とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

27 / 48
上杉君が伝説になる序章。


五つ子強くて?ニューゲーム 結び(物理)の伝説①

「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……」

 

 脱力してベッドに横たわる自分に跨りながら彼女は何度も謝罪の言葉を繰り返していた。互いに一糸まとわぬ姿のまま、顔をくしゃくしゃにして、嗚咽を上げながら何度も、何度も。

 無尽蔵に近い体力馬鹿の四葉との行為で虫の息となった風太郎は意識が朦朧とする中、彼女の流した涙が自分の頬に零れ落ちる様をただ眺める事しか出来なかった。

 

「ずっと笑顔でいて欲しかっただけなのに、それなのに私……っ」

 

 この光景に風太郎は既視感を覚えた。忘れもしない花火大会の夜。あの時の二乃と同じだ。

 事の最中は自分の肉体をさも己の物だと言わんばかりに好き放題していた癖に、終わった途端にまるで憑き物が落ちたかのように冷静さを取り戻して後悔を顔に貼り付けながら体を震わせる。

 二乃と四葉だけなのだろうか。もしかしたら、他の三人も意識のない時に同様に反応を見えていたのかもしれない。

 

 本当に何なんだ。意味が分からない。行動原理がまるで理解出来ない連中だ。

 泣いて謝るくらいなら最初からこんな事をしなければいいのに。

 

「……っ! 上杉、さんっ」

 

 だけど、そんな彼女達よりもっと理解のできないのは自分自身だった。

 また、体が勝手に動いてしまった。何故かは分からない。

 自然と手が彼女に伸びて二乃の時と同じように抱き寄せていた。

 彼女達姉妹の中に『彼女』が居ると知ったから、だから『彼女』かもしれない四葉に泣いて欲しくなかったからだろうか。

 或いは、胸元で泣きじゃくるこの弱弱しい少女こそが、自分に異常な執着を見せる彼女達の本当の姿だと思ったからだろうか。

 結局、その時はいくら考えても答えは出なかった。ただ、何となくこうする事が正しい事のように思えて。

 四葉が泣き止むまでの間、風太郎はずっと彼女を抱きしめていた。

 

 暫くしてようやく涙を止めてくれた四葉に胸をなで下ろして、ふと、ある事に気付いた。

 

 

 ──そう言えば、こいつらの事を『怖い』と思った事は何度もあったが、『嫌い』だと思った事は不思議となかったな。

 

 

 ◇

 

 

 家庭教師の続投が決定し、風太郎の逃げ道は完全に閉ざされた。

 しかもそれだけじゃない。何故か家庭教師の給料もアップし風太郎は困惑した。ただでさえ高額の報酬だったのに、まさか更に増えるとは想像もしなかった。卒業まで彼女達の家庭教師を続けなくとも在学中に家の借金返済が十分可能になる程の増額だ。

 流石に気が引けると雇い主の中野父に五月を通じて連絡をしたが、これは正当な報酬だと言われ、ついでに今後も期待をしているとの旨の言葉を贈られた。今更になって家庭教師を辞めるなんて、とてもじゃないが言い出せない。

 こうなってしまった以上、否が応でも中野姉妹と向き合わなければならないだろう。

 

 だが、彼女達の正体を知ってしまった今、逃げるという選択肢は風太郎の中ではとっくに消えていた。

 家庭教師という職務上の立場としてではない。上杉風太郎個人として、中野姉妹と向き合わなければならない理由があった。

 

 ──あの姉妹の中に五年前に京都で出会った『彼女』がいる。

 

 先日のお泊まり勉強会の時に四葉の部屋で見た中野姉妹の幼き頃の写真。あれは間違いなく『彼女』だった。

 

 あまりこういう陳腐な言葉を遣うのは好きではないが、それでも敢えて云うならこれは『運命』なのだろう。

 今の中野姉妹は少なくとも、正しい在り方とは言い難い。学力面はもちろんの事、人として誰もが持つ常識という箍が欠如してしまっている。五人全員がブレーキのイカれた暴走列車だ。

