「ホグワーツ入学おめでとう。新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席に着く前に皆さんが入る寮を決めなくてはなりません」
ホグワーツの玄関ホール脇にある小さな部屋。
そこに集められた一年生達の前で寮分けの説明をしているのは、エメラルド色のローブを羽織った黒髪の魔女だ。
背が高く、深い皺が刻まれたその顔は厳格さを感じさせる。
名をミネルバ・マクゴナガルといい、この学校の教頭を務めている人物である。
彼女は生徒達全員を見回しながら、静かに、しかしよく通る声で説明をする。
「組み分けはとても大事な儀式です。ホグワーツにいる間、寮生が皆さんの家族のようなものになるわけですからね。
寮は全部で4つ、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。どれも輝かしい歴史があり、偉大な魔女や魔法使いを輩出しました。
ホグワーツにいる間、皆さんのよい行いは属する寮の得点になりますし、反対に規律に違反した時は減点対象となります。
そして学年末には最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられますから、どの寮に入るにしても皆さん一人一人が寮の誇りになるよう望みます」
そこまで説明し、一度マクゴナガルは部屋から退出した。
組分けの準備をして来るらしい。
その後ゴースト(そのまんま幽霊。この学校にはこういうのが普通にいるらしい)が現れて生徒達を驚かせたりしたがミラベルにはどうでもいい事だ。
そうしてゴーストの顔見せが終わった後マクゴナガルが戻り、一年生達を大広間へと案内した。
大広間は名家育ちのミラベルをして思わず感嘆する程素晴らしく、そして広大な空間だ。
何千という蝋燭が広間を照らし、中央には4つの長テーブルが置かれている。
そこには金色の皿やゴブレットが置かれ、そして何百人もの上級生達がすでに着席して一年生達を凝視していた。
上座には5つ目のテーブルがあり、そこに座っているのは学校の校長ダンブルドアを始めとする教師陣だ。
天井も見事の一言である。本当の空に見えるよう魔法がかけられたそこは、まるでプラネタリウムのように満天の星空が広がっていた。
その光景に見とれていると、おもむろにマクゴナガルが4本足の椅子を置き、その上に汚らしい魔法使いの帽子を用意した。
勿論、ただの汚い帽子などではない。
これこそが生徒達の入るべき寮を決めてくれる意志ある帽子、『組分け帽子』だ。
鍔の部分がまるで口のように裂けて4つの寮の歌を披露する様はどこか滑稽で、しかし幻想的だった。
勇気と騎士道を持つ者はグリフィンドール。
忍耐強く苦労を厭わないならばハッフルパフ。
賢く機知に優れるならばレイブンクロー。
そして手段を選ばぬ狡猾さがあるならばスリザリン。
歌の内容を要約するならばこんなところだ。要するに生徒の性格によって入る寮が変わるらしい。
これは即ち、ある程度趣向の一致する相手と寮生になれるという事を意味していた。
「ABC順に名前を呼ばれたら椅子に座って帽子を被りなさい。まずはアボット・ハンナ!」
金髪おさげの少女が小走りで椅子の前に出てきて帽子を被って座る。
一瞬の沈黙。その後帽子は大声で彼女の進むべき寮を示した。
「ハッフルパフ!」
すると右にあったハッフルパフのテーブルから歓声があがり、拍手が鳴り響く。
ハンナと呼ばれた少女は恥ずかしそうにしながらもそのテーブルに着き、はにかんだ。
「ボーンズ・スーザン!」
「ハッフルパフ!」
「ブート・テリー!」
「レイブンクロー!」
「ブラウン・ライナー!」
「開拓地に移ってもらおう!」
「ブルックルハースト・マンディ!」
「レイブンクロー!」
次々と名前を呼ばれ、生徒達が寮のテーブルへ移動していく。
その度にテーブルからは歓声が上がり、上級生達の拍手が鳴り響いた。
性格で寮を決める、という事はかなり偏る年もある、と考えられる。
恐らく何人生徒を取れるかも、寮にとっては重要な事なのだろう。
「ベレスフォード・ミラベル!」
ミラベルの名が呼ばれ、前に歩み出る。
その瞬間、あれほどの喧騒が嘘のように収まり、広間が静まり返った。
ゆっくりとした足取りで椅子に向かうその少女から、誰もが目を離せない。
コツン、コツン、と歩くその音がやけにハッキリと響き、その洗練された動作の一つ一つが見る者を釘付けにする。
何だ? 何なのだこの沈黙は? 何故皆黙ってるのだ?
