Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第十話

 突如として、俺達の目の前に大きな池が立ちはだかった。

 えっと、なんだこれ?

 こんなの確かアインツベルンの森になかったぞ。思わず池とは言ったものの、その面積はかなり大きい。小さな湖くらいはあるかもしれない。

 そんな不可思議な池の辺に、見覚えのある人物が佇んでいた。

 

「…………あー何してるんだセラ? 城に戻ったんじゃなかったのか?」

 

 俺の言葉にビクッっと肩を震わせたその人物は、似合っていない大きめのサングラスをクイっと中指で押し上げた。

 

「セ、セラ? それは誰のことでしょう? わ、私は進行役の……そう、セーラです。エミヤ様、人違いをなさっていますね」

 

 確かにサングラスはかけているけど、後はどっからどう見てもイリヤ付きのメイドさんセラその人だ。

 

「……で、何でこんなところにその“セーラ”さんは居るの?」

「よくぞ聞いてくださいましたエミヤシロウ。私はこの“柳洞池”の説明をする為に皆様をお待ちしていたのです」

「柳洞池?」

 

 全員の声が見事なまでにハモった。

 

「はい。ここは第二の難関である柳洞池。この湖にも匹敵する池を皆様には走破していただきます。泳いで渡るもよし、ボートを使うもよし。そこの判断は皆様にお任せ致しますので、お好きな方法でお渡りくださいませ」

 

 セラの言った通り、池の辺には二人乗りと思しき手漕き用のボートが五つ用意してあった。

 

「但し――サーヴァント様が挑まれる難関です。勿論普通の池ではございません」

 

 つつつとセラが池の辺まで移動する。そして、何処からか取り出した大きな肉の塊を池の中にぽーんと放り込んだ。

 

「あぁっ! なんて勿体無いことをっ!」

 

 セイバーの叫びは無視して湖を眺める。

 すると……

 

「げっ!」

 

 突然巻きあがる水飛沫。その勢いで肉が空中に華麗に吹っ飛んだ。

 その肉目がけて水中からサメのような巨大魚が躍り出してくる。サメはたったの一口でパクリと肉を丸飲みにすると、盛大な水飛沫と共に水中へとその姿を消して行った。

 おい……ちょっと待て。今の軽く十メートルはなかったか?

 そんな光景を面白そうに眺めていたセラが、改めて一同に振り返った。

 

「このように、この池には獰猛な魚が放ってあります。サメ、ピラニア、電気うなぎetc。すべて擬似ホムンクルスですので気にせず殺生なさってかまいません」

「……気にせずって、今の滅茶苦茶大きくなかったか?」

「フフフ。そこは幻想種を元にしていますので。オリジナルには及ばずとも、それなりには楽しんで頂けるかと」

「……」

 

 もはや楽しむってレベルじゃないような……。だがセイバーたちはさっきの光景を見て、逆に戦意が高揚した様子だ。

 

「面白いではないですか。シロウ、私も昔は色々な魔物と戦ったものです」

「そうね。神代には普通に魔物がそこらあたりに生息していたし、あの程度なら問題ないわ」

「へっ、面白れぇじゃねえか。水中には怪魚、道を阻むにはサーヴァントにマスターってね。こりゃ楽しくなってきやがったぜ!」

 

 セイバーが、キャスターが、ランサーが楽しそうに指を鳴らしている。

 いやいや、ちょっと待てくれ。サーヴァントと一般人を一緒にしないで欲しい。確かにあんた達なら造作もない相手でもマスター達にとっては生死にかかわるぞ。

 そんな俺の弱気を感じ取ったのか、セラが邪悪な笑みを浮かべながら俺に近づいてきた。

 

「あらあら、エミヤ様。少し震えておられるようですが――怖いのでしたら棄権なさいませ」

「こ、怖いなんて言ってないだろ。これは……ちょっとした武者震いだ」

「そうでしたか。これは失敬を」 

「その通りだ。私のマスターがこの程度で臆するはずがない。セーラとやら、私のシロウを見くびらないで欲しい」

 

 セイバーが挑戦的な瞳をセラに叩き付けている。しかし、もしかしてセイバーってセラの正体に気付いていないのか? そっちの方が驚きなんだけど……。

 だが俺の思考を中断するように、セラが戦いの開始を宣言した。

 

「では、柳洞池を皆様見事に走破してご覧なさいませ!」

 

 ここに、第二の難関柳洞池の激闘が開始された。

  

 

「準備は良いですか、サクラ?」

「ええライダー。いつでもいいわよ」

 

 水辺に集まって、さてどうするかと思案する五組十人のマスターとサーヴァントイ。その中でいち早く行動を開始したのは【桜&ライダーチーム】だった。

 

「ではいきます。――騎英の手綱ッ!」

 

 何と! ライダーはペガサスを召喚するや、その背に桜を引っ張り上げた。

 

「ああっ! ずるいわよ桜っ!」

「姉さん、お先に失礼しますね」

 

