Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第二十一話 エクストラな番外編一

 太陽が地に落ちて、月が空に昇ってくるまでの僅かな時間。あたりは夕闇に包まれていく。一般的に黄昏時という名が知られているが、この時間を逢魔時と呼ぶ人もいた。

 昼でも夜でもないこの一瞬は、人と魔物が出会うとされている不思議な時間で、もしかしたらそれは、この時間を境にして世界が変わってしまうからなのかもしれない。

 手を伸ばしても届くことはないが、寄り添うように隣にある世界。……とまあそんな戯言をふと考えてしまうくらいには、平穏な日常が続いていた。

 

「……もう朝か」

 

 学校へ行って、アルバイトをして、家に帰ったら魔術の鍛錬をして。休日には藤ねえの相手をしたり、慎二と遊びに行ったりと、かわり映えのしない毎日が続いている。

 少し変わったことと言えば、今年は空梅雨だったようであんまり雨が降らなかったことくらいか。

 空を見上げれば、何処までも続く青い空。見方を変えれば退屈だともいえる日々。それでも俺は、そんな平凡な時間がどんなに大切な存在かを知っている。掛け替えの無い、輝く時間なのだと知っている。

 

「朝飯どうするかな」 

 

 部屋を出て廊下を歩いて居間まで行く。そうして襖を開いた俺は、テーブル前で鎮座なされている“彼女”を見て、思わず驚愕の声を上げてしまった。

 

「な――っ!?」 

「ん? なんだ朝っぱらから騒々しい。何を大声で喚いているのだ、奏者よ?」

 

 真っ赤なドレスを纏った金髪の少女が、正座をしながら優雅に紅茶を飲んでいた。

 

「……っ」 

 

 誰かがテーブルについてお茶を飲んでいる。それ自体が問題ない。今の衛宮家では、俺の他にもセイバーと呼ばれる少女が一緒に暮らしているからだ。だから何も驚くことはないんだが……。

 

「えっと、セイバーだよ……な……?」 

 

 翡翠を思わせる緑色の瞳。金砂を集めて作ったような綺麗な髪。華奢な体躯は強く抱きしめただけで折れてしまいそうな儚さを宿しているが、その内に膨大な魔力も有している。

 些細な所作から感じる気品。確かにセイバーだと言われれば頷いてしまうほど似ているが、雰囲気が微妙に……いや、かなり違っている気がするのだ。

 

「……」 

 

 というかぶっちゃけあのセイバーが、下半身前開きで恥ずかし気なドレスを纏って、朝っぱらから優雅に茶なんぞ飲んでるのがおかしいじゃないか。しかも自己主張の強い真っ赤な色合いの衣服だぞ?

 何か悪いもんでも食べて体調でも崩した可能性も否定できないが……。

  

「なあセイバー」

 

 まず彼女の前に膝をついて同じ目線まで腰を屈めた。それから真剣な面持ちでセイバーを見つめる。

 柳眉というのだろうか。整った眉根が僅かに中央に寄っているのが目に入ってきた。俺の行動を把握しかねているのだろう。怪訝顔である。

 

「どうした奏者?」

「いや、セイバー。もしかして熱でもあるんじゃないのかと思って」

「熱?」 

「うん。悪いけどちょっと見せてくれ」

「え――なっ!?」 

 

 心配になった俺はセイバーの体温を確認しようと、ゆっくりと彼女目掛けて頭を近づけていった。

 

「な……なにをするつもりだ奏者よ? まだ日は高いぞ? というか、顔がちかい――」

「ほら動くなって」

 

 俺の行動が予想外だったのか、それとも何か勘違いしているのか。セイバーが若干慌てている。けど彼女が心配だし、熱は測らないといけないだろう。

 俺は相手に有無を言わせない勢いで顔を近づけると、そのままぴとっとセイバーのおでこに額をくっ付けた。

 

「――!!」 

 

 声にならない悲鳴を上げながらセイバーが目を見開く。だけど強引に引き離そうという気配はない。これ幸いと、その間に俺は互いの皮膚を通して相手の体温を確認する。

 ……うん。どうやら熱はないみたいだ。けど頬に赤みが指してきている気がするぞ。

 これはいわゆる風邪の引き始めなのかもしれない。ならば薬が必要だろう。そう思った俺は立ち上がるべく足に力を込めた……のだが、その前にどんっとセイバーに突き飛ばされてしまう。

 

「いてて。いきなり何するんだよセイバー。痛いじゃないか」

「そ、それはこちらの台詞だ奏者よ! そなたこそいきなり何をする!? 余に断りも無く身体に触れるでないっ! いや……その、勘違いはするでないぞ。触られるのが嫌だと言っている訳ではなく、余にも心の準備というものがだな……」

「準備?」

「だ、だから……」 

 

 なにやらゴニョゴニョと呟きながら、だんだんと言葉尻を小さくいていく彼女。なんか余とか言ってるし、やっぱり今日のセイバーは変だ。

 なによりドレスが赤いのが変だ。

 

「やっぱりおかしいぞお前。どうしたんだ? もしかして俺をからかってるのか?」

「おかしいのはそなたの方だ。そなたこそ……………そうか、ははーん!」

 

 そこまで言ってから、セイバーがピーンときたという得意気な顔をする。

 

「分かったぞ、奏者よ。余が昨晩そなたにあまり構ってやらなかったことを怒っておるのだな? 確かにアレは余も大人気が無かった。しかしそなたも魔術の鍛錬があるからと土蔵に篭ったではないか。そこら辺りはお互い様で……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、セイバー!」

 

 何と言うか究極的に話が噛み合っていない気がする。そう感じた俺は彼女の言葉を指し止めて、暫し考え込んでみた。

 確かに俺は魔術の鍛錬を日課にしているし、昨夜も土蔵で鍛錬をしたはずだ。ちょっと頑張りすぎたのか珍しく寝坊してしまったが……。

 

「あ……れ?」

 

 その先を思い出そうとして、昨夜の記憶がとても曖昧なことに気付く。

 確かに鍛錬はした。したのだが……その後がうまく思い出せないのだ。何時ごろ終えたのか、そもそも部屋に戻って寝たのかすらも怪しい。

 でも起きた時は部屋にいたんだから、自分で戻ってきたのは間違いないはず。

 

「どうしたのだ、奏者?」

 

 難しい顔をしている俺を心配したのか。セイバーが覗き込んできた。

 

「……いや、まだ寝ぼけているのかもしれないけど……」 

 

 彼女に事情を説明すると「記憶が混乱しているだと? ふむ。もしかしたら投影魔術の弊害かもしれぬね」と眉根を寄せた。

 

「……」

「身体に負担のかかる鍛錬ばかりしておるからな、そなたは。無理を重ねればそういうこともあろう」

「そうかな……?」 

「今日は特に予定もないし、ゆっくりと休むがよい。それに余と駆け抜けたあの戦いの日々まで忘れたとは言わぬであろう?」

「戦い――」

 

 彼女の言葉を聞いた瞬間、脳内に様々な光景が蘇ってくる。

 青い、蒼い、電脳の世界。

 幾人ものマスターとサーヴァント。

 そして光り輝く、黄金色の劇場。

 それは素晴らしく色のある世界で――まるで“夢”のような軌跡だった。

 

「……覚えてる……っていうか、何だ、これ?」

 

 未だ思考はクリアにならず、不思議な違和感はある。

 だけど――

 

「そうか。覚えているのか。なら問題はない。――余はそなたと会えて嬉しい」

 

 眩しいくらい表情を輝かせる彼女。

 それは太陽を思わせるくらい朗らかな笑顔だった。 

 

  

 

 

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