とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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上杉君が伝説になる一日前の朝の話。


五つ子強くて?ニューゲーム 結び(物理)の伝説③

 彼が自分達の元を離れた要因は何だったのか。最初は考えても分からなかった。馬鹿な自分達に絶対に解けない課題を残して愛しの家庭教師は去った。

 今にして思えば、彼は姉妹が彼を巡って水面下で醜い争いをしていた事に感づいていたのだろう。

 最初は誰かに変装して嘘を吐いた程度だった。それが一人で済めば良かったのに、ならば仕返しにと今度は変装された側が変装した者に扮して彼に偽りを語った。

 女の戦いに卑怯なんて言葉はない。策に嵌った方が悪いのだ。繰り返される変化球による合戦は果てしなく続いた。

 猪突猛進をしていた彼女も姉と妹を見て自らのスタイルを棄てた。わざわざ正々堂々とストライクゾーンに珠を投げる必要なんてない。相手に死球をぶち込んで斃せば勝てるのだから。

 そして彼に好意を抱いていた上三人の姉達が争いをしている内に下の妹達もまた彼に惹かれていたのは至極当然の道理だったのかもしれない。三人が互いに牽制をしている間に二人の妹達は彼と接する時間が増えたのが要因だった。

 叶わないと諦観していた想いをずっと胸に押しとどめていた反動もあったのだろう。姉妹間や姉妹と彼の関係を調律し笑顔を浮かべていた彼女が参戦して時は更に争いは加速した。

 四人の姉と自覚した彼への想いを天秤にかけ、家族と恋とで揺れ動いていた想いがとうとう振り切れ最後の一人も意を決して戦いへと身を投じた。負ける気も譲る気も更々なかった。

 そこからはもう泥沼化だ。

 全員が全員、手段を選ばなくなった。姉妹から笑顔が消えていた。

 

 溢れる愛情。滲む嫉妬。底なしの独占欲。これらは止める事のできないものだ。姉妹が彼を求める限りそれらは決してとどまることは無い。

 

 そんな姉妹達に彼が憂いの色を滲ませた眼を向けるようになっていたと気付いたのは彼が消えてからの事だった。

 

 高校を卒業すると同時に彼は何も告げずに姉妹達の前から姿を消した。

 携帯に連絡をしても通じず、メールもアドレスを変えたのか届く事はない。

 彼の家族に聞いても強く口止めをされているのか要領を得る答えは得れず、何も手掛かりを得れないまま煙のように姿を消してしまった。

 

 彼と結ばれていたと信じて疑わなかった赤い糸がぷつりと切れていた。姉妹間の長い争いはそこで終戦となった。

 

 当時は全員、酷く焦燥していて苛立ちを隠せなかった。常にピリピリした空気を貼り付け、人を寄せ付けないでいた。

 彼に逢いたい。それだけが姉妹を動かす唯一の原動力だった。

 

 何度も何度も彼の家族に頭を下げ、涙を流して彼の所在地を聞いた。けど答えが返ってくる事はなかった。

 彼の数少ない友人、と言えるか怪しいクラスメイトの男子に脅迫紛いに問い質したが一蹴された。曰く、君たちは何も分かっていない、と。

 ただいたずらに時間は過ぎていき、それでも彼に辿り着く解は得れなかった。

 彼が消えた理由を誰かに押し付けようと互いに罵って喧嘩をした事もある。けど直ぐに虚しさが押し寄せて争う気力も失せた。

 それぞれ姉妹が掲げていた輝く夢も、彼を失った虚無感でくすみ堕落した無気力な毎日を送っていた。

 

 そして彼が消えて数年経ったある日だった。姉妹達の元に一通の手紙が届いた。

 内容は結婚式の招待状だった。眉を顰めて送ってきた相手の名前を確認すると高校三年の時のクラスメイトの女子だった。

 正直あまり話した事がなかった相手だ。名前を思い出すのにも時間がかかった。

 姉妹の中でコミュニケーション能力の高い二乃は何度か話した事があると記憶しており、意外にも三玖も覚えてた。

 彼が学級長に任命された日にベタベタとくっついていた女の一人だと彼女は瞳孔を開きながら語った。それを聞いて姉妹は全員苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべ、そして彼の事を思い出して憂鬱な気分になった。

