とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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らいはちゃんが少しブラコンだった場合。


お義姉ちゃん育成計画。

 上杉らいはには生まれてからずっと自分を溺愛してくれる兄がいた。いついかなる時も妹を優先し、妹を愛し、妹に尽くしてくれる優しい最愛の兄。

 体が弱く体調をよく崩していた幼い時はいつも自分の手を握って一緒に寝てくれた。彼が青春を擲って学業に励むのも貧しい家庭の為だ。少しでも妹の自分に楽をさせようと、身を扮してくれているのだ。

 らいはもそんな兄の為に尽くそうと思った。要は恩返しだ。優しい兄への、不器用な兄への感謝として。

 その第一歩として彼の身の回りの世話を始めた。料理、洗濯、掃除と家の家事を最初は兄と共にしていたが体が成長するに連れてその役割を全て自分が担当するようになり、また彼の身嗜みもらいはが整えて上げるようになった。

 らいはが物心つく頃には既に勉強おばけだった兄は身嗜みに関しては全くの無頓着だ。私服は殆ど古着でお金が勿体無いからと散髪代までケチるほどの筋金入りである。見かねたらいはは兄の散髪を自分がすると申し出た。

 せめて髪くらいは私が整えてあげよう。そう思い立ったのだ。

 当然ただの子どもが床屋のように上手く散髪出来る筈もなく、完成したのは可笑しな髪型だった。

 出来上がったそれに唖然としながら慌てて兄に謝ろうとしたらいはであったが、兄は特に気にした様子を見せず優しく自分の頭を撫でてくれた。ありがとな、と笑みを添えて。

 あの時、らいはは己が胸の鼓動が高鳴ったのを自覚した。

 それから兄は自分に散髪を頼むようになり、らいはは喜んで兄の髪を切っていった。

 しかしながらあの妙な髪型、兄は気にしていないが切る側はやはり気にするものだ。大好きな兄には少しでも格好良くなって欲しい。そう願ってらいははある日、思い切って普段とは違う髪型に挑戦してみた。

 

 その結果、思った以上に格好よく仕上がった。想像以上だ。まさに奇跡の出来栄え。友達の家でしか見た事のないテレビに映っていたアイドルとかがこんな感じの髪型だ。

 もう一度再現しろと言われたら少し難しいかもしれないが、今度からはこんな感じの髪型を目指していこう。

 やや興奮気味に兄にも感想を聞いたが、帰ってきたのはいつもの感謝と笑みだった。まあ、あまり期待はしてなかった。彼がこういう変化に疎いのは判っている。多少いつもより前髪の長さが違うな、程度にしか思っていないのだろう。それでいい。らいはにとっては兄の見た目が格好よくなっただけでも十分なのだから。

 ささやかな幸福感を胸に抱きながら、その日は床に就いた。

 

 翌日、洗い物をしながら兄が有象無象の女共に囲まれたという話を聞いてらいはは持っていた皿を落としかけた。

 

 妹の自分が言うのも何だが兄は顔に関しては整っている。めちゃくちゃ整っている。髪型込みで地味な顔だと酷評する面食いの女がいたとして、その髪型をちょっと変えるだけでその女がくるりと掌を返す程度にはイケメンなのだ。鋭い眼光と甘いマスク。VRMMORPGで無双しながらハーレムを築きそうな特徴的な声。絵本から飛び出た王子様なのだ我が兄は。

 そんな兄の輝く貌をあの髪型と他人に対して無関心で口を開けば辛辣な言葉が飛び出る内面性の屑さで相殺して地味な男として位置付けていた。

 それが髪型が変わった事によって均衡が崩壊したのだろう。他人に対する興味の無さや口の悪さなどイケメンがやれば魅力を引き立てるスパイスにしかならないし、友達がいないぼっちも言い方を変えれば孤高だ。お砂糖、スパイス、素敵な物をいっぱい混ぜたらめっちゃ可愛い女の子ができるように、イケメン、毒舌、孤高を混ぜればあっという間に少女漫画や乙女ゲーに出てくるような俺様系キャラが出来上がる。

 しかも兄はナチュラルに気障で若干ナルシストである。見た目だけではなく中身も乙女心を擽る。おまけに完璧超人と思わせておいて体力がないという可愛らしい弱みまで完備だ。強気な男の弱い部分に女は弱いのだ。

