とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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少しやべー三四五。


外典 フー君強くてニューゲーム! 七つどころか全てにサヨナラ④

「風太郎君、どうかしたの?」

「え?」

「さっきからずっと上の空だよ」

 

 恒例となった屋上で過ごす風太郎との至高の昼休み。先程からおにぎりを口に運ばず手に持ったままの風太郎に四葉は心配そうに首を傾げた。

 今朝からずっとそうだ。忌々しくも一花と共に登校する風太郎を後ろから付けていた時も、休み時間中に廊下から覗き見た五月と会話をしている時も、遠目で見て分かる程度には今日の彼は何処か様子がおかしい。

 昨日、何かあったのだろうか……或いは何かされたのか。

 

「悪い。少し考え事をしてただけだ」

「そうなんだ。さっきから手が止まってるから今日のおにぎりが気に入らないのかと思ったよ」

「そんな訳ねえよ。お前には感謝しているさ。四葉のお陰であの定食とおさらばできたんだしな」

「えへへ」

 

 食事を再開した風太郎に笑みを向けた四葉であったが、その内心はあまり穏やかなものではなかった。こんな事なら部活の助っ人など断って昨日は彼の傍にいれば良かった。何かあってからでは遅いのだから。

 林間学校最終日の出来事以来、四葉は風太郎に関することで少しナーバスになっていた。ただでさえ己と同じ肉体を持つライバルが複数いるのに、名も知れぬモブまで彼に集っているのだ。流石にモブのような羽虫如きに遅れを取る事はないと自負しているが目障りなのに変わりはない。

 

(一花が何か仕掛けたのかな……?)

 

 風太郎の様子がおかしい原因として真っ先に長女の姿を思い浮かべた。四葉にとっても現状一番の障害であるあの泥棒猫。悔しいが事あるごとに何度も風太郎の家に訪問している一花が最も彼と距離が近いと認めざるを得ない。

 しかし彼女は映画の撮影で昨日は学校自体を休んでいた。彼と物理的な接触はなかった筈だ。四葉は一花のスケジュールを完璧に把握している。そこに抜かりはない。英単語や数学の方程式よりも優先して頭に叩き込んだ。この戦争に負ける訳にはいかないのだから。

 映画の撮影がフェイクで何か仕掛けたとも考えにくい。それなら何か事前に不思議な動きを見せる筈だし、それを見逃す四葉ではない。それに仕掛ける時はこちらの妨害が入る事も彼女は理解している。現状、一花と四葉は互いに睨みを利かせ実質的な冷戦状態と言っても過言ではない。今ここで一花が動くとは思えない。

 

(もしかして二乃?)

 

 『泥棒猫』ではない。ならばあの盗人猛々しい次女が何か嗾けたのだろうか。

 四葉個人の意見としては正直なところ二乃は歯牙にもかけない相手だ。まず彼からすれば姉妹で最も第一印象が悪いのが彼女だ。想いを寄せ始めたのも最も遅い。あれだけ嫌っておいて今更掌を返して好きだの恋だのと馬鹿ではないのだろうか。あれが彼女なりのジョークならば大したものだ。全く笑えない冗談だが。

 人の大事な大事な幼馴染を勝手に気色悪いあだ名を付けた時は思わず鳥肌が立ったものだ。体を汚されたような不快感すらあった。しかし後で冷静になって今は問題ないと捨て置いていた。

 正攻法で彼を手籠めにするにしても、一日や二日でどうにかなる相手ではない。二乃程度でどうにかなっているならとうの昔に自分が彼と結ばれている。そうなっていたならこの屋上での昼食もおにぎりだけではなく四葉自身も頂いて貰っていたに違いない。

 つい普段寝る前に浮かべているピンクな妄想に浸りそうになったが首を振ってそれをかき消した。まだ完全に安心できる訳ではない。相手はあの暴走機関車。あれが果たして行儀よく正攻法を用いるだろうか。

 

(二乃なら強行手段もあり得るかも……)

 

 中野二乃に常識は通用しない。薬を盛って無理矢理という手段も十二分にあり得る。あれはヤると決めたらとことんヤる女だ。それだけの強引さと覚悟がある事を四葉は知っている。遅れた分を取り戻すだけの勢いを彼女は秘めているのだ。

