上杉風太郎と自分達五つ子の仲は今となってはもはや切っても切り離せないほど強固で確かなものであるというのは五人全員の共通認識であり、彼もまた自分達姉妹を特別に想ってくれているのだと理解していた。
最初はいがみ合い、反発し、拒絶した。それでもゆっくりと一歩ずつ歩み寄り、理解し、信頼し、今となっては深い絆で結ばれた。もはや家庭教師と生徒などという単純な関係で収まるような間柄ではない。言うならば血よりも深い絆で結ばれた家族だ。大袈裟な言い方かもしれないが、いずれ姉妹の誰かと結婚するのだから間違ってはない。必ず結ばれる。万が一、億が一、彼が誰も選ばず逃げようものなら地獄の果てまで追いかけ輪廻を巡ってでも捕まえるが。
そんな彼と過ごした時間はまだ一年半足らずである。たったその程度の付き合いだと嗤う人間もいるだろう。だが過ごした時間に想いの大きさが必ずしも比例する訳ではない。僅かな時間であっても惹かれ、想い続ける事だってある。恋焦がれ溢れそうになるくらい重い想いを抱くこともある。それが自分達五つ子だ。
この想いの深さならば誰にだって負けはしない。それは中野姉妹達が共通する唯一にて絶対の正義であり真理であった。
「風太郎が勉強を教えているなんて、なんだか新鮮」
「あの時とは違うんだよ」
「賢くなったね」
「まっ、お陰様でな」
……しかし、長年共に過ごした時間というのは中野姉妹達が想像する以上に絶大であると思い知らされた。
目の前で繰り広げられる彼と、その『お友達』との日常的な会話。一見、何の変哲もない様子だが五つ子達から見れば
もはや嫉妬を通り越して憎悪すら湧きかねない。中野姉妹からすれば度し難い悪夢だ。
一花は女優がしてはいけないような阿修羅の面を見せ、二乃は薬を盛って怨敵を排除するか企て、三玖は目尻に涙を浮かべ頬を膨らませながら後で風太郎を襲う事を決心し、四葉は怒りの余り手に持ったボールペンをへし折り、五月は来客用に出された茶菓子をやけ食いしていた。
何故こんな地獄絵図になったかと言うと、発端を辿れば彼女たち五つ子側が原因だった。
────私もその"自称"幼馴染さんとお喋りしたいなぁ。
言い出したのは直接彼女と出会っていない一花だった。
先日の文化祭で突如襲来した謎の女。愛しの風太郎と目の前で手を繋ぐどころか我が物顔で彼を独占し、挙句の果てには幼馴染だからと宣って自分達五つ子を挑発してきた不届き者。場所が場所でなければそのまま囲って五つ子を敵に回した痛さと怖さを教えてやる所だったが流石に彼の目の前だったので自重した。
あの日、僅かしか言葉を交わしていないが竹林と名乗る女は自分達にとって間違いなく天敵だと五つ子たちは理屈ではなく本能で理解した。そして後日、その忌々しい女狐について愚痴を溢していた時に沈黙を貫きながら彼女の話を聞いていた一花が笑みを浮かべながら宣言した。彼女と『お喋り』をしよう、と。
勿論、姉がただの可愛らしい『お喋り』を望んでいるなんて馬鹿正直に信じる妹は一人もいない。そんな愚者がいたらとっくの昔に上杉風太郎争奪戦で脱落している。ここにいる五人は戦い抜いた歴戦の猛者だ。一花の言葉に隠された本当の意味を当然のこと読み解いている。
"私たちを舐めた落とし前をつけろ" 彼女は暗にこう言ったのだ。もう卒業まで残り僅か。高校生活最後に思い出作りの卒業旅行と称して祖父の旅館に彼を拉致し、沢山の
全会一致で決まった『女狐掃討作戦』に真っ先に動いたのは四葉だった。かの怨敵に対してフレンドリーな態度を装って予め連絡先を聞いていた彼女の功績が大きく、作戦は驚くほどスムーズに進行した。