 嵌る女は嵌る。あれは沼だ。底無し沼の如く嵌る。そりゃあ女に囲まれるだろう。マスクを外して常にフェイスフラッシュを展開した無敵モードだ。倫理的に無理でなければ真っ先に自分が兄をぺろりと頂いていただろう。

 

 これはいけない。らいはこの状況に危惧した。

 あの兄が顔だけで寄ってきたそこらの下らない発情した雌に現を抜かすなどあり得はしないだろうが、万が一という可能性もある。あのあるかないのか分からない兄の性欲が爆発して雌共に食われてしまう可能性がないとは言い切れないのだ。

 下賤共に大事な兄をくれてやる訳にはいかない。そんな奴に食われるくらいなら倫理を放棄して自ら兄を頂戴する。

 その日、らいはは断腸の思いで昨日の髪型を封印することを決心した。あれは真に兄と、そして自分が認めた女性が現れる日まで人の目に晒してはならない。

 強大な力は人を惑わす。女の人はよく見極めて慎重に選ばなければならない。

 

 ───お義姉ちゃんになる人は私がしっかりと見極めるから。だから安心してね、お兄ちゃん。

 

 この日から、らいはは兄に相応しい女性を見極める盾になる事を決意した。

 後に『らいはカット』と呼ばれるようになる彼の特異な髪型はいかに兄の顔を目立たなくできるかと研究と研鑽を続けた妹の影の努力の結晶である。

 『カット』するのは兄の髪の毛だけではない。顔だけで兄にホイホイ近付く愚かな羽虫どもを遮断(カット)するためのファイアウォールなのだ。このフィルターを通り抜ける事ができて始めてスタート地点なのである。

 これで当分は兄に近付く愚か者はいなくなる。そう胸を撫で下ろした。

 

 しかし、何時の時代も障壁というのは乗り越える猛者が現れるのが常である。

 月日は流れ、兄の元に五人の少女が集った。顔も声も体も同じ世にも珍しい五つ子の少女達。

 美しく、可愛らしく、お金持ち。しかしながら全員が曲者であるとらいはは初見で既に見破っていた。

 

 ───彼女達は今までと"何か"が違う。

 

 出会った時に何かこう宿命のようなものを姉妹に感じ取っていた。そしてらいはの予感は見事に的中した。

 気付けば彼女達五人全員がただの世間知らずのお嬢様から兄を欲する"女"へと仕上がっていたのだ。

 流石は我が兄。五つ子全員を一年で全て堕とすなんて。兄の無自覚な誑しっぷりを畏怖しながらも、らいはは姉妹の存在を強く受け止めた。

 らいはカットの兄を受け入れそれでもなお兄を求め進み続けた人達だ。面構えが違う。かつて兄を囲んだ有象無象の雌とは一線を画している。喩えるならば獣。気高く飢えた獣だ。

 らいはも彼女達に見込みがあると思い姉妹の内の一人と慎重に交流を図りながらも彼女達を見定めてきたが、まさかここまでとは。

 しかも五人が全員狡猾なのだ。勉強の出来はアレらしいが、少なくとも恋愛に関しては賢しい。

 まず真っ先に彼の大事な家族であり、溺愛するこの自分を狙ってきたのだ。『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』とはよく云ったものである。彼女達は兄を堕とすのに何が必要なのか心得ている。

 そうだ。兄を射止めるには妹であるこの私の許可がいる。

 今日も中野姉妹に誘われて男子禁制の微笑ましい女子会……という名の誰が兄に相応しいかを見定めるプレゼンが中野家で行われていた。

 

「お邪魔します! 一花さん、二乃さん、三玖さん、四葉さん、五月さん!」

「あ、いらっしゃい。らいはちゃん」

「よく来たわね。お茶用意するわ」

「今日はくつろいでいってね」

「らいはちゃん!」

「こんにちは、らいはちゃん」

 

 玄関口で姉妹全員が出迎えてくれた。四葉に至っては熱い抱擁まで添えてだ。バカでかいリボンとバカでかい胸を押し付けられもみくちゃにされながらも、らいはは姉妹に笑顔を向けた。

