人は決して平等ではない。それが例え同じ顔をした五つ子でも例外ではなかった。
性格が違う。特技が違う。趣味が違う。足の速さが違う。
なのに好きな人は同じ。闘争は必然だった。
そして闘争の果てがあの結末だ。勝者など何処にもいない。姉妹全てが敗者となった。
だから偶然にも『二度目』を手にした彼女達はその時に五人で誓い合った。
誰も勝者になれないのなら全員で勝者になればいい。
それに彼が言ったのだ。五人一緒にいて欲しいと。教師の教えを守るのが生徒というもの。
だから全員が同じ相手に愛情を求める以上は五人全員が平等であるべきだ。そうでなければならない。
姉妹で五等分に。彼から与えられる愛も、幸福も、悦びも、時間も、彼の全ても。
───にも拘らず同じ格好をした状態で一人だけが姉妹の中で見分けられた、などという事があっていいのだろうか。
否。断じて否だ。そんな事はあってはならない。それは平等ではない。
彼女達にとって見分けられる、というのは特別な意味を指す。そこに"愛"があって初めて中野姉妹は見分けられるのだ。
姉妹達は祖父から続くその言葉を信用していたし、事実今までもそれは正しかった。
自分達をノーヒントで見分けれる母や義父、そして祖父は家族"愛"を持っていた。
ならば、家族でない彼がどうして自分達を見分けられたのか。それは"愛"があったからに他ならない。
しかしそれは想定外だ。彼に自分達を見分ける事は不可能だと姉妹達は踏んでいた。少なくとも今はまだ。
正直なところ多少強引に彼との関係を進めてしまったと一応は自覚している。
自分達からの彼に対する一方的な愛はともかく、彼から自分達へ同じような感情が向けられていると楽観視できるほど盲目ではない。
そもそも、この状況自体が姉妹にとってはイレギュラーだった。
本来の計画ではもっとじっくりと関係を煮詰めるつもりであった。
彼女達だって乙女だ。無理矢理などではなく、想い人とは真っ当な恋愛をした上で相互に想いを寄せて結ばれたいという願望はある。
ただ、ほんの少しだけ愛が人よりも重く深いだけだ。
だから彼と真っ当に結ばれる為に『二度目』を迎えた時から計画を練り始めた。
まずは彼と結ばれた時に将来的に大きな障壁となるであろう父には予め布石を打った。
正しい事ばかりを口にする人だが、幼い自分達に対しても同じように正しさを説かないだろうと考えた。結果は予想通りだった。はっきりと言った。彼の傍に五人で永遠にいてもいい、と。
言質は得た。録音もしたしその場で第三者の江端もあの会話を耳にしている。幼い時の些細な会話など何の効力もないように見えるが、あれで意外と自分達に甘い人だ。最終的には間違いなく折れる筈だ。
まあ折れなければ折るつもりだが。
親からの許可も無事に得たので後は好きにさせて貰うだけだ。
次に問題の彼だ。慎重に確実に大胆に射止める必要がある。
最初に仕込みから入った。京都のファーストコンタクトで自分達を『思い出の少女』として念入りに印象付ける。
当時の初心な彼なら手を握るなどして積極的に肉体的接触を行えば自分達を強く記憶に残す事が出来るだろう。子どもの時に芽生えた淡い想いは五年後再会して正体を明かした時に実を結ぶ筈だ。
本当なら最初から五つ子である事を明かして五人で共に行動したかったが、当日は半日程度しか彼と一緒にいられない。五人だと個別に印象に残らない可能性がある。
だから『思い出の少女』という役割を五等分にして五人で入れ替わりながら彼の初恋の人として記憶に刻み付ける。
そして次に高校で再会した時だ。五年前に撒いた種の収穫の時でもある。
この時には既に勉強星人の彼は恋愛に否定的で一見ガードが堅いように思えるが実はそうではない。攻略の決め手は速攻だ。
出会った当初は自分達姉妹を異性として多少は意識していた節があった、と前回の時に彼を屋上で呼び出した三玖が姉妹に語っていた。つまりこの時点では意外と攻めが通るのだ。
皮肉にも前回は姉妹達が彼に対して心を開き惹かれるに連れて、彼は姉妹達を異性として見なくなっていく反比例が起きてしまった。