 全く最悪だ。こんな紙一枚で気分を害された。半分八つ当たり気味にクラスメイトの女子の事など興味がないと返信もせずに招待状をシュレッダーにかけようとした。

 

 だが、そこに記載された新郎の名前に姉妹はみな目を見開いた。

 

 

 ───彼だった。

 

 信じられなかった。同姓同名の別人かと疑ったが招待状の裏面に印刷された男女は見覚えのある顔だった。

 

 意味が分からなかった。

 理解が追い付かなかった。

 悪い夢だと思った。

 

 だが何度頬をつねっても痛みだけが残りこれが現実であると理解した。

 

 

 

 

 そして理解したと同時に沸いた感情は───歓喜だった。

 

 全員が口元を歪めて声高らかに嗤いあった。こうして姉妹みんなで心の底から笑ったのは一体何時ぶりだろか。

 勉強以外は意外と不器用な彼の事だ。ちゃんと暮らせているのか心配だったが、どうやら元気なようだ。

 写真を見て彼が写真に写る事を極度に嫌っていた事を思い出した。盗撮を除いて彼が映った写真はそれこそあの時の家族旅行での写真一枚きりだろう。

 これは貴重な一枚だ。是非ともコピーして切り取って保存しなければ。

 

 数年振りに見た彼は姉妹の知る姿を少し違っていた。少し大人びたように見える。髪型も整えていて服装も正装だ。普段とはまた印象の違う彼に全員が思わず見惚れた。

 あの残念な髪型さえしていなければ、整った顔立ちをしているのだと改めて思い知った。

 しかしこれはこれで問題がある。自分達だけで堪能するなら未だしも、ただでさえ頭が良くて頼りになって背が高くてかっこいい彼が身嗜みを整えたら悪い虫が付かないか心配になる。

 まあ今はそんな心配をしても仕方がない。それよりも純粋に彼との再会の時を祝福しよう。

 

 ようやく会える彼に最初に掛ける言葉は何がいいだろう。

 

 久しぶりだね。

 全くどこに行ってたのよ。

 元気そうで良かった。

 お久しぶりです、上杉さん!

 もう心配させないで下さい。

 

 無難にこんな感じだろうか。それとも胸に燻るこの炎のように燃え盛る想いを言葉に込めて。

 

 ねえ、なんで。

 もう離さない。

 愛してる。

 二度と逃しません。

 ずっと一緒ですよ。

 

 こっちの方がいいだろうか。ああ、何しろ楽しみだ。

 久しぶりに彼と再会できると知って姉妹達は全員心が躍った。血が湧いた。体が熱くなった。生きているという実感がした。

 これが愛なのだろう。これが恋なのだろう。今日まで虚無感に苛まれて過ごしてきたのが嘘のようだ。

 つくづく重いものだと思い知らされる。こんな重い想いを募らせた責任は取ってもらうべきだ。

 

 フータロー君と会えるの楽しみだなあ。オシャレしていかないとね。

 

 王子様から招待状が送られてくるなんて童話に出てくるヒロインになったみたい。全くフー君も洒落た真似するわ。

 

 ヒロインなら、ドレスを着ないとダメだよね。フータローの為に用意しなくちゃ。

 

 三玖、用意するなら赤いドレスの方がいいよ。白いドレスだと汚れが目立っちゃう。上杉さんにそんな恰好見せれないよ。

 

 そうですね。赤なら目立ちませんから。上杉君に逢えるなんて今から楽しみです。

 

 淀んでいた五人の瞳に希望が宿った。明るく漆黒(くろ)い希望の火が。

 式に参加の旨を記入して姉妹は招待状を返した。もちろん、結婚式の招待状を返送する際のマナーはしっかりと心掛けている。

 

 丁寧に新婦の名前に二重線を引き、その上に五人の名前を書き込んでポストに投函した。

 

 

 

 

 