 しかし、そこで四葉は二乃もまた昨日は用事があると三玖と共に出かけていた事を思い出した。彼女もアリバイがある。一花の次に警戒度の高い三玖も一緒なのが気になるが。

 

 あの三女はダークホースだ。以前、彼女は自分と風太郎が両想いなどというふざけた幻想を四葉の前で垂れ流してきた事があった。その時はいつもの笑みで誤魔化したが内心では腸が煮えくりかえっていたのは言うまでもない。あの妄想癖はある意味二乃以上に手が付けれられない。最近ではそれに加えて妙な自信も持ち併せていて正直不気味だ。どうせその自信も根拠のない妄想が生み出した物だろう。あれでは想像妊娠するのも時間の問題だ。末期の薬物中毒者でももう少しはまともな幻覚を見るだろうに。

 決して叶わぬ恋を夢想する姉を不憫に思うが、害があるなら容赦なく除かねばならない。一花に続き三玖も彼と二人きりにさせてはいけない要注意人物の一人である。

 

(でも三玖も二乃と一緒に出かけていたから問題はないかな……そうなると)

 

 残った最後の一人。肉まんを頬張りながらアホ毛を揺らす無垢な妹を浮かべて四葉は胸を撫で下ろした。

 確かに五月は昨日、風太郎と勉強会を行っていた。それも二人で、だ。いつも通りあの静かな図書室で彼と隣り合わせで肩を寄せながら勉強に励んでいたのだろう。

 誰も邪魔されずに彼と二人きりになれるなんて四葉にとっては垂涎もののシチュエーションだ。もしも一花が彼とそんな状況になっていたら嫉妬のあまり憤死もあり得た。だが相手が五月となると話は別だ。嫉妬など微塵もなく、むしろ微笑ましさすら感じる。

 あの食いしん坊で生真面目で、それでいて何処か抜けている愛おしき妹も他の姉妹同様に彼に淡い想いを抱いているのは当然知っている。しかし抱いているだけだ。たったそれだけなのだ。彼女の想いは。

 そこから発展することは決してないと四葉は踏んでいる。五月はそこまでなのだ。それ以上先へは動けない。動かないのではない。動けないのだ。

 男の人は慎重に見極めて選べという母が遺した言葉。母になろうとする五月がその言葉を忘れる筈がないだろうし誰よりもその言葉を尊重する筈だ。故にそれが楔となり彼女を封じ込める。

 いずれはその楔を打ち破って動き出す時が来るかもしれないが、その頃には間違いなく決着がついているだろう。自分と彼が無事に結ばれ、誓いのキスを交わすエンディングを迎えて。

 だから四葉は五月にだけは絶対的な信頼を寄せている。彼女だけはあり得ないという一種の安心感があるのだ。

 

(うんうん。五月なら大丈夫)

 

 一花と共に風太郎との過去を明し、如何に自分達が彼と運命の糸で結ばれていたのかを語った時、子犬のように震えていた妹を思い出して四葉は哀れんだ。

 慎重に見極めようやく信頼して過去の楔から解き放れた時には既に失恋をしていた、なんてあまりにも可哀想ではないか。

 本来ならば応援するのが筋だろう。四葉にとっては可愛い妹だ。転校前にも迷惑をかけたし恩返しもしたい。

 大切な妹の淡い恋路を応援しようと全力でその背中を押して恋を成就させるのが姉として、家族としての正しい役割である事は百も承知だ。

 ──しかし。

 

(……悲しいけどこれ『戦争』なんだよね)

 

 そう。これは喧嘩や競い合いと言った生温いものでもない。姉妹間で行われている無慈悲な戦争なのだ。たとえ今は害がなかったとしても僅かな芽が出るなら敵である以上は摘まなければならない。

 五月は何も悪くない。悪いのはこの残酷な運命なのだ。既に風太郎は自分と運命の赤い糸で結ばれているというのに、その彼に手を差し伸ばす様は水面に写る月を掴もうとして湖に飛び込み溺れる獣のようで、哀れな五月に心を痛めた。

