ハリー・ポッターと野望の少女   作:ウルトラ長男

82 / 85
最近ふと気付いた事ですが、私はSSを完結まで追いかけた事がありません。
大体追いかけたSSがエタるか、もしくは完結済みのを見付けて「リアルタイムで追いかけたかった」と思うかのどちらかです。
私が追いかけるとエタるジンクスでもあるのでしょうか。


第77話 一つの決着

 全てがスローモーションのようであった。

 ハリーから呪文が放たれて、ヴォルデモートが杖を手放すまで時間にしてほんの一秒といったところだっただろう。

 だがその一秒こそがこの戦いを左右した。

 驚愕に顔を強張らせたヴォルデモートが目にしたのは、この好機に弾かれたように動いた二人の魔法使いだ。

 セブルス・スネイプとハーマイオニー・グレンジャー。

 ヴォルデモートの杖捌きならば武装解除を受ける前に一発、後出しで呪文を撃てる。

 本来ならば杖が飛ばされる方向を予測してそちらに向かうのが原則だ。

 だがそんな事をしてはスネイプとハーマイオニーの攻撃を受けてしまう。

 

 避ける事は出来ない。

 ハリーの放った閃光は見えている。まるでスローモーションのようにこの眼に捉えている。

 だが、見えていようとどうしようもない事もある。

 武装解除の閃光は人間の速度の上を行き、もはや回避は間に合わない。

 手首から先のほんの小さな動作である『杖を振る』という程度の動きならば出来ても、あの閃光が届く前に腕をどかす事は出来ない。

 

 ならば今考えるべき事は杖を手放した先の事だ。

 スネイプとハーマイオニー……この二人のどちらを排除しておくかだ。

 杖を飛ばされ、再び拾うまでにかかる時間は2秒、いや3秒。

 その3秒間の間は無防備で、杖なしで相手の攻撃に晒されねばならない。

 

 ……スネイプの方が脅威だ。

 ヴォルデモートが下した判断、それはスネイプの排除であった。

 ハーマイオニー・グレンジャーは優秀と聞くが、所詮は穢れた血。

 一方スネイプは弱っているとはいえ先ほどまで自身を追い込んでいた存在であり、加えて己と同じ混血だ。

 そう考えたヴォルデモートは手首をスナップさせ、呪文を放つ。

 難しい呪文である必要はない。少しばかりスネイプの動きを阻害すればそれでいい。

 苦し紛れに放たれたその切断呪文はしかし、予想に反してスネイプの胸に当たり、血の華を咲かせた。

 もうスネイプには、避けるだけの力も残ってはいなかったのだ。

 

 ヴォルデモートは判断を間違えた。

 ここは瀕死のスネイプよりもハーマイオニーを狙うべきだった。

 そうすればまだ彼に勝機はあっただろう。

 ハーマイオニーを排除した後に杖を拾い、再び戦いに戻る事が出来ただろう。

 だが最早それはこの場では意味のない『もしも』に過ぎない。

 彼が侮っていた穢れた血は彼の予想を遥かに上回る速度で呪文を放ち、ハリーの武装解除で弾かれた帝王の杖をアクシオで引き寄せる。

 そして二本の杖で同時に魔法を撃ち込んできた。

 

 ――まずい……これは、杖がないと防げない……!

 

 だが杖はすでに手元になく、彼を守る物は最早何もない。

 ハーマイオニーの放った呪文が胸に当たり、ヴォルデモートの身体が吹き飛ぶ。

 信じられない、という表情のまま壁に衝突し、崩れるように倒れ込んだ。

 

 この間、全て一秒間の出来事である。

 

「……ば、馬鹿な……信じられん……この俺様が、こんな……」

 

 杖が無ければ魔法は使えない。

 帝王といえどその例外ではなく、杖のない彼は今や裸の王に過ぎなかった。

 無論それを克服する研究はしてきたつもりだ。

 杖を用いずに魔法を使う方法を今までずっと求めてきた。

 だが彼はすぐ目の前にそれを成している者が……屋敷妖精がいるにも関わらず、見向きもしなかった。

 あるいは、屋敷妖精のその魔法に目を付けていたならば結果は変わっていただろう。

 これもまた、最早語る意味のない『もしも』に過ぎぬ話だ。

 

