とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

35 / 48
伝説の上杉君の伝説。


五つ子強くて?ニューゲーム 結び(物理)の伝説(終)

 その学校の林間学校には昔からある伝説があった。

 最終日のキャンプファイヤーで行われるダンス、そのフィナーレで踊っていた男女は『生涯を添い遂げる縁で結ばれる』というものだ。

 伝説だなんて大袈裟な言い回しだが、どこの学校にも似たような噂話が一つや二つはあるだろう。

 これもそんな与太話の一つだ。本気で信じている人間はそう多くはない。

 結局のところは青春を謳歌する為のアクセントに過ぎないのだから。

 

 そんな『結びの伝説』であったが、今となっては異なる内容で語り継がれるようになった。

 人から人へと伝達するのだから話が尾ひれはひれをついて変貌するのはそう珍しくない。これもそうだ。

 

 ダンスのフィナーレで男女共に触れ合っていたのなら踊る必要はない。

 それが男女であるのなら二人以上でも構わない。むしろ多い方が良い。

 より深く触れ合っていたのなら、男女の魂は繋がれ何度生まれ変わっても未来永劫共に在り続ける。

 

 と言った具合に随分と話のスケールが大きくなった。生涯どころか輪廻に囚われ永劫の時を共に歩むなんてロマンチックな話もここまでくればもはやホラーだ。誰もやりたがらないだろう。

 何故ここまで元の話よりも飛躍した解釈で伝わるようになったのか。

 それには起源となった、とある人物がいた。

 伝説を刻む人間は時に英雄視される事がある。彼もまた英雄だったのだろう。

 己が身に生やした剣一本を頼りに彼は最後まで戦いヌいた。

 

 曰く、彼は頭がよくて頼りになって背が高くてかっこいい。

 曰く、彼は五人もの女子生徒を毎日引き連れて卒業まで過ごした。

 曰く、彼を囲うその五人の女子は世にも珍しい五つ子姉妹で見分けが付かないほど似ていた。

 曰く、彼だけは唯一彼女達を瞬時に見分けることができた。愛の成せる特技だった。

 曰く、彼は彼女達姉妹を愛し、姉妹達もまた彼を深く愛していた。

 曰く、彼と姉妹は深い繋がりを経て真の"結び"を体現した。

 曰く、それが原因で六人とも退学になりかけた。

 

 

 曰く、曰く、曰く……。

 どれが真でどれが嘘なのか。それは当時の人々しか知らない。

 どれも真実かもしれないし、或いは全てが偽りかもしれない。

 だがその真偽は別として『結びの伝説』は、今では彼を指し示す名詞として語り継がれるようになった。

 

 

 ◇

 

 

 『結びの伝説』などという下らない非ィ科学的な与太話を信じるつもりはない。ダンスを踊っていただけで生涯結ばれるなどアホらしい。

 普段の風太郎ならそう鼻で笑っていただろう────それが他人事であったのなら。

 残念ながら、この馬鹿げた伝説とやらを本気で実行に移そうと企む超弩級の馬鹿が五人も身近にいるせいで全く笑えなかった。

 

 ただ単に一緒にダンスを踊るだけだったら何も問題はなかった。この林間学校に参加できたのも彼女達のおかげではあるのだし、それくらいは付き合っても構わないとは思っている。

 だが、あの姉妹達が独自解釈をした『伝説』に付き合うとなると話は別だ。手を繋ぐだけで済む筈がない。

 きっとあらゆる部分を連結合体するハメになる。もちろん五人全員と。これまでの経験から彼女達が成し遂げようとしている未来図が風太郎には容易に想像できた。

 全く冗談でない。彼女達は林間学校を一体何だと思っているのだろうか。学校の泊行事は決して保健体育の実技演習ではないのだ。

 しかし彼女達が"結び"を物理的に結ばれる事だと解釈するほど脳内がピンクで染まっているとは思わなかった。思いたくなかった。

 確かにキャンプファイヤーのフィナーレで物理的に結ばれている男女がいたら間違いなく伝説にはなるのだろうが、そんな不名誉な伝説で語り継がれるなど末代までの恥だ。

 