『竹林さん。良ければまたお会いしませんか? 私たち姉妹と勿論、上杉さんもご一緒に』
そのシンプルな誘いに竹林は二つ返事で快諾してくれた。飛んで火にいる夏の虫とはまさにこの事だ。ほいほいと誘いに乗った竹林に五つ子たちはほくそ笑んだ。
何が幼馴染だ。何が姉だ。馬鹿馬鹿しい。
──確かに上杉さんと幼馴染みたいだけど、そんなの昔のことだよね。
彼の幼馴染は将来を誓い合い永遠の愛も約束したこの中野四葉だ。いずれ公園で首輪をつけながら彼に散歩させられイヌヌワンと鳴くプレイが待っている。私は風太郎君の犬。風太郎君は私のトレーナー。ちなみにダイマックスするのは四葉ではなく彼のナッシー(アローラの姿)である。
──フータロー君の"自称"姉なんだっけ。面白いこと言うね、その子。
彼のお姉さんは姉妹プレイからの弟に逆転されるシチュを毎日妄想してシーツを濡らすこの中野一花だ。人が食べたパンの枚数を覚えてないのと同じように一花が今まで汚したシーツの枚数を覚えていないのはご愛敬。それほどまでに愛が深い証拠。彼をおかずにした者だけが彼の姉を名乗れるのだ。ちなみにその理論をかざすと風太郎の妹も彼の姉になってしまうのは誰も知らない隠された真実だ。
そうだ。何処の馬の骨とも分からない女に譲るつもりなど毛頭ない。小学生の頃に同じクラスだっただけの似非幼馴染似非姉風情がよくもまあ私たちを煽ってくれたものだ。
京都組の一花、四葉だけではなく、他の三人も同様に憤りを感じていた。特に風太郎の腕をあろうことか勝手に掴んで連れまわしていた光景を目の当たりにした二乃と三玖にとっては屈辱でしかない。
──本当よね。たかだか元クラスメイト風情が私達に勝てる筈ないのに。
彼と腕を掴むのは自分だけの特権だ。掴んでろのお返しに摘まんでよ、揉みなさいよと彼に体を差し出し、全身にフー君生クリームをデコレーションしてもらうのが中野二乃なのだ。式でも花嫁にデコレーションをしてウエディングドレスとウエディングケーキを兼任する斬新な催しを既に企画中である。風太郎もきっと驚くだろう。二重の意味で食べられて一石二鳥のお得なホイップウエディング二乃に貧乏性な彼にも大うけに違いない。
──フータローが好きなのは私達だけ。
三玖も二乃と同じだ。彼が掴むのはあの女狐の手ではない。この身に実った大きな二つのパンだ。何のために彼にパン作りを伝授したと思っている。あの時の練習用のパン生地は自身のパンと同じ柔らかさに調整したものだ。それも全てはいずれ訪れるウエスギ夜の三玖パン祭りでパンパンしてもらう為である。朝は米派の彼も夜はパン派にくら替えさせる為にも祭りは毎日毎晩行われる予定だ。つい最近、本人に我慢しなくていいとお墨付きを貰ってるので遠慮なくヤらせてもらう。毎日がパン祭り。毎日が日曜日。ミス・オールサンデーだ。
──それに人の『家族』にちょっかいを出すなんて許せません。
五月も黙ってはいられない。大切な『父』に唾を付ける悪女など許せる筈もないのだ。家族に介入してくる愚か者がどういう末路を辿るのか、あのハゲが既に証明している。きっと父マルオによって今頃は医学進歩の為の人柱となっただろう。女狐もその例外ではない。だいたい何が姉だ。彼は私の父だ。それはつまりは乳を捧げる相手である。風太郎は中野五月の父であると同時に中野五月は上杉風太郎の母なのだ。お母さんを目指す以上、彼との間に五人の子を授かるのがノルマと言える。
女狐を呼び出し、前回の鬱憤を晴らす。自分達が如何に彼と仲睦まじいか、如何に彼を愛しているのか、如何に彼との将来を計画しているのか理解させる為に。
