とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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白馬の王子は私のモノ。

 胸のつっかかりが取れたような、そんな晴れやかな気分でその日の朝、二乃は目を醒ました。

 隣を見ると他の姉妹たちはまだぐっすりと眠っている。山場だった期末試験を何とか乗り越えた直後だ。みんな疲れているんだろう。

 相変わらず四葉の寝相の悪さに三玖は苦しそうだし、そんな三玖に毛布を取られた五月は自分と一緒の布団に潜り混んでいる。一花はいつも通りあの包まった毛布の下は全裸だろうか。

 

 静かに眠る愛おしい姉妹達を起こさないように二乃はそっと立ち上がり、炬燵のある居間へと足を運んだ。

 まだ起きるには少し早い時間だが、二度寝をしようとは思わなかった。今は、この心地良さを噛み締めていたかったから。

 

 いつも通りの朝。だけどいつもよりも気持ちのいい朝。その理由は解っている。

 

『あんたが好きって言ったのよ』

 

 昨日、風太郎に放った告白が脳内でリフレインした。

 胸の鼓動が速くなる。こんなにも火照った顔をもし他の姉妹に見られたら、熱でもあるのではないかと心配されるだろう。頭を振ってあの光景を振り払おうとした。これ以上、昨日の事を思い出しているとおかしくなってしまう。

 だけど瞳を閉じても瞼の裏には鮮明に彼の顔が浮かんで消えなかった。

 

(ああ、私……言ったんだ、あいつに)

 

 いつの間にか、最悪で最低な奴から最愛の人になった無愛想で口の悪い彼。

 たった数か月前までは自分たち姉妹にとって異物だと思っていたのに気付けば、なくてはならない存在になっていた。それはきっと、この想いを抜きにしても姉妹全員が共通する彼に対する認識だろう。

 

(あんなに驚く姿、初めて見たわ)

 

 恋愛なんて下らないと吐き捨てていた風太郎が、自分の告白にああも狼狽えていたのが可笑しくて、同時に凄く嬉しかった。

 あの反応を見て彼も自分たちと同い年の男の子なんだと分かったし、何より自分の言葉が彼の心にちゃんと届いているのだと安心した。

 

(でも、大変なのはこれからよね……)

 

 良くも悪くも今まで彼は家庭教師と生徒、或いは友人同士という一線を決して踏み外す事なく自分たちと接していた。いや、友人同士というよりは手間のかかる妹たちの世話をしていた兄みたいだと表すのが正しいかもしれない。

 そんな自分たち姉妹をまるで女とも思って無さそうだった風太郎でも、流石に告白を受ければ否が応でも自分を一人の異性として意識せざるを得ない筈だ。

 あの風太郎を相手にそこまでさせただけでも大金星だろう。

 

 だが、それだけで満足する二乃ではない。

 

(……次は振り向かせてみせる)

 

 今は、きっと彼の中では自分と他の姉妹に対する好感度に、そこまで差はないだろうと思う。

 姉妹の中でも特に衝突の多かったと自覚している二乃だが、そんな自分を邪険に扱うことなく風太郎が姉妹全員を分け隔てなく接していたのは十分に理解していた。

 特定の誰かを贔屓することなく、公平に自分たちを見てくれる。

 それは素晴らしいことだと思う。彼がそうして自分たちと向き合ってくれたから、こうして誰一人欠ける事無く三学期を終えることができたのだから。

 生徒と家庭教師の関係なら今まで通りで良かった。ただの友人同士の関係であっても。

 

(だけど私が欲しいのは、そんな関係じゃない……それだけじゃ、もう我慢できない)

 

 あの時、二人乗りしたバイクでの会話を思い出す。

 本当は言葉にするつもりなんて無かった。あの日で生徒と家庭教師という関係が途切れる事になる彼に、気付いてしまった自分の想いを伝えるなんて、出来る筈がなかった。

 風太郎と自分たちを繋ぐものは家庭教師と生徒という関係だけで、それが無くなれば今までのように接する機会も少なくなっていく。そして何れは途切れてしまうのだろうと。

 

 だから、伝えるつもりはなかった。彼も困惑するだけだ。何とも思っていない相手からそんな想いを寄せられても迷惑なだけだと、そう思っていた。

 

 彼の漏らした言葉を聞くまでは。

 

『────寂しくなるな』

 

 強い夜風に晒された中で碌に言葉なんて聞き取れない筈なのに、不思議とその言葉だけははっきりと二乃の耳に届いていた。

 その時、心の底へと溜め込んでいた彼への想いが溢れそうになった。真冬だというのに体は燃えているかのように熱くて、胸の鼓動は今まで感じた事がないほどに高鳴った。

 