 ……まあ、流石に中野姉妹もそこまで馬鹿でも恥知らずでもない筈だ。繋ぐにしても人目の付かない場所に連れ込んで行うと考えるのが妥当だろう。

 

 とにかく、彼女達の伝説実行を何としても回避しなければ。

 この林間学校、五人全員でのリンカン学校から始まり各個人にそれぞれ肉体を求められ、風太郎のフー君はとうに限界を迎えていた。もう彼の体はボロボロだ。これ以上彼女達の相手をするのは不可能だ。

 特に最後の一戦。四葉との雪原での戦いが一番身を削った。

 

 神の肉体を持つ四葉相手に持久戦は不利。だから短期決戦に持ち込もうとした。

 彼女達姉妹が共通する弱点を利用し、一花や二乃の時のように戦況を有利に運ぼうとした────それが間違いだった。

 自身に覆い被さり興奮した四葉の隙を見て半ば強引に口付けをした。これで彼女の暴走が止まると信じて。

 迂闊だった。愚かだった。神を試してはいけなかった。

 四葉の反応は一花の涙とも二乃の驚愕とも違った。

 

 そこにあったのは恍惚を帯びた歓喜だった。

 

 箍が外れた、と表現するのが正しいのだろう。今まで溜め込でいた何かを吐き出すかのように、積年の想いを全てぶつけるかのように。

 四葉は想いと欲望を溢れるがままにぶちまけてきた。

 

『上杉さんっ、上杉さんっ上杉さんっ……』

 

『…………風太郎君っ!』

 

 何度も何度も己の名前を呼んで。

 あの時、何故彼女は一度だけ苗字ではなく名前で呼んだのだろうか。それが妙に印象深かった。

 あの瞬間、四葉がかつての彼女の姿と重なって見えたのは気のせいだろうか。

 

 そこからは先は殆ど記憶がない。気付けば元の自室のベッドで寝かされていて、時計を見れば自由行動の時間は終わっていた。

 まるで泡沫の夢のようだ。五月とのナニや四葉とのアレは全部が夢で本当は一日中ここでずっと寝て過ごしていたのではないだろうか。そう思ってしまう程に。

 

「……そんな都合のいい事がある筈ないか」

 

 夢だと思ってしまいたいのは山々だが、残念な事にあの出来事は全て現実のようだ。顔を洗おうと洗面台の前に立つと鏡にその証拠が写っていた。

 例の五つ子ゲームで判明した事だが、あの姉妹は事を成した後に痕を残すらしい。首筋の左側に今日付けられたと思わしき二つの真新しい痕が残っていた。因みに右側には初日で付けられた痕が五つ綺麗に並んでいる。まるで首輪だ。

 わざわざ人目に付く首筋に付けるのは彼女達なりのマーキングとでもいったところか。昨日、飯盒炊飯の時に同級生達が自分を見て何かコソコソと話していたのを目撃して気付いた。

 

 前までの風太郎なら首筋に痕を付けようが、誰も気には止めなかっただろうが今は状況が随分と違う。

 全くもって不名誉な事だが風太郎に対して『あの五つ子転校生を全員侍らかせているやべー奴』なんて噂が蔓延しているのが現状だ。

 そんな自分が首筋に五つもキスの痕を残した状態で林間学校に途中から五つ子と一緒に参加したとなれば他者からどう思われるかなど猿でも判る。

 

『上杉風太郎は五つ子でリンカン学校した後に何食わぬ顔で姉妹と林間学校に途中参加するやべー奴』

 

 そう思われても仕方がないだろう。これが事実無根なら良かったのだが全て事実なのだから救いがない。

 もとより学校で孤立していたと自覚していたが、この噂のせいで自分は今後五つ子以外から完全に距離を置かれる存在になるだろう。

 少なくともこの高校生活の間で自分に話しかけてくる生徒が現れる事などないに違いない。もし声をかけてくるような物好きな奴がいたらそいつと友人になってもいいのかもれない。まあないだろうが。

 

「あまり時間はないな」

 