 だが、楽しみにしていた筈の式なのに当日の事は不思議とあまり思い出せない。

 四葉が懸念していたように赤いドレスを着てきて良かった、とだけは覚えていた。

 式の誰よりも目立つ赤いドレスは観客を魅了した。何せ自分達がヒロインなのだから。

 

 それともう一つ覚えている事がある。彼が自分達に送った言葉。

 

 "お前達には五人一緒にただ笑顔でいて欲しい。"

 

 何だ。そんな事だったのか。そんな些細な事で彼は自分達から離れてしまったのか。

 なら簡単だ。彼の望むままにすればいい。

 

 五人一緒に笑顔でいる。それはつまり永遠に六人でいるという事だ。

 

 ああ、なんて簡単な事なのだろう。

 

 そして、なんて壊れやすい願いなのだろう。平等しか許されない薄氷のような関係を永遠に望むなんて。

 

 だけど彼がそれを望んだ以上は叶えるのが自分達の役目だ。誰も選べないと言うなら選ばなくていい。

 一人しか選べないと言うなら五人で一人になればいい。

 元より自分達は何でも五等分にしてきたんだ。そんなのは慣れっこだ。

 

 

 そうだ。私が、私達が五等分の花嫁(パートナー)だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ────私は誰でしょう。

 

 その問いを何度されただろうか。

 その問いに何度答えただろうか。

 その問いを何度間違えたろうか。

 

 分かる筈がない。普段ですら名前を呼び間違えそうになるのに、一糸纏わぬ姿の同じ髪型をした五つ子を見分けるなんて不可能だ。これほど理不尽なゲームがあるのだろうか。

 確率は五分の一の確率なのに当てれない。正解が分からない。真実に辿り着けない。

 声も口調も体も握った手の感触も、五人全て同じ。全員があの日に出会った『彼女』だった。

 

 このまま意識を手放してしまえたらどれだけ楽だったろうか。五感全てを彼女達に掌握された今ではそれすらも叶わない。

 自分に馬乗りになって必死に体を動かす『彼女』の瞳を盗み見た。

 

 漆黒(くろ)い眼だ。目的の為なら何をするのも厭わない。そんな強い意志を感じる。

 きっとこれから未来永劫、彼女達からは決して逃げられないのだろうと察した。そう体に理解させられた。

 この身を手に入れる為に必要ならば家や親、資産や夢、人間性すらも捧げて構わないという覚悟が彼女達にはあった。

 そんな五つ子達に、最初から敵う筈がなかった。逃げられる訳がなかった。

 

 いっそ彼女達が望むままに快楽に身を沈めればいいのだろうか。

 黒い泥のような諦観が胸の中にじわりと広がる。

 抵抗は無駄だ。彼女達の見分けなんて付かない。全てが『彼女』なんだ。

 もう何もかも受け入れてしまおう。

 

 そのまま跨る彼女に手を伸ばそうとして……。

 

 ────長い年月を経て、その者の仕草、声、ふとした癖を知ること。それはもはや愛と言える。

 

 そんな時、誰かの言葉が頭蓋の奥に浮かんだ。

 誰に言われた言葉か思い出せない。或は”まだ”誰かに言われていない言葉。

 なんだ、これは。本格的に頭がどうにかしてきたのかもしれない。

 

 ────それは一朝一夕ではできん。お主は何のために……を見分けたいんだ。

 

 馬鹿げた問いだと風太郎は思った。

 そんなもの決まっている。この狂ったゲームから抜け出すためだ。それ以外にどんな理由があると言うのか。

  

 ────見分けられるようになって、お主がしたいことはなんだ。

 

 自分がしたいこと。その問いに対して今度は直ぐに答えが浮かばなかった。

 仮にこのゲームから抜け出せて一旦は彼女達から解放されたとして、自分はどうしたいのだろう。

 普通の人間なら真っ先に逃げる選択肢を選ぶ。自分だってそうだ。現に中間試験の時は彼女達から逃げようと策を弄した。

 

 なのに、何故か今は彼女達に背を向けたくないと感じている。

 確かに彼女達から逃げるのは無理だと思った。だからといって逃げようとすらしないのはおかしい。

 負けず嫌いな性格だと自覚しているが、それでもあんなヤバい連中からは今すぐにでも逃げるべきだ。

 あらゆる手を使って己の肉体を弄んだ連中を相手に背を向けたくないなんて、こんなの正気じゃあない。どうかしている。

 