「終わりだ、ヴォルデモート……僕達の、勝ちだ」

 

 杖を突き付けて怨敵が勝利を宣言する。

 その彼に支えられたスネイプが、隣に立つハーマイオニーが同じように杖を向け、帝王を見下ろした。

 信じられない事だ。この闇の帝王がたった3人にこうして敗れ、見下ろされるなど。

 ヴォルデモートは視線だけで射殺すように3人を睨み、唸るように声を出す。

 

「く、くくく……この程度で勝ったつもりか?」

「何?」

「俺様は知っていた……あの忌まわしきベレスフォードが分霊箱を壊しているのを知っていた。

その偉大な俺様が、新たな分霊箱も作らずこの戦いに臨むと思ったか?」

 

 ヴォルデモートの言葉にハリーが息を呑む。

 そうだ、分霊箱! それがある限りこいつは死なない!

 そしてミラベルがあれだけ派手に壊しまわった以上、確かに新たな箱を作るのが自然だ。

 いや、むしろ何故ダンブルドアもスネイプも、そしてミラベルもその事を警戒しなかった?

 まるで分霊箱などもう無い、といわんばかりの態度でこの最後の戦いに臨んだのだ?

 その疑問に答えるように、スネイプが吐血混じりに冷たく言い放つ。

 

「――それは、ない」

 

 分霊箱は無い。

 そうはっきりと切り捨て、スネイプは静かに帝王を見る。

 

「帝王よ……貴方は魂を分けすぎたのだ。

スラグホーンの教えを聞かなかったのか? 分霊箱は闇の深奥……たとえ一度であろうと魂を引き裂くという行為は危険なものだ。

ましてや貴方はそれを7度も行ってしまった……」

 

 分霊箱となる魂は均等ではない。

 当たり前だ。何度も作るという事はそれだけ大元の魂が減っている事を意味するのだから均等のはずがない。

 全体の何パーセントかは知らぬが分霊箱を作るたびに魂は引き裂かれ、その度にすり減って行く。

 例えば一番最初に作った分霊箱である日記は自らの意思で行動し、人を操り、遂にはバジリスクすら操ってダンブルドアを一度は退職に追い込むほどの狡猾さと恐ろしさを見せた。

 紛れもなく闇の帝王の一部と呼ぶに相応しい力を備えていた。

 だが6番目の分霊箱であるハリーはどうだ?

 日記に心を寄せただけでジニー・ウィーズリーを操れたはずの魂は、彼の内側にあるにも関わらず彼を操る事など遂に出来なかった。

 自らの養分とすべき魂がすぐ目の前にあるのに、己の力に変えて実体化する事すらしなかった。

 また、同じ分霊箱であるはずの日記にはあった、“執着した人物を操る”能力すらハリーにはなかった。

 何故ならその魂は帝王の切れ端に過ぎず、残滓に過ぎないものに成り果てていたからだ。

 

 もし彼等が分霊箱の中の魂を視覚化出来たなら、見えただろう。

 ハリーの心の中、その隅に蹲る惨めな赤子のような魂を。

 そしてここにいる本体は、そこから更にもう一度魂を裂いてしまっているのだ。

 

「もう貴方の中に、分霊箱にするだけの魂など残ってはいない」

「――!」

 

 スネイプの言葉にヴォルデモートが顔を怒りで歪める。

 だがその反応は何よりもスネイプの言葉を肯定してしまっていた。

 いよいよ進退極まったヴォルデモートは最後の足掻きとばかりに雄叫びをあげ、突進する。

 だがスネイプに焦りはない。

 まるで分かっていたように杖を上げ、流れるような動作で帝王へと向ける。

 

「セクタムセンプラ!」

 

 学生時代に編み出した魔法がヴォルデモートの四肢を裂き、地に沈める。

 この時をどれほど待っただろう。

 この時をどれほど夢見ただろう。

 今、ようやく終わる。

 そのスネイプの想いを継ぐようにハリーが杖を向け、因縁の二人の視線が交差した。

 

「ヴォルデモート……お前には多くの物を奪われた」

「……」

「僕だけじゃない。お前には多くの人が色々な物を奪われてきた。

これが最後のチャンスだ。悔い改めろ、リドル。

そうしなければお前がどんな姿になるかを僕は見た」

 

