とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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京都編がギスギスしてきましたので清涼剤代わりに。
単行本未収録の内容及びキャラ崩壊ありなのでご注意ください。


男女の戦い。

 

「ところで上杉君はどんな女性が好みなんだい?」

 

 京都を周る班も決まり、修学旅行まであと数日と迫った。受験を控えた三年生にとっては高校生活の集大成ともいえる一大イベントだ。

 今日も昼休みの食堂では辺りを見回すと彼ら三年生たちは普段よりも活気に溢れいた。

 誰と周るだとか、どこに行くだとか、何を持っていくだとか。全力で青春を謳歌しようする者ばかりだ。

 風太郎も表面上は平静を装いながらも内心では周りの彼らと同じようにテンション爆上げでエンジョイする気満だった。何せ、ここ最近は林間学校、家族旅行とハプニング続きで素直に泊行事を楽しめていない。

 二度あることは三度ある、と云うが今回ばかりは三度目の正直を信じたい。

 

 修学旅行に向け期待と不安に胸を膨らませるそんな彼に、今日は珍しくも共に食事をする人影があった。

 

「……いきなり何の話だ、武田」

「いやなに。こういった会話は修学旅行では定番じゃないか、ね?」

「その修学旅行はまだだろ」

「ほら、そこはリハーサルってことで」

「リハーサルって……」

「で、実際どうなんだい?」

 

 粘着質のある視線を向けられながら、何やら面倒な事になったと風太郎は鼻を鳴らした。定食のお新香に箸を伸ばし黙々と口へと運ぶ。

 

 修学旅行の件で話があると彼に昼食を誘われたのが始まりだった。

 話をするだけならわざわざ昼食を共にする必要はないと最初は風太郎も断った。しかし焼肉定食焼肉"有り"を奢るからと言われ掌を即座に返してホイホイ彼の話に乗ってしまった。

 少し前なら、そもそも誰が相手だろうと話の内容すら聞かずに無視をしていたところだが今は少しばかり心境の変化もあってか、とりあえず要件は聞く事にしていた。

 これも彼女達に出会って自分が変わったのが原因だろうか。

 或いはあの模試の時にトイレで聞かされた彼の夢が要因か。

 それは今でも分からないままだ。

 

 だが、まさか彼からこんな質問を投げかけられるとは思わなかった。

 

 自分と違って交友関係も広く男女問わずに人気のある彼がこの手の話題をするのは別段おかしくはない筈なのだが、何となく違和感があった。

 以前にもあの五つ子に似たような質問をされた事を思い出しながら風太郎は武田に向けて視線を返した。

 

「生憎、その手の話題には興味なくてな」

「成程、異性には興味がないと」

 

 何故だろう。彼がそう言うと身の毛がよだつ。まるで違う意味のように聞こえた。

 何か余計な勘違いされないよう、断じて違うと即座に返した。少なくとも自分の性癖は一般的なものだ。

 

 それに、最近では昔ほどに恋愛感情に対して嫌悪感のようなものは薄れている。

 

「君も男だろう。そういった趣向は何か一つくらいはある筈さ、ね?」

「やけに食いつくな。何が目的だ?」

「別に他意はないさ。単なる興味本位だよ」

「……」

 

 本当にそうだろうか。急に飯まで奢ってまでこんな話をするなんてやはり違和感がある。何か裏があると勘ぐってしまう。

 表情から情報を読み取ろうと試みたが武田はニヒルな笑みを浮かべるだけ。まあ、見ただけで分かる筈がないか。

 人の顔を見て内心を推し量れる程、器用な人間だったら五つ子相手にここまで苦労はしてなかっただろう。

 素直に彼との近状の出来事を思い返す方が手掛かりがあるだろうと思い、記憶の糸を辿る。

 

 すると、ふと先日の公園で彼と共に呼び出れた時に交わした中野父との会話を思い出した。

 家庭教師である自分と最近やけに距離感が近い娘達を危惧して紳士的な対応をするようにと釘を刺されたところだった。

 

 点と点が線で結び付いた。成程。そういう事か。

 

