とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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誰しも一度や二度は後悔がある話。


わんないとらぶる③

 夢を見ていた。風太郎と初めて口付けをした、あの日の事を。

 鳴り響く鐘の音と目の前にある彼の驚いた表情。唇から伝う燃え上がるような熱。

 あまりにも印象的で、あまりに強烈で、あまりにも鮮明で、あまりにも運命的な人生で初めてのキス。

 転んだ勢いでしてしまっただけのそれは、言ってしまえばただの偶然かもしれない。

 だけど、この想いは、彼との出会いは決して偶然なんかじゃなくて、必然だった。運命だったんだって、後の式で誓いのキスをした時に確信した。感情が溢れそうになって、ただただ嬉しくて、式の最中なのに涙を流してしまった。

 だから、私はこうしてあの日のキスを色褪せることなく夢で見る。

 私にとって、人生で最高の幸せへと向かう分岐点であり────人生で最低で最悪な辛酸を嘗めさせられた初めてのキスを。

 

『……やめてくれ』

 

 永遠にも一瞬にも感じた口付けの後、風太郎が僅かに漏らした消え入るような言葉。最初は何かの聞き間違いかと思った。だけど、すぐにそうじゃないと彼の様子を見て嫌でも思い知らされた。

 私から目を逸らして、口を拭う彼にまるで後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。

 『この格好』なら誰か判らないから困惑したのだとか、無理矢理にキスをされたから戸惑ったのだとか、少なくともそういう反応じゃない。

 『私』が姉妹の中の『誰』かなんて、そんな些細な事はどうだって良かったんだ。顔すら合わせず目を伏せる彼にとって。

 ────だって彼の示した反応は明確な拒絶だったのだから。

 たとえ私達姉妹の誰であろうと、彼にとっては関係なかった。一花でも二乃でも三玖でも四葉でも五月でも、その誰であったとしても。先の出来事は彼にとって口を拭うくらい不快でしかなかったんだ。

 その認めたくない現実に涙が零れ落ちて、居ても立っても居られなくなって、私はその場から逃げ出した。逃げる事しか出来なかった。

 

 分かっていたんだ。こんな事は、この結末は。

 彼にとって私達は、ただの生徒や友人でしかなくて。

 

 ───『彼女』のような特別じゃないんだって、分かってた。

 

 

「……っ」

 

 目が覚めて、慌てて時計を見ると既に九時を過ぎていた。どうやらうたた寝をしてしまったようだ。テーブルでうつ伏せになって眠ったせいで体が痛い。それに『あの夢』を見たせいで、頬に涙の痕が残っている。

 久しぶりに『あの夢』を見た気がする。結婚してからは殆ど見なくなっていたのに、どうして今になって。

 涙の痕を拭いながら、正面にあるポツリと空いた席を眺めた。席の前にはテーブルに用意された料理にはラップがされている。いつも彼が座る席。そこに夫である上杉風太郎の姿はない。

 また残業だろうか。スマホを確認してみたけど、いつも事前に送ってくる連絡はまだ来ていない。

 ……いや、連絡がないのは当然か。今朝、あんなにも声を荒げて喧嘩をしてしまったのだから。

 結婚してから、恐らく初めてだったと思う。あそこまで大喧嘩したのは。付き合ってた頃はそれこそ日常茶飯事だったけれど、結婚してからは殆どなかった。

 それは当時の喧嘩は主に私が原因だったから。理由は単純で、付き合ってからずっと重く、深く、彼を束縛し続けたからだ。離れないように。逃さないように、消えてしまわないように、ずっと。

 四六時中彼の傍に居たし、酷い時は軟禁に近い状態で過ごしていた事もあった。自分でも度が過ぎていたと自覚できる程度には異常な関係だ。当然、受け入れられる筈もない。

 うんざりとした風太郎の表情を何度も垣間見た事があった。でも、それでも止めようとはしなかった。出来なかった。無理矢理にでも縛り付けていないと彼が私から離れて何処か遠くに行ってしまわないかと怖かった。