目の前で見せつければあの自称幼馴染も認めざるを得ないだろう。上杉風太郎に相応しい女性はこの中野姉妹以外にはあり得ない。あの女はそれを自覚し、以前に不敬を働いた事を悔いて地に額を付け侘びるのだ。
中野強靭。中野無敵。中野最強。それをあの竹林とかいう不届きものの魂に刻み付ける。恐れることは何もない。勝利は既にこの掌にあるのだから。そう確信していた。
──今日までは。
「竹林、ここの綴り間違ってるぞ」
「あっ、本当だ。まさか風太郎に指摘されるなんて」
「いつまでも子供扱いすんじゃねえよ」
「ふふ、成長したんだね。えらい、えらい」
「お、おい! 撫でるな!」
今日の集まりは中野家のマンションで行われた。名目上は外部の人間を招いた合同勉強会である。この時期に彼を誘うとなるとそういう建前が必要だったからだ。彼女も同じ受験生で、しかも成績は優秀である。風太郎からすればいつの間にか仲良くなっていた五つ子と幼馴染に少し恐怖を覚えただろうが、単純に教える側の人間が増えるのは彼からすれば負担が減るので決して悪い事ではない。
……が、五つ子達からすればたまったものではない。なんだこれはと頭抱えたくなった。
あの女狐の前で思う存分に彼との仲を見せつけ六人の絆パワーで悪を撃滅するのが当初のプランだった筈なのに。大体、なんだあの距離は。
自然に、流れるように、まるで当たり前のように! あの女狐は彼の頭を撫でているではないかッ!!
彼に頭を撫でられた経験がある姉妹は決して少なくない。三玖なんて文字通り撫でポでほぼイキかけたこともあるくらいだ。
しかし、彼の頭を撫でた者は一人たりともいないのだ。あの一花でさえ、寝ている彼に膝枕をして寝顔を盗撮しスマホの待受にして三玖からもらった加工済の盗聴ボイスを聞いて達するのがやっとだと言うのに。
あの女狐は、あの自称幼馴染は姉妹達ができない事を平然とやってのける。この距離が当たり前。これが幼馴染。これが『姉』。なるほど、自称するだけの事はあるようだ。何より強いのは彼がそれを何処か受け入れているという事実である。
文化祭による怒涛のキラッシュ。不意打ち、事故に見せかけて、正面から堂々と、寝いてる間に。多種多様に渡る手段で風太郎の唇を奪った。これが男女逆であったらとっくに豚箱行だったが可愛いは正義なので無罪放免。それはともかくとして、あれは向こうが受け入れる受け入れないを問わずに強襲した言わば非同意の行為である。
しかし、しかしあの竹林は違う。それが当然だと風太郎に受け入れられているのだ。もしその気になれば、あれが目の前でキスをしたとしても彼はされるまで脅威を感じないだろう。
……危険だ。あの女は。あまりに危険すぎる。
対象の脅威判定が更新された事により執行モードへと以降した五つ子達は彼女の完全排除を決心した。
その時だった。
「……えっ?」
姉妹の誰かが声を漏らした。
それは驚嘆の声だった。ずっと二人を見ていた筈なのに、目の前で起きた出来事が理解出来なかったからだ。
「あ、あんた、フー君に何をしたの!?」
「なにって、おかしな事を訊きますね。皆さん、ずっと見ていたじゃないですか」
「分からないから聞いている。フータローに何したの……?」
「別に、変な事はしていませんよ」
激しい感情を顕わにする二乃。そして彼女と対照的に静かに怒りを滲ませる三玖。
その二人の強い敵意の籠った眼差しに対して竹林は涼しげな表情で薄く笑った。
「ただ、こうして風太郎の頭を撫でてあげただけです」
「嘘です!」
「四葉の言う通りです! そんなの、だって上杉君が」
四葉の否定に五月も追随する。あり得ない。まるで魔法でもかけたかのような目の前の光景は五つ子達からすれば信じがたいものであった。