再び意識して貰うのに時間を要したのは前回から反省すべき点だ。姉妹間の戦争が泥沼化したのも早期に彼に惹かれていた姉組が彼を射止めきれなかったのが原因の一つでもある。
その反省を活かし今回は速攻でいく。再会して最初のアプローチさえ上手くいけば簡単に靡いてくれる筈だと確信していた。
だが速攻とは言え焦りは禁物だ。慎重に、そして大胆に。敢えて最初は『思い出の少女』という事を伏せる。
そうする事で彼は初対面だと思い込んでいる姉妹達が妙に好感度が高い事に疑問を持つだろう。疑問は関心であり、知りたいと思う心はやがて大きく育つ。
そして機を見計らって彼に告げるのだ。私達が君の初恋の相手である『思い出の少女』だと。
ここまでくれば勝ちだが、まだ油断はしない。慢心は死を招く。
更に念には念を入れて早期の段階で彼の家族と交友を深め、彼の家庭でも囲いを作る。将を射んとする者はまず馬を射よ、とはよく云ったものだ。自分達はもう愚者じゃない。賢者は歴史に学ぶものだ。
彼の家族周りに加えて同級生に対して広い顔を持つ二乃や部活動に積極的に参加している四葉が友人や先輩後輩にそれと無く中野姉妹と彼が親しい関係であると流布して学校でも噂をされるように下地を用意する。
こうして第三者を介する事によって噂の信憑性や信頼性を高め自分達に意識するよう働きかけるウィンザー効果も狙う予定だ。
周りの評価など気にしない彼には効果が薄い可能性もあるが、それならば更に別のプランに移行するだけだ。状況によって三十一のプランが設定してある。特に彼は妹のらいは関連が緩いのでそこが狙い目だ。
そして彼がこちらを意識してしまえば後は簡単だ。焦らずじっくりと味わう。
それぞれ姉妹が前回の時に経験した彼との好みシチュエーションで好きなように結ばれるだけだ。
閉じ込められた倉庫の中で役作りの為のベッドシーンの練習(本番)をするのも良し。
一緒に混浴に入ってフー君のキンタロー君を思う存分洗って奉仕してあげるのも良し。
彼を自分の部屋に泊めて寝ぼけたフリして同じベッドに入り込み合戦をするのも良し。
一日デートを楽しんだ後に公園の遊具を使った童心を忘れないプレイをするのも良し。
彼の家に泊まり込んで彼の家族が寝ている前でスリルある夫婦の営みをするのも良し。
想像するだけで口元が緩み、体が火照った。私たちには薔薇色の性春が待っている。
正に盤石の布陣だ。この中野姉妹に弱点はない。
姉妹全員が自身の持つ情報という手札を共有し、カードの切り方さえ間違えなければ自分達が他の女に彼を奪われる要素など万が一にも存在しないのだ。
完璧な作戦だ───彼女達が理性を上回る愛欲を持っていたという点に目をつむれば。
予定が狂い始めたのは京都での事だった。
『思い出の少女』として彼の記憶に鮮明に刻むのに重要な任務だ。
失敗は有り得ない。五人でおバカな知恵を必死に絞って出し合った完全無欠のプラン。そしてその先にある彼と結ばれる未来への栄光のロード。
しかしそれは、僅か一つの過ちで断たれることになる。
入れ替わり立ち代りで彼と京都を回り休憩を取ろうと公園のベンチで二人で並んで座った時だ。
あろう事か、彼と一緒に居た姉妹の一人が我慢できずに彼を眠らせて寝てる彼の手を自分を慰める為に使ってしまったのだ。
下手人曰く、魔が差した、との事だった。
この時点での抜け駆けは決して赦されない。推定無罪であっても即
現時点でしか拝めない貴重な金髪ピアスの悪ガキバージョンの彼と手を繋いでいたんだ。まだ誰にも汚されていない無垢な彼と。
そんなのは腹の空かせた野犬の前に餌を置いて待てを命令するようなものだ。我慢できる筈がない。
誰だってそうする。私だってそうする。四人は彼女の罪を赦した。
それに抜け駆けした彼女への罰など無防備に寝顔を晒す彼の前では些末事でしかない。
残りの四人も我先にと寝てる彼の手を使って思う存分に発散した。
この時に敢えて口付けをしなかったのは、本当に抑えが利かなくなると流石に姉妹達も理解していたからだ。まだ手で済んだだけ当時の彼女達には良心があったのかもしれない。
全員行為が終わった後は余韻に浸りながら記念に写真を撮っていた。至福の時とはまさにこれを指すのだろう。