誰もがそう思い、しかし誰もが言葉を発せない。全員が少女の発する異様な雰囲気に呑まれてしまっている。
「…………」
マクゴナガルはゴクリ、と唾を飲む。
椅子に向かっているだけだというのに、何だこの威圧感は。
これは本当に一年生が発している空気なのか?
……時折、この手の生徒が存在する事は知っている。他と違うカリスマ性とでも呼ぶべき物を備えている生徒は確かにいる。
例えば……そう、例えば『彼』のように……。
「……っ!」
「ダンブルドア校長? ど、どうしました?」
『彼』を連想したのはマクゴナガルだけではなかった。
ダンブルドアは思わず身を乗り出し、その少女を凝視する。
いや、正確には少女を通して50年も前の光景を幻視していた。
まさか、と思う。彼女は『彼』ではない。血筋も含めて全く無関係の別人だ。
だがそれでも彼女を通してあの最悪の魔法使いを視てしまった事に、ダンブルドアは少なくない悪寒を感じた。
何かの間違いだ、と思いたいが心のどこかが否定する。
(……どうかしておる。あんな娘にトム・リドルの……ヴォルデモートの面影を見るなど……!)
異様な沈黙に包まれた広間の中、ミラベルは椅子に座って帽子を被る。
それは、ただの椅子のはずだ。
木造りの、何の変哲もないそこらにある椅子。
しかしそれを見ていた全員はほんの一瞬、その椅子がまるで玉座であるかのように誤認した。
ただ座るというだけの動作一つすらが『王』を感じさせたのだ。
(……これは……何ということだ……)
組み分け帽子は、苦渋に満ちた声を出す。
それは帽子を被っているミラベルだけに聞こえるものであり、他の誰にも帽子の苦悩がわからない。
しかし今、彼は紛れもなく苦しんでいた。造られてより今まで前例のない出来事に苦悩していた。
(思考が、まるで読めぬ……!)
それは、ミラベルの強大過ぎる自尊心が作り上げた心の防壁だった。
自分以外の他の誰にも心を許さず、心を明け渡さぬと言う自己愛の壁であった。
閉心術云々の話ではない。例え閉心術があってもこの帽子は相手の思考や才能を見抜く事が出来る。
だが、この少女にはそれが通じない! 思考が読めない!
唯一つ分かる事、それはこの少女が史上類を見ない程に己だけを信じているということ!
(そしてこれは……なんという……!)
帽子の苦悩はそれだけでは終わらない。
思考以外は読めるはずであった。
相手が持つ才能を見抜き、相応しい寮に振り分けられるはずだった。
だが、帽子はミラベルの才能を見抜けない。
天才などという言葉すら生温い、底も果ても見えない巨大過ぎる才能。
まるで天高く聳える壁を前にしたかのように、帽子はミラベルを計り切る事が出来なかったのだ。
信じ難い事だった。
己を被っている美しい少女が、人間以外の何か得体の知れない化物に思えてならなかった。
……いや、きっとその考えは正しい。この少女は紛れもなく化物だ。
――史上かつてないほどの、才能の化物。
「……ス……スリザリン……」
帽子は結局、ミラベルの思考も才能も、何一つ計れぬままに結論を出した。
唯一の判断材料は、帽子ですら計れぬほどの自尊心のみ。
故にこそ、ミラベルがスリザリンに行くのは当然の流れであったのかもしれない。
そしてその答えはミラベルにしてみれば予想通りの、面白みのない答えだ。
帽子如きが自分を計り切れるはずが無い。
ミラベルは最初からそう確信しており、事実そうなった。
彼女はつまらなそうに帽子を椅子の上に放り、スリザリンの椅子へと着席する。
本来ならばここで歓声が上がるはずなのだろうが、誰も声を発せない。
完全にこの異常な空気に呑まれてしまっているのだ。
無言で自分を凝視するスリザリン生達に対し、妖しい笑みを浮かべてミラベルが言う。
「どうした先輩方? 私の事は歓迎してくれないのか?」
「あ、ああ……そ、その、すまない……」
「フフッ、冗談だ。これから世話になる……仲良くやろうじゃないか」
彼女が近くのワイングラスを手に取ると慌てたように一番近くの3年生がボトルを持ち、彼女のグラスへと注いだ。
別に指示されたわけでもないし、そうする義務もない。それどころかむしろ、相手は新入生でこちらは先輩なのだから敬われて然るべきだ。
なのにまるでそれが当然の事であるかのようにワインを注いでしまい、そして少女もまたそれが自然な事であるかのようにワインを一口味わっていた。
