕えることを許してやる」

 

 ミラベルの温情にクィレルが顔を綻ばせるが、その顔はすぐに絶望に染まる事だろう。

 結局クィレルはこの期に及んでまだミラベルという少女の本質を理解出来ていなかったのだ。

 他者を踏み躙り、痛めつけ、そして苦痛に歪む顔を鑑賞する。そんな事にこの上ない快楽を感じる歪みきった人間であるという事を、クィレルはわかっていなかったのだ。

 ミラベルは自身を見上げるクィレルの前で蝙蝠の羽を取り出し、手の中で燃やす。

 すると炎は青に染まり、ミラベルの爪の中へと吸い込まれていった。するとどうだろう、ミラベルの爪が青に変色し、小さな触手のようなものが生えて来たではないか。

 ミチミチと蠢く不気味な青い爪を見ながら、恐る恐るクィレルが声を出す。

 

「あ、あの、その爪は一体……?」

「なあに、ちょっとした裏切り防止の魔法さ。私だけが知る、とある知識を元に作り出した魔法でな……この青い爪は貴様の身体に食い込んでいき、根を張り巡らして寄生する。

貴様が私への服従を拒んだ時、あるいはこの爪を切り離そうとした時、こいつは青から紫を経て赤く変色する」

 

 どれだけ服従しているかが爪の色で判るという事か。

 そう思い、クィレルはほっとしつつも恐ろしいと思った。

 これでは絶対に裏切る事など出来ない。少しでもそんな考えを持とうものなら赤い爪という動かぬ証拠が出来てしまうのだから。

 地味だがなかなか恐ろしい魔法だ、と。

 そう思ったクィレルはやはり、どこまでも甘かった。

 そんな生温い魔法をこの場面で彼女が使うはずはないというのに。

 

「この爪が血のような真紅に染まった時が貴様の最後だ。

貴様の身体は木っ端微塵に砕け散り、肉片の一つ一つが新たに『変身』させられる。

何の知性もない無力な虫ケラにな……!」

「な……え、え!?」

 

 ここにきてようやくクィレルは己の判断ミスを理解した。

 この世には本当に、死んだ方がまだマシと思えるような事がいくつか存在するのだ。

 そしてこれは、間違いなくその一つと言えるだろう。

 死ぬ事すら出来ず虫になってしまうなど、ただ殺されるよりも余程残酷で惨い事だ。

 ミラベルは逃げ腰になっているクィレルの首を掴むと、彼の腕に容赦なく爪を突き刺した!

 

クラッヴス・セレヴス(奴隷の爪)!」

「ぐぎっ……ああああ!!」

 

 ミラベルが突き刺した指から青い爪が移動し、筋肉の間を強引に通ってクィレルの人差し指に這い上がった。

 これでもうクィレルはミラベルに逆らう事が出来ない。いや、厳密に言えば可能だが逆らったが最後蟲になってしまう。

 それが嫌ならこの先永遠にミラベルに尽くすしかないのだ。

 許されざる呪文のインペリオがまだ良心的に見えるような、あまりにもえげつない強制服従魔法。それを植えつけられてしまった。

 

「ひ、ひいい……そ、そ、そんな……」

「さて……貴様にはとりあえず身を隠してもらおうか」

 

 ミラベルは胸ポケットからミニチュアサイズの飾り棚を出すと、誇大魔法をかけて通常の大きさへと変化させた。

 ホルガーが買ってくれたこの棚が早速役に立つ時が来たようだ。

 涙目になっているクィレルの頭を掴むと、彼の背を蹴り飛ばして飾り棚に叩き込む。

 

「マグノリア・クレセント通りにある我が家の別荘に繋がっている。

元々は酔狂で父が建てた物だが、今は誰も使ってない。身を隠すならうってつけだ」

「は、はいい……!」

 

 言われた通りにクィレルが飾り棚に身を潜らせ、そこからいなくなった。

 やけに素直だったが、きっと一秒でも早くミラベルから逃げたかったのだろう。

 ミラベルは飾り棚を元のミニチュアサイズに戻すと、ポケットへと仕舞った。

 

(クィレルに渡して石を外に持ち出せれば一番楽だったのだがな……奴に渡すとこの石の力でせっかくの呪いを解除されかねん……)

 