 だからこそ今度は自分から『彼女』に、いや彼女達に手を差し伸べる時が来たのだ。

 これは『試練』だ。彼女達を正しい道へ導けという『試練』と風太郎は受け止めた。

 当時の馬鹿だった自分の成長は、彼女達を変える事ができて初めて成せたと言える。

 

 ───家庭教師として中野姉妹全員の卒業は勿論の事、彼女達を真っ当な人間に戻してみせる。

 

 彼女達はまだギリギリのところでグレーだ。限りなく黒に近いが完全に黒ではない。今なら白に戻れるんだ。

 あの時、涙を流していた二乃と四葉に風太郎は一縷の光を見た。戻れる筈だ。かつて出会った無垢な少女に。

 絶対に笑顔で卒業させる。今のようなやべー笑みじゃない。自分を変えてくれた黄金のような眩い笑顔で。

 

 それこそが自分にできる『彼女』への最大限の恩返しだ。必ず成し遂げてみせると風太郎は強く心に誓った。

 

 

 

(……とはいえ、どうすりゃいいんだか)

 

 彼女達を真っ当な人間にすると誓ったのはいいが、実際には中野姉妹と今後どうやって接すればいいのかすら分からないのが現状だった。

 それもそうだ。憧れと感謝を抱いていた思い出の少女が実は五つ子で、しかも家庭教師をする自分の生徒として再会して、驚くほどの馬鹿になっていて、おまけに薬を盛ってるやべー奴になっていて、ついでに『彼女』を含む姉妹全員と肉体関係を結んでしまったのだから。

 もう何を言っているのか自分でも分からない。頭がどうにかなりそうだった。何なんだこの状況は。

 

 そんな彼女達との関係に朝からずっと頭を悩ませていたせいか、気付けば放課後になっていた。

 碌に話を聞かず姉妹の事を考えて過ごしたせいでホームルームの時間でいつの間にか林間学校での肝試しの実行委員を任される羽目になり、風太郎は憂鬱な気分のまま図書室で独り勉強に励んでいた。

 勉強とは言っても、ただペンを動かしているだけなのであまり意味のない行為だ。英単語も文法も数式もほとんど頭に入ってこない。思考のほぼ全てが中野姉妹で占められていた。

 

(幸いにも、林間学校を挟むおかげで家庭教師のバイトは当分先だ。それまでにどうするか方針を決めないとな)

 

 ここ数日は日課となっている彼女達と行う勉強会は休止している。中間試験を全員無事に欠点回避ができたご褒美、という建前で林間学校までの期間は各自放課後は自由に過ごすように伝えていた。

 本来、家庭教師としてなら気を抜かず勉強をさせる方が正しいのだろうが性的欲求の満足感と学力が=で結び付いてるような連中に常識的な方法を取るなど今更無駄だろう。

 それなら目の前の自身の課題を片付けるのに時間を割いた方がいいに決まっている。結果的にそれは彼女達を良い方向へと導く事に繋がるのだから。

 

 しかし、こうして一日中思考を巡らせても問題が一向に改善される気配がない。

 学年トップを誇るこの灰色の脳細胞は残念ながら勉学以外では上手く働かないらしい。或いは、家族以外の人間関係を断ち切ってきた弊害か。

 人との付き合い方でこうも頭を悩ませる日が来るとは思いもしなかった。それも特大級に面倒な連中を相手に。

 

(……やっちまったんだよなあ、全員と)

 

 走らせていたペンを机に放り投げて大きく息を吐いた。否定したくてもできない彼女達と関係を持ったという事実が風太郎の肩に重くのしかかった。

 意識の有無や本人の同意はさておき、結局は全員と肉体関係を持ってしまった。世界広しと云えど世にも珍しい五つ子全員に襲われた男など自分くらいじゃないだろうか。しかも睡眠薬媚薬筋力による一方的な蹂躙だ。