 そしてライダーと桜は、眩い白光に包まれて柳洞池を渡っていく。

 場に残された一同は、優雅に空を駆ける天馬の姿を唖然としたまま見送るしかなかった。

 

「……と、とりあえず俺達も出発しよう」

 

 俺はセイバーを促してボートに乗り込んだ。それを受けて他の四組もとりあえずボートに乗ることに決めたらしい。続々とボートに乗り移っていくマスターとサーヴァント。

 

「ランサー。私は大変非力ですので、重労働である船を漕ぐ仕事は任せましたよ?」

「あ? 嘘吐け。大体あの聖骸布の扱いからして……っ!?」

 

 ランサーの言葉が詰まる。その喉元に銀色に光るナイフが突き付けられて……いるように見えた。

 だけどそれは一瞬の出来事。直後のカレンは、何事もなかったかのように両手を組んで座りなおし、敬虔なシスターを装っている。

 

「ランサー? 良く、聞こえなかったのですが?」

「バッチリ任せろ! 俺が向こう岸まで全速力で送ってやるからよっ!」

 

 クランの猛犬と呼ばれる英霊は、青い顔をしてオールを掴み上げるや、全力でボートを漕ぎ出した。

 

「結構です。しかし、こうして殿方と二人で湖に漕ぎ出すのも、風情があって良いものですね」

 

 涼しい顔でカレンが髪をかきあげている。対してランサーは、もう必死の形相でボートを進行させていた。

 流石はランサー。二人を乗せたボートは、見る見るうちに水平線の彼方へと消え去っていく。

 

「……シ、シロウ。私達も行きましょうっ!」

「あ、ああ。……わかった」

 

 これが競争である限り、いつまでも呆然とはしてられない。

 俺達は片方ずつのオールを持ってボートを漕ぎ出した。それ見たアーチャー組とキャスター組もオールを手に取る。とりあえずボートに乗っている限り、水中の怪魚に襲われる心配はないだろう。なら後は純粋なスピード勝負になる。だから力いっぱいボートを漕いでるんだけど、これって結構体力を使うんだな。

 ――と、ここで一応現在の順位を確認しておこう。

 トップはライダー&桜組みで次点でランサー&カレン組が続いている。後はほぼ並んでボートを漕いでいる格好だ。

 現在まで平穏に事が運んでいるが……果たして、この先どうなっていくのか。

 池に漕ぎ出して十分くらい経っただろうか。

 改めて視線を他の組に向けてみた。

 

「……もう。アーチャー、何か手はないの? ビリッケツよ私達」

「まあ待て凛。慌てても何も始まらない。ここはもう少し様子を見るべきだ」

「そんな悠長なことを言ってたら負けちゃうじゃない! アイツにだけは負けたくないんだからぁ!」

 

 焦る遠坂を宥めるようにアーチャーが余裕の笑みを浮かべている。遠坂組もランサー組みと同じくアーチャーの奴が一人で漕いでいるのだが、スピードは俺達と同じくらいだった。

 安心した俺は、次に視線をキャスター組に向ける。

 

「宗一郎様、お疲れではありませんか?」

「問題ないキャスター、お前は有事に備えて力を温存しておけ」

「はい、宗一郎様」

 

 こちらもオールを漕いでいるのは葛木先生一人だった。キャスターは、そんな葛木先生をうっとりと幸せそうに眺めている。

 

「シロウ」

「ん、なんだセイバー?」

 

 二人でタイミングを合わせて漕いでいたら、セイバーが何やら考え込みながら声をかけてきた。

 

「このままでは体力勝負になる。後々のことを考えれば消耗は少ないほうがいい」

「それはそうだけど……セイバー、何か考えがあるのか?」

 

 はい、と頷くセイバー。

 

「私は精霊の加護を受けてるので“水上”を走ることが出来るのです。一人分の重さが減れば、その分船のスピードは上がるのではないですか?」

「確かにそうだけど……。水上に出たらあの怪魚が襲ってくるぞ?」

「その点は心配無用です。あの程度の敵、異界の邪神に比べれば大したことありません」

 

 その気になれば、荒波のロッホランさえ走破してみせましょうと満足そうに頷くセイバーさん。

 このままでは埒が明かないのも確かだ。ここはセイバーの作戦に懸けてみるとしよう。

 

「わかった。セイバー、露払いは頼んだぞ」

「任されました、シロウ」

 

 セイバーのオールを受け取り、位置を調整して座りなおす。それを確認した彼女が、さっと水上に降り立った。セイバーはそのままボートの後ろ側に回り込むと、船体に両手を添えて力一杯叫び声を上げて――

 

「はああぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

 セイバーの魔力放出が生み出した力がボートに直接加わり一気に加速する。

 

「うわ……ちょ、これ、はやすぎ……」

 

 水上を弾丸となって突き進むボートを、セイバーが後ろから駆けて追いかけてくる。

 水の上を走れるというのは本当のようだが、水中にはアインツベルンの用意した難関が待ち受けているはずだ。そう思った直後、突然水中からあのサメもどきが彼女に襲いかかった。

 

「邪魔をするなぁ!」

 