 クィレルはせっかく手に入れた手駒だが、賢者の石を渡すといきなり失ってしまう恐れがある。

 あの呪いは普通の方法で解除しようとした場合は解除よりも蟲化の方が早いので裏切りの心配はないが、賢者の石だけは別だ。

 この石を使えば身体が砕け散るよりも早く呪いを解除出来てしまうかもしれないし、それどころか蟲になった肉体すら元に戻せるだろう。

 そういった理由でクィレルに石を渡す事は出来なかった。

 

「まあいい……後は私自身がここから去れば全てが終わる。やはり最後に笑うのはこのミラベルだったという事だ」

 

 言いながら、時計を見る。

 ここに来てからまだ4分しか経過しておらず、予想していたダンブルドアの到着時間にはまだ6分も猶予がある。

 これでは仮にダンブルドアが予想の倍の速度でここに到達したとしても間に合わなかっただろう。

 ミラベルは薄ら笑いを浮べたまま気絶しているハリーの側に行き、その手の中にある石を奪う。

 これで目的達成だ。何とも手応えのない戦いであった。

 

「ふ……後1、2分くらいは遊んでやってもよかったな」

 

 

 

「いいや……タイムオーバーじゃ、ミラベル」

 

 

 

「……っ!!」

 

 背後から聞こえた声に一瞬思考が停止し、即座に振り向く。

 そこにいたのは、エメラルド色のローブに身を包んだ老魔法使いだ。

 半月型の眼鏡の奥で青色の目がキラキラと輝き、鉤状の鼻は何度も折れ曲がっている。

 口元から生えている銀色の髭は腰まで届き、ベルトに巻き込まれていた。

 

(……馬鹿、な……まだ5分も経過していないぞ……!)

 

 城門を塞ぎ、罠をあちこちに仕掛け、ピーブズまで動員してその足を止めるように命じた。

 部屋の中にも蛇や鳥を仕掛け、3頭犬まで洗脳して、しかも弱点を排除して万全を期した。

 ダンブルドアを甘く見たわけではない。彼の実力を十二分に評価し、それを踏まえた上で20分と予測して、その予測を更に引き上げて10分と見立てた。

 そこから更に時間を半分以下にまで縮めたのが現状なのだ!

 なのに何故、この男はここにいる!?

 姿現し? 否! この場所でそれは使えない!

 確かにダンブルドアならば学校を覆う姿現し防止の魔法くらい解除出来るだろうが、それをしたならばミラベルにもわかる。だがその形跡はなかった!

 

「骨が折れたぞ、君の仕掛けた罠を突破するのは……全く、恐ろしい才能じゃよ」

「……これはダンブルドア校長、お早いお着きで」

「うむ……ハリーが心配でのう。急いで戻ってきてみれば、何とヴォルデモートがすでに倒されていたとは、本当に驚かされたぞ。じゃが……」

 

 なるほど、評価を改めなければならないようだ。

 十二分に評価した“つもり”だったが、実際はかなり過小評価してしまっていたらしい。

 相手の力量を半分どころか1/4以下に誤認するとはとんでもないミスだ。

 なるほど、認めよう。この男ならばヴォルデモートが恐れたというのも道理だ。

 多くの魔法使いや魔女から尊敬されるだけの事はある。

 

「その石を渡してくれんかのうミラベル……それは君が持っていていい物ではないのじゃ」

 

 

 

 ――これが今世紀最高の魔法使い、アルバス・ダンブルドアか……!

 

 

 




DIO「あっさり悪事バレとは何たる間抜け」
ギルガメッシュ「慢心のし過ぎにロクな結末無し!」
ベジータ「馬鹿め! 調子に乗りすぎるからこうなるんだ」

という事で今回は少し長めでお送りしました。
今回はミラベル悪巧み、ミラベルVSクィレル(2戦目)、ダンブルドア到着の3本です。
ミラベル、調子に乗りすぎてついに悪事現行犯で見付かってしまいました。
ちなみにクィレル生存はバレていません。
次回は賢者の石編決着です。

クラッヴス・セレヴス(奴隷の爪)
前世知識を元にミラベルが生み出した闇の魔法。
対象の体内に寄生し、身体中に根を張り巡らす。
その後反逆心を抱いた時、体内で爆発、破壊する。
破壊された肉片一つ一つを蟲に変え、死ぬ事すら許さない。
モデルはバスタードのアキューズド。
名前は適当にラテン語翻訳でそれっぽくしただけ。

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