Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第十六話

 新都にある一軒の喫茶店。ただいまの時刻は朝の八時である。正直言って、衛宮家の普段の朝食としては遅い時間帯になってしまうが、俺達は今から朝食を開始しようとしていた。

 

「ふふっ。モーニングサービスですか。楽しみですね」

 

 セイバーが目を輝かせた状態で店内をぐるりと見回している。その様子は遠足前夜の子供のようにワクワクしているように見えた。ちなみに俺とセイバーの他にライダーも一緒に来ている。

 

「雰囲気も良いですし、シロウが良い店を知っていて良かったです」

「俺も来たの初めてだけどな」

「そうなのですか?」

「ちょっと評判になってたから来てみようかなって」 

 

 セイバーに倣うようにして、俺も首を巡らせてみる。

 店内はゆったりとした空間を意識して作られているようで、座席の間隔にも余裕があった。値段も新都にしては比較的良心的であり、瀟洒な雰囲気と相まって客足はかなり盛況のようである。

 店内BGMも朝の清々しさを損なわない程度に軽快で耳に心地良い。

 

「それなら尚更楽しみですね」 

 

 事の発端はまたしてもテレビである。

 全国モーニングサービスの実地調査と銘打った番組を見たセイバーは、例の如く目を輝かせ「シロウ、このモーニングサービスとは何なのでしょう?」と首を傾げたのである。

 説明するくらいなら体験してもらった方が早いだろうと、新都まで繰り出して来たという訳だ。

 ちなみに俺達は四人掛けのテーブルに付いていて、頼んだモーニングセットが来るのを待っている。席は壁際で、セイバーとライダーが隣同士で座っていて、対面側に俺がという配置になっていた。

 

「飲み物の値段だけで朝食が付くというのは、実に素晴らしい発想です。そう思いませんか、ライダー?」

「ええ。反論の余地はありません。きっと弛まぬ経営努力、その果てのサービスなのでしょう。素直に感心しますね」

 

 若干、ライダーの見識に間違いがある気はするが、細かい突っ込みはなしだ。

 俺も喫茶店にモーニングを食べに来るなんて随分久しぶりなのである。最後に来たのは切嗣と藤ねえと一緒だったから、数年ぶりかもしれない。

 

「そういえば、セイバーは紅茶を頼んだんだよな」

「はい。アッサムのミルクティを。ほのかな甘みが好みなので。そういえばライダーも紅茶を頼んでいましたね?」

「私はダージリンのアールグレイですね。香りがてとも良いのですよ」

「それも良い選択です。次の機会には私もダージリンを頼むとしましょう」

 

 セイバーとライダーが紅茶談義に花を咲かせている。

 俺は美味しい紅茶を淹れられないので、家では緑茶を飲む事が多い。同居している彼女たちもそれに付き合って飲んでいるが、本来はセイバーもライダーも紅茶党なのだろう。

 こうして二人並んで会話する光景を見れば、一見して仲の良い姉妹に見えなくも無い。けど一度それとなく話題にしたこともあるが、その時は二人から思い切り否定された。

 仲が良いのか悪いのか。本当に判断に迷うコンビである。 ちなみに俺は、パンに合わせてエスプレッソを頼んでいる。この店のコーヒーも紅茶もクラスで評判なのだ。

 

「セイバー、ライダー。この店の紅茶は美味しいらしい。何でも雑誌に紹介された事があるとか」

「本当ですか、シロウ!」

「そう聞いては、期待してしまいますね」

 

 セイバーは如実に顔色で判るが、ライダーも楽しみにしているようだ。

 こんな彼女達の表情を見ていたら、美味しい紅茶の一つも淹れたくなってくる。そのうち勉強するのも悪くないなと、そう思ってしまった。

 そうこうしている内に、モーニングセットが三つ運ばれて来た。

 

 

「あいよ、お待っとうさん!」

 

 ぞんざいな口調で、店員がそれぞれの前にセットを並べていく。

 厚切りのトーストにゆで卵。それとサラダにバナナのカット。どれも結構なボリュームだ。

 だけど、ちょっと待て。

 テーブルに並べていく太い腕に、何処か見覚えが……。

 腕を辿り厚い胸板へ。そこから上げた視線は、思わぬ人物の顔を捉える事となった。

 

「ラ、ランサー!? お前こんなところで何やってるんだ?」

「あん? 何って見てわからねえか? バイトだよ、バイト」  

 

 会話の間もランサーはテキパキと作業を進めていく。案外、こういう職業に向いているのかもしれない。

 ランサーは一通りテーブルに品物を並べ終えると、ニヤリと笑いながらセイバーを見た。 

 