 ハリーからの最終通告。

 これがハッタリではないだろう、という事はヴォルデモートにも分かった。

 だが彼はその通告に対し、口が耳まで裂けているかのような壮絶な笑みを浮かべる。

 

「後悔など、ヴォルデモート卿には無い」

「そうか」

 

 それが彼の覚悟なのだろう。

 それが彼の矜持なのだろう。

 ならば最早言う事はない。

 ハリーは杖を振り上げ、そして長く続いた伝説に終止符を打つべく呪文を唱える。

 

「セクタムセンプラ!」

 

 呪文が発動すると同時に血が撒き散らされ、ハーマイオニーが思わず手で顔を覆う。

 首から上を失った帝王の身体が崩れ、そして首が学校の廊下を転がった。

 だがその首に恐怖はなく、最後まで闇の帝王に相応しい悪魔の如き形相のみが張り付いている。

 それを見届け、そしてスネイプは壁にもたれるように座りこんだ。

 

「スネイプ!」

「構うな! ……少し、疲れただけだ」

 

 ゼイゼイと息をつきながらスネイプは口の中に溜まった血を飲み込む。

 まだだ……まだ持ってくれ。

 後数分。いや、数十秒でいい。

 どうか最後まで……。

 

「往け、ポッター。まだ終わりではなかろう」

「でも……」

「そ、そうです。せめて治療だけでも……」

「不要だグレンジャー……そんな力があるなら、残しておけ……。

傷に効く魔法薬くらい、自分で持っている……」

 

 弱りきった姿でありながら、しかしいつもと変わらず不遜な口調でスネイプが彼を跳ね除ける。

 お前の心配など要らぬとばかりに振舞うその姿は、とてもこんな怪我をしているとは思えぬほどだ。

 ……無論、こんな言葉は虚勢だ。

 闇の魔法で受けた傷はそう簡単に塞がるものではないし、ハーマイオニーの技量でどうにかなるものでもない。

 だがこうでも言わなければこの女は無駄に力を使って治せもしない傷を治そうとするだろう。

 

「グリフィンドールの剣、だ……」

「え?」

「あの剣を、失うな……それが、唯一……ベレスフォードの虚を突く事が出来る……。

そして、もし勝つ事が出来たならば……必ずあの剣を破壊しろ……」

 

 スネイプの言っている事は、ハリーには分からない。

 何故そうしなければいけないのか、その説明がないからだ。

 だが理屈ではなく心で分かる。きっとそれが正しいのだと。

 ハリーは反論や疑問などを挟む事をせず、ただ黙って頷いてみせた。

 

「ポッター……私を、見ろ」

 

 スネイプの言葉に従い、彼の事を見る。

 ハリーの緑の眼とスネイプの眼が合い、ほんの数秒の時間が流れる。

 やがてスネイプは懐かしむように、言う。

 

「リリーの眼だ……。

外見も行動も、この期に及んで私を心配するその忌まわしい性格すらも奴に似ているのに……眼だけはリリーによく似ている……」

「……スネイプ、先生……」

「初めて……私を自主的に先生と呼んだな……」

 

 今、ハリーの心の中にあるのはスネイプへの尽きる事のない敬意と、そして後悔であった。

 何故今まで自分はこの人をよく知ろうとしなかったのだろう。

 どうしてもっと近付こうとしなかったのだろう。

 何故……あの夜、あんな酷い事を言ってしまったのだろう。

 思えば思うほど、彼に助けられてきた。救われてきた。

 なのに自分はその恩をずっと、仇で返していた。

 ……悔やんでも、悔やみ切れない。

 

「先生……僕は貴方をずっと誤解していた……酷い事も言ってしまった。

……今、その事を謝りたい。貴方は、僕の知る誰よりも勇気ある人だ」

「……ふん……お前は、私が受け持った生徒の中で一番手がかかる生徒だったな……。

さあ往け……お前を待っている者達が、そこにいる……」

 

 ハリーはその言葉に今度こそ迷わずに頷き、そしてハーマイオニーに目配せをする。

 

「先生! 必ず、戻ってくる……だからそれまで、死なないで!

