とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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上杉君がやべー長女に捕まった話。


五つ子強くて?ニューゲーム②

「……さて、どうしよっか」

「もう十分に堪能したでしょ、あとは私に任せておきなさい」

「絶対、嫌」

「ダメだよ二乃、抜け駆けは」

「そうです。公平に決めましょう。公平に」

「うんうん。五月ちゃんの言う通り。じゃあ公平にお姉ちゃんから順で」

「ずるいです!」

「あら、私は別に構わないけど」

「それは二乃が二番目だからだよ」

「……じゃんけん。じゃんけんで公平に決めよう」

「三玖に賛成です」

「ま、結局それが無難よね」

「うん、公平だね」

「なら、じゃんけんで。文句はなしだからね」

 

 

 

 

 

 

「……やった」

 

 ◇

 

 

 

 意識が朦朧とする。思考が覚束ない。体はまるで鉛のように重くて、指一本を動かす事すら気怠い。ここまで酷い疲労感や倦怠感を感じたのはいつぶりだろうか。

 例えるなら百メートル走を何セットも全力疾走したような、そんな疲労感だ。何もしたくない。このままずっと眠っていたい。

 だが惰眠を貪るなんて時間の無駄だ。こんな事に時間を割くなら勉強をした方がいい。

 

 ゆっくりと瞼を開く。どうやらカーテンの隙間から漏れた光が部屋を照らしているようで、灯りのない部屋でも辺りが薄っすらと認識できた。見覚えのない天井と見慣れない照明が視界に入る。自分の家ではない。どこだ、ここは。

 今更気付いたが、体が柔らかい何かに沈んでいる。ベッドだろうか。風太郎が普段使っている布団ではまず有り得ない感触だ。あまりの快適さに再び瞼が重くなるが、何とか耐えた。二度寝はダメだ。起きなければ。起きて状況を確認しなければ。

 

 もっと情報を得ようと首を何とか回して、横に視界を移す。

 

 すると、そこで風太郎の眼に真っ先に飛び込んできたのは彼と同じ布団に包まった全裸の少女だった。忘れもしない、あの五つ子の一人だ。

 

「ひッ」

 

 意識が一気に覚醒し、眼を見開く。叫び声を上げそうになった口を押え、さっきまで感じていた体の気怠さなど忘れて風太郎はベッドから飛び起きた。

 

「な、なッ……」

 

 言葉が出ない。絶句とはまさにこの事だろう。

 目の前の光景に風太郎の脳は困惑と恐怖に染まり体が硬直した。状況が飲み込めない。理解が追いつかない。なんだこれは。

 

「……ん」

 

 風太郎が飛び起きた反動でベッドが揺れ動いたせいか、小さく声を漏らして裸の少女の瞼が開いた。

 

「……あ、フータロー君。起きたんだ。おっはー」

「な、なんで、お前、服をッ! ここはどこだ!? なんで俺はこんな場所に」

「とりあえず落ち着きなよ。ほら深呼吸、深呼吸」

「落ち着いていられるか! というかお前はまず服を着ろ! そもそも誰だ!? 三玖か? 四葉か? それとも二乃か? もしくは五月……」

「もう、わざと外してるでしょ。一花だよ」

「どうでもいい! とにかく服を着ろ!!」

 

 どうやらこの女は裸を見られるよりも名前を間違えられる方が機嫌を損ねるらしい。彼女の羞恥心がイカレているのか、それとも五つ子特有の感覚なのか。風太郎には理解が出来なかった。

 名前を間違えられてムッと頬を膨らませる一花に怒鳴りながら視線を逸らした。朝から心臓に悪い。ただでさえ昨日一昨日とストレスと恐怖で胃を痛めているのに心臓までダメージを与えてくるなんてタチが悪ぎる。

 

 

「……いくつか質問がある。答えてもらおう」

 

 何とか目の前の痴女に服を着てもらう事に成功し、一先ず冷静さを取り戻してベッドに腰掛けながら風太郎は隣でピタリと体をくっつけて座る一花に尋ねた。

 妙に距離が近いのが気になったが、指摘すれば更に距離を詰めてくる気がしたので敢えて口に出さなかった。これが彼女達のパーソナルエリアなのだろうと無理矢理自分に言い聞かせるしかないようだ。

 

「なにかな?」

「まず、ここはどこだ」

「私の部屋だよ。ごめんね、ちょっと散らかってて」

「ちょっと……?」

 

 辺りを見回すとそれはもう腐海が広がっていた。どうやら彼女は羞恥心だけではなく『片付ける』という概念も持ち合わせていないらしい。こうしてベッドの上に風太郎が腰掛けているのも、床が洋服やら下着やら化粧品やらで座るどころか足の踏み場がないからだ。

 この有り様を『ちょっと』で済ませるには無理があるが、今はそれを気にしている場合ではない。風太郎にはもっと重大な懸念事項があるのだ。

 