その光景を見ながら、スリザリンの在校生達は一同に思う。
――とんでもない新入生が入ってきた……と。
その後無事に組分けも終了し、いよいよ新入生の歓迎会へと移行した。
ハリーなどの組分けは記憶と全く同じに終わったので説明する必要もないだろう。
テーブルには様々な料理が並んでおり、生徒達は貪るように料理を口に運んでいる。
ミラベルの前にもまたいくつもの料理があり、そのうちの一つであるローストビーフを皿によそった。
母国でありながらミラベルは正直イギリスの料理が好きではない。
だがその中にあってこのローストビーフだけは別格だ。唯一世界に誇れる料理だと考えている。
まずは前菜としてグレイビー・ソースをかけたヨークシャー・プディングを口に入れる。
それからメインのビーフ。歯に確かな弾力が伝わり、噛み切れば肉の旨みが口の中に広がった。
(うむ……やはりローストビーフは欠かせないな。だがこれがイギリス食文化の停滞を招いたというのだから皮肉な話だ……)
続いて珍しい物を見つけ、取り寄せる。
ミラベルが引き寄せたのはオムライスだ。一見すると違和感なく欧米料理に紛れ込んでいたこれだが、実はれっきとした『日本料理』である。
元々は海外のご当地料理を“想定して”日本人が勝手に作ったものであり、当然他の国ではめったに見ない云わば“洋風日本食”なのだ。
半熟の卵とクリームソースを絡め、中のチキンライスと共にスプーンに載せる。
そして一口。卵のまろやかさとソースの風味が混ざり合い、チキンライスをこの上なく引き立てた。
こういう口の中で様々な味が混ざり合うという発想こそ日本料理の真骨頂だとミラベルは考える。
単一の料理や素材だけでは絶対に出来ないハーモニー、互いに引き立てあう味のデュエット。恐るべきは想像だけでこんなものを作り上げた日本人か。一体奴等には何が見えているのだろうか。
(……うむ……うむ、これはなかなか……前世の記憶に引き摺られている分を除いても私好みの味だ。
可能ならスシやテンプラなども食してみたいが、何分機会がないのが悔やまれる)
とりあえずイギリス魔法界を支配した暁には日本の食文化を積極的に取り入れる事にしよう。
そんな事を考えながらミラベルは至福の時を過ごし、口内に広がる味に満足そうに頷いた。
とりあえず初日の食事には大いに満足させてもらった。ミラベルは上機嫌でワインを飲み干し、ナプキンで口元を拭う。
そうしていると隣の女生徒がおずおずと声をかけてきた。
薄い茶色の髪をショートカットにした、青い眼の活発そうな少女だ。
顔立ちは可もなく不可もなくといった感じで磨けばそれなりに輝きそうではあるが、磨かなければずっと輝かないだろう。
「ね、ねえ、貴女。組分けの時、風格というか雰囲気というか、とにかくそういうのが凄かったけど……何か特別な生まれだったりする? ハリー・ポッターみたいにさ。あ、私イーディス・ライナグルっていうの。3代続いてる純血の家系よ」
「……特別と言えば特別だな。
我がベレスフォード家は貴族の末裔で15代以上続く純血の家系だ。
その為、物心付いた時から色々叩き込まれてな……私の仕草に風格などという物を感じたのならその賜物だろう」
ベレスフォード家とはイギリス魔法界でも知る人ぞ知る、ブラック家とすら並び立つ名家の一角だ。
代々続く純血主義の家系であり、その為子供に対する教育も常軌を逸して厳しい。
まず子供を可能な限り作り(歴史上5人以下の兄弟になった事がない)、全員にスパルタという名の虐待を施す。
そして最も優秀な一人を次代の当主に選び、残る他の兄弟全てをその一人の『しもべ』としてしまうのだ。
「後世に残すのは優秀な血のみ」。それが彼らのやり口だった。そうして代々選ばれた一人の血のみを残し、他の全てを切り捨ててきたのだ。
そうして選ばれた次期当主には更に帝王学や経済学を学ばせ、常に勝者である事を義務付ける。
現当主であるミラベルの父……ヒースコート・ベレスフォードもまた勝利の為ならば手段を選ばない男だ。
彼は優秀な闇払いであるが、罪人を捕らえた際それが本当の犯人であろうと冤罪であろうと構わず有罪にしてしまう。
証拠がなければ捏造し、場合によっては買収だって行う。
そうして常勝を続け、その裏で多くの涙と苦痛と犠牲者を生み出してきた呪われた家系。
それこそがベレスフォード家なのだ。