 林間学校の締めとなるキャンプファイヤーは刻一刻と迫っていた。審判の時は近い。彼女達の企みを何とかしなければ。

 ……とは言っても取れる手段は多くない。キャンプファイヤーに参加するか否か。その二つだ。

 そして参加しないという選択肢は絶対に選んではいけない。一見、安牌にも思えるがそれは違う。罠だ。これは大よそ考えうる中でも最悪の結末だ。

 行事に参加しない場合、どうしても理由は必要になる。仮病を使うのが一番無難だろう。

 仮に体調不良を教師に訴えて何処か個室で寝かせてもらうようにしたとしよう。

 そうすれば間違いなくあの姉妹は部屋に侵入してくる。鍵を掛けようが関係ない。そんなものは姉妹にとって障害に成り得ない。

 ベッドの用意された部屋で待機するなど彼女達からすれば鴨が葱を背負ってくるようなもの。待ち受ける未来は五人による蹂躙。そうなれば風太郎の体は持たない。

 

 となると残された方法は最初から一つしかない。

 

「キャンプファイヤーに参加する。そこでケリを付けてやる」

 

 逃走は不可。ならば正面から迎え撃つのは必然と言えよう。もはや戦うことでしか生き残れない。

 思えばあっという間の日々だった。彼女達と出会ったあの日。否、彼女達と再会した忘れもしないあの日から。

 

 何度も姉妹に襲われた。

 何度も唇を奪われた。

 何度も恐怖を感じた。

 何度も何度も何度も何度も。

 

 まるで風が吹き抜けるかのように、激動の日々は過ぎ去っていった。

 

 永遠にも思えたあの永い夜を打ち勝ち、姉妹からの試練を乗り越え、そして迎えた最終決戦。

 これが最後だ。いい加減、決着を付けよう。

 

 五年前から続いた数奇な運命に。

 全て始まりである必然の再会に。

 五つ子達が向ける漆黒の想いに。

 この胸に芽吹いた奇妙な感情に。

 

 

 ───全てに因果に決着を。

 

 

 ◇

 

「あ、フータロー君だ」

「遅かったじゃない」

「フータロー、こっちだよ」

「上杉さん、待ってました!」

「これで役者は全て揃いましたね」

 

 キャンプファイヤーの行われている広場に足を踏み入れると早速あの五つ子達に発見された。

 妙な話だ。まだこちらからの姉妹の姿は見えてもない筈なのに直ぐに勘付かてるなんて。あの姉妹は五感以外で自分を捉えれる潜水艦のソナーのような探知能力が備わっているとでも言うのだろうか。

 

「待たせたな」

 

 揺らめく炎を背に集う中野姉妹はこうして見ると圧巻だ。ゲームなど久しくやっていないがRPGで魔王と対峙した勇者になったような気分になる。五人全員が獲物を捉えたかのような狩人の眼をしていた。

 ひしひしと彼女達から強烈なプレッシャーを感じる。ここで勝負を決するのは向こうも同じのようだ。

 それほど彼女達にとって『結びの伝説』とやらは優先度の高い代物らしい。あんなオカルトを信じるつもりはないが、姉妹がこうも必死な様子を見ると本当に何かあるのではないかと勘繰ってしまう。

 

「さっ、始めようか」

「早くシましょ」

「善は急げだよ」

「一緒に踊るって約束しましたよね」

「こっちですよ」

「ま、待て!」

 

 ここまで来たのだから今更逃げ帰るつもりはないのだが、五人に包囲されると後退りしてしまう。

 そもそも、姉妹は何故キャンプファイヤーとは真逆の薄暗い林の方へと連れていこうとしたのだろうか。

 いや決まっている。明らかに人気のない場所へと連れ込む気だ。そうなれば終わる。

 彼女達の企みを阻止しようと、四方八方伸びる手に拘束されそうになりながらも何とか振りほどき体を捻って五人の包囲網から抜け出した。

 

「どうしたの? フータロー君」

「どうして私達を拒むの?」

「なんで、フータロー」

「約束、しましたよね」

「まさか、また私達の元から去るつもりですか?」

「ッ……!」

 

 五つ子から放たれる圧が更に強まった。息が詰まりそうになる。だがここで屈してはいけない。引けば老いる。臆せば死ぬのだ。もうそういう所まで来てしまった。

 ここで屈してしまってはあの五つ子ゲームの夜と同じ末路を辿る事になるのは分かっている。

 

