よく感想で「ヴォルデモート勢力弱体化しすぎだろ」と言われます。
しかしよく考えて頂きたい。ミラベルが殺した数は結局のところほんの十数人のネームド死喰い人に過ぎず、総数から言えば大したダメージでもないのです。
ヴォルデモート勢力は弱体化したのではない……これから弱体化するのだ。
ヴォルデモートによる英国魔法省陥落。
それは英国魔法界を闇と恐怖のどん底へ叩き落とした。
市民を守ってくれるはずの魔法省はいいように操られ、町は死喰い人や吸魂鬼、人攫いが我が物顔で歩く。
純血でないならば一家揃っての惨殺事件すら珍しくない。
理不尽な理由で魔法省に連行され、不当な形だけの裁判で吸魂鬼の餌食にされるのも日常茶飯事だ。
心休まる時間など最早無い。心休まる場所などない。
故に、魔法界に生きる人々は強く渇望した。
この窮地を救ってくれる救世主を。
ヴォルデモートを“殺してくれる”存在を――。
そして、それこそが黄金の邪悪の狙い通りであった。
彼女が動き出す、最悪の合図であったのだ。
「犠牲なくして革命はない」
薄暗い灯りに照らされた城内で、少女は語る。
その姿は14歳の時からまるで変わらず、幼さすら感じられるものだ。
だがそれでいて、大人ですら出せない妖艶な色香を発してもいた。
放つ言葉の一つ一つがその場の者達を魅了し、その仕草の一つ一つが心を奪う。
その両脇には側に立つ事を許された忠実なる臣下、クィレルと無言で佇む美麗な少年の姿があり、まるで絵画のようにミラベルを引き立てていた。
「人類の歴史において新たな時代を迎える時、そこにはいつだって打ち捨てられた古い歴史があった。
惨めに転がる屍の山と血の河があった」
その言葉を聞くのは大広間に集められた幾千ものしもべ達。
吸血鬼、グール、亡者、ゴーレム、マグル、魔法使い、ドラゴン……。
その全てが狂気に支配された眼で、王の言葉に耳を傾けていた。
「私はそれを悪とは思わない。例えいかなる犠牲を生もうと、よりよき発展の為ならばそれは必要な犠牲だ。払うべき対価なのだ。
真の悪とは停滞である。前に進む事を恐れ、古き思想に縛られ腐り果てる愚者こそが悪なのだ」
進化こそが生き物の進むべき未来だ。
発展こそが人類に許された進化の形だ。
それは魔法使いもマグルも関係ない。立ち止まった先に未来はない。
確かにその過程で切り捨てられる被害者は出るだろう。
その被害者は心優しい善人かもしれないし、人々に愛される存在かもしれない。
多くの涙と悲しみと、そして嘆きを生み出す事も否定しない。
しかし、それらを踏み越え、屍で大地を埋め立てた先にこそ新天地が切り開かれる。
その犠牲を上回る栄光を手にする事が出来るのだ。
常に人類はそうして前に進んできた。今までも……そして、これからも。
そう、ミラベルは信じて疑わない。
「『より大きな善の為に』……これはアルバス・ダンブルドアが若き日に語った至言である。
まさに人類の真理を突いた言葉だと私は思う。
大きな発展には必ず犠牲が生まれる。だがそれは全て『より大きな善の為に』必要な事なのだ。
犠牲を恐れ前に進めぬ偽善者では決して本当の善は成せない。血を恐れる者に進化はない」
ミラベル・ベレスフォードは犠牲を恐れない。
元より、悼む心などとうに捨て去った。
その眼に映るのは犠牲の果てにある輝かしい栄光のロードのみ。
その足元で涙する弱き民の悲しみを踏み潰す事を決めた。
故にこそ、彼女は誰よりも悪しく、そして誰よりも己の善を信じる事が出来た。
「故に私は諸君らに望み、命じよう。
その手を血で染め上げ、幾千幾万の悲劇を生み出せと。
数多の死を築き、我が道を切り開けと」
玉座で語るミラベルは誰よりも悪しく、何よりもおぞましく、しかしどんな存在よりも輝いていた。
神話にて語られる、人を堕落させる天使とはあるいは、彼女のような存在だったのかもしれない。
何よりも悪しき内心を持ちながらも、その少女はこの場のどんな存在よりも美しかった。
そして一度惹き込まれてしまったならば、もう逃れる術はない。
彼女の為に動き、彼女の為に殺し、そして彼女の為に死ぬ。
その覚悟が胸の内に植えつけられてしまう。
「諸君――私の為に死ねるか?」
それは地獄への誘いであった。
それは狂気へのいざないであった。
己の為に全てを投げ打って死ねと、少女は悪びれる事なく告げる。
何ら誤魔化す事無く、慰めを口にする事もなく、惨めに死ねと断じる。
死して屍の道となり、その死骸を晒せと命ずる。
それに対し、命亡き亡者やグールは当然として不死に近い吸血鬼や命ある人間達、その全てが一斉に答えた。
『
それは洗脳か、それとも催眠か。はたまた脅しだろうか。
否、そのどれもが違う。
確かにミラベルは一国の魔法省を得る手段として洗脳の魔法を用いた事はある。
強制服従を使ったのも一度や二度ではない。
しかしここにいる者達は、とっくにそれらの呪文から解放されていた。
では彼等は正気なのだろうか?