貴方とは、まだ色々と話したい事がある! 謝りたい事が沢山ある!」

「……余計なお世話だ……」

 

 最後まで素直ではないものだ。

 ハリーはどこまでも彼らしい捻くれぶりに不思議な安堵すら感じ、微笑む。

 そしてハーマイオニーの手を引き、走り去って行った。

 それを見届け……スネイプは血を吐き出す。

 

 よかった。

 後もう少しでも残られたら、無様を晒していた。

 スネイプは皮肉気な笑みを浮かべ、これまでの学校生活を振り返る。

 最初から最後まで手のかかる生徒だった。

 生意気で、規則破りで、目立ちたがり屋で、どこまでも父にそっくりだった。

 なのに、肝心な所で母親の面影を見せてくるのだから始末に悪い。

 

 自分はきっといい教師ではなかっただろう。

 嫌われ者の嫌な教師だっただろう。

 それでいい。

 己の事など気にかけず、ハリー・ポッターらしく先に進め。決して振り返るな。

 リリーのように、母のように、脇目もふらず走れ。

 それが……それこそが、自分がリリーの息子を守れたという唯一つの誇りとなるのだから……。

 

「……リリー」

 

 もはや見えなくなった眼で虚空を見詰め、スネイプは愛する人の名を呼ぶ。

 例え彼女が誰に心惹かれようと、この世にいなかろうと……何年経っても、この想いは変わらない。

 そしてこれからも変わる事はない。

 網膜の裏に、かつて彼女と過ごした幼い頃の風景を思い浮かべ、呟くように告げる。

 

 

 

「君を、愛している……永遠に…………」

 

 

 

 穏やかな顔でそう言い。

 ――そして、セブルス・スネイプは二度と動かなくなった。

 

 

*

 

 アーチに向かって放たれた魔法。

 しかしそれはアーチに届かず、横から飛んできた魔法に遮られた。

 倒れているだけかと思った騎士団の面々が、傷付いた身体で尚もミラベルの魔法を防いだのだ。

 なるほど、流石にダンブルドアが選んだだけあってそう簡単には勝たせてくれないらしい。

 だが、それならばまず奴等から消すだけの事。

 そう判断したミラベルが騎士団に手を向け――瞬間、意識を失ったと思われていたイーディスが最後の反撃を試みていた。

 いや、ダンブルドアが杖を向けている所を見ると、どうやら彼が魔法でイーディスの意識を回復させたらしい。

 

「っあああああああああああああ!!!」

 

 己の身体ごと魔法で吹き飛ばし、ミラベルとの距離を一気に詰める。

 それを見ながらミラベルは驚愕と同時に沸きあがる敬意を感じた。

 思わず驚愕を露にし、しかしどこか愉快さも感じていた。

 

 ――まだ向かってくるか、ライナグル!

 

 そしてミラベルが振り返るよりも先に守護霊を出し、時を止めるよりも速く守護霊を彼女の胸に突撃させていた。

 それはまさに奇跡的な一撃であり、二度と成し得ないだろう完璧な攻撃だった。

 しかしそれだけだ。

 この守護霊の一撃ではミラベルを殺すどころか行動不能に陥らせる事すら出来やしない。

 ……そして、それでいい。

 

(お願い! 届いて……私の声を聞いてッ!)

 

 もう、これしかない――!

 

 イーディスが最後に賭けたもの。

 それはミラベルの守護霊の内に存在する、己の姉へ呼びかける事であった。

 イーディスが知る由もない事だが、ハリーとヴォルデモートの杖は、姉妹杖であるが故に共鳴を起こした事がある。

 同じ不死鳥の尾羽を用いた二本の杖を、歴史上類を見ない程に強く結び付いた二人が無理に戦わせた事で誰も想像しなかった事態が生まれたのだ。

 結果、ハリーの杖はヴォルデモートを不倶戴天の敵と認識し、持ち主の意を越えてヴォルデモートに対してのみ異常に強力になってしまった。

 

 そして今、イーディスはそれに近い状態にあった。

 ミラベルが人を捨てる際に用いた血の持ち主であり、そしてミラベルの一部を持つ存在……メアリー・オーウェル。

 その彼女の護りがレティスの妹に与えられる事で限りなくハリーとヴォルデモートの杖に近い状態が発生していたのだ。

 勿論イーディスはそんな事は知らない。

 だが、結果として彼女の最後の賭けは、この上ない完璧なお膳立てをされた状態で行われていた。

 

(今ミラベルを止められるのは貴女しかない!

