とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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───生える。生えるのだ。


杉にバナナは生えるのか。

 今日も今日とて仲良し姉妹。中野家の五つ子達は愛しの家庭教師上杉風太郎についての議論を白熱させていた。

 彼には黒髪と金髪どっちが似合うか。彼はMかドSか。式を挙げるなら教会式か神前式か。最初の子どもは男の子と女の子どっちがいいか。五人でローテーションを回すなら週毎か月毎か、等々日によって話題は変わる。何ともまあ微笑ましい光景だ。

 今日の議題は『彼に話しかけるクラスメイトのモブどもが日に日に増えてきてそろそろ目に余るので強行手段に出て学生結婚も視野なのでは』という四女の提案の元、各々が意見を述べていた。

 提案者の四女と過激派の長女次女は賛成、保守派の三女五女は条件付きで賛成と近いうちに案が実行されそうである中、一つの波紋が広がった。

 

「───実際のところ大きいのかしら」

 

 しん、と部屋が静まり返った。

 強行手段に出るのなら言い逃れのできない状況を作るのが手っ取り早いという話になり、そこから昼間から淑女が口にするには少々憚れる内容の会話になったのだが、そんな中で次女である二乃がぽつりと言葉を漏らした。

 いつもの笑みを浮かべる長女。得意のポーカーフェイスを維持する三女。何のことだかさっぱりだと恍けた様子の四女。バナナを頬張りながら静観する五女。

 それぞれが別々の反応を見せながらも誰も言葉を発しない。

 沈黙が部屋を支配し、壁に掛けた時計の秒針がカチカチと鳴る音が姉妹の鼓膜を叩く。

 

「大きいって、何が?」

 

 そんな沈黙を最初に打ち破ったのは、可愛らしく首を傾げた四葉だった。

 姉妹の中で国語が得意な四葉であっても主語がないものを答えろというのは少々酷な話である。一体、何の事だろうか。疑問を投げかけるように彼女はその無垢なる眼を次女に向けた。

 

「四葉、この場でかまととぶってもフー君が見てないから意味ないわよ」

 

 ───が、無意味。姉妹の中で、特にこの次女の前でこの程度のペテンなど容易く見破られる。

 

 彼女達が指摘するように本当は二乃が言いたい事など手に取るように判るし、実際に四葉も気になっている。何なら今すぐに風太郎の下に駆け寄って直接この身で確かめたい。

 しかしながら、それを口にするのはあまりにも下品で下劣である。表裏のない天使ヨツバエルと巷で評判の中野四葉が軽々と人前でたとえ姉妹の前だとしても口にしていいものではない。

 天使は常に穢れなき無垢でなければならないのだ。それも全ては彼との輝かしい未来の為。

 

『お前といると安心する』

 

 そう彼に告げられたのはいつの日の放課後だっただろうか。

 過激派の長女次女、ストーカー気味の三女、外堀を着実に埋めていく五女の策略に疲れ果て、つい漏らしてしまった彼の本音。

 他の姉妹がそれぞれ牙を向ける中、四葉は敢えて本心を隠し彼のよき友人として過ごしてきた。天使として、ヨツバエルとして。彼を励まし、常に傍で支えた。

 それもこれも全て来るべきカタルシスの為に。

 異性として意識してもらおうと手段を選ばない過激派の姉妹に疲弊した風太郎に、敢えて女の醜い部分を見せず常に表裏のない笑顔で接する事で安心感を持たせる。

 こいつなら大丈夫だ、こいつはただの友達という心地の良さを提供し続ける。すると彼は油断し、誰も家族がいない時に家に友人である自分を招く機会がやってくるだろう。

 

 そこで気を許した所を持ち前の身体能力でぺろりと美味しく頂く算段なのである。

 

 想いを自覚し自重しなくなってから四葉は女としての強かさを身に着けた。負けられない戦いに勝つために。勝利の栄光を手にするために。

 修学旅行で起きた醜い姉妹間での戦争以降、一応は終戦を迎え将来は姉妹で風太郎を分かち合い五等分する事を条件に姉妹間で停戦協定を結んだが何事も優先順位というものがある。

 戦争というのは終わってからが本番なのだ。五等分する風太郎を一番大きく頂いてしまいたいと思うのが女心である。

 

