Fate/next hollow 衛宮家の人々 作:powder snow
今、俺の手の中に三枚のチケットがあった。
――わくわくざぶーん無料招待券。
今年オープンしたばかりの、全天候型屋内ウォーターレジャーランド施設のタダ券である。
正直言ってこのネーミングセンスはどうかと思うが、各種アトラクションも豊富で、一年を通して楽しめるレジャー施設という触れ込みに偽りはないようだ。
しかし、ここでちょっとした問題が発生していた。
チケットの枚数は三枚。
――三枚だけだ。
果たして、誰を誘って出かけるべきなのか。住人の誰を誘っても角が立つ気がする。慎二や一成と行く案もあるが……折角プールに出かけようというのに、男三人で行っても楽しくないだろう。
そう。どうせなら女の子を誘いたい!
ここで候補として思いつくのは、やっぱりセイバーや遠坂、桜やライダーか。或いはイリヤを誘ってもいいかもしれない。でも三枚ではあちら立てればこちらが立たずである。
衛宮家の家長としては非常に難しい選択と言っていい。
そうやって考えて迷っていても、すぐに良い案は浮かばない。
まあ早急に結論を出す事案でもないし今は保留ということにしておこう。そう思った俺は、招待券を無造作にポケットに突っ込むと日課であるセイバーとの稽古に向かった。
「ライダー。ちょっと聞きたいんだけど、セイバーを見なかったか?」
向かった先の道場にセイバーの姿はなかった。
几帳面な彼女は大抵先に来て待っていることが多いので、こういうことは珍しい。忘れているのかと屋敷の中をあちこち捜したがどうにも見当たらない。ので、居間でニュースを見ていたライダーに聞いてみることにした。
「セイバーですか? 何やら藤村組へ所用があるので出かけると言っていましたが」
「藤村組って雷画爺さんとこにか…………あっ!?」
そういえば、今朝セイバーからそんなことを聞いた気がする。
セイバーは雷画爺さんに気に入られているので、よくお呼ばれして何か頂いたりするのだ。
「士郎、セイバーに急用ですか?」
「いや、急用って訳じゃない。ただ、日課になってる稽古つけて貰おうと思っただけだ」
「稽古……ですか」
そう言ってライダーが視線を落とす。どうやら何か考え込んでいる様子だ。
しかしセイバーが居ないならしょうがない。稽古は諦めて、今日は土蔵で魔術の鍛錬をするとしよう。
そう結論付けた俺は、ライダーに礼を述べてから踵を返した。しかし襖を開いたタイミングで、ライダーから思わぬ提案が飛び込んできた。
「士郎。私でよろしければ稽古に付き合いましょうか?」
「え? 稽古を付けてくれるのか、ライダー?」
ライダーはセイバーとはまた違ったタイプの戦い方をする。
その名の通り騎士よろしく、正面から小細工なしに攻めるセイバー。素早い身のこなしで相手を翻弄し、一瞬の隙を突くライダー。
要約すると力のセイバー。技のライダーといったところか。
もちろん彼女達は英雄サーヴァントである。ライダーは見た目に反してかなりの力持ちだし、セイバーも剣技一つとっても洗練された技の冴えがある。
互いの獲物が違うし育った環境も違う。そこは身に付けたスタイルの違いだろう。
けど俺からしたら、普段とは違うタイプの相手に稽古をつけて貰えるというのはありがたい。なにか新しい発見もあるだろうし、見えなかったものが見えてくるかもしれない。
ライダーなら相手として申し分ないんだけど。
「士郎さえよろしければの話しですが」
「いや、よろしいも何もこっちからお願いしたいくらいだ。ライダー、稽古をつけてくれるか?」
「もちろんです。えっと、すぐに始めますか?」
「……そうだな。俺の準備は出来てるからすぐにでも始められるんだが……ライダーはその格好でやるのか?」
「ええ。士郎相手ならそれほど動くとも思えませんし、これで十分でしょう」
普段着姿のまま、コクンと頷くライダー。動かないということは汗もかかないということか。
何というか……ちょっと自尊心が傷付いた。
いやまあ、ライダーはサーヴァントだから彼女の言う通りなんだが、ちょっと悔しいのは事実だ。それならライダーから一本取るくらいの気合を入れてやるか。
そう自分に活を入れてから、俺たちは道場へ向かって歩いて行った。
「……正直驚きました。かなり腕を上げてるようですね、士郎」
「伊達に毎日セイバーと稽古をしてる訳じゃないさ」