「まだ、フィナーレまで時間がある筈だ……少し話をしよう。俺達のこれからに関する大事な話だ」

 

 下唇を噛んでなんとか踏ん張り、呼吸を整えて姉妹達を眺めた。

 

「私達のこれから? それって新婚生活についてだよね」

「なんだそんなことね。家事は任しておいて」

「違うよ二乃。フータローはそんな短期的な考えはしない。もっと長い視点で考えてる」

「長期的……つまり赤ちゃんが出来てからのこと?」

「なるほど。ようやく上杉君も父親としての自覚ができてきたんですね。安心してください。既に名前は考えています。私とあなたの名前から取ってるんですよ」

 

 

 姉妹のぶっ飛んだ解釈に冷や汗が流れた。会話が成立しない。言葉が繋がらない。

 なんだこれは。せっかく覚悟を決めたというのに早速逃げ出したくなった。

 アホで脳内ピンクの中野姉妹とはいえ、いくらなんでもここまでイカれた思考回路はしていなかった筈だ。

 伝説達成を目前として気が昂っているのだろうか。それにしたって限度がある。

 それと当然のように子ども云々の話をするのはやめて欲しい。冗談でも笑えない。全員に心当たりがあるせいでその手の話は肝が冷えるんだ。

 やはり近藤さんは必須だ。身を守る為にも絶対に。残念ながら今は携帯していないが、今後は常に持ち歩かなければならないだろう。

 

 いや、今はそんな事はどうでもいい。話さなければならない事がある。

 

「……色々とおかしな勘違いをしているようだが違う。五月にも言われたが、俺達の関係性についてだ。いい加減、白黒つけよう」

 

 そう告げると五つ子達は先ほどの騒ぎ立てていた様子とは打って変わり、黙り込んで風太郎の瞳に視線を集中させた。

 

「一花、まずはお前に訊くが俺達の関係はなんだ?」

「そんなの決まっているよ。私達は」

妄想(みらい)の話じゃない。今の関係だ」

「……家庭教師と生徒、あと"今は"友達同士、かな」

「概ね俺も同じ意見だ」

「あっ、でも男女の関係を持った友達だから正確にはセフ──」

「言うな。もう少しマイルドな言い方があるだろ」

「じゃあオブラートに包んで愛人さんって事でいいよね。えへへ」

「…………」

 

 一花に訪ねた通り、己と姉妹との現在の関係性は彼女の答えが正しい。

 あくまでも自分は家庭教師で彼女達は生徒という立場だ。同い年だろうが、友人同士であろうが、その事実は変わらない。

 

「次に二乃、今度はお前に尋ねるが家庭教師と生徒はどういった関係を指す?」

「はあ? 決まっているじゃない。フー君が勉強を教える側で私達は教わる側よ」

「ああ、その通り──」

「そして私達はそのお返しにフー君に奉仕してあげるの。昨日の夜みたいに朝が来るまで情熱的に」

「もういい、二乃」

「昨日は凄かったわ、フー君。耳元で何度も私の名前を呼んでくれて」

「分かったから、よせ」

「最初は私の方から無理矢理求めたのにフー君はずっと優しいんだからズルいわ」

「やめろ」

「でも途中からフー君の方からも激しく」

「二乃ォ!!」

 

 そうだ。家庭教師と生徒という関係は本来ならば教える側と学ぶ側に過ぎない。

 間違っても教師に生徒が保健体育の実技を叩きこむようなものではない。

 

「……俺たちは本来なら教える側と教わる側に過ぎない関係だ。それなのに俺たちが実際に行っている事は───」

「ねえ、フータロー」

「三玖、大事な話なんだ。質問は後に」

「どうして私だけ除け者にするの?」

「除け者? どういう意味だ」

「昨日の夜は一花、その次は二乃、今日は五月と四葉……私は?」

「いや、お前は最初に見分けれただろ。それにあの時、当てた後にお前から襲って……」

「私は?」

「……」

「ねえ、私は?」

「…………り、林間学校が終わってからな」

「うんっ」

 

 このように今では勉強を教えるのがメインではなくサブになっている。完全にヤるかヤられるかの関係だ。

 果たしてそれが生徒と家庭教師だと言えるのか。断じて否だ。

 ならばこの曖昧な関係をこの際、はっきりとさせるべきだ。

 