当然、妹達だけではない。その長女も目の前の怨敵を睨み付けた。
「撫でただけ? それじゃあなんでフータロー君はあなたの膝で寝ているの?」
一花が指さす先には竹林の膝の上で静かに寝息を立てる愛おしの家庭教師の姿がいた。
一体なにが……。
それは姉妹全員がこの場で共通する疑問であった。
さっきまで自分達はあの二人が交わす幼馴染特有の昔話と妙に近い距離感を見せつけられていた。
少しでも妙な真似をする気配を見せれば四葉が神速を持って彼女を制圧するよう常に五人で監視していた筈だ。二乃の得意戦法である薬を使った形跡もない。
あの女は、本当にただ風太郎の頭を撫でていただけ。
それなのに何故ッ!!愛しの家庭教師はあろうことかあの女狐の膝を枕にしながら安堵した表情で寝息を立てているのかッ!!
「あれ? おかしいですね……」
「おかしいって何がよ」
「皆さん……もしかしてご存知、ないのですか?」
「だから、上杉さんの何をですか?」
「そっか。知らないのですね。あんなにも風太郎と一緒にいたのに」
「……もったいぶってないで早く答えてください」
一々癪に障る彼女の言葉に温厚な中野シスターズも我慢の限界だった。二乃はすぐにでも彼女に薬を盛って排除したい衝動に駆られ、四葉は物理的に彼女を排除しようと拳を鳴らす。
だが、消すのはまだだ。彼女は何かを知っている。自分達の知らない風太郎の秘密を。それを聞きだしてからでいい。
「風太郎のこの髪、頭頂部に変わったアホ毛が付いてるくらいは知っていますよね?」
「当然」
「それくらい見れば分かるわよ」
「私のリボンとお揃いのアホ毛ですよね。ちなみに私のリボンと上杉さんのアホ毛を合わせれば『四葉』になるんですよ。つまり私が風太郎君と結婚する事を示してるんだよ。みんなとは違うよ」
「四葉、今は自重して」
イキリボンを拗らせた妹を長女として宥めながら一花は竹林に説明を催促した。どうやらあのアホ毛が関係しているらしい。
そんな一花達を面白おかしく笑いながら竹林は告げた。
「実はあのアホ毛を撫でられると風太郎、気持ち良くて寝てしまうんですよ」
!!?
彼女の衝撃発言に姉妹達全員に電流が走る。そんな彼女達に竹林は自慢するように過去を語った。
それはちょうど四葉と風太郎が出会った後だった。心機一転して髪の色を黒へと戻し髪型も整髪剤を使わず下ろすようになって今の髪型で初めて小学校に登校した時だった。
それはもうクラスメイト全員が騒然となった。あの悪ガキ大将がまさかこうもガラリと印象を変えたのだから。
当然それは幼馴染であった竹林も同じでやっと更生したんだ、と彼の頭を撫でたのだ。
その時だった。なんと彼の髪の毛、正確にはその頭頂部から生え出た双葉のアホ毛を撫でると風太郎はあまりの心地良さに眠ってしまったのだ。これには竹林も驚いた。
後々、調べていく内に判明したのだが彼の妹が切った絶妙なバランスによりアホ毛が揺れる事で彼の頭部にあるツボを刺激し、眠気を誘発したという。
正に奇跡の産物と言えるだろう。その事を知った妹のらいはは以降、ずっと兄にこの髪型を施術し時折、彼の頭を撫でて眠らせてから倫理を超えたのだが、それはまた別の話である。
「うそ……そんな事って」
「本当です。皆さんも目の当たりにしましたよね?」
「で、でも俄に信じられないわ」
「なら風太郎に触ってみますか? この状態だと早々起きませんから」
「じゃあ、遠慮なく」
「ちょっと三玖!?」
「いきなりそんなところを……でも確かに起きませんね」
