Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第十二話

「ああ、そうじゃないキャスター。ギュって握るんじゃなくて、俵型になるように……やさしくな?」

「こ、こうかしら……?」

「そうそう。何だ、やれば出来るじゃないか」

「あ、当たり前じゃないの。カニクリームコロッケくらい…………えっと、坊や、衣は二回付けるのかしら?」

 

 カジュアルな衣服の上にひよこ柄のエプロンを羽織って奮闘するキャスター。彼女は現在、不慣れな手付きを披露しながらも、一生懸命にコロッケを形作っていた。

 額に汗するなんて、彼女にすれば珍しい光景だろう。

 

「……」 

 

 今日は柳洞寺まで足を運んで来ている。何故かと言えば、最近は恒例になりつつあるメディアさん家の料理教室が開催中という訳だ。

 本日のお題はカニクリームコロッケ。キャスターが葛木先生の好物の中にコロッケがあるという情報を仕入れたので、それを召し上がってもらおうとせっせと作っている最中なのである。

 その葛木先生だが、未だ帰宅せず学園の方にいるらしい。

 本日は宿直日らしいけど、夕食時には一時帰宅するらしいとのと。

 

「キャスター。衣を二回付けることで揚げた時の型崩れを防げるんだ。油の温度は180℃~200℃くらいが適当かな。コロッケを入れると油の温度が下がるから、そこは注意してくれ」

「りょ、了解……」

 

 じゅう~。じゅう~。じゅう~。

 キャスターがフライパンの油の中にコロッケを沈めていく。以前に一度、本を見ながら自作したらしいのだが、その時は形はぐちゃぐちゃに崩れたうえ油まみれの一作で、お世辞にも美味しくはなかったそうだ。ただキャスターは料理が下手なのではなく、そういう経験に乏しいだけなので、こうして丁寧に教えてやればそれなりの物を作れるようにはなる。

 それに、覚えはすこぶる早かった。頭が良いのは当然だけど、誰かさんへの愛情がそうさせるのだろう。 

 

「菜箸の腹でコロッケを転がすように……そうそう。そうすれば満遍なく火が通るし、揚げた時の色合いが良くなるだ」

「……こ……こう? これ結構集中力がいるわね……」

「あぁ! そんなに顔を近付けると――」

「――きゃあっ!」

 

 油が跳ねて危ない、と言おうとしたが少し遅かった。

 キャスターはぎゅっと目を瞑って、油が跳ねた辺りを仕切りに撫でている。しかし幸い大事には至らなかったようで、彼女は魔術らしき呪を唱えると、すぐにコロッケを転がす作業に戻っていった。

 じゅう~じゅう~。コロコロ。

 じゅう~じゅう~。コロコロ。

 かくして、キャスター作“カニクリームコロッケ”は完成したのであった。

 

「はい、坊や」 

 

 お皿にコロッケを盛り付けて、キャスターが俺に差し出してくれた。

 飾り気はないけど、形良し。色合い良し。綺麗な俵型で表面は輝く狐色だ。だが料理にとって一番大事なのは味である。

 俺は慎重に箸をコロッケに沈め二つに割った。瞬間、とろ~りとしたクリームが溢れ出してくる。

 うん。香りも悪くない。

 俺は割ったコロッケを箸に取ると、そっと口へと運んでいった。

 

「はふっ、はふっ……!」

 

 クリームの熱さに悶える俺をキャスターがじーっと見つめている。

 

「……んぐ」 

 

 衣の触感は良い感じだし、中身の味付けにも品がある。課題だった油臭さも感じない。

 俺は十分に口の中で味を堪能してからコロッケを飲み込んだ。それから試食中一時も視線を外さなかった“生徒”に向き直る。

 

「うん、旨い。お世辞じゃなくて良く出来ているよ」

「――そ。なら、良かったわ」

 

 キャスターが僅かに目線を逸らす。

 言葉は簡素だったけど表情は明らかに安堵しているように見えた。それから一呼吸措いたキャスターは、逸らしていた視線を動かしてチラチラと俺の顔を盗み見ている。

 挙動不審……ではなく、あれは俺の点数を待っているのだろう。

 俺は勉強会で出来上がった料理に、先生よろしく点数を付けているのだ。合格は80点で、90点以上だとセイバーも大満足の一品というお墨付きを得る事が出来る。 

 今までの最高得点はすき焼きの時に叩きだした87点だったが……

 

「今回の点数だけど95点にしておこうか」

「きゅ、95点?」 

「うん。実際に俺や桜が作るものと大差ないしな。頑張ったよ、キャスター」

「……と、当然よ。愛情込めてるもの。あ……か、勘違いはしないようにね坊や。愛情込めてるのは宗一郎様によっ!?」

「もちろん分かってるさ。ほらキャスターも食べてみろよ」

 

 すっとお皿をキャスターに差し出したのだが……そこで、とんでもない光景を目にしてしまった

 

「……キ、キャスターッ! ひ、ひ、ひぃ――」

「ひ?」

「油の火だよっ! 止めてなかったのか!?」

 

 キャスターが俺の見つめている先、台所を振り返る。

 そして――

 

「きゃあ! 大変っ! 宗一郎様に叱られてしまうわ!」

 

 大きな火を上げているフライパンを見つめ、キャスターがオロオロと辺りに視線を飛ばしている。けど心配するところが違うだろ。今は一刻も早く火を消さないと柳洞寺が燃えてしまうっ!

