Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第十九話

 夜の住宅街を衛宮の家に向かって歩いている。通いなれた道ではあるが、いつもと違う時間帯を一人で歩いていると、周りの景色や印象が違って見えたりするのが不思議だ。

 本当ならもう少し早く帰路につくつもりだったんだけど、バイト先の店長から残業を頼まれたのだ。スタッフの一人が急な風邪で寝込んでしまったらしい。

 そうやって頼みごとをされると断れない。我ながら損な性分だと思うが、こればかりは身体に染みついた性なので、どうしようもないのだ。

 そんな事を考えながら、ふと顔を上げてみた。

 空には綺麗な満月が輝いていて、蒼い光で路上を美しく照らし出していた。

 

「……」 

 

 ここは大通りから離れているので、車の走行音とか大きな喧騒なんかは届いてこない。けれど耳を澄ましてみれば、大勢の人がはしゃぎ回る声が聞こえてくるような錯覚に襲われる。

 だって今日は、近くの神社で小さなお祭り、縁日が開かれているから。

 残業を頼まれなければ、今ごろみんなと一緒に縁日に参加して、出店回りなんかしてたはずだけど……まあ諦めが肝心か。戻ってから神社に出向いてもあまり長時間参加できそうにないし、みんなにはバイトで残業するから先に楽しんできてくれと連絡を入れてある。ここは大人しく家で帰りを待ちながら、留守番しているのが得策だろう。

 

「イリヤのやつ、りんご飴で口のまわりベタベタにしてなきゃいいけど」 

 

 浴衣を着てテンションを上げたイリヤを想像すると、自然と笑みが零れてくる。そうして歩いていると、一組の親子連れとすれ違った。楽しそうな笑顔を浮かべる子供の手の中には、赤い金魚の入った透明な袋が提げられている。

 きっと縁日の帰り道なんだろう。

 

「ああ、金魚掬いか。懐かしいな」 

 

 実は結構というか、金魚掬いは得意なのだ。

 お祭り好きな藤ねえに色々仕込まれた結果、大抵の縁日の出し物は制覇した結果である。でもそれも小さい頃の話だ。大きくなってからはこういう縁日に出向く機会があまりなくて。だから久しぶりに行けるかもと楽しみにしてはいたんだけど……。

 

「……家に到着っと」 

 

 そうこうしている間に、衛宮の家に着いてしまった。

 俺は玄関に向かいながら、ポケットから鍵を取り出すと……

 

「あれ? おかしいな。開いてるぞ」

 

 抵抗なく開く扉。みんなが出掛ける時に閉め忘れて行ったんんだろうか。そう思った時、パタパタと足音を立てて、誰かが玄関口まで走ってきた。

 

「あ、お帰りなさい、シロウ」

 

 セイバーの優しい声音。

 

「セイバー?」

「はい」

「……」 

 

 思わず二の句を告げずに玄関で固まってしまった。だって彼女はいつもと違う髪形にいつもと違う服装を纏っていたから。

 小さなリボンでポニーテールに結わえた髪をさらりと流し、白地に青の紋様が映える浴衣を見事に着こなしている。

 

「…………」

「どうかしましたか、シロウ?」 

「あ、いや。……セイバー、縁日に出かけたと思ってたから……さ……」

「そうですね。一度は皆と出かけようと思ったのですが、やはりシロウが一緒でないと」

「もしかして、俺を待っててくれたのか?」

 

 そんな俺の問い掛けには言葉で答えず、変わりとばかりに彼女が微笑む。

 

「あまり時間もありませんし、行きましょうか、シロウ」

  

 そう言って差し出された手。

 それが彼女の答えだった。

 

「行くって、お祭りにか?」

「もちろんです」

「けど今からだと、少ししか楽しめないと思うけど」

「少しでも良いではありませんか」

「あ――」 

 

 柔和に微笑むセイバー。

 きっと俺は、この日の彼女の笑顔を忘れることはないだろう。

 それくらい眩しい表情が印象的で。

 

「さあ、手を」

「……ありがとう」 

 

 礼を言いながら、差し出された彼女の手を取る。そうしながらきゅっと唇を噛み締めた。

 言い慣れていないので恥ずかしかったんだけど、ここまでお膳立てをされて伝えられないのは男が廃る。

 

「……あのさ、セイバー」

「なんですか、シロウ?」

「えと……すっごく似合ってるぞ。その浴衣……」

「――」

  

 言葉を詰まらせ、少しだけ頬を染めるセイバー。

 結局その後は、お互い気恥ずかしさのせいか、神社に着くまであまり言葉を交わさなかった。

 

 

「シロウ、見てください! ふわふわですよ、ふわふわ!」

 