「まあいい。で、何で俺がここで寝ていたんだ」

 

 これだけはどうしても確認する必要がある。何故なら全く覚えてないからだ。

 昨日、初めて家庭教師として彼女達に教鞭を振るい、その後に夕食を誘われたのは覚えている。誘われたというより半強制的に参加させられたが正しいが。そして料理は二乃と三玖が作ってくれた。これも記憶にある。

 

 問題はそこからだ。彼女達の料理を食べた前後の記憶が全くないのだ。

 

「覚えてないの?」

「……ああ」

「フータロー君、ご飯を食べた後、すぐに寝ちゃったんだよ」

「寝た? 俺が……?」

「うん。すっごく疲れてたんじゃないかな。体を揺らしても全然起きなかったし」

「……」

 

 確かに昨日は寝不足ではあった。何せ、一昨日はこのやべー姉妹達とのファーストコンタクトを果たし、更にその内の一人が怖い眼をしながら自分のクラスに転校して来たんだ。おまけにそいつが自分の受け持つ生徒ときた。安眠できる要素など皆無だ。

 そして昨日は朝からストーカー紛いのヘッドホン女に待ち伏せされた事から一日が始まり、次々と同じ顔と同じ眼をした姉妹に絡まれた。どいつもこいつも怖い眼をして意味深な台詞を吐くせいで精神的にも、彼女達から逃げ出す為に肉体的にも疲労が蓄積していたのも事実だ。

 

 しかし、それでも他人の家で食事をしている途中で熟睡してしまうなんて事が本当にあるのだろうか。ましてや警戒心を抱いていた筈のこの中野姉妹の住処で。

 

 まさか薬でも盛られたのか?

 

 そんな荒唐無稽な考えが浮かび上がったが直ぐに脳裏から消した。

 馬鹿馬鹿しい。テレビのドラマじゃあるまいし。医者でもない女子高生が一体どうやって即効性の睡眠薬を入手できるというのだ。

 それに眠らせてどうする。こんな貧乏高校生を眠らせて一体何のメリットがある。寝てる間に奪われるようなモノなど持ち合わせてないというのに。

 

「それで五月ちゃんがフータロー君の妹ちゃんとお義父さんに連絡してうちで一晩、泊まらせることにしたの。ちょうど今日は休日だから学校の心配もいらないしね」

「……そう、だったのか」

「納得した?」

「……」

 

 素直に頷く事は出来なかった。理解はしたが、納得はしていない。できる筈もない。

 

 だが、自分が先ほどまで一花のベッドで寝ていたのは紛れもない事実だ。後で念の為にらいはと父に確認はするつもりだが、恐らく彼女の言葉は嘘ではないのだろう。

 

「俺が寝てしまったのは判った。だが、何故お前の部屋で寝かされていたんだ? 別にそのままリビングで放置しても良かっただろ。勝手に寝たのは俺の方なんだし」

「フータロー君は私たちのお客様なんだからそんな事できる訳ないじゃん。誰の部屋に運ぶかはちょっと揉めたんだけど、じゃんけんで決めて私の部屋になったんだ」

 

 出会ってから彼女達があまりに異質なせいで忘れかけていたが、一応は金持ちのお嬢様だったの事を風太郎は思い出した。育ちの良い彼女達が客人をそのまま放置するような真似は出来なかったのだろう。そして面倒事を誰が背負うかを姉妹で公平に決めて、そこで負けた一花に白羽の矢が立ってしまったといった所か。風太郎からすればリビングにある高級そうなソファでも十分に熟睡できる自信があったが。

 

(それにしても、普通わざわざ一緒に寝るか? ありえねえだろ)

 

 客人をリビングに寝かせられないと言っても、何も同じベッドで一緒に寝る必要はなかっただろう。一花が姉妹と一緒の部屋で寝るなど、他にいくらでもやりようがあった筈だ。

 仮にも自分たちは思春期の男女だ。それが一緒のベッドで寝るなんて、彼女達の父親が知ったら間違いなく風太郎は解雇だけでは済まされないだろう。せっかくの高収入のバイトをこんな事で水の泡にしたくはない。

 

(何も間違いが起こらない、って一花から信頼されているのか?)

 

 勿論、風太郎自身は彼女達に手を出すつもりなど毛頭ない。元々、色恋沙汰自体に興味がないし、そんな事をしている余裕もない。

 そもそも昨日や一昨日の彼女達との出会いがトラウマすぎてあの姉妹をそんな目で見れる自信がなかった。

 

 だが一花の方の反応が妙だ。仮に一花が自分を異性として認識していないにしても、あまりに無防備すぎる。

 その信頼が一体どこから来ているのか。それが分からない。まだ出会って二日の家庭教師の男にそこまでの信頼を寄せる理由は一体なんだ。 

 一花だけじゃない。二乃も三玖も四葉も五月も、他の姉妹全員だ。何を考えているのか分からない。しかもそれが悪意によるものではないのだから、余計にタチ悪い。

 邪険にされるのなら、まだ分かる。同級生の、しかも異性の家庭教師など年頃の少女なら誰だって拒絶する。勉強が出来ないとはいえ、親が金を払って雇った同い年の異性に教えを乞うなんて風太郎が彼女達の立場だったとしても良くは思わないだろう。

 

 そうだ。邪険にされるのなら理解できる。だが、好意的に接してくる理由は何だ?

