アンブリッジって凄い憎らしいキャラですけど、キャラとしての完成度は高いですよね。
これぞまさに憎まれキャラって感じで、ひたすら皆に嫌われる様はいっそ尊敬すらします。
いや実際、ああいうのって物語には必要だと思うのですよ。凄い参考になります。
何せ原作者にすら嫌われてるらしいですから半端じゃありません。
そんなわけで実は私は結構アンブリッジというキャラが好きだったりします。
まあ、間違えても優遇はしませんけどね。こういうのは酷く扱ってナンボです。
第45話 暗雲
メアリー・オーウェル。
彼女は幼い時に両親を失くし、孤児院経由でベレスフォード家に引き取られた少女だ。
その役割は、末娘ミラベルの遊び相手。
だが、ここでの遊び相手とは普通のものとは異なる。
それは友人というよりは『玩具』に近い意味合いであり、要はミラベルの好きなように『遊んで』いいという、おおよそ人権という物を無視した扱いであった。
傷つけようと、殴ろうと、最悪壊してしまっても構わない。多大な財力と影響力、裏との繋がりを持つベレスフォード家だからこそ出来る事だ。
また、金を握らされただけでそれを黙認する魔法省の腐敗ぶりも決して無関係ではないだろう。
当時のミラベルは両親からの虐待に近い教育を受けており、その鬱憤や怒りをぶつける場所として両親が彼女に与えたものこそがメアリーだった。
それはベレスフォード夫妻なりの愛情であり、娘が過酷な教育で心を壊してしまわぬよう、その怒りの捌け口を与えた、歪みきった思いやりであったのだ。
だがミラベルはそれをしなかった。彼女のプライドが、そこまで堕ちる事をよしとしなかったのだ。
結果的にメアリーは当初予定されていた道具として機能せず、仕方なくミラベル専属の世話役へと変更され、待遇も少しだけ改善された。
故に、メアリーにとってミラベルは恩人であった。
たとえ本人にその気がなくとも、ミラベルはそのプライドでメアリーを救ったのだ。
だから少しでもミラベルの役に立とうと仕事を覚えたし、彼女の為なら何でもしようと思った。
しかしミラベルは他者との馴れ合いや助けられる事をよしとせずメアリーを拒絶した。
ミラベルは誰にも心を許さず、痛々しい程に独りであった。
だが、ある時を境に彼女は変わり始めた。
常に身に纏っていた刺々しさが消え、傷ついた肉食獣のような眼光もなりを潜めた。
白銀の少女との出会いを機に、少しずつ穏やかになり、柔らかな日差しのような笑みすら見せる事があった。
メアリーは、そんな変わっていく彼女を見るのが好きだった。
自分が彼女を救えなかった事は残念だが、それでも恩人が独りでなくなったのは何にも代えがたい幸福であったのだ。
だからメアリーは感謝し、そして願った。
――どうか、二人の幸せが続きますように、と。
ミラベル・ベレスフォードとレティス・ヴァレンタイン。この金と銀の少女がいつまでも、笑い合っていられるように……そう、神に祈った。
しかし――もしこの世界に神などというものがいるのなら。あるいは、運命などというものがあるのなら、その祈りは決して聞き届けられない。
何故ならミラベルは生まれながらの破綻者として生まれ、生まれながらの邪悪として作られ、そして『主人公』の前に立ち塞がる『悪』としての役割を背負っているのだから。
故に神は、あるいは運命は、無情にその腕を振り下ろす。
悪は悪だからこそ物語が成立する。
そこに善性などいらない。悪魔は邪悪であればそれでいい。
だから、まずは邪魔者を取り除く。
悪魔を改心させる天使など――物語には要らないのだ。
*
ホグワーツの生徒は5年生以降、監督生となる義務及び資格が発生する。
監督生は各寮から男女一人ずつが選定され、それぞれの寮のシンボルを象ったバッジが与えられる。
今年、栄誉ある監督生に選ばれたのはかなりクセの強い面子であり、特別車両で説明する上級生も心なしか嫌そうな顔をしていた。
グリフィンドールはハーマイオニー・グレンジャーとロナルド・ウィーズリー。