 事あるごとに何かと干渉してくる中野父のことだ。自分の言葉だけを信用する筈がない。

 そこでこちらの真意を探る為に彼を差し向けたといったところか。娘達を本当に邪な眼で見ていないかどうかの確認だろう。

 中野父と彼は個人的な繋がりがあると聞くし、それならこの不自然な質問にも納得がいく。

 

 しかし、そうだとしたら何と答えたらいいものか。焼肉と米を咀嚼しながら悩んだ。

 

 先のように適当に言葉を濁しても、しつこく追及してくるであろう事は目に見えている。

 ならば適当に身長(タッパ)(ケツ)がデカイ女がタイプですとでも答えるか。

 いや、あまりに白々しいとそれはそれで疑われる。どうにか納得させられる答えが必要だ。それも中野父が聞いて安心できるような説得力のある答えが。

 

 頭で五つ子を思い浮かべる。なんだ、簡単じゃないか。

 最後の肉をよく咀嚼し味噌汁と一緒に喉へ流し込む。正しい解が見つかった。

 

「……そうだな、強いて挙げるなら」

 

 きっとこれが正解だろう。

 

「ふふ、やっと答えてくれる気になったのかい?」

「お前がしつこいからだ。黙って聞け」

「すまない、話の腰を折ってしまったね。さあ、続きを聞かせてほしい」

 

「……知的で清楚でスレンダーな女だ」

 

 これなら中野父も満足するだろう。風太郎は自信満々にそう答えた。

 

 ◇

 

 武田は風太郎の後方でテーブル席を占拠する五つ子たちに向けて目の前の彼に悟られないよう彼女達にハンドサインを送った。

 予め決めていたサインは中野姉妹に無事に一言一句伝わったようで、彼のサインを見た彼女達はそれぞれこの世の終わりを目の当たりにしたような表情で沈んでいた。

 それを眺めながら武田は頬が緩むのを我慢出来なかった。ダメだ。まだ笑うな。堪えるんだ。目の前には風太郎がいる。し、しかし……。

 何とかテーブルの下で内股をつねる事により頬の筋肉を引き締めるのに成功した武田は心の中で勝利の雄叫びをした。

 良かった。どうやら彼があの悪い虫たちに誑かされる心配はないようだ。

 知的、清楚、スレンダー。どれを取ってもあの姉妹に全く掠りもしない。ストライクゾーンから大きく外れた暴投だ。ここまで好みと正反対なら、まだ同性相手の方が靡く可能性が高いだろう。

 男にも劣る愚かな姉妹を肴に武田は勝利の美酒として彼と同じ焼肉定食の味噌汁を口にした。

 あゝ、味噌汁が美味い。

 

 風太郎の睨んだ通り、この男は彼を探る為に送られてきた刺客だった。

 ただ風太郎の推測と違ったのは依頼主が中野父ではなくその娘の中野姉妹によって買収された事だ。

 まさか五つ子達が前に聞いてきた自分の異性の好みを今度は他人を利用して聞いてくるなど全国模試三位を誇る彼でも読み切れなかっただろう。

 買収された武田もこの状況が特異だと思っているくらいだ。

 彼自身、あの五つ子達に対しての好感度はあまり高いとは言い難い。むしろ低い方だ。何せ、自分が唯一好敵手とする男を堕落させ一度は絶対王者の彼の成績を低下させた諸悪の根源なのだから。

 確かに彼は前回の模試で宣言通りに輝かしい成績を納め実力を改めて認めたが、あくまでも認めたのは風太郎だけだ。そのおまけの五つ子達じゃあない。今もまた彼を堕落させないか心配なくらいだ。

 今まで歯牙にもかけられてなかった武田だったがあの日、彼は自身の存在を認め受けて立つと言ってくれた。風太郎は武田にとってライバルであり、そして同時に唯一無二の友であると自負がある。

 その友人としての責務として、風太郎を守護らなければならない。彼に付きまとう五つ子達は云わば悪い虫だ。ただの虫じゃない。糸を吐く蜘蛛、それも女郎蜘蛛だ。

 

 その彼女達に先日、協力して欲しいと依頼された。

 本来なら相反する彼女達に手を貸すなど天地がひっくり返ってもあり得ない。彼女達の企みによって友が苦心する姿など見たくない。

 鉄の意志で断固拒否すると要件を聞かずに吐き捨てた武田であったが、姉妹側から提示された報酬に掌をクルックルに回転させて忠誠を誓った。

 