 二乃の時点で既に彼女達と顔を合わすのに内心ではかなり躊躇したのに、今では全員コンプリートだ。場所も中野家から上杉家、更には屋外と広いラインナップである。

 全く笑えない冗談だ。今後、どんな顔をして彼女達と接すればいいのか。中間試験の時は解雇されるのを見越していたから何とかなったが、今は状況が違う。少なくとも卒業までは行動を共にする事になる。

 しかも関係を持った中野姉妹の誰かは間違いなく『彼女』だと判明しているのが尚更タチが悪い。本当に最悪だ。

 

 恋愛など学生の本分である学業から最もほど遠い愚かな行為だと唾棄している風太郎だが、決して性欲がない訳ではない。

 あれから毎日のように二乃と四葉との行為が夢に出て、その度に体が反応して朝起きたら風太郎のフー君がとんでもない事になっているし、憧れだった『彼女』と行為をしたという事実に何度も枕に顔を埋めてもがいたか分からない。

 その『彼女』の正体だって未だに誰か判明していない。あの写真をわざと見せてきた四葉が今のところは最有力候補であるが、他の姉妹も意味深な言葉を口にしていた為に断定は出来ない。

 『彼女』が誰かを一旦置いておくとしても、あの時どさくさに紛れて四葉に好きだと告白されたが、自分はどうすればいいのか。

 

 そもそも、彼女達全員が自分に肉体関係を迫った理由が分からない。

 仮に、そう仮にあの時の『彼女』が自分に思慕の情を抱いていて、五年間ずっとその想いを募らせ、そして再会した自分を見て箍が外れて行動に出たのなら理屈はまだ分からなくもない。本当は分かりたくもないが。

 だが、残りの四人は何だ。完全に初対面の筈だ。あんな常軌を逸した行為をする理由など全くないではないか。

 

 ダメだ。考えれば考える程、ドツボに嵌っていく。『彼女』との綺麗な思い出と中野姉妹のドス黒い愛執をコンクリートミキサーにかけてブチまけたような混沌だ。情報量があまりにも多すぎる。

 考える時間などいくら有っても足りない。

 

「フータロー君。さっきからぼーっとしてたけど、どうかしたの?」

「ずっと上の空」

「一花、三玖……」

 

 だが、そんな風太郎の悩みなどお構いなしに気付けば傍に現れるのがこの中野姉妹だ。

 どうやら集中し過ぎて周りが見えてなかったらしい。いつの間にか両隣の席に一花と三玖が腰掛けていた。相変わらず距離が近い。完全に体が密着している。椅子をずらして距離を取ろうとしたが、二人もすぐさま詰めて来るので早々に諦めた。この手のやり取りはもう何度目だ。

 

「勉強会は林間学校が終わるまでしないって伝えた筈だが」

「もちろん、フータロー君に会いに来たんだよ」

「最近、会う機会が減ってたから」

「……毎日顔を合わせているだろ」

 

 毎朝、中野姉妹の姉三人組が家の外で待ち構えているのに会う機会が減っているとはどういう事だと首を傾げたくなる。平日は家に居る間以外の時間は全て姉妹の誰かが傍にいるのに。

 これ以上会う頻度を上げるのなら、それはもう『おはよう』から『おやすみ』まで行動を共にするしかないだろう。そんなのは家族だ。彼女達を真っ当な人間に戻すという目的はあるが、流石に人生の半分をくれてやるつもりはない。

 

「フータローはいつもの勉強?」

「ああ……まあ、そんなところだ」

 

 中野姉妹今後の付き合い方について一日中頭を悩ませていた、なんてとでもじゃないが彼女達の前では口にできない。

 机の上に広げたノートを覗き込みながら腕を絡めて更に体を擦り寄せてきて来る三玖に適当に相槌を打ちながら風太郎はこの場をどう切り抜けるか思考した。

 