――それも否だ。
正気のはずがない。こんな狂気に浸された眼をした者達が正気などであるものか。
では一体何故彼等は従っているのだろうか。
何故彼等は狂気に染まったのだろうか。
その理由はただひとつ――『ミラベル・ベレスフォード』である。
彼女そのものが強力無比な洗脳呪文に等しいのだ!
ミラベルという少女自体が、抗い難いインペリオそのものなのだ!
彼等彼女らの中に善悪を判断する理性など最早残っていない。
何故ならミラベルという絶対正義を心の中に作ってしまったからだ。
それに歯向かう者全てが、彼等にとっては悪なのだ。
どんな綺麗な信念思想を掲げていようと、それがミラベルと相反するならば滅ぼすべき敵でしかないのだ。
それはあたかも神を妄信する狂信者の集団のように揺ぎ無く強固で、そして歪な在り方であった。
「大変結構」
ミラベルは彼等の返答に満足そうに頷き、邪悪な笑みを浮かべる。
そして玉座から立ち上がると、全ての兵を鼓舞するべく、ホール全体に響き渡る大声で宣言した。
「よかろう! ならば我等は本日現時刻を以て英国魔法界に全面戦争を仕掛ける!
古き思想に縛られる愚者を皆殺しにし、愚者が作り上げた歴史を灰燼と帰せ!」
己の生まれ育った国。己を育んだ学校。
そこに住まう人々、己の知る人間達。
その全てが慈悲の外にある。滅ぼす事に微塵の躊躇いもない。
故にミラベルは吼える。
「宣戦布告と同時に多重電撃作戦を展開する!
吸血鬼大隊、貴様等は人狼一族の集落を襲撃せよ!
今、イギリスに残っている人狼は全てヴォルデモートの側に付く事を選んだ負け犬共だ、遠慮は要らん!
今こそ失われた夜の王の誇りを取り戻し、ヴォルデモートに尻尾を振った狗共を屠殺してやれ!」
イギリスにおいて、ヴォルデモートに従わぬ人狼は全てミラベルの配下が保護し、フランスに移住させている。
したがって今イギリスに残っている人狼は例外なくヴォルデモートの狗のみ。故に躊躇は不要。
そのミラベルの命令に対し、吸血鬼一族を率いるヴァンパイアが敬礼で応える。
かつて恐れられ、そして忘れられた夜の一族の誇り。
古の時代、恐怖の代名詞であったのは闇の帝王などではない。吸血鬼なのだ。
それを今こそ、人間達に思い知らせる!
「シドニー! 貴様にはマグルを預ける!
近代兵器の火力を用い、巨人の集落を奇襲! 薄汚い巨人を根絶やしにしろ!」
ヴォルデモートに味方する者は例え何であろうが明日の世界へ残さない。
その意思を受けたシドニーは、表情一つ変える事なく了承の意を示す。
姉がそれを望むならば叶えよう。姉が死ねと命じれば死のう。
己の命と人生は、その為にこそあるのだから。
「クィレル! ゴーレムとトロール、そしてグールを全て貴様に委ねる!
その物量を用い、小賢しい抵抗を続けているボーバトン魔法アカデミーを制圧せよ!」
クィレルは己に預けられた戦力に気後れする事なく、最愛の主に敬礼を返す。
恐らくは最も難易度が高いのがここだ。
この場所だけは求められるのが『全殺』ではなく『制圧』……つまり、殺しは最小限に抑えなければならない。
未来を作る若き芽を無為に摘む事を主はよしとせず、可能な限り生かす事を望んでいる。
ならば成し遂げよう。
これだけの戦力を与えられて成し遂げられなければ己は真の無能だ。
ならばこそ必ずやり遂げる。
たとえどれだけの抵抗があろうとそれを捻じ伏せ捻り潰し、主に勝利を持ち帰る。
その決意はこの先も決して揺るぐ事はない。
「ホルガー! 魔法使い、及び航空部隊を率いて各地に点在する死喰い人と人攫いの隠れ家を強襲! ヴォルデモートに与する者を地獄へ送ってやれ!」
死喰い人の隠れ家は護りの魔法で封じられている。
だが秘密の守人などとっくに意味を失っていた。
ミラベルの配下はこの日の為に動き、死喰い人達を闇から奇襲していた。
彼等にインペリオをかけ、秘密を聞き出していたのだ。
そしてそれ以外の護りの魔法など、魔法省の知識で簡単に打ち破れてしまう。
ならば、もはや護りは護りに為らず。拠点を大火力で消し飛ばしてしまえば、それで全てが終わる。
「残りは総て私と共に魔法省を襲撃!
