Fate/next hollow 衛宮家の人々 作:powder snow
「きゃあああぁぁぁぁぁっ!」
衛宮の家に、絹を裂くようなセイバーの悲鳴が響き渡った。
――そして十分後。
居間の中に六名の人間が集められた。
まず一人目は悲鳴の主であるセイバー。
彼女は何処から見つけたのか、切嗣のスーツを着用し、帽子を目深に被り、薄手のコートを小さな体躯の上から羽織っていた。どうやら彼女なりに、名探偵の姿を模しているようだ。
スーツはセイバーの身体には大きいので、袖口と足元を折り込んである。
「この衛宮邸において、過去類を見ない重大事件が発生してしまいました」
「じ、事件だって?」
「はい。私がとてもとても楽しみにしていたフルールの限定プリン“スペシャル・フルーツカスタード”が何者かによって拉致、殺害されてしまったのです」
犯人許すまじと、セイバーが瞳に真っ赤な炎が宿っている。
この事件の容疑者は全部で四名。
赤いあくまこと、魔術師である遠坂凛。衛宮の家政婦さんこと、間桐桜。働くお姉さんこと、サーヴァント・ライダー。そして運悪く? 家に遊びにきていたイリヤスフィール・フォン・アインツベルンである。
「ちょっとセイバー。士郎は容疑者に入らないわけ?」
遠坂がジロリと俺をねめつける。対するセイバーは、慈愛に満ちた表情を浮かべながら俺を擁護してくれた。
「残念ですが、凛。シロウがそのような事をするはずがない。私はシロウを信じています。――ええ。彼が私の楽しみにしていたデザートを取って食べたりする訳ないのです」
うんうんと力強く頷いてくれるセイバーさん。
ちなみに集まった六人目とはもちろんこの俺衛宮士郎だ。
ここに至って、衛宮邸スペシャルプリン殺害事件のセイバーによる公開捜査が始まったのだった。
「あのさ、セイバー。外部犯って線はないかな……?」
おずおずと口を挟んでみる。だがセイバーは力強く首を横に振った。
「あり得ません。私は大河が買ってきてくれたプリンをとても楽しみにしていました。外部からの侵入者が居たとしたら絶対に感知していたでしょう」
俺の巧妙な誘導作戦は失敗。話を逸らすことは出来なかった。
……正直に白状しよう。
何を隠そう、プリンを食べたのは俺なのだ。
えっと、ほんの出来心だったんです刑事さん。なんというか、思わず食べてしまったのだ。
冷蔵庫の中にあって燦然と輝いていたスペシャルな限定プリン。その見た目に興味に惹かれ手に取ってしまったのが失敗だった。
黄金とも見紛うばかりの本体に、白雪の如く滑らかなクリームが合わさって……その絶妙のマッチングに俺の理性はどこかにすっ飛んでしまったのである。
けれど、言い訳になってしまうが、セイバーのプリンだって知らなかったんだっ! 藤ねえが買ってきたのは知ってたから、てっきり藤ねえの物だと。
セイバーのデザートだって、セイバーの楽しみにしてたプリンだって知ってたら、絶対! 何があっても食べなかったのに。
…………………………………………この際、自首しようか。
彼女は歴史に名を残す英雄だ。
たかだかプリン一個でそこまで大人気なく怒りはしないだろう。限定とはいえ、潔く名乗り出て謝れば許してくれるさ。その方が被害は少ないに違いない。
そう思った俺は、ゴクンと生唾を飲み込んでからセイバーに声をかける。
「セ、セイバー。実はさ――」
「私はこの卑劣な犯人を“絶対”に許しはしないっ! ええ。生まれてきたことを後悔させてあげます。フフフフフフフフフ」
「…………」
彼女の何とも言えぬ微笑みの圧力に負けて、思わず口篭もってしまった。
どうやらこの秘密は墓の中まで持っていくしかない。それ以外に俺が生きる道は残されていないだろう。
そう直感した。
「では早速であすが、事件当時の皆さんのアリバイについて訊きたいと思います」
「アリバイだって?」
「はい。大河がケーキを買ってきてくれたのが12時過ぎ、私が3時のおやつにと冷蔵庫を開けて事件発生に気付いたのがつい先程です。よってこの3時間の間に凶行が行われたことになります。では凛。貴女はその間何をしていましたか?」
セイバーがパイプを口に咥える真似をする。エアパイプだが、心はすっかり名探偵気分である。
「私? そうね。私は自分の部屋で宝石に魔力を込めていたわ。……残念ながら証明してくれる人はいないけど」
アリバイは第三者が証言してこそ力を持つ。そのあたりを遠坂は熟知しているようだった。
「ふむふむ。では桜はどうですか?」
「わ、私は……1時頃から買い物に出ていましたので……。戻ったのは2時半くらいだったと思います」
そう言いながら、桜がチラッと俺を盗み見た。
むう? もしや何かしら感づかれたのか?