 怖くて怖くて、体は震えて、涙と共に弱音が全部吐き出てしまいそうになるから。

 だから結婚という一つの契機は私を大きく変えた。喧嘩をしなくなったのも変に余裕ができたからだと思う。愛しの風太郎と永遠の愛を誓い、愛する風太郎と家族になれた。

 それは絶対で決して解けることのない関係で、私はようやく胸を撫で下ろす事ができた。

 

 ずっと不安だった。

 彼の───風太郎の中で未だに『彼女』の影が残っていないか。

 

 人間は誰しも一度や二度は後悔の念にかられる事がある。あの時、ああすれば良かった。あの時、もっとこうすれば良かった。そんな後悔は山のようにある。

 それらの後悔を噛みしめ飲み込んで人間は前へと進む。それを成長と言うのだと家庭教師時代の彼に聞いた記憶がある。その言葉は私に深く突き刺さった。

 確かにそうだ。過去をやり直したいと願うのはいつまでも成長できていない未熟者の証拠だ。私だってそうだったから。

 彼のお陰で過去から解き放たれ、停滞していた『今』から一歩前に進む事が出来た。だから彼に惹かれた。だから彼に恋い焦がれた。

 

 ただ、ただそれでも一つだけ。私にはどうしてもやり直したい事がある。

 どうしようもない愚かで馬鹿な自分の頬を叩いてでも止めたい愚行がある。

 それは彼とのあの最悪の出会いだ。もしも、もしもあの日、あんな事をしなければ。

 そうすれば、そうすればきっと……。

 

 ────私は今も『彼女』の影に脅えなくて済んだのに。

 

 思えば、あの日からずっとだ。『彼女』という存在を認知してからずっと、靄を抱いてきた。

 忘れもしないあの日から、彼と結ばれた筈の今ですら決して消える事なく、ずっと。

 

 ◇

 

「信じられん馬鹿共だよ、あいつらは」

「また何かあったの?」

「聞いてくれ竹林。あいつら今度は何したと思う?」

 

 ホットココアの缶を片手に愚痴を溢す弟のような幼馴染に竹林は懐かしさを感じていた。

 再会した時は随分と大人びたと感じたが、こうして拗ねた表情を浮かべていると当時と何も変わらない。髪型や身長が変わっても中身はあの悪戯好きで、それでいて何処か面倒見のいい悪ガキだった彼のままだ。

 あの夜から竹林は風太郎と定期的に会うようになっていた。場所は二人が再会したあの公園のベンチだ。喫茶店のような落ち着いた場所の方が話をするなら適しているかもしれないが、彼の家庭状況を考慮するならなるべく金銭が掛からない方がいいと竹林の方から提案して、この場所で集まるようになっていた。

 彼は申し訳なさそうにしていたが、竹林からしてみればこっちの方が心地良かった。あの悪ガキ風太郎と会うなら洒落たカフェなんかよりも、公園のベンチに座って語り合う方が懐かしくていい。この公園も昔は何度か彼を含む友人達と遊んだ思い出の場所でもある。

 

「……なるほど。その全教科0点の答案用紙は結局、姉妹全員が犯人だったんだ」

「本当に揃いも揃ってバカばっかだ。おまけに次から次へと厄介事の見本市だ」

「そう言えば林間学校でも色々あったばかりだったよね。体の方はもう大丈夫なの?」

「まあな。お前もわざわざ見舞いに来てくれて悪かったな。ただの風邪を拗らせただけなのに大袈裟な事になっちまった」

「入院したって聞いた時は驚いたよ。風太郎は昔から無茶ばっかりするんだから」

「……流石に今回のは無茶をしたと自覚してる」

「うん。反省してるならいいよ。でも、噂の五つ子さん達とはお会い出来なかったのは残念だったかな。一目見てみたかったんだけど」

「やめておけ。絶対に面倒な事になる」

 

