とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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京都の子の写真は脇がチラ見しててえっちぃと思いました。


「高校生ってのはなあ、ババアなんだよ」

 上杉風太郎の朝は早い。

 早朝四時に起床し彼の一日はまず布団の上での柔軟運動から始まる。父や愛する妹を起こさないよう起き上がる。静かに体をゆっくりと伸ばしながら深く呼吸をすると寝ぼけた頭の思考が段々と鮮明になっていく。

 深呼吸をしながら四肢の柔軟を終えるのにいつも三十分もの時間を費やしていた。勉強熱心な彼はその間も単語帳を片手に持ち勉学に対するストイックさは健在である。

 準備運動を終えほどほどに体が温まったのを確認すると、風太郎はおもむろに鞄の中から『ある物』を取り出し優しい笑みを浮かべた。

 風太郎の視線の先にあるそれ。普段、彼が肌身離さず持ち歩いていた生徒手帳だ。

 割れ物を扱うような繊細な手つきで手帳を開き、挟んでいた一枚の写真をゆっくりと広げた。

 そこに写っていたのは幼い頃、まだやんちゃだった頃の彼と一人の華憐な少女。風太郎にとって憧れであり、とある約束を誓い合った同士であり、自分を助け導いてくれた感謝の念を抱く相手であり、そして────。

 

「んぉぉぉぉおおおおおおおおおおッッ!!!!!」

 

 毎朝欲望をぶちまける顔射の相手でもあった。

 ドッパアアアアアン!!と小気味のいい爽快な音と立てて自慢の44マグナムをぶっ放した風太郎の顔はそれはもう達成感に満ち溢れていた。

 勿論、一発では終わらない。彼の平均装填数は五発と常人の遥かに上回る。脅威のクイックドローで顔、脇、手、胸、腰にそれぞれ弾丸をぶち込んだ。普通の写真なら悲惨な事になっていたが、そこは灰色の脳を持つ秀才上杉風太郎。写真は既にラミネート加工済で抜かりはない。

 

「ふう……」

 

 息を吐き出すと同時に体に籠っていた熱が放出されるような感覚があった。軽い怠惰感と共に体を巡る言葉では言い表せない甘美な悦がそこにはあった。

 これで今日も一日頑張れる。証拠隠滅のためティッシュではなくトイレットペーパーで写真を綺麗に拭いそれをトイレに流すと再び布団に潜り二度目の眠りに就いた。

 

 風太郎がこのようなサイクルに至るようになったのは振り返ること五年前まで遡る。

 京都で出会った憧れと感謝を抱く思い出の少女。彼女と誓った約束を果たすため、恥を忍んで幼馴染に勉強を教えて欲しいと頭を下げてややスパルタ式の勉強を毎日行っていた頃であった。

 今と違い勉強をするにもノウハウがなく何度も躓いては悔しさで拳を握りしめる毎日だった。自分では約束を果たすことができない。変わることができないと諦めてかけた時、風太郎をいつも励ましていたのは写真に写った彼女だった。

 その日も自分の無力さに打ちひしがれ、凹みながら学校から帰宅した。彼女に励ましてもらおうと家族二人が寝静まったのを見計らって風太郎は布団の中で彼女の写真を眺めていた。

 不思議な少女だ。明るくて可憐で、写真を見るだけで気落ちしていた自分に勇気を与えてくれる。勉強漬けで疲労した体に元気を与えてくれた。

 だが、その日は少しだけ。そうほんの少しだけいつもと違った。

 

 ───なんと、写真を見ていると体だけではなく彼の杉も元気になったのだ。

 

 これには風太郎も戸惑いを隠せなかった。当時何も知らないアホガキだった彼は自身の身に起きた異変に対してなんの知識も持ち合わせていなかった。

 だが、知識はなくとも本能で判断するのが人間という生物である。脳は分かっていなくとも体はこの状態を分かっていた。

 自分の意志とは関係なく本能のまま風太郎は写真の少女に釘付けになっていた。

 無垢に笑うその整った顔に。

 陶器のように白く綺麗な手に。

 純白のワンピースから除き見える彼女の脇に。

 風太郎の脳が少女と過ごしたあの思い出の日を再構築していく。握られた手の温かさ。彼女の声。あれで意外と膨らみのあった胸。トランプをした時に対面から目に入ったワンピースのスカートがはだけた太もも。思い返してみれば全て脳裏に焼き付いていた。