 そうなったら……さすがに一成に申し訳なさすぎる。

 

「キャスター! 何か消火器みたいな物はないのか?」

「そんな便利な物がこのお寺にある訳ないでしょう?」

「じゃあ他に何か……そうだ! お前の魔術で何かないのか、こうぱっと火を消せるようなのっ!?」

 

 何せ神代の魔女である。 

 便利な魔術の一つや二つ持っていそうだ。

 

「え? そうね……氷の魔術――絶対零度で凍らせるとか?」

「駄目だっ!」

「じゃあ火元をもろとも吹き飛ばす?」

「もちろん、駄目だっ!」     

「う~ん。では空間を凍結する?」 

「根本が解決しないだろっ!?」 

「もう。ならどうしろって言うの坊や?」

「そんなの俺が聞きた――ああっ! 火が、火がああああ――!!」

 

 結局、騒ぎを聞き付けてやってきた零観さんが大事に至る前に火を消してくれた。

 ちゃんと消火器で。

 おいキャスター。消火器、ちゃんと備え付けてあるじゃないか……。

 

 

 赤く染まった太陽も地平線に落ちて、夜の帳が柳洞寺を包み込んでいた。

 既に衛宮士郎は家路に付いていてここには居ない。

 その柳洞寺の一室にキャスターと、彼女のマスターたる葛木宗一郎の姿があった。二人はテーブルを囲み、キャスターが作ったコロッケを主菜に夕食を取っている。

 特に交わす言葉はない。いつもと同じように淡々と食事は進んでいく。元来、葛木は言葉少ない方であり、食事時には更に無口になる。キャスターもそれは承知しているが、少し寂しくはなるものだ。

 特にこんな日は。

 彼女は会心の出来であるコロッケを口に含み、愛する人を瞼に収める。

 衛宮士郎の言った通り、カニクリームコロッケは本当に美味しかった。だけど、少しだけしょっぱく感じたのは、塩を入れすぎたせいなのだろうか。

 やがて食事は終わり葛木が席を立つ。

 今日は一時帰宅なので、これから学園に戻らなくてはいけないのだ。

 

「……宗一郎様。外は寒いですから、あったかくしてお出かけくださいね」

「ああ。風邪を引いては職務に支障が出るからな。気をつけよう」

「そうですわね」

 

 葛木が彼女に背中を向ける。それを受けて、キャスターが彼の背中にそっとコートを羽織ってあげた。

 葛木はコートに袖を通してから――少し首を巡らせて、後ろに立つキャスターを振り返る。

 

「キャスター。今夜のコロッケは美味しかった。良かったらまた作ってくれ」

 

 確かに“美味しかった”と彼が言った。

 その言葉はスロー再生のように、幾度も、幾度も、キャスターの脳内に木霊していて。

 

「――は、はい! 何度でも、お作りします。宗一郎様が望むなら、何度だって」

 

 彼が伝えた言葉は一言だけだ。

 それでもキャスターにとっては十分だったのだろう。

 求めたもの、心が満たされるのだ。

 彼女は自らの旦那を送り出してから、幸せを噛み締めるようにゆっくりと瞳を閉じた。

 

 葛木が柳洞寺を出て三十分が過ぎた頃、キャスターは山門に姿を見せていた。彼女は右手にお銚子とお猪口を持ち、左手にラップを捲いたお皿を抱えている。

 

「――アサシン、居るんでしょう?」

 

 吐く息は白く、今夜の寒さが伺える。

 果たして、彼女の声に応えるように和装姿の男が現れた。

 着流し姿の青年。暗殺者のサーヴァント・アサシンである。 

 

「何か用かなキャスター? 今宵は冷える。あまり実体化したくないのだが」

「ん、これ」

 

 ずいっと、キャスターがアサシンにお銚子を差し出した。

 

「ほう。熱燗か。もしや差し入れという奴か?」

「何よ、悪いかしら?」

「いやいや悪くない。それどころか粋な計らいだ。ならば今夜は月見酒と洒落込むとしようか」

 

 二人並んで石段に腰を下ろす。

 お銚子は一本。お猪口は二つ。

 

「本当なら絶対にしないけれど――今宵は特別。御酌をしてあげるわアサシン」

「ほう。何やら良い事でもあったか? いや、詮索はすまい。それよりも、そちらの手にあるのは酒の当てかな? 良い香りがしているのが気になるのだが」

「ふん。カニクリームコロッケよ。アサシン、食べた事ないでしょう」

 

 キャスターがラップを取り外す。

 そこにはコロッケが三つ、湯気を立てて並んでいた。

 

「ふむ。確かに初めて見るな。この色合いは稲荷寿司を思わせるが……どれ、早速頂くとしよう」 

「待った。その前に乾杯よ」  

 

 お猪口同士が軽く触れ合った。

 お銚子一本だけの宴。

 蒼い月を空に迎えて、アサシンとキャスターは短い宴を楽しんだ。

         

 

  

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