 激しい水柱が立つ。セイバーは聖剣を抜いて次々にサメを三枚に下ろしていく。

 まさに圧巻。さすがは剣の英霊。

 ……なんだ。これならセイバーに任せても大丈夫か。そう決め付けた俺は、彼女から視線を外して、若干速度の落ちてきたボートを必死に操作しながら漕ぎ続けた。

 

 

『――むっ!』『――えっ!』

 

 アーチャーとキャスターの声が見事に重なった。水上を爆走するボートと水上を走破する銀の乙女。完全に予想外の光景に二人が思わず驚きの声を洩らしたのだ。

 

「……水上を走るだと? セイバーめ。手段を選んでいないな」

「ちょっと、アーチャー! 関心してる場合じゃないでしょっ!」

「しかしだ凛。あれを止めるのは中々骨が折れる…………む!?」

 

 アーチャーの視線が併走していたキャスターを捉えた。

 

「宗一郎様、ここは私達も奥の手を出しましょう」

「どうするの気だ、キャスター?」

「セイバーの二番煎じなのは癪ですが、私が魔術で空中を飛んでいきますので、宗一郎様はそのままボートをお願いします」

「現状では悪くない案だな。分かった。こちらは任せてくれ」

 

 キャスターが立ち上がり何やら呪文を唱えた。すると、どういう魔術なのか、ふわりとキャスターが空中に浮かんでいく。彼女はそのまま空高くまで舞い上がり、向こう岸を目指して飛翔し出した。

 

「ちょっと、ちょっとアーチャー! このままだと私達だけ置いてかれるじゃないのっ!」

「暴れるんじゃない凛。如何なる時も優雅たれとは遠坂の家訓ではなかったか?」

「そうだけどぉ……」 

「フッ。アレを何とかすれば良いのだろう?」

 

 自身満々に答えたアーチャーが、一旦オールを漕ぐのをやめてボートの中で立ち上がった。

 それを不思議そうな目で見上げる遠坂凛。

 

「ちょ、アーチャー……何する気?」

 

 アーチャーは答えず、瞳を閉じて精神を集中せて

 

『――“I am the bone of my sword”――』

 

 何て呪文を唱えやがった。

 アーチャーの手に弓が形成され、更に、捩れた歪な剣を投影したアイツは――

 

「死ねい、キャスターっ!!」

 

 アーチャーの放った一撃は宝具を矢とした必殺の一撃だ。弓兵の放った矢が神速をもってキャスターに迫る。

 空間を捻じ切りながら突き進む魔弾は、確実にキャスターの心臓を狙いに定めていた。

 

「宝――具っ!!」

 

 しかしキャスターとて神代の魔女。間一髪だったが、どうにか直撃を避けることに成功したようだ。

 アーチャーの放った矢は轟音を纏ったまま天空へと突き進み、空間を切り裂いていく。対するキャスターはといえば、直撃を避けたとはいえ宝具の余波だけで魔術行使を邪魔されたのだろう。そのまま水中へと没していく。

 激しく巻き上がる水飛沫。神代の魔女は、まるで海を漂うクラゲのように水面にぷかぷかと浮いていた。

 それから数秒後、何とか意識を集中させて立ち直ったキャスターは、復活するや直ぐに怒気を含めた罵声をアーチャーに浴びせかける。

 

「あ……アーチャー! 貴方、私を殺す気っ?!」

「心配するなキャスター。これは峰打ちだ」

「み、峰打ちって“死ね”って聞こえたわよっ!」

「大方、魚の跳ねる音でも聞き違えたのだろう。まったく人聞きの悪い」

「ぐぬぬ……」

 

 悠然とアーチャーの漕ぐボートがキャスターの横を通過していく。それを水面にぽつんと浮いたまま見送るキャスター。

 不運は続く。そこへキャスター目がけて水中からあの怪魚が襲いかかってきたのだ。咄嗟のことに僅かに反応が遅れ、呪文を唱えるのが間に合わない。

 哀れキャスターは怪魚に一飲みにされた……かと思いきや、惨劇の寸前に、葛木先生が得意の拳法で怪魚を吹き飛ばして彼女を救う。

 

「大丈夫か、キャスター」

「そ、宗一郎様……その、ありがとうございます……」

 

 照れたように俯くキャスターを、葛木先生が無表情のままボートに拾い上げる。キャスターは、濡れた身体もお構いなしに真っ先に頭を垂れた。

 

「申し訳ございません、宗一郎様。直ぐに追いつく算段を練りますので……」

「必要ない」

「……え?」

 

 キャスターが目を丸くする。

 

「濡れたままでは風邪を引く可能性がある。今日はここまでとしよう」

「で、ですが、アインツベルンの……宝が……」

「必要ないと言った」

「……」 

「メディア、帰るぞ」

「はい」 

 

 宣言してから、葛木先生がボートを岸へと戻していく。

 その行為をどこか嬉しそうな表情で、キャスターはじっと眺めていた。

 

【葛木宗一郎&キャスターチーム、リタイア】

 

 

 

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