とある五つ子の(非)日常   作:いぶりーす

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ファザコンでマザコンでシスコンでツンデレの睡眠薬盛ってくる属性マシマシ次女と愉快な姉妹達。


「フー君にバブみを感じてオギャる……最高に尊いわ!」

 『父』とは何だろうか。

 そんな漠然とした疑問を子供の頃から何度も抱いた。『父』という存在、定義、その在り方について。厳しくも優しい大好きな母が亡くなってからより一層、二乃は『父』について考えるようになった。

 二乃には二人の『父』がいた。蒸発した実父と、家に全く帰ってこない今の父親。

 二人の『父』が共通しているのは自分の傍にいないという事だ。

 もちろん、今の父には感謝をしている。大事な姉妹達と五人一緒に何不自由なく暮らせるのも彼のお陰だ。それに関しては頭が上がらない。

 けれど、いくら感謝をしても思ってしまうのだ。何故、『父』なのに傍にいないのかと。

 家族なのに。親なのに。どうして……。

 幼い時から感じていた不満と不安は膨らみ続け、二乃は『父』としての愛情を無意識の内に姉妹達の誰よりも求めるようになっていた。

 

 ずっと傍にいてくれる人を。暖かく見守ってくれる人を。優しく頭を撫で安堵を与えてくれる人を。

 そんな中で出会い、ぶつかり合い、理解し、惹かれたのが中野姉妹専属家庭教師である上杉風太郎であった。

 最悪のファーストコンタクトから始まった人生最大の大恋愛。恋敵は同じ血を分けた姉妹、相手は恋愛のれの字すら知らないような難攻不落の城塞。波乱万丈の恋愛劇の始まりだ。

 仲良し五つ子の絆すらも皹が入りかけたのは記憶に新しい。時に涙し、時に怒り、そして最後に笑い、彼を巡る姉妹間の争いは修学旅行で一応は終戦を迎えた。

 時は経ち、とうとうあの四女と五女も参戦し、今では彼の事について姉妹間で仲睦まじく語り合うようになっていた。

 

 そんなとある日の午後であった。

 

「フー君にバブみを感じてオギャる……最高に尊いわ!」

 

 恍惚とした表情を浮かべ両手を頬に添えながら発した次女の奇妙な発言に他の姉妹四人は相応の反応を見せた。

 長女はなるほどと興味深そうに頷き、三女はポーカーフェイスを保ちながら次女の説明を促し、四女は笑顔を浮かべながらも内心ドン引きし、五女はモグモグとアンパンを頬張りながら静観していた。

 

「えっと、二乃」

「なにかしら? 四葉」

「その、説明してもらってもいいかな? 上杉さんに何を感じるって」

「バブみよ」

「……ば、バブみ」

「ええ。フー君にバブみを感じてオギャるのよ」

「……汚ギャル」

 

 この姉は一体、何を言っているのだろうか。四葉にはてんで理解出来なかった。

 まずバブみという概念が分からない。あのよくCMでやっている炭酸入浴剤の事だろうか。

 次に汚ギャル……これは確か聞いた事がある。この前テレビで見た数十年前に渋谷で流行ったとされるルーズソックスを穿いて肌を黒く焼いた不衛生な女子高生の事だ。

 四葉の脳内で炭酸入浴剤の入った浴槽に風太郎と肌を焼いたギャルっぽい格好をした二乃が仲良く一緒に浸かる様が浮かび上がったが余計に混乱を招いた。

 

「フー君っていつも私達の傍にいてくれるでしょ?」

「え? う、うん。上杉さんは私達の家庭教師でお友達だからね」

「それにずっと見守ってくれてるわ」

「私達の夢を卒業までに見つけるって言ってくれたもんね」

「あと掴んでろって何度も私の手を取ってくれるの。花火大会の時も、川で溺れそうになった時も、一緒にバイクに乗ってくれた時も」

「へぇ……それは初耳だよ」

「つまり私のパパよ」

 

 何がつまりなのだろう。何をどう繋げば風太郎が父になるのか。

 四葉の疑問などお構いなしに興奮した二乃の『上杉風太郎=パパ説』のプレゼンを続けた。

 二乃曰く、父とは常に子の傍に居て見守り時に手を差し伸ばしてくれる存在である、と。

 それは即ち我らが家庭教師、上杉風太郎その人であると己の経験から導き出したのだ。

 なるほど。つまり風太郎に父性を感じるという事か。それならまだ理解できなくもない。

 今まで姉妹全員が共通してこんなにも親しく、近くにいた男性など家族以外では彼が初めてだ。そんな彼に家族として欲していた不足した部分を求めてしまうのは仕方ない事かもしれない。特に姉妹で一番、家族への愛情が強い二乃は。