 本当にどうしようもない連中だぞ、と釘を刺してくる風太郎であったが言葉とは裏腹に何処か楽しそうに語っているように見えた。

 最初はあんなにも嫌々と彼女達の愚痴や文句を垂れ流していたのに、随分と変わったものだ。どうやら問題児の五つ子達とは順調に信頼関係を築き上げているらしい。

 こうして自分が相談に乗ってあげる事で少しは彼の力になれたようだ。『弟』の力になれて『姉』としては冥利に尽きるというもの。

 

(最初はどうなることかと思ったけど……)

 

 偶然再会した幼馴染の上杉風太郎。小学校を卒業してそれぞれ別々の中学へと進学してからは疎遠となっていた彼を竹林は密かにずっと彼の事を気に掛けていた。

 というのも彼が病的なまでに勉強に没頭するようになったからだ。自分を変えたいからと頭を下げてきた時は快諾したが、どうにも風太郎は加減というかブレーキというものを知らなかった。

 前から猪突猛進的なところはあった。何をするにしても色々と極端なのだ。それが今回は歯止めを効かなくしてしまっていた。

 勉強をするようになったはいいが、それ以外の全てを投げ売ってまで没頭する彼の姿に痛々しさすら感じたこともあった。だから何度か注意を呼び掛けたが結局聞いてくれる事はなく、そのまま卒業と共に別れてしまった。

 そして再会して彼の現状について会話を通して知っていく内に真っ先に浮かんだのは案の定、という感想だった。

 危惧していた通り、彼は勉強以外の全てを捨ててしまった人間になってしまっていたのだ。確かに勉強はできるようになった。それこそ、今では教えていた自分よりも優秀な成績だろう。

 だが、問題はそれ以外だ。聞けば友人と呼べる間柄の人間は一人もなく家族以外の人間関係を全て断ち切っていたのだ。それを聞いた時は思わず彼が京都で出会ったという少女を少し恨んでしまった。

 彼女と出会い約束を誓った事で自分を変える為に勉強を始めたと聞いたが、これでは約束を通り超して呪いだ。彼を約束という呪縛で縛り付けてしまっている。

 一の為に全を棄てた彼と五つ子達の間で衝突が多いのも頷けた。確かに話を聞く限りではその件の五つ子達もかなりの曲者揃いだ。初対面の相手に睡眠薬まで盛って排除するような過激な少女もいると聞く。

 普通の人間でも難儀するであろう彼女達に人間関係を切り捨てた彼が信頼関係を築くというのは無茶というより無理だ。不可能に近い。

 だから竹林は風太郎にこうアドバイスをしたのだ。

 

『少し、肩の力を抜いて接してみたらどうかな。生徒と家庭教師の関係は置いておいて』

 

 それを聞いて風太郎も最初は理解できなかったようで首を傾げた。勿論、竹林もそれは想定内で補足して彼に説明した。

 今の風太郎は他人との接点が無さすぎて人との距離感の取り方を忘れてしまっている。言ってしまえば遠慮や配慮というのものが全く存在しない。

 それがプラスに働く事もあるのだろうけど、基本的にはデリカシーがないと取られてしまうだろう。それに相手は自分達と同い年で、しかも風太郎からすれば異性だ。おまけに問題児だらけの五つ子達。

 このままの風太郎が受け入れられるのはかなり難しいだろう。そうなるとせめてこちら側の接し方を少しでも改善するしかない。しかし五年もの間、人間関係を断っていた彼が一朝一夕でコミュニケーション能力を改善できるとは思わない。

 八方塞がりで頭を悩ませる竹林だったが、ふと昔と変わらず気さくに会話をする風太郎を見て閃いた。

 

 確かに『今の』風太郎ならば難しい。だけど『昔』の風太郎だったら?

