Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第十五話

 ――来たッ!

 親指に残る確かな感覚。俺は引いた牌を見つめながら、心の中でガッツポーズをする。

 これでテンパイ。俺は対面に座っているセイバーに視線を向けながら、フフフと不敵に笑い上げた。 

 

「……な、何ですかシロウ。その意味ありげな微笑みは……?」 

「ふっふっふ。喰らえセイバー! 追っかけリーチだ!」

「何とっ! 私と勝負すると言うのですかっ!? 良いでしょう。どちらの引きが強いか見せて……」

「待って、セイバー。士郎の捨て牌、それロンよ」

「な、なにィー!!」

 

 無常にも卓上に響く遠坂の声。

 ニコリと笑って倒したアイツの役は……。

 

「はい、ピンフのみ。千点ね」

「……千点……だと」

「士郎の捨て牌ってわかり易すぎよ。それじゃ純チャン三色を狙ってますって言ってるようなものだもの。誰がリーチなんてするものですか」

「ぐぬぬ……」 

 

 俺は苦渋の表情を滲ませながらも、点棒箱から千点棒を取り出し、お代官様に年貢を収めるの如く得意満面の遠坂に手渡した。

 とりあえずこの場の状況を説明しておこう。

 俺は現在、衛宮の居間でセイバー、遠坂、ライダーと一緒に麻雀を楽しんでいる最中だ。 

 発端はテレビである。たまたま流れていた麻雀番組を見たセイバーが強く興味を持ったのだ。

 そして勝負事となればセイバーは張り切る。その時ちょうど遊びに来ていた遠坂と、バイトが休みだったライダーを誘い、綿密なルール説明の上で戦闘開始となったのだ。

 始めは慣れないセイバーとライダーの為に練習で打ったりしたものの、思いのほか二人の飲み込みは早く、麻雀の面白さも手伝って今はかなり熱中している様子だ。だが藤ねえ&藤村組の面々に鍛えられた俺がおいそれと負ける訳にはいかない。ここの家長としての面子もあるしな。

 けれどこういう時に、決まって俺の前に立ちはだかるのはいつもの赤いあくまだ。

 

「さあて、次にいきましょうか」

 

 遠坂の掛け声を受けて、みんながジャラジャラと卓の上で牌を掻き回し始めた。全自動卓なんて豪華なものは衛宮の家にはないので、昔ながらのアナログなやりかたである。

 

「次は負けないからな遠坂」

「はいはい。頑張ってね、士郎」

「……」 

 

 ここで各自の位置を確認しておこう。俺の対面に座っているのはセイバーだ。彼女は必死になって裏返っていない牌を見えないように返している。

 たぶんそういう事が凄く気になるんだろう。

 

「しかしライダーからはあまり鳴けませんね。――私は運がない」

 

 卓に視線を注いだまま、ほうっとセイバーが溜息を吐く。 

 

「何を言っているのです。貴女はあからさますぎます。先程など竹マークの牌だけ集めていたでしょう? 狙われているようでしたので、捨てるのを避けたのです」

「なっ、ライダーっ! そのような意地悪をするのはやめていただきたい!」

「意地悪などと、貴方はまだこのゲームの本筋を理解していないようですね」

 

 憤慨するセイバーをライダーは澄ました表情で華麗にいなしている。ちなみにライダーはセイバーの上家、俺から見て右隣に座っていた。

 

「あのなセイバー。一応言っておくけど、相手の欲しい牌を止めるのも麻雀の作戦のうちなんだ」

「……そうなのですか? ふむ、ふむ。これは勉強不足でした。私もまだまだ甘いですね」

「俺なんて上家が遠坂だから全くといっていいほど鳴けないぞ」

 

 そして左手側に座るのが遠坂だ。ちなみに麻雀では、相手が捨てた牌を宣言した上で自分の手に加えることを“鳴く”という。ポン、カン、チーとか聞いたことがあるかもしれない。

 その中でチーという鳴きだけは、上家――俺で言えば遠坂からしか鳴けないのも麻雀のルールなのだ。

  

「遠坂。本当におまえってよく見てるよな」 

「当たり前よ。士郎ってば手を大きく作るタイプだから。まあ私にとっちゃカモみたいなものかな」

 

 言うに事欠いてカモ……だと? 