「セイバーのトーストだけ二枚にしといたから、あ、礼ならいらねえぜ。サービスだ」

 

 ランサーの言う通り、美味しそうなトーストが二枚、セイバーの前に鎮座なされていた。

 ちなみにトーストは厚切りである。

 セイバーは複雑な表情を浮かべた後、ランサーを冷ややかに睨み据えて 

 

「ランサー。これは私が良く食べると、そういう事が言いたいのですか?」

「違う違う。勘違いするなセイバー。いいか? おめえみたいなチビッコはいっぱい食わねえと、いつまでたってもライダーみたいになれないぞ。女は、こうもっと、ライダーのように胸とか色々でかくだな――――」

  

 直後、店内に凄まじい衝撃音が響き渡った。

 セイバーとライダーが申し合わせたように絶妙のタイミングでトレイを手に取り、そのままランサー目掛けて投げ付けたのだ。“金属製”のトレイは、ランサーの顔面に縦からヒットしている。

 あれは、かなり痛い。

 最悪死んだかもしれない。

 

「痛えぇ! いきなり何しやがるっ!! トレイってのは人を殴る道具じゃねえぞ」

 

 何とかランサーは生きていたようだ。復活するやセイバー達に詰め寄っている。しかし彼の顔の痣を見れば良く生還したと言わざるを得ない。

 さすがは槍の英霊だと心の中で褒めておいた。 

 

「自業自得です。口は災いの元とは良く言ったものですね」

「ランサー。手加減したのはせめてもの慈悲だと思え」 

「……わあったよ。悪かった。一枚下げりゃいいんだろうが」

 

 しぶしぶながらランサーが腕を伸ばす。その腕からセイバーのトーストが逃げた。更に伸びるランサーの腕。すると更に逃げるセイバーのトースト。

 

「……折角ですから、これは頂いておきましょう」

「セイバー、おまえ――」

「も、もったいないからに決まっています。他意はありません!」

 

 ちょっと頬を赤くしたセイバーは、恥ずかしがるように目線を逸らしましたとさ。

 

「坊主、シュガーは入れすぎるんじゃねえぜ」

 

 何故だろう。ランサーは品物を並び終えても厨房へ戻ろうとはしなかった。

 

「おいおいライダー。いきなりゆで卵から食うのは頂けねえ。そいつはモーニングのマナーに反する行為だ」

 

 これに関しては断固として譲らないとの意思を、ランサーから感じ取れた。ライダーは仕方ないといった感じで、一度手に取ったゆで卵を戻してからトーストに手を伸ばし変える。

 

「そうだセイバー。トーストにシュガーをふり掛けると甘くて美味しくなるぜ」

 

 テーブルの上をシュガーポットが移動する。

 ……しかし一体何がしたいのだろうかこの槍兵は。仕事の方は放っておいて大丈夫なのか。

 同様の疑問を抱いたのだろう。ライダーがトーストを小さくかじりながら彼を詰問した。

 

「お仕事の方は良いのですかランサー? 油を売っている暇はなさそうですが」

 

 ライダーの言う通り、他の店員は忙しそうに働いている。

 

「ああ。俺はもう少しで休憩に入るんだ。別に邪魔する気はな――」

 

 ――明確な殺気。

 言葉の途中でランサーがいきなりテーブルの下にダッシュで潜り込んだ。

 彼は大きな身体を精一杯縮めて、喫茶店の入り口付近を伺っている。

 ……なんというか、実に妖しげな行動である。 

 一瞬だけ無視しようかとも思ったが、こんな場所で大男にしゃがんでいられると朝食どころではない。

 俺は勇気を振り絞って、クランの猛犬と呼ばれた男に声をかけた。

 

「……ランサー、一体何してるんだ?」

「――静かに! 静かにしてろ坊主」

 

 ランサーは口元に人差し指を添えながら、顎を入り口付近に向けてしゃくって見せた。

 

「そら、危険人物のご来店だ。本当なら入店拒否といきたいところだが……生憎俺はあいつに頭が上がらない。何とかこの場はやり過ごしたいもの――」 

「あら、衛宮士郎。こんな場所でお会いするなんて奇遇ですね」

 

 件の人物の登場である。

 入り口からテクテクと歩いて来たのは銀色の髪が鮮やかな一人の少女。

 敬虔なシスターを装っているカレン・オルテンシアだった。 

 

「朝食ですか、衛宮士郎」

「……あ、ああ。カレンもモーニングでも食いに来たのか?」

「私はサンドイッチを頂きに。ここはテイクアウトが可能なのです」

 

 そう言ったカレンが、ほうっと小さく溜息を吐いた。

 