(クソッ、タチの悪い連中だ)

 

 柔らかい感触が二の腕を包み込む。慣れた、とは口が裂けても言いたくないが中野姉妹が共通する無駄にでかいあれだ。今までは敢えて意識しないようにしてきたが、改めて確信した。

 

 ──この姉妹、間違いなくボディタッチの際に故意にこの凶器をぶつけてやがる。

 

 しかも今日は普段よりも露骨だ。ただでさえ全員と関係を持った罪悪感やら誰かが『彼女』かもしれないという疑惑やらで意識せざるを得ない状況なのに。まるでこちらの心境を読まれた上で詰ませにかかっているような狡猾さだ。

 

「で、結局お前たちは俺に何の用だ?」

 

 出来るだけポーカーフェイスを保ちつつ風太郎は多少強引に三玖に絡まれた腕を振りほどきながら二人に目的を尋ねた。

 

「ほら、明日から林間学校でしょ? 色々と物入りだろうし」

「みんなでお買い物しようと思って。フータローも一緒に行こうよ」

 

 正直、また何をされるのかと身構えいたので拍子抜けした。

 

「そんな事か。悪いが遠慮しておく。買うような物も金もねえ。それに林間学校自体、どうでもいいしな」

 

 本当は給料も上がったので多少の買い物くらいの余裕は出来たのだが、それでも無駄遣いをするつもりは一切ない。林間学校なんて風太郎からすれば勉強する時間を取られる面倒なだけの行事だ。

 そんな事の準備の為に時間と金を費やすくらいなら勉強でもするか、中野姉妹をどうやってまともな人間に戻すかプランを練る方がまだ有意義である。

 何より、今は出来るだけ心の整理をしたい。こうして二人と話せているのも彼女達が意識のない状態で関係も持った二人だからだ。これが二乃と四葉なら間違いなくそのまま会話もせずに逃げていただろう。

 

「もう、そんなつれない事言わないでよ。そうだ。フータロー君に林間学校が楽しみになる話をしてあげるよ」

「楽しみになる話?」

「うん。この学校の林間学校にはある伝説があってね。最終日のキャンプファイヤーでダンスがあるのは知ってる?」

「いいや、初耳だ」

 

 余りにも興味がないのでまともに行事予定表すら見てなかった。しかし話の流れからして下らなさそうなオチが見えている。

 頭の緩そうな脳内ピンクの女子が好きそうな噂話の類だろう。

 

「そのダンスのフィナーレの瞬間に踊っていた男女は『生涯を添い遂げる縁で結ばれる』らしいよ」

「くだらない。非ィ科学的だ」

 

 どうせそんな事だろうとは思った。一花の話に呆れる風太郎だったが、対象的に彼女達二人の表情は真面目なものだった。

 

「私も、フータローと同じ感想だったけど……」

「なんだ。三玖は信じているのか? こんな与太話を」

「うん。だって本当だったから」

「私も信じているよ。だって身をもって体験してるからね」

「は?」

 

 急にそんな事を言い出した一花と三玖に風太郎は言葉では言い表せない何か、不気味なものを感じ取った。

 まるで彼女達と初めて出会った時に感じた恐怖と同じ……いや、それ以上のどす黒い何か。

 

「こうして五人でやり直せたのは、きっとあの時にみんなで触れていたからだと思う」

「指だけでこれなんだから伝説って凄いよね」

「うん。今度は前よりもっと深く繋がっていたら、もっと強くフータローと結ばれるよね。何度生まれ変わっても、ずっと一緒なくらい、強く永遠に」

 

 結局、風太郎は二人の言葉をその時は理解出来なかった。与太話だと思っていた彼女達の話を信じるようになるのは、もう少し未来。

 

 ちなみにその後、一緒に買い物に行くのを渋っていた風太郎だが一花に寝込みを襲われていた時に撮られたと思われる写真で脅迫されたので強制的に姉妹に同伴する事になった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。