だからどうか、この声が聞こえたら、力を貸して……お姉ちゃん!)

 

 今のままでは誰も幸せになどなれない。

 大事な世界を壊されるハリーやハーマイオニー。

 こんな世界でも守ろうとした数多くの人々。

 そして何より、こんな暴力で支配した先ではミラベル自身の幸せすらない。

 

 止めなくてはならないのだ。

 ミラベルの友だからこそ、何としても。

 

(お願い……ッ!)

 

 ミラベルが小さく舌打ちをし、手の平に魔法を生み出す。

 護りの魔法があろうと全ての魔法が効かないわけではない。

 武装解除などの魔法ならば問題なく通じるし、間接的に殺す方法などいくらでもある。

 

 だが、己の眼前にまで脅威が迫ってもイーディスは念じるのを止めない。

 眼を硬く閉じ、最後の一瞬を覚悟しながらひたすらに念じる。

 念じる。

 念じる。

 ……そして、念じ続けて、ふと気付いた。

 自分は未だ何の攻撃も受けていない、と。

 

「…………?」

 

 いつまで経ってもミラベルの魔法が届くのを感じない。

 もしかして痛みすら感じる間もなく殺されてしまったのだろうか?

 目を開けたら、もしかしてそこには首から上のない自分の身体でも転がっているのだろうか?

 それは嫌だなあ、などと思いながら恐る恐る目を開ける。

 

 

 そこにあったのは、自分の前で両手を広げる白銀の少女の背であった。

 

 

「…………馬鹿……な……!?」

 

 今までに聞いた事がないような声で、ミラベルが驚きを露にする。

 その眼は見開かれ、信じられないものを見たように……いや、事実信じられないものを見ているのだ。

 その腕を止め、目の前の少女を凝視し続けていた。

 

「レティ、ス……何故……!?」

 

 ミラベルの守護霊がミラベルの攻撃を遮った。それは守護霊の魔法を知る者ならば信じ難い光景だろう。

 そしてある意味それは正しかった。

 もうレティス・グローステストはミラベルの守護霊ではないのだ。

 

「ライナグル……貴様何を……何をしたァァッ!?」

 

 始めて見る、怒りと焦りを綯い交ぜにした怒声だ。普段の余裕が微塵もない。

 それは無理もない事だ。

 何せ、自分より圧倒的に魔法の腕で劣るはずの少女が、自分の守護霊の中から魂を奪い取ったのだから!

 そう、レティスの魂はもうミラベルの守護霊の中にいない! レティスを失った守護霊は形を失い、銀色の靄へと変わってしまっている。

 そして逆に、先程までペガサスだったイーディスの守護霊こそが銀の少女へと変わっていたのだ。

 

「な、何って……ただ、呼びかけただけだよ……力を貸してって」

「……出鱈目を言うな……! それでは、なんだ? これはレティスの意思だと言うのか!?

貴様が何かしらの方法で奪ったのではなく……レティスが自らの意思で私から離れたと!?」

 

 牙が砕けそうなほどに歯を噛み締め、凄まじい憎悪を発する。

 まるで質量すら伴っているかのような、凄まじい意思の力だ。

 空気が怯えたように震え、景色すらが歪んでいる。

 だがイーディスには何ら影響がない。

 普段ならば、こんな殺意を向けられれば気分が悪くなり吐いてもおかしくないのだが、何も感じないのだ。

 その理由は目の前の守護霊だ、彼女が憎悪を全て弾いてくれている。だからイーディスに害が及んでいないのだ。

 

「何故だレティス……何故……!?

私がいくら呼びかけても反応を見せなかった君が、この期に及んで何故……?!」

 

 憎悪を露に問い詰めるミラベルに、白銀の少女はただ悲しそうに目を閉じる。

 そして黄金の少女の行動を否定するように、静かに首を振った。

 無言の否定。だが、それはいかなる魔法よりもミラベルを打ちのめした。

 

「…………ッ!