 神社に到着したセイバーは、もう子供のようにはしゃぎ回っていた。見るもの全てが珍しいのだろう。わたあめを見た時など「これはっ!? これは何ですかシロウ!」と、引きずられるようにして店の前に連れていかれたものだ。

 目を輝かせて、わたあめを頬張るセイバーは、本当に楽しそうで。

 

「思ったより人が残ってるな」 

 

 お祭り――縁日は未だに盛況だった。とは言っても遅い時間帯のせいか、幾つかの出店は閉まってしまっていたし、家路に向かう人の数も増えている。

 でもまだ少し、終焉までの残り時間はあるみたいだ。

 

「シロウ、あれは何ですか?」

 

 セイバーが再び俺の袖を引いた。そんな彼女の視線の先には、金魚掬いの屋台がある。

 

「ああ、あれは金魚掬いだな」

「金魚……掬いですか?」 

「うん。ポイっていう専用の道具で、水槽にいる金魚を掬いあげるんだ。そうしたらそれは持って帰ってもいいんだぞ」

「なんと……それは楽しそうな競技ですね。是非、挑戦してみたいです」

「じゃあ、一回やってみるかセイバー?」

「はい」

  

 そういう経緯で、二人して金魚掬いの屋台に向かうことになった。

 

「はいよ」

 

 お金を払い、ポイを受け取る。

 そうして金魚掬いを始めたのだが。 

 

「……くっ。シロウ。このポイというものは、何故こうも脆いものなのでしょう……」

 

 案の定というか、セイバーが苦戦を強いられていた。彼女は力任せに水中にいる金魚を狙うので、ポイがすぐに破けてしまうのだ。運よく破けなくても、金魚を追いつめているうちに水圧で破けてしまう。

 悪戦苦闘しながら、一生懸命金魚を追う彼女。一旦集中すると周りが見えなくなるのか、色々掛け声を上げながら奮闘している。こういう姿はなんだかセイバーらしい。

 

「なんですかシロウっ。わ、笑うなど失礼ではありませんか。私は……その、初めてなのですから……」

「ごめん、ごめん。セイバーがあんまり“らしい”からさ」

「むむ、それはどういう意味ですか?」

「別に深い意味はないけど……じゃあ、もう一回挑戦するか? それとも諦める?」

「……もちろんやります。このまま終わっては騎士の名折れですから」 

 

 きゅっと眉根を寄せながらも、セイバーが新しいポイを受け取った。

 そして再開されるセイバーによる金魚殲滅作戦。

 

「……この、この。…………あぁ! また破けてしまいました」

 

 失敗してしゅんと肩を落とすセイバー。

 仕方ない。そろそろ助けてやるか。

 

「あのな、これはあんまり力はいらないんだ」

 

 セイバーからポイを受け取って、立ち位置を変える。

 

「それと、あんまり大きい金魚を狙っても金魚自体の重みで破けてしまうから――ほら、こうやって水槽の角に追い込むようにして……よっと」

 

 アドバイスしながら、見事に赤い金魚をゲットする。

 

「す、すごいですシロウっ! まるで……魔法のようです」

 

 目を丸くしながら、パチパチと両手を叩くセイバー。

 本当に感心しているのだろう。

 

「そんな凄いことじゃないさ。コツさえ掴めば簡単だから。ほら、やってみな」

 

 改めて立ち位置を変えて、今度はコツを教えながらセイバーを見守る。

 

「こ、こうですね。…………やっ、むむ。もう少し…………えいやっ!」

 

 えいやっとセイバーが気合を入れて金魚を掬う。

 ポイは真ん中に金魚を捉えていたが――

 

「…………あぁ、破けてしまいました……」

 

 狙った金魚が重すぎた。結局見事に真ん中を突き破られて、獲物を逃がした格好になる。

 

「今のは惜しかったな。でもコツは掴んだろ? 次はきっとうまくいくさ」

 

 そう言ったものの、セイバーは軽く首を振った。

 

「いいえ。ここだけで時間を取られるのも忍びない。他に向かいましょうシロウ」

 

 そう言ってセイバーが立ち上がる。

 そんな彼女に向かって、出店のおじさんがプレゼントだからと金魚を一匹包んでくれた。

 

「ほいよ、お嬢ちゃん。サービスだ。持って行きな」

「あ、ありがとうございます」

「おう。また来年も来てくれや」

「……ええ。次は必ず仕留めてみせますから」 

 

 俺とセイバーは、おじさんに礼を述べてから、仲良く金魚を一匹ずつ下げて歩き出した。

 

 結局、その少し後で先に来ていた衛宮家御一行様と鉢合わせして、二人きりのお祭りはお開きとなってしまった。でも短い時間だったけど来られて良かった。

 俺は隣を歩く彼女の笑顔を眺めながら、来年も一緒に来ようと、そう心の中で思っていた。

 

 

  

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