道場に竹刀を打ち合う音が響く。
ライダーが竹刀を持つ姿というのはかなり新鮮だった。スラリとした長身の彼女が剣を握っていると、何処となくアサシンを彷彿とさせる。
剣線は鋭く、打ち込みも正確。捉えたと思っても、軽くいなし、弾かれ、簡単に相手に翻弄されてしまう。
得手不得手で言えば不得手な剣を使っての稽古だろうに、流石はサーヴァント、ライダーといったところか。
「士郎。そういう時は内側に廻り込むように受けると、反撃と避けが一体となって動きに無駄が生まれません」
「内側って、こうか? ……っと、これ難しいな」
「ふふっ。そうです。後はもう少し右足を踏み込めれば合格ですね」
ライダーは無理に俺を打ちのめそうとはせずに、悪いと感じたところをその都度指摘して指導していくスタイルを取っていた。時には身振りや手振りを交えて手本を見せてくれたりもする。
セイバーとは一味違う、いや、方向性が違う稽古だった。
「ふむ。士郎は飲み込みは早いですね。毎日鍛えていただけあって身体は出来ていますし、セイバーとの稽古で実戦感も養われている。――貴方は将来相当な使い手になる。そう思います」
「そ、そうか? でもライダー。それはちょっと誉めすぎだ」
「私はお世辞を言ったりしませんよ。感じたままを述べただけです」
ライダーはお世辞じゃないと言ったけど、実際はお世辞なんだろう。俺はまだまだそこまでのレベルに達していない。だけど毎日培ってきたものを誉められて嬉しくないはずがない。
俄然、次の打ち込みにも力が入る。
それにこの稽古で得たものをセイバーにも見せてやりたい。彼女は滅多に誉めてくれないけど、たまに誉めてくれるその時は本当に嬉しくなるんだ。
そう思った時……
「――あっ!?」
ライダーが俺の突きを捌いたと思ったら、俺の竹刀は見事に空中に跳ね上げられてしまっていた。
放物線を描いて落ちる獲物を見つめる。そんな俺の首筋に、ライダーの竹刀の先がぴっと突き付けられた。
「油断しましたね。考え事ですか? 稽古中に考え事とはあまり関心しませんよ?」
「……流石はライダーだな。一瞬のスキも見逃さないなんて」
「一瞬というか……私から見たら士郎はスキだらけだったりするのですが……」
「……ぐっ。けどさ、これでも真剣にやってるんだぞ」
「怒らないでください。あくまでサーヴァントの目から見たらという意味です。先程も述べた通り、士郎はかなり強くなっています」
柔らかい微笑を浮かべてから、ライダーが竹刀をそっと下げる。
そして聞こえないほど小さな声で、何やら一言呟いた。
「セイバーが……少し羨ましいですね」
「……ん? 何か言ったかライダー? セイバーがどうとか聞こえたんだけど」
「い、いえ。特に何も言ってませんよ? きっと士郎の勘違いでしょう」
慌てたように目を白黒させてから、ライダーが落ちた俺の竹刀を拾いにいく。そして拾ったそれを俺に手渡そうとして……ハッと動きを止めた。
ライダーの視線は俺の後ろ――道場の玄関の辺りに注がれている。
何だろうと思い、振り返ってみた。
果たしてそこには、怒りのオーラを滲ませたセイバーさんが佇んでいた。
「セイバー? 雷画爺さんとこに行ってたんじゃないのか? いつ戻ってきたんだ?」
「つい先程です。それにしてもシロウ。随分楽しそうにライダーと稽古するのですね!」
ズンズンと足音を響かせるようにセイバーが歩み寄って来る。
何というか、様子が変だ。
「……もしかして、ライダーと一緒に稽古したことを怒ってるのか?」
「そのような事で怒ってなどいませんっ!!」
セイバーは怒ってないと言いながらとっても怒っていた。
「雷画の歓待を断って急ぎ戻って来たのですが……どうやらその必要は無かったようですねっ」
唇を尖らせて拗ねてみせる彼女。セイバーの視線がチクチクと俺に突き刺さってきた。
俺にはどうしてセイバーが怒っているのか見当がつかないけど、こういう時は謝るに限る。
「セイバー……その、ごめん。何を怒ってるのかわからないけど、謝る。機嫌を直してくれ」
「シロウ?」
素直に頭を下げた俺に驚き、彼女の剣呑な雰囲気が和らいでいく。
しかし、思わぬところから助け舟? が出た。
「――士郎。貴方が謝ることなど何もないでしょう。悪いのは勝手に怒っているセイバーです」
「ラ、ライダー!?」
だがこの助け船は想像もしなかった方向へと進んでいく。
それも俺にとって都合の悪い方向に!