「へえー、マルフォイって奴とどっちが上なのかな?」
「家柄ならば向こうだな。歴史も奴等の方が長い」
「家柄ならって……他の部分では勝ってる様な言い方ね?」
その質問に不敵な笑みを返し、さも当然とばかりにミラベルは答えた。
「個人で見れば私の圧勝だ。あのお坊ちゃまでは私の足元にも及ばんよ」
「うわあ……。ミラベルってもしかして、すっごい自信家?」
自信満々に言い切ったミラベルへ、冷や汗を流しながらイーディスが尋ねる。
するとミラベルは笑みを浮かべたまま言う。
「いいや、自身に対する正当な評価さ」
その返事を聞いてイーディスは確信した。
ああ、このお嬢様は物凄い自惚れ屋だ、と。
未だかつて見た事がない程に彼女は己への自信に漲り、そしてその自信が彼女の力になっているように見えた。
そうして他愛のない会話をしているとゴーストが無言でテーブルの上に現れ、生徒達を見回した。
血だらけでげっそりと痩せ細っており、眼は虚ろだ。
いかにも亡霊、といった外見をしているその男は新入生達へと、偉そうな口調で話しかける。
「聞くがいい、スリザリン新入生共。我らスリザリンは今年までに6年間、連続で寮対抗優勝カップを獲得している。これもひとえに貴様等の先輩達が尽力してきたからだ。
7年目の栄光を掴むか、それともこの年で途切れるか……全ては貴様等次第だ。個人的には当然、7年目の寮杯獲得を目指して欲しいがね」
ゴースト……血みどろ男爵の話を半分聞き流しながらミラベルはバニラアイスをスプーンですくい、口に入れた。
途端、口の中に広がる爽やかな冷たさと舌の上で溶けた甘味が口内を満たし、ゆっくりと味わってから嚥下する。
頭の芯を冷やすようなキーンとした痛みもまた心地よく、これぞ冷たい物を食べた時の醍醐味だ、とミラベルは考える。
甘い物は別腹、とは誰の言葉だったか。何とも上手い事を言ったものだ。
すでに満腹感を感じているものの、これならばまだまだ食べれそうな気がしてしまうから困る。
「ねえ、ミラベルは何か楽しみにしてる授業とかある? 私はやっぱり飛行術が一番楽しみなんだ。
空を自由に飛びまわるのってやっぱりロマンじゃない?」
「特にはない……が、魔法薬学には多少興味がある。こればかりは両親も専門外だったので学ぶ機会にも恵まれなかったしな」
アイスを一つ完食したところでスプーンを置き、食事を打ち切った。
まだまだ食べれそうな気もするが、他のデザートはまた後日食べればいい。
何せこれから4年間は大人しくここに通うのだ。機会などいくらでもある。
その後、歓迎会はお開きとなりダンブルドアからいくつかの注意と知らせが入った。
構内にある森に入ってはならない事。廊下で魔法を使わない事。
クィディッチのチームに入りたい人はマダム・フーチに連絡する事(といってもこれは2年以降の話だ。新入生には関係ない)。
そして死にたくなければ4階右側の廊下に入らぬ事、だ。
最後に生徒全員での校歌斉唱が行われ、全員がそれぞれの寮へと案内されていった。
寮へと続く石階段を下りながら、ミラベルが考えるのはこれからの授業の事……ではない。
どうやってダンブルドアを出し抜き、賢者の石を手中に収めるか。
彼女の思考はすでにそこに移っていた。
(*´ω`*)<ヒカヌ!
ミラベル「A・T・フィールド!」
帽子「おい馬鹿やめろ」
今回はミラベル入学、寮決定、友達デキタヨ-の3本でお送りしました。
オリキャラのイーディス・ライナグル嬢はスリザリン生ですが基本常識人です。
何せ主人公であるミラベルのネジが飛んでますので、どこかに読者に近い視点の持ち主を入れなくてはなりません。
とはいえスリザリンはスリザリンなので獅子寮嫌いの要素はしっかり装備してたりします。
ミラベルが魔法界に敵対した時、側にいて副官ポジになるかそれともハリー側に付いて宿敵関係になるか……今のところどちらに傾くかは不明です。
そしてミラベルが腹ペコ属性持ちである事が判明。
多分こいつ、料理の鉄人EMIYAさんがいれば餌付けして味方に引き込めるんじゃないでしょうか。
まあ勿論このSSにEMIYAさんはいないので不可能なのですが。
追記:クラス分けの際に「ベレスフォード・ミラベル」のように姓名で呼ばれていますが、これは原作通りです。
だからハリーやハーマイオニーもこの時だけは「ポッター・ハリー」や「グレンジャー・ハーマイオニー」と呼ばれています。