私は……ッ、私はずっと、君の為に……ッ!

ただ一人、君の為にこの世界を壊そうと……ッ!」

 

 あの暴帝が、まるで飼い主に捨てられた動物のようであった。

 今にも泣き出しそうな程にその顔を歪め、その声は震えている。

 守護霊の少女はそんな友を優しく抱き締め、その髪を撫でる。

 

「ミラベルよ……その子は、望んでおらんかったのじゃ……」

 

 地面に伏したまま、ダンブルドアが口を開く。

 ミラベルの動きを止める事の出来る唯一の存在。そこに彼もまた希望を見出したのだろう。

 

「その子を襲った悲劇はわしも知っている……魔法界の愚かな大人達が起こした、どうしようもない馬鹿げた過ちじゃ。

いや……わしには彼等を愚かと呼ぶ資格すらないか……。

お主が魔法界を恨むのも仕方なかったのかもしれん」

 

 ダンブルドアとて何も調べずにこの最後の決戦を迎えたわけではない。

 ミラベルの過去を調べ、そして彼女が狂った切欠にレティス・ヴァレンタインという少女がいる事も突き止めていた。

 だが流石に、その魂が今も守護霊の中に封じられている事までは読めていなかったわけだが。

 しかし今ならば分かる。何故あの少女にあれ程シンパシーを感じたのか。

 同じだったのだ……彼女もまた、愚かな誰かのせいで大切なものを失っていた。

 そしてそのまま、踏み止まる事無く行き着く所まで行ってしまったのだ。

 まさしくミラベルはもう一人のダンブルドアであった。悔やまず省みず、憎悪を原動力に支配への道へ入り込んだアルバス・ダンブルドアのもう一つの未来であった。

 

「じゃがその娘の涙を見よ。その子はお主が罪を重ねるのなど望んではいなかった……復讐など、求めてはいなかったのじゃ」

 

 だが心優しいあの少女は、自分の為にミラベルが罪を重ねるのなど望んではいなかった。

 ただ友に幸せであって欲しいと思ったのだ。

 言葉を発せぬ魂の残滓でありながら、ミラベルを強く抱き締めているのがそれを証明している。

 

「ミラベル……どうか」

 

 どうか、今からでもやり直して。

 そんな気持ちを込め、イーディスがかつての友を見る。

 ここまで魔法界に打撃を与えた以上全部無かった事にして仲良くしましょう、というわけにはいかない。

 だが、それでもこれ以上の犠牲は止められるはずだ。

 全員が見守る中、ミラベルはただ俯いたまま沈黙し続ける。

 そして、数十秒が経過したところで、ようやくその口を開いた。

 

 

 

「――総てが私を拒むか……それもよかろう」

 

 

 

 瞬間、魔力が爆発した。

 レティスをイーディスごと弾いて己から引き剥がし、魔力の風が吹き荒れる。

 そして全員を同時に襲ったのは、その場にいるだけで身体が潰れてしまいそうなほどの『狂気』!

 

「く、くくくくく……クククククククククク……ッ!

なるほどなるほど、貴様の気持ちはよく分かったよレティス。

結局誰も私には着いて来れぬというわけだ」

 

 魔力が高まる。

 高まって高まって、尚高まる。

 まるで限界などないとばかりに、一秒一秒ごとに己の限界を超えて増大し続ける。

 魔法を使ってすらいないというのに魔力だけで大地が鳴動し、建物が皹割れて行く。

 先ほどまでで十分過ぎる程に化物だったというのに、今やそれすら霞んで見えるほどだ。

 白目と黒眼が反転し、口が耳まで裂けたように歪み、景色全てが目を焼きそうな眩い黄金で満たされる。

 爪が刃のように伸び、髪が波打つ。

 

「いいだろう、それも一興だ! 誰も望まぬ世界を支配するのもまた面白い!」

 

 今まではレティスの為という意識がどこかにあった。

 それ故に最後の部分でブレーキをかけ、ギリギリの部分で踏み止まっていた。

 信じられないかもしれないが、あの状態でまだミラベルは自制を働かせていたのだ。

 だからこそ魔法界そのものを滅ぼすのではなく今の魔法界を終わらせる、程度の野望で留まっていたし、生かすべき相手とそうでない相手を選別もしていた。

 だが最早そのブレーキはない。

 悪意の暴走を止める良心は完全に消えてしまったのだ。

 