「……少なくとも俺は今のお前達との関係が正しい在り方だとは思わない」

「上杉さんは籍を入れて正式な関係にしたいって事ですか?」

「話を飛躍させるな四葉」

「これでようやくらいはちゃんが私の義妹になってくれるんですね!」

「四葉、最後まで話を聞け」

「できれば一緒に住みたいのですが、流石に大所帯ですから難しいかもしれませんね。私達五人と上杉さんで六人、その間に最低でも子どもが二人はいるとなると……」

「やめてくれ、四葉。子ども云々の話は俺に効く」

「でも逆に考えればこれだけ家族が多いと今更一人や二人増えても変わらないですよね!」

「やめてくれ」

「それに、実はもう上杉さんのお義父さんとらいはちゃんには将来の事を話して大体の事は了承を得てるので問題はないですし」

「───え?」

 

 今、とんでもない詰みを言い渡された気がしたが流石に何かの聞き間違いだろう。

 ───気を取り直して話を戻そう。

 この関係は間違っていると思う。というより歪んでいる、の方が正しい表現なのかもしれない。

 その歪みを断ち切り、新たに再構築しなければならない。

 

「と、とにかくだ。俺たちの関係を今、ここで一度見直さなければならないと思う」

「確かに永い付き合いになる事ですし、将来を見据えるのは大事ですね」

「……少なくとも、今の関係性が異常な事くらいお前達も自覚はあるんだろ?」

「夫婦の関係が異常だなんておかしな事をいいますね」

「俺は真面目な話をしているんだ五月」

「失礼ですね、私は至って真面目ですよ」

「………」

 

 ああ。やはりダメか。このままでは埒が明かない。分かりきっていた事ではあるが、それでも少しばかりは話が通じるものだと信じたかった。

 だが、ここまでは想定内と言えば想定内だ。今の彼女達は伝説達成にしか頭にない。つまりは自身と同化する事にしか興味がないという事。

 そんな彼女達をどうすれば話し合いのテーブルに着かせる事が出来るのか。

 

 簡単だ。彼女達の視線を釘付けにすればいい。伝説なんて思考から抜け落ちるくらいのインパクトを与える。

 

「───俺はお前達の事が嫌いではない。むしろその逆だ、と思う」

 

 視界に写る姉妹達の眼が同時に見開いた。

 どうやら効果はあったようだ。シンと静まり返えり五人は己の次の言葉を待っている。

 こんな事を堂々と言葉にするのに気恥ずかしさがないのかと問われれば勿論ある。あれだけ恋愛を馬鹿にしていた自分が多少言葉を濁したが、間違いなく告白の類いを口にしたのだから。

 

 けれど、彼女達に言葉を届かせるには恥なんて物は無用の長物だ。投げ捨てて全てを吐露しなければ、真意なんてものは決して届かない。

 

「……正直、最初はお前達に感じたのは恐怖だった。なんだこのやべー連中は、ってな」

 

 忘れもしないあの食堂での出会い、いや再会は風太郎にとっては恐怖の日々の始まりであり同時に人生の転機とも言えた。

 これまで他者との関係を断ち、そしてこれからも変わらないものだと信じていた自分の閉ざされた世界はあの日にいとも簡単に全て崩れ去った。

 わけのわからない連中に困惑した。やけに距離に近い彼女達に恐怖した。

 

「しかも実際に接してみると想像以上にやべー連中だ。途中、何度も家庭教師を辞めようと思ったことか」

 

 初回のバイトで不自然に彼女達の家で寝てしまい、目覚めると傍に全裸の一花がいた。

 二回目の時も警戒していたのに関わらず、気付いたら寝てしまい今度は傍に三玖がいた。

 とうとう姉妹達の侵略の手は家にまで及び五月の襲来、そして疑惑が確信に変わり逃げようとしたが二乃がそれを許さなかった。

 だから今度は策を講じて家庭教師を辞めようとしたが、それも叶わず結局は四葉に襲われ全員と関係を持ってしまった。

 

「おまけにお前達の正体が『京都の彼女』ときたもんだ。勘弁してくれと嘆いたさ」

 