 

 こうして目の前で話す彼は少なくとも竹林からすれば気の許せる親しい友人だ。ああ見えて意外と気が利くところや気遣いもできる。それは彼が本来持ち合わせている表に出さない優しさや暖かさだ。

 それを彼女達の前でも出せるようになれば、少しは五つ子達も心を開いてくれるのではないだろうか。

 そう提案してみたが、風太郎の反応は難色を示していた。どうやら彼自身は自分とその他の人間で態度や接し方を変えている自覚がないらしい。

 

『別にデリカシーを持って、なんて言うつもりはないよ。分かりやすく言うなら───』

『その子達と接する時は私を相手してると思って接してみて』

 

 はたしてこんなアバウトなアドバイスで幼馴染の力になれただろうか。最初は少し不安に思っていた竹林であったが、彼と次に会った時に少しだけ手応えがあったと笑っていた。

 それから彼は毎週のように近状報告をしてくれるようになっていた。

 まずは初対面の時に悪印象を持たれていた五女に何度も謝ったら機嫌を直してくれて、少しは信頼してくれるようになった。

 次に何を考えているか分からなかった三女とたまたま多く話す機会ができて、そこで彼女の姉妹に対するコンプレックスを聞いた。彼女の事を少しでも理解しようと奔走して、ほんの少しだけまた信頼を得られた。

 姉妹達と流れで一緒に花火大会を見に行く事になり、そこで飄々としていた長女が姉妹達にある隠し事、彼女の夢の事を聞いてその背中を後押しした。

 お人好しで最初から協力的だった四女にも気兼ねなく接することで他の姉妹達との関係が取りやすくなった。

 未だに自分を認めてくれない次女が今のところ一番の悩みの種で、この前の林間学校でもその悩みが更に大きくなった。

 

 最初は眉根を寄せて眉間に皺を作っていた風太郎だったが公園で会って話を聞く度に、その皺は減っていって気付けば口元に笑みを浮かべるようになっていた。

 再会してからようやく見せてくれた幼馴染の表情に竹林はようやく安堵する事が出来た。

 屈託のない無邪気な子どものような笑みだ。再会してから久しく見ていなかった幼馴染の笑顔に竹林も口が弧を描いていた。

 彼のあの笑顔が昔から好きだった。やんちゃで元気で邪気のない笑顔が。どんなに悪戯をしてきても仕方がないなと彼に釣られて笑いながら何度も笑いあった。

 昔に戻ったようで懐かしかった。彼が変わろうと宣言してから、約束に憑りつかれてから、ずっと竹林が見た風太郎の表情は苦悶を浮かべるものが多かった。苦手な勉強を必死に克服しようと足掻き藻掻いて、ただただ必死だったから。

 

(これも五つ子さん達のお陰、なのかな)

 

 きっと風太郎はもう大丈夫だ。自分のアドバイスなんてなくても彼女達と無事に卒業できるだろう。

 最初は大切な幼馴染になんて事をしてくれたのだと憤りを隠せなかったが、今は少しだけ彼女達に感謝している。

 こうして案じていた風太郎と再会できたのもある意味では彼女達のお陰なのだから。だからもしも、彼女達に会う事があったらお礼をしよう。

 風太郎と再会させてくれてありがとう。風太郎を笑顔にしてくれてありがとう、と。

 

 そう思っていた。

 

 ───深刻そうな表情を浮かべ、今にでも目の前の池に身を投げ出そうという雰囲気を醸し出す落ち込んだ彼を見るまでは。

 

 

 ◇

 

『あんたなんて、来なければよかったのに』

 

 二乃に放たれた言葉がずっと胸で反響していた。

 浮かれていた。勘違いしてしまっていた。中野姉妹達に頼られるようになって、彼女達に少しずつ信頼を寄せられるようになって。

 自分が誰かに必要とされる人間になれただなんて、幻想を抱いてしまっていた。

 当たり前の話だが、四人と信頼関係を深める事ができて残りの一つともそうなるなって保証は何処にもないというのに。むしろ今回のはそれが原因だったと言えるかもしれない。

 目の前で起きた二乃と五月の姉妹喧嘩。その原因は間違いなく自分で、だけどどうしようも出来なかった。

 分かっていた。自分という人間が彼女達にとって異物なのだと。自分はあくまでもただの家庭教師で、家族の問題に首を突っ込めるような立場でない事くらい。

 でも、それでもただじっと指を銜えて待つ事など出来はしなかった。自分という異物が原因で起きた喧嘩なのだから、その要因が解決に勤しむべきだ。

 だけどやる事なす事、全てが空回り。挙句の果てに二乃から強く拒絶されてしまった。

 

