とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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すげー家庭教師が五つ子と共に素敵な林間学校に行く話。


外典 フー君強くてニューゲーム!⑦

 家庭教師である彼が中野家に泊まり込み、勉強漬けで臨んだ中間試験は他人と比べれば悪い点数ではあるものの、中野姉妹基準で言えば大いに健闘した結果となった。

 特に今まで勉強をしても伸びなかった五月は漸く実った結果に大はしゃぎで勢いのまま風太郎に抱きついて感謝していた。そんな彼女に一花は不満気な顔をしていたが、四葉はその程度では動じない。ただ静観を貫いた。

 私の風太郎君に抱き着いたから何だと言うのだ。別に何てことはないし五月の抱擁は感謝以外の意味合いは込められていない筈だ。可愛い無垢な妹が友人とじゃれているだけじゃあないか。自分は姉とは違う。そのような些末事で心を乱す中野四葉ではないのだ。

 何故なら自分と彼には他の姉妹にも”前の生徒”にもない、絶対的な絆があるからだ。現に今もそうだ。こうして絆を確かめ合っている。

 

「五月、すごく喜んでたね」

「いくら何でもはしゃぎすぎだ。あの程度の点数で満足してたら困る」

 

 昼休み。解放された校舎の屋上で二人で肩を並べて昼食を共にするのが習慣になったのはつい最近だ。給料の出ない平日も彼に勉強会を開いて貰っているお礼として四葉は毎日のように風太郎に自身が握ったおにぎりを提供していた。お礼を抜きにしても彼があんな質素な食事をしているのを見て見ぬふり等出来なかった。

 流石に最初はそれを拒んでいた風太郎であったが、あれで彼は意外と押しに弱い事を四葉は五年前に京都を回った時に知っている。押せば通るのだ。予想通り最終的には仕方ないと嘆息しながら折れてくれて一緒に昼食を取ってくれるようになった。

 

「それにお前達相手じゃ多少成績を上げたところで油断はできねえよ」

「あはは、風太郎君は厳しいね」

「お前もあれで安心してはいないだろうな、四葉」

「もちろん。次は姉妹で一番を目指すつもりだよ」

 

 勉強に関しては過去に挫折した苦い経験があるが、それも彼と一緒なら乗り越えられる。二人でならどんな試練でも打ち勝てる。それに今回の試験、姉妹で一番の成績を収めた五月が彼に褒められていたのを見て、四葉の中で火が付いた。

 別に嫉妬ではない。そう断じて醜い嫉妬等ではないのだが、自分だって彼に褒められたいのは確かだ。彼の口から自分が姉妹で一番だと言って欲しい。ただ彼からの言葉が欲しかった。それだけで四葉は満たされるのだから。

 

「姉妹で一番か。随分と大きく出たな」

「できるよ。だって風太郎君と一緒だもん」

 

 風太郎の肩に頭を預けながら四葉は多幸感に包まれていた。まるで恋仲にある男女のように甘えているが、この程度の事なら彼は決して拒絶したりはしない。四葉には分かるのだ。彼の中にある線引きが。

 彼はあくまでも家庭教師で在ろうと線引きをするが、その境界線は自分に対してだけは曖昧になる。今が正にそうだ。その理由は偏に自分が彼にとって『家庭教師と生徒』という枠組みを超えた特別な存在であるからだと四葉は確信している。

 一花でも二乃でも三玖でも五月でもない。この中野四葉だからこそ彼はここまで許容するのだ。他でもない自分だけに。あの時に出会った自分だけに。

 かつて檀上に上がり表彰されながら自分を見上げる姉妹四人を眺めた時よりも深く甘く蕩けてしまいそうな優越感は四葉の中に眠っていた自尊心を擽り臍の下が電撃が走ったように疼いた。

 

 ──風太郎君とこうしているだけで私は幸せだよ。

 

 この昼休みの僅かな時間は四葉にとって至福の時であった。誰にも邪魔されず、彼と二人きりで過ごす優しく流れる愛おしい自分達だけの世界。この時だけ四葉は砕けた口調で彼を『風太郎君』と呼び、リボンを解いて素の自分を曝け出していた。

 ありのままの自分を彼は認めてくれる。リボンなど無くても同じ姿の姉妹から彼は自分を見つけてくれる。この姿で彼に名前を呼ばれる度に自身が絶対的な立ち位置にいるのだと再確認できる。

 

 ──”あなた”も風太郎君とこういう事をしていたんですか?

