とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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すげー家庭教師と(自)惚れた三女の話。


外典 フー君強くてニューゲーム!⑤

 どうして私なんかに、こんなにも尽くしてくれるんだろう。

 

 上杉風太郎が中野姉妹の家庭教師に就任してから何度か彼と接していく内に中野三玖はそんな疑問を抱くようになった。

 最初は全く興味がなかった。同級生が家庭教師というのも意味が分からなかったし、今まで異性との交流もなかった三玖にとってはどう接していいのかも分からない相手だ。

 だから特別関わりを持とうとは思わない。二乃のように露骨に敵意を向けるつもりもないが距離は置くつもりだった。

 そんな三玖が風太郎に興味を示したきっかけは、彼が出題した歴史の問題だった。偶然なのか三玖の好きな戦国武将にまつわる問題ばかりでつい興が乗ってスラスラとペンを走らせた。お蔭でその日の小テストの点数は自分が一番になり少しだけ気を良くした三玖だったが、テスト中にどうしても思い出せない問題が一つだけあった。

 後になって答えを思い出した三玖は彼を屋上に呼び出して問題の解答を伝えた。モヤモヤとした気分も晴れてスッキリしたところで彼に姉妹の誰にも話していない筈の趣味の事を看破された。

 

 動揺した三玖はどうして分かったのか彼に尋ねると、自分が解いたテストを見て判ったそうだ。解答した問題があまりにも偏り過ぎていたので、もしやと思ったらしい。

 やはり同い年で家庭教師をするだけあって頭がキレるようだ。油断していた。三玖は知られたのが恥ずかしくて誰にも言わないでと懇願した。

 こんなの普通じゃない。姉妹達には知られたくない。彼もこのおかしな趣味を笑うだろうか。そう恐れていた三玖に風太郎は何もおかしくはないと諭してくれた。

 

 ───三玖の趣味趣向を俺が笑う筈がない。勿論、お前の姉妹だってそうだ。

 

 そう言ってくれたが自分には自信がない。自身を持てないのだ。他のみんなと違って一番劣る自分には。

 けれど、彼はまたしてもそんな卑屈な言葉を首を振って否定してくれた。

 

 ───他の姉妹にできてお前にできない事はない。俺はそう信じている。

 

 どうしてだろう。まだ出会って日も浅いと言うのに、彼の言葉には何故か信じてみようという気持ちが沸いてくる。この人が言うのなら本当なのだろうと感じる奇妙な感覚。

 ふと昔、誰かに同じような事を言われたような既視感を覚えた。一体なぜ。何処で、誰に。

 思い出せないけれど、きっとその人は目の前で優しく口元を緩める彼のような笑みを浮かべるのだろう。

 その日を境に三玖は風太郎に少しづつ信頼を寄せるようになっていった。

 

 風太郎との交流を重ねる事で三玖は彼を徐々に知る事ができた。

 まず驚いた事に風太郎は自分と遜色ない程、戦国武将に関する知識を持っていた。誰にも話せなかった趣味の話題に乗ってくれる彼は三玖にとって初めて共通の話題を交わせる友人だった。

 勉強ができるからそういった知識を持っているのだろうと思っていたが、それにしては教科書に乗っていない逸話等もよく知っている。もしかして自分と同じ趣味なのだろうかと聞いてみたが残念な事に彼は首を横に振った。

 どうにも以前に自分と同じ趣味を持つ子と仲良くなりたいが為にそういった知識を蓄えたと語っていた。詳しく聞くとその子も自分に自信の持てない性格で放っておけない子だったと彼は懐かしむように笑った。

 ……胸がチクりと痛んだ。せっかく風太郎と共通の話題を交わせて喜んでいたのに。

 三玖は頬を膨らませて少しだけ不機嫌そうにその話を聞いていた。

 

 もう一つ、彼には意外な部分があった。あの上杉風太郎という男……妙に異性に慣れているのだ。

 何というか、特に意識した様子もなくふとした時に彼は自分に触れてくる時がある。それは彼が出した問題を解いて褒められる時だったりだとか、勉強会で隣に座った時だとか。あとは花火大会で人混みが多い中を共に歩いた時も。