「………」

 

 しかも姉妹喧嘩だけじゃない。部活の助っ人を断れない四葉も何とかして連れ戻さねばならないというのに。

 試験まで時間がない。二乃と五月の姉妹喧嘩だけではなく他の問題も山積みだ。

 このままではまた赤点を取ってしまうだろう。中間試験で僅かに踏み出せたと思った一歩が全部無駄になってしまう。

 

「間違っていたのか」

 

 自分のやり方が。いや、そもそも彼女達に過度に干渉してしまった事が。

 ただの雇われ家庭教師に徹するべきだった。余計な事などせずに。でもそうすれば今度は家庭教師としてすら彼女達に勉強を教える事すらままならなかっただろう。

 お世辞にも今までの選択が正しかったとは言えない。考えても思い返しても最良の選択肢が見つからない。

 どうやっても詰みだ。という事は最初から無理だった。実力不足だったのだ。自分というちっぽけな男に、何もない空っぽな人間に、五人の人間を導くことなんて。

 そんな当たり前の事を今になってようやく気付いてしまった。ちょっと彼女達に頼られて、なんて烏滸がましい。なんて傲慢だ。天狗になっていた自分に吐き気がした。

 

 ふと、目の前に揺れる池の水面に写る自分の顔があった。そいつの顔はどうしようもなく覇気がなくて、どうしようもなく無力で。

 五年前の何もなかった無知な自分と重ねて見えた。

 もしも、あの間抜けな顔をした自分に飛び込んだら少しでも変われるだろうか。

 もしも、目の前の池に飛び込んだら彼女達は心配してくれるだろうか。

 自分でも思考がおかしくなっている事に気付いて風太郎は乾いたような笑みを浮かべた。

 

「俺は、何も……変わってない」

「そんな事ないよ」

「……っ!?」

 

 慌てて振り向くと心配そうな表情を浮かべる幼馴染がそこに居た。

 

「竹林」

「こんにちは、風太郎」

「……今日は会う日だったか?」

「ううん、偶然だよ」

 

 偶然。その言葉を彼女の口からよく聞くなと思った。

 思い返してみれば竹林との再会もその偶然が原因だった。

 

「偶然、か」

「何かあったの?」

「……別に、何もねえよ」

 

 誤魔化す言葉は自然と口から漏れていた。竹林には何度も世話になったし何度も助けられた。だからこそ、彼女にはこれ以上は迷惑をかけたくなかったのだ。

 わざと無愛想な表情をしてそのまま去ろうとした。

 

 けど、出来なかった。

 

「……何の真似だ?」

「風太郎、覚えてる? 修学旅行の日の事」

「はあ?」

 

 腕を掴まれながら急にそんな事を問われて困惑した。だが戸惑う風太郎にお構いなしに竹林は続ける。

 

「お腹が痛いって言って別行動になったよね」

「……そんな事もあったな」

「あれ、後から気付いたんだ。風太郎、私達に気を遣ってくれたんだよね」

「覚えてねえよ」

「あの時は気付けなかった。風太郎は優しくて、でも不器用な子だから」

「だから、俺は」

 

「ねえ、風太郎。誰かに必要とされる人になりたい人でも誰かを必要としてもいいんだよ?」

「───」

 

 その言葉は、風太郎にとってあまりにも深く突き刺さった。ずっと晴れない霧の中にいるような迷いの中で光が差した。

 

「だから、私に話して。風太郎」

 

 自然と伏せていた目を正面に向けると眩い笑みを浮かべる竹林に風太郎はある事を思い出していた。

 

 ああ、そうだ。俺は、俺はこいつの笑みにただ惹かれていたんだ。

 


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