今日までの腐敗を招いてきた愚図を一人残さず血祭りにあげ、肉の一片も残さず焼き滅ぼせ!」
残る闇祓い、ドラゴン、魔法生物、バジリスク、そしてマグルは総て魔法省をこの世から消す事につぎ込む。
当然、そこで働く職員も例外ではない。
どうせヴォルデモートが制圧した今、残っているのは大半がヴォルデモート派閥の虫ケラだ。殺す事に躊躇いなどない。
「往くぞ諸君」
ミラベルは己の従順な兵士達を眺め、黄金の瞳を細める。
その眼に映るのは今ではなく未来。
敵を総て滅ぼした先にある栄光。それが既に彼女には視えている。
「――英国魔法界を、終わらせよう」
古くより続いた英国魔法界の映えある歴史。
その終焉の時が来たと、この場の誰もが確信した。
*
フランス、ドイツ、アイルランド3国よりの宣戦布告。
それはイギリス魔法界全土を揺るがした。
本土を守るための海上戦や空中戦などありはしない。
元より、魔法界の戦争の基本は対人戦の決闘だ。そこまで発展していないのである。
故に、ミラベル率いる連合軍の侵入を容易く許し、そして各地に対する一斉攻撃が幕を開けた。
ミラベル配下の魔法使い達が姿現しで一斉転移し、マグルの作り出した鋼鉄の鳥が大空を滑る。
無骨にして重厚な戦車が道を踏みならし、世にも恐ろしい吸血鬼の群れが一糸乱れぬ動きで夜空を駆ける。
死を恐れぬグールの群れが大地を蹂躙し、無限に生み出されるゴーレムが仲間の盾となりながら突き進む。
それはまさに地獄絵図であり、魔法界始まってより今までに例を見ない最大規模の侵略であった。
巨人達が住む山奥の集落。その上を鋼鉄の翼が旋回する。
何事かと見上げる巨人達の眼に映ったのは、戦闘機より投下された『何か』だ。
それを理解する事も出来ず不思議そうな顔をしている彼等の前でソレは地面に着弾し――爆発した。
マグルの生み出した人を殺す為に特化した機械。そんなものを巨人が知るはずもない。
魔法の常識を打ち破る、ただ唯無慈悲なまでの圧倒的火力。科学の猛威。
いかに頑丈で、魔法に強力な耐性を持つ巨人だろうと無事で済む筈もない。
手足が吹き飛び、肉が焼け、原型すら残さず砕け散る。
それを遠方より眺めながら、シドニー・ベレスフォードは戦車の上で指示を下す。
事前宣告はすでにした。
使者を送ってヴォルデモートに味方するならば容赦はしないとも告げた。
その上で彼等はここに残った。ヴォルデモートに付く事を選んだ。
ならば慈悲はない。ここにいる全てを鋼鉄の猛威で屠り去る。
「進撃!」
命令と同時に待機していた戦車が一斉に走る。
木々を薙ぎ倒し、自然を破壊し、巨人達の前へと躍り出た。
そして放たれるは、鋼鉄の砲。
鼓膜を破る程の轟音が響くたびに巨人の肉体が紙のように千切れ、吹き飛ぶ。
必死に反撃を試みるも、戦車砲の直撃にすら耐える鋼鉄の車相手に生物の腕力で何が出来ると言うのか。
いかに巨人といえど、その拳で戦車砲以上の威力を出す事など出来やしない。
それどころか、構わず進んできた戦車に轢かれ、その重量でみじめに踏み潰されるだけだ。
ここまでの差を見せ付けられてはもう戦意など残りはしない。
追い立てられた難民のように逃げ惑い、後ろから撃ち殺される。
かろうじて生き延びた何人かは山の奥にある洞窟へと立て篭もり、岩でバリケードを築いた。
だがそれにどれほどの意味があろうか。
岩のわずかな隙間より投げ込まれた小さな爆弾。
それがガスを撒き、洞窟内で充満する。
そして、それからわずか数分後。巨人達は理解出来ぬ苦しさに襲われ、口から血の泡を吐き出しながら一体、また一体と絶命していった。
毒ガスを思い切り吸い込んでもすぐには死なない生命力は凄まじいものだが、それだけだ。
生物である以上、内部を壊されればどうしようもないのである。
こうして巨人はこの日を最期に、唯一体を残してイギリスから消える事となった。
皮肉にも、巨人達から虐げられ、ハグリッドに連れていかれたグロウプだけが唯一の生き残りとなったのだ。
(*´ω`*)<アリノハンギャクモユルサン!!
というわけで遂にミラベルがやらかした66話でお送りしました。
悪役VS悪役の潰し合いスタートです。
例えるならエゥーゴを無視してティターンズとアクシズが全面戦争を開始したような状況ですね。
とりあえずこの戦いでどれだけ両陣営が疲弊するかで今後の難易度が変わります。
そして巨人滅亡のお知らせ。
一応ミラベルもヴォルさんに味方しない巨人は連れ出しているようですが、その数はごく少数なので実質上の全滅です。
ダンブルドアが恐れていた事態がとうとう起こってしまいました。
ダンブルドア「だから言ったんじゃ……ミラベルもヴォルデモートと大差ないと……(白目)」
ロマンドー「問題ない。勝った方が我々の敵になるだけだ」
ダンブルドア「…………(あれ? 誰じゃこいつ」