 荒くなる呼吸と脈拍。立ち上がった己が分身をどう扱うかまるで分っていたかのように動き出す手。

 そこから初めてのオーガズムを彼が知るのは間もなくのことであった。

 

 収まらない興奮で寝付けないまま迎えたその翌日。風太郎はまたしても驚くことがあった。昨日あんなにも躓いていた算数の問題がスラスラと解けるようになっていたのだ。これには幼馴染の竹林も驚いていた。家でちゃんと自習してたんだねと褒められたが生憎と心当たりがない。

 では何かあったかと問われたら、それはきっと例の行為だ。あれが何かの要因ではないのか。そして幼い風太郎はある一つの疑問を抱くようになる。

 

 昨日のアレをもっとすればもっと勉強が出来るようになるのではないだろうか。

 

 一度思い立ったらもう止まらない。試すしかない。

 その日から風太郎は己の体を実験体とした研究を始めた。翌日、翌々日と布団に潜っては写真にぶちまけるを繰り返す。その度に己の学力が向上した確かな手応えを感じた。

 風太郎はさらに研究を続け、あるメカニズムを解き明かした。どうやらこの行為、ただ単に行うよりも想像力を働かせ脳と杉を限界まで刺激してから行うほうが効果がでるらしい。

 それから彼は毎日、行為に対して徹底的な準備を終えてから行うようになっていた。

 息を整え、拝み、擦り、構えて、抜く。体力のない風太郎は最初、一連の動作を終える頃には肩で息をしていたが今ではこうして涼しい顔で二度寝までしている。

 

 この鍛錬により今となっては学年トップの成績を収めるまでに成長していた。

 が、何事もメリットだけという都合のいい話はない。勿論、この鍛錬にもデメリットは存在している。

 

 ────高校生ってのはなあ、ババアなんだよ。

 

 風太郎自身の性癖が修復不可なレベルで歪んでしまった事だ。普通なら年齢と共に成長する筈だった異性に対する興奮が『写真の子』で完全に固定されてしまい精神と肉体の乖離が起きてしまった。

 性癖は子ども、体は大人。それが上杉風太郎という哀れな男なのだ。中学生はおばさん。高校生はババア。大学生は化石。それが風太郎にとっての異性に対する概念だった。

 しかも質が悪いことに当の本人は気にするどころかそれを誇りにすら思っている。『写真の子』こそ正義だと崇拝すらしている状態である。

 本人からすれば順風満帆。成績、性績ともに頂点まで上り詰めた。何もかもが上手くいっていたと思っていた。

 

 それが間違いだと気付かされたのは、とある五つ子と出会ってからのことであった。

 

 出会いは間違いなく最悪だった。あの悪態を付いてしまった食堂の女子高生(ババア)が己が受け持つ事になる家庭教師としての生徒と知った時は思わず頭を抱えた。冷静になろうと翌日の早朝に普段より多めに写真にぶっ放した。

 他の姉妹とも相性は最悪で、中には睡眠薬を盛って強制的に排除してきた女までいた。これから先、本当に上手くやっていけるのだろうかと不安になった。そもそも女子高生(ババア)に囲まれた職場が地獄である。老人ホームは学校だけで十分だというのに。

 己を鼓舞する為、深夜と早朝に二回ぶちまけた。

 だが苦心しながらも風太郎は一歩一歩ゆっくりと、だが確実に姉妹達と寄り添い良き関係を築けた。

 三女の三玖は始めに心を開いてくれて勉強に協力してくれるようになった。嬉しくてその日は写真の子に祝砲を上げた。

 長女の一花が隠していた夢の事を訊いてその背中を少しだけ後押しした。彼女も少しだけ協力してくれるようになり、またしても祝砲を上げた。

 初めての中間試験は中々に困難を極めた。協力しない二乃、仲違いした五月と悩みの種を抱えながら苦肉の策として彼女達の家に泊まり込みで勉強会をするようになった。いつものように朝の一発をぶちかました時に何故か隣で寝ていた三玖に少し流れ弾が当たって冷や汗をかいたが何とか試験と同様に切り抜ける事ができた。

 続く林間学校もハプニングの連続だ。二乃に妙な勘違いをされたり、一花と二人きりで閉じ込められたり、五月に試されて雪山で倒れかけたりと些細な事はあったが一番の問題は朝のルーティンが崩れた事だ。

