二回死ぬだなんて聞いてない 作:ファザー
マザーが買った服の紙袋を持ちながら、前を歩く彼女の後ろを歩く。先程買ったアイスを美味しそうに舐めながらてくてくと歩く彼女は到底コンピュータには見えない。
ありとあらゆるコンピュータ、ネットワークの頂点に位置する存在。それが彼女、MOTHERだ。
彼女がいれば勝手に戦争だって起こせるし、核兵器だって作ったり操れる。今はネット社会。それもまだネットワークが脆弱な時。この子さえ手に入れば、世界を掌握できるのではないかと言われている。
まぁ言われてるってとジムがそう言っていただけだが、ジムがいる研修施設はほとんどマザーが制御を行っていると聴いた。
そんなマザーだがやはり人の感情はあるのか、こうして一ヶ月に一度のお出かけをしている。その順番は交代制で、二人しかいないので今日は俺の番だ。今までは俺一人でしていたことだけど、シャルが加わったのでそれも無くなった。
そんなこんなで無表情で楽しむマザーを尻目に、ジムから脳内に通信が入った。服を買っているときは暇潰しだと言って話してもらっていたが、途中からさっきまでは何やら忙しいと一方的に通信を切られたのだ。今日はもう通信は来ないなと思っていた矢先に入るとは。
「今度はなんだよ。今は暇じゃないから話は別に」
『お前、あのほのぼの系の娘と仲良かったよな?』
「ほのぼの系……?あぁ、宮野明美か。仲良いぜ。最近お茶飲みに行った」
『お前、俺より女子してんじゃねぇよ。で、その宮野明美だがな、殺されるらしいぜ』
……………………うわぉ。
「マジで……?」
『マジだ。あのロン毛NOCの恋人だっただろ。NOCを引き入れたって事で、抹殺命令が下った。詳細を送る』
目の前に半透明の画面が浮かび上がる。未来的なそれはジムだからこそ作れたものだ。
俺以外に見えないようにしているそれに指を這わせて、上から下った命令を流し読む。詳細はこうだ。
宮野明美はシェリーと呼ばれる組織にとって重要な幹部の妹がいる。妹想いの彼女には妹の話は効果覿面だ。組織の資金稼ぎの為に銀行から十億円を盗み出せ、そしたら妹とお前を解放してやる……そう言えばイチコロ。見事盗み出しても、盗み出せなくてもどっちでも良い。組織にとっては宮野明美だけ死んでくれれば良いのだから、最後には利用してやろうという算段だ。
盗み出せれば御の字というところが、実に悪どい。
それにしても“解放してやる”だなんて、組織を抜けるときは死ねな組織が丸分かりな嘘を吐いたのは驚きだ。流石に善良と言えど、裏側の人間である明美もわかるかと思えばそうでもなかったらしい。
『あの女、二つ返事で受けやがった。妹との事となると必死だな』
「あー……そこが明美の欠点だな。唯一の家族の事となると周りが見えなくなる。寧ろ見ていてほしいぐらいだ」
裏にあまり関わらず、いるだけの存在でずっと善良でいられた明美は組織の悪どさをわかっていないのだろうか。
「(否)」
わかっていても、それでも一筋の希望に縋り付いた。その先が例え死だとしても、妹の為。
泣ける姉妹愛。でもそれは裏にいる人間にとって致命的な欠陥だ。
『で、だ。死体は俺のところに来ることになっているから、命令だリカルナ=フォルドー。宮野明美を殺してこい』
「いえっさー。で、いつだ?」
『今日の夜だ』
「早くない!?!?!?」
なんでいつも唐突なんだよ!こん畜生め!!