 だから風太郎と共に歩む青き清浄なる世界の為に四葉は仮面を被る。いざという時にボロを出してしまぬよう、姉妹の前でも初心である事を偽るのだ。

 中野四葉はいつだって笑顔で天然で、最高にあざとい女の子でなければならないのだ。

 あざといは正義。可愛いは作れる。人造天使ヨツバエル。それが彼女の正体だ。ヨツバエルの元に集え。ヨツバエルこそが唯一絶対の力であり、中野姉妹の頂点に立つのだ。

 

「あんた、本当は分かってるでしょ?」

「一番むっつりの癖に」

「毎晩毎晩トイレで大声で四葉がしてるのはみんな知ってますよ」

「昨日も『この上杉さん凄いよぉぉ!! 流石風太郎君の上杉さんッ!!』って深夜の二時に叫んでたよね。お姉さん知ってるよ」

「……」

 

 しかしながら被った仮面をいともたやすく粉砕し、四葉の抱いた幻想をぶち殺すのが二乃であり、またその姉妹である。

 こちらの仮面など姉妹達からすればお見通しだ。その証拠に一花も三玖も自分だけ可愛い子ぶるなと非難の眼を向けている。五月は未だにバナナを頬張っている。

 この状態ではどうやら降参するしかない。まさかヨツバエルであるこの私に歯向かうとは、と四葉は驚愕を隠せない。

 

「……上杉さんの風太郎君でしょ」

「そりゃそうよ」

「ちゃんと言えたじゃない」

「聞けてよかった」

「……じゃあ、聞くけどみんなはどう思ってるの? 上杉さんの」

 

 結局は姉達の無慈悲な圧に屈してしまった。中野姉妹は弱肉強食。弱ければ死に強ければ生きる。

 仮面が無意味と分かった以上はせめて有意義な議論をしたい。彼の杉についてとことん語り合おう。

 

「二乃は見た事ないの?」

 

 二乃と言えば風呂場ハプニング。風呂場ハプニングと言えば二乃。バスタオル姿で押し倒しから混浴突撃と何でもござれ。風呂場クイーンの二乃である。

 姉妹の中で一番風太郎の肌の面積を多く目撃しているのが彼女であり、姉妹の中で一番肌の面積を晒しているものもまた彼女である。

 彼と一緒に姉妹全員でプールに行った時は彼の水着姿を舐め回し、上半身にある黒子の位置を全て答えれる程度なら姉妹全員が出来る共通スキルであるが二乃は更に上を行く。

 混浴に突撃した際に内股に黒子を見つけたと大喜びしながら姉妹に自慢し一花や三玖なんかが歯軋りをしていたのは記憶に新しい。この間も彼に絡む時、服の上から全身の黒子を小突いて北斗百裂拳をお見舞いしていた。

 そんな彼女なら竿のサイズから球体の直径、皺の数まで把握していてもおかしくはない。

 

「残念だけど、ないわ」

 

 が、よくよく考えてみれば話題を振った当人が知っているのはまずないか。そもそも知っていたなら二乃はその事を隠し通し、彼の陰部の情報を自分のオカズのクオリティアップにのみに使うだろう。

 四葉の予想通り、二乃は残念そうに首を横に振った。

 

「混浴の時も?」

「毛の先端は見えたんだけどね……あと少しだったわ」

「そっか、残念……」

「二乃でダメなら他のみんなは見てないんじゃないかな」

 

 落胆を隠そうともしない姉妹達。四葉自身もそうだ。可能性で言えば姉妹の中では二乃が一番確率が高い。彼女から風太郎のぶら下げている凶器の情報を知る事が出来れば今晩はより一層ヒートアップしただろうに。何とも歯痒い事か。

 シュレーディンガーの猫ならぬシュレーディンガーの竿。パンツを捲るまではそのサイズを観測できないので現状では杉も小枝も成り勃つのだ。杉ならば性欲が無さそうな振る舞いの癖にぶつだけはでかいのだとそのギャップに萌え、小枝なら普段の高圧的な態度とは裏腹にこっちは可愛いんですねとまたしてもギャップに萌える。四葉的にはどちらでもバッチ来いではあるのだが、やはり気になるものは気になるのだ。

 少なくとも何十回何百回何千回何万回と相手をする事になる生涯のパートナーである彼の杉。実践前にやれる事は全てやってベストを尽くしたいと思うのが出来た花嫁というものだろう。

 それは他の姉妹も同じだ。

 