 二日目の朝は五つ子たちが眠る中でぶっ放したが、旅館の料理が栄養満点だったせいかいつもよりも量が多く不幸にも寝ていた姉妹全員に被弾したがばれないよう拭き取り何とか事なきをを得た。続く三日目も合同部屋で頭を悩ませたが、流石に同級生の前で砲を取り出す訳にはいかないと泣く泣く自重したが後にこれが後悔を抱くことになる。

 風邪を拗らせた状態で雪山で五月を探し回ったせいか風邪が余計に悪化してしまい林間学校終了と共に入院してしまったのだ。

 しかも不幸な事に入院時にあの写真を持ち合わせていなかったせいで朝の神聖な儀式ができない。このままでは精神に悪影響が出る。絶体絶命の窮地かと思えたが、風太郎はそこで新たな境地に辿り着いた。

 

 ──何日か我慢してぶっ放した方が効果的なんじゃないか?

 

 五年前のあの日から皆勤賞であった朝の儀式。それを敢えて間を開ける事で更なる脳の活性化が見込めると踏んだ風太郎は自身の閃きに一種の興奮を覚えた。

 極めたと思っていた。高みに辿り着いたと思いっていたが慢心だった。とんだ勘違いだ。恥ずかしくて穴があったら入りたい。自分はまだまだ成長できる。まだ先がある。

 開いた扉の向こうに何が待っているのか、風太郎は胸をときめかせながら己の限界に挑む事にした。

 

 これが更なる不幸の始まりだと知らずに。

 

 続くと思っていた今日が、迎えると思っていた明日が、必ずくるとは限らないと思いもしなかったのだから。

 二乃と五月の間で姉妹喧嘩が勃発し五つ子達の仲が険悪になり風太郎も限界まで膨張しそろそろぶちまけようと思っていた、その日だった。

 

 ───零奈と名乗る不審者にあろうことか思い出の写真を奪取されたのだ。

 

 泣いた。風太郎はただ泣いた。嗚咽すらないただ静かに涙を流す男泣きだった。

 二乃が泊まるホテルのフロントで泣いて、その様子を二乃に見られて見かねた彼女が風太郎を部屋に上げて風呂に無理矢理入れたが、その時も風太郎の涙は収まる気配がなかった。

 

 ふざけるな。なんだあの女は。突然現れて好き放題言いやがって。あんなババアがあの子であるものか。

 

 風呂に入り少しは冷静になれるかと思ったが逆効果だった。冷静になればなるほど、あの光景が鮮明に浮かんで苛立ちと怒りが沸々と沸いてくる。

 あれが彼女だと。認めない。断じて認めない。あれが、あの姿が、彼女であるものか。

 しかしそう感情が訴えてもあの女が写真の子しか知り得ない情報を知っていたのは事実。だが風太郎の本能と呼べるものが、あの女を写真の子とは決して認めてはいなかった。

 少なくとも彼女と何か関わりがある人物に違いない。だが本人ではない。なら誰だ。近しい間柄の人間……友人、家族、親、姉妹……双子…………五つ子?

 

 ふと、妙な閃きが脳裏をよぎった。

 

 ──何故あいつは俺に最初から協力的だった。単にお人好しだったから? 違う。そうじゃない。そうじゃないんだ。本当は別に理由があったからだ。

 

 線と線が繋がり点と点を結び思考が交差していく。

 

 ──そうだ。思い返してみろ。林間学校の二日目の朝、勢い余って流れ弾があいつらに当たってしまった。だが、その中で一人だけ、被弾範囲の広い奴がいた筈だ。これはきっと偶然ではない。俺が弾丸が、俺が想いが込められた分身が、それを向ける相手が彼女だと見分け指し示したんだ。あいつが、そうか。あいつがッ!