 自分だけではない。彼も、自分たちの繋がりを惜しんでくれたのだと。自分たちの繋がりを大事に想ってくれていたんだと、言葉で聞く事ができた。

 普段の彼ならそんな言葉を人前で零すなんてあり得ない。きっと口にした本人すらも自覚していない程の、自然と心の内から漏れた言葉だったのだろう。

 

 だからこそ、その言葉は二乃に大きく響いた。心にしていた栓が音を立てて崩れ落ちた。

 もう、止められない。この想いを胸の内に留めておくことなど、できる筈がない。

 

 止めどなく溢れる情熱と情愛に逆らう事なく、ただ内なる想いのままに二乃は想いを告げた。

 

(……まあ、まさか同じ日に二度も告白する事になるとは思わなかったけど)

 

 勢いのまま放った最初の告白は残念ながら彼には届いていなかった。

 冷静に考えてみれば、バイクに乗りながらヘルメットを被った相手にまともに言葉が届く筈もない。

 ないのだが、二乃からしてみれば一世一代の告白が届かなかったのは、やはり気に食わないし、腹立たしい。

 だから今度は確実に、声の届く距離で、言い訳なんてできないくらい、はっきりと想いを伝えた。聞こえなかったのなら、もう一度告白すればいい。単純ながらもそれ故に効果的な選択だった。

 

 その結果、風太郎は困惑と驚愕を顔に張り付け、固まる事になったが。

 

(これからどうしようかしら……)

 

 振り向かせると決意はしたが、実際にこれから彼をどう攻めていくか決めかねていた。

 以前、彼が変装した金太郎に心奪われていた時は多少キャラを作って距離を詰めようとしていたが、今回は相手が自分を知り過ぎている。

 ならばいっその事、下手に着飾らずにありのままで接するのがいいのではないかと二乃は思考する。

 

(とりあえず、呼び方を改めるのはどうかしら? 親しくなるにはやっぱり名前で呼んだ方がいいわよね)

 

 彼の性格から今更呼び名を変えたくらいでは何とも思わなさそうなのが難点だ。他に名前で呼ぶ異性がいないなら効果的だろうが、一花も三玖も既に彼を名前で呼んでいる。

 だが、決して無駄ではないだろう。何事も積み重ねが重要だ、という言葉は彼が勉強を教える際に自分たちに何度も言い聞かせていた。

 それは恋愛にも当てはまるのではないかと二乃は思う。小さな日々の努力が未来に実を結ぶのだ。

 早速、練習がてら彼の名前を口にした。

 

「……ふ、フータロー」

 

 言った途端、余りの気恥ずかしさに両手で顔を隠した。

 他の姉妹たちは未だに夢の中だろうが、万が一にこの顔を見られたらたまったものではない。

 だけど、気恥ずかしさ以上に、二乃の心はどうしようもない暖かさと幸福感に満ち溢れていた。

 

(いい! いいわ、これ! 凄くいい!)

 

 以前にも彼の事を咄嗟に名前で呼んでしまった事はあったが、その時は何とも思わなかった。

 それが好きな人になった途端にこれだ。さっきから緩む口元が元に戻らない。これが恋なのだと二乃はこの幸福感を深く噛み締めた。

 

「フー君、フータロー君……違うわね。やっぱりストレートな呼び方がいいわ。フータロー……フータローね、うん」

 

 他の呼び方も試してみたがイマイチしっくりこない。やはり素直に名前で呼ぶのは一番自分らしい。

 名前を口ずさむ度に彼の顔が思い浮かぶ。今度会う時は開口一番に呼んでやると拳を握りしめた。

 

(呼び方は決めたけど、次はどうアピールするかね。フータローはどんな女の子が好みなんだろ)

 

 やはり好きな相手の好みというのは気になるものだ。意中の相手の好みが自分に当てはまっているならアピールする上で有利に立てるし、そうでなければ好みに合わせて自分を磨くことが出来る。

 相手を知ることが恋愛における勝利の必須条件なのだ。二乃にとってそこに妥協は存在しない。

 

(確か、前にそんな会話があったと思うけど……)

 

 まあ、あれはないか。彼が家庭教師として勉強を教え始めた頃にクイズ形式で三玖達に自身の好みのタイプを話していたのを思い出した。

 その時に挙がっていた好みのタイプは元気が良くて、料理ができて、お兄ちゃん想い。

 隣で二乃も聞き耳を立てていたが、あれが本気で答えたものとは到底思えない。仮に事実なら自分に当てはまる項目があるから期待してしまうが、恐らくないだろう。

 だいたい、その好みにまんま当てはまるのは彼の妹くらいだ。

 

(そもそも、異性の好みどころか好きな食べ物や趣味、どこに住んでいるのかも知らないのよね、私)

 