 

「実はこの前ね、フー君と一緒にバイトしてた時なんだけど、私その時は疲れちゃって休憩室でついうたた寝しちゃったの。でもねフー君ったら優しいのよ。私が寝ちゃった時に自分の上着を被せてくれて」

 

 急に惚気話が始まって明らかに部屋の温度が下がったように感じた。他の姉妹達からの無言の圧だ。長女は露骨に舌打ちを、三女は早く結論を言えと催促するように大きな溜息を、五女はモグモグと新たにメロンパンに手を付けながら次女を睨む。

 無論、己の想いに蓋をするのを辞めた四女も例外ではない。気付けば手に持っていたカフェオレの入ったマグカップを粉砕していた。

 そんなのは知ったことかと彼女のマシンガントークは止まらない。

 

「それで目が覚めた時にたまたま目の前にフー君の顔があったの。私、その時は寝ぼけてたみたいで、思わず『パパ』って呼んじゃったのよ」

 

 うわぁ、と三玖がドン引きするような声を漏らした。声だけではない。体も少し後退っている。四葉もちょっと引いてしまった。

 

「ふふ、そしたらフー君、なんて言ったと思う?」

「そういうのいいから」

「早く答えてよ二乃」

「……もぐもぐ、ごくん」

 

 勿体ぶるように二乃が姉妹達に視線を這わせる。更に部屋の温度が下がった。

 これはいけない。ここは姉である自分がこの空気を変えるべきだ。

 はい、と姉妹達を代表して一花が手を上げ回答を口にした。彼がなんて言ったなんて簡単に想像できる。ここは女優らしく少し彼の声を真似て答えてあげようと一花は気合いを入れた。

 

「『俺は何時からお前のパパになったんだ? 寝坊助にはお仕置きが必要だな一花』」

「そ、そんなお仕置きなんて……な、何をされるのかな」

「『決まってるだろ。"いつもの"だ。そら、早く壁に手をついてケツ向けろ』」

「い、いや、フータロー君……」

「『いやぁ? こっちは嫌がってないようだがな』」

「そ、それは…ッ!? あッ! 駄目……」

 

 長女が己の性癖を混ぜ合わせながら女優として培った技能をフルに活かして風太郎の声真似をしながらして答えたが妹達はそれを華麗にスルー。

 修学旅行以降、良くも悪くも吹っ切れた彼女はこうして姉妹で風太郎のことを話している時に急に一花ワールドを発動させて一花の一花による一花の為の劇団一花をゲリラ公演するようになったが、今では慣れた光景だ。暫くは放置しても構わないだろう。

 何事もなかったかのように二乃は続けた。

 

「フー君、私の頭を撫でながら優しく名前を呼んでくれたの! きゃー!」

「きゃー!!」

 

 感極まった次女が奇声を挙げると同時にメロンパンを食い終えた五女も奇声を放った。

 なんだこいつらは。常識人枠である三玖と四葉は互いの肩を抱いて姉と妹の奇行に震え怯えた。

 

「もうあの時からフー君は私の第三のパパ、心のパパになったのよ。あの眼、間違ってパパって呼んだのにそれを咎めずに仕方ないなって笑うフー君の眼ッ! もう凄いわ! ヤバいわ! ずっとあの眼に見守って欲しい! あの眼でよくやったなって褒めて欲しいの!」

「分かります! 分かりますよ二乃!」

「あら、五月も?」

「はい! そもそも最初に私が上杉君に直接父になるって言われましたからね。私が先ですよ?」

「は?」

「何か?」

 

 やはり二人の言葉が理解出来ない。ツンデレや真面目を拗らせると頭がおかしくなるのだろうか。それに何故か同じ異常性癖なのに何故かいがみ合っているから理解に苦しむ。

 他の姉妹も困惑しているだろう。そう思って姉妹の様子を眺めた四葉であったが……。

 

「フータロー君にバブみは感じないかなぁ。私はオギャるよりもギャン泣きしたいかな。泣かされたいというか、お尻を叩かれたいというか……なんか二乃のとは違うんだよね」

「……ギャン泣き」

 

 どうやら今日の劇団一花は閉幕したらしい。今度は長女の口から理解不能な言語が出てきた。またしても四葉は混乱した。

 なんだ。ギャン泣きって。

 ギャンという単語からアニメを良く見る四葉が想像できるのはツィマッド社が開発した試作機くらいだ。ビームサーベルと盾、その盾に誘爆しそうなミサイルを積んでいる意味の分からない機体だ。そのギャンが泣くのか。盾に積んだミサイルが誘爆して泣くのではなく、お尻を叩かれて。