躊躇なく三玖がズボン越しに風太郎のアローラナッシーに触れるも全く起きる気配はない。どうやら彼女の言った言葉は本当のようだ。そのまま彼のナッシーにしたでなめるを繰り出そうとしたナカヌオー三玖に他姉妹の四人が羽交い締めして寸前で止めた。
「言った通りでしょう?」
確かに嘘ではなかった。しかしそれはそれで次にまた疑問が生じる。
何故、あの女狐はこんな有益な情報を自分達にもたらしたのだろうか。
そもそも彼女の目的が見えない。それは今日だけに限った話ではなく、初めて会った時からだ。学園祭に武力介入して自分達姉妹を煽り宣戦布告したのも謎のまま彼女は撤退してしまったのだから。
「どうしてって聞きたそうな顔をしてしますね」
「……当然だよ」
「あんた、何がしたいの」
「こんな情報を私達に寄越すなんて」
「こんな事を聞いてしまったら、十月十日後には上杉さんが五人のパパになってるかもしれないんですよ?」
「聞かせてください。あなたの目的を」
姉妹達の視線が竹林に集まる。彼女達に囲まれたなら普通なら逃げだすだろう。風太郎の場合は嫌でも逃げられないが、常人ならこの状況になれば泣き出すに違いない。
けれど竹林はそんな中野姉妹に全く臆せず堂々と彼女達を見渡して宣言した。
「勿論、私が風太郎の『姉』だからですよ」
彼女の放った言葉を理解できる者は少なくともこの場にはいなかった。
「私、小学校を卒業して風太郎を離れてからずっとあの子の事を気に掛けていたんです。風太郎、私がいないとダメな子だから。皆さんと違って長い付き合だからそういうのが分かるんです」
ナチュラルに幼馴染マウントをかましてきた竹林に四葉と一花の堪忍袋の緒が切れかけたが、他の三人が何とか宥めて抑えつけた。気持ちは分かるが今は彼女の話を聞くべきだ。
「特に心配していたのは恋愛事に関してです。風太郎が私の事が異性として愛していたのは勿論知っていましたが、私からすればやはり可愛い弟のようなものなので…………残念ながらあの子の想いに応えてあげる事ができませんでした」
今度は姉妹全員がぷつんと何かが頭の中で切れたが、僅かに残っていた理性を全力で働かせてどうにか互いで互いを抑えてつけて昂る怒りを納めた。
これはわざと煽っているのだろうか、それともただ単に天然なだけなのだろうか。前者なら全力で戦争して叩き潰すだけだが後者なら最悪だ。意図も悪意もなく言葉を振りかざしているなんて尚更、質が悪い。
「姉とはいえ、風太郎にいつまでも寄り添う事はできません。それができるのはきっとあの子と生涯を共にするパートナーだけ」
「私だね」
「私よ」
「私」
「私ですね」
「私です」
「……」
流石の竹林も怒涛の私グォレンダァに一瞬言葉を詰まらせたが気にせず彼女達を見渡した。
「……私はただ、あなた達が風太郎を幸せにできるかどうか見定めたかっただけなんです。ただ、姉として」
「ふーん。目的は分かったよ。で? 私達は『お姉さん』のお眼鏡に適ったのかな?」
「ええ、まあ……そうですね。及第点、と言ったところです。風太郎の周りに纏わりつく女を察知して直ぐに今日のようにすぐさま呼び出し、行動した点は評価できます」
「ふん、上から目線ね」
「ただ、まだまだ風太郎の事を知らなさすぎるのが残念です。あのアホ毛の件もあなた達は今日までご存知なかったようですし」
それを言われると押し黙ってしまう。あんな有益な情報を知らなかったのは恥だ。先に四葉が言ったように知っていたならとっくの昔に彼はパパになっている。
「でも、私達はあなたが知らない風太郎を知っている」
「三玖さん、でしたっけ。例えばなんですか?」
「フータローのフー君の大きさ」
!!?