初めて彼の手に普段は触れられない箇所を当てた時の感触と愉悦は鮮明に記憶に残っている。物持ちのいい姉妹の一人は未だに当時ビショビショにした下着を今でも愛用しているくらいだ。
──ああ、やっちゃった。
五人全員、体の火照りが引いた後に少々後悔していた。所謂賢者タイムだった。
彼女達は乙女であるが、その前に女だった。いや獣だった。しかし誘惑に弱いのは性分だ。
成すべき事より成したい事を優先するから勉強ができないアホ姉妹なのだ。人の本質はそう簡単には変わらない。
まあ。やってしまったものは仕方がない。どうせ五年後にはこれより凄くて激しい事を彼と毎日ヤる予定なんだ。今日はその来るべき未来に向けたリハーサルという事でいいだろう。
気を取り直して姉妹達は彼が起きるまでの間、彼の体を隅々まで触診した。
しかし、この出来事が後々大きく計画を揺るがす弊害となってしまった。
五年だ。前回と同じ運命を辿ったとしても彼と次に再会するのは高校二年の秋。今から五年も先の未来になる。
耐えれる筈がなかった。直接その身に彼の温もりを知ってしまった以上は我慢など出来る訳がない。なのに物理的な距離が彼と姉妹を引き離す。どんなに逢いたいと願っても彼に逢えない。
一日、また一日と時間が積もるに連れて彼の想いも濃く深く強く熟成していく。
そして五年経ち彼と再会を果たした運命の日。彼女達は弾けた。
やり過ぎたとは思っている。本当はもっとプラトニックな関係を結びたかったのに。彼の心が欲しかったのに。無理矢理彼に跨って嗚咽を漏らしながら腰を振るった。
でもどうしようもないのだ。我慢が出来なかった。それだけ彼に触れられた感覚は姉妹にとって麻薬だった。一度知れば、もう戻れない。
彼との相思相愛計画はぐちゃぐちゃになり、肉体だけで結ばれた歪な関係になってしまった。けどそれでも構わなかった。
彼を盗られた喪失感を彼の体の温もりが埋めてくれるなら、心は後ででもいい。今は体だけも───。
そんな中で投じられた彼が三玖を見分けた、という事実は他の四人を大きく揺るがした。
彼の愛が誰にも向けられていない、全員が体だけの関係は確かに平等と言えた。
だからこそ姉妹達の絆は強固だった。ならばこれは当然の帰結だった。
一人だけを見分けられた? 許容できる筈がない。そんな事、誰が赦せるものか。
気を失っている彼と、それに覆い被さるようにして幸せそうな表情で眠る三玖を四人は漆黒の眼で捉えながら拳を握り締めた。
「ぐっすり眠っちゃって……フータロー君、勘違いしているようだね。まだ私達の五つ子ゲームは終了していないよ」
◇
あの後、何度も三玖に求められて体力の限界が来たのだろう。気付けば気を失っていた。
姉妹の中でも特に非力な三玖に気絶するまで一方的に蹂躙されてたなんて情けないと思われるだろうが、最初は五人が相手だったのだ。むしろ元々の貧弱だと自覚している風太郎からすればよく耐えた方だろう。
彼女達を捌ききれたのも、偏に男子高校生特有の精力があってこそだ。
同年代と比べてそう言った欲求は薄い方だと思っていたが、最近は給料が上がって上杉家の食生活が改善された事によりタンパク質を前より摂取できるようになったので人並み程度に欲求が戻ってきたようだ。
そうでなければ今頃、あの五人によって吸い尽くされて布団の上で事切れていた可能性がある。そんな不名誉な死に至らなかったのも給料を上げて貰った中野父のおかげだ。正に命の恩人とも言えるだろう。
礼を言いたいのは山々だが流石に娘との歪な関係を考慮すると、どんな顔をして会えばいいのか分からないので遠慮しておくが。
何はともあれ、無事にイカレたゲームは切り抜けた。晴れて自由の身だ。昨日のあれを超える試練など流石にないだろう。
今朝起きた時は股間と腰は痛いし眠気は凄まじいしで最悪のコンディションだったが、旅行前に四葉と五月に渡された栄養ドリンクを飲んだら随分と楽になった。
ああ、体が軽い。こんなに清々しい気分で林間学校の二日目を迎えるとは思わなかった。
そうだ。もう恐れるものは何もない。何も怖くない。昨日はアクシデントであの姉妹と同じ部屋になるなんて事があったが、今日からは男女別々の部屋だ。