 きっとこの中から兄と添い遂げる人が出てくる。そういう確信がらいはにはあった。

 中野姉妹は特別だ。それは容姿やお金持ちのお嬢様だから、という訳ではなく兄を大きく変えてくれた人達だからだ。彼女達と過ごす兄を見るとやはり違うのだ。彼女達に向ける笑みが。

 本当に楽しそうで、本当に嬉しそうにで、それでいて本人はまだ自覚していないが、きっと彼女達を愛しているに違いない。

 兄本人から好感的で妹であるらいはからもフィルターを潜り抜けた彼女達は十分に資格があると思っている。

 だからこそ、見極めなければならない。彼女達の中から選ばれるであろうたった一人を。

 

「あっ、らいはちゃん。この前はご馳走様でした。とっても美味しかったです!」

「良かったぁ。五月さんに喜んでもらえて」

「あのカレー、いつもと味が違ったように思えますが何か味付けを変えたのですか?」

「ふふふ、それは秘密ですっ」

「むむ、なら次に戴いた時はかならず隠し味の正体を明かしてみせます!」

 

 開口一番、まず小手調べと言った具合に五女が先制パンチを姉達にお見舞いした。

 恐ろしい。彼女はわざと姉妹の目の前で己が上杉家に入り浸っている事をアピールしたのだ。

 

 "どうですか? 私達の仲の良さは。上杉君と一番親しく家族ぐるみの付き合いをしているのは私ですっ!"

 

 言葉にはしていないが、先の会話にはそんな意味合いが込められていたに違いない。

 どうやら五月が放ったジャブが効いているようで、姉達は眉をひくつかせていた。

 

 中野五月。転校して最初に兄と出会い、そして姉妹で最後に兄に惚れた少女。その胃にブラックホールを飼うアホ毛という名の角を生やした可能性の獣。

 彼女が己が好意を自覚してから行動に移すまでは実に鮮やかだった。己が兄に好意を抱いてたと知るや否や、この上杉家によく入り浸るようになったのだ。

 三日に一回帰ればそこに五女がいる。最初は兄も困惑していたが彼女は己が生徒であるという立場を存分に活かし勉強を教えて欲しいという大義名分で上杉家に通うようになった。

 兄がケーキ屋のバイトがない時なんかは一緒に帰ってきて家で勉強する日もある。そのまま夕食を共にし、食器を洗って兄が彼女を見送るのがもはや日常の一部となってきている。まさに通い妻状態。

 上杉家四人目の家族と言っても過言ではないだろう。父に至っては彼女が兄の嫁になると信じて疑っておらずこの前も家の合鍵を彼女に授けていた。この事は勿論、兄は知らない。気付かぬ間に囲いが出来あがりつつあるのである。

 上杉家特性カレーを美味しそうに平らげる姿はらいはも胸を打たれた。何というか過保護になるのだ彼女を相手だと。それが彼女の、中野五月の強さだ。

 

 ───しかしこの五女が独走状態かと問われたら首を横に振らざる得ない。

 

「らいはちゃん、風太郎君は今日も相変わらずお勉強をしてたのかな?」

 

 五女の攻撃に黙っていないのが四女の四葉だ。

 彼女が発した言葉は他人からすれば何の変哲もない会話だろう。だが、事情を知る者が聞けばそこに込められた意味を読み取れるようになる。

 今の言葉は上杉らいはに向けられたものではない。他の姉妹への牽制として張られた弾幕なのだ。

 敢えて口調を変え彼との間にある唯一無二の関係性を強調する事によって他の姉妹を"判らせた"。

 

 "まさか忘れてない? 私が風太郎君と一番最初に会ったんだよ。一番理解しているのも、一番支えたのも、一番愛しているのも私。みんなとは過ごしてきたレベルが違うよ"

 

 四女から発せられるプレッシャーが他の姉妹を圧倒する。強い。ただ単純に強いのだ。彼女は。剛の愛を持っている。

 中野四葉。実は兄と一番最初に出会っていた始まりの少女。たった半日程度の付き合いで兄に惚れたという三女もビックリのチョロさでありながら、再会してからも兄を想い続けた現代社会に現れたビアンカとはこの人である。