「……さすがに徹夜で作業すると少々堪えてしまいますね」

「徹夜って、カレン、寝てないのか?」

 

 ええとカレンが頷いた。確かに目が少し充血して見える。

 

「色々と仕事が山積しておりまして。本来なら駄犬に命じてやらせるのですが――あのろくでなしは、一体どこをほっつき歩いているのでしょう?」

 

 あくまで言葉は穏やかに、それでもってカレンは、ダンっ! と店内に響き渡るほど強くテーブルをひっぱたいた。

 何故か、一呼吸遅れてテーブルが揺れる。

 

「クランの猛犬? 笑わせます。戻って来たら……いいえ。見つけ出したら主従という言葉の意味をきっちりはっきりきっぱりと教えて差し上げなくてはなりません」

 

 ダンっ! ダンっ! とカレンがテーブルを叩く。

 今度はテーブルがガタガタと小刻みに震え出した。

 

「羨ましいです、衛宮士郎。セイバーはさぞ主人に忠実なのでしょうね。それに比べてうちの無駄飯喰らいときたら……心底から見習って欲しいものです」

 

 言いながらカレンは、テーブルを叩こうとして上げかけた手をはたと途中で止めた。その代わりにとばかりに、とても冷ややかな視線をテーブルに叩きつけている。

 

「…………」

 

 何故か、風もないのにテーブルが小刻みに揺れていた。

 

「コホン。ですが私にも慈悲の心はあります」

 

 セイバーとライダーはどうやらこの一件に関して、無関心を決め込む事にしたようだ。

 時々談笑しながらモーニングセットを美味しそうに頂いている。

 何も見えないし、聞こえないし、関わらない。

 実に懸命で素晴らしい選択である。カレンに声さえかけられなかったら、俺だってそうしていた。

 

「私は神に仕えるシスターです。当然、慈悲の心はあります。ありますが――あまりにも聞き訳がないようでしたら、堪忍袋の緒をほんの少し緩める事があるかもしれません。そう思いませんか、衛宮士郎?」

「え、俺? えと、そうだなぁ……何て言うか」

 

 テーブルの下のランサーを引き渡すのは簡単だが、下手に関わってとばっちりを受けるのは勘弁だ。

 何とか言葉を濁らすべく思考を巡らせる。だがどうやらカレンは自己完結する事にしたらしい。 

 

「衛宮士郎。貴方ならば当然そう思うはずです。思わないはずがありません。あぁ! あの駄犬は今何処で何をしているのでしょう? 主よ、どうか“殺生”する私をお許しくだ……」

 

 カレンがマグダラの聖骸布を取り出しながら、銀色に輝くなにかを取り出した。

 それは照明を受けて輝く一本のナイフである。その鋭利に尖ったナイフの煌きは、ある男に“決心”を促したようだ。

 

「ゆ、床掃除は完了だ。いやぁ…………かなり汚れていやがったぜ……?」

 

 青き槍兵は、サーヴァント随一と呼ばれる俊足を使って、テーブルの下から颯爽と這い出して来ていた。 

 

「あらランサー。こんなところに居たのですか。本当に奇遇ですね」

「奇遇……そう! 本当に奇遇だなカレン! 全然っ気付かなかった! いや、本当に!」

「気付かなかった? 英雄である貴方が気付かなかった?」

「……床掃除に……ね」 

「熱中でもしていましたか? それならば仕方ありませんが――」

 

 両手を胸の前で組み、納得しましたと頷くカレン。

 そのカレンが、ふとした拍子に気付いたという感じを装い、ランサーに向かって腕を伸ばしていく。 

 

「寒いのですねランサー。震えています」

 

 伸び行くカレンの手。

 ランサーは一足で以って店内の端まで距離を取った。

 

「……まあ、いいでしょう。ではランサー。サンドイッチを作りその後で私の共をしなさい」

「待ってくれ、カレン。俺には仕事が────」

「聞こえませんか? 聞こえましたね? それとも同じ事をもう一度言わせるつもりですか?」

「ま、任せてくれ! とびっきり旨いサンドイッチを作ってやるからよ!」

 

 神速を以ってランサーが厨房へと姿を消した。

 直後に響き渡る凄まじい轟音。

 一体……何を作っているんだ?

 結局ランサーは、カレンに引きずられるようにして喫茶店から姿を消していった。

 ……がんばれ、ランサー。

 その内きっと良いことがあるさ。

 哀愁漂う槍兵の背中を見送りながら、俺は心の中でそう思っていた。

                   

 余談だが、その後の俺たちは、楽しい朝食の一時を過ごしてから店を出たと付け加えておこう。

 

 

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