 

 本来ならばこの状態では結びつかない真実。正史であったなら、もっと時間がかかっていた謎。

 しかしそれらは五年前から続く朝の儀式によって培われたきた灰色の脳と鍛え上げられた本能によって風太郎はある一つの解に辿り着いた。

 

 後日、風太郎は五つ子の内の彼女だけを呼び出した。

 

 

 

「悪いな、急に呼び出したりして」

 

 放課後の教室。期末試験間際で学校に居残る者も少ない中、風太郎はこの場に彼女を呼び出していた。

 

「いえ……大丈夫ですよ、上杉さん」

 

 林間学校二日目の朝、風太郎のぶちまけた弾丸をその身に一番受けた少女。

 ────中野四葉を。

 

「その、要件は分っています。部活の助っ人の事ですよね。でも信じてください! 私は絶対に両立して……」

「違う。その件じゃない。家庭教師としてじゃなくて……俺個人としてお前に用があった」

「えっ?」

 

 姉妹喧嘩に加え、四葉の陸上部助っ人による勉強会不参加。家庭教師である彼に負担を掛けていると彼女自身も重々分っていた。だからこうして今日、彼に呼び出され注意されるのだろうと。

 けれど、違った。彼の眼はいつになく真剣で。いつになく近くて。四葉にとって"あの日"を思い出させるほど、彼の顔がすぐそこまであった。

 

「う、上杉さん?」

「……そうやって余所余所しく呼ぶのは止めろ。昔みたいに名前で呼んでくれ、四葉」

「ッ!?」

 

 何を言われたのか一瞬分からなかった。だが言葉の意味を理解した途端、四葉は思わず後ずさった。

 何故。どうして。もしかして昨日、五月が口を滑らしたのだろうか。それとも、もしかして彼は最初から分っていた?

 溢れる感情に困惑し、ろくに思考ができない。そんな状態で人間が取る行動は限られている。逃避か受け止めるか。四葉が選んだのは───。

 

「何のことですか?」

 

 逃避だった。嘘を吐いた。大好きな彼に、ずっと愛していた彼に、憧れていた彼に。失望されるから、嫌われるのが怖くて嘘を吐いてしまった。自己嫌悪で吐き気がする。

 けれど真実を語って、今更どの面を下げて彼に何を話せばいいというのか。それならきっと過去を封印していた方がずっとマシで、何も知らないおバカな中野四葉のまま彼の傍にいられるならそれが一番幸せで。

 

「逃げるな!」

「……っ!」

 

 なのになんで彼は自分を抱き寄せて離してくれないのだろう。

 

「わ、私は、ちが……」

「まだ言い訳をするのか。なら証拠を突き付けてやる。みろ四葉」

 

 そう言って風太郎はおもむろにベルトを解いてスラックスをずり下げと同時に立派な杉を取り出して四葉に見せた。

 

「なっ……」

「四葉、俺はお前とあの日出会ってから毎日感謝していたし顔射していた」

 

 取り出したそれを懐かしむように撫でる風太郎に四葉は身動きが取れなかった。

 

「お前に感謝しながら毎日だ。俺の感謝の念が、顔射の想いが、きっとこれに宿ったんだろう。こうやってこいつはお前を指し示している」

「うそ……」

「嘘じゃない。普段なら女子高生(ババア)を相手に反応しないこれが、お前にだけは反応しているんだ」

 

 信じられず四葉は試しに右へとずれてみたが、それと連動して彼の杉も同じ方向を向いてずっと四葉を指したままだった。確かに彼の言う通りダウジングのような役割を果たしているらしい。

 

「分かっただろ。もう言い逃れできねえよ。お前は、俺と出会っていた」

「…………風太郎君、でも私は、私はね」

「聞かせて欲しい。お前のこと、何があったのか、全部」

「でも、失望するよ」

「しない」

「嫌いになる」

「ならない」

「だって私は……」

「『いつか誰かに必要とされる人間になる』覚えているか? 俺の目標だった」

「えっ?」

「でも『誰か』じゃない。今はお前に必要とされたいんだ。四葉」

「…………風太郎君ッ!!」

 

 それから二人は抱き合いながら掛けていた時間を埋め合うように全てを語り合った。時間だけではなく体も物理的に穴と棒で埋め合った。

 風太郎と四葉の中で止まっていた時計の針が動き始めた。過去に囚われたまま本心を隠していた四葉。写真の子に囚われたまま高校生をババアと切り捨て、時折らいはに京都の子のウィッグをかぶせて写真を撮って性癖を拗らせていた風太郎。

 互いの時間が動きだし、四葉は過去という茨から、風太郎は過去という名の性癖からようやく解き放たれたのだった。

 

 




これを風四を言うと殺されるので真面目な風四も書きます。

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