 遠坂め。現在トップだからって良い気になっているな。だが調子に乗ってられるのも今のうちだけだぜ。冬木の虎をも恐れさせた俺の実力をすぐに見せてやる。

 ――首を洗って待っていやがれ、遠坂凛!!

 

「あ、士郎。それロンね」

「すいません士郎。今捨てた牌ロンです」

「シロウ! その牌は私の当たり牌です。ロンですね!」

 

 ――なんでさ?

 

 今日は厄日だったっけ?

 打つ手打つ手が全部裏目に出てしまう。その影響か、あっと言う間に点数は底を付き、俺は思わず卓に顔を突っ伏してしまった。

 

「あらあら~? 士郎ってばもしかして飛んじゃった?」

 

 あくまの嘲笑を受けて飛び起きる。そして奴をキッと睨み据えて、残り少なくなった点棒箱を遠坂の眼前に突き付けた。

 

「良く見ろ遠坂! ほら、まだ千点だけど残ってるだろっ!」 

 

 ちなみに“飛ぶ”とは持ち点数がなくなって負けてしまう事を意味する。

 

「ぷぷ、千点ねぇ。士郎、良かったら私の点数見る?」

「……いや、遠慮しておく」

 

 ふと切った視線が、俺を見つめていたライダーと合った。 

 

「千点ですか……。出来れば私の点棒を分けて差し上げたいのですが、ルール上そのような行為は……」   

「ライダー。シロウとて勝負の厳しさは熟知しているはずです。ここは涙を飲んでオーラスへと参りましょう」

 

 コクンと頷くライダー。

 どうやらみんなラスは確定したと勝ち誇っているようだが、麻雀の勝負は最後まで判らない。何といってもオーラス(最後)の親は俺なのだ。連荘なり何なりと十分勝機は残されている。

 俺はセイバー達の談笑を聞きながら、密かに逆転の策を練っていた。

 

「さあ、泣いても笑ってもこれが最後! 張り切って行きましょう!」

 

 現在トップは遠坂凛。

 一度だけライダーに振り込んだものの、攻める時と守る時のバランスは最高だ。読みも正確で、正直一番の要注意人物だな、うん。

 

「では、私は控えめにトップを狙わせていただきます」

 

 現在二位のライダーさん。

 何と彼女は一度も振り込んでおられません。点棒を失ったのは相手のツモのみという堅実タイプ。

 このライダーも要注意だな。

 

「二人の戦術は理解しました。逆転勝利は勝負事の華だ。覚悟していただきたい」

 

 セイバーは三位だが、大きく点棒を失っているのは俺一人である為にトップ目も十分残されている。何より彼女は引きが強い。幸い大きな役には絡まなかったが、ツモ上がり回数はダントツのトップである。

 そして最後はこの俺、衛宮士郎。残り点数千点で逆転を狙う。

 引いた牌を並べ替えて……

 

「ぐはぁぁっっ!!」

「い、いきなりどうしたのよ士郎!? もしかして最悪な手だったり?」

「な、何のことだ遠坂? かなり良い手が入ってるぞ。……脚も速そうだ」

「そう? なら頑張りなさい」

 

 遠坂から視線を切って、もう一度よ~く牌を凝視する。

 一言で言うとバッラバラだ。役の欠片すら見出せない。両面待ちすらないとは……神様、俺に国士でも狙えという事ですか?

 

「……ん?」 

 

 ちょっと待て。国士だって?

 ゴシゴシと目をこすって良く配牌を見る。

 東。南。西。マンズ、ソーズ、ピンズの一、九牌が揃っている。それに発もあった。

 これって十種十牌。国士無双まであと三つじゃないか!?

 オーラスにして神が舞い降りたのか!? 

 そして一巡回って次に引いた牌は何と北!

 北が来た!

 ……思わず突込みたくなる寒い台詞もこの引きの前では霞んでしまう!