 理性では分かっている。だけどそれとは別の部分で逃げたくないという想いが上回っていた。

 

 彼女達から"また"逃げるなんて出来ない。そんな自分でも理解のできない意志が胸の中で消えずに灯っていた。

 

 ───お主に……と向き合う覚悟はあるか。

 

 覚悟はあった。あったつもりだった。でも足りなかった。全く届いていなかった。彼女達の意志は自分の想像を遥かに上回っていた。

 つくづく実感した。自分は彼女達のことを何も知らなかったと。

 

 何も、知らない……ああ、そうか。

 

 頭の中で空回り続けていた歯車がようやく噛み合った。

 この期に及んで自分がまだ彼女達をどうにかしようとしていた理由がほんの少しだけだが解ったような気がする。

 

 涙を流す四葉を咄嗟に慰めたのは、姉妹の中に『彼女』がいるからだと思い込んでいた。

 だけど忘れもしない花火大会の日。同じように涙を流す二乃を抱きしめていたのは何故だ。

 当時はまだ『彼女』と姉妹を結び付けてなかった。それなのにあんな行動を取った。

 

 ただ、純粋に知りたかっただけなのかもしれない。過去の彼女達だけじゃない。今の彼女達も。

 

 あの時の衝動的な行動に敢えて理由を付けるならそうなのだろう。

 

 

 ───私は誰でしょう。

 

 再び審判の時がきた。何度も答えを導けなかったどんな数式や文法よりも厄介な難問。

 何度も正解できないのは、彼女達を見分けるのに理屈や理論が通用しないからだろう。

 それこそ先の言葉を信じるなら"愛"なんてものが必要なのかもしれない。

 

 少し前の自分なら無縁のモノだと鼻で笑っただろう。けど皮肉にもそれは彼女達に指摘された事で自覚してしまった。

 

 認めよう。過去の『彼女』に抱いたのは確かに思慕の情だった。果たしてそれを今の彼女達に対しても未だに抱いているかは自分でもまだ判らないが。

 恋と愛との違いなど哲学者にでも語らせればいいが、少なくとも似たような物だとは思う。これがゲームをクリアする僅かな希望に成り得るかもしれない。

 

 本当に勘弁して欲しい。恋だの、愛だのと。不得手な科目だ。教科書や参考書の知識ばかりを頭蓋に詰め込んできた自分には到底、理解できない。

 これで当てれなかったら金輪際、この手の戯言は信じないだろう。全く馬鹿馬鹿しい。

 

 だが、一度くらいはそう言ったものに頼るのも悪くはないと思った。現状は他に打つ手がないんだ。試してみる価値はある。

 

 改めて、風太郎は自身に跨る彼女を凝視した。

 僅かな仕草も見逃さないよう、体の隅々まで眺め、そして手を伸ばして彼女の頬に指先でそっと触れた。

 すると、ピクリと彼女の体が震えた。まさかこちらから触れてくるとは想定してなかったのだろう。

 その僅かな動揺で、姉妹の一人の姿が目の前の彼女と重なって見えた。

 

 この感覚は以前も似たような事があった気がする。妙な既知感を覚えながら幻視した彼女の名前を口にした。

 "前回"と違って、今度は自信を持って、はっきりと。

 

「──三玖、だろ」

 

 目を見開き、彼女の表情が固まった。

 けどそれは一瞬で、漆黒を灯した瞳に光が差し、目尻に一滴の涙が浮かんだ。

 

「当たりっ」

 

 ウィッグを外して満面の笑みで抱き付いてきた三玖に風太郎は動揺と同時に安堵しながら口元を緩めた。

 

 

 この時、風太郎は緊張が解けて周りが見えていなかった。全裸で抱き合っている事もあり、感極まってそのまま第二回戦に突入した三玖を相手にそれどころじゃなかった。

 他の四人、特にその中でも表情を無にして二人の様子を眺める彼女に気付く事が出来なかった。

 

 

 

 


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