 私はつらい。耐えられない。だから死んでくれと五月の淡い恋心に対して四葉は切に願う。

 無垢で純粋なまま産声を上げずに初恋が終わることを四葉は姉としての嘘偽りのなり善意で祈っていた。

 祈っていたのだ……この時までは、まだ。

  

「なあ、四葉」

「なに?」

「その……」

 

 おにぎりを食べ終えた風太郎が何処か言い辛そうに前髪を弄る様を見て四葉は何故か嫌な予感がした。

 彼のこの仕草を四葉はよく知っている。伊達に毎日のように昼休みに二人きりになり、それ以外の時間も暇を見つけては彼の後を付けていた訳ではない。これは照れ隠しや或いは戸惑う時に見せる仕草だ。今回の意味合いはどちらかと言えば後者だろうか。

 

「どうしたの?」

「昨日のことなんだが……五月の奴、何か様子が変だったりしたか?」

「五月?」

 

 さっきまで浮かべていた無垢で哀れな弱弱しい子犬の事を聞かれて首を傾げた。どういう意味だろうか。

 特に変わった様子はなかったと記憶している。部活の助っ人を終えた四葉よりも帰りが遅かったが、五月の勉強に対する熱意を考えれば別に不自然ではない。

 

「別に普段通りだったけど…………あ」

 

 言われてみれば一つだけあった。彼女が普段通りでなかった点。

 それは五月が帰宅後直ぐに夕食ではなくお風呂に入った事だ。あの五月が。これが他の姉妹ならば気にも留めなかっただろう。

 いつもならお腹を空かせて帰ってくる彼女が昨日に限っては何故か風呂を優先したのだ。もう十一月だ。汗をかく季節でもないのに珍しいと思ったのは四葉だけではなかったようで、他の姉妹も目を丸くしていた。

 別に違和感と呼ぶほどではないが、確かに少し気にはなったのを思い出した。

 

「……」

「何かあったのか?」

「ううん、別に。五月は普段通りだったよ」

「そうか」

「五月がどうかしたの?」

「いや。俺の方も別に大した事じゃない」

「ふふ、そうなんだ……ねえ、風太郎君」

 

 しかし四葉は彼には敢えてそれを隠す事にした。

 見つけてしまったからだ。五月の様子が変だとか風太郎の様子がおかしいだとか、そんな些末事に構う余裕がなくなる『それ』を。

 四葉は風太郎と首筋にある『それ』をそっと指で突きながら問うた。

 

「なっ、おい! 急になんだ!?」

「虫にでも刺されたの? それ」

「ああ、これか……多分そうだと思うが。もう一月前くらいからか。中々消えなくてな」

「ううん、違うよ。そこじゃなくてその上の」

「上?」

 

 四葉の手を払い除けて五つ綺麗にならんだ首筋の痕を風太郎は指でなぞったが、それではない。それは自分達姉妹があの林間学校で平等に付けたものだ。消えないように、途切れないように、忘れないように、何度も何度も吸い付いて付けた証。

 だが、それとは別に新たな痕が彼の首筋に増えていたのだ。

 

「自分じゃ見えねえな……」

「スマホのカメラを使えば見えるよ、ほら」

「ああ、助かる。本当だな。また増えてやがる」

 

 眉根を寄せながら気味が悪そうに呟く風太郎を四葉はただじっとその痕を睨み付けていた。

 ああ、そうだ。気味が悪いに決まっている。『虫』に刺されて喜ぶ人間などいやしない。

 

「きっと『虫』だよ。悪い悪い、害虫さんに刺されたんだね」

 

 新たなに出来た風太郎の痕。彼は気付いていないようだが、それは元からあった五つの痕の一つと酷く類似していた。

 五つ並んだ鬱血したその痕は全て同ように見えるが実は全て細部が異なるのだ。それに気付けるのは付けた当事者だけ。

 まるで自分達、五つ子と同じように。あの日、自分達と同じように彼女が首筋にこれを付けたのは無自覚な独占欲からだと思っていた。

 それを可愛らしいと、微笑ましいと思ってただ見逃していた。自分も、一花も。

 だが、違ったのだ。同じだった。彼女が抱いていたものは、自分達の抱くものと何も変わらない。ドロドロと黒く熱く湧き出る灼熱。

 