 

 風太郎は自身の事を第三者視点から見ても勉強しか能がない男だと評している。それに今まで家族以外の人間関係は断ち切ってきた。自分がお世辞にも愛想が良いとは思っていない。少なくとも初対面の相手にここまでされるような人間ではない筈だ。

 

 だから解せない。出処の分からない自分への信頼が余りに不気味だった。見知った悪意よりも見知らぬ善意の方が遥かに恐ろしい。

 

「他に聞きたい事はある?」

 

 沢山ある。その信頼がどこから湧いて出たものなのか。

 昨日、四葉が言っていた昔から知っていたとはどういう意味なのか。

 他の姉妹が口にした意味深な言葉もだ。その全てを知りたい。

 

「……お前が裸だったのは?」

「あっ、それは普段のクセ。寝てる間に脱いじゃうんだよね、私」

「クセって……」

「あはは。驚かしてちゃってごめんね」

 

 だけど聞けなかった。それを知ってしまうと、それこそ後戻りが出来なくなる気がして。

 

 だから自分からは何も聞かなくていい。何も知らなくていい。

 彼女達からはともかく、風太郎からすれば中野姉妹は所詮はまだ出会って間もないビジネス上でのパートナーに過ぎない。一人は同級生だが、友人でもない。

 あくまでも仕事上での関係。そう割り切って引いた線を越えなければ、彼女達の事情を深く気にする事もない筈だ。家庭教師と言っても別に毎日授業を行う訳でもないのだ。

 適正な距離を保って適切な関係を維持する。それが最善手だ。

 

「……いや、俺の方こそ世話をかけたな。生徒の家で寝るなんて気が抜けていたようだ」

 

 そう思うと、随分と心が軽くなった気がした。彼女達が何を胸の内に秘めていようが関係ない。自分はただ彼女達の良き教師として導くだけでいい。

 幸いにも勉強に対してのやる気はあるようだし、無理にこちらから歩み寄る必要もない。

 勿論、彼女達が困難にぶつかり手をこちらに差し伸ばしたのならその手を取るし、躓いたならこちらから手を差し伸べる。あくまで勉強に関してだが。

 金銭を貰う以上はその責任はしっかりと果たす。彼女達を無事全員、笑顔で卒業させるつもりだ。

 

「寝ちゃったものは仕方がないよ」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 ようやく中野姉妹との付き合い方の糸口を見つける事が出来た風太郎は肩の力を抜いて口元を緩めた。

 どうやら今まで深く考え過ぎたようだ。彼女達との関係はもっとシンプルでいい。教師と生徒。それだけでいいじゃないか。

 別にドライな対応をするって訳じゃあない。仕事上の関係とはいえ、信頼関係が大事な事に変わりはないのだ。ただ、一線を引いて互いに不可侵領域を作る。それだけだ。

 そうすれば、きっと彼女達とのコミュニケーションもスムーズにいく筈だ。

 

「気にしないでよ。私たち、パートナーなんだからさ。持ちつ持たれつでいこうよ」

 

 それにしても一花の方も今日は何だか機嫌がいいのか、昨日と比べて表情が自然なように見える。若干、憑き物が落ちたかのようだ。何かいい事でもあったのだろうか。

 もしかしたら、昨日はたまたま機嫌が悪くてあんなやべー目をしていただけで、普段はこうなのかもれない。

 

「……あと悪かったな、一花」

「何が?」

「シーツだ、随分と寝汗をかいたらしい。妙に湿ってる。何か口元もべたべただし、枕も同じ有り様だ」

「……」

「クリーニングが必要なら俺の給料から差し引いてもらうよう、お前の父親に言っておいてくれ」

「……気にしなくてもいいよ」

「え、いいのか?」

「うん、記念だから」

「記念? まあ、助かる……それと、気になっていたんだが怪我でもしたのか?」

「どうして?」

「いや、シーツに赤いシミが付いていたから」

「…………ちょっと転んで怪我しちゃって」

「何だ、意外とドジだな」

「……っ」

 

 ようやく自分のペースと取り戻した風太郎がいつもの憎まれ口を一花に放つと彼女は顔赤くして俯いた。きっとドジな所を指摘されて恥ずかしかったのだろう。

 

 これでいいんだ。こういう互いに遠慮せず、だが一線を飛び越えない関係こそが理想の教師と生徒というものだろう。この時の風太郎はそう信じていた。

 

 




前回長すぎたので分割しました。

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