あの中野姉妹も男子の部屋に侵入して事に及ぶような真似はしない筈。
とにかく姉妹の事は一旦忘れて思う存分、残りの林間学校を楽しもうじゃないか。それにらいはへの楽しいお土産話を持ち帰る約束が残っている。
間違っても昨日の狂気を思い出話として語る気はない。あんなのを話せばドン引きされるに決まっている。
ならば勝手に任された肝試し係を全力で務めて同級生たちを恐怖のどん底に陥れた話をしてやろう。
そう意気込んで夜の肝試しを迎えた風太郎だったが、もちろん彼に安泰の時など訪れる筈もなかった。
「……一応、聞くがどうしてここにお前がいる」
「私も肝試し係だからだよ」
さしずめ『更屋敷のお菊』といったところだろうか。やけに似合う白装束をした三玖に風太郎は額に手をやって呆れた。
どうせ絡まれるとは分かっていた。今更、彼女達から逃れるとは思っていないし、もう逃げる気もない。向き合うと決めたんだ。
だが、せめてもう少しインターバルを設けて欲しい。
半日前に柄にもなく愛だの恋だのと頭を悩ませてやっと正体を見破り、まるでそのご褒美かと言わんばかりにズッコンバッコン大騒ぎした相手の顔を直視できるほど風太郎の神経は図太くなかった。
「ねえ、一つ聞いてもいい?」
「なんだ」
「昨日の五つ子ゲーム、どうして私だって分かったの?」
「……適当に答えたら当たっただけだ。所詮は五分の一の確率だしな」
頭の中で謎の声が聞こえて、そいつが愛があれば見分けられるなんてほざいたなど、口が裂けても言えない。
おまけに自分がそれに従って、挙句に見事当てただなんて。
そんな告白紛いの事を口にできる筈がない。
三玖と顔を合わせないように後ろを向いてぶっきらぼうに答えた風太郎だが、彼の耳が後ろからでも分かるくらい真っ赤になっているのを見逃す三玖ではなかった。
「ありがとう、フータロー。私を見つけてくれて」
「……っ」
後ろから抱きしめてきた三玖に心臓が止まるかと思った。
互いに仮装用の生地の薄い衣装を着ているせいか、体の感触がいつもよりもダイレクトに感じた。
ただ抱き着かれるだけなのに、脈が速くなる。これ以上に凄まじい事を彼女達とはもう何度もした筈なのに。
何なんだ。この胸の高鳴りは。この身体の芯から発する熱は。
本当に俺はこいつらの事を───。
そこまで考えてはっと首を振ってどうにか冷静さを取り戻した。流されてはダメだ。何を妙な事を考えている。
それにこのままくっ付かれていると不味い。もうじき肝試しが始まって誰かに見られるかもしれない。
ただでさえ最近は学校でも転校生の五人姉妹を侍らかすやべー奴なんて不名誉な噂話が流れているというのに。
他人からどう思われようが構わない。だが間違っても、らいはがその与太話を耳にするのだけは勘弁して欲しい。
今でもあの姉妹とは随分と仲がいいのに余計な勘繰りまでされたらたまったものではない。
後ろから手を回して離れないように抱きつく三玖をどうやって離すが悩んでいると、更に彼女から追い打ちがきた。
「私はフータローが好き」
「なっ」
手を振りほどきながら振り向く風太郎に三玖は構わず言葉を続けた。
「みんなを好きになって欲しかった。みんなを愛して欲しかった」
漆黒を宿した瞳が風太郎を射抜く。
「だけど本当は違う。私だけを好きになって欲しい」
「お前は何を……」
並々ならぬ圧を放つ彼女に思わず後退りした。
すると逃がさないとばかりに一歩、彼女は近付く。
「他の女の子の話はしないで。他の女の子は見ないで」
「一花や二乃や四葉や五月のことも……私だけを見て欲しい。そう言ったら、フータローはどうする?」
「三玖、俺は……」
様子のおかしい三玖を何か宥めようと言葉考えて彼女の顔を凝視した。
すると、何か妙な違和感を感じ取った。何かがおかしいかは分からない。
だけど何かがおかしい。
そしてその違和感は、そのまま思考する間もなく言葉になって風太郎の口から洩れ出ていた。
「───違う。お前は誰だ?」
三玖の口元が空に浮かぶ三日月のように歪んだ。
どうやら二日目の夜も長くなりそうだ。