「んっ」

「なっ!?」

「……これで少しは薄くなるかな?」

「お、お前……」

「えへへ。その痕、目立つから消えるようにおまじない」

 

 六つ目の痕にそっと四葉は口付けをした。本当は吸い付いて上からのかき消したかったが、それは彼と本当に結ばれてからだ。今は、まず先にやらねばならない事が出来た。

 目を丸くして固まる風太郎の唇をそのまま奪い去りたい欲求を押さえつけながら立ち上がった。もうすぐ昼休みが終わる。

  

「風太郎君、今日の勉強会。ちょっと遅れるね」

「え? あ、ああ。構わないが……また部活の助っ人か?」

「ううん、違うよ」

 

 未だ呆ける風太郎にとびきりの笑みを向けた。

 

「ガールズトーク」

 

 ああ、信じていたのに。祈っていたのに。可愛い妹の幸せを。大事な妹の安泰を。

 何もしなければ良かったのに。何も知らなければ良かったのに。何も欲さなければ良かったのに。

 

 ───どうしてみんな、私の大事なモノを勝手に盗ろうとするのかな。

 

 

 ◇

 

 昨日、俺の自宅で行われた五月と二人きりの勉強会。気付けば俺は眠ってしまっていた。最近続いていた寝不足が溜まりに溜まって肉体が限界を迎えたのだろう。

 それはまだ良かった。いや本当は良くないが、まだ眠ってしまっただけだったならマシだった。

 問題は起きた後だ。目が覚めると、何故か五月が俺に抱きつきながら眠っていて、俺も寝ぼけていたのかあいつを抱きしめていたのだ。

 なんで寝てしまったのか、なんで五月まで寝ていたのか、なんでその五月が抱き着いていたのか、なんでこんなに体が怠いのか、寝ぼけた頭ではとても処理しきれなかった。

 とにかく五月を起こさないように、そっとあいつから離れようとしたがそれも叶わなかった。

 ───運悪く、五月が目を覚まして、目が合った。

 

 背筋が凍った。今まで築き上げてきた五月との信頼関係が音を立てて崩れる様を幻視した。こいつは生真面目な奴だ。前回と違って、今はただの友人程度の関係である。

 少なくとも、こんな真似をすれば拒絶されるだろう。終わった、と思った。咄嗟にぶたれるか、或いは突き飛ばされるだろうと覚悟して体が強張り目を瞑った。

 けれどいつまで待ってもビンタや拳が飛んでくる事がなく、恐る恐る目を開けると五月はただ何事もないかのようにこう言った。

 

『おはようございます、上杉君。眠気は取れましたか?』

 

 そんなあいつに俺は増々混乱して、ああと答える事しか出来なかった。

 それは良かった、と五月はふんわりと笑って再び俺を抱き寄せて眠りについた。正直、何が何だか分からなかった。あいつは寝ぼけていたのか、それとも何か企みがあってそうしたのか。

 ただ流されるがままに俺は五月の抱き枕にされた。五月が二度寝して、もう一度離れようと試みたがあいつは俺のシャツを握ったまま離してくれず諦めた。

 その後、らいはと親父が同時に帰ってきて色々と勘違いをされた。一応は誤解を解こうと説明したが、あの様子だと勘違いされたままだろう。寝相が悪かったのか、俺と五月の衣服が乱れていたのも更に誤解を深める原因となった。

 

 昨日はらいはと親父の揶揄うような追及を躱すのに思考を割いて考える余裕がなかったが、翌日になった今日になって改めて違和感を覚えた。

 確かに五月は友人との境界線があやふやな奴だ。前回の時も混浴に突撃してくるような奇行が目立っていた。

 だが、それでも後で冷静になって自らの奇天烈な行動に恥じらいを覚える奴だった。それが、今回はどうだ……?