「セイバー。貴方は士郎が私と稽古したことを怒っているのでしょう? それならば士郎を怒るのは筋違いです。何故なら、この稽古に誘ったのは私なのですから」
「……どういう意味です、ライダー?」
セイバーの視線がライダーを射抜くように細められた。
俺なら間違いなく気圧されるほどの圧力。だけどライダーは、そんな圧力など何処吹く風と優雅にいなし、そのまますっと俺に近づいた。いや、近づくというよりも必要以上に身体を密着させてくる。
まるで立ったまま抱きつくような格好になる俺とライダー。
そこから彼女は、人差し指と親指を使って俺の顎を取るとクイっと自分の方向へと向ける。
「セイバー。貴女は独占欲が強すぎますね。士郎が何処で何をしようと貴女には関係ないはずです。例え私と稽古したとしても異論を挟む権利はないのではないですか?」
ライダーが蛇のように俺の身体にまとわりついてくる。そうやって密着された身体がライダーの体温を直に伝えてくれた。
思わず唾を飲み込む。
柔らかい肌の感触と暖かい体温の刺激を受けて、心臓の鼓動はどんどんと高鳴っていき、その影響で全身に血流が巡っていくのが分かった。だけどそれに反比例するように身体は硬直していく。
ライダーの石化の魔眼の効果……ではなく、緊張感によって。
「どうなのです、セイバー?」
「わ、わた、私とシロウは……こいび……じゃなく、剣の師弟ですっ! 十分に口を挟む権利がある! それよりもライダーっ! シロウから早く離れなさいっ!」
剣で切り込むように、セイバーが俺とライダーの間に割って入った。
それを察知したライダーはいち早く俺を解放すると、セイバーの突進から身を翻した。もしそのままの格好で突っ立っていたら、本当に吹っ飛ばされていただろう。
「あら。乱暴ですねセイバー」
妖艶な笑みを浮かべ、ライダーが俺を見つめる。
彼女の流し目が俺を捉え、二人の視線が空中で交わった。
だけどそれも一瞬のこと。
何故なら、その視線を身体で遮るようにしてセイバーが間に仁王立ったからだ。
「ライダー。貴女は一体何がしたいのです。その……シロウをからかって遊ぶなどと」
「別にからかっていた訳ではありませんよ。少し玩具にはしましたが」
両手を広げてフフっと笑うライダー。しかし“玩具”にされた方はいい迷惑である。
正確には、迷惑な行為だったかというとそうでもないんだけど、ここは迷惑だったということにしてくれ。
「………………」
セイバーとライダーの視線がバチバチと空中で火花を散らしている。
ちなみに俺はその間に挟まれている状態だ。
蛇に睨まれた蛙のような心境。正直、生きた心地がしない……。
なんでさ? 何でこんなことになったのさ?
結局、先に視線を外したのはセイバーだった。彼女はそのまま壁際まで歩くと、壁に掛けてある竹刀を手に取った。
「良いことを思いつきました。ライダー、こうして道場で顔を遇わせたのです。一勝負といきませんか?」
セイバーさんにしては邪悪な笑みを浮かべ、ライダーに挑戦的な視線を突き付けている。
「勝負ですか? ええ、構いませんよセイバー。貴女も得意の剣で負けたとなったら少しは大人しくなるでしょうし」
「――ほう? 騎兵である貴女が剣の英霊である私に勝てると?」
「こと竹刀での勝負なら幾らでも一本を取る方法はあります。セイバー、慢心は命取りになりますよ?」
「慢心ではなく虚心というのだ」
「どちらでも同じことです」
「――面白い。では、その自信ごと粉砕してみせましょう」
セイバーが正眼に竹刀を構える。対するライダーも竹刀を構え、冷ややかな目でセイバーを見据えていた。
二人とも俺と対峙した時とは別人のような殺気を放っている。言うなればサーヴァントとしての戦い。そんな雰囲気。
……っていうか、これ稽古じゃないですよね?
今はまだ竹刀を持っているけど、万一セイバーがライダーに一本取られでもしたら……。負けず嫌いのセイバーのことだ。そのまま大人しく引き下がるとは思えない。
最悪、エクスカリバーを出すことも考えられる。流石に彼女もそこまで大人気ないことはしないだろうが“万一”にもそうなったら……衛宮の家どころか深山の町が吹っ飛ぶ!
それを受けてライダーがペガサス召喚、ベルレフォーンとか……!?
駄目、それ最悪だ!