 ギャンに搭乗した一花がビームサーベルで尻を叩かれて泣く様を想像したが意味が分からなさ過ぎて首を振って消した。

 

「なに言っているのよ。娘を泣かせる父はいないわ!」

「分かってないなぁ二乃は。一度はフータロー君に言葉責めされてみたらきっと分かるから。そしたら絶対にお姉さんと同じ扉を開けるよ」

「ふん。そんな扉、開きたくもないわ。四葉、あんたはどう思う?」

「四葉もお姉さんみたいにフータロー君に泣かされたいよね? ギャン泣きしたいよね?」

「違うわよ。フー君は私のパパになってくれる男なのよ。そうでしょ? 四葉。あんたもフー君にバブみを感じるでしょ? 四葉はフー君にどう興奮するの?」

 

 何故かヒートアップする二人にあわあわと四葉は震えた。

 これは自分の答え次第では更に荒れそうだ。せっかく今日は一花が仕事の合間を縫ってわざわざ帰ってきているのに台無しだ。

 もっと平穏に風太郎の事を語りたいと言うのに。仕方ない。ここは正直に答えて一度、話を戻そう。

 

「え? いや普通に上杉さんが他の女の子に取られてから寝取り返してイチャイチャしたいだけだよ」

 

 うわぁと他の四人からドン引きされた。

 失礼だなと、四葉は憤りを感じた。三玖はともかくファザコンのマゾヒストの変態には言われたくない。

 

「たとえば三玖」

「……なに?」

「上杉さんがクラスのあの子、ほら、前髪ぱっつんの子いるでしょ?」

「フータローにベタベタしてきたあの女生徒……」

「あの子が目の前で上杉さんとキスしてたらどう思う?」

「ッ!」

 

 じわりと三玖の瞳が涙で濡れていくのが目に見えて分かった。

 因みに他の三人はじわりと下着を濡らした。どうやら見境のない性癖らしい。姉妹全員共通して上杉風太郎に対してはドМなのだ。他人に取られるのもオカズとしては十分にアリなのである。

 しかしこの時点で興奮してはダメだ。三流だ。三下だ。一流の美学というのものを理解していない。

 彼女達は今、妄想の中で風太郎を寝取られたに過ぎないが四葉は違う。忘れもしない六年前の京都での彼との出会い。出会ってその日に大好きな彼を姉にリアルで寝取られたのだ。

 薄っぺらな噓を吐きガムとゴムの性質を持った粘着性のある愛情を抱きトランプが大好きなあの姉に。

 あの絶望感、あの喪失感、あの失望感はそうそう味わえない。もしもこれであのまま彼が姉と結ばれ、結婚式で姉に『四葉の敗因は思い出(メモリー)のムダ使い♡』なんて煽られた日にはその場で憤死しただろう。

 普通なら発狂しかねないその負の感情を四葉は性癖に変換する事で何とか耐え忍ぶ事が出来たのだ。

 

 『一度は寝取らせてから、その様を見て怒りと興奮を溜め込み、その後寝取り返して一気に欲望を放出する』

 

 一発大逆転のカウンター型性癖。ただの寝取られ厨と一緒にする事なかれ。

 やられたらやり返す。倍返しだ。それが四葉の生み出した性癖であった。

 青い果実を取るのではなく熟した甘い果実を頬張るのだ。可愛い子には旅をさせよ、みたいなものである。私の風太郎君を敢えて、他の女で汚させ最後に己が体で綺麗に拭き取る。その瞬間が最高のエクスタシーになるのだ。

 誰を愛そうがどんなに汚れようがかまわぬ。最後にこの四葉の横におればよい。

 覇者にしか許されない絶対で究極の性癖。それを下品なマゾヒストやファザコン共と一緒にされては困る。

 これはただ寝取られに興奮するだけではダメなのだ。彼を他者に取られる事に関して強い拒絶感を持って初めて成し得る。

 そう。つまりは興奮している三人よりも涙目で嫌がる彼女の方が───。

 

「三玖」

「……なに?」

「三玖は素質あるよ」

 

 親指を立てながら新たに同士と成り得る姉にエールを送ったが、その後暫くは口を聞いてもらえなかった。

 しかし四葉の見込みは正しかったようで、三玖と共に『風太郎君を寝取られた後に寝取りたい』同盟が結成された。

 

 




真面目なSS書いてると溜まるので発散しました。
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