 どうやら最後の最後に俺に追い風が吹いてきたみたいだ。

 

「……いいぞ」 

 

 更に次の引きで発を引く。かぶってしまった訳だが国士には必要な牌である。そして次はイーピンと。丸い玉をイメージした牌の一に相当する牌が来た。

 一応これも置いておこう。

 

「ねえ、士郎。一応確認しておくけど、罰ゲームの話は覚えてる?」

 

 卓に不要牌を捨てながら遠坂が俺に視線を向けてきた。

 トップ争わず。

 捨て牌から遠坂の意図が読み取れる。

 

「ああ。ビリは点数に応じて勝利者の言う事を聞くこと、だろ?」

「そう。このまま終わったら……士郎大変よ?」

 

 クスクスと笑って、ご愁傷様ぁなんて付け加える赤いあくま。

 

「あのな遠坂。確かに俺は現在ビリだ。ダントツと言ってもいいね。けど勝負事は終わってみるまでわからないんだぜ?」

「ふうん。ねえ、士郎はこう言ってるけれど、セイバーとライダーは勝ったらどうするつもり?」 

「私はシロウに新都に連れていって貰おうと思っています。伸ばし伸ばしになっていた話しもありますし」

 

 うんうんと頷きながらセイバーが牌をツモる。

 伸ばし伸ばし? まさか何時ぞやの下着の話ではなかろうか? 下着を買うのに付き合って欲しい的なことを言っていたが……いや、待て待て。

 俺は怖い想像を振り払って集中力を取り戻す。

 要は勝てばいいのだ。

 

「セイバーは新都で買い物ですか。では私も士郎と新都に出かける事にしましょう」

 

 ライダーがセイバーの捨て牌をポンと鳴く。

 どうやら混一色狙いのようだ。ライダーも最後に勝負に出たらしい。

 

「以前一度出掛けましたね? あの時の士郎は私の事を可愛い可愛いと誉めてくれました。実は……とても嬉しかったのですよ?」

「なっ!?」

 

 集中力どころか、完全に思考がストップした。

 

「ライダー?」

「覚えてますよね、士郎?」 

「それは……」 

「――シロウ。今の話は本当ですか?」

「セイバー?」

「私もちょっと詳しい話を聞いてみたいわ。興味あるもの」

 

 セイバーと遠坂の冷たい視線が、ナイフのようにグサグサと突き刺さってくる。

 実は以前ひょんなことからライダーとデートみたいなことをしたことがあるんだが、その時に止むに止まれぬ事情から彼女のことを褒めちぎったことがあるだ。

 

「ま……待て! 落ち着け! あれはだな……その場の勢いというか……何と言うか」

「勢い?」

 

 消沈したようなライダーの囁き。 

 

「やはりアレは嘘だったのですね士郎。ええ。私のような大女が可愛いはずがありません……」

 

 しゅんと肩を落とすライダー。

 その姿は本当に悲しそうに見えてしまって。

 

「ば、馬鹿言うなライダー! ライダーは可愛いぞ。嘘でも偽りでもないし魅力的な女の子だって思うのは本心だ。ライダーはもっと自分に自信を持っていい」

「本当にそう思っていますか?」

「もちろんだ。ライダーは可愛いぞ」

「士郎……」 

 

 励ましの効果があったのか、ライダーは顔を上げてくれる。

 だけど……。

 

「シロウ? 今のがシロウの本心ですか? ライダーが一番可愛いと?」

 

 つり上がるセイバーさんのまなこ。

 

「へえ~。士郎ってばお姉さん趣味だったんだ。そっか、そっか、そっか――」

 

 目が据わっていく遠坂さん。

 

「ま……待て! 二人ともきっとなにか誤解しているぞ。一般的に見てライダーは美人だろ? それを伝えただけで、俺の主観じゃないというか、そうでもないと……いうか……」

 

 ごにょごにょと言葉を濁す。だって、それしか道がなかったんだ。だってどう答えても“地獄”が俺を待っている気がしたし……。

 そんな俺の態度に業を煮やしたのか、セイバーが真摯な瞳を向けてきた。

 

「ではシロウ。逆に訊きますが……私は可愛いですか?」

 

 はい? 