この二人は仲のいい友人として有名だが、ハーマイオニーはともかくロンは監督生としては疑問が残る。
そもそも彼自身が規則破りの常習犯であり、お世辞にも模範生とは言い難い存在なのだ。
何故彼を監督生にしてしまったのか……ダンブルドアの判断に誰しもが疑問を感じたのも当然の事だっただろう。
ハッフルパフはアーニー・マクミランとハンナ・アボット。
レイブンクローはアンソニー・ゴールドスタインとパドマ・パチル。
こちらは特に問題もないだろう。至って模範的な生徒だ。
そして最大の問題がスリザリンの監督生であるドラコ・マルフォイとミラベル・ベレスフォードである。
押しも押されぬ問題児二人で、恐らく最も監督生に向かない生徒だろう。
だがマルフォイはコネ、ミラベルは他を黙らせる成績で選ばれてしまった。
他の生徒達からすればスネイプ何考えてるんだ、である。
上級生の説明が終わり、監督生達も通常車両へと戻って行く。
その途中、マルフォイがミラベルへ得意気に話しかけてきた。
「おいベレスフォード、君はポッターを買っていたみたいだけど、これで僕があいつより優れている事がハッキリしたな。僕は監督生であいつは監督生じゃない!」
「……哀れな男だ」
「は?」
「お前、本当に自分の力で監督生になれたとでも思っているのか?」
ミラベルに無感情な眼を向けられ、マルフォイは言葉に詰まる。
言われなくとも、本当は彼自身とて分かっているのだ。
自分が選ばれたのは実力などではなく、父のコネによるものだという事くらい。
それでも、彼にはそれ以外に威張る物がない。
だから滑稽に、その武器を振り回して自分を大きく見せるしかなかったのだ。
「ハリー・ポッターをライバル視するなら、せめて自分の武器を持ってからにしろ。
お前が今持っているそれは全て借り物だ。立場も、取り巻きも、そのバッジもな」
「ぐ……」
向き合いたくない事実を指摘され、マルフォイの顔が真っ赤に染まる。
いつもこうだ。この黄金の少女は弱者の気持ちを理解しない。
自分が何でも出来るからと、出来ない者の気持ちを考えない。
気付けばマルフォイは拳を握り、眼に涙すら溜めていた。
それを一瞥して、ミラベルは面倒くさそうに溜息を吐く。
「親の七光りなど当てにするな、最後に頼りになるのは自分自身だけだ。
まずは特技でも何でもいいから、お前だけの武器を探してみろ。
……そうすれば、まあ、少しは認めてやらんでもない」
流石に少し言いすぎたと思ったのか、それとも単なる気紛れか。
ミラベルにしては珍しく優しい言葉を口にし、すぐに顔を逸らす。
マルフォイは目を丸くし、ミラベルの方を見るがその表情は向こうを向いている為窺えなかった。
「私は車両の見回りに行く。もう下らん事で話かけるなよ」
「あ、ああ……」
ミラベルはそう言うとマルフォイを一瞥する事もなく特別車両を出て行った。
後に残されたマルフォイは狐に化かされたかのような顔でミラベルが去った方向を見続けているだけだ。
だがやがて自分のすべき事を思い出したのか、慌てたように特別車両から出て行った。
例年通りの組み分けは、しかし何かがおかしかった。
組み分け帽子は毎年歌を歌い、その内容も微妙に異なる。
だが、警告染みた歌を歌った事など一度としてない。
一年生はこの異常に気付かないようだが、それ以外の生徒達は全て騒然とし、隣同士で意見を交換し合っている。
イーディスやミラベルもまた例外ではなく、険しい顔をして今の歌の事を話し合っていた。
「ねえミラベル……今のって……」
「ああ間違いない。ヴォルデモート復活に対する警告だ」
「寮同士結束しないと、内側から崩れるって事よね、今の」
「すでに手遅れだがな」
組み分け帽子が一年生をそれぞれの寮に振り分けるのを聞きながら、ミラベルは小さく舌打ちする。
組み分け帽子の警告は正しい。ホグワーツは内部より結束を固めなければあっさり瓦解するだろう。
正しい……が、遅い。あまりにも遅すぎる。
今、このホグワーツに何人、死喰い人の子息がいると思っている?