 彼の使用していたビロビロおパンツ。それも二枚だ。

 

 これの真の価値を知る者は少ない。あの模試で父に渡された回答用紙などこれに比べたら尻にへばりついた糞を拭くチリ紙以下だ。便所に流すのも烏滸がましい。

 

 上杉風太郎は下着を滅多な事がない限り買い替えない。そのせいでゴムが伸び切りビロビロになった状態で今も使用して状態である。

 これは彼の成績が下がった時に独自に調査(ストーキング)してた時に得た機密情報だ。あの姉妹がその存在を知っていた事自体に驚愕を隠せなかった。

 上杉家は裕福とはかけ離れた家庭状況だ。本人自身もあまり物欲がなく身の回りの消耗品の更新は極めて稀である。その中でも特に下着はそうだ。

 つまり彼の下着は市場に出回る事すら稀有な貴重価値の高い逸品なのだ。つい先日、下着の買い替えが行われたのをリサーチしていたがまさかそれが既に姉妹の手によって渡っていたとは。

 

 あれは正規の手段で入手するには彼の妹に信頼された上で相応の対価を支払ってようやく手にする事ができる。非合法的な手段を用いるなら彼の家に忍び込み頂戴仕る事もできなくはないがリスクは高い。

 あの姉妹の事だから恐らくは前者の方法で手に入れたのだろう。最終的な目的を彼と定める彼女達が義妹に対して好感度の下がる手段を取るとは考え難い。

 これを入手する為に彼女達が一体どれだけの対価を支払ったのか武田には想像できなかった。だが確かに黄金に輝く覚悟を彼女達に見た。この時は性差を超え、彼女達の覚悟に敬意を示したものだ。

 

 しかしだからこそ解せなかった。それほどの対価を支払ってまで手に入れた宝を何故みすみす手放すのか。

 それも敵対関係である自分に分け与えるなど。敵に塩を送るようなもの。

 勉強の出来は見るに堪えないが、彼の事に関しては頭が回るのが中野シスターズだ。必ず何かある。

 彼女達の思考をトレースし、吟味し、何度もシミュレートした。その結果、彼は一つの解に辿り着いた。

 

 彼女達は修学旅行で全てにケリを付けるつもりなのだ。そして彼を手中に収める算段は付いている。

 

 恐らくは既に仕込みは終えているのだろう。何重にも張り巡らされた計略という糸が彼の手足を絡み取り、女郎蜘蛛どもの餌食になる。

 今回はその策を万全のものとする為の最後のダメ押し、と言ったところか。彼の好みを知り、自分達がそれに一致してたらそのまま決行。そうでなければ、彼の好みに近づき自分を女として仕上げるつもりだ。

 ダメ押しの為に宝を捨てる云わば背水の陣。リスクは大きいが成功した時のリターンは計り知れない。

 

 確かにそれなら納得ができる。彼のビロビロおパンツは貴重品ではあるが、あくまでも副産物。黄金の卵を産むガチョウがいるのなら、最初から卵より本体を狙うのは道理だろう。

 流石の武田も姉妹達の意図に気付いた時は冷汗をかいた。とりあえず前金であるビロビロおパンツの一枚を彼女達から受け取り、家に帰ってそれを被りながら頭を悩ませた。

 修学旅行当日はあの姉妹と別行動を取るのは当然として、他にどう手を打つか。頭脳は人の五分の一だがマンパワーは向こうが上回っている。油断はならない。

 結局、良い案が浮かばないまま今日を迎えてしまったが運よく杞憂に終わった。

 

 彼女達は上杉風太郎が理想とする女性には決してなれない。

 

 この事実は楔となり彼女達の胸にずっと残る事になる。

 知性とは極地の位置に存在する彼女達が一朝一夕で叡智を得る事などできないし、異性の下着を後生大事にするような女は清楚とはかけ離れている。スレンダー? 笑止。

 気分がいい。実に愉快だ。やはり彼は頭のいい人間を好むらしい。人間には分不相応は関係が求められるというものだ。

 