 それが無意識なのかわざとなのか三玖には分からないが、わざとなら相当な女誑しだ。きっと過去に五人は女の子を泣かせているに違いない。

 でも、彼に触れられるのは嫌ではなかった。むしろ心地よさを感じた程だ。頭を撫でてくれる時も手を握ってくれる時も、常に暖かい彼の気遣いを感じたからだろう。大切にしてくれていると言葉がなくとも伝わってくる。それを思う度に三玖は頬を朱色に染めた。

 

 そして彼を観察していく内に、どうにもこうして常に気を遣ってくれるのは姉妹の中でも自分だけなのではないかと思い始めた。

 勿論、姉妹全員に対して彼は大事に思っているのだろうが、その中でも自分への対応は一番優しい気がする。これはきっと気のせいではない。現に彼と話している最中に他の姉妹から不満気な視線を向けられているからだ。

 特に一花は露骨だ。彼女の眼は母が亡くなる前の頃を思い出す。他の姉妹からお菓子をぶんどってしまおうとする狩人の瞳。この時はまだ彼女が何故そんな眼を向けるのか分からなかった。

 五月や彼を嫌っている筈の二乃も、自分が彼に優しさを向けられる度に何か言いたげな表情を浮かべている。変わらないのはいつものように笑顔を向ける四葉くらいだろうか。

 

 本当に、どうして私にだけ……。

 他の姉妹と比べ、何の取り柄もないと自虐している三玖にとって彼が自分に対して特に気に掛けてくれる理由が何度考えても分からなかった。

 一花のように愛想良く人に好かれやすいわけでもない。

 二乃のように友達が多く、料理が得意なわけでもない。

 四葉のようにずば抜けた運動能力があるわけでもない。

 五月のように勉強に対して特に真面目なわけでもない。

 

 何もない自分を彼は励ましてくれる。少し難しい問題を頑張って解くとよくやったなと頭を撫でながら褒めてくれる。人混みで逸れそうになった時も手を繋いで一緒にいてくれる。

 その度に胸の鼓動が早くなる。とても恥ずかしくて、でも少し嬉しくて……。

 異性とこんなにも距離が近いのは三玖にとって未知の経験だ。だから知りたかった。彼が自分に向ける優しさの理由を。

 

 でも、直接は聞けない。どうせ聞いても"お前達の家庭教師だから"とはぐらかすのが目に見えている。本当にそれだけの理由なら自分はこうも彼に気を許してはいない。

 本当の事を知りたい。彼の心理を。彼の考えを。彼の思いを。

 

 だから三玖は自分なりに調べた……ネットという手段を用いて。

 異性の知り合いのいない三玖が同い年の男子の考えを知ろうとするならそれくらいしか方法が思い浮かばなかった。彼の自分に対する行動を羅列して検索ワードに打ち込んだ。 

 

『男性 スキンシップが多い 励ましてくれる』

 

 色々と出てきたサイトを調べた結果、男性が積極的に肉体的接触を図るのはその女性に好意があるからだと知った。優しい言葉や励ましも女性に対するアピールである、と。

 特に手を繋ぐ、頭を撫でるなんて好意が無ければ有り得ない。そう書かれていた。

 

 それらの情報を頭の中で整理し、三玖はある一つの結論を導きだした。

 

 ───もしかして、フータローは私の事が好き?

 

 風太郎が優しくしてくれる理由に納得がいった。彼は自分に好意を抱いている。三玖はそう確信した。

 だってそれ以外に考えられないからだ。彼が姉妹の中で自分を一番に気にかける理由なんて。

 しかしまだ出会って間もないというのに困ったものだ。これが所謂、一目惚れという奴だろうか。確かに異性によくモテる一花と同じ顔をしているのだから、容姿には割と自信はある。でも、こうもストレートに好意を向けられるとは思わなかった。

 

 正直、三玖は困惑した。気持ちの整理が付かない。まだ知り合って間もないが、上杉風太郎という男の子に対して三玖も既に好意的ではあった。

 姉妹に対して持っていたコンプレックスを見抜いてそれを励ましてくれて、しかも誰にも言えない趣味の戦国武将の話を振っても乗ってくれる。

 容姿も髪型はアレだし顔も地味だが良く見ると整っているし、背も高い。頭もいいし、面倒見もいい。それに頼りになる。

 

 彼の好ましい点を一つ一つ挙げていく内に自然と笑みを浮かべている自分に気付いた。

 

 ───あれ? 私もフータローが好き? りょ、両想い!?