どれだけヴォルデモートの息がかかった保護者がいると思っている?
本気で内部より固めたいのなら、そういった生徒達をさっさと追い出すか、もしくは始めから入学させるべきではなかったのだ。
そして教師の側にもまた、魔法省から派遣された愚物が紛れ込んでいる。
残念ながら、いくら頑丈に土台を固めようとそこに腐った木材が紛れている時点で論外だ。
その後恒例通りのパーティーとなり、生徒達は目の前の御馳走に飛び付いた。
だがせっかくの食事の余韻も今年に限って言えば台無しになったと言ってよいだろう。
その原因は今年より『闇の魔術に対する防衛術』の担任となったドローレス・アンブリッジにある。
それは、ピンクのガーディガンを羽織り、やけに甲高い甘えたような声、そしてカエルのような顔をした醜女であった。
その耳障りな声とわざとらしい咳払い、そして何より彼女が語った内容は食事の余韻を吹き飛ばして余りあるだろう。
簡単に言うなら、今年からホグワーツの授業に魔法省が干渉する、と言ったのだ。
「……ミラベル」
「ああ、最悪だ。どうやら魔法省は無能なだけでは飽き足らず、こちらの足まで引っ張るつもりらしい」
無能な味方は有能な敵よりも恐ろしい。
まさにこの言葉を体現したような魔法省の底抜けの愚かさにミラベルは疲れたような顔をする。
魔法省とコーネリウスは馬鹿で無能だが、味方の足を引っ張る事に関してだけは超一流だ。
一方イーディスも、去年ミラベルが話した『魔法省は当てにするな』という言葉を痛感していた。
駄目だ、あの組織はもう完全に腐りきっている。そう理解してしまった。
そんなアンブリッジの演説の後はクィディッチについての説明などが行われ、お開きとなった。
ミラベルは監督生という事もあり、一年生の道案内の為一足先に席を立つ。
その背中を見送り、ふとイーディスは奇妙な……しかし奇妙というには、別にそれほど可笑しいわけでもない物を視界に捉える。
「……残してる? 珍しいわね」
ミラベルの席の食事が、“残されていた”。
彼女はああ見えてかなりの大食で、食事というものに並々ならぬ拘りを持つ。
本人曰く、その栄養は全て魔法などのエネルギー消費で消えるらしいが、とにかく太らないのが不思議なほどによく食べるのがミラベルだ。
その彼女が料理を残した? 別に料理を残すくらい不思議な事ではないし、イーディスだって稀に残す事がある。
だがミラベルが料理を残す姿は始めて目にした。
「もしかしてお腹の調子悪いのかな」
まあそんなに不思議に思う事でもない。
イーディスはそれ以上の疑問を持つ事もなく、スリザリン寮へ向かうべく席を立った。
*
「なるほど、死の秘宝か……。
『吟遊詩人ビードルの物語』……誰もが知るこの御伽噺にそんな裏があったとはな。
そして、遥か年月を経た今になって秘宝が集まろうとしている」
暗い室内で、二人の人間が話す声が聞こえる。
一人はローブで全身を隠した小さな影、ノスフェラトゥ。
もう一人は金色の巻き毛が特徴的な美男子、ゲラート・グリンデルバルドだ。
彼はつい先日まで老い衰えた老人だったはずだが、その弱りきった面影はもうない。
ここにいるのは全盛期の肉体と若々しさを取り戻した、強大な悪の魔法使いだ。
一体いかなる手段を用いてそうなったのか……それを知るのは本人達だけである。
「集まる? それは早計ではないか、ノスフェラトゥよ」
「そうでもない。もし運命などというものに意思があるとしたら、間違いなく『今』、秘宝を一箇所に集めようとしているはずだ」
「根拠は?」
「貴様も知っているように、この物語に登場する3兄弟は実在する。
ニワトコの杖を手に入れたアンチオク・ペベレル。
蘇りの石を得たカドマス・ペベレル。
そして透明マントを得たイグノタス・ペベレル」
ノスフェラトゥは面白そうに、手に持った本を開く。
そこに描かれた物語は、魔法界ならば誰もが知る御伽噺だ。