 気を良くした武田は追い打ちをかけるようにハンドサインを送った。もちろん目的は彼女達への煽りだ。

 

 沈んでいた彼女達がそれを気付いたが、意図が伝わっていないのか、何も反応を示さない。当然だ。

 これは事前に決めていたサインではなく、今即興で考えたものなのだから。

 

 ああ、君たちには決して理解できないだろうさ。これがナニを指すか。そうだ。君たちは何も知らない。ナニも知らないんだ。彼の事を何も。

 

 右手の親指と小指だけを立てそれを限界まで広げて振る。この親指を小指の間の長さがある物のサイズを示していた。

 

 ───上杉君のフー君である。

 

 彼女達はこれを知らない。知る機会がない。故に知る由もない。

 別に彼と彼女達の関係が希薄なものであるはとは言わない。癪だが確かな絆があるのだと認めよう。だけど、それだけだ。

 性別が違う彼女達がこれを知ろうとするなら男女の関係において極地に至らなければならないが、あの五つ子はそこに達していない。

 

 だが、武田は違う。同性だからこそ至れる道がある。

 

 何度、彼の隣で用を足しただろう。

 何度、彼の隣を眺め見たのだろう。

 

 違うクラスだった時は同じタイミングでトイレに向かうに難儀したものだ。

 仮にタイミングが合っても次に彼の隣が空いてなければならない。

 そしてそれをクリアしても、彼に感づかれないよう眺めるのはほんの刹那の間だ。

 たったそれだけで正確なサイズを推し量るなど不可能である。

 

 しかし、ここに例外が存在する。

 

 何度も何度も、毎日、彼の隣で用を足す。そして脳に刹那の光景を焼き付ける。

 焼き付けた刹那の画は積み重ねれば瞬間になり、瞬間を重ねれば時は永遠になる。

 そして繰り返す事三年生の春。武田は鮮明にフー君を脳内に浮かべる事が可能になった。

 

 君たちは"これ"を知らない。それが君たちと僕との決定的な差さ。まあ、分からないか。この領域(レベル)の話は。

 

 ふっ、と勝ち誇り武田は姉妹達から視線を外し、風太郎との会話を再会しようとした。

 

 その時だった。

 

 彼女達が何やら動きを見せ、思わず目をそのまま彼女達に向けたままにした。すると、武田にとって信じ難い光景が繰り出された。

 

 ば、馬鹿な!

 

 中野姉妹の次女、二乃が五月のほうばっていたホットドッグを取りあげ武田に見せびらかすようにそれを振った。

 これが何を示しているのか常人には理解できない。

 だが、武田には理解った。理解できてしまった。

 

 あれは、あのホットドッグの形こそが、武田が想定していたフー君の戦闘形態そのものだった。

 

 実際に見た訳じゃあない。何せ、見れる機会がないのだから。

 だから通常時のサイズから凡そのモノをシミュレーションしてどの程度になるかを想像するしかなかった。

 

 そして中野二乃が振るあれはまさに、彼が想像したナニそのものであった。

 

 馬鹿な、そんな馬鹿な! ありえない! 彼女達は既に男女の極地に至ったというのか!?

 

 混乱する武田を見て二乃は胸がすいた思いをしていた。ざまあみなさい。あんただけの特権だと思わない事ね。

 

 ハンドサインでそう返され、武田は呆然とした。

 

 彼は知らない。二乃が混浴に入ったのを見計らってそのまま突入した経験がある事を。

 彼は知らない。入ってきた二乃に誰だ、なんて聞いた癖に半裸の彼女に風太郎のフー君がきちんと反応してた事を。

 彼は知らない。自分を誰だか判断出来なかった彼に怒りながらも、きっちりとそれを目に焼き付けて後に姉妹で情報を共有した事を。

 

「……おい、お前さっきから挙動不審だが大丈夫か?」

「あ、ああ。大丈夫さ。何でもない」

 

 やはりあの姉妹は危険だ。早急に手を打つ必要がある。そうしないと彼の身に危険が及ぶ。

 自分の身を案じてくれる友に笑みを返しながら武田は改めて誓った。

 上杉風太郎を守護らねば、と。

 

 男女の戦いは京都へと続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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