 

 自意識過剰ちゃん爆誕の瞬間である。

 

 ◇

 

「今日は四人だね」

「二乃は相変わらず来ませんね」

「仕方がないよ、五月」

「フータロー君。始めようよ」

「ああ、そうだな」

 

 放課後。毎日のように開かれる勉強会に今日は二乃を除いた四人が集まっている。

 彼の両隣に一花と四葉、その向かいに自分と五月が座るのが四人で勉強会を行う時の定位置となっていた。

 勉強会が始まり暫くの間は黙々とペンを動かしていた三玖だったが、隣の五月が手を止めている事に気付いた。五月にしては珍しい。普段なら解けない問題にぶつかっても彼女は手を止めずに必死にペンを動かしているのに。

 だが、よく見ると五月は問題が解けないから手を止めている訳ではなかった。

 彼女の視線の先を見ると一花が風太郎に体を寄せて分からない箇所の質問をしていた。

 五月はそれを見て不服そうに眉をひそめている。確かにあれは距離がいささか近い気がする。しかも彼を見るその眼がどうにも色があるように思える。

 勉強に真面目な五月は集中していない彼女に不満を感じているのだろうか。

 それにしても、あれは勉強を教えてもらっている家庭教師に向ける視線ではない。どちらかと言えば異性に向けるような……もしや、と三玖はある想像を浮かべた。

 

 一花って、フータローが好き?

 

 思えば彼女が急に勉強会に参加するようになったのは妙だ。失礼ではあるが理由もなく一花が勉強に対して真面目に取り組むとは思えない。何かがあると考えるのが道理だろう。その何かがきっと彼なのだと三玖は確信した。

 姉妹の中で最も異性に好意を寄せられ、何度も告白をされては振ってきた一花がまさか彼に惚れるとは。

 きっと自分の知らない所で風太郎に惹かれる何かがあったのだろう。自分だって既に彼に心を許しているし、一花にそう言った感情が芽生えるのも不思議ではない。

 尊敬する大好きな姉が恋をしている様は三玖にとっては素直に祝福できた。

 

 ……相手が彼でなければ。

 

 口惜しい気持ちになる。あれだけ一花が熱を向けているのに、残念ながら彼の想いのベクトルは自分に向いているのだから。一方通行なのだ。彼女の想いは。

 だってそうだろう。風太郎は一花の頭を撫でたりはしないし、手を繋ぎもしない。それをするのは自分だけ。それが現実だ。

 彼にとって中野三玖は特別で、姉妹の中で一番に気を遣ってくれて優しさと愛情を与えてくれる。そこに特別な感情がない筈がない。

 

 ───ごめんね、一花。

 

 三玖は申し訳なさで胸が締め付けられた。出来れば、この場で言ってしまいたかった。

 フータローが好きなのは私だよ、と。そうすれば少しでも失恋の痛みを和らげる事が出来るかもしれない。暖簾に腕押しの彼女の想いは早期に断ち切るべきだ。

 風太郎が自分に想いを寄せている事を知れば四葉も五月も驚きはするだろうが、きっと祝福してくれるだろう。二乃はどう思うだろうか。やはり反対されるだろうか。でも何だかんだで最後は認めてくれる気がする。彼女は根は優しい子だ。

 

 もし、それを言葉に出来たなら素敵なハッピーエンドを迎えられたのかもしれない。

 けれど三玖にはそんな勇気がなかった。姉の恋を目の前で終わらせるなんて事を出来る筈がない。あの幸せそうな彼女の顔を曇らせる覚悟がまだなかった。

 いずれは決着を付ける時が必ずくる。今はまだ自分が風太郎の想いに察しただけではあるが、もしも彼から告白をされたなら三玖も腹を括られねばならない。

 

「三玖、どうかしたか?」

「……え?」

「さっきから手が止まっているぞ」

「……ううん、何でもないよ」

「そうか。ならいいが……五月、お前は?」

「ッ!? い、いえ、あ、その……ここの問題が」

 