 全員と関係を結んでから知ってしまった彼女達の正体。それは風太郎にとって憧れと感謝を抱く恩人だった。

 真実を知った時は頭が真っ白になった。また再会できるとは夢にも思っていなかったし、彼女が実は五人いたとは想像もつかなかったし、成長してああなるとは予想できなかった。

 困惑した。彼女達とどう接すればいいのか、分からなかった。とりあえずは彼女達を真っ当な人間にしようと目標を定めたがそんな事は無理だと本当は悟っていたのかもしれない。

 

「だが、何故だろうな。お前達から向けられる強烈な感情に何時の間にか恐怖じゃなくて疑問を感じるようになっていた」

 

 花火の夜、二乃の流した涙を見た時。部屋で馬乗りになりながら涙を流し懺悔する四葉を見た時。風太郎は彼女達を放ってはおけなかった。

 無意識のうちに体が動いて彼女達を抱き寄せていた。きっと他の三人が涙を見せていたら同じ事をしただろうという確信がある。

 何故、こいつらは涙を流しながらこんなにも自分を求めてくるのだろうか。思えば自分は彼女達の事を何も知らないではないか。

 その疑問はいつの間にか胸の中で膨らんでいて、あの五つ子ゲームの時にようやく自覚した。

 彼女達をもっと知りたい、と。ずっとそう願っていたのだ。

 それは彼女達が『京都の彼女』だからではない。知りたいのは過去ではない。今だ。自分が知りたいのは今の彼女達なんだ。

 どうしようもなく馬鹿で問題行動ばかりを起こす五人の大馬鹿達の事をもっと。

 肉体だけの関係ではなく。ちゃんと言葉で話した上で、分かち合いたい。

 

「俺は、お前達の事をまだ何も知らない」

 

 疑問に持つという事は知りたいという事だ。相手を理解したいと想う事だ。

 

「どんな人間で何が好みで何が嫌いなのか。まだ全然知らないんだ」

 

 そして相手を理解()りたいと想う心の行く先が、この胸に芽生えた奇妙な感情の正体なのだろう。

 

「だから教えてくれ。お前達を全て知った上で、俺はお前達の想いに初めて向き合える気がする」

 

 そう言って左手を差し伸べると姉妹達はそっと、それぞれの五指を撫でるように握った。

 不思議と、この感触に風太郎はデジャブを感じた。

 何故だろう。前にも何処かで指を握られた気がする。

 

「……私達、大事な事を忘れてたみたいだね」

 

 親指を強く握りながら一花は自嘲するように笑った。

 

「そうね、恋は一方通行だけじゃダメなのよね」

 

 人差し指に手を添えながら二乃は風太郎の瞳を見つめた。

 

「あの時と同じ……今のフータローにもっと私達を知って欲しい」

 

 中指を絡めながら三玖は風太郎に微笑みを向けた。

 

「私も、もっと上杉さんの事を知りたいです」

 

 薬指を互いに結びながら四葉はししし、と歯を見せた。

 

「まさか貴方に言った言葉が返ってくるとは思いませんでした……あの時とは逆になりましたね」

 

 小指にそっと触れながら五月は懐かしむように。

 

「……その、なんだ。もう少しお前達の事を知ってから、ケジメは付けるつもりだ。全員が同じ想いをぶつけて来ているのは分かっている。だからちゃんと考えた上で答えを出そうと思う」

 

 気付けば周りの生徒達から視線が集まっている気がする。当然か。

 周りが男女二人でダンスを踊っている中、自分達は男一人女五人の六人で集まって手を握り合っているのだから。

 今更になって羞恥心が湧いてきて、顔を隠すように空いた手で前髪を弄った。

 一応は彼女達に対して想いを全部吐き出したとはいえ、誰に対してそれを抱いているのかは正直、まだ分からないのが現状だ。

 当たり前のように五人全員と関係を持ってしまったが、最終的には一人だけを選ばなければならないのだ。

 中野姉妹はまるで自分を含め六人全員いつまでも一緒かのように口にしているが、それは現実的ではない。それは彼女達も本当は分かっている筈だろう。

 自分は神でもなんでもない。ただの人だ。全てを取る事なんてできやしない。

 