しかしセイバーは、桜のそういった素振りは特に気にした風もなく、次の容疑者であるライダーへと視線を向けていた。
「ではライダーはどうです? 確かなアリバイはありますか?」
「私は朝からずっと部屋で読書をしていましたね。甘いものにもそれほど興味もありませんし、正直、容疑者から外して欲しいくらいです」
つんっとそっぽを向くライダー。
「まあ確かに、ライダーがつまみ食いする映像というのは想像出来ないな」
そんな風にライダーに向けて助け船を出した俺だったが、セイバーにバサリと切り捨てられてしまった。
「シロウ。そういう先入観は思考を惑わします。ここは冷静に状況を分析しましょう」
と最後の容疑者であるイリヤに目を向けた。
「わたしは居間でずっとゴロゴロしていたわ。TVを見たり新聞を読んだり」
「ずっと居間にいたのですか、イリヤスフィール?」
「おトイレくらいには立ったけど、概ね居間にいたと思うわ」
全員の証言を受けてセイバーが柳眉を寄せている。
こうして証言を訊けば誰にも確定のアリバイがないことに気付く。故に誰でも犯行が可能だったように見えるし、誰にも無理だったようにも取れる。
ここは是非にでも名探偵には事件の迷宮入りを宣言して欲しいところだ。
「……何ということでしょう。これは全員に犯行の機会があったように思えます。そのあたりシロウはどう考えますか?」
「お、俺!?」
セイバーが俺に話を振ってきた。
さてここはどう返答したものか……。下手に喋りすぎてボロが出たら目も当てられない。慎重にいきたいところだが。
「そうだな。セイバーの勘違いとかないか? 実は藤ねえが買ってきてなかったとか、別の物を買っていたとかさ」
「あり得ません。この目でしかと確認しました」
「そ、そうか……。じゃあやっぱり外部からの犯行なんじゃないか。だって衛宮の家につまみ食いするような奴なんていないだろ?」
全員が一斉にセイバーを見た。
セイバーは目をぱちくりさせてからコホンと咳払いを一つ、伏目がちにパイプを咥える真似をしている。
「と、とにかく! 現状では誰にも犯行の機会があったということです。誰か何か手がかりや心当たりはありませんか?」
みんながそれぞれ顔を見合わせている。
俺としてはいかなる物証も証言も出てきて欲しくない。俺に関してじゃなくてもどこから犯行に繋がるか知れたものではない。
それから数分間、嫌な沈黙が居間を支配した。時計の奏でるカチコチという音だけがその場に響いている。
「何もなし……ですか」
気落ちしたようにセイバーが肩を落とす。
どうやら事件は迷宮入りしたようだ。セイバーには悪いが、後日にでもフルールでケーキを買ってきてあげよう。それで手を打ってもらうということで……ごめんな、セイバー。
「じゃあ特に進展する気配もないし、こんなことで時間を取りすぎるのもアレだ。今日はもうお開きにしようか」
パンパンと手を叩いて音頭を取る。
みんなを茶番に付き合わせてしまったことに多少の罪悪感を感じるが仕方がない。せめてもの罪滅ぼしと、今日の夕食は気合を入れて作ろう。
だが俺の思惑は外れ、話はここでは終わらなかったのだ。
「待ってください! 実は……私、見たんです」
……桜さん、貴女は何を見たのでしょう?