 

 彼の口から何度か語られた"前の生徒"を思い浮かべた。他の姉妹達から聞いた彼女の話を統括すると、彼女もまた彼にとってかけがえのない存在であったのが分かる。自分がいない間はきっと彼女が風太郎の隣にいたのだろう。それは認める。否定できる要素がない。

 しかし所詮はそれも過去の話だ。過去なんてものはどう足掻いても今には勝てないのだ。思わず笑いが込み上げてきた。

 

 ──喧嘩別れしたあなたは風太郎君の前から消失、一方私は今では彼に必要とされ、こうして隣にいます。随分と差がつきました。悔しいでしょうね。

 

 彼が懐かしむように、そして何処か寂しそうに笑みを浮かべる度に何度拳を握りしめた事か。

 けれど、それもお終いだ。彼女は思い出になったのだ。ただの記憶の残骸に。

 

 ──今でも風太郎君の中で"あなた"の事は強く印象に残っているんだと思いますよ。絆も、思い出も。だけど、まるで全然、この私には程遠いんですよね。

 

 四葉は違う。彼の思い出になどなってたまるか。私はずっと彼の隣に在り続ける。

 

「あ、そうだ。もうすぐ林間学校だね」

「そう言えばそうだったな」

 

 中間試験の話題を打ち切ってわざとらしく林間学校の話を彼に振った。というのも今日はこれが四葉にとっての本命であるからだ。

 何でもこの学校の林間学校はとある伝説があるそうだ。キャンプファイヤーのフィナーレで踊っていた男女は『魂が繋がれ何度生まれ変わっても未来永劫共に在り続ける』という伝説が。

 昔はもっとありきたりな話でここまで仰々しいものでなかったそうだが、何時の間にか尾ひれはひれをついて変貌したらしい。まあ今時の女子はこれくらいオーバーな話の方がインパクトがあって好むだろう。女子高生とはそういう生き物だ。四葉もその例に漏れない。

 

 ──風太郎君と一緒に踊りたいな。

 

 伝説を初めて聞いた時、真っ先に彼の顔が思い浮かんだ。家庭教師であり、友人であり、思い出の人であり、恩人でもあり、想い人でもある大好きな彼の顔を。

 いつから彼に惹かれたのかと問われたら、間違いなくあの日からだ。京都に出会った思い出の日に中野四葉は初めての恋をした。それからずっと四葉の心には彼が居た。

 初恋なんてものは実らないとよく言うが、四葉は違うと断言する。きっと実らないのはその子達の想いと愛が足りなかったからだろう。運命的な出会いと再会を果たした自分達はきっと結ばれる。そう確信している。

 四葉がよく好んで見る夕方にやっているアニメでも幼馴染というのは総じて主人公と結ばれてハッピーエンドを迎えている。物語というのはそういう物なのだ。それはきっと自分と彼も同じ。

 例えばの話だが、相思相愛の幼馴染の男女がいてその女の姉が男を横取りして結ばれる話があっても誰も喜ばないだろう。少なくとも四葉はそんなアニメがあれば録画したそれをすぐさま削除する。そんな強欲で貪欲な姉が許される筈がない。フィクションであっても泥棒は良くない。何故人から盗むのか。それが本当に理解出来ない。

 

「風太郎君は知ってる? 林間学校の伝説」

「確か、キャンプファイヤー云々でって奴だろ」

「意外だよ、風太郎君が知ってたなんて……もしかして興味あったの?」

 

 聞いてみたものの、何となくだが彼はこの手の俗っぽい話題は鼻で笑いそうだと思っていた。そもそも伝説すら知らないだろうと。

 ところが意外な事に彼は既に伝説を知っているようで四葉は目を丸くした。

 

「前に……いや、たまたま耳にしただけだ」

「そうなんだ」

 

 前髪を弄りながら答える風太郎に四葉は微笑みを返したがその内心は余り穏やかではなかった。

 彼と再会したこの短期間で既に四葉は風太郎の癖や仕草を見抜けるようになっていた。勉強会でも家庭教師の日でも常に彼の隣をキープし観察し続けてきた努力の賜物である。だから風太郎が仮に嘘を吐こうものなら一目で分かるし、隠し事をしているのだって分かってしまう。別に彼を疑う訳ではないが、将来的には人生を共にする男性であるのだからこのような技量を身に付けるのは損ではないのだ。

 彼が前髪を弄る仕草を見せる時は何か感情を隠している時が多い。そうだと仮定して今度は何故、彼が何を隠しをしているのかという疑問が出てくる。伝説に纏わる事で何かを隠したがっている。それはつまり……。

 

 ──もしかして風太郎君は既にキャンプファイヤーで踊りたい相手がいる?