 食べ物の好みは、恐らく特にはないだろう。自分の作った料理と三玖が作った料理を食べ比べて両方上手いと評するのが風太郎だ。味に拘りがないように思える。

 趣味はやはり勉強だろうか? 二乃からすれば勉強が趣味の人間なんて信じられないが、彼を見ているとそれもあり得る。

 彼がどこに住んでいるのか。こればかりは見当も付かない。放課後の勉強会の後も彼はすぐさま自分たち姉妹と別れて帰っていたし、普段から彼自身がどこか自分たちに自宅を知られないよう振舞っていたように見えた。

 

 色々と風太郎の事を推測してみたが、どこまでいっても憶測の域を超えない。

 思った以上に自分が風太郎の事について知らなかった事実に二乃は少しばかり凹んだ。

 今まで興味が無かった、というのも事実だが風太郎自身があまり自分の事について語らないのも原因だろう。

 

「……あいつって誰かを好きになった事ってあるのかしら」

 

 ため息混じりに思わず言葉が出てしまった。好意を自覚したのはいいが、相手が余りに手強すぎる。

 

 自慢ではないが、容姿にはそれなり以上に自信がある。同世代の女子と比較しても抜きん出ていると胸を張って言い切れる。

 だが、そんな自分と同じ顔をした姉妹五人に囲まれてほぼ全く照れもしないのがあの上杉風太郎という男だ。

 出会った当初はまだ異性としての羞恥が彼に多少はあったのに、最近では平気で自分たちの寝床に入って会話に交じるほどデリカシーのない行動を見せるようになった。正直、性欲があるのか疑いたくなる。

 

 そんな彼が異性に対して好意を抱く姿があまり想像はできない。

 

 想像はできないのだが……ある懸念が二乃にはあった。

 

(そう言えば……あいつ、振られたんだっけ)

 

 五月と喧嘩して家出をしてホテルで寝泊まりをしていたあの日。毎日しつこく来る彼に呆れながらも、どこか安堵していた時だった。

 ロビーで何故かびしょ濡れになった彼が浮かない表情をして佇んでいた。濡れた雫が頬を伝う様がまるで涙のように見えて、思わず二乃は彼を自分の部屋へと招いた。

 池に落ちたという彼を無理やり風呂に入れて、そこで二乃は事情を少しだけ聞いた。

 昔出会った少女と再会して、そして一方的に別れを告げられた話を。

 

(あいつは頑なに否定してたけど、間違いなくその子の事が好きだった筈だわ)

 

 本人はその子に抱いていたのは憧れや感謝といった感情だと話していたが、乙女の二乃は決してそうは思わない。それ以上の何かを秘めていたのだと確信している。

 

(だって、そうじゃないとあいつがあんな顔、する筈ないもの……)

 

 この数か月で風太郎の好みはともかく、人なりについては知ってきたつもりだ。初対面でも高圧的で口が悪くてデリカシーもない。だけど根は案外いい奴で、責任感も強くて、自分たち姉妹に対して諦めずに根気強く接してくれた男の子。

 

 そんな彼の、あそこまで落ち込んだ表情に二乃は強い衝撃を受けた。

 

(あいつがまだその子の事を引きずっているなら……)

 

 非常に厄介だ。タダでさえ相手は一筋縄ではいかない男なのに、その男に好きな子がいるならこれ以上に厄介な事はないだろう。

 あの時の風太郎はその子に言われた言葉を引用して自分に過去との決別を促していたが、果たして彼自身はその過去を割り切れているのだろうか。

 こればかりは本人でない二乃には知る由もない。 

 

(……でも、そんなの関係ない)

 

 想いを自覚した今では、彼にそんな表情をさせた少女に思うところがないと言えば嘘になる。

 どんな人なのか、どのように彼と出会ったのか、どうやって彼にあんな表情をさせる程に親しくなれたのか。

 そして何故、別れを告げたのか。

 

 気になる事は山ほどある。だけどそれは自分の恋には関係がない。所詮は過去の出来事なのだから。

 二乃が欲しているのは過去の彼ではない。今の彼だ。今の上杉風太郎なのだ。

 

(過去なんかに、私の恋は邪魔させない)

 

 短くなった後ろ髪をそっと撫でた。これは二乃にとって過去との決別の印だ。もう自分は過去になんか囚われない。髪を切ったあの日に、偽りの恋と共に『さよなら』を言い渡した。

 

(その子の事を忘れられないなら、私が忘れさせてあげる)

 

 五年も前の色褪せた恋など今から私が上から書き換えてしまえばいい。

 彼がその子にまだ手を伸ばすのなら私がその手を取ってしまえばいい。

 

 王子様は一人。結ばれるのも一人。ならばそれは自分以外にあり得ない。

 白馬の王子は私のモノだ。誰にも、例え愛おしい姉妹にも渡しはしない。

 

 それぐらいの意気込みが無ければ、恋など成熟しない。

 

「必ず、振り向かせる。覚悟しなさいフータロー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次は四葉を書こうと思いますが、描写が難しいため暫く後になるかと思います。

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