「私、買い物から戻って部屋に戻る途中に――先輩が、こう指を口に当てて舐めるみたいな仕草をしていたのを見ちゃったんですっ!」
「なん――だって?」
まさか、見られていた!?
確かに指についたクリームを舐め取った記憶はあるが……そうだとしたら、衛宮士郎、一生の不覚。
「へえ~士郎。まるで生クリームを舐めたような仕草じゃない。どうしてそんなことしたのかしら?」
遠坂がニッコリと微笑んでいる。
いやいや、ちょっと待て。
何だか風向きがおかしくなってきてないか?
「――士郎。そういえばまだ貴方のアリバイを訊いていませんでしたね。犯行があった時間帯、貴方は何処にいたのですか?」
ライダーがずいずいっと詰め寄ってくる。
「お、俺? 俺は……そう、道場で稽古していたんだ」
「一人で稽古してたの、お兄ちゃん?」
「た、たまには、そんな気分になることもあるさ……」
「士郎。私の部屋から道場が見えるの知ってるわよね? おかしいなぁ。士郎の姿なんか見なかったけど?」
「遠坂……」
「勘違いなんかじゃないわよ。確かに見なかったわ」
「……」
事もあろうに赤いあくまがきっぱりと俺の言葉を否定してくれやがった。
それを受けて、みんなの冷たい視線が段々と俺に集まってくる。
「シ、シロウ……? まさか貴方が……プリンを……?」
「ち、違うぞセイバー。勘違いだった。土蔵だよ、土蔵。うん。土蔵で魔術の鍛錬をしていたんだっ!」
ここは如何に妖しかろうと言い逃れるしか術はない。
だがまたしても俺に不利な証言が飛びでてしまうのである。
「思い出した! お兄ちゃんが居間から出ていくの、わたし見たよ。おトイレから戻った時に見た。遠目だったからお兄ちゃんは気付かなかったみたいだけど」
んーと口元に指を当てて微笑むイリヤ。
「み……水くらい飲みにくるさ」
痛い、痛いよ。
みんなの視線が肌にチクチク突き刺さってくる。
「先輩“嘘”はいけませんよ?」
「う、う、嘘なんて吐かないさ。ほ、本当だぞ!」
とてつもなくヤバイ雰囲気。その気配に押され思わず後退さった。
だが、思わぬところから助け舟が飛んでくる。
名探偵セイバーだった。
「…………そうですね。シロウがそんなことをするはずがありません。私はシロウの言葉を信じます」
彼女が真摯で真っ直ぐな視線を俺に向けてくれる。だけど今はその信頼が胸に痛い。だが当事者であるセイバーの言葉によって、場の雰囲気が幾分緩和した。
このまま誰も異論がないのなら、うやむやになってしまいそうな雰囲気。
しかし冬の娘が一言付け加えて――
「覗いちゃおっか」
はい? イリヤは何て言ったんだ?
「そうね。私も士郎が一番怪しいと思う」
「嘘は駄目ですよ、先輩」
姉妹が仲良く、まるであくまの様にじりじり俺を部屋の隅まで追いつめていく。
右に逃げたら遠坂が。左に逃げたら桜さんが。それぞれ阿吽の呼吸で通せんぼしてくれているわけだ。
目配せひとつでこの呼吸の合いよう。間違いなくこの二人は血を分けた実の姉妹だよ……。
「ま、待て。ここは法治国家の日本だ。心を覗くとかそんな非人道的なことが許されるはずがない」
「残念ですが士郎。私達はサーヴァントと魔術師です。衛宮の敷地内に法律は適応されません」
待てライダー。そんなのは初耳だ。
「皆、待ってください。シロウはそんなことをしていないと言っているではないですか。ここは穏便に――」
「セイバー、アナタ、犯人を知りたくないの?」
遠坂の言葉に、ピタリとセイバーが動きを止めた。
「士郎が犯人ではないのならすぐに身の潔白が証明されます。貴女もそれで満足するはずですが?」
ライダーの言葉を聞いたセイバーが、僅かに逡巡し始めた。
俺からみんなへと視線を移しては眉根を寄せる彼女。だが今のセイバーは曲がりなりにも名探偵であり、事件を見過ごすことは出来なかったようだ。
「……仕方ありません。シロウ。ここは大人しくイリヤスフィールの術を受けて、私の為にも身の潔白を証明してください」
瞬間、体内にある魔術回路をフル稼働させ、逃げ道を探る。
出入り口は……固められている。台所に逃げても袋のネズミ。
だ、誰でもいい。助けてくれる人はいないかっ?!