 

 ぎしり、と四葉の奥歯に自壊しかねない程の圧が掛かった。これはただの仮定だ。憶測の域を出ない。

 だが、彼に自分以外でそんな異性がいるという仮定が存在すること自体が四葉にとっては赦し難い事であった。

 さっきまで満ち溢れていた暖かな幸福感はすっかりと失われ、代わりに胸の中が氷のように冷たい怒気が滲み出た。

 

 ◇

 

 全てが前と同じではないと思い知らされたのは、中間試験からだ。俺の行動が前回と違うのだから当然と言えば当然なのだが、まさかあいつらの父親からノルマを課せられる事なく最初の試験を迎えるとは。

 蝶の羽ばたきが竜巻を起こすと云われるように僅かな変動で大きく事が変化するのだと肝に命じておいた方がいいだろう。

 今回は『中間試験でノルマを課せられなかった』という俺にとって都合のいい結果になったが、次もそうなるとは限らない。前回よりも最悪な事態が起きる可能性だって当然あり得る。

 細部までは覚えていないが、あの林間学校の伝説とやらも前回と少し内容が異なる気がする。あまり関係はないだろうが、それも何らかで生じた変化の影響だろうか。

 だが、俺の見えている範囲で起きる変化ならまだマシだ。本当に怖いのは見えていない場所で大きな変化が起きていた場合だ。気付いた時にはもう遅い、という結末だけは絶対に避けなければならない。

 なるべく慎重に事を運ばなければ。幸いにも、林間学校を控えたこの時点では確実にあいつらとは前よりも信頼関係を結べている。それも健全な家庭教師と生徒、或いは友人同士として。

 四葉が前よりも心なしかスキンシップが多い気がするが前回もあいつは何かと距離の近い奴だったので特に問題はないだろう。それに過去を開示しているのだから気の許せる友人としてああいう態度も納得がいく。

 

 可能であれば二乃とももう少し距離を縮めていきたい所だが、この林間学校で何か変化があるだろうか。前回と違い、らいはが体調を崩す事なく前日の夜を迎えてしまったが、このまま何もなく平穏な林間学校になればいいんだが。

 とにかく今は前のように面倒な誤解を生むような事が起きないよう祈るしかない。

 

 

 ◇

 

 少女というのは誰だって白馬に乗った王子様という存在に一度は憧れを抱くものだ。童話に出てくるようなキラキラと輝く王子様と結ばれるヒロインになりたいと。

 けれどその憧れを幼少期を過ぎ高校生になった今でも抱き続けるとなると中々に珍しい話になる。理想を諦めて現実が見えてく頃合いだからだ。

 だが中野二乃は未だに夢見る少女であった。乙女の彼女は今でもいつか現れるであろう王子様に憧れを抱いている……が、待てど暮らせど王子様が舞台に登場してくれないのが現状だ。

 

 前に在籍していた女子高と違い今の学校は共学だ。男子がいる。そこに素敵な出会いを期待していなかったと答えれば嘘になる。少女漫画や映画に出てくるような素敵な男性がいるのではないかと少しは期待に胸を膨らませた。

 しかしながら現実は非道である。蓋を開けてみれば気立ての良い姉に集る蠅しかいないのだ。最初は二乃も何度か男子に話しかけられた事もあったが持ち前の気の強い性格が災いして転校して一週間も経てば彼女の周りには女子の友達だけであった。例外があるとするなら家庭教師である彼が自分の周りにいる唯一の男子なのだが、彼は気に入らないので除外だ。

 一応、初対面の時と比べて彼の事は多少は認めている。花火大会の時もバラバラになってしまった姉妹を奔走して繋ぎ合わせてくれたのは彼だ。それには感謝している。だが、姉妹が彼と仲睦まじく話している様を見るとどうにも腹立たしいのだ。