 何処か、余裕すら感じる笑みを浮かべて、まるで自身の行動が当たり前だと、正しい事だと言わんばかりに俺を何の躊躇もなく抱き寄せた。

 

 あれは、寝ぼけてなんかいない。あいつの意思で、自ら望んでそうしたんだ。そういう確信があった。けれど、それならば今度は何故そんな事を、という疑問が湧き出る。

 疑問が疑問を引き寄せて思考が混線する。そうして頭を悩まさしている内に気付けば昼休みに入り、恒例となった四葉との昼食で俺はまた頭を悩まされる事になった。

 

 いつの間にか出来ていた新たな『痕』。それに四葉は恥じらいも躊躇いもなく口付けした。

 

 戸惑いはした。焦りもした。けれどあいつは前回の時も頬に付いたクリームを舌で舐めとるような真似をした事がある。だから今回の行動も一応は納得ができる。そういう可能性がある。何もおかしくない。

 そう自分に言い聞かせながら午後の授業は終わっていた。意識しないようにしている時点で意識しているのだと思い知らされた。

 

 昨日の五月。今日の四葉。

 

 果たして、その行動は本当にただの家庭教師と生徒の関係として正しいのだろうか。友人同士として適切なのだろうか。過去の恩人に対してするものなのだろうか。

 ───俺はもしかしたら、また間違った関係を築いてしまったのだろうか。

 もしも、もしも彼女達が俺に抱くモノが家庭教師への信頼ではなく、友人への友情ではなく、もっと別の、あの時と同じモノなら、俺は、また……。

 

 考えれば考えるほど、ドツボに嵌りそうになる弱い自分に嫌気が差す。

 しっかりしろ。前回とは違う。前のあいつらと違うんだ。今のあいつらは別人なんだ。

 

『放課後に屋上に来て。フータローに伝えたい事がある。どうしてもこの気持ちが抑えきれないの』

 

 ───だから、何も問題ない筈だ。

 三玖が前回と同じように手紙で俺を屋上に呼び出したのも、ただの偶然なんだ。

 

 

 ◇

 

「やっぱり来てくれたんだね、フータロー」

 

 屋上に出る扉を開けると共に視界に入った光景に酷く吐き気がする程の既視感が襲った。

 

「あ、ああ……それで? わざわざ呼び出して何の用だ?」

 

 手足は震えて、上手く歩けない。ふらつきそうになりながら俺を待っていた三玖になるべく自然を装う。少しでも虚栄を張り付けておかなければ膝から崩れ落ちそうになるから。

 

「手紙だなんてまた古風だな。俺のメアドなら知ってるだろ?」

「うん……でも手紙の方がいいと思ったから」

 

 少しだけ弧を描く三玖の笑みは、見慣れた笑みの筈だった。三玖の笑顔は静かで、それでいて優しく暖かい。初めてそれを見た時、信頼の第一歩を踏み出せたのだと確かな達成感を得たのを今でも覚えている。

 だけど、何故だ。何故、目の前の三玖の笑顔を何時もと違う、と俺の心は訴えかけているんだ。

 そして、その笑みに何故、見覚えがあるんだ。

 

「手紙の方がいいって、なんでだ? 見てくれないかもしれないだろ」

 

 自分の中で何かが警鐘を鳴らしている。彼女から逃げろと。ここから走り去れと。

 心臓が馬鹿みたいにうるさくて、背中から汗が噴き出ている。歯がガタガタと震え、舌を何度も噛みそうになる。

 けれど、少しでも会話をしていないと、言葉を吐き出していないと、さっきから浮かべる馬鹿な妄想に取りつかれて狂ってしまう。

 ああ、有り得ない。そうだ。そんな馬鹿げた事、有り得ない。

 

「見てくれるよ」

「どうして言い切れる? メールの方が確実だ」

「フータローなら大丈夫だよ」

「だから、なんで……」

 

 そんな。覚えている筈が、そんな事があっては───。

 

「───だって、前は見てくれたでしょ? フータロー」

 

 そう言って微笑む三玖の笑みを俺は知っていた。覚えていた。忘れる筈がない。忘れられる筈がない。

 だってそうだろう。俺の最期の光景にこびり付いた五人の笑顔を忘れることなんて。

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