「……上杉さん、答えを出すってどういう意味ですか?」

 

 ───が、神にさえも反逆の牙を突き立るのがこの中野姉妹だ。

 

 それを風太郎はまだ、理解していなかった。

 

「どういう意味って、それはお前達の誰か一人を……」

「ふふ、分かっていませんね。上杉君は」

 

 喉を鳴らして笑う五月に風太郎は怪訝そうに眉を顰めた。

 

「あんたが私達の想いに真摯に向き合ってくれるのは嬉しいわ」

「でもね、フータロー。もう誰かを選ぶとか、そういう小さい次元の話じゃないんだよ?」

 

 気付けば二乃も三玖も四葉も五月も風太郎から指から手を離して互いに手を繋ぎ、円になって囲んでいた。

 そのまま繋いだ輪で風太郎の周りをゆっくりと回りながら彼女達は微笑んだ。

 小さい時に遊んだ『かごめかごめ』の歌を何故かその時、脳裏に浮かべていた。

 この状況、籠の中の鳥は誰を指すのだろうか。

 

「フータロー君の選択肢は一つだけ。『五人全員を選ぶ』それだけだよ」

 

 正面に残った一花が風太郎に抱き着きながら耳元でそう囁いた。

 すると周りの生徒達から茶化すような黄色い声が上がった。踊っていた彼らも手と足を止め、口笛を吹く。教師達も何処か微笑ましいように自分達を見守っていた。

 まるでこのキャンプファイヤーの主役になったかのようだ。いや現にこの舞台の主役は自分達なのだろう。こうして目立つ集団が男女で抱き合っていたのなら嫌でも目に付く。

 

 長女の恋の成就を祝福する四人の微笑ましい妹達、その相手となる幸せな男。

 

 きっと彼らの目にはこう写っているのだろう。こちらの会話が聞こえていないのなら、そう勘違いされるのも無理はない。

 

 だが、実際は違うのだ。

 

 ここにいるのは籠に囚われ自由を奪われた鳥と、それを今まさに食そうとする腹を空かせた獣なのだから。

 

「お、お前達、まさか……正気か? こんな所でヤれる筈が───」

 

 想いを全て吐露すれば彼女達は止まってくれると思っていた。

 健全な形で伝説に付き合ってこの林間学校に終止符を打てると思っていた。

 

 そんな筈がない。熟成された五人の想いが止まる筈などないのだ。

 

「ヤっちゃうんだよね、これが」

 

 そのまま一花が風太郎を押し倒したと同時に周りの四人も一斉に飛び掛かった。

 彼女達の様を表すなら鳥葬、と例えるのが一番正しいのかもしれない。

 屍に群がる鳥たちのように中野姉妹は地面に転がる風太郎を啄んだ。

 

「な、なにが起きてるの?」

「あれヤバくね?」

「あ、ああ、僕の、僕の上杉君が……ッ」

「アオハルかよ」

 

 ただのアオカンだ。

 周りの生徒達がざわめきを風太郎は耳にしながらフォークダンスは打ち上げられた花火と共にフィナーレを迎えた。

 また同時に風太郎のフー君からも白い花火が打ち上げられ五人に白い火花を浴びせながらも無事に『結びの伝説』は達成された。

 

 その時、風太郎は確かに聞いた。ガチャリと何かが繋がれた音を。

 

 今にして思えば、あれは『魂が繋がれた音』だったのかもしれない。

 自分と、姉妹達五人の魂が輪廻の鎖で結ばれた音。

 

 まるでその証とでも云うかのように、この林間学校で姉妹達に付けられた風太郎の首筋の首輪のような口付けの痕は生涯、消える事はなかった。

 

 

 ◇

 

 あれから随分と色々な出来事があった。

 まず林間学校で無事に伝説になった上に姉妹共々退学処分になりかけた風太郎だったが、どうにか六人とも首の皮一枚で繋がった。

 中野姉妹は中野父がこの学校の理事長と繋がりがあり、それを利用して。

 風太郎はどういう訳かその理事長の息子が庇ったお陰で退学を免れた。

 それを機に庇ってくれた武田という生徒と交流ができ、唯一心を許せる友となったのだが、その彼と姉妹達で何度も衝突があったが全て語ると長くなる。

 