 想いが重いのは姉妹共通だがその中でも特に重いのが彼女だ。

 らいはが聞いた話によると最初は兄への想いを過去のとある出来事から諦めていたのだが、それを振り切り今では好意全開ラブ度天元突破風太郎君しゅきしゅきだいしゅきデカリボンに変貌したのだ。

 今まで己の感情に栓をしていた事もあり、感情に抑えが効かないらしい……らしいが、らいはにはそれが俄かに信じ難い。

 第三者のらいはから見ても四葉が兄に対する好意を隠す気などサラサラなかったように思える。あれで抑えていたというのが驚きだ。普通、好きでもない異性の頬に着いたクリームを舐め取りはしないだろうと正月の出来事を思い浮かべた。

 

 しかし、ある意味で一番危うい存在である。なまじ常人離れした身体能力を有しているせいで実力行使で兄を手にしようとすれば誰も止められないのが厄介な強化系である。

 状態異常攻撃が得意な具現化系の次女と搦め手を得意とする変化系の長女が組めば仕留める事は可能かもしれないが、そもそもその二人も厄介な女なのでらいはからすれば悩みの種である。

 果たして彼女は兄に相応しいのだろうか。頭を悩ますらいはであったが、思考する暇もなく今度は別の姉妹が声があげた。

 

「フータローはきっとデートの準備に忙しいんだよ。明日、私と約束しているから」

 

 四葉が展開していた弾幕を無理矢理こじ開けた。爆弾を投下したのは中野家が三女。天下第一天上天下無双。

 中野三玖。彼女の攻略スタイルは『王道』だ。搦め手を用いず、兄との深い過去の思い出もなく、ただある"今"と"明日"を求めて突き進む絶対王者。

 先の発言もブラフなどではなく事実なのだろう。兄がそれをデートと認識しているかどうかは別として既に一緒に出掛ける予定を組み込んでいるのだ。王道、故に強い。故に無敵。だからこそ長女は恐れ邪の道へと走ったのだ。

 まさにキング。キングオブナカノ。最初からキングが全力でかかれば一瞬だ。キングのラブコメはエンターテインメントでなければならない。故に他の姉妹が全て参戦してから全て蹴散らす算段なのだ。

 妹のらいはから見ても三玖は候補としてかなり強力だ。苦手な料理も克服しつつあり、勉強面も姉妹基準で言えばトップに君臨し、その内気な性格も兄のお陰で改善された。

 欠点を挙げるなら体力面であるが、そこは兄も同じなので問題はない。一人で家事がこなせないというのなら、妹であるらいはが一緒に兄夫婦と一緒に住んで手伝えばいいし、夜の営みが体力的にキツイなら自分が変わればオールオッケーだ。

 何も問題はない。むしろ変われ。お兄ちゃんは私のだ。そのキングの座を私に寄越せ。そのまま元キングとして過去の栄光に縋れ。

 

「はい、らいはちゃん。お茶淹れたわよ。紅茶で良かった?」

「うん! ありがとうございます。二乃さん!」

 

 三玖の流れを断ち切るように自分にティーカップを差し出したのは中野姉妹のご意見番、ツンツン、デレデレ、シスコン隠れファザコン恐らくマザコンも発症させた全マシ五色文明のレインボーカード。

 中野二乃。彼女に関して言えば当初のらいはの評価は著しく低いものであった。

 なにせ、この次女。聞けば最初は金髪の兄を別々の人物だと勘違いをしてそれに惚れたそうだ。この時点でらいは的には即ギルディだ。見た目だけで集ってきたそこらのゴミ虫と何ら変わりない。そんなのをお義姉ちゃんと呼ぶ事は出来ない。

 だが、らいはもそこまで無情な人間ではなかった。確かに、確かにだ。兄の顔をした金髪の王子様が目の前に現れたのなら現を抜かしてしまうのも分かるのだ。

 らいはからすれば合法的に結婚できるジェネリック上杉風太郎がいきなり目の前に現れるようなものだろう。想像しただけで我慢できずに頬を紅潮させた。

 それなら仕方ない。一度だけの過ちだ。寛大な心で見逃してやろうと二乃を受け入れた。

 