そう思ったものの、視界の中に味方は誰一人いない。
「ふっふっふ。お兄ちゃん。ぜんぜん痛くないからねぇ」
イリヤの赤い瞳が俺を覗きこむ。
これは、いつぞやの時に俺を拘束した術かっ!?
もう一刻の猶予もない。そう判断した俺は、脱兎の如く逃げ出そうとして……一歩も身体が動かないことに驚愕する。
「……イリヤ……!?」
「すぐに終わるからね、お兄ちゃん?」
イリヤの甘い声が脳内に木霊して、それに呼応するようにだんだんと意識が遠のいていく。
景色が歪んでいって……身体の感覚すら感じなくなって…き…た……ような。
そんな俺が最後に見たのは、心配そうに覗きこむセイバーの姿だった。
――――――――――――――――――――――――――――はっ!
唐突に意識が覚醒する。
俺の目の前には、仁王様のように腕組みをしている女性が五人いました。
「シロウッッッー――――――――ッッッ!!」
耳を劈くセイバーの怒声。
もう説明は不要だろう。セイバーさんは烈火の如くお怒りでいらっしゃいました。
どうやら全部バレてしまったらしい。
ふふふ、俺の命……風前の灯火。
「…………」
しかしすぐに鉄拳制裁が来るものと覚悟していたが、いつまで経っても何も起こる気配がない。
どうやら遠坂がセイバーを押し止めていたらしい。
「待ってセイバー。そう頭から怒鳴っちゃ駄目よ」
「そうですよセイバーさん。ここは先輩にも罪を償うチャンスを差し上げましょう」
「どういことです、凛、桜?」
セイバーを中心にして女性陣が円陣を組んだ。
何だこれは? 少し風向きがおかしいような。
俺は当然セイバーに苛烈なお仕置きを受けると思ったのだが……。
ほどなく、円陣が解かれる。
何故だろう? みんな天使と見紛うばかりの極上スマイルを浮かべていた。
「ねえ、士郎」
「――っ!?」
一つの事実を確認した。笑顔って、時として見る者に恐怖を与えるものなんですね。
ドクドクと心臓が早鐘のように脈打っているのがわかる。後退さろうとしたけど後ろは壁だった。
「シロウ。誰にも間違いはあります。私達も鬼ではありません。シロウには罪を償うチャンスを与えようと思います」
「チ、チャンス?」
はいとセイバーが頷く。
「わ、分かった。俺に出来ることなら何でもするぞ。俺だって悪かったって思ってるんだ」
「良い心がけです。ではシロウ。こちらへ」
セイバーから提示された条件、それは――
「どうぞ、お召し上がりくださいませ」
給仕の格好をして、恭しくセイバーの前に皿を置く。
「士郎、飲み物がないわよ~」
「はい、只今お持ちします」
ダッシュで台所へ行き、遠坂所望のドリンクを持ってくる。
「さすが先輩ですね、とっても美味しいです」
桜は満面の笑みで俺の作った料理を食べている。
「ふふふ、お兄ちゃん。良い社会勉強になったね。嘘つきは閻魔様に舌を抜かれちゃうんだから」
イリヤが行儀良くスープを口に運んでいる。
「……士郎。僅かばかりですが同情します」
ライダーだけが俺を慰めてくれた。
彼女達が出した条件はこうだった。
――プリン盗み食いの罪と等価交換として、衛宮士郎には三日三晩満漢全席を作り続けることを命ずる。
「シロウ。この満漢全席というのは、とても美味しいですよ!」
セイバーが笑顔で食べてくれるのは嬉しい。だけど、果たして、俺は生きて四日目を迎えることが出来るだろうか?
結果として俺は生き残ることが出来たが、引き換えとしてあらゆるものを磨耗しつづけたわけで……。
教訓、嘘はいけない……ガクッ。