場の空気が一瞬にして凍った。思わず五月は時計を見た。まだ昼の三時過ぎだ。シモの話は早過ぎる。
だが、先程そのシモに直接攻撃をしようとした三玖にはそんな事は関係ない。
「あなたがフータローを最後にあったのは小学校の時。今のフータローをあなたは知らない」
「あなたは知っている、と?」
「勿論」
そう言って三玖が取り出したのは彼女のスマホだった。指を滑らせて何やら操作した後、彼女はスマホの画面を竹林に見せつけた。
「これ」
そこに写っていたのは紛れもなく彼のアローラなナッシーだった。立派な6Vだ。艶も形もいい。
どうしてこんな写真を三玖が持っていたのか。他の姉妹は当然知っている。
風太郎の妹、らいはから買収したものだ。買収と言っても金銭でのやり取りではない。そんなもので彼の妹は釣られない。要はギブアンドテイクだ。学校や家庭教師の授業中での彼の盗撮写真や盗聴ボイスを彼の自宅で採取されたものと交換しているのである。
とどのつまり上杉風太郎に自宅は勿論のこと風呂やトイレすら彼のプライバシーな空間が消失してしまっているが、今スヤスヤと眠る彼はその事実は知らないので全く問題ない。世の中、知らない方がいい隠された真実もあるのだ。
そんな彼のガバガバ個人情報交換で五つ子達は皆、それぞれ彼のナッシーをスマホの中に納めている。
これは竹林になくて自分達にしかない絶対的なアドバンテージだ。幼馴染とはいえ、そう簡単にこの牙城を崩す事はできない。
どうだ、と三玖はどや顔でアローラナッシー(ニックネーム、フー君)を見せつけ、姉妹達もざまあみろと中指を立てた。あの涼しい表情を常に浮かべていた自称幼馴染が地団駄を踏む姿をようやく拝める。
「なんだ。その程度ですか」
が、彼女の反応は姉妹達が想像していたものと正反対のものだった。
「な、なによ! その程度って!」
「あなたは上杉さんのフー君を知らないじゃないですか!!」
「そうです! 私達だけが彼のバナナを……」
「……なにを言ってるのですか」
威嚇する姉妹達にきょとんと首を傾げる竹林。
しかし次の瞬間、姉妹達は眼を剝いた。
「写真など見なくても実物を見ればいいじゃないですか。目の前にあるのですから」
一切の躊躇なく彼女は寝ている風太郎のチャックを下したかと思えば、一瞬にしてそれを取り出した姉妹達の前で見せびらかした。
「これをこうやって、ほら大きくなりました……ふふ、こっちも成長したね」
ガサゴソとナッシーのタマタマを弄ったかと思えば、気付けば彼のナッシーはキョダイマックスしていたのだ。
これには歴戦も猛者である中野姉妹も言葉を失った。写真や映像媒体を経て彼女達は妄想では百戦錬磨だ。数で云えば二千は超えている。スペシャルで、模擬戦では無敗だった。
しかし生で見るのは今回が初めてであった。ましてや戦闘形態となると更に生々しい。
「……どうやら皆さんに風太郎を任せるには、まだまだ先のようですね」
ナッシーに釘付けになりながら息を荒げる五人の獣たちに竹林はやれやれとため息をついた。
この大切な『弟』を安心して誰かに託すのは、どうやらもう少し先らしい。
それまでは、『姉』として彼の事をもう少しだけ見守ってあげよう。
スヤスヤと寝息を立てて眠る風太郎の髪を撫でながら竹林は優しい笑みを浮かべた。
別世界線の無双してるバンブー林さんとは関係ないです。