そんなことは絶対に阻止しないといけない!
しかし、どうやって?
二人は真剣勝負に入ろうとしている。何か彼女達の気を逸らせる物とかあればいいんだけど……。
あちこち視線を這わせ両手で身体を探る。そしてそんな右手がポケットに収められている三枚のチケットを探り当てた。
天啓、閃き。
こ・れ・だっ!
これぞ神の導きと、俺はポケットからチケットを取り出すやそれを二人に突き付けた。
「ちょっと待ったあっ! セイバー、ライダー。二人ともこれを見てくれ」
両者は殺気を孕みつつも、一応は矛を収めて俺の手の中にあるチケットに注目してくれた。
それをセイバーが手に取り、ライダーが遅れて一枚手の中に収める。
「……わくわくざぶーん無料招待券? シロウ、これは何なのですか?」
「いわゆるレジャーー施設の優待券に見えますが?」
「ああ。明日は休日だろ。……さ、三人で一緒に行かないかと思ってさ!」
「え?」
二人の目が一瞬にして点になった。
我ながら強引な振りだが、背に腹は換えられない。
「ほら! 書いてあるだろ? ――ヨーロッパの本格リゾートを思わせるゆったりとした空間が魅力的! 水温は三十三~三十四℃に保たれ一年を通じて楽しめるスペシャルリゾートっ! 実に楽しそうじゃないかッ!!」
一言一句同じ言葉が書かれたチケットを眺める二人。
しばらく両者とも無言だったが、先にセイバーが口を開いた。
「シロウ……その、とても嬉しいのですが、……ライダーも一緒にですか?」
「ああ、三人で行こう。セイバーとライダーを仲直りさせないといけないしな」
「な、仲直りなどと……別にライダーとはケンカをしていた訳ではありません。そうですよね、ね、ライダー?」
「も、もちろんです。セイバーとは友情を深め合っていただけで、別に他意のある行為ではありませんよ?」
ぎこちない笑顔を互いに向け合うセイバーとライダー。
仲直りした訳じゃないが、俺の機転で何とか最悪の惨事は未然に防げたようだ。
ふう。これで少し肩の荷が下りた。
「了解しました、士郎。明日はざぶーんへ同行させてもらいます」
先に答えを出したのはライダーだった。
それからさり気なく俺の手を取ろうとして……ぺしっとセイバーに邪魔された。
「ライダー! 貴方は行くというのですか?」
「なんです? セイバーは行かないのですか。それならば士郎と二人きりで楽しく過ごさせてもらい――」
「誰が行かないと言いましたかっ! ええ! も・ち・ろ・ん私も行きますともっ! 同行しますとも! 良いですね! シロウ!」
「あ、ああ!」
コクンコクンと強く頷く。初めからそのつもりだったし、頷く以外の選択肢はここではありえないだろう。
「ふふっ。楽しみですね」
「……」
「では私は先に戻らせてもらいますよ士郎。思ったより汗をかきましたので、お風呂を頂くことにします」
「風呂?」
「はい。それとも一緒に入りたいですか? よろしければ背中を流して差し上げますが」
「い、いや! それは……遠慮しとく……」
「そうですか。少し、残念です」
そう言い残してから、ライダーが出口へと向かって歩いて行った。
……ライダー。この状況でそういう冗談は困る。今の状況でそれは困るよ。
俺は恐る恐るセイバーの様子を横目で盗み見る。しかし当のセイバーはあまり表情を変えずに佇んでいた。なんというか、いつものセイバーだ。
ほっと一安心。だが……。
「シロウ」
「な、なにかなセイバー?」
「ライダーがお風呂に行ったのなら少し時間がありますよね。ちょうど良い。稽古をしましょう」
そう言って竹刀を構える。
雰囲気は、完全に問答無用である。
「……確かに時間は……あるけど……」
「貴方が私以外に師事した結果というものを知りたい。その上で誰の技が一番優れているかを、身体をもって知ってください」
ライダーの技が私に通じると良いですねぇ、と邪悪な笑みを浮かべるセイバーさん。
「セ、セイバー。実はすっごく怒ってるだろ……?」
「何を言うのですシロウ。私は怒ってなどいません」
笑顔で、もう満面の笑みを浮かべ俺を見つめるセイバー。
何でかガタガタと身体が震えてきた……。
ここまで怒っているセイバーを俺は知らない……。
「では、始めましょう。――初撃で気絶しないで下さいね」
――道場に転がる俺が確認出来たのは、セイバーは本当にものすごく強いというその事実だけだった。
ガクッ。