 いけない。つい深く考え込んでしまっていた。席を立って隣の五月に問題の解説をする風太郎を横目に三玖は一花の顔を窺った。

 予想通り、彼女は風太郎に夢中で視線をずっと彼に向けていた。やはり彼が気になるのだろう。でもあまりに露骨過ぎる。あまりに不自然だ。そのせいでさっきから四葉は隣の一花を凝視していた。きっと姉の行動に疑問を抱いるのだろう。無理もない。

 この状況、中々ややこしい状況だと三玖は思った。

 風太郎は自分に好意を抱いていて三玖自身とは両想い。その風太郎に想いを寄せている一花は勉強会中でも自身のアピールをするが、それを不審がる五月と四葉。

 

 こんなところだろうか。それぞれの抱く思惑を恐らく全てを把握しているのは自分だけだろう。ここにもし二乃がいれば彼女も一花の行動を疑問視して、彼女の想いに気付くかもしれない。そうなれば相談して少しは状況をマシに出来るのだろうが、ないものねだりだ。

 

 ───私達、大変だね。フータロー。

 

 彼はまだ何も知らないのだろう。それが羨ましい。

 いつか共に想いを告白した暁には今の気苦労を彼に聞かせてやろうと三玖は誓った。

 もはや気分は恋人同士である。互いに両想いなのだから実質恋人だ。間違いではない。

 

 

 ◇

 

 前の時もそうだったが、三玖は姉妹の中でも一番卑屈な奴だ。自分に自信がなくて、ふさぎ込む傾向にある。

 だからそのコンプレックスを少しでも和らげようと接した。

 ……少し甘いのではないかと思ったが仕方がない。前回に一花が言ってたような頭を撫でてやるといいみたいな話を思い出して実践してみたが効果的だった。

 教育関係の本にも書いてあったが褒めて伸ばす、というのも重要だそうだ。特に三玖のような自信のない奴にはそういう方法がいいと聞く。

 やはり先人の知恵は素晴らしい。馬鹿に出来ないものだ。賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶと言う。ならば愚者の経験と賢者の歴史を併せる事のできるこの状況は僥倖だろう。

 前回よりも早くあいつらとの信頼関係を築けていると確かな手応えを感じる。

 今のところは良き生徒として、或いは良き友人として関係を築けている。それは三玖だけではなく勿論、他の姉妹とも。

 二乃はまだ距離を置かれているが、少しは改善された関係になりつつある。あいつに関しては急ぐ事はない。ゆっくりと時間を掛けて信頼関係を築いていけばいい。まだ時間はあるのだから。

 それにあいつも勉強会はともかく、家庭教師の日には一応は席には付いてくれる程度にはマシな関係ではあるんだ。前に比べたら大きな進歩だろう。

 とりあえず、これで全員とは授業になる形まで一応の関係は作れたのは大きい。少しは一安心、と言ったところか。

 これで条件は全てクリアされたも同然だ。あとはイレギュラーさえなければこのまま全員を笑顔で卒業させるだけだ。

 とはいえ油断は大敵だ。今は次の中間試験に向けて気を引き締めなければ。

 

 ◇

 

 五つ子中間報告

 

 一花 フー君と結ばれる運命にあると信じて疑わない。上杉家との関係も良好でニッコニコ。恋も仕事も成就させなきゃならないのが長女の辛いところ。

 二乃 まだフー君の事を完全には認めてはないが時間の問題。ここ最近、何故か彼とバイクに乗ったり混浴に突撃したりと妙な夢を見る。

 三玖 フー君は自分と両想いなのに一花がフー君に惚れている。どうしよう、とお悩み中。一応、四葉には相談してみた。

 四葉 嘘つきは泥棒の始まりと云うが泥棒から始まる嘘つきが身内にいるのを知る。また別の姉のふざけた妄想(げんそう)をぶち殺さなければならない予定ができた。

 五月 最近、フー君の事ばかり考えて食欲が落ち気味&勉強会でフー君の両隣をキープしだした姉達に対してのモヤモヤが日々大きくなってそろそろ限界。

 


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