 あの一件以来、中野父にいつ家庭教師のクビを宣告されるか待つだけだと思っていたが予想外な事に彼は風太郎に家庭教師をそのまま続けるよう伝えてきた。

 流石に事情が飲めないと彼に真意を問いただすと、どうやら中野父も姉妹の異常性に感づいてたようで如何にか直したいと考えていたそうだ。その為に彼女達が強い執着を見せる風太郎を姉妹から離すのではなく逆に取り込んで治療に協力してもらう算段だったらしい。

 風太郎も中野父の考えに賛同し、彼の友である武田も風太郎を陥れる悪魔達から救う為に協力を申し出た。

 中野上杉武田連合は姉妹更生の為にいくつもの策を講じ、実行に移した。

 

 しかしながら、相手は歴戦の怪物。人の手で斃せる筈もなく全て返り討ちとなり、風太郎は彼女達の実家の温泉に拉致られた挙句、その観光地の鐘の下で何度も何度も行為をさせられた。

 何でもその鐘を鳴らしてキスをした男女は生涯結ばれるなんて伝説があったようで、彼女達は再び伝説を独自解釈し、鐘を鳴らしながら風太郎のキンタローを揺らした。

 

 その後、伝説の二重掛けのお陰だろうか、風太郎と中野姉妹の障害となるものは自然と消えて運命はより強固に彼と彼女達を強い縁で結び付けた。

 何の作為もなかった筈の三年のクラス替えでは何故か姉妹全員と風太郎が同じクラスになり、本来は五人班で行動が原則だった修学旅行もその年に限っては六人班が許され、どういう手違いがあったのか部屋まで六人部屋で第二次五つ子ゲームが開催された。

 

 どうあがいても五つ子達からは逃げられないのだ。

 

 そしてあろうことかあの中野父も、とうとう風太郎に姉妹を委ねる形で彼女達のあるがままを受けれた。

 愛する妻の言葉を思い出したのだ。娘達には五人でいて欲しいという願いを。

 例えその願いの形が歪んでいたとしても、叶えるのが父の役割ではないのだろうか。

 ずっと正しい言葉だけを説いてきた彼だったが、正しさだけが全てでないと悟った。

 それに彼女達には確かにあの時、言ってしまったのだ。本当に望む事であるのなら、好きしてもいいと。

 

 五人で彼を囲う事を許可した時、娘達は涙を流しながら父に感謝の言葉を贈った。その時、ようやく彼女達の父親になれたのだと目尻に滴が零れた。

 同時に風太郎も最後の拠点であった筈の中野父のまさかの陥落に涙した。

 

 もはや彼女達を止めるものなど何処にもない。

 

 

 五年後。彼女達は病める時も、健やかな時も、富める時も、貧しき時も、夫として彼を愛し敬い慈しむ事を誓った。

 それは風太郎も同じだった。彼もまた五人に誓いを捧げた。

 

 腹を括るのに時間がかかってしまった。何せ、五人と生涯を共にするなんて普通の人間では有り得ないのだから。

 でもそれを望んだのは彼女達で、最終的に自分もそれを望んでしまった。

 馬鹿みたいに重い愛情を馬鹿五人に注がれている内にどうやら自分も大馬鹿になってしまったようだ。

 

 何かを選ぶ時、それは何かを選ばない時だ。愚かにも全部に手を伸ばすと神は必ずその愚者に罰を与える。

 けれど恐れをしらない五人の馬鹿が一緒ならどんな困難も乗り越えられる。そんな勇気が不思議と心の底から湧いてくる。

 

 その日、伝説となった男は五人の花嫁と式を上げた。

 

 彼の五指にはそれぞれ眩い五つの指輪が嵌められていたという。

 その輝きはきっと何度生まれ変わっても失われる事はないのだろう。

 

 だって五つと一つは永劫、結ばれているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




五つ子のニューゲームシリーズは一応これで完結です。
次回は番外編のフー君強くてニューゲームか武田が女だった場合のIF短編か二乃メインの長編かお姉ちゃん大勝利の話かの何れかを掲載しようかと思います。
サラッとしたヤンデレを目指した本編ですが次回はどれもちょっとドロっとした感じになるかと。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。