 

 それに彼は自分の好みとは正反対の容姿をしている。二乃が恋をするとしたらそれは王子様しかあり得ない。

 出来れば派手な格好が似合う人がいい。髪を染めていて、それでいて男らしさがあって。現代社会で白馬は流石に無理があるので代わりにバイクなど運転できて後ろに乗せてもらえればグッドだ。何故か最近、あの家庭教師とバイクに乗る奇妙な夢を見たが、彼には似合わないだろう。

 とにかく、そんな素敵な男性との胸が昂る出会いがないだろうか。

 周りの女子がキャンプファイヤーでの伝説に盛り上がるのを眺めながら二乃は叶わないと分かっていながらも、そんな事を願いながら林間学校に向かうバスの中で溜息を吐いた。

 

 そんな諦め半分だった乙女の夢を運命の女神は何の気紛れか、叶えてくれた。

 

 ──その日、少女は運命に出会う。

 

 林間学校二日の夜は肝試しが行われた。怖がりの五月とペアを組んだ時点で既に嫌な予感がしていたのだが、その予感は見事に的中した。やけに気合いの入った肝試し係の変装に妹は涙目で悲鳴を上げながら自分を置いて走り去ってしまったのだ。

 本当にツイてない。昨日は何事もなく一日が過ぎたが今日は最悪だ。飯盒炊飯では同じ班の男子は言う事を聞かないし、肝試しでは五月とはぐれてしまう。連絡を取ろうにも携帯は充電切れ。一人で道を突き進むも辺りが暗くて方角が正しいのすら分からない。まさに最悪だ。

 夜風が吹き、森の木々がせせら笑うような不気味な音を立てた。怖くなった二乃はその場から駆け出したが足元が見えなくて躓いてしまう。膝を擦りむいた痛みと一人ぼっちの寂しさに涙が溢れそうになった。

 

 そんな時であった。

 

「ようやく見つけた、二乃」

 

 何処か安堵するような声色が聞こえた。見上げると、そこには手を差し伸ばしてくれる一人の男の子が佇んでいた。

 空を覆っていた雲の隙間から月明かりが照らし、彼の姿を明らみにする。

 高い身長に金色の髪。整った顔立ちをした彼はまるで絵本からそのまま飛び出た王子様のようで、其処には二乃の妄想を具現化したかのような存在がいた。

 

「え、あ、えっと、その……」

 

 上手く言葉が出ない。誰かに見つけてもらえたという安心感と、妄想を具現化した彼に対する緊張で体が動かない。

 

「そうか、これじゃ分からないよな。俺だ」

 

 そんな二乃を見て彼は納得したように一人頷いてから金色の髪を掴んでそれを投げ捨てた。

 え、と声が漏れる。よく見れば鬘のようで金髪の下からは黒い髪が現れた。

 見覚えのある顔だ。忘れもしない。あの気に食わないと思っていた家庭教師の彼だった。

 

 現実の王子様というのはある日突然現れるのではなく気付けば傍にいる人が王子様に見えるようになるのだとその日、少女は知った。

 

 後になって思う。この瞬間、中野二乃にとって上杉風太郎が王子様になったのだ。

 他の姉妹が彼に家庭教師と生徒の枠組みを超えた視線を送っているのは二乃も気付いてはいた。それに面白くないと感じていた事も。

 この嫌悪感は大事な姉妹達が彼に取られるの危惧したものだと思っていた。けれど違うのだ。逆だった。彼が姉妹達に取られてしまうのではないかと、恐れていたんだ。

 

 そうだ。ずっと待ち焦こがれていたんだ、こんな展開を。

 お姫様がやってくるまでの場つなぎじゃない。花嫁が登場するまでの時間稼ぎじゃない。他の何者でもなく。他の何物でもなく。自分のその手で、たった一人の王子様と結ばれると夢見たのだ。

 ずっとずっとヒロインになりたかったんだ。絵本みたいに映画みたいに恋焦がれてたった一人の王子様と結ばれるヒロインになりたかったんだ。

 だったらそれは全然終わってない。始まってすらいない。ちょっとぐらい長いプロローグで諦めてはいけない。

 

 ──手を伸ばせば届くのよ。いい加減に始めましょう、ヒロイン(わたし)

 

 

 


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