『今回はテメェに譲ってやるが、シェリーは俺にやらせろ』
「はいはい。ってもこれは上からの命令だからな。次もそうでも俺に当たるなよ?ジン」
『フン』
そうして通話が切れる。
ジンは何故か宮野姉妹に結構な執着がある。詳しく言うのならば、組織の為に貢献できるシェリーにだ。
ボスの期待に応えられるかもしれない人材であるシェリーは組織にとっても、組織に忠誠を誓っているジンにとっても有益な人物。決して逃すこともなく、そしてその姉を殺すことによって恐怖で縛りつけようとしているのだろう。
そもそも、姉の方は要らないものであったらしいし。
「(しかし、そう上手くいかないだろうな)」
シェリーはあぁ見えて結構強情だ。クールで知的、ならば最善の道を選ぶなんて事を常にすると思っているのだろうが、そうでもない。姉同様、姉妹の事となると周りが見えなくなる。
姉と違い殺されはしないだろうが、姉が組織に囚われていると言う事実が消え、この世からいなくなったと知った瞬間、何をするかは想像に難くない。復讐か、絶望だ。
ゴツゴツと靴底を鳴らして移動する。十億円が盗まれたというニュースが流れて数十時間。落ち合う場所である港のコンテナ街の裏に向かった。
仕事着であるいつもの赤い服を纏い、俺にしか扱えない二丁拳銃を後ろのホルスターに差し込んで、暗視カメラで明るく見える夜の道を余裕綽々と歩いている。
まぁ、殺しに使う拳銃は俺の武器ではない。この武器は対人に使うには強すぎるし、何より戦闘をするならまだしもほぼ一般人相手だ。直撃すれば体が吹っ飛び、良くて風穴、悪くて肉片に変わる。それはちょっと困るので、普通の拳銃を持ってきていた。
「!…………どうやら、時間通りみたいだな」
角を曲がった先、人の息遣いが聞こえた。暗視カメラによってはっきりと見えるその人相はどう見ても宮野明美その人だった。
「……リカルナ君なのね。てっきりジンだと思ってた」
「だろうな」
シェリーの監視はジンに任命されている。だからこそ必然的に会う確率の高い幹部はジンとウォッカだ。
だからこそ、今回のもジンだと思っていたのだろう。まぁ死体はこちらで預かるので、抹殺命令が回ってきたのだが。
「久しぶり。元気にしてたか?」
「……えぇ。最近忙しかったけど、それで妹は」
「焦るな焦るな。先に問うぞ……十億円はどこにある?」
悲痛そうな表情で妹の安否を確認しようとする明美を制して、組織としての問いを投げかけた。
明美は俺の言葉を聞いた瞬間、少しだけ目を逸らしてからまたこちらを向いた。今俺が組織の人間だという事を再確認したようだ。
「言わないわ」
「言えないじゃなくて言わない、か」
「そうよ、私だけしか知らない場所にあるから。だからその十億円と交換して頂戴」
「……何を?」
「志保を解放するって約束よ!」
強気なその言葉に俺は苦笑する。本当に妹の事となると周りが見えなくなるな。今のお前は滑稽で仕方ない。
俺は銃口を彼女の心臓部分に向けた。
「っ!」
息を飲んだことがわかった。本当にわかりやすい表情を浮かべる。きっと彼女はどこまでも裏には染まりきれないのだろう。
それが少し、羨ましく思う。
「組織のボスはお前を抹殺しろとのご命令だ。だから、例え十億円を盗み出せたりしても結局は殺される運命。お前はシェリーをダシにして躍らされた憐れな仔羊だ。羊飼いには所詮逆らえないって事を忘れていたようだな」
羊のシ◯ーンはまだしもな。
「ま、肉になるか、毛皮になるか。俺は後者がオススメだぜ?」
「……銀髪も相まって、まるでジンね」
あいつと一緒にするなよ。
「そうね……私のした事は無駄だったのかもしれない。でも、それでも一筋の希望に縋り付かなきゃいけなかったの。私は力を持たない一般人。地獄に齎された蜘蛛の糸は、確かにあったのだから」
それが千切れたってわけね。
悲しそうに目を伏せて呟く彼女の目にはもう希望はない。俺が組織の一員であるのと、知り合いで友達であったとしても殺せる相手である事を知ったからだろうか。
普通は友達を殺せない。けれど俺は殺せる。前だって友人を殺したし、任務でターゲットと気が合って友達になったとしても殺した。
俺は黒、そして彼女は白。本来交える事ができない色。灰色という中間色があるけれど光というので考えれば、俺たちは決して交わることが出来ない。だって相反する色だ。
「言い残す事は……?」
俺の言葉に彼女は笑う。
「ボスに言っておいて、“バーカ!”って」
ははっ、彼女らしい。顔が引きつっていて、少し震えていたのは目を瞑ってやろう。
俺は嗤う。
「了解した」
じゃぁな、宮野明美。楽しかったぜ。
その時だ、後方右に熱源反応が現れたのは。
「ッ!」
---パァアン!
銃声が響いた。
羊のやつ毎回見てた、好き。