 その甲斐あってか、今彼女を評価すると当時とは随分と異なる。

 そもそも中野姉妹の中で嫁力が一番高いのが二乃だ。料理が出来る。これだけで大きなアドバンテージである。しかも彼女はそれだけじゃない。

 一番最初に兄に告白し、異性として意識させた多大なる成果がある。バイクに乗りながら兄に告白した経緯を聞いた時、兄の後ろに乗せて貰った二乃が羨ましい過ぎて憤死しかけたのは懐かしい。この中野姉妹は着実に自分から兄を奪い取っていっているのだと嫌でも実感させられた。

 恐るべき中野二乃。恐るべきツンデレ。最近は事あるごとに上杉家特製カレーのレシピを聞いてくるがそれを拒絶するのがらいはに出来るせめてもの抵抗だ。

 もし門外不出のあのレシピが二乃の手に渡れば間違いなく彼女はその味を再現する事になるだろう。そうなればお終いだ。兄の胃袋は二乃に掴まれ、彼女の料理を全て受け入れるようになり、安心しきった所を睡眠薬で眠らせ兄のキンタローくんを強制的に徴収するのだ。

 結果、子を産み兄は結婚を余儀なくされ自分は若くして叔母さんと呼ばれる立場になる。

 そんな未来だけは何としても回避しなければ。やはり狙うとしたら立場を奪える三玖だ。彼女を兄とくっ付けてしまえば、とりあえずは安心できる。他の四人、特に……。

 

「らいはちゃん」

「……っ」

 

 ───その姉が危険なのだから。

 

「何か欲しいものはない? あったらお姉さんが何でも買ってあげるよ」

「い、いえ……」

「もう、遠慮なんてしなくていいよ。私とらいはちゃんの仲でしょ?」

「……」

 

 中野が誇る最恐の長女。地上最強の姉。戦うのではなく勝つのが好きな姉。その想いの重さはあの四女にも匹敵し、その躊躇の無さは次女を凌駕する覇道の傾奇者。

 中野一花。彼女だけはマズい。彼女だけは気付いているのだ。この上杉らいはの思惑を。

 自分達姉妹が兄に相応しいか見極めようとしてるのを知った上で堂々と金で買収しようとするその大胆さ。これができるから中野一花なのだ。

 最近では強大な愛は鳴りを潜め、修学旅行のお姉ちゃんはもっと輝いていたぞと揶揄される彼女であるが実態は逆だ。ただ大人しく引き下がる筈がない。あの愛が全部消える筈がない。

 全部が嘘? それが嘘なのだ。噓つきの言葉を信用してはいけない。彼女にある真は彼へ愛のみだ。愛だけが真実なのだ。それ故に彼女は強い。

 今は牙を研いでいるに過ぎない。ライバルを一撃で粉砕する為の牙を。

 

 どういう訳か、らいはは一花から兄の攻略プランを聞かされていた。そして戦慄したのだ。

 現在、兄と彼女は色々な事情が絡み合って仕事先のホテルでカメラを回しながら二人きりで勉強をしている。

 それだけで何ともまあインモラルな絵面なのだが、それで終わる一花ではない。なんと彼女、兄へ差し出す飲み物に媚薬を入れていると白状したのだ。それも恐ろしい事に大量にではなく、少しづつ会う度に量を増やしているのだと。

 急に興奮すれば怪しまれる。だから徐々に興奮するよう量を調整しているのだ。ご丁寧にその過程をカメラに抑えて。

 日に日に二人きりでいる内に興奮を隠せなくなっていく兄、それを日々録画しているカメラ。

 そして等々抑えの効かなくなった彼は己が欲望のままに目の前の餌へと食いつくのだ。その様子を納めているカメラがある事を忘れ、猿のように。

 全てを撮り終えた後、それを姉妹に送り付けて完全勝利宣言をするのが彼女の計画だ。

 

 なんて恐ろしい。なんて悍ましい。なんて羨ましい。

 

 兄の嵌め撮りを送られた日には血涙を流しながら鼻血を垂れる事になるだろう。

 

 妄想しただけで垂れてきた鼻血を拭いながら、らいはは改めて決意した。

 

 お兄ちゃんは私が守らねば、と。

 

 いつか、兄に相応しい女性が現れるその日まで、彼女の戦いは続く。

 

 

 

 

 

 

 


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