昔々ある所に魔法に長けた3人の兄弟がおり、彼等が橋を渡るとマントに身を包んだ『死』が話し掛けてきたという。
『死』は兄弟の魔法を称え、それぞれに褒美を与えると言った。
それに対し長男は誰にでも勝てる杖を。次男は死者を呼び戻す石を。
そして三男は決して見付からぬ透明なマントを望み、与えられた。
しかし長男は杖を自慢したばかりに寝込みを襲われて死に、次男は愛した女性を呼び戻すも本当の意味で一緒になる事が出来ず自殺した。
結局三男だけが天寿を全うした、という御伽噺によくありそうな結末でこの話は締めくくられている。
しかし多くの者が知らぬ、真実の話がこの御伽噺には隠されていた。
この3つの秘宝と、3人の兄弟は実在した。
そしてその子孫が今、この現代に集結しつつあるのだ。
「私の情報網を使って家系図を追って見た所、面白い事実が判明してな。
まずカドマス・ペベレルだが、こいつの血筋は途中でスリザリンの家系と合流し、更に途中でゴーント家に加わっている。その子孫があのヴォルデモートだ」
「……ほう。つまり蘇りの石の正当継承者というわけか」
「如何にも。次にイグノタス・ペベレルだが、この血脈はポッター家……即ちハリー・ポッターに流れている事が分かった。
更にポッターは秘宝と思わしきマントをすでに所有している」
ヴォルデモートとハリー・ポッター。
二人の宿敵は、本人達すら知らぬ遠縁であった。
蘇りの石と透明マント、二つの秘宝の正当な所有者だったのだ。
「そして最後の一人、アンチオク・ペベレル……その血脈はある意味最も色濃く現代に残っている」
「……まさか」
「フフフ……流石に思い当たったようだな。
そう。力に固執し勝利を渇望するその男の魂は、呪いのように子孫にまで受け継がれた。
如何なる手段を用いても勝者である事に拘る呪われた一族――即ち、ベレスフォード家だ」
ノスフェラトゥは嘲るように哂い、足を組む。
彼、ないしは彼女が腰掛けているのは椅子か? 否、椅子ではない。
人間、だった!
それもただの人間ではない。あろう事か、フランス魔法界を束ねる魔法大臣だったのだ。
それが虚ろな眼で涎を垂らし、恍惚の表情すら浮べてノスフェラトゥの椅子となっていた。
「よく仕組まれた運命だとは思わんか? 3人の兄弟の子孫が、それぞれ立ち位置を変えてこの時代に殺し合おうとしているのだ。
『死』というものの作為を感じずにはいられんな」
「確かにな……そしてお前が、その3人を弄ぶ『死』というわけか」
グリンデルバルドの言葉に、ノスフェラトゥはフードの奥で笑う。
その眼に映るのは、この部屋に跪く魔法使い達だ。
全員が屈強なSPで、今は椅子となっている魔法大臣の身辺警護に当たっていた。
だがそれも、ノスフェラトゥとグリンデルバルドを相手にしてはただの子供同然だ。
結局こうして洗脳され、彼等に頭を垂れてしまっている。
「クク……フランス魔法界も存外呆気ないかもな。
大臣を抑えた今、実権はすでに我が手中にあるも同然……後は気付かれぬよう一人一人、上層部を塗り変えていくだけだ」
「そう容易いと言ってくれるな化物。お前以外ではこう簡単に事は運ばんよ」
まだ、誰も気付かない。
ハリーもダンブルドアも、ヴォルデモートや学園にいるミラベルさえ気付かない。
自分達の認識の外で起こりつつある、巨大な陰謀を。
そしてそれを纏める巨大な悪意を。
この日、誰一人に知られる事なく――フランス魔法省の上層部が入れ替わった。
(「‐|‐)<アワワ……
今回はメアリーさんの回想とミラベル監督生就任、そしてノス何とかさんの暗躍でお送りしました。
メアリーって誰やねん、と思った方がいると思いますので説明しますと、まあチョイ役のオリキャラです。
39話でミラベルが生贄にして噛み殺した亜麻色の髪のメイドさんですね。
死人が何で回想すんねん!と思われるかもしれませんが一応ミラベルによって蘇生されてますので。
それではまた次回、お会いしましょう。