「そうだ、四葉。一花なら」

「……! そっか、一花なら」

「うん、一花なら」

「えっと……私?」

 

 希望を宿した瞳を妹達に向けられ、一花は照れるように頭を掻いた。

 たははと笑う彼女であるが、その企みは姉妹一恐ろしい。何せあの長女、『風太郎と二人でホテルの部屋で過ごせる』という最強のカードを持っているのだ。

 中野レギュレーションでは強すぎて即禁止行きの凶悪カード。たとえば二乃がそのカードを持っていたとしたなら『催眠薬入り紅茶』と組み合わせたマジックコンボで即座に風太郎をその手に収めゲームエンドを迎え事になっただろう。

 インチキ効果もいい加減にしろと言いたくなるその最強のカードを最恐の姉が使えばどうなるか。想像するのは容易い。

 

 信じて送り出した風太郎が長女の卑劣な変態撮影にドハマりして醜態を晒した様子を録画したビデオレターを妹達の元に送りつけるようになるのだ。

 

 その為の計画は今もなお進行中であり、妹達はそれを阻止するのが目下の目標なのである。

 しかしながら、今回はその一花の持つ最強のカードが妹達の希望に成り得るのかもしれない。あの姉の事だ。まだ手は出していなくても寝てしまった風太郎を密に服を脱がしてその様を録画しているくらいは既に終えているだろう。

 ならばそのテープを見れば彼のブツが判る筈だ。

 だから隠し撮りしているビデオを提供しろと妹達は姉に迫ったが、一花は先程の二乃と同じように首を横に振った。

 

「残念だけど、まだそこまで実行できてないんだ。知ってるでしょ? フータロー君って結構ガードが堅いんだよ。二人きりの時に寝るなんてまずないかな」

「そんな……」

「一花までも……」

「一花なら絶対に撮ってるって思ってたのに」

 

 希望を断たれ、四葉は再び落胆した。まさか一花までもダメだとは。これは想定外だ。既に変態撮影を終えた風太郎のビデオをこの場で見せられるくらいは覚悟していたのだが。

 

「……三玖は何かない?」

 

 ダメもとで尋ねて見たが、あまり期待は出来ない。

 彼女も彼女で風太郎の私物コレクターであるのだが、持ち前の引っ込み思案な性格からか風太郎本人に直接手を出す勇気が中々ないのは姉妹全員の共通認識だ。

 せいぜいあるとしたら彼の使い古したビロビロおパンツくらいだろうがその程度の私物、四葉ならそれに相当する物を三十六個は所持しているし他の姉妹も似たようなものだろう。

 

「私はこれくらいしかない……」

 

 そう言って彼女が指差したのは自身が首に掛けているヘッドホンだ。他の姉妹も全員首を傾げたが、耳を澄ましてみるとどうにも聞き覚えのある声が聞こえる。

 

『流石だな、三玖』

『お前が一番だ、三玖』

『よくやったな、三玖』

『結婚しよう、三玖』

 

「これ、上杉さんの……」

「何これ、録音したの?」

「うん。フータローの日常会話からボイスサンプルを採取して編集してみた。高校生編、大学生編、社会人編、新婚編の今のところは全部で四部作、四十八時間」

「ねえ、三玖。あとで私にも聞かせてよ」

「でも、フータローは私の名前しか呼ばないよ?」

「いいのいいの。三玖に成り代わって変装して代わりにフータロー君とイチャイチャしてる設定で妄想すれば使えるから」

「なるほど」

 

 長女の天才的発想に感服しながら、四葉も後で三玖に同じものをダビングしてもらおうと決意したが、肝心の杉の大きさはどうやら判らず仕舞いのようだ。

 まあ、こんな何もない微笑ましい一日もありだろう。何も急ぐ必要なんてない。分からないモノを他人に教えられてばかりではダメだ。

 ちゃんと自分の手で掴み取る。それが正しさなのだ。母が示し、彼が教えてくれた正しい在り方なのだ。

 

「あっ」

「どうしたの? 五月」

 

 とうとう丸々一房食べるのか、最後の一本を手にした五月が何かに気付いたように声を漏らした。

 

「このバナナ、ちょうど上杉君のとそっくりです」

 

 既に戴きはしましたが、と赤く頬を染めながら彼女は慣れた手付きで皮を向いてそれを頬張った。

 それが第二次シスターズウォー開戦の合図でもあった。

 

 

 

 

 

 


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