「――全殺しだ」

 

 もう未練はない。我慢する必要もない。

 欲望の赴くままに、悪意が命じるままに殺し、壊し、奪い尽くそう。

 純血もマグルも関係ない。優秀だとかそうでないとか、知った事か。

 

「もうこんな世界、私は要らん! 私には必要ない!」

 

 悪意が際限なく増え、荒れ狂う。

 世界の支配も、最早興味を抱けない。

 ただ壊し、殺す事だけが唯一の幸せだ。

 

「世界の総てを、今ここで破壊するッ!」

 

 興味のなくなった玩具はゴミ箱に捨てられ、壊れるのが運命。

 だから壊す。だから殺す。

 己の中の狂気を止めず、衝動の命ずるままに魔力を解き放つ。

 今まで語ってきた思想も最早不要な物だ。

 輝かしい未来など、もう要らない。

 ならばここで使うべき呪文はアクシオただ一つ。

 それを以て、宇宙に散らばる星々をありったけこの地球に呼び寄せよう。

 その結果この星がどうなろうが、人類が死滅しようが――自らが滅びようが、知った事ではない。

 

 もう。

 

 なにも。

 

 

 

 ――いらない。

 

 

 

「わしは……わしは、また、間違えたのか……」

 

 ミラベルの狂気を見て、ダンブルドアは呆然と呟く。

 脳裏に浮かぶは、シビル・トレローニーの予言。

 今、わかった。

 今こそ理解した。あの予言の本当の意味を。

 

 金星に守護された天秤の月に悪魔が生まれる。

 悪魔の持つ天秤は救世にも破滅にも傾き得る。

 悪魔は己の半身たる天使を得、天秤の安定を得るだろう。

 悪魔から天使を奪ってはならない。

 さすれば天秤は破滅へと傾き、確定した未来は覆される。

 

 ダンブルドアは今まで、レティスを予言の天使だと思い、それが失われてしまったと考えていた。

 だが違う。半身たる天使を得る、とはその魂を得るという事だった。

 即ち、今までのミラベルはあれで安定し、救世へと傾いていたのだ!

 だがその苛烈さからダンブルドアは彼女を見誤り、破滅へ進んでいると誤解してしまった。

 違ったのだ……予言の破滅は今まさに、実現してしまったのだ。

 レティスの魂を奪う事で、天秤が傾いてしまったのだ!

 そしてその引き金となる戦いを、他ならぬ自分が始めてしまった!

 

「愚かじゃ……わしは、なんと愚かな……!」

 

 彼女に己の過去を重ねた。

 過去の過ちから、彼女の歩みを過ちと決め付けてかかった。

 だが、それがそもそもの間違い!

 あれは破滅への歩みではなく、救世への歩みだった……!

 

 終わった。

 いや、終わってしまう。

 この愚かな老人が、誤解から始めた戦いのせいで。

 悪魔から心の安定たる天使を取り除いてしまった事で。

 そしてもう、それを止める者はどこにも――。

 

 

「――待てッ! ミラベル・ベレスフォード!!」

 

 

 絶望が支配する決戦の地。

 そこに、魔法界の命運を左右する最後の希望が飛び込んできた。

 

 




(*´ω`*) 皆様こんばんわ。VSヴォルさん決着の77話でお送りしました。
そして次回、VSミラベルも決着を迎えます。
長く続いた物語ですが、ようやく終らせる事が出来そうです。
次回が終れば最終話、その次にエピローグで終了です。
さーて、そろそろ溜めておいた未読SSを読む準備でもしましょう。
それではまた明日、お会いしましょう。


~画面外~
ATM「いくぜ、俺のターン! 俺は手札から魔法カード融合を発動!
ブラックマジシャンとマルフォイを融合する!」
マルフォイ「!?」
ATM「いでよ、最強の魔法使い! マジシャン・オブ・ブラックマルフォイ!」

マジシャン・オブ・ブラックマルフォイ
攻撃力 2200
守備力 1700
効果: フォーイ

ロマンドー「……ブラックマジシャンより弱くなってないか?」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。