 

「えっと、セイバー?」

「私はシロウから見て、その、可愛い女なのでしょうか?」

 

 答えるまで逃がさないという強い意思を、セイバーの視線から強く感じた。

 

「……」

「答えて欲しい。ライダーには伝えたのに私には言えないのですか?」 

「……そんなことは……」

「なら、早く」 

「……セイバーは……可愛いさ……」

 

 い、いかん! 顔が真っ赤になっているのが自分でもはっきり分かった。

 このままでは色々とヤバイ。

 

「ふ~ん。そうなんだ。じゃあ士郎。私は? 私も可愛い? 綺麗? 士郎の好みのタイプ?」

「遠坂……お前まで」

「ねえ士郎。どうなの?」

 

 思わずゴクリと唾を飲み込んだ。 

 遠坂の問いに答えるのは簡単である。だがこれ以上この場を泥沼化するのは大変好ましくない。というか答えたら命が危ない気がするのは気のせいじゃないはずだ。

 

「だああああーっ!! もうこの話題は終わり!! さあ麻雀を再開するぞ! もうオーラスなんだ!!」

 

 無理やり会話を打ち切って俺は牌を引いた。

 

「――!」 

 

 その牌を見た時、俺の身体に電流が走った!

 ついに引いた。

 俺は中と書かれた牌を引き当てたのだ。これで“国士無双”白待ちでのテンパイである。

 

「……いいわ。釈然としないから、ゲームに勝利したら罰ゲームで聞き出してやるから」

 

 何ですと? 

 

「良いですね。私もその話に乗りましょう。士郎の答えも気になります」

 

 ライダーまで何を言ってるんだ?

 まだ悪ふざけが続いてるのか?

 

「わかりました。私も新都のお出かけは諦めてその話を受ける事にします。誰が“一番シロウにとって可愛いのか”という事実を、この場ではっきりさせておくのも悪くありません」

 

 セイバーまでも頷いている。

 三人はそれぞれの思惑を秘めながら、悪魔めいた笑みを浮かべて俺を凝視している。 

  

「……冗談じゃない」 

 

 これで俺は勝つしかなくなった。

 幸い手はある。親の役満は四万八千点だ。ツモだろうと直当たりであろうと俺がトップに立てる。

 だがここで新たなる問題が浮上した。役を進める為には、発かイーピンのどちらかを河に捨てなければならないのだ。

 

「……」 

 

 チラっと右手を見る。

 発は混一色を目指すライダーの欲しそうな牌である。限りなく当たり牌の香りがした。 

 そして視線を対面へ。

 セイバーは染め手らしい。しかもピンズ一色だ。イーピンは如何にも危険牌っぽい。

 

「…………」 

 

 こういう時の藤ねえなら「ええーい、運を天に任せてゴーよ! ゴー!」と言っていつも負けている。

 しかし今の俺に退路はないのだ。

 ならばと、瞳を閉じて牌を持つ。

 ――全てを読み切れ、衛宮士郎。

 遠坂の思惑を。セイバーの手牌を。ライダーの進み具合を。

 思考はフル回転。余計な事は一切考えない。

 撃鉄を降ろせ。

 自身の内なる全てを開放しろ。

 ――出来ないはずはない。

 ――不可能な事でもない。 

 今よりこの身は、ただそれだけに特化した魔術回路に!

 

「よしッ!」

 

 衛宮士郎、開眼す。

 俺は閉じていた瞳を開き、万感の想いを込めてイーピンを場に投げ放った。

 

「シロウ、それロンです」

「…………え?」

 

 更に悪夢は続く。

 

「すいません士郎。その牌、私も当たりです」

 

 パタンとライダーも牌を倒した。

 

「……清一色と混一色のダブルロン? 略してダブロンですかっっ!?」

 

 チラっと点棒箱を確認する。

 俺の持ち点は千点。足りるはずがない。

 舌が喉に張り付くような感覚。

 負けたという事実に緊張すら越えた戦慄が走った。

 かくなる上は“奥の手”を行使するしかないっ!

 

「――ああッ! オルタ化したアーチャーとランサーが、竜の魔女をナンパしているぞ」

『えっ!?』

 

 縁側を指差した俺に釣られて、三人が一斉に振り返った。

 ――投影、開始。

 ごめんよ、みんな。俺だってまだ死にたくないんだ。

 

「何よ、誰も居ないじゃな………………って、逃げたわね、士郎」

 

 機転を活かし、修羅場になりかけた場から逃げ出すことに成功する。だがこの状況から脱出することしか考えていなかったので、結局は衛宮の家に戻らなければいけない事を失念してしまっていた。

 夕食も作らないと駄目だし……。

 その後のことは折を見て語ろうと思う